ソードボッチ・オンライン   作:ケロ助

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速筆の人が羨ましい。


第15話

びゅうびゅうと風が吹き荒ぶ。もう六月の中旬だというのに、冷たい風は俺の体温を奪っていく。つーか六月なのに寒すぎるだろ。さては炎の妖精が海外に行ってるか、体調を崩してるな?

 

アインクラッドを突然の寒波が襲った夜、俺とキリトは別段示し合わせたわけではないが、同じタイミングで《月夜の黒猫団》のリーダー、ケイタの部屋を訪ねていた。

 

「いや、それは受け取れないよ」

 

ケイタは俺たちが渡したものを押し返す。思わずキリトと顔を見合わせる。

 

「いや、ケイタ。受け取ってくれよ。別にケイタ個人にってわけじゃなくてさ、黒猫団全体のためになんだけど」

 

「駄目だ。僕らはただでさえ君たちに頼りきりなんだ。そんなところまで頼ってしまったら、僕らはもう攻略プレイヤーじゃなくなる」

 

困ったように頬を掻くキリト。ケイタも頑として譲る気はないようだ。

 

俺たちはつい先日の二十九層ボス攻略で得た分配金をケイタ、というか黒猫団に譲渡しようとしているのだ。とはいえ、俺はサチに武器や服を買ったため少しだが。

 

「それは君たちが命を懸けて得た報酬だ。僕らはそれに関与できていない。なのにその報酬を僕らに渡すっていうのか?僕らはなにもしていないんだぞ?」

 

「そんなことないさ。ボス攻略に参加できるプレイヤーだけが偉いわけじゃない。それに、これは黒猫団全体の強化に使って欲しいんだ」

 

「けど……」

 

渋るケイタ。いい奴だが、ちょっと面倒くさいな。

 

「俺もキリトも装備を買い替える予定は当分ない。なら使わない金を持ってるだけ無駄だし、この金でお前らの強化ができれば俺たちの負担も減る」

 

「……わかった。せめて、今計画してるギルドホーム購入の足しにさせてもらうよ」

 

「そりゃあいい。それなら他の奴らも気にしないだろ」

 

「だな」

 

ケイタの提案に、俺もキリトも賛同する。いつまでも安いホテルだと鍵がないのか、侵入者が絶えないからな。鍵付きの部屋でゆっくり休みたい。

 

「用はそれだけだし、俺は部屋に戻るわ」

 

「なら俺も戻るよ」

 

俺が部屋を後にすると、続いてキリトも出てくる。いつも背後をついてくるところを見るに、恐らくキリトは現実ではストーカーかピクミンだったのだろう。……違うか。

 

「今日もレベリング行くだろ?部屋で準備してくるから、少し待っててくれ」

 

あどけなさの残る笑顔を見せると、キリトは慌ただしく自室に戻っていった。やっぱりあいつストーカーなんじゃねぇの……。

 

「あ、ハチマンっ」

 

てとてとと駆け寄ってくるサチ。

 

「なにか用か?」

 

「今からハチマンの部屋に行こうと思って」

 

「いや、今から三十層に行くから……」

 

「うん、待ってるね」

 

……満面の笑みで、なんならスキップしながら俺の部屋へ向かうサチ。帰ってくるまでずっと俺の部屋にいるつもりですか……?座右の銘は「押して駄目なら諦めろ」な俺だが、女子と同衾とかマジ無理。

 

「ハチマン、行こうぜ。……ハチマン?」

 

「……おう」

 

どいつもこいつも、本当に諦めが悪い。ただ、諦められない物事があるというのは、諦めてきた俺からすれば些か滑稽に映る。……いや、違うな。羨ましいのかもしれない。

 

諦めを覚えずに済んだ彼らが、諦めざるを得なかった俺には、眩しいのだ。

 

・ ・ ・

 

三十層のダンジョンは動物や獣人などの亜人型モンスターがメインのようだ。ゆえに、亜人型のモンスならソードスキルを放ってくる敵もいる。

 

「スイッチ!」

 

「おう」

 

キリトが狼男っぽいモンスター《ウルフナイト》のソードスキルを相殺、俺がスイッチで止めを刺す。ちなみに武器はまだ予備のままだ。

 

