時は移ろい場所は変わる。
-春ー
「ね、ねねね寝坊したー!!」
うららかさと穏やかさに満ち溢れた朝に、似つかわしくない大きな声が響く。
「なんで起こしてくれなかったの志満姉ちゃん!?」
「起こしたわよ何度も」
静岡県沼津市。駿河湾に臨む伊豆半島の付け根、愛鷹山の麓に位置する港町であり、年々人口は減少の一途をたどっている。
まあ、一言で言ってしまえばよくある田舎だ。
取り立てていい所といえば新鮮な海産物くらいなもので、昔はそれで観光客も呼べたらしいが娯楽の多様性が富む昨今、それだけではやはり厳しい。
「じゃあねー、行ってきまーす」
「ああ!美渡姉ちゃん待って!送ってってよー!」
「やだよー、遅刻するじゃん」
そんなのどかさを誇る田舎で、この少女。
「そんなぁ!」
オレンジがかった髪の毛は肩のあたりで伸びるのをやめている。ごく平均的な体躯を制服に包み元気が詰まった少女。
「うえええーん、結局盛大に遅刻したぁぁ」
「あはは、千歌ちゃん朝弱いもんね」
「ごめんね曜ちゃん。待っててくれたのに」
時刻は既に一時限目が始まっていた時間で、高海千歌はようやく教室へと着いた。
当然こってりと絞られて休憩時間、机に突っ伏している状態だ。
「いいよー、そんなの」
そんな高海千歌と楽しく談笑しているのは。
「そんなことより、明日は入学式でしょ?」
渡辺曜は言葉とは裏腹に不安げな顔を見せる。
「そうだねー、何人入ってくるんだっけ?」
「えっとー、確か12人・・・」
「・・・厳しいね」
渡辺曜の表情も納得だろう。なにせこの学校。
私立浦の星女学院は、年々人口が減少していくこの田舎町の煽りを例外なく受けている。
減る人口と共に、入学希望者も年々右肩下がり。
ついに今年の入学者数は12人という数字をたたき出してしまったのである。
「噂だけどさー、統廃合するかもしれないってよ」
「ええっ!?そ、そんなあ!」
渡辺曜の言葉に、高海千歌も驚愕する。
人は少なくなるものの彼女はこの学校が好きだったし、ここにいる人達と過ごす空間が好きだった。
思い入れも、思い出も、なくなってしまうかもしれない統廃合を快くは思わない。
「まあ、噂だけどね」
「うん・・・」
その気休めの慰めもあまり意味を成さないくらいには、その噂は年々現実へと迫ってきている。
今年は大丈夫だったが、来年は?再来年は?三年後、四年後は?
自分たちが卒業するまで、いや、卒業してもちゃんとこの学校は残っているのだろうか。
何年後か、ふと思い立って母校に立ち寄るなんてことが、できるのだろうか。
「ほら、次体育だよ千歌ちゃん。着替えよ?」
「そう、だね」
そんな不安に駆られることもしばしばあるものの、考えても仕方がないことだと、高海千歌はまた明るい表情へと切り替えていく。
「そう、ですか・・・」
場面は変わりここは浦の星の生徒会室。
「はい・・・精一杯頑張ったんですけど」
生徒会室にいるということは、役員なのだろう。三人ほどの人数が悲痛な面持ちで集まっていた。
その中心にいる人物、長い黒髪に口元のほくろがチャームポイントの少女もまた、切れ長の瞳をより一層鋭くしていた。
「資料作って、プレゼンして・・・これ以上何をすればいいんでしょうか」
その視線の先には、紙の束。用意してきたであろうそれは無残にも役目を果たすことができなかった。
「いえ、いいのです。貴方たちはよくやりました」
「会長・・・」
「これ以上は私たち生徒にできることもないでしょう、後はどうやって終わっていくか。そちらに力を注ぎましょう」
悲痛な面持ちは変わることはなく、言葉だけが殊勝で、それが逆に空気を重くしていた。
「はい!これで、この話はお終いです。いいですか?最後にちゃんと笑って終われるようにする。それも生徒会の仕事ですよ」
「・・・はい」
納得はしていないのだろう。生徒会にまで立候補した人間たちだ。なんとかしたいと思って入った人間もいただろう。
が、結果は良いとはいえず。
集まった人間は生徒会室を後にした。
残ったのは。
「ふぅ・・・結局、こうなってしまいましたか」
会長ただ一人。
「にしても、またあの人は・・・・」
虚ろに俯いた表情も一瞬だけ、すぐにその顔は苦々しくも拗ねたような表情へと変わる。
誰もいない空に向かって一人、愚痴を垂れていた。
学校が終わり、高海千歌と渡辺曜は家へと帰る途中で道草を食っていた。
