ラブライブ!~輝きの向こう側へ~   作:高宮 新太

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ダイエットが失敗するのは最早宿命

 その夜は夢を見た。昔の懐かしい夢を見た。あまり見たくない、思い出したくない夢だった。

 中学生の俺がいた。周りはどこまで行っても真っ白で嫌に現実味がない。自分がどこにいるのか、上を見上げているのか横を向いてるのか下に俯いているのかすらわからない。しっかりと地面に足をつけようと思っても、そもそも地面がどこかわからない。無重力の様な宙に浮いている感覚さえある中で、その中学生の俺は、俺だけははっきりと目の前にいる。

「君は今どこにいるの?」

 昔の自分が問いかけた。どこにいるの?と。

 俺は答えた。

「光の中だよ」と。

「ちがうな。まだそこは闇の中だよ」

 昔の自分が否定する。

「光の中さ。皆が照らしてくれる光の中だよ」

 お前が光を知らないから、闇の中のように映るんだ。眩しくて、目を閉じているから闇が広がっているかのように錯覚しているんだ。

「君は今幸せ?」

 昔の自分が質問を変えた。

「ああ、幸せだ」

 間髪いれず俺は答えた。

 自分の取り巻く環境も、自分自身の考えも、色々と解決していない問題はあるけれど、すべてをひっくるめてそれでも俺は幸せなのだ。他人と比べることもなく、自分自身がそう感じるのだ。

「君は今どこにいるの?」

 今度は逆に俺の方から問いかけた。

「闇の中」

 昔の自分は間髪いれずにそう答えた。

「周りには誰もいない、誰も僕の事をわかってくれない。父さんは怖いし、バイトでは死にかけるし、嫌なこともしなくちゃならない。誰も僕の苦労を知ろうとしてくれない」

 目の前の自分があやふやになる。テレビのノイズのように、揺れ動く。

「そうだったね」

 知っているさ。何よりも誰よりも俺が一番良く。

「死んでもいい?」

 あやふやで表情もよくわからないまま、昔の自分はそう言った。

「死んでもいいさ。でもね、もう少ししたら厄介な幼馴染が来る。元気が有り余ってて、お馬鹿で、人を強引に引っ張って行くような、君も良く知ってる大好きな幼馴染が」

 だから、それまでのもう少しの間だけ。幼馴染が来るのを待つ間だけ、生きてた方がいい。

 そう伝えると、目の前の自分は霧散していく。そのあとに残ったのは何もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこで目が覚めた。目覚めが良いのか悪いのか、良くわからない。ただ、昔の事を思い出した。たがたが2,3年前の事なのに、昔の事だと、そう思う。

 中学生までの俺は、()ではなく、()と言っていた。俺というようになったのは確か高校生になってからだったと思う。それまでの自分と、決別しようとして。

 僕は小学校の六年生の六月まで、東京に住んでいた。穂乃果と海未とことりには悪い事をしたと今は思っているけど、当時はそんな罪悪感など感じずに、福岡に引越した。

 父が仕事で福岡に行く、明日出発だからと、何の前触れもなく、唐突に伝えられた。

 父は福岡の出身で、要するに実家に帰るということだった。出戻りだ。

 父はその頃仕事もせずにお酒を飲んでばかりだったので、僕は大変嬉しく思って、嬉々としてついて行った。

 だが結果は散々だった。父は母親と駆け落ちしており、実家からは勘当されていた。それでも父は最後の綱として頼りにしていたのだが、無情にも、家の門が開くことはなかった。

 その頃から父の歯車は崩壊していったのだろう。

 ぼろいアパートだった。床は軋むし、雨漏りはひどいし、ネズミは出るし。その頃は生活保護という存在すら知らなかったから、今よりもひどい生活をしていた。

 父も最初は「お前のせいじゃない」「まだ頑張れる」と言っていたが、やる仕事やる仕事をクビになり、最後はまた元のようにお酒を飲むだけの生活に逆戻りしていた。

 よく「お前が生まれてこなければ」そう言っていた。きっと言葉の続きは母親は死ななかったのに。だ。

 その頃から、僕は危ないバイトに手を出していた。裏路地で勧誘商売や、ラブホの清掃業。年齢を偽ったり、そもそも年齢を尋ねられなかったり、相当無茶をしたし、死にかけたこともあった。