ウルフナイトはガチガチの防具を着けているくせに俊敏な動きをする厄介なモンスだが、二人掛かりならなんということはない。

 

次に現れたウルフナイトのスキルを、今度は俺が相殺し、キリトが《バーチカル・スクエア》を叩き込んであっさり倒す。

 

「やっぱり二人なら余裕だな。この調子でどんどん狩っていこうぜ」

 

「無理だから。俺の武器の耐久値もあるし、そろそろ帰って寝ないと死ぬ」

 

「サチと一緒にか?」

 

「じゃあな」

 

「待て待て待てって!」

 

キリトは慌てて引き止めてくる。さり気なく手を握ってくるのやめろ。

 

「もう一度聞くけど、ハチマンってサチと付き合って」

 

「ない」

 

食い気味に答える。キリト、母ちゃんいつも言ってるでしょ?可愛い子はね、あんたが存在を知ったときにはもう彼氏がいるんだよ。

 

「でも、ほとんど毎晩お前の部屋に行ってるよな?」

 

「…………」

 

返答に詰まる。実際、一緒に寝ているわけではないのだ。いや、断じて。今日のようにレベリングに行っている日は、彼女はほとんどの場合俺の部屋で寝ているか、たまに起きて待っているかだ。

 

この起きて待っているのが厄介なのである。見つかればその日、俺は宿で寝ることは叶わない。説得しても帰らないし、代わりに俺がサチの部屋に向かえば、最近は鍵が開いていない。

 

他のメンバーを頼るも、帰ってきて間もないキリトすら反応なしなのだ。よって、俺はその場合他のホテルへ逃げ込むことになる。鼠以外の誰ともフレンド登録はしていないから、キリト以外に見つかることはない。

 

キリトの追跡スキルを使えば、俺の隠蔽では逃げきれない。ステルスヒッキーはデジタルには通用しないのだ。

 

「はっきり言ってハチマンの行動次第で次の日のサチの機嫌が決まるから、少し困ってるんだが」

 

「いや、それ俺悪くないでしょ……」

 

なぜかキリトが責めるような視線を送ってくる。確かに最近のサチは、機嫌が悪いと怖い。今まで散々怖がっていたモンスに「邪魔」と言い放ち、ソードスキルを連続でぶち込んで消し去ったときは思わず転移結晶を使いそうになった。

 

「まぁ、あれだ。もしもの時は任せろ。俺が本気を出せば土下座も靴舐めも余裕だ」

 

「お、おう……」

 

キリトがドン引きしていた。ここ、笑うところですよ。……キリトは俺に過剰な期待を寄せてる節があるからな。

 

「……俺、男兄弟いないけど、なんかハチマンって駄目な兄貴みたいだ」

 

過剰な期待を寄せているというのは、俺の自意識過剰だったらしい。やだ恥ずかしい!

 

「弟とかいらん。妹がいれば充分だ」

 

「まぁ、俺もこんな目の腐った兄貴いらないかな」

 

くすくすと笑うキリト。酷すぎませんかね、キー坊……。わざわざディスらなくてもよくないですかね。

 

「……帰るか」

 

改めて切り出す。無駄話が長引いたため、通ってきた道のmobたちが復活している。また倒しながら帰らなきゃならないのかよ……。

 

「なぁ、やっぱりもう少しやっていかないか?少しずつ攻略組のプレイヤーとレベルに差が出始めてるし……」

 

「それは……しょうがないだろ」

 

俺のレベルは現在四十八。キリトはその一つ下だ。攻略組のトップは大体五十か五十一程度だろう。

 

元々は俺はオレンジゆえ、キリトはソロプレイゆえに攻略組のトップかそれ以上のレベルだったのだが、ここ二ヶ月ほどは黒猫団のレベル上げに専念している。

 

下層で得られる経験値の値は実質決まっていて、レベルと階層の値が一定以上差が開くと、どれだけモンスターを狩ろうともレベルが上がることはない。

 

よって、昼間は下層で経験値なしの俺とキリトは、いくら夜に経験値を稼ごうとも、一日中最前線やその近くでレベリングをしている攻略組とはどう足掻いても差が出始める。

 

「黒猫団は全体のレベルも上がって、段々と最前線に近づいてきてる。なのに俺たちが最前線から遅れてきてる……」

 

