「はーーーーーー」
「どんだけ長い溜息してんのよ」
書記さんが、目の前に書類を積んでいく。
あの海から半月。ラブライブ本選までも同じく半月。
あっという間だった。あっというまに日々は過ぎる。何事もなく、いつも通りに。
あと、少しだというのに。
「はーーーーーー」
「いいかげんにしなさい」
パコッと頭をはたかれる。しょうがないじゃないか、どんどん本選が近づいてきて、どんどん時間は消えていく。めくる日めくりカレンダーの枚数にナーバスになったってしょうがないだろう。
「お仕事したくない」
「そんなこと言ったって卒業は待ってはくれないのよ」
そう。音ノ木坂の三年生が卒業するということは、UTXの三年生も同様に卒業するということだ。当たり前だが。
そんでもって僕は一応、生徒会長なので色々とお仕事が溜まっている。特に最近は生徒会の業務に専念するほど精神状態に余裕がなかった。
ツバサさんやあんじゅ、そして書記さんのフォローもあって、しかしそれでもギリギリのスケジュールなのに。
「やる気がでない」
あの海での一件で、ミューズの今後は決まった。それについて僕はもうなんの反論も、反抗もない。
ちゃんと共感して、納得して、理解して、そして見届けようと思った。そう思えた。
んだけど、やっぱり終わってしまうというのは寂しくて、苦しくて、夜に枕を涙で濡らすこともしばしば。女々しいと言われても仕方ない。事実、自分でもそう思う。
でもさー、そんな急に切り替えられたらさー、そもそもあそこであんな反論なんかしてないっつーの、最初っから納得してたっつーの、それができなかったんだから引きずるのもこれしょうがないと思うんだよね。
「書記さん。
「ツバサと書いてヘルプと読まないで頂戴。あとそんなデリバリー感覚で呼ぶのもやめて」
声がする方を振り返るといつの間にやらツバサさん。
「で、ミューズの方はどうなの?」
「あー、はい。それはもうみんないつも通りです。みんなは、大丈夫です」
びっくりするほどいつも通りで、僕だけが郷愁に駆られていてバカみたいだ。
「・・・・・・・・・・ツバサさんならどうしますか」
「それは、私達がミューズと同じ立場だったら、ということかしら?」
コクコクと頷く。先も言った通り、僕は彼女たちの選択を、今さらどうこう言うつもりはない。だけど聞いておきたかった。アライズほどの人気と実力を兼ね備えた人たちが、どうするのかを。
あのリーダーたるアライズの綺羅ツバサに。
「ま、続けるわね」
あっさり、いともあっさりツバサさんはそう言い放った。
「ですよねー」
その言葉に僕は驚かない。ツバサさんがそう言うだろうと予測していたわけじゃない。それが普通なのだ。世間を見たって、十のスクールアイドルに聞いても十のスクールアイドルが同じ答えを返していただろう。
「はーーーーーー」
「もう!溜め息禁止!」
書記さんに怒られた。もう既に、ミューズの決定は過去の産物だ。過去は変えられない。便利な四次元ポケットも、タイムマシンもない僕らに過去は変えられない。
だから、現代人の僕らに出来る事はただ、過去を受け止めて前に進む原動力にする事だけ。
「はーーーーーーあ」
で、今日はそのラブライブ本選のパフォーマンスをする順番を決定する日でもある。この放課後の時間にみんながクジを引きに行っているはずだ。
「はあ!?トリ!?」
「ええ、どうやらそうみたいね。今公表があったわ」
依然、生徒会室で仕事をしていると、ツバサさんから驚きの情報が提供された。
トリって最後って意味だよね。最後のライブに、最期のラブライブに、トリだなんて。運がいいのか悪いのか。
いや、きっといいに決まっている。最後にふさわしいじゃないか。こんな最高の舞台、そうそう巡ってはこない。
「まあ、心配なのも分かるけど、ここまで来たら後は見守ってやる事だけよ」
「わかってますよ」
