「真面目な話もいいけど、それよりいい話をしましょう?」
ふむ?
「いい話か」
「ええ。親睦を深めましょう」
「なぜだ?」
馴れ馴れしいと言える言葉を放った八雲に、俺は疑問を抱く。
「私にあんなものを預けておいて、私自体には関わらないつもりかしら?」
「確かに、そうか。だが何を話せと?」
俺のことはさっきだいたい話してしまったのだが。
「あなたが自己紹介したら聞かれること」
「…それか」
幻想郷に来てから、俺の外見のことを考える頻度が高い。
考える必要があるような環境に、しばらくいなかったからか。
「正直に言って、第一印象は可愛らしいって感じだったのよ」
「言わんでいい。知ってるだろう」
八雲は俺のことを覗いていた。俺に対する反応も見ているだろう。
「ええ。でも知った時は驚いたものよ」
「だろうな」
見て、聞き飽きた反応だ。
「いじりたくもなったわ」
「む?」
いじる?
「あまり表には出さないけど、実は私、可愛い子は好きなの」
「はぁ」
「だから、私はあなたが好き」
好き。ストレートな言葉だが。
「いじめる対象としてか」
「愛でる対象かしらね」
「………」
飼われたくはないのだが。
「その顔。飼われるとでも考えているの?」
「そういう企みに巻き込まれたことはあるからな」
「しないわよ、そんな趣味の悪いこと」
「ならどうすると?」
そう訊くと、八雲は頬杖をといて、腕を机の下へやる。
「たとえば、こんな感じ?」
「っ」
頭に触られる感覚。
「びくっ、てなったわね。可愛い」
「撫でるな」
後ろへ振り向いてみると、小さい穴から右手が突き出ていた。
「何なんだ、その穴は」
「私の能力ね。スキマ、と呼ばれてるわ」
「スキマ、ねぇ」
なるほど、便利なものだ。が、しかし。
「だから、撫でるのをやめろと言っている」
「撫でられるのは嫌いかしら」
「好かん」
「そう。なら、ここにくる?」
スキマから腕を抜いて、八雲が指し示すのは膝の上。
「行かん」
「もう。少しくらいいいじゃない」
「何故そんなに執着する」
「小さくて可愛い子を愛でたがるのは、女性なら共通のことじゃない?」
「なるほど確かに、あんたからすれば俺は子供だろうさ」
いい加減にイラついてきた。こいつは何をしたいのか、読めないことに。
「あら?」
思考しつつ、スキマが後ろに開くのを感じて、霊力を固めた壁を作った。
この様子からするに、両腕で俺を掴もうとしたらしい。
「上手いものね、物理的に触れるなんて」
霊力壁のことらしい。
「博霊にもそこは感心された」
「量も感心されたでしょう」
「そうだな」
量か。霊力は俺が死なない原因らしい。量が減れば、再生力も下がるのか、どうか。下がるとすれば、その方法は知りたいとも思う。そうなれば、俺は………。
「貴方は、死にたい?」
「え?」
突然、八雲が言った。
死にたい、と聞かれたのか。死にたい、か。確かに、俺はいつかは死にたいと考えている。でも、今死にたいかといえば、そうでもない。幻想郷のすべてを見てみたいし、住んでいる人々や妖怪にも興味がある。
「すぐには死にたいわけじゃない。いつかは、な」
「そうかしら」
「本当だよ。俺はまだ、人の範疇でしか生きていない」
「そういえば、聞いていなかったわね。あなた、歳は?」
覗きをしている時に聞いていたのだろうに。
「30だ」
「ふうん?若いわね」
「15から老けてないからな」
「あら、それじゃぁ社会では生きにくそうね」
「確かに、そうだな。だが、さして問題はなかったよ」
なにせ宇宙を移動できるのだ。いかに国交があっても、隙をつくように星を移ればよかった。
「その点、幻想郷は気にしない者も多いだろう」
「そうね。妖怪はみんな、寿命が長いわ」
「だからこそ、俺は落ち着く気になったのかもしれない」
家を慧音が紹介してくれた。それだけで、そこへ落ち着く理由にはならない。幻想郷に、魅力を感じたから。
「あなたも、ある意味ではここにいるべき存在なのかもしれないわね」
「幻想、か」
俺自身は幻想ではない。死なないことはどこであろうと変わらないし、老いることもない。
俺が仮にここから外へ出れば、何処へ行くのだろう?
宛もない漂流の旅。現実的なことを言えば、あの場所から何光年、跳んだのだろう。
「それでも、いつかは居なくなるだろう」
それが俺の答えだった。いつかは、離れるときが来る。
何十年、いや何百年先だろうと。
俺が生き続ける限り、いつかは。
「そう」
八雲は、呟くように言う。
俺は、もういいと思った。話すことなど、既にない。
「そろそろ帰らせてもらう。ストレイドのこと、よろしく頼む」
「あら、残念。まぁ、あれのことはしっかり管理させてもらうわ。では、また」
「ああ」
立ち上がり、振り返ると、そこにはすでにスキマが開いていた。
くぐりながら、ふと呟いた。
「また、か」
この先、どれほどの時を過ごすのか。何度奴と会うのか。
わからないな。それでも、それが俺には嬉しく思えた。