 当然、小学校には行けなかった。

 そんな生活が半年続いた。だけど幸いなことに、バイトの先輩から生活保護の存在を教えてもらい。一緒に市役所にも行ってくれたおかげで、多少生活はマシになった。中学に上がる頃には、一式の制服と勉強道具くらいはそろえられるようになった。思えば俺は、その時々で色々な人に助けられている。先輩、班長、お隣のお姉さん。

 そんな助けもあって、晴れて中学生になれた。

 最初は良かった。相変わらずバイトで放課後は遊べないけど、授業の合間に話すくらいの間柄の友達はいたし、いじめられることもなく。平穏だった。

 だけど、段々と人間というのは欲が出てくるものだ。最初はそれでよかったはずなのに、次第に周りとの壁を気にし始めた。孤独感や劣等感が強くなり始めて、しまいには喋る相手すらいなくなった。

 そして一年の冬の事。

 学校でも有名なヤンキー少女に目をつけられた。バイトしているところを見つかったのだ。

 髪は赤く、携帯はジャラジャラと重そうで、うっすらとした化粧が不思議と良く似合っていた。

 そして僕はそのヤンキー少女の手下となった。

 そのヤンキー少女は自分の事を同級生なのに姐さん(ねえさん)と呼べと、意味不明な事を言っていたが怖かったのでおとなしく従った。

 僕は最初、姐さんはどこかのヤクザや、不良グループに属しているものだと思っていた。

 だけど、見る限りどうもそう言うんじゃないらしい。うちの学校にあまりいなかったというのもあるが、そう言った輩と一緒にいるところを三年間で見たことがなかった。

 それどころかいつも一人だった。

 僕と同じように。

 僕は何も考えずに、姐さんにくっついていた。それが一番楽だったから。

 そうやって、僕は進級した。

 その頃から僕を取り巻く環境はひどくなっていた。まるで遅延性の毒ガスをばらまかれているみたいに。

 父の暴力は日増しにひどくなっていたし、バイトは女の人から色々なものを巻き上げるというひどいものにすり替わっていた。

 顔や体についたあざを、クラスメイトは気持ち悪がったが、なぜか姐さんだけは何も言わなかった。あざや傷は自分で手当てしたりもしたが、手が届かないところ等は姐さんに手当てしてもらったこともある。不思議と手慣れていたのを覚えている。

 もともと、二人の間に会話などほとんどなかった。僕も姐さんも無口なほうだったし、僕は心を閉ざししていたから。

 だけど、それが僕の唯一の救いで唯一の居場所だった。

 

 

 

 

 そこで俺は、一旦手を止める。気付くと、中学までつけていた日記を引っ張り出して、今までの事を書き殴っていた。胸が詰まって、どうしようもなくて、何かに吐き出さないとやってられなかった。夢の中ではあんなに冷静に見れたのに。現実に戻ると、かくも醜く、薄汚れていて直視できない。その辺に乱暴に日記を投げた。

 今でも時々思う。死んだ方が楽になるんじゃないかと。誰にも言えないけれど、死んだ方が楽になることもあると思う。だけど、それを考えるたびに、穂乃果が、絵里先輩が、ミューズのみんなが、ツバサさんが、あんじゅが、英玲奈先輩が、書記さんが、班長が、隣のお姉さんが。頭にちらつく。そしてちらついている間は死ねなかった。ちらついている間は、死なないほうがいいと思った。

 だから昔の自分に言えた。死なないほうがいいと。あの頃は考えられないほど、周りに人が増えて、その誰もが、特別ではなくても俺を想ってくれて、心配してくれるのだ。

「ふー」

 ゆっくりと息を吐く。登校時間はとっくに過ぎていた。生徒会長なのに遅刻とは。笑えない。

 俺は特別焦るわけでもなく、誰でもいいから、誰かに会いたくて制服を着込んだ。一人でいると、死んでしまいそうになったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 遅刻したことを教師に怒られ、生徒会長としての自覚云々を説教されていると、いつの間にか辺りは夕暮れ、放課後になっていた。今日は生徒会の仕事もないし、穂乃果と花陽のダイエット大作戦を見届けようと足を運ぶ。