「あ!おーい!果南ちゃーん!」
「・・・千歌、学校は?」
「終わったよー」
ダイビングスーツに身を包み、水を滴らせる少女。
「果南ちゃん、またダイビングしてたの?」
「うん、今日はお客さんも少なかったし」
松浦果南は上半身だけウエットスーツを脱いで、陸に上がって一息つく。
一つ言っておくと、当然下にはビキニタイプの水着を着ていることを明記しておこう。
目の前には雄大に広がる大海原。ここでダイビングをしていたのだろう。
水が滴る髪の毛を絞りながら、松浦果南は尋ねた。
「今日はどうだった?学校は」
「うん、いつも通りだったよ」
そんな一見すれば他愛のない会話も、高海千歌の顔には少しの影が入る。
「そっか」
それに気づかない松浦果南ではなかったので、それだけ言うと彼女はまたスーツを着て。
「じゃ、私まだダイビングの練習しなきゃだから」
「練習?」
「そ、お父さんまだしばらく入院しなきゃだから」
「お父さんの状態はどうですか?」
そこで初めて遠くから見ているだけだった渡辺曜が会話に参加する。
「うん、もうだいぶ良くなったんだけどねえ。退院するのはもうちょっと後みたい」
だから、と松浦果南は言葉を続ける。
「私がその間、家をちゃんと守んなきゃね」
言葉とは裏腹に、その笑顔は無理をしていた。
もっとも、それが分かるのは高海千歌のように近しい人間のみだったわけだが。
「そうだね、じゃあ。頑張ってね果南ちゃん」
「うん、千歌も暗くなんないうちに帰りなよ」
「はーい」
それだけ言うと、ドプン、と松浦果南は潜ったっきり海面には静かに水面が揺らいでいた。
「・・・じゃあ、帰ろうか」
「そうだね、曜ちゃん」
こうして、長いようで長くないいつもの一日が終わる。
たった一人、最後の人物の登場を残して。
「あー、”先生”!結局今日来なかったね!」
「ぁ-、千歌ちゃん。大きな声出さないでー」
もそもそとまるでゾンビのように廊下を這いつくばり、どてらを着込み着ぶくれした体とオデコには冷えピタ、マスクで汗をかいているこの男こそが。
「あーもう、ちゃんと寝ときなさいって先生」
「げ、
「そんなの私が持っていくから、病人は大人しく寝てなさい!」
そう、この男こそが。
「い、いや。実はお腹の方も」
「・・・・ていやっ!」
「ああっ!」
この男こそが。
「あんたねえ!病気だって言ってんのにこのタバコはなに!?」
「えっと・・・それは違うんですー、タバコじゃなくて、あの、薬みたいな?」
「寝ろ!!」
この男が、っていうかあの、すいません。
「うわー、ひどいよぉー、横暴だよぉー、いいじゃないか少しくらいー」
「あんたの少しは信用ならんのよ!!いいから少しはちゃんと休め!」
「あはは、先生、大変そうだねー」
聞いて?ねえ?この男こそがって、結構かっこよく紹介しようとしてんだから、聞いてくれませんか?
「うるさい!こっちは今それどころじゃないのよ!仕事まで早退したんだから!」
「うわ凄いこの人、地の文に突っ込んでるよ」
あーもういいよ、そんなんいうなら一生紹介してやんねえし、一生締めにも入らねえから。ずっとああああって言ってるからな!
「いや子供か!ってなにこれ!僕も突っ込めてるすげえ!ついに病気で頭おかしくなったか!?」
「ナレさんも大変だねえ」
あ、わかってくれる?
「いやナレさんって誰!?ナレーターだからナレさん!?ていうかマジなんで普通に会話してんの!?」
さて、そろそろ面倒になってきたので、この男の紹介だけをして今回は終いとしよう。
「ほら!早く部屋に戻って!」
「ううううううー」
海田雪。男。25歳。社会人三年目。
「はは、お大事にね、先生」
浦の星女学院、国語教諭。
あれから、十年の月日が経ったこの町で。
「千歌ちゃんも、風邪には気を付けてね」
また、新たな風が吹き。
新たな物語が、今、始まる。
「よしわかった、正攻法で行こう。一本だけ吸ってもいい?」
「だめ!!!!!」
「ううううぅぅぅ」
・・・今、始まる。
どうも!ヨーソロー!高宮です。
ということでついに始まりました、これからはサンシャイン編でございます。
とはいえタイトルが変わることはありません。輝きの向こう側へってマジ奇跡的なシンクロを見せているのでこのまま行こうと思います。あの頃の俺グッジョブ!
ということで、次回からのサンシャイン編もまたこれまでと同様によろしくお願いいたします。