穂乃果に呼び出されたのはどうやら僕だけではなかったらしい。頭上は電車が通る橋の上で、ミューズが勢ぞろいしていた。
「で?穂乃果、呼び出した理由は何?」
先ほどまで静絶な姉妹喧嘩を繰り広げていた絵里先輩も、欄干に背中を預けている。
「それは、ほら!みんなで遊ぼうと思って!」
「はあ?」
穂乃果の唐突な提案ににこちゃんが怪訝な顔をする。こんな大事な時に何を呑気な事を――――――――――――、って顔だ。
大事なこと、それはラブライブ本選前だという事もあるし、ミューズの進退をどうするか。そこをまだ決めてない事でもある。
「だってみんなで一日遊んだ事ってないでしょ?だからいいかなって」
「まあ確かに英気を養うという意味では良いかも知れんね?」
「・・・・でも、具体的にどこに行くのよ?」
にこちゃんは愛も変わらず怪訝な顔のままだが、口ぶりから行くことに同意したようだ。
「遊園地だにゃ!」
「わ、私はアイドルショップ」
「子供ね・・・・・そういえば最近近くの美術館で展覧やってるんだってね」
「バラバラじゃない!」
各々が行きたいところを口に出すと見事にバラバラ、一日でそんなに回れるかな。
「じゃあ全部行こう!」
「本気?」
僕は思わず訪ねた。幼稚園にアイドルショップに美術館。場所も方向性もてんでバラバラで、一日かけるとなるとなかなかハードスケジュールになる。
「本気だよ!せっかくみんなで遊ぶんだからみんなの行きたいところ行こうよ!」
どうやら本気で言っているらしい。穂乃果の笑顔を見てみんなも賛成なようだった。
ということでまずやってきたのは花陽の行きたい場所。アイドルショップ。
ここには何回か来ている。そのたんびに今日は誰。今日は誰という風にミューズのグッズを買っていくのだが、今回は誰のグッズを買おうか。
「うわー、すごい!グッズがいっぱいだよ!」
穂乃果はミューズのコーナーを見てはしゃいでいる。一番最初に来た時は、ワンコーナーの一角の片隅にぽつんと置いてあるだけだったのが今や棚一面をミューズのポスターやらキーホルダーやらで占めている。
まるで初めて来たときのアライズのように。
本当にここまで来たんだと実感する。最初からは考えられないだろう。
「へー、シャワータペストリーなんかもあるのね。・・・・シャワー室に貼ってどうするのかしら」
「それは、ほら、お風呂でもいっしょに居たいっていう愛の表れやない?」
「ええー・・・・?」
なんだか絵里先輩にはお気に召さなかったようだ。自らのグッズを見てしかめっ面を浮かべている。
「5thライブのブルーレイはまだですが、まだですか?好きですが、好きですか?」
「花陽ちん!こっちには劇場版のブルーレイ予約券があるよ!」
「うわー!店舗特典確認しなきゃ!」
ブルーレイやCDなどが立ち並ぶ区画には凛と花陽とにこちゃんが財布と相談している。あ、それもう一枚頼んでもらってもいい?
「ちょっと雪!それ何買おうとしてんのよ!」
「なにって真姫ちゃんグッズ」
両手には新しく出ていた真姫ちゃんグッズを抱えている。生活費?知らない子ですね。
「そうじゃなくてなんでそれをそんなにたくさん買ってんのって言ってんの!」
真姫ちゃんは顔を真っ赤にしてまで怒っている。なにが彼女の沸点に引っかかったのかは分からないがとりあえず反論する。
「なんでって、真姫ちゃんの新作グッズだよ。他の人に取られたりしたら嫌じゃん」
「な!///別に、ただのグッズでしょ!」
「でも、真姫ちゃんのグッズ。つまり真姫ちゃんの一部だよ?赤の他人になんか取られたくないじゃないか」
「い、一部・・・・・///へ、変な言い方しないでよ!!」
「真姫ちゃんこそ変なこと言わないでほしいな。僕がなんのグッズを買おうが僕の勝手だろ?」
「そ、そうだけど!///・・・・・・・うぐぐ」
全く何をそんなに恥ずかしがってんだか。自分のグッズを目の前で買われるのがそんなに恥ずかしいのかな。
まあ僕にはそんな経験皆無なのでそうだと言われればそうなんだろうが。
「な、なんで私のだけ買うの?」
恐る恐るというか、ちらりと窺うように聞いてくる真姫ちゃん。
「え?そりゃかわいいからだよ(グッズが)」
「え?か、かわいい?(自分自身が)」
「うん。かわいい(グッズが)」
そしてこれでミューズのグッズはコンプリートだ。やったね!