 穂乃果と会ったのは中二の冬だった。後で聞いたのだが、修学旅行で長崎と熊本に来ていたところを強引に抜け出し、福岡に来たらしい。俺が福岡にいるという情報は、誰にも話していなかったはずだが、そこはきっと海未辺りが先生を問い詰めたりしたのだろう。と勝手に推測している。

 それはともかく、俺は驚いた。その日はバイトの帰り道、人通りはまだ衰えていないが暗い大通りを歩いていると、不意に目の前にいた人から抱きしめられたのだから。

 俺にとっての福岡に来てからの二年間は、色々なことがあった。主にマイナスの事で。それでなくても、疎遠となっていたんだ。目の前まで迫った穂乃果に俺は気付かなかった。

 でも、向こうは気付いた。二年も会ってない、最後に喋ったのだっていつだか覚えていない相手を。それでも気づいてくれた。

 その出会いは奇跡だった。その日、その場所を歩いていなければ出会わなかった奇蹟だ。そして、その日出会わなければ俺がミューズに、アライズに、皆に会うこともなかったはずだ。運命という輪がもしあるならば、その出会いは紛れもなく、その後の人生を決定づける一番の運命であった。そう考えると感慨深いが、当時の俺はただ困惑した。

 なぜ?と。

 幼馴染だった。昔よく一緒に遊んだ。でも、言ってしまえばただそれだけなんだ。それだけのはずなのに、穂乃果はこんなとこにまでやってきてしまった。

 よくよく見ると、制服姿の海未やことりもいた。二人は息を切らしながら、泣きそうな顔でこちらを見ていた。抱きつかれているので顔がよく見えないがきっと穂乃果も同じ表情をしていたんだと思う。その顔は二年たった今でも鮮明に思い出せる。

「・・・・・会いたかった」

 震えた声でそう言っていた。耳元にかかるくすぐったい吐息も、上気した穂乃果の体温も、その一言ですべて吹き飛んだ。

 ただ一言。俺に会いたかったのだと。

 わざわざ東京から福岡に、それも修学旅行を抜け出してまで、俺に会いに来てくれたのだと。

 その瞬間、俺のちっぽけな孤独感は穂乃果に塗りつぶされた。

 それで何もかもが解決したわけじゃないし、会話を交わしたのはそれだけだったけど、それでも俺は救われた。その一言に、行動に。

 その後、バイトを増やして、お金を貯めて、勉強して、父に相談したのが中3の夏。UTX学院という東京の学校を受けたいと。東京に戻りたいと。

 父の返答はあやふやなものだった。その事について話したのはその一回だけだった。だけど、どこから持ってきたのか、東京行の飛行機、その片道切符だけは大事そうに手渡してきた。

 そして俺は姐さんにも相談した。姐さんはいつも通り何も言わなかった。いつも一緒にいながら、会話をしたことは数えるほどしかない。それは出会ってから二年とちょっと経っても変わらなかった。色々なものがあやふやだった当時、唯一と言っていい変わらないものだった。俺は確かに、その変わらない居場所に安心して依存していたんだ。多分。姐さんも。

 姐さんが何かを抱えていることは分かっていた。じゃないと、あんな見てくれにならないだろう。

 そして姉さんも俺が何かを抱えていることを知っていた。多分その中身も。 

 だけど、二人ともそこには踏み込まなくて、それが心地よかったんだ。 

 神田明神までの大通りはまだギリギリ明るい。ここから急激に暗くなって行くだろう。最近は日が落ちるのも早くなってきて、冬が来ることを知らせていた。

 風が吹く度に、身を縮まらせる。首元が寒い。

 中3の冬、年が明けたころに俺は一足先に東京に行った。受験会場は福岡にもあったけれど早く穂乃果達に会いたかったから。

 一年前に偶然再会してから俺と穂乃果や海未やことりは文通をしていた。今の時代なら普通メールなんだろうけど、俺が携帯を買ったのは高校生になってからだ。それもガラケー。それでも三人とも俺に合わせてめんどくさいであろう文通をしてくれた。

