ラブライブ!~輝きの向こう側へ~   作:高宮 新太

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「・・・・姐さん」

 僕らの世界では物理法則上、時を止めることはできない。それは誰もが知っていることであり、体感していることだ。

 だが、僕ら(・・)はその瞬間。ときが止まった。本当に止まったわけではない。先ほど言った通り、僕ら(・・)にそんな力はない。時間にしてわずか1秒にも満たない事が、俺達(・・)には何十分もの事のように、まるで時が止まったように錯覚したのだ。

 視線の先に見えるのは、およそ一年ぶりに見たその姿。まるで写し鏡のように同じ表情をしているのが感覚で分かる。

「・・・・雪ちゃん?」

 つい先ほどまで、言葉を交わしていた穂乃果が首をかしげて、俺の視線の先を振り返る。つられて一緒にいた花陽も不思議そうに振り返った。

「うわ!危ないよあの人」

 穂乃果の言うとおり、危なかった。交差点の丁度真ん中に突っ立っている彼女は信号が赤になったことも、周りの車がクラクションを鳴らしている事さえ気づいていないようだった。まるでそんなことよりも大事なことが目の前にあるとでもいうかのように。

 動けなかった。二人とも。

 だが、それも数秒の事。

 先に動いたのは、姐さんの方だった。なにより、動かなければいけない状況だった。

 こちらの歩道に向かって小走りで渡ってくる。距離にしてわずか数メートルが嫌に遠く感じた。

 そして姐さんは、一緒にいた一人の女性に叱られていた。漏れ出てくる会話からは心配しているといったニュアンスの言葉が聞こえてくる。

 友達、なのだろう。きっと。姐さんに家族はいない。直接聞いたことはなくても、なんとなく知っていた。俺と同じだと思ったから。

 だけど、その事実は信じがたくて、目の前の光景を疑ってしまった。

 姐さんはその友達に、苦笑しながら片手で謝っている。そんな仕草も表情も、初めて見るものばかりだった。

 それに何より驚いたのはそれだけじゃなくて、身なりがずいぶんと変わっている。

 赤かった髪の毛は落ち着いた茶色に。派手だったネイルや装飾品は年相応のものに落ち着いている。

 その事になぜかどうしようもないような、足元が不安定になっていく感覚に陥る。

 唯一、一つだけ変わっていないところといえば、整った眼鼻立ちと、薄っすらとした化粧が似会っていることくらい。

 そこだけは変わらなかった。

 気づくといつの間にか不安定さは消えていて、代わりに穂乃果が安心したように声を出す。 

「良かったねー、事故じゃなくて」

 穂乃果はどうやら俺が事故の心配をして見つめていたと思っているらしい。まあその反応は普通、正しいのだが。でも、残念ながら俺にとって今の状況は普通じゃない。

「よ、久しぶり。会えるかもとは思ってたけど、まさかこんな普通に会うとは思わなかった」

 姐さんが声をかける。その声も、仕草も、表情も、一年ぶりだった。だというのに、案外感慨深さも、感動もない。もっと、劇的なものだと、心のどこかで期待していたのだろうか。現実なんてこんなものだと知っていたはずなのに。

 それに、一年前まではこんなに明るくなかったはずだ。そりゃ一年ぶりに会ったのだから明るくなって饒舌になるのかもしれない。でも、俺の気持ちは期待したほど、明るくならなかったから、どこかでちぐはぐさを感じる。

「え?何?雪ちゃん知り合い?」

 穂乃果が僕と姐さんを交互に振りかえる。

「あー、まあうん」

 何とも歯切れ悪く、俺は曖昧に返事をする。

「ねえ、ちょっと寄ってかない?」

 そう言って、姐さんは近くにあったチェーン店のカフェを指さす。色々と、話したいことはあったような気がする。 

 俺が答えを出せずにいると、いつの間にか姐さんは勝手に友達と話をつけに行き、了承を得ていた。すでに行かなければいけない空気になっている。

「ごめん、穂乃果。今日は練習見に行けそうにないや」

「あ、う、うん。それは良いんだけど・・・・」

 穂乃果の俺を見つめる瞳は、不安そうだ。見ると、花陽も同じ瞳をしていた。

「大丈夫だよ。知り合いだし。別にとって食われるわけじゃないんだし」

 俺は努めて明るく。努めて冷静に。できる限り笑顔を意識してそう言った。

「―――――――――――――。」

 だけど、穂乃果の顔から不安の色を塗りつぶすことは出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「変わったね」

 カフェに入って開口一番そう言われた。

 穂乃果達とは先ほど別れて、放課後の生徒で溢れているカフェに入り、注文を済ませたところだった。正直、コーヒーなど飲む気分ではないのだが、何も注文しないのも悪い気がした。

