「で?なーんでツバサさんがこんなところに?」
僕は安心から泣きじゃくっていた状態から回復したツバサさんに問いかける。
ここが東京の郊外だというのならまだわかる。だが、現実ここは飛行機を一時間弱飛ばしてようやくたどり着く福岡だ。
まさか、自家用ジェット機なるお金持ちの証明のようなものでここに・・・!?
「ないない、流石にないわよ」
「そう言って前はリムジンとか使ってましたよね?」
「うぐ、あ、あれは。ちょっとカッコつけたかったというか・・・普段から使ってるわけじゃないわよ?」
ばつが悪そうに下を向くツバサさん。だがそんなしおらしい態度をとってもダメなものはダメだ。
「・・・・・・」
無言の圧をかけ続け、ようやく折れてくれたツバサさんは深いため息と少しの恥じらいをもって教えてくれた。
「最初はちょっとした興味本位だったんです。なのにドンドン自分でも歯止めが利かなくなっていって、気づいたら後をつけてこんなところにまで」
「いやそんな万引きGメンに捕まった主婦みたいな言い訳されても」
ていうかちょっと待って、後をつけるって誰が?誰を?
「んー?さあ、誰でしょうか!?っていふぁいいふぁいいふぁい」
ちょっとムカツク返しをされたのでこちらもついつい手が出てしまったが。
はぁ、まったくツバサさんの考えることは時々理解が追い付かなくなる。
「で?なんでここに?」
僕は同じ質問を再度する。勿論聞いていなかったわけではなく、タイムリープしてるわけでもない。
後をつけていたというのなら、少なくとも教会辺りで出くわしてもいいだろうに、なぜこんな田舎のお爺さんの家の前で待っていたのか。
それが疑問だった。
「ああ、それは後をつけてたら迷子になって、ほら雪宛てに来てた手紙の住所を思い出してとりあえずここで待ってれば会えるかなって」
実際会えたしね。もしかしなくても私天才じゃないかしら?
フフフ、とドヤッた笑みを携えているツバサさんだがその記憶力やらなんやらをもっと有効活用したほうがいい気がする。世の中のために。絶対。
うーん、なんだろこの複雑な気持ち。
お爺さんに会いにいくという僕の人生の中でトップ3に入るくらいは重要なイベントのはずなんだけど。
ちら、と僕の周りを見やる。
僕が連れてきた穂乃果はツバサさんの言葉をポカンと聞いているだけで、面食らっているらしい。そりゃそうだよね。僕もこんな状況じゃなきゃそのリアクションだわ。
姐さんは、姐さんは・・・・まじかこいつって顔だ。うん、正しい。一般的常識観点から言って100%正しい。
「あー、とりあえず中に入りましょうか」
全然覚悟も決意もなにもかもをすっ飛ばして僕はなんの重みもなくその一歩を踏み出すことになった。
ツバサさんと穂乃果を両脇に抱えたまま。不安という名の鎖につながれて。
「ごめんください」
大きな大きな門構えが立派すぎてもう何も言えない。ちらりとのぞく庭はなんか白い砂利が敷き詰められていて、いかにもこだわっていそうな松の木や盆栽の数々。
和風のお屋敷は海未の家にも負けず劣らず、いや大きさでいえばこちらのほうが大きいのではないだろうか。
そんな大きな家のインターホンは普通なのだが、押しても押しても反応がない。
「ったく、こんなんはズカズカ入っていけばいいんだよ」
「ああ、姐さん!!」
姐さんは苛立ちを隠さないままに文字通りズカズカと勝手に入っていってしまう。
ああもう、いいのかな、こういうの不法侵入で訴えられたりしないかな。
手錠経験者としてはもうあんなのは二度とごめんなのだが。
そんな僕の気持ちとは裏腹に姐さんは勝手知ったるように先に行ってしまう。
「まあでもほら、千早さん前は住んでたって言ってたし、大丈夫だよ」
「ねえ雪、さっきから気になってたんだけど。あの人あなたのお姉さんなの?」
えっと、一遍に喋りかけられても答えられないから。
でもまあ穂乃果の言うことも、もっともで。前に住んでいたというのならそれはもう実家と呼んでも差支えはない。と、思う。
普通はね。
ここでの問題は、果たして姐さんがここを実家と思っているのかどうかで、さらに問題は向こうが姐さんをどう思っているかということだ。
・・・ああ、また僕の悪い癖だ。一歩先に進めば答えは転がっているのに、それをせずに立ち止まって考え込んでしまう。
今回はそれをやめようと思ってここに来たはずなのに。
「とりあえず、行こうか?」
