嫌われスイッチ、というものがこの世の中にはあるらしい。
そのスイッチを押すと瞬く間に周りの人間から嫌われるという誰が何のために作ったのか、皆目理解不能な代物だ。
四次元ポケットもタイムマシンもないというのに、そんな一ミリも役に立ちそうにないものが実在しているというのだから、世の中というのがいかに理不尽かがわかる。
さて、冒頭でなぜそんな話をしているのかというと。
「・・・どうしよっかなーこれ」
その嫌われスイッチなるものが、僕の手元にあるからだ。
別に、人に嫌われたいなどというド変態M思考なわけではない。
ただ、もらったのだ。もらった、というよりかは強引に押し付けられたと言ったほうが正しいかもしれないが――――――————。
ある日の忘年会のことだった。僕は行かないと言ったのに、バイト先の社長。もとい班長に強引に連れていかれたことがそもそもの始まりだった。
ただの普通の飲み屋で、普通のおっさんたちと何の楽しみもなく夜は更けていく。
社長たちのおごりだというので、せめてたらふく食ってやろうと焼き鳥を何本も手に持っていた時、班長は僕の隣にやってきた。
「おう、どうだ。楽しんでるか?」
酒に酔った真っ赤な顔でそう尋ねる班長に、僕は焼き鳥を串から抜きつつ答える。
「まあ、料理は旨いですけどね」
暗にそれ以外は別に楽しくないと言った皮肉をこめた僕に班長は大声で笑いながら。
「じゃあその焼き鳥一本くれよ。旨いんだろ?」
「ヤダ」
僕は即答した。一本だって目の前のおっさんにはやりたくない。
「ケチだなぁ。じゃあ、あれだ。交換ってことで」
「あ、ちょっと!」
班長は僕の返事など聞かずに僕の皿から勝手に串を一本取っていく。
班長はいつも横暴だ。こっちの意思などお構いなしにいつもマイペースに物事を進めていく。
僕がぶーたれていると、班長はなにやらゴソゴソと自らのポッケを探り出す。
「あれ?・・・かっしーな。確かここら辺に・・・・あった」
何かを見つけたのか、「ほれ」と僕の手に強引に押し込む。
押し込んだそれは、何かのリモコンのような。薄型の基盤に見るからに怪しい「押すなよ!?押すなよ!?」って言っているように聞こえる赤いスイッチが一つ。
「なんですか?これ」
「これはな、嫌われスイッチだ」
「嫌われスイッチ?」
意気揚々と自慢げに語る班長だが、残念ながらその嫌われスイッチなるものは班長が考えているほどメジャーじゃない。へえ、あの!嫌われスイッチ!凄いですね班長!とは全然ならない。期待しているところ悪いけど。
「なんだ?お前知らんのか」
若干蔑んだような目で見られた。
なんで?え、そんな常識的なものだったのこれ?僕の常識にはまったく必要なさそうだけど。
仕方がないとでも言いたげに、大げさにかぶりを振ってから班長は喋りだした。
「これはな、ここのスイッチを押すとなんと、周りの人間から一人残らずもれなく全員に意味もなく嫌われるという優れものだ。その名も「嫌われスイッチ」どうだ。すげーだろ」
「いや、まあ凄いですけど」
凄いけど・・・・いらねえ。つか、使えねえ。
なに?周りの人間から嫌われるって。なにその一つのメリットもないガラクタ。商品として見合ってねえだろ。
すると、そんな僕の心情を察したのだろう。班長は弁明のつもりかダラダラとしゃべりだす。
「お前これの凄さわかってねえーな。いいか、これはな、かの有名なハツメール博士が発明した画期的なガラクタ、じゃねえや発明品なんだぞ。ハツメール博士はな、アインシュタインと並んでいた発明家ニュートンの弟子の従兄弟の家政婦のペットの餌を売っていたオジサンの子供の友達を誘拐しようとしていたところをすんでのところで阻止した警察に厄介になっていた万引き犯、を尻目に川で身投げしようとしていた人だったんだぞ」
「限りなくどうでもいい人じゃねえか!!」
