他に言えることはちょっと思い浮かびません。
「これは…すごいな」
広い。そして多い。
大図書館に収められている本すべてで、どれほどの情報量になるのだろうか。
「読んでも読んでもまだまだあるから、いい退屈凌ぎになるんだよ」
とフランドール。
それはそうだろうな。なにせ無数の本棚一つ一つが人の三倍以上、中には10倍ほどのものすら。そのうえ、壁面も本棚になっている。
「ここは広い場所ですし、迷う可能性もございます。先にここの主のところまでご案内しましょう」
「ああ、頼む」
そう答えると、十六夜は軽く床を蹴って飛び上がった。
それについて俺とフランドールも飛ぶ。
本棚の間を縫うように飛ぶと、入り口周辺より雑然とした場所に来た。
床に本が積み重ねられ、いくつかの机と椅子がある。
その一つに、ピンクに近い紫色の人影。本を読んでいるようだ。
十六夜はその近くへ降りていく。
降り立つと、先ほどの人が顔を上げた。
「ん、咲夜。お客さんかしら?」
「ええ、パチュリー様。こちら、ルート・フォンク様です」
「ルート、ね。私はパチュリー・ノーレッジ。ここの主よ」
「紹介されたとおり、ルートだ。よろしく」
「ええ。図書館を見に来たのね。こあに案内させるわ」
「ありがとう」
「まぁ、まともな客ならそれくらいはね」
まともな?まともでない客がいるのか。
「こあ、きてちょうだい」
ノーレッジが本棚の方にむけて話すと、そちらから飛んでくる影。
「どうしましたか、パチュリー様?」
「この人、お客さんだから案内してあげて」
「わかりました」
目立つ赤い髪。そこから生やしたコウモリのような小さい翼が特徴的なそいつは、十六夜に向き直って言った。
「咲夜さん、あとは私に」
「ええ、頼むわね。……それでは皆様、失礼いたします」
そう言うと十六夜は消えた。
「それじゃ、行きましょうか。妹様、ルート様」
「ああ。しかし、ここは広いな」
「はい。私は慣れていますけど、それでもぼんやりしてたら迷いそうですよ」
「慣れているのか…」
慣れられるのが不思議だ。この周辺はともかく、見渡してみると奥の方には天井まである本棚の列が大量に見える。奥底まで入り込んでは戻るのに苦労するだろうに。
「私はここのどこにどんな本があるかをほとんど把握しているので、それで位置はわかるんですよ」
「成る程…」
それにしても記憶力が要るだろう。そこはさすが人外、というわけか。
「それで、どんな本が読みたいですか?」
「ん、ああ…」
そういえば考えていなかった。
ふむ。
「不死、とかそういう類いに関わるもの、ないか?」
「不死ですか?」
「俺の体質なんだがな、何故そうなっているのかがよくわからないんだ」
発端は明らかだが。
「それはまた…「その話、本当?」パチュリー様?」
本を読みふけっていたパチュリー・ノーレッジが、こちらを見ていた。
「本当だ」
「興味深いわね…少し私に付き合ってもらえないかしら?」
「付き合うとは?」
「不死について調べたいのよ」
「…それなら、付き合おう」
そうなった時から自分の不死には興味があったが、生憎とそちらの知識のなかった俺が調べても、大したことは出てこなかった。
彼女は俺より、知識がありそうだ。
「とりあえず、あなたの体を解析させてもらうわ」
「どうやるんだ?」
「あなたはここに座ってるだけでいい」
「了解した」
勧められた椅子に座る。
「行くわよ」
ノーレッジは机から本を取って開き、片手を俺に向けてかざす。
すると、俺の座る椅子付近の床が光り始めた。
見るとどうやら、紋様になっているようだ。魔法陣、というやつか。
体に力が走る感覚。霊力とは違う、これは、魔力か。
「構造は…。力…。代謝…」
ノーレッジはぼそぼそと呟きながら、さかんに目を動かしている。
「……………こんなところ、かしら…」
光が消える。魔力の感覚も。
「…体は特に人とは変わらないわね。でも、代謝が違う。細胞が劣化しないようね。その力の大本は異常に豊富な霊力から来ている。つまり、あなたの不老は恐らく、霊力のおかげね」
「霊力、か。そんなに強い力だったのか、これは」
「貴方ほどに大きな霊力反応を持つ人はほとんどいないわ」
「なぜこうなっているか、はわかるか?」
「残念ながら、分からないわね。既にあなたの一部になっていて、発端となった力は残っていないようなの」
「そうか…」
あの変な僧侶が何をしたかはわからない、か。
「それはそれとして、貴方の不老不死はどれくらいなの?」
どれくらい、と。
「それは、どれくらいまで死なないか、と言うことか?」
「そうよ」
「…体のどこがもげても、蒸発しても元に戻る。頭でも、な」
「っ、想像以上ね…」
少し驚きを見せたノーレッジは、それきり押し黙る。何か考えているらしい。
「再生する様子は、見せてもらえないかしら」
すこし悩むような態度で、そう切り出してきた。
「構わないが…」
「いいの?」
「腕に傷をつけるくらいならな。腕を無くしてから再生となると、違和感がかなり残る」