もう一度、僕は思考を捨てて一歩を踏み出す。きっとこれがいい方向に転がると信じて。
とりあえず家の中には入れた僕たちは姐さんを先頭になんの迎えもないままに居間へと勝手に侵入していた。
大丈夫なんだろうかと、若干不安が増大した矢先に。
「なにものじゃっ!!」
鋭く鈍い怒号が一喝。お爺ちゃんを思わせるような年季の入った声だった。
廊下の先から聞こえたと思ったら、すぐに襖が開けられる。
しわくちゃな肌と寂しい頭頂部。着ている甚平から覗く手足は細く所々に生えている毛は軒並み雪のように真っ白で。
ああ、なんとなく似ている気がする。
あの父親が年を取ればこんな感じだろうかと柄にもなくそんなことを思った。
「・・・あの、ごめんなさい」
「—————————————!!」
僕の言葉など届いてはいないだろう。それほど衝撃を受けた人の顔をしていた。目を大きく見開いて、僕の顔を一点に見つめる。
「おいこらじじい。テメエ、生きてんじゃねえかよ」
「・・・・ふん。お前さんか」
姐さんに対しては大した感傷もないようで、帰ってくるのはそっけない返事のみだ。視線を一瞥することすらない。
「何の用だ。勝手にぞろぞろ入ってきおって」
どうやら歓迎されているわけではないらしい。お爺さんの言葉からはとげとげしい切っ先が向けられている。
「チッ。てめえが呼んだんだろが」
対する姐さんの言葉にもとげとげしい切っ先が。あ、こっちはいつもか。
お爺さんは僕たちのことを一瞥すると、廊下を歩いて行ってしまう。どうやらついてこいということだろうか。
それとも、単に拒絶されただけか。
とにもかくにも、どうやら僕のお爺さんは危篤というほど危険な状態ではないらしい。
「え、えっと。あれが、雪のお爺さん?」
戸惑っているのは僕だけではなくて、ツバサさんも穂乃果も大体似たような反応だった。
うーん、父親といい先ほどのお爺さんといい。どうやら僕の家系はまともな人間がいないらしい。いやまあ、僕だって人のことは言えないんですけど。
でも僕の”コレ”も家系のせい、血のせいって考えると少しは楽になる気がする。
ん?これがすでにダメな考え方なのかな?
「とりあえず、ついてこいってこと?」
穂乃果の戸惑った声に姐さんが渋々といった感じで答える。
「・・・じゃねえの?ったく、いつも言葉が足りねえんだあの偏屈ジジイ」
「ていうか、早くいかないともう行ってしまうんじゃないですか?」
ツバサさんの言葉に全員の顔色がサッと沈む。
「チッ」
姐さんの舌打ちと共に、勢い良く襖を開ける。もし見失ったらこの広い家だ。もう一度探すのは骨が折れる。
と、思っていたのだが。
「いるじゃねえか」
お爺さんはどうやら待っていてくれたらしく、廊下の先で立ち止まってこちらを一瞥していた。
と、思ったら今度はスタスタとこちらを見ることもなく歩いていく。
「なんか、素直じゃないのね。雪に似てる」
ちょっと、それは聞き捨てならない。僕はあそこまでめんどくさくない。・・・・よね?
そんなことを話しながら、僕らはそのお爺さんについていった。
廊下を曲がってまた襖を開けるとそこは一段と広い部屋で畳何畳分あるんだっていうくらい広い部屋。
真ん中にポツンと置かれた長い木製の焦げ茶色のテーブルが逆に寂しい。
「あら、ごめんなさいね。インターホンまで行こうとしたのだけれど、間に合わなかったみたい」
そこにはお爺さんの隣にお茶を運んできたおばあさんがいた。
こちらも同じように皺くちゃな肌、真っ白い髪の毛。薄いまつげ。品性を感じさせる声。
すべてに年齢を感じさせる。歩いてきた人生を、鑑みてしまう。
目の切っ先がとがっているお爺さんとは裏腹に、おばあさんは丸っこくて優しそうな雰囲気を持った人だった。
この人たちが、僕のお爺さんとおばあさん。
ここに来るまでの間。どんな人なのだろうと色々想像していた。
元気なお爺ちゃん。優しいお爺ちゃん。弱ったお爺ちゃん。ボケてしまったお爺ちゃん。
でも、その想像のどれも現実のそれとは違っていて。
無口で偏屈な頑固なお爺さん。
おばあさんは、まだ良くわからない。
そもそも、僕がなぜ会いに来たのかすら自分の中で定まっていないのに。これからどうしよう。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
((き、気まずっっっっ!!))