長々と聞いて損した。つーか最後発明家ですらなくなってるし。ただの身投げ野郎だし。
つか、結局何なのこのスイッチ。誰が何の目的で作ったのこのガラクタ。いつからあるの?このガラクタ。
「ガラクタって言うんじゃねえ!立派な発明品なんだぞ!」
「いやあんたも一回ガラクタ言ってるし」
「社長ー、そろそろ店変えるそうですー」
「お、そうかー。じゃ二次会はカラオケな!俺渚のシンドバット歌うから!!」
ほんとマジでこの人は一回でもちゃんと僕の話を聞いたことがあるだろうか。
急いで残りの焼き鳥を口に放り込んでいる間に会計は済まされ、夜風が冷える店の外へ。
「おい!お前も来るか?」
「行きませんよ。もう帰って寝ますから」
「そっか、気をつけて帰れよ!」
遠くに消える一団を、ため息をつきながら見送った。
もう一年の締め括り。吐いた息が真っ黒な夜に消えていく。
「あ、これ突き返すの忘れてた」
手にしたるは、一つのスイッチ。
とまあ、こんな経緯で僕の手元には今現在。嫌われスイッチなるものがあるわけだが。
見た目は何の変哲もないスイッチで金にもならないし、かといって押して確かめる勇気もなかった。
「うん。こういう時は捨てるに限るな。大体こういうのは持っててもロクなことにならんし」
経験則として、僕の人生は大体そうなる。そうなる星の下に生まれてしまっているのだ。
・・・あれ?なんか涙出てきた。
僕の物悲しい人生はおいておいて。僕は窓を開けると清々しい風と共に嫌われスイッチフライアウェイ!した。
「・・・よし」
綺麗に星の彼方へ飛んで行ったのを確認し、僕は一息つく。
まったくもって嫌われスイッチだなんてシャレにならない。大抵のことに我慢できる自信がある僕だが、人に、それも周りの人間から嫌われるのだけはダメだ。無理だ。死ぬ。
だが、この時の僕は気づいていなかった。自分の星を。自分の運命の強靭さを。
「ニャ?」
どうあがいたって、僕は茨の道を傷つき、歩いていくしかないのだということに。
「ニャウ」(ポチ)
「さーって、学校いこーっと」
そうして僕は何も知らずに呑気に学校へと登校する。
「それでね———————」
「へー、そんなことがあったんだー」
「昨日のテレビでさー」
いつも通りの騒がしさの教室を開けるとより一層、喧騒の音が増す。
はずだった。
「「「・・・・・・・・」」」
「・・・ん?」
一瞬、ほんの一瞬だけなんか、空気が固まる。
いつもは皆おしゃべりに夢中になって誰が入ってこようがお構いなしに騒々しさは変わることはないのだが。
今日だけ、いや、違う。
”この時だけ”ピタリと喧騒が止んだ。
それはまるで、友達と仲良くファミレスでだべっていたら空気を読まずに先生が隣に座ってきたような。はたまた修学旅行でせっかくの自由行動なのに行くところ行くところ引率の先生と丸被りしてしまうような。
一種の気まずさ、あるいは憎悪にも似た感情が教室を漂う。
が、それもほんの一瞬で。
すぐに教室はまた元の喧騒を取り戻した。
(え・・・何?今の)
だが、それを無視することができないのが僕である。そういう空気は人一倍敏感に感じ取ってしまうのが僕である。
確実に自分が入ってきたことによる教室の空気の悪化。
(いやいやいやいや・・・・押してない押してない。つか、たまたまだよ。たまたま)
脳裏によぎるのは社長からもらった「嫌われスイッチ」だが、あれはフライアウェイ!したはずだ。
・・・とりあえず、今は教室内は普通である。
僕は気を取り直して自らの机に座る。
・・・・気のせいだろうか。僕の周りの人の机がいつもよりずっと離れていると感じるのは。
あれだよね!まだ授業始まってないからだよね!少しでも友達と近くでしゃべりたいみたいなそういうあれだよね!でもそれだったら椅子だけでよくない!?わざわざ重い机まで移動させなくてよくなくない!?
