最近またSAOガイルが増えてますね〜。ただ、アルゴの一人称が『俺』だったり『オイラ』だったり『ワタシ』だったりするのがちょこっと気になる……。なんでもいいんですがね(笑)
俺はただ、理由を探していた。言い訳を見つけようと、躍起になっていただけなのだ。
強くなることに執着してここまで駆けてきたが、強くなりたかったわけじゃない。いつまでも行き止まりになってくれないから、仕方なく走り続けただけだ。
どんなに必死でレベル上げをしても、限界が来る前に次の層が解放される。次の層が解放されれば、またレベル上げをしなければならない。どんどん攻略の速度は上がっていて、ソロの俺のレベル上げの速度はどんどん落ちていった。
この辺りが限界だろう、と胸を撫で下ろしたとき、ユニークスキルなんておかしなスキルを習得した。それはかなり強力なスキルで、ソロであろうと関係なく強さを手に入れられた。
むしろ俺に発現したユニークスキルは、独りであることを強要するかのようなスキルだった。
『暗黒剣』。両手剣と同じく高威力広範囲の上位互換と言ったところか。このスキルの特徴は三つ。
一つ、『超高威力』。膨大なボスのHPでさえ、十発も当てれば削り切れるほどの威力。
一つ、『防御不可』。武器によるパリィの禁止。通常状