夢、そうこれは夢。
小さい頃の、俺と穂乃果とことりと海未がいて、今の俺が腑観でそれをとらえている。場所はいつもの公園の、当時の俺たちには大きかった木の下。
「ねぇねぇ、これ登ってみようよ」
「ええぇ、危ないですよぅ」
「でも、ここから見る景色すっごく気持ちいいんだよ?」
穂乃果が提案して、海未が断って、ことりがなだめて結局穂乃果に押し切られてしまう。だいたい何かをするとき、いつもこのパターンだった。俺はいつもみんなの後ろをついて回っていた。
けど、この時はなぜか違った。なぜだったのかはもう思い出せない。子供心とか、冒険心というものだったかもしれない。
「いいね、やってみようよ」
「ほら、雪ちゃんのOKもでたし」
「うー、雪がそういうのでしたら」
おずおずといった感じで了承する海未、今の俺は唇をかみしめる事しかできない。この夢に干渉することはできないから。
「うんしょ」
穂乃果が登り、次にことり、海未と登っていく。俺は、木のぼりは得意ではなく、苦戦していた。
「「「わー」」」
もうすでに登り終えたであろう三人は、感嘆の息を漏らす。
そのとき小さい子供とはいえ三人の体重を乗せて、無事でいられるほどその木は大きくはなかった。
ミシミシという音、それに気づかず登ってしまう俺。そして、三人が腰掛けていた木の枝がバキリと折れる。
下を見やる。視線が昔の俺と重なる。
穂乃果達が倒れていた。幸い、海未とことりは打ちどころが良かったのか、すぐに起き上がった。
ただ、穂乃果だけが、いつまでもその場にうずくまっていた。
「あー」
目覚め。最悪の目覚めだ。
泣いていた。いつもこの夢をみると決まってこうだ。
悪夢ではない。悪夢などではない、これは戒めだ。俺が忘れないように。大事な時に忘れないように。結局、穂乃果はあれで骨折した事を。うちの父親が物凄く謝っていた事を。病状で横たわっているのを見たとき死んじゃったと泣き喚いたことを。もう二度と、傷つけないと誓ったことを。
時計を見ると、六時を過ぎていた。
「やべ、今日は練習見に行くって言ったんだった」
急いで支度する。今度は俺が海未に怒られてしまうな。穂乃果は最近遅刻しないらしいから。
ミューズの曲ができて、二週間余り。ライブまであと二日だった。
神田明神の長い石階段を登っていると、どこかで見かけた少女がいた。
「西木野さん?」
「びゃっ」
今度は声を掛けただけなのに。ものすごい驚かれようだ。
「あ、ミューズを見に来たの?それなら丁度練習してるから、見ていきなよ」
「い、いや私はそういんじゃ」
「いいからいいから」
手を引っ張って階段を駆け上る。
「あ、雪!と、西木野さん?」
「なんで手つないでるの」
ことりがものすごく近くで、顔を覗き込んでいた。西木野さんの。
「こ、これは!!///」
ぶんぶんと手を離してしまう。別にいいんだけど。俺って嫌われてる?
