ソードボッチ・オンライン   作:ケロ助

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第11話

偶然にもボス部屋を発見することとなった俺とアスナだったが、もちろんこのままボスに挑むわけがない。他の攻略組プレイヤーにこのことを伝えて参加者を募るわけだが、ここで俺と副団長さんの意見が分かれた。

 

「……明日の朝、攻略会議を開いて午後から挑みましょう」

 

「あ?馬鹿か。んなもん集まるわけねぇだろ。それに、まだボスの情報も充分とは言い難い。明日の午後から会議で、攻略は明後日だろ」

 

「ボスの情報はほとんど集まっています。明日一日を無駄にする理由はありません」

 

「万難を排するべきだって言ってんだよ」

 

「元々それは不可能です。……一層の時がそうだったでしょ。なにが起きても柔軟に対応するしかないのよ。それに、半日あれば準備はできるはずです」

 

アスナは真っ直ぐに俺を睨みつける。穢れは無けれど、どこか危ういその瞳から逃げるように、俺はつい目を逸らしてしまう。

 

ーーー半年も逃げてきたお前になにが分かるーーー

 

彼女の目はそう訴えているように思えて、睨み返すことができなかった。

 

「……知らねぇぞ」

 

「もう犠牲者を出すつもりはありません。血盟騎士団の名にかけて、このゲームをクリアしてみせます」

 

そう告げて、アスナは去っていった。俺は、彼女の後ろ姿が見えなくなるまで、ただ見送る。

 

「………ちっ」

 

俺は小さく舌打ちをしてから、その場を離れる。このまま帰る予定だったが、小一時間ほどこの行き場のない感情をモンスターにぶつけることにした。

 

・ ・ ・

 

宿に戻ってから鼠にメッセージで問い質したところ、やはりあれはクエストだったらしい。「守護者の元へと続く道標が置いてある。取りにいけ」とNPCに言われたんだそうな。

 

マッピングされていたのに、宝箱は見つかっていなかったところをみるに、フラグを回収する必要があったのだろう。あのクエストを鼠が見つけていなければ、ボス部屋はまだ見つかっていなかったというわけだ。

 

それに、普通ならあの状況で怪しさ満点のスイッチは押さない。あそこで虫嫌いの閃光さまが踏み砕かなければ、もう少し発見は遅れただろう。嫌な仕掛けだ。

 

それが災いして、俺は今攻略会議の真っ最中だ。そして、やはり問題は起こるのだ。

 

「午後から攻略やと?いくらなんでも急すぎるやろ!」

 

トゲトゲメットがアスナに食ってかかる。そりゃそうだろう。俺だって夜中に急に「明日午前会議、午後から攻略」と決定済みの連絡が回ってくれば驚く。

 

「なんと言われようと、今回の攻略の指揮は発見者である、我々血盟騎士団が取ります。従えないのであれば抜けていただいて結構です。欠員はこちらで充分埋められます」

 

横暴とも言えるアスナの態度に、俺は口を挟む。

 

「あの……俺従えないから帰っても……」

 

「あなたに拒否権はありません」

 

これ以上喋れば殺すと目が語っていた。アスナっていうかむしろアシュラだった。『ア』しか合ってねぇじゃねぇか。というか、なんでこいつこんな刺々しいの?ご両親、サボテンかなんかなの?あと、サボテンを漢字で書いた時の中二感は半端ないと思います。

 

そこからはそれ以上意見する人間はおらず、ボスの情報の整理が始まった。これには既に情報屋としての地位を確立した鼠が呼ばれ、分かっている情報を挙げていく。

 

「まずボスの名前は《ジ・アーミー・フォーミック》。今回は亜人型でなく昆虫型ダ。よってソードスキルは無いと考えていいダロ。それと取り巻きにちっこい蟻が出てくル。詳しい攻撃方法は不明ダ。まだ誰もやっていないクエストの報酬とかで判るかもナ」

 

やはりまだ不明瞭な情報があるらしい。鼠はちらっとアスナに視線を送るが、彼女の意思は変わらないらしい。

 

「では、今より四時間後に攻略を開始します。それまでに十二分な準備をお願いします」

 

それだけ言うと、アスナはすたすたと歩いていく。さて、俺も一度宿に戻るか。

 

そう思い、踵を返したところで視界の端に、こちらに向かってくる人影が。気づかなかったことにしようと走りだす前に、声をかけられて引き止められる。

 

「君がハチマンくんかね?」

 