「ほらー、チャイム鳴ったぞー。座れ座れー」
始業の開始を知らせるチャイムと共に担任が現れ、散り散りになっていた生徒たちは大人しく自分たちの席へと戻っていく。
「はい。じゃあ出席とっていくから」
「いや、ちょっと待って!!」
僕はいつものノリで思わずそう叫んでいた。
なぜって、だって、机が一ミリたりとも戻ってないから。むしろさっきより遠ざかっているから。ここだけなんか異空間みたいに切り離されたようになっているから。
「あ?なんだ海田、なんか文句あんのか?」
「・・・・い、いえ。なんでも、ないです」
明らかに嫌悪の表情。明らかに僕のことを嫌っている言葉たち。
そんな担任の、担任にあるまじき態度に僕はすごすごと座りなおす。
周りをチラとみると、「ちっ」「なにあれ」「構ってほしいのかな」「うざ」泣きそうだった。ていうか折れそうだった。自分の中の何か太いものがボキリと折れそうだった。
これはもう、疑いようがない。
嫌われスイッチが押されたのだ。それ以外考えようがない。こんな急激な嫌われ方。皆僕に親の仇のような視線を送り続けている。
だよね!押されたんだよね!?何かのはずみに押されてしまったんだよね!?ただ純粋に知らないうちに僕が嫌われたってわけじゃないよね!?ね!?
キリキリと胃が痛い。皆ちゃんと前を向いているはずなのに、嫌ってますからオーラが絶え間なく僕を突き刺す。
うう。一体僕が何をしたっていうんだ。ただスイッチを押しただけなのに。いやていうか、押してないからね。確実に僕押してないからね。なんであんな凄いスイッチなのに押したか押してないかの判定そんなアバウトなんだよ。なんでそこだけファミコン並みのスペックなんだよ。今時「本当にいいですか?」くらい聞くぞ。
ああ、ダメだ。このままじゃ学校どころじゃない。
そもそも本当に押されたのかどうかも怪しいが押されたと仮定して、その解除方法がわからない以上、うかつに人に会うべきじゃない。僕の精神衛生上を鑑みても。
案外一晩たったら何事もなかったかのように元に戻ってる。なんてオチかもしれないし、今はとりあえずおとなしく家に帰ろう。
そう考えて、僕は手を挙げる。早退するべく保健室に行くのだ。
中学の時さんざん仮病で早退した僕のスキルが役に立つ時が来た。まず気持ち悪いと症状を伝え、吐くふりをする。そうすると保健室の先生が「朝ごはん食べてきた?」と尋ねてくるので「食べてません」と答えればいっちょ上がりだ。吐きたいけど何も吐くものがないという状態が完成する。ここまでくればあとは帰る支度をするだけ。
そう、大丈夫。きっと大丈夫、だって大丈夫だから。大丈夫って思っていれば大丈夫なんだ。
必死に自分を鼓舞し続け、折れそうになった心を必死に支える。
「す、すいません。あの、気分が悪いんで保健室行っていいですか?」
できるだけ不快感を与えないように、授業が始まる前にさっさと申告を———―————。
「ああ?気分が悪いだあ?」
したつもりだったのだが、どうやら僕がアクションを起こしている時点で積みだったようだ。
控えめに上げられた僕の手は、恐怖か怯えかプルプルと震えていた。
なんだろう、本当に気分が悪くなってきた。本当に吐き気がしてきた。
「・・・まあいいだろう。さっさと帰れ」
そこには心配するそぶりなど一つもなく。不快だからさっさと帰れと言っているオーラが隠しきれていなかった。ホントにこの人教師?
「は、はい」
とにもかくにも、これで晴れて早退できる。今の僕の顔色を見れば保健室の先生も素直に帰してくれるだろう。
そんな僕の心の機微を感じ取られたのだろうか。
「—————————あうっ」
僕は教室の何もないところで無様に転んでしまう。
「クスクス」「ださっ」
僕にしか聞こえないような小さな声でけれどはっきりと聞こえるその言葉。
足を引っかけられたのだと、その時気づいた。
(こ、こ、こええええええ!!)
なにこれ!女子高!?女子高だっけここ!?やり口が陰湿だよ!女子特有のあのなんか怖い空気が教室に流れているよ!!
地べたに這いつくばりながら、僕は戦々恐々としている。早く!早く立ち去らねば!
逃げるように校内を走り、僕は勢いよく保健室の扉を開ける。
「あの!すいません!ちょっと気分が悪いので早退させてください!!」
最早気分が悪い演技など、している余裕はなかった。
「・・・とても気分が悪そうには見えないけど?嘘はよくないわね。殺すわよ」
殺すの!?仮病一つで殺されるの僕!?
いやていうか!ものすごく嫌悪してる顔してる!保健室の先生にまで嫌われちゃうの!?保健室の先生なんて一番優しいポジションじゃないの!?そんな人にまで嫌われて救いないな僕!