「あ、真姫ちゃん」
「な、によ」
ややつっかえる西木野さん。いつの間にか真姫ちゃん呼びに。
「この間の曲ね、すっっごく良かったよ!」
「な、なんのことかしら」
「それでね、はいこれ」
見ると、穂乃果の手には音楽プレイヤー、そしてイヤホンが西木野さんの耳に。
「ちょ、なにすんのよ」
「いいからいいから」
ポチリと再生ボタンを押すと、西木野さんも真剣な面持ちになる。
「ね、いい曲でしょ?」
「あたりまえよ、私が作ったんだから」
「やっぱり真姫ちゃんが作ってくれたんだ」
「あ!ううう//」
そういえば、勝手に西木野さんが作ったものだと思ってたけど、CDのどこにもそんな事書いてなかった。
「もう、帰る」
「あ、待ってください。これ」
海未が手渡していたのは、ライブの宣伝のチラシ。ビラ配りの時とはまた違うやつ。きっと当日用だろう。
「良ければ来て欲しいかなー、なんて」
ダメ?とことりがお願いしている。
「・・・気が向いたらね」
どうやら西木野さんという子も素直じゃない子のようだ。
朝の練習も無事に終わる。いつの間にか横にいた東条先輩とスポーツドリンクを差し入れ。
「雪、今日の放課後は何か予定はあるのでしょうか?」
「いいや、ないよ」
厳密にいえば、夜からバイトなのだがそれまでの時間なら大丈夫。
「じゃあ、屋上で私たちのダンス見てくれない?最終チェックしたいの」
「そういうことなら喜んで。いいですか東條先輩」
「いいよ、えりちにはうちから言っておく」
ここ最近は、音ノ木坂にも生徒会にも結構気軽に行けるようになっていた。生徒会の仕事は雑務や力仕事だけど、これが意外と楽しい。
そして放課後。
屋上に行くまでに、穂乃果の友達の三人娘に絡まれたりしながらも、迷うことなく無事に着けた。
「はぁ、はぁ、はぁ」
「ど、どうでしょうか」
良かった、最初とは見違えるくらいに、目に見えてレベルアップしている。
それに。
「良かったよ。なんというか引き込まれた」
多分。単純に歌や踊りなら、前に見たアライズのライブのほうがすごい。けど、なんというか引き込まれた。引き込まれるんだ。それはきっとアライズにも匹敵するなにか。
「そうですか」
「練習のおかげだね」
「衣装も、今日中に出来上がるから明日持ってくるね?」
「よーっし、残すはライブのみだ!」
なんか、アイドル活動を始めてからますます元気になってる気がするな。
「それじゃ、俺は生徒会に行ってくる」
「うん、いってらっしゃい」
「明日はライブに備えてお休みにしましょう」「やったー!」「穂乃果、ストレッチなどは欠かさずやるのですよ」「わかってるよー」「それなら神田明神にお参りに――――――」
閉めるドアからでも聞こえる。三人の声。
俺も明日お参りに行こう。
パンッパン。柏手を打つ。正直正しいやり方かどうかは分からないので後でググっておこう。
「海未が緊張しませんように。ことりが笑顔でライブできますように。穂乃果が、ミューズが、ライブ成功できますように」
「熱心やなー」
「――――――東條先輩」
声がしたほうを振り返る。もう結構夜もふけているので、いないかと思ってた。
「もしかして、聞いてました?」
「ん?なにが?」
この顔は聞かれていたな。まぁいいけど。
「ライブ、成功しますかね」
「さぁ、それこそ神のみぞ知るっちゅうとこやろ」
「・・・そうですか」
ならば、きっと。成功すると信じて。もう一度鐘を鳴らした。
あっという間に時が過ぎ、気づけばライブ当日、新入生歓迎会の日だ。
俺は自分の学校を途中で抜け出し、音ノ木坂でビラ配りしていた。
「お願いしまーす。ライブ4時からでーす」
ただ今の時刻は3時。もうすぐ始まる。大体はさばけたので、三人が、ミューズがいる楽屋へと向かった。
おてのもので、お目当ての場所にはすぐに着く。UTXより音ノ木坂のほうが詳しいんじゃないかってくらいだ。
コンコン。「入るよー」返事はない。ので開ける。
目の前にいた穂乃果、ことりは、ライブ衣装に着替えていた。昨日見せてもらったそれは二人にとても似合っていて。
「あ、雪ちゃん」
「ゆ、雪!?」
奥のほうにいる海未。どうやらいまだ恥ずかしがっているみたいだ。スカートの下にジャージを着ている。
「どう?雪君、似合う?」
その場でことりが回転する。
「うん、すごく似合ってる。さすがことり」
「えへへ」
「ほらー」
