ふと目に入ったのは、綺麗な黒髪だった。
いつものように置き薬の販売のため、人里に来ていた鈴仙は、八百屋の店主と会話していた。
「ねぇ、おじさん。あの人は?」
鈴仙の会ったことのない人間、だろうか?
肉屋の店主と会話している彼女は、人里の人々とは違う雰囲気を纏っている。
「あの子かい?少し前から、里の外れの家に住んでるんだよ、慧音さんの紹介でな」
「慧音さんの?」
「なんでも、寺子屋の子供が妖怪に襲われていたのを助けてきたらしい。人当たりもいいし、俺はいい子だと思うよ」
「へぇ、そうなんですか…」
返事をしながら、鈴仙は彼女を観察する。
最初に目についた、艶のある黒髪。腰くらいまで伸びたそれを、普通の紐で乱雑に纏めている。
肉屋の店主と比べてみると、かなり小柄で、華奢なほう。しかし、すらりと伸びた手足がそれを感じさせない。服装は男物らしい。こちらに左側を向けているので、よく見えないが、右腰になにか提げている。
「お代はこれでいいかい?」
八百屋の店主が、そう言ってお金を差し出す。
「あ、はい。いいですよ。いつもありがとうございます」
「あぁ、こちらこそ。助かってるよ」
店主と別れ、鈴仙は彼女に話しかけようと近づいた。ちょうど、彼女も買い物を終えたらしい。
「すみません」
「ん?」
彼女がこちらへ振り向いた。
ちらり、と鈴仙の頭の傘を見る。
「私、鈴仙といいます。ときどき、竹林の永遠亭から人里に、置き薬を売りに来ています」
「ああ、どうもご丁寧に。俺は、ルート・フォンクといいます」
彼女がこちらへ体ごと向き直り、自己紹介する。と同時に、鈴仙は彼の右腰のものが何かを理解した。標準的なサイズの銃と、そのホルスターだ。
「これが、気になるか?」
彼が鈴仙の視線を察して、訊いてくる。
「はい」
「その様子からして、何かはわかるんだろう。まぁ、自衛用さ」
「外来人の方で?」
「ああ。旅人なんだが、迷い混んでしまってね」
「へぇ………」
「それで、何か用だったかな?」
「いえ、見慣れない方だと思ったのと……」
鈴仙は一瞬、言い淀む。顔つきなど、一見して綺麗な少女だが………。
「綺麗な男の方だと思って」
骨格など、よく見ると男のものだった。
「お、わかったのか」
「多少、医術の心得がありますから」
「なるほどね。まぁ俺は多分、医者にかかることはないだろうが」
「どうしてです?」
ルートと名乗る彼の物言いを、鈴仙は考える。自信だろうか?
「ここだけの話だがな」
彼は少し声を小さくして言う。
「不死身、なんだ」
「え?」
鈴仙は、驚いた。
不死身?どういうことだ?治癒力でも高いのだろうか?
それとも。まさか?
「なんで、そんなことを?」
何故、急に?
「永遠亭なら、君も知っているはずだからな」
「姫様や、妹紅さんみたいな?」
「ああ」
それは、なんというか納得だ。蓬莱の薬のせいかはわからないが、彼は少なくとも、あの二人と同じような体質なのだろう。
言われてみれば、人里の人々と違う雰囲気も納得できる。老い、と言うものを感じさせないのだ。
「失礼ですが、お歳を訊いても?」
「30だ。まぁ、普通さ」
「普通、ですかぁ」
どうみても15くらいだ。
それはさておき、人間としてなら、確かに30は普通の歳だ。
「ところで、鈴仙さん。あなたは、兎の妖怪か何かかい」
「玉兎で、地上の兎です。今は、永遠亭で薬師の見習いをしています。…妹紅さんから、ですか?」
「そうだ。やはり兎なのか。………ふむ」
「?」
「永遠亭に、伺ってもいいだろうか?」
「永遠亭に?はい、大丈夫だと思います。人里の方も、たまに来ていますから。ただ、道案内がないと迷いますよ?すぐですか?」
「今日でもいいのか?」
「はい。私は、仕事が終わり次第帰りますから。案内しますよ」
「ありがたい。なら、これを置いてからにしよう」
風呂敷に提げている肉を、彼が示す。
「それなら、私はここのお店をまわっていますので」
「ああ。また後程」
そう言って、彼は歩き去っていった。
その後ろ姿を見て、鈴仙は思った。
───髪、もうすこしきれいにまとめればいいのに。