そう言うと、キリトは不安そうな顔で俯く。第一層や、第二十五層のようなことになるのではないかと危惧しているのだろう。

 

ふと、ヒースクリフに言われた言葉が頭を過る。だがそのためにキリトが壊れてしまっては意味がない。俺は脳内の赤い騎士を追い出すと、キツい言い方にならないよう気をつけながら言う。

 

「……心配しすぎだろ。あいつらもレベルは上がってるし、経験だってそれなりに増えた。なによりあいつら自身、攻略組に加わる意思があるんだ。守るだけじゃなくて、その……」

 

なんだか気恥ずかしくなって、その先の言葉を紡ぎ出せない。頬を掻いて誤魔化していると、キリトがふっと笑った。

 

「そうだよな。一緒に戦えば問題ないよな……きっと」

 

「……おう」

 

・ ・ ・

 

「昨日の夜、キリトとハチマンから貰ったコルを合わせて、なんと目標金額に到達しました!これから俺はギルドのホームを買いに行こうと思う!」

 

うおおー!と歓声があがる。朝からやけにハイテンションだと思ったら、昨日の俺とキリトの寄付でホームが買える値段に届いたらしい。……昨日渡したときに言ってくれればよくね?

 

「じゃあ、夕方には戻るから」

 

そう言って、ケイタは転移門を使い姿を消す。見送りは終わったし、宿に戻って寝よう。

 

「ケイタが帰ってくるまでに一稼ぎしねぇ?」

 

「あ?」

 

何人たりとも俺の眠りを妨げるやつは……と湘北高校のエースばりにガンを飛ばすと、お調子者のダッカーが提案していた。

 

「家具とか買うのっ?」

 

「おうよ。全部揃えて、帰ってきたケイタをびっくりさせてやろうぜ!」

 

サチもノリノリなことに俺はもうびっくりです。

 

「今日は二十七層のダンジョン行こうぜ。稼ぎやすいって聞いてるし」

 

「お、おい……」

 

キリトが制止するも、テンションの高い彼らには聞こえない。キリトは不安そうに俺に視線を送ってくる。まぁ、二十七層くらいなら、トラップに気をつけさえすれば問題ないだろ。

 

そもそも、なにを言っても今のこいつらが聞き入れるとは思えん。

 

「トラップが多いからな。本当に気をつけろよ……」

 

「そうだな。転移結晶はいつでも使えるようにしとけ」

 

渋々、といった表情のキリトは念押しする。俺も具体的な指示を出す。へーいとダッカーたちはアイテムウィンドウを操作し、転移結晶をオブジェクト化すると、ポーチにしまう。

 

「サチ、お前も俺かキリトが言ったらすぐに転移しろ。周りとか気にしなくていい」

 

「……ふんっ」

 

「……おい」

 

つんとそっぽを向くサチ。ちょっと?真面目な話なんですけど……。

 

「だから昨日帰れって言ったのに……」

 

はぁ、とため息をつくキリト。いや、だってケイタにお金渡したから、ホテル代なかったんだもの……。

 

・ ・ ・

 

「いやー、案外楽勝だったな!」

 

「あったぼーよー!こりゃ、俺たちが攻略組に参加する日も近いな!」

 

二十七層の迷宮区、今その通路の一つに黒猫団はいる。ここまでの狩りは順調だ。連携も充分取れているし、安全マージンもほどほどにはある。

 

「おっ、隠し部屋発見!」

 

「おい待て馬鹿。どう見てもトラップだろ。攻略組が開けてない宝箱があるわけねぇだろ」

 

偶然にも隠し部屋を発見し、すぐさまその中の宝箱に飛び付こうとするダッカーを諌める。攻略組が開けていない宝箱などあるはずがない。開いていないということは『開けたあと、再び閉まった』可能性が高い。

 

つまりは罠だ。どのタイプかは分からないが、わざわざ引っかかる筋合いもない。

 

「なんだよー。万が一ってこともあるだろ?それに転移結晶は準備してるし、キリトやハチマンがいれば平気だろ」

 

「おい……」

 

俺の制止を振り切り、ダッカーが宝箱に触れる。

 

けたたましい警告音と、部屋を染める赤い光。四方から溢れ出てくるモンスター。

 

紛れもないトラップだった。




よく考えたらレベル高すぎたなと思い、修正しました。

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