「・・・はぁ。とりあえず、熱計ればいいんじゃないかしら?」
ものすごく嫌そうに、保健室に一歩たりとも入ってほしくないと言いたげな顔で、それでも仕事だから。仕方ないと自分を言い聞かせて仕事に従事してる感満載だった。
「チッ」
舌打ちした!僕が保健室に入った一歩目で舌打ちしたこの人!
「はぁ・・・うえっ」
しまいにはえづきだしましたよ!まるで汚物扱いしだしましたよ!
もうツッコんでいないと泣き出しそうだった。ていうか本音を言えばちょっと泣いてるからね。視界が潤んできてるからね。
「はい」
スッと、できるだけ近づかないように、できるだけ触れないように慎重に体温計だけを渡される。
うん、もう帰ろう。あったかいスープとか飲もう。
必死に見えないように、いや隠す必要もない。汚い僕のことなんか見たくないのか、保健室の先生はずっと顔をそらしている。
体温計を擦って、数値を偽造し気持ち悪がられながらもなんとか早退することに成功した僕。
下駄箱で、靴を履き替えようとした。
が、すぐに違和感に気づく。
おもむろにその正体を探ろうと靴の中をのぞくと、きらりと光るものが。
「これ・・・・画鋲だ」
その正体に背筋がぞっと寒くなる。いや、ていうか誰が入れたんだよ。この短時間でこんな巧妙な罠誰が仕掛けたんだよ!もうこえーよ!嫌われスイッチこえーよ!
嫌われスイッチじゃねーよこれ、そんな可愛いもんじゃない。憎まれスイッチだよこんなの。もしくは押したらあの、あれ、誰彼構わず命を狙われますスイッチだよこんなの。
やや乱暴に画鋲を放り捨て、僕はダッシュで家へと帰る。
一晩、一晩時間がたてばすべてを解決してくれるはずなんです。時間さえ、時間さえくれれば!!
そう一縷の望みにすべてをかけて。
途中、野犬に襲われたりカラスの糞が落ちてきたり車に轢かれそうになったりしたけど、無事に家までついた。
「いや無事じゃねえーよ!!」
もう先ほど轢かれそうになったドキドキか、はたまた走ってきたために心臓の動悸か判別すらつかない。
ていうか嫌われスイッチ半端ねええええ!なにこれ!一生分の不幸が今まさに己の身に降りかかってるんだけど!死にかけてるんだけど!
ゼエ、ヒュー、と肺が痛い。とにかく寝よう。そして家から一歩も出ないようにしよう。
そう思って、僕は家の扉をガラガラと開ける。
すると。
「・・・・・・」
ボロボロの長屋は、僕の家は音を立てて崩れ落ちていった。まるでコントでも見ているかのようにある種芸術的ですらある。
「神様あああ!神様にまで僕は嫌われてしまったんでしょうかああ!そうだとすると嫌われスイッチやっぱはんぱねえええ!!」
いや確かにボロボロだったよ。いつ崩れてもいいくらいにはボロボロだったけども。今!?このタイミングで!?なに!?最早世界を滅ぼせるんじゃねえの!このスイッチ!
スイッチのあまりの威力に僕は後悔する。あの時、あの飲み屋で安易に班長からもらわなければよかった。あの人がすることにロクなことなんてないと知っていたはずなのに。
もう、なんか疲れたよパトラッシュ。今日という一日を早く終わらせたい。いつもの日常に戻りたい。
不思議と昨日までのあの日々が、物凄く遠い昔のように思える。昨日まで笑いあっていたあの日々にはもう戻れない気がする。
そんな思考が底辺へと真っ逆さまに落ちて行っても、僕の不幸は終わらない。
こんなものじゃない。僕の人生は谷あり谷あり。つまりどこまでいっても落ち続ける人生なのだ。
「ねえ・・・あれ」
「うん。やっぱりそうだよ」
とぼとぼと行く当てもなく彷徨っていた時。
「————————っ!?」
ガッ!!
という鈍い音が頭の中で響いて。
そこで、僕の意識は途切れた。
どうも!ニャンコ先生!高宮です!
いつの間にかこのssも八十話を超えていました。人間で例えるならもう寿命ですね。老害とならないようにこれからも頑張ります。
次回もシクヨロでーっす!(精一杯の若さ)