そんなに顔に出ていたのか、ツバサさんに指摘され僕はちょっぴりふてくされる。
「・・・・・・あとは、あれね。アロマセラピーとかいいわよ。癒されるし」
「はあ」
「雪はそういえば動物は何が好きなのかしら?アニマルセラピーというのもあってね―――――――――――」
「あの、もしかして励ましてくれてます?」
僕が今朝あんなにも溜め息をついてしまっていたからか、なんだか気を遣わせてしまっているみたいだ。
「だ、だって。あんまり元気なさそうだし・・・・・・」
やっぱり。
横目をずらすツバサさんに僕は思わず笑ってしまう。あんまりそう言うツバサさんは見たことなくて。
ツバサさんはやっぱり、いつも強気なほうが似合っている。
「な、なによ!」
「ふふ、いえ。似合わないなーっと」
「し、失礼な。せっかく彼女たちとゴタゴタしたって聞いて心配してあげてるのに」
ツバサさんは拗ねてしまったようでそっぽを向いてしまう。きっとその詳しい内容までは知らないんだろうけど、それでもその気づかいがありがたい。そんな些細なことに僕は嬉しくなってしまう。
「ほーら、生徒会長。仕事しないと終わりませんよ」
やけに力強く書記さんから書類の束が渡される。
「あれ?書記さん、こんなに書類あったっけ?書記さん?書記さーん?」
「こっちもお願いね~」
「え?これ僕の仕事じゃなくない?あんじゅに割り振られた奴じゃ・・・・」
「お・ね・が・い」
「ううう。分かったよやればいいんだろやれば」
「ふふ、それじゃ元生徒会長はこの辺でお暇させてもらうわ。卒業式までもう一カ月だし、頑張ってね」
「ええ!手伝ってくんないんですか!?」
「私が手伝っちゃったら意味ないでしょ。このおバカ。卒業式は一回しかないんだから。現生徒会だけで成功させる事。いいわね?」
「・・・・・はい」
そういって、本当にツバサさんは生徒会室を立ち去って行ってしまう。
「もう、あんまりツバサを心配させないでよね」
「うん。ごめん」
「私に謝られても?困るんだけどね?」
あんじゅはなぜか不機嫌になっている。分かってるよ。心配してくれているのはツバサさんだけじゃないって。
そうやって、みんなが誰かを心配して心配し返されて、それが心に響いて。
優しい世界がこれからも続いていければいいと、そう思った。
「なーに良い感じに終わらせようとしてんですか?お仕事はまだこんなにもたまっているんですよ?あんじゅちゃんも」
「わー、書記さん。もういいじゃん。綺麗な落とし所だったじゃん。今日はもう仕事の事は忘れようよー」
「そうそう。ていうか、私はちょっとお花を摘みに」
そろーっと、自然に席を立ち僕とあんじゅは目の前に積まれた書類の山から現実逃避しようと逃走を図るも、ズルズルとこぞって書記さんに首根っこを掴まれ定位置の椅子に引きずり込まれていた。
「ダメですよ?そうやって仕事を抜け駆けしようとしても、バレバレなんですからね?まだ2700文字しか行ってないんですから」
もういいじゃん2700文字でもさー。たまにはいいじゃない。時には休息も必要だって。ほら、勇者だってトルネコが見てないところでパフパフしてんだから。魔王だって勇者くるまでなんにもしてないんだからさー。
「いいから仕事する」
「うげー」
そんな仕事漬けの日々を送っているとあっという間に半月など過ぎて行き。
いよいよ明日が、ラブライブ本選本番だった。
だというのに未だに仕事漬け。しかしその甲斐あってか、明日はなんとか本選を見に行けそうだ。
目の前の書類を一心不乱に片していると不意に携帯がメールがきた事を知らせる。海未からだった。
『今日、音ノ木坂に合宿することになったのですが、良かったら雪もきませんか?』
その内容に、僕はポチポチと返信する。
『悪いけど、生徒会の業務が滞っててさ。今日は遠慮しとくよ』
断りの返信を、電波に乗せて送信する。