「人違いです」

 

「ちょっと。団長がわざわざ挨拶に来てくださってるんだから、ちゃんと挨拶しなさい」

 

誤魔化して逃げ出すも、団長と呼ばれた赤い騎士の傍に控えていたアスナに首根っこ掴まれ、それも叶わず。あなたさっき向こうに歩いていったじゃないですか。なんでいるんですか……。

 

「聞いていた通り面白い男のようだ。私は血盟騎士団団長、ヒースクリフだ。これからよろしくお願いする」

 

「はぁ……どうも」

 

会釈すると、ヒースクリフは満足したように笑い、そのまま去っていく。入れ替わるようにキリトと鼠が近づいてくる。クラインも一緒のようだ。

 

「笑えるくらいビビってたナ、ポチ」

 

「ビビってねぇよ……。つか笑ってんじゃねぇか」

 

いや、ほんとだからね?歳上で初対面だから萎縮してただけだから。それビビってんじゃねぇか。

 

「ハチマン……」

 

頷きながらぽんと肩に手を置いてくるキリトとクライン。いやだからビビってねぇって。

 

・ ・ ・

 

窓の外には、昼間の往来が見える。最前線ではないこの層の主街区には、昼間でも人通りが多い。まぁ、今日に限っては最前線でま人通りは多いだろう。

 

攻略開始まで二十分。そろそろ集合場所に向かうべきだ。俺は重たい腰を上げる。

 

ガチャと、ノックも無しに唐突に部屋の扉が開かれる。俺の部屋を訪れるとすれば、候補は二人だが、ノックをしないのはこいつだけだろう。

 

「……ノックくらいしろよ、サチ」

 

「いつも無視するじゃない、ハチマン」

 

肩あたりで揃えられた黒髪の少女は、毎夜のごとく押しかけてきていたので、学習したのだろう。相変わらず、どうやって扉を開けているのかは分からない。

 

「ハチマン、行っちゃうの?」

 

「……ただボス攻略に行ってくるだけだ。数時間で戻ってくる」

 

「ちゃんと……帰ってくるよね?その……」

 

その先を言わないのは、口に出してしまえば本当にそうなってしまいそうだからか。

 

「この前キリトだって無事に帰ってきたし、俺も第一層では生き残ってる」

 

「うん。……キリトは強いから」

 

ちょっと?その言い方だと俺が弱いから死にそうって聞こえるんですけど?深読みしすぎですか、そうですか。

 

「まぁ、なんだ。俺の役割は取り巻きの掃討だしな。役回りならキリトのがよっぽど危険だ。それに、また最近はボス戦で犠牲者も出てねぇし、そんなに危険はない……」

 

と思う。現にキリトたちは今まで何十回と生き残ってきている。不安要素はあるが、二十五層を除けば理不尽な難易度のボスはいないのだろう。

 

顔に憂愁の影がさすサチ。何かを言いたそうに口を開くが、音を発することなく閉じられる。代わりにサチは正面から俺に寄り縋ると、後ろに手を回してきた。

 

「待ってるから……」

 

俺はその震える肩を抱き締めることなんてできず、ただぶっきらぼうに答えた。

 

「ああ……」

 

・ ・ ・

 

「それにしても、フォーミックってどういう意味なんだろうな」

 

ボス部屋へと向かう途中、キリトがそんな質問をしてきた。それは俺も疑問に思っていた。今回のボスは蟻型という情報だ。蟻なら英語でアントのはず。

 

「『formic』っていうのは蟻の、って意味です」

 

キリトの隣にいたアスナが答える。聞いていたらしい。というか、自分のパーティーメンバーと打ち合わせとかしなくていいの?

 

「へぇー。なら今回のボスは蟻の軍隊って感じの意味か」

 

「恐らくは。他には蟻酸って意味もあるけど、軍隊とは繋がらないし……」

 

キリトとアスナの会話を、俺はぽへーっと聞いていた。いつの間に仲良くなったんだろう……。

 

歩き始めて二十分ほどして、ようやくボス部屋の前にたどり着く。これだけの人数がいると、かなりモンスターを引きつけてやばかった。回廊結晶という便利な移動手段もあるのだが、転移結晶以上に高価でそうそう買えるものではない。

 

「それでは行くとしよう。みな、健闘を祈る」

 

ヒースクリフの言葉と共に、ボス部屋の扉が開かれる。

 

俺は二百日ぶりに、ボスの部屋に足を踏み入れた。


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