「それはこっちのセリフだ」

 変わったのは、姐さんの方だ。

 いや確かに俺も変わった。その事は認めよう。人間は変わる。環境が、取り巻く世界が、周りにいる人たちが、俺を変えてくれた。なにも良い事ばかりではなかったにしろ、おかげで止まっている歯車が噛み合いだした。

 でもそれは別に、変えようと思っていたわけじゃなくて、自然とそうなって行ったんだ。穂乃果達が会いに来てくれた、あの日から。

 人間は変わる。僕を証拠に、絵里先輩や凛、変わって行く人たちを俺は間近で見てきた。

 だからその事に関して、俺は否定も拒絶もしない。ならなぜ、こんなにもぽっかりと胸が空いているのだろう。姐さんが変わってしまったことに、なにか、言いしれぬ感情がある事は確かなんだ。

「刺々しさがなくなった。なんだか違う人見たい」

「それもこっちのセリフだ」

 中学の頃はよく似た者同士だと揶揄された。じゃあ今は?今も似た者同士でいるのだろうか。

「さっきのは友達?」

 今度は俺から質問した。

「うん。あれから色々あってね。拾ってくれた人の娘」

 拾ってくれた。その一言が引っ掛かったが、特に追求はしない。昔と同じように。

「さっきのは友達?いや、もしかして彼女かな?」

 特段、からかうでもなく、心配するでもなく、ただ事実確認としてそう聞いた。そんな感じだった。 

 だけど、前の彼女ならスルーしていたはずだ。そこまで踏み込まなかった。互いに。 そういえばだけど、前はもっと声が低かったように思う。もっとぶっきらぼうだったはずだ。

「違うよ」

 端的に事実を述べる。

「そっか」

 姐さんはそれ以上何も言わなかった。

 僕もそれ以上何も言わなかった。

 

 

 

 

 

 結局、受け取ったコーヒーには一口も口をつけず、お店を後にした。

「なんで東京に?」

 空はすでに暗い。街灯や車のライトが眩しくて目を細めた。

「旅行。だから半月くらいはこっちにいるよ。あ、これ私のメアドね」

 目の前に携帯を掲げられ、ぼさっとしていると痺れを切らしたようにむりやり携帯を奪い取ると高速で自分のメアドを打ち込み始めた。その携帯も前のものとは違う。かわいらしくデコってはいるが重そうに重なるストラップはもうない。

 さっきから俺は過去の姐さんとの違いばかり目についてしまう。その事実には気付いているのに、その理由が分からずに、やきもきしてしまっていた。

「学校は定時制だから大丈夫」

 そうなんだ。知らなかった。

 僕にとって中学時代の穂乃果達との再会は運命だった。ならば、この再会は、この出会いは、俺の中でなんという名前を付けることになるのだろう。ようやく口をつけたコーヒーの苦さに顔をしかめながら夜空を見上げた。

 

 

 

    

 

 

 

 

 

 この世界では時は止まらない。だからどれだけ悩んでも考えても、変わらず時計の針は秒針を刻む。

 姐さんとの再会は確実に俺の中でしこりとなって残っていた。しこり、そう表現するしかない。胸の中で何かが詰まっているようだった。苦しかった。

 もともとの問題である父の事も解決していないし。まぁ、こっちはどうしようもないのだが。

「―――――――――――それでね。その時ツバサさんが」

 お昼休み。僕はいつも通り書記さんとランチをともにする。教室で机を合わせて食事を共にすることもあれば、食堂に行ってあったかいご飯を食べることもある。割合的には7:3くらいだ。

 今日は俺が弁当を忘れてしまい、食堂でご飯だ。

「ごめんね。付き合わせて」

「いいのいいの。最近パンばっかで飽きてきたところだったし」

 書記さんは大抵いつもお惣菜パンだ。それもどこで売ってるのか皆目見当がつかない珍しいタイプのパンをいつもおいしそうにほおばっている。確か昨日はキノコのリゾットが中に入っているパンと、生春巻きが上に乗っかっている不思議パンだった。栄養バランスが偏ってないかいつも心配になる。いやそれ以前に本当においしいのかどうか、甚だ疑問であるが、確かめる勇気はない。

 対して学校の食堂は栄養管理がきっちりとされている。お金持ち学校の割には値段もリーズナブルで使いやすい。大抵の生徒は食堂でお昼を過ごしているだろう。その代わり、いつも混雑しているのが難点だ。

 なんとか席を二つ確保し、お昼にあり付けた。

「・・・そういえばさ。この間ツバサさんが雪の様子が心配だって言ってたよ?」 

「・・・・・え?」

 心配されるような事をしただろうか。生徒会の仕事にミスはなかったはずだし。それとも遅刻の事だろうか?