僕はミューズじゃない。それはただの事実で、別に僕が部外者だからなんて言うつもりはない。
だけどやっぱりミューズはあの九人で、だから最後くらいはみんなだけで過ごす時間というのもあっていい。
そこに僕がいるのはやっぱり無粋だと思うから。
そして、やってくる。やってきてしまう。最後のライブが。
時間という概念がある限り、誰にでも平等に訪れるもの。この泣きたいほどに理不尽な世の中で唯一みな平等に訪れるもの。
終わり。何かをやっていると、終わりというものがある。悲しい事に、それは何かをやっているモノだけじゃなく、何もやっていないモノにも訪れてしまうんだ。人生という枠組みの中で囚われている限り、例外なく平等に訪れる。
だからこそ、僕らは精いっぱい今を生きなきゃいけない。出来うる限り懸命に明日を見据えなければいけない。
そして、そうやって生きてきた彼女たちの最期を、最高の舞台で、最高の結果と共に見守るために。
僕はやってきた。
正直に言うと、今だって辛い。気を緩めると泣いてしまいそうになるくらいだ。
だけど、当の彼女たちが笑っているのに僕が泣くわけにはいかない。
つまらない、けれど最も大切な、男の意地だ。
でっかい会場の、何段あるのか数えるのも億劫になる階段を登り終えると目の前にはきらきらと装飾されたラブライブの看板が。周りの暗さと対比的で、幻想的な光だった。
「あ!雪さ―ん!」
呼ばれて振り返るとそこには亜里沙ちゃんと雪穂が近づいてくる。
二人と共に、この最期のライブをしっかり見届ける。そう約束していた。
「すごいですね♪こんなおっきいところでお姉ちゃんたちライブするんだ」
感慨深げに亜里沙ちゃんは言葉を漏らす。
「私達もここに来られるように頑張ろうね!雪穂!」
「そうね」
二人はスクールアイドルになる気満々らしい。そんな微笑ましい二人を見ながら会場に足を運ぶ。
トリということもあってかそこには既に何百人もの観客が押し寄せている。
途中、見知った音ノ木の生徒も見かける。アライズのみんなも今日は見に行くと言っていたし、雪穂のお母さんや、理事長も今日は来ていると思う。
ペンライトを振っている人や、ミューズのハッピやTシャツに身を包んでいる人もいる。応援の声を張り上げる人もいた。
みんな、楽しみにしていた。ここにいる全員が心を一つに、ミューズのライブを、今か今かと待ち望んでいる。
最初は誰もいない講堂から始まった。たった三人だけだった。神様ってやつを恨んだ。だけど、そんな残酷な現実を、彼女たちは乗り越えて。花陽の背中を凛と真姫ちゃんが押して、そんな二人の背中を僕が押した。 にこちゃんは最初は散々な出会いだった。にこちゃんをにこちゃんだと忘れていたし、辞めろなんて脅された事もあった。
だけど人一倍アイドルに憧れていたにこちゃんが入ってくれて、ミューズはまた強くなって。
最後に頑固な絵里先輩が、認めてくれて、名前をつけて見守ってくれていた希も無事に加入して。
そしてミューズは九人になった。
いろんな事があった。真姫ちゃんの別荘に合宿したこともあった。穂乃果が頑張りすぎて倒れた事もあった。一度はラブライブを諦めた事もあった。アライズとコラボしたこともあった。僕の所為で、みんなを傷つけたこともあった。
いろんな事があって、今こうしてここにいる。ミューズの事を好きになってくれている人たちがこんなにも増えて。
本当に、本当に良かった。
幸せだと思う。苦悩もあった、解散しようとした事もあった。だけど、つづけてきて良かったと。
傍でずっと見てきた僕が言うんだ。間違いない。
暗い会場に、一気にライトアップされる舞台。観客の声援が一層大きくなって、割れんばかりのその声にこたえるように、みんなが、ミューズのみんながそこにいた。
その眩しさに、目をしかめる。あんなに綺麗に、あんなにかわいく、あんなに美しい彼女たちを。
―――――――――――――僕は見る事が出来ない。