ああまた、考え込んでしまった。おかげで両隣の二人が本当に苦しい表情をしている。
僕はおろか、姐さんもお爺さんもおばあさんも誰一人として喋らない。
喋ろうとしない。
僕と父親のように、きっと姐さんとこの人たちの間にも色々あったのだろう。家にもう何年も帰っていないと言っていたからきっと会うのは久しぶりのはずだ。
その色々を僕は知りもしないのだけれど。
「ちょっと、何か話しなさいよ・・・・!」
「そうだよ雪ちゃん。空気が重すぎるよ・・・!」
「えーっと」
二人の必至な抗議を受けるもそれに答えられるとは思えない。
そもそも人見知りなのに、こんな状況で場を回せるほどのコミュ力なんて持っていない。
そりゃ、知り合いならちゃんと話せるだろうが目の前にいる人たちは祖父祖母とはいえ初めて会うのだ。
何を会話していいのかなんてわかるわけない。
「で、なんで危篤だなんて嘘ついたんだよ」
そう思っていた僕の心を気遣ってくれた、わけではきっとないのだろうが。
重い重い空気を吹き飛ばすように姐さんは口を開いた。
「・・・・・お前に話すことはない」
が、そんな唯一の突破口もお爺さんによってしっかりと閉ざされてしまう。
重い空気に険悪なムードが混じってもうおどろおどろしい。
「ああ、そうかよ。じゃアタシは席外しとくから。おい、行くぞお前ら」
「え?私たちもですか?」
「たりめーだろ」
え?ちょっと待って!一人にする気!?
口に出して言うことはできないため、そう目で訴える。
「あとは、お前の問題だろ」
訴えたのに、言葉で一刀両断。正論も正論で、何も言い返せなかった。
結局、一人。浅はかな僕の期待など綺麗さっぱり拭き取られたってわけだ。
本当に姐さんは二人を連れて、部屋を出て行ってしまった。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
残るのは沈黙だけで。先ほどのより一人で背負わなければならないぶん、なお重い。
「えっと、危篤っていうのは?」
ようやく、縫い合わさったように開かなかった口が開いてくれた。
ただ一言しゃべるだけなのに、口の中が異様に乾く。唇はパサついて変な汗が額に浮かぶ。
「それは嘘だ」
先ほどまでずっと黙ったままのお爺さんもようやくちゃんと質問に答えてくれた。どうやらよっぽど姐さんは嫌われてしまっているらしい。
「な、なんでですか?」
まあ今時電報で知らせてきたのだ、若干それを疑ってないわけではなかったが本当に嘘だったとは。
危篤とまで言いながら嘘をつくって、よほどの事情があるのか。あるならそれを聞く権利くらいはあるはずだ。
「・・・・・」
「おじいさん」
お爺さんは再び口を閉じてしまう。え?なに?そんな深刻な何かなの?怖いんですけど。
おばあさんが必死に急かしているも、あまり効果は見受けられない。
さてどうしたものか。話してくれない以上、僕は何も知ることができない。こんなところまでわざわざ飛んできたのに。
僕はじっと黙ってお爺さんを見ていた。話してくれるまでいつまでも待つつもりだった。
あ、でも帰りの飛行機はすでにとってあるからそれまでには話してほしいけど。
「家の前にある田んぼ、見たか」
一言と一言の間がえらく広いが、とにかくお爺さんは口を開いた。
田んぼ、田んぼと言えば家の前に広がっていたあの広い奴だろうか。
「あっと、たぶん」
「そうか、どう思った」
どう?どう思ったって?
「広いな、って思いましたけど・・・」
田んぼ評論家でもないのに、田んぼを見た感想なんてそうそう出てはこない。
だからこんなアホの子みたいなことを言ったってしょうがないでしょ?
「あれは、私が長年かけて作り上げてきた最高の田んぼだ」
お爺さんはそれまでとは違って、遠い目で誇らしげにそう呟いた。
「若い時からコツコツと、小さい田んぼから地道に育ててここまできた」
その言葉からは何物でもない、ただ純粋に田んぼへの愛情と自負が感じられる。
「だというのに、アイツは・・・・」
「おじいさん」
一転して、その言葉には怒りと憎しみが。アイツ、なんとなく父親のことだろうと思った。
おばあさんが宥めて、会話は戻る。
「お前は、アイツの息子で、間違いはないか」
そういえば、名乗っていなかった。展開が急にコロコロ変わるものだから、ゆっくり自己紹介すらできていない。
「はい、海田雪です」
「————————そうか」
その言葉は・・・いったい何の感情だろう。憎しみでも、誇りでも、優しさでも、ましてや喜びでもない。
その感情を推し量ることはできなかったけど、どうやらお爺さんは話の続きを話してくれるらしい。
「では、そんなお前に提案がある」
提案?それが、今回呼び出された真相?
一体全体なんだっていうのだろうか。危篤と嘘までついたほどの提案って、僕の頭じゃ完全にキャパオーバー。
だから、考えるより答えを先に聞いた。
「ウチを継げ。それが今回お前を呼び出した内容だ」
重く、低く、苦しい声。
その声のすべてに乗ったその言葉は、あまりにも唐突で。
そしてあまりにも今の僕には重すぎた。
どうもうわーい!たのしー!高宮です。
最近はもっぱら徹夜してゲーム、バイト、ゲーム、ゲーム、バイト。
という半ニート生活を享受しています。
そんな半ニートが書いた新作、ポケットモンスター~カラフル~投稿しておりますのでこちらもよろしくお願いします。
それではまた次回。