「ええ、十分よ」
「なら、なにか刃物を貸してくれないか」
「わかったわ。こあ」
「はい、ナイフですね?」
「血液もついでに採取したいから、液体用の皿もお願い」
「わかりました」
と答えて、こあと呼ばれた女性は図書館の奥に飛んでいく。
「血液も調べて、構わないわよね」
「ああ」
返事をして俺は"こあ"が飛んでいった方を見る。
「あ、紹介していなかったわね。彼女は小悪魔、私の使い魔よ」
小悪魔とは、またそのままの呼び名だな。
そこでふと、フランドールのことを思い出して周囲を見回す。と、彼女はいつのまにやら本を呼んでいた。座っている席の机に数冊を重ねている。
「彼女にこれからやることを見せてもいいのか?」
先程までの印象からすると、フランドールは精神的にも外見的にも幼いように思える。
「どうかしらね…レミィの方なら問題ないでしょうけど」
「わからないなら、念のため移動しよう」
小悪魔が戻ってくる。ノーレッジはフランドールに歩みより、実験をしてくると言った。
「わかった」
とフランドールは一言答え、読書に戻った。
「落ち着いている。いい子、だな」
移動しながら、ノーレッジに言う。
「そうね。昔はもう少しやんちゃだったわ」
本棚の間を3人で抜けて行くと、一際大きな机と椅子があった。
ノーレッジはその肘掛けつきの椅子に腰掛けて、言う。
「いつもはここで研究するの。こあ」
「はい」
小悪魔がノーレッジの前に大きいシャーレのようなガラス皿を置く。
俺はノーレッジに向かい合う席に座るよう言われた。
「このナイフで軽く貴方の前腕部の皮膚を切り裂くわ。いいかしら?」
「ああ」
左手の袖を捲る。
ガラス皿の上に左手を差し出し、待つ。
「切るわ」
ノーレッジはもう一度言い、ゆっくりとナイフを近づける。
「っ」
左前腕に痛み。ノーレッジは慎重にナイフを動かし、長さ5cmほどの切り傷を俺の左腕につけた。
血が流れる。
腕を伝い、指からガラス皿へ滴り落ちる。 しかし、その血はすぐに止まった。
「…早い」
ノーレッジが呟く。
「こういう体だ」
俺が応えた時には、すでに切り傷は無くなっていた。
「想像以上ね」
その後もノーレッジは何度か俺の左腕で傷を見て、そして最後にそう言った。
「そうか」
濡れた布で左手の血を拭う。
「ええ。元が人間だとは思えないわ」
「人間でないなら何だと?」
「妖怪かしらね」
「妖怪はこんな体をしているのか」
「人間より再生能力は高いわ。知らなかったの?」
「幻想郷に来てからそれほどではないからな」
「そう」
ノーレッジはそれきり黙り、採取した俺の血を持ってどこかへ行ってしまった。
「あら、行ってしまいましたね」
「ああ、急に行かれるとこちらは困るんだがな」
「でしょうね。でも、貴方が不老不死だという事実はそれだけ大事なんですよ」
「それは、そうだろうな」
妹紅は不老不死だが、研究させろと言われればいい顔はするまい。
それに、不死者の血なんて物は研究者にとって、さぞ魅力的なものに思えることだろう。
「…」
左腕を見る。
幾度かナイフでつけられた切り傷は、既に無い。切り傷程度なら数秒で治ってしまう。
以前には、なくしたこともあった。それでもこの腕はこうして付いている。
「不死、か…」
「ん、どうしましたか?」
口から零れた思考に、小悪魔が反応する。
「独り言だ、気にしないでいい」
「わかりました」
死なないこと、それを実感できるほどにはまだ生きていない。
ただ再生力が高いだけ、体が老いないだけ。そうなのかもしれない。そうであったなら―――
「ルート」
意識が引き戻される。ノーレッジか。
「戻ったか。どうだった?俺の血は」
「さっきの身体解析でもそうだったけど、成分などは特筆するものはなし。ただし健康ね。血液としては最良の状態よ」
「ふむ」
確かに、こうなってから病気を経験していない。
「それ以上は、これから更に研究しないとダメね」
「そうか」
血液一つとっても奥深い。研究とはそういうものなのだろう。
「俺はそろそろお暇させていただくよ」
「あら、帰るの?」
「ああ。当主にも挨拶をしていく」
「そう。なら、こあ。案内をよろしくね」
「はい、パチュリー様。それではルート様」
「ああ」
小悪魔に続いて飛び上がる。そして入り口へ向かって少し飛ぶが、途中で呼び止められた。
「お姉さん、もう帰っちゃうの?」
声のもとは、本を読んでいたフランドールだった。
「ん、ああ。そうだ」
「そう…また来る?」
そう問われて少々思案しつつ、ふと小悪魔のほうを見る。彼女は少し離れたところに立っていた。
「ああ、来るよ。フランドール。ここは魅力的だ」
彼女の姉、レミリアとはもう少し話してみたい。それに大図書館の蔵書は読んでみたいし、ノーレッジの研究成果を確認したい。
「…わかった、待ってるよ」
そう言って彼女は微笑む。
「またな、フランドール」
俺も彼女へ微笑み、再び床を蹴った。