 そんなこともあって、今度は偶然でも運命でもなくて、必然だった。穂乃果は笑っていた。その笑顔は俺の脳裏に焼き付いて、一生忘れないだろう。

 思考から現実に戻るとふと、目の前をその当時の笑顔そのままの穂乃果がいた。後ろにはご飯屋さんののぼりが立っている。穂乃果が出てきたのはそのご飯屋さんのお店からだ。やはりというかなんというか花陽も出てきた。  

 まさかと思ったが、やりおった。二人は今、絶賛ダイエット中であったはずだ。それが何故お腹をいっぱいに満たしているのか。当たり前だがお昼時もおやつの時間もとっくに過ぎている。

「おい、二人とも。先ほどの俺の感傷を返せ」

「げ!雪ちゃん!?」

「ええ!?」

 二人とも、まるで幽霊でも見るかのように驚いている。悪い事をしているという自覚はあるんだね。

「はぁ、海未が見たらなんというか」

「うわー!!海未ちゃんには言わないでー!!」

 穂乃果は必死に懇願している。花陽に至ってはすでに泣きそうだ。そんなにおっかないんだ海未のメニュー。そんなに怖いのに食欲には抗えなかったのか。恐るべし。

「えー。どうしっよっかなー」

 にやにやと、少し意地悪な顔つきになっているのを自覚する。

「ちょ!雪ちゃん!そんな意地悪なことしないでよ!」

「いやいや、二人が食欲に負けたのが悪いんでしょ」

 二人とも、意気消沈している。夢に見たからだろうか。こんな何気ないやり取りが、楽しいと感じるのは。

 普段より少し意地悪をしてみる。

「さてと、何してもらおうかな」

「ひどいよ雪君!」

「そうだよ!見逃してよ!一回だけ魔が差しただけなんだよ!」

「いやいや完全に行き慣れたご様子でしたよ?なんなら店員に顔とか覚えられてそうだったよ?」

「確かに、さっきいつもありがとうございますって言われた。もしかして雪ちゃんエスパー?」「穂乃果ちゃん!」

 ああ、本当に行ってたのね。そんでもって本当に覚えられてたのね。

 花陽が穂乃果を怒っているのを尻目に、二人に、特に穂乃果に呆れつつも、どうしようかと模索する。きっと二人の為を思うなら海未に正直に言った方がいいと思うけど、その後の惨事を思い浮かべるだけですこし躊躇われる。

 俺は二人を想っているというのに、当の本人達はというとやれ悪魔だ鬼だと、囃し立てている。

 若干、俺の心が海未の方に傾きかけていた頃。不意に、俺の視線が穂乃果達を追い越して交差点を渡る一人の女性に留まった。

 きっと今朝の夢はその前兆だったのだろう。虫の知らせというやつだったのかもしれない。俺は思わず目を見開いた。

「・・・・どうしたの?」

 穂乃果がきょとんと首をかしげる。そんな仕草も俺の目には映らなかった。ただ一人の女性しか映っていなかった。女性は交差点のど真ん中で不自然に立ち止っていた。遠くで細かくは分からないが俺と同じ表情をしているのだと悟った。その内、信号が青から赤に変わり、けたたましいクラクションが鳴らされても、その女性は動かない。

「・・・・・姐さん」

 そこに佇んでいたのは、紛れもなく、あの姐さんであった。




どうもトリガーオフ!!高宮です。
エンジェリックエンジェルオリコン2位おめでとうございます。いい曲だったもんね。
サニデイソングもすでにヘビロテしてる高宮でございます。個人的にはハロー星を数え手が一番好きだったりします。映画のシーン合わせて。
もちろん全曲好きなんですが。
ということで次回も頑張ります。
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