「そう。そっか、かわいいね。かわいい」
くるくると髪をいじりながら真姫ちゃんはまるで自らに浸透させるようにおんなじことをブツブツとつぶやく。
「合計一万八千円になります」
店員の言葉にポケットの財布に手を伸ばす。そこで、どのポケットにも何も入っていない事に気がついた。
少し考えた僕は。
「―――――――――――――真姫ちゃん、お金忘れちゃった。貨ーして?」
「ああもう!台無しじゃない!もうちょっと浸らせなさいよ!それでいくら!?」
「ありがとう真姫ちゃん」
真姫ちゃんは優しいなー。
「うわうわうわ///」
レジを終わらせると、急に声がする。真姫ちゃんとレジから覗くと、他の一角では、海が顔を真っ赤にしながら両手で瞼を抑えていた。
「どうしたの?」
「こ、ことり!見てくださいこれ!あ、やっぱり見ないでください!」
んな無茶な。
「わー、すごーい。海未ちゃんのグッズばっかりだね」
どうやらこの店は海未推しらしい。いろんな表情の海未の写真がちりばめられた一角は、完全に海未専用のコーナーと化していた。
「ほんとだー。海未ちゃんばっかりずるーい!」
「そんなことありません!ものすごく恥ずかしいんですからこれ!」
海未は自分のコーナーを隠すように背を向けるが、人一人じゃ完全に隠しきれていない。店員が書いたとおぼしきポップ『当店イチオシ!音ノ木坂スクールアイドルからミューズの海未ちゃん!その純情可憐な表情から覗くプロのアイドル顔負けの極上スマイルであなたのハートにもラブアローシュート!かくいうA店員もその表情豊かな海未ちゃんに一目ぼれ!もうぺろぺろしちゃいたいぺろぺろ』
といった内容がダダ漏れである。それを最後まで読んだ僕は一瞬にしてそのポップを勢いよく剥がし取り、ビリビリと破り捨てる。
「どうしたんですか雪?」
「なんでもないよ?」
振り返り満面の笑みでそう答える。大丈夫だよ。ちょっとA店員とやらに話があるだけだよ。
裏に消えていく僕をよそに、苦笑いすることり。
そんなアイドルショップを後にして、次に向かうのは凛の行きたい場所。遊園地。
「「「きゃーーーー!!!!!」」」
ジェットコースターやフリーフォール、バイキングなどどうやらこの遊園地はそういった絶叫型にスポットを当てているらしい。やれ全長何メートルだの、やれ最速何キロが出るだの、物騒な言葉がこぞって主張してくる。
僕としては、メリーゴーランドやコーヒーカップみたいなほのぼのしたやつが好きなのだが、そう言ったものにはみんなは一切触れずに嬉々として絶叫型に乗りたがっている。
「どれに乗る!?どれに乗る!?」
「穂乃果ちゃん!まずはあっちから乗ろう!」
特に穂乃果と凛はテンションがうなぎ上りだ。全身からキラキラした粒子みたいなものが出ている気さえしてくる。
いかん、この流れはまずい。何がまずいっておもっくそ高いところじゃねえか。ダメだ。それはダメ。
「あのー、絶叫形も良いけど、あっちのメリーゴーランドとかにしない?メリーゴーランドも楽しいと思うよ?」
「えー、メリーゴーランド?」
当然のように穂乃果が渋る。この野郎、僕が高所恐怖症だと知ってるくせに。
「まあ、手慣らしとしてなら良いかにゃ?最初っからハードだときついもんね」
「そうそう、徐々にハードル上げて行く方が楽しいと思うんだ」
「まあ、雪ちゃんが言うなら」
良かった。なんとかメリーゴーランドへと誘導できたようだ。後は気分が悪くなったとか何とか言って離脱すればいい。
―――――――――――――――――と、思っていたのだが。
「へー、結構しっかりしてるメリーゴーランドだねー」
「すごいにゃー、凛こんなメリーゴーランド初めて!ありがとう雪ちゃん!」
「いやこれ俺の知ってるメリーゴーランド違うぅぅぅぅぅ!!」
普通メリーゴーランドといえば、くるくる回る地盤に上下する馬やらなんやらが取り付けられていて、それにのって優雅に楽しむものだろう。