 思い当たる節を呼び起こそうとしてもどれも不完全に思えて、ツバサさんが心配する理由が分からなかった。

「いやほら、最近ぼーっとしてることが多いじゃない?その事を言ってるんだと思うんだけど」

 ぼーっとしている?僕が?

 確かにここのところ心労続きだったが、そんなに目に見えて落ち込んだりはしていないはずだ。

「まぁ元気だしなよ。期末が近いからって今から落ち込んでちゃ回避できる赤点も回避できないよ?」

「期末?」

「そうだよ。期末だよもうすぐ」

 その事で悩んでたんじゃないの?という風に首をかしげる書記さん。

「ああ、期末ね。確かにうかうかしてたらまた居残りさせられるからなぁ」

 前回は一生徒ということで居残りだけで済んだが、今回は生徒会長だ。生徒会長が赤点とかマジでシャレにならない。それどころか平均点よりは点数を取っておかないと示しがつかないだろう。

 そういえば、ツバサさん達と出会ったのはあの居残りだった。思い返すほど昔でもないのだが、あれもまた運命というやつだったのだろう。

「そうだ!勉強会しようよ!生徒会のみんなとツバサさん達も呼んでさ!」

 ちゅるちゅると赤いきつねうどんをすすっていると、書記さんが魅力的な提案をしてくる。そういえば今気付いたが、書記さんのツバサさんの呼び方がツバサ様、から、ツバサさん。に変わっている。

 彼女の中で何か心境の変化があったんだろう。何があったのかは知らないが、そのことは微笑ましい事だった。

 そう。微笑ましい、事だった。

 なんだか姐さんに会った時もこんな感情に襲われた気がする。

「いいね。どこでやろうか」

「そうだなー。生徒会室、は狭いし。空き教室、は申請が面倒だし―――――――――――」

 あれこれと悩んでいる書記さんを傍目に、俺の心は少し軽くなる。しっかりとした日常が、僕を安心させてくれる。

「あ!そうだ海田君の家ってのはどう!?なんだかんだで行ったことないし」

 名案を思いついたという風な顔で俺を窺ってくる書記さんに俺はちょっぴり肩に力が入る。

 なぜなら誰にも俺の家を教えたことがないからだ。人は誰しも他人には言えない秘密を抱えているものだと思う。僕の場合、家にはその秘密が多く隠されているから、あまり知り合いに家の場所を悟られたくない。 

「うーん、俺ん家狭いからなー。そんなに人数入んないよ」

 別に嘘をついているわけじゃない。事実狭いから呼べるとしても一人二人までだ。書記さんやアライズの三人を呼ぶとなるとすこし手狭になってしまう。

「そっかー。残念」

「何やら面白そうな話をしているわね」

「ツバサさん」

 書記さんと二人で話し込んでいると不意に後ろから声をかけられた。どうやら一連の話を聞いていたようだ。ツバサさんは不意に現れることが多い。

「その勉強会。うちでやらない?」

「うちって、ツバサさんの家でってことですか?」

 ツバサさんの提案に隣の書記さんは言葉を失っている。その代わり目がうるさかった。目は口ほどにものを言うというけどその通りだと思った。

「そう。丁度明日は休みだし、どうかしら?」

「い、行きます行きます!!ね?海田君も行くよね?ね?」

 行くって言え行くって言えと、書記さんの目が訴えかけてくる。ここは書記さんの言うとおりにしておこう。決してツバサさんの家に興味あるとか、やっぱりお金持なのかなとか、ひょんな事からどうにかこうにか養ってくれないかなとか、思ってるわけでは決してないんだからね。

「ええ、()は良いですよ」

「それじゃあ決まりね。英玲奈やあんじゅには私から声をかけるわ」

 ということでなぜか、週末はツバサさんの家で勉強会となった。

 

 

 

 

 

 

「ねえ、あなた達。雪の知り合い、であってるわよね?」

「え?・・・・・はいそうですけど」

「あ!あの時の人だ!」

「穂乃果?あの時の、とは?」

「あなた達に話があるんだけど、ちょっといい?」

 俺の預かり知らぬところで、不穏な事が起きているとも知らずに。




どうも学園生活部高宮です。
いやー、暑い。夏は嫌いじゃないんですが、この暑さだけはどうにも慣れません。
太陽が擬人化して、背が低くてかわいくておっぱい大きい女の子になり、その娘が夏だからと全力ではしゃいでるせいで日本は暑いんだと説明されれば全力で好きになれるのですが。
次回も頑張ります。
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