「うっ・・・・・ひっく・・・・・えっぐ・・・・・」
僕は、泣いちゃダメなのに。
見守ろうと思ったのに、僕の瞳は彼女たちを捉えてはくれない。視界はぼやけて、映っているのは固いアスファルトだけだ。
「雪さん」
亜里沙ちゃんが僕の裾野を掴む。
「すごいね。綺麗だね」
「ひっく・・・・・はっ・・・・・うん」
雪穂の言葉に頷く事しかできなくて。
今だって、僕はやめてほしくない気持ちは変わっていない。もしかしたら穂乃果達が心変わりするんじゃないかって、心のどっかで期待していた。
だけど、このライブを見て、彼女たちを見て。やっぱり思い知らされる。彼女たちの想いを。精一杯頑張っている彼女たちだから、それが伝わってきて。心がこんなにも痛い。
泣いちゃダメなのに。泣いてはいけないのに。そう思えば思うほど、反するように僕の瞳から涙はこぼれて行く。
だけど、滲む視界で。ぼやける目で、それでもしっかり、前だけは見よう。最後だから、僕が後悔しちゃいけない。せめて後悔しないように、前だけは――――――――。
「「「「「「「「「ありがとうございました!!!!!」」」」」」」」」
観客の割れんばかりの声援と共に、ライブは終わる。みんなは頭を下げて、一人ずつ自己紹介をする。
「東条希!」
「西木野真姫!」
「星空凛!」
「園田海未!」
「矢澤にこ!」
「小泉花陽!」
「絢瀬絵里!」
「南ことり!」
「高坂穂乃果!」
「「「「「「「「「音ノ木坂学院スクールアイドルミューズ!!ありがとうございました!!!」」」」」」」」」
わーっと、観客が声援を送る。その声援は鳴りやむことはなく、彼女たちがステージから退場した後も興奮は冷めやらない。
そして、どこからともなく拍手が送られ、誰かがアンコールと言い始めた。最初は小さかったその声も、徐々に周りを巻き込んでいき、あっという間にアンコール合唱になる。
やっぱりミューズは凄い。スクールアイドルはこんなにも素晴らしいと、そう思わせくれるミューズは、やっぱり僕の光だ。
「アンコール!アンコール!」
アンコールが鳴りやまぬなか。穂乃果が言った言葉が、脳裏で反芻している。
『このままだれも見向きもしてくれないかもしれない。応援なんて全然もらえないかもしれない。でも、一生懸命頑張って。私達がとにかく頑張って、届けたい。今私達がここにいる、この想いを』
最初は誰もこの光景を想像していなかった。当の本人たちでさえ。それが、こんなにも応援をもらえるようになるんだ。これは、彼女たちの頑張りで、彼女たちの功績だけど。そこに、ほんのちょっとでいい、ほんのひとかけらでいいから、僕もこの光景に貢献出来ているんだとしたら。
――――――――――こんなにも幸せなことはない。
「ほら、雪君もアンコール」
雪穂が僕の腕をつついてくる。
「うん」
そこにもう一つアンコールが加わって。
彼女たちは出てきた。アンコールにこたえるため。予定なんかされていない。計画された万端なものじゃない。それでも、こんなにも大勢から求められているライブをするために。
衣装が変わっている。誰かが持ってきたのか、それは部室にあった衣装だった。
割れる歓声を聞きながら、依然、僕の瞳は泣きやんでくれなかったけど。それでも分かった。それなのに分かった。
―――――――――――――彼女たちの光輝いている姿が。
どうもダンダーク!高宮です。
はい!ということでね、いやーシルバーウィークですねー。特に予定はないっつうか、なかったんですが皆さんはいかがお過ごしだったんでしょうか。
このssも後残り僅かだというのに、ゴールテープが見えてきたって言うのに相変わらずあとがきに書く事がないという。最後までグダグダでしたがこれはこれでね。良かったんじゃないかなってね。思ったり思わなかったり。
ということで次回も頑張ります。もう少しだけ続くんで。みなさんどうぞ付き合いよろしくお願いします。