だけど、そのメリーゴーランドは圧倒的に違っていた。
まず、上下する馬がおかしい。なにがおかしいって完全に生きている。体温が感じられる。鼻息とか凄い。
「うわー、本物そっくり!」
「そっくりじゃなくて本物なんだよ!明らかに!」
「雪ちゃん、いくらなんでもそれはないにゃー。メリーゴーランドに本物の馬なんかいるはずないにゃ。これはちょっと質感にこだわったニセモノだにゃ」
そう言って、二人ともさっさと馬に乗っかってしまう。僕も無理やりに乗せられるが生き物の鼓動が感じられる。
「いや、絶対本物だよ。見たことないものこんな獣くさいメリーゴーランド。今にもロデオ感覚で振り下ろされそうなんですけど」
「大丈夫だよ。なまじ本物だとしても、遊園地ように調教されてるって」
そう言った穂乃果は、いや穂乃果が乗った馬はけたたましく嘶いて、勢いよく草むらの方に走り去って行ってしまった。
「ほらいったじゃん!だからいったじゃん!あれ本物以外の何物でもないよね!?つーか大丈夫なの!?おもいっきし知らないところに走り去って行ったけど!」
「すごいにゃ!ちゃちなメリーゴーランドと違って遊園地の敷地そのものが舞台なんだね!よーし、私達も行くにゃ!デュラハン号!」
凛は明らかに馬を手なずけている様子で、慣れたように穂乃果の後を追ってしまった。つーか何名前つけてんの?何愛着わいてんの?
「どうするの?行っちゃったけど」
傍で見守っていた絵里先輩が近付いてくる。
「バカ二人はこの際もうほっときましょう。どうせそのうち係員かなんかに連れて来られますよ」
正直、そっちの方が良い。絶叫形に乗らなくて済むから。そう思って馬から降りた瞬間。ドドドという足音が響いてくる。何事かと後ろを振りかると。
「うきゃほーい」
「戻ってきた!思ったより早く戻ってきた!」
馬を完全に乗りこなしたように穂乃果と後ろに続く凛が猛スピードでこちらに向かってくる。つーかなんで乗りこなせてんの?ライダー?
「あ!雪ちゃんだ!おーい」
「何手振ってんだバカ!手綱!手綱!」
手綱をほっぽいて走る穂乃果の馬はまっすぐこちらめがけて走ってくる。
「あああああああ!!」
避ける事も出来ずに馬と正面衝突。思いっきり衝撃を受け、体が後ろに吹っ飛ばされる。
あれ?ここってどこだっけ?遊園地だよね?なんでぼくはうまにけられているの?
「いやー楽しかったね凛ちゃん」
「うん!こんなメリーゴランド初めて!」
「メリーゴーランドって言わねえよこれ!乗馬って言うんだよこれ!」
血だらけになった頭で必死に叫ぶ。つーか乗馬とも呼ばねえよ。もはやジョッキーの域だよ。
そんな散々な唯一怪我で絶叫系をやり過ごせた事意外何の楽しみも見つけられなかった遊園地も後にし、場所は美術館。
「美術館は良いよね。静かだから」
さきほどかあり得なかったためか、美術館への期待値が上がる。早速中に入ると。
いたるところにまるで天空に手を伸ばしてますと言わんばかりの高さだけを追い求めたフリーフォールたちが所狭しと並べてある。
「どうやら今日はフリーフォール専用の展覧会の様ね」
ポスターを見ながら説明する真姫ちゃん。
「どういう展覧会!!?」
なんでだよ、なんで一回泳がされなきゃいけないんだよ。なんで遊園地で回避できたと思ったら美術館でこんな拷問みたいな真似されなきゃいけないんだよ。
「つーか、フリーフォールって美術って言うの?」
「なんでも頂点を極めたものは芸術と言えるんじゃないかしら」
「うるせえよ!そう言うの聞いてねえよ!」
というかいつの間にか、僕と真姫ちゃん以外はフリーフォールの椅子にセットされている。
「やるんだ!こんなわけ分からんもんやるんだ!」
みんな期待に満ちた目をしている。なに?僕がおかしいの?僕がおかしいのか?