穂乃果がことりの真似をして回転。
「穂乃果も似合ってるよ」
「ほらほら、海未ちゃんも観念しなっよっ、と」
穂乃果が奥でこそこそしていた海未のジャージを思いっきり下げる。
「きゃーーーー!!///」
思わず、顔をそむける。あまり意識したことなかったけど、海未も女の子なんだ。
「は、破廉恥です!!///」
「ご、ごめん」
なんで俺が謝っているんだろう。
「でも、もう大丈夫でしょ?」
「ことり!それは、そう、かもしれませんが」
「ほらー、やっぱり狙い通りだよ」
「「「絶対嘘だね」」」
穂乃果以外の声がきれいにそろって。
「あ、俺生徒会寄らなきゃ。ライブには間に合う」
そういいのこし、ダッシュで廊下を走る。一枚のビラを手に持って。途中、誰かの「かよちん、はやくいくにゃー」「だれかたすけて―!!」という声が聞こえたけれど、ごめんね、ちょっとまっててーとは今は返せない。
「失礼します」
「海田君」
「あれ、もう終わっちゃいます?」
「ええ、今日は仕事も少ないし」
「東條先輩は?」
生徒会室には、会長しかいない。
「さぁ、もう帰ったんじゃないかしら」
「そうですか」
ライブを、見に行ったのかな。それとも本当に帰ったのかも。いやあの人に限ってそれはないか。たった数週間しか知らないけど、彼女もミューズを案じてくれている一人だ。
そして。
「それじゃ、お先に失礼するわね」
「あの!」
帰ろうとする会長を引き留め、手に持っていたビラを差し出す。
「この前渡しそびれて」
「これは?」
「ライブ。来てくれませんか?」
会長だって、その一人のはずだ。
ゆっくりと講堂へと向かう。俺の後ろにはしっかりとした足取りの生徒会長。
「いい、あなたがどうしてもというから見に行くのよ?」
「はい、どうしても、見てほしいんです」
彼女らの頑張りを。その集大成を。
講堂の扉の前で、足が止まる。時間的にはピッタリのはずだ。もしかしたらもう始まってるかも。
若干の期待を込め、扉を開く。
「あ―――――――」
「どうした、の」
そこには、誰もいなかった。
「穂乃果ちゃん、ごめんね。頑張ったんだけど」
「穂乃果」
「穂乃果ちゃん」
そこにいたのは、例の三人娘と壇上に悲しげに立つ穂乃果達だけだった。
だめだった。なぜ?どうして?告知が足りなかった?時間帯?穂乃果達は頑張っていたのに、なぜ?俺がもっと、役に立っていればよかった?そうすれば穂乃果達のあんな顔みらずにすんだ?
神様。こんな現実受け入れろって言うのか。
「そりゃ、そうだ。そんなに現実甘くない!」
見上げると、今にも泣きそうな穂乃果達の顔。
あんな顔、させないと誓ったのに、俺は、どうすれば――――――。
「あ、あれ。もうライブ終わっちゃった?」
扉を開き、入ってくる女の子。
あの子は。確かこのまえのビラ配りの時のか細い子と、もう一人。きっと友達だろう。
来てくれたんだ。
「!!やろう、海未ちゃん、ことりちゃん。だってそのために私たち練習してきたんだもん」
「――――――そうですね」
「うん!」
やるのか。この状況で、それでも。
強いな、穂乃果は。俺が出る幕なんて最初からなかった。なら、出る幕がないのなら、せめて最後まで見届けよう。最後まで味方でいよう。
拍手、まばらな拍手。それでも彼女たちは、どんなスクールアイドルよりも輝いて見えた。
「これから、どうするの?」
気づくと、いつのまにか会長が壇上のすぐそばに。
「続けます」
「なぜ?これ以上やっても意味ないでしょう」
「やりたいから!みんなにこの想い、届けたい。あきらめられない!この気持ち!」
その言葉を聞いて思った。きっと本当にやりたいことってそうなんじゃないかって、やりたいからやる。辛くて、苦しくても、それでも手放せない、そんなもの。
それを、彼女らから教えてもらった気がした。
スクールアイドル、ミューズのファーストライブは、惨敗だった。
NGというか、思い付き。
「じつは~、雪君の衣装も用意してるんだけど」
「へ?」
「ちょっと着てみない?似合うと思うんだ!」
「いや、いやいやいや俺には無理!」
「大丈夫、ちょっとだけ先っちょだけ、すぐ終わるから!」
「ことり!その発言あまり大丈夫じゃない気がするんだけど!?」
でも、本当にやりたいことってのは、辛くても以下略。
~ライブ会場~
「ラブアローシュートー!ばぁん」
そりゃ人こないわ―