「大丈夫ですか雪?無理しなくても・・・・・」
「いいよやるよもう!どうせ克服する気なんかないんだし、ちょうどいい戒めになるし」
半ばやけくそ、もしかしたら半泣きになりながらそれでも海未と真姫ちゃんに挟まれる形になりセットされる。
そして、ゆっくり、ゆっくり、上がって行く。まるで死刑宣告を待つ罪人みたいな気分だ。
あ、ごめんなさいやっぱり無理です。フラッシュバックしてるもの!いつものじゃない奴だもの!なんか走馬灯みたいなやつフラッシュバックしてるもの!
ガタンゴトンという音も、まるで下界から切り離されたような足元の景色も、宙ぶらりんの足も、すべてが自らにプレッシャーをかける。
上がって行く。上がって行く。・・・・・・まだ上がって行く。
「どこまで上がってんだ!もうそろそろ天井って、ない!天井がない!」
上を見て初めて気づく。天井がない事に。そこだけくりぬかれたように天井がない事に。
そして――――――――――――――――。
「ああああああぁぁぁぁぁおぼろろろろろ」
「ああ、雪がぁぁぁぁぁ!吐いたああぁぁぁぁおろろろろろ」
「ちょ!大丈夫雪ぃぃぉおろろろろろろ」
「えりちぃぃぃおろろろろろろろ」
「おろろろろろろろ」
上がるときはあんなに時間かかったのに、下るときは一瞬だった。吐くときも一瞬だった。
みんな仲良く吐いて仲良く出禁になった美術室から追い出され、その次に行ったにこちゃんが提案したゲーセン及び絵里先輩のボーリングでは特に何もなく。
「ないのかよ!」
ことりと海未が行きたいと言ったのは動物園だった。
どうやら動物たちが檻から出てしまっていたようで、ワニやらライオンやらを命がけでハントして回った。
「どこのジュラシックパーク?」
そして、希の希望、浅草の雷門。
「スピリチュアルやね」
先ほどがジュラシックパークだったのでありがたい。心身ともに癒されるようだ。
一人、お線香の煙を浴びていると、ささっと後ろに希が忍び寄る。
「リラックスしたところで聞きたいんやけどこの婚姻届にハンコを――――――――――――」「あ、ごめん手が滑った」
後ろ手に隠し持っていたその紙をお線香の灰にして燃やす。
「ああ、あとはハンコだけやったのに」
まだ懲りてなかったのかこの人。その執念には呆れるが、若干の恥ずかしさもある。がっくりと肩を落とした背中を見ると余計にだ。
「で、後は穂乃果と雪ね」
絵里先輩の言葉で思い出す。全員の希望する行きたい所へ行って遊ぶ。忘れていたが今日はそういう趣旨だった。遊んでた記憶はないが。
「・・・・・私は最後で良いよ。雪ちゃんはどこか遊びに行きたいところある?」
「え?僕?」
そうか、遊びに行きたいところか。
「――――――――――――――僕はないよ」
「え?」
ずいぶんと頭をひねってみたものの、それらしきものは現れない。ないんだ、本当に行きたいところ。遊びたい場所ってやつが。
きっとそれが僕の底の浅さ。みんなについて行くことは出来ても、引っ張る事が出来ない。
昔からそうだった。昔から、僕は誰かの後ろをひっつくだけだった。穂乃果の後ろを、にこちゃんの後ろを、姐さんの後ろを。僕が主導で何かを成した事なんて、それこそバイトくらいのものだ。それだって他人に誇れる事なんて何もしていない。
だからこういうときに、自分がどこに行きたいのかわからない。出てこない。
でも、でもそれでも僕は満足だった。今現在、確かに僕は満足していた。
自分が引っ張ることができなくても、自分の行きたいところが分からなくても、それでも僕は今日楽しかった。こんな日が、毎日じゃなくたっていい。週に一度でいい。月に一度になったって構わない。どんなに少なくとも、継続的に、持続的に、続いてほしい。決して終わってなんかほしくない。
「そっか、じゃあ最後は穂乃果の番だね」
「どこにいくの?もうすぐ日も落ちてくるわよ」
絵里先輩の言った通り、辺りは今まさに夕日に包まれんとしている。
「―――――――――――――――――海。海に行きたい」
赤い光に照らされる穂乃果の顔。
きっと、これが本当に最後になるのだと。そう語っている顔だった。
どうもことりのおやつにしちゃうぞ♪(物理的に)高宮です。
もうすぐことりちゃんの誕生日!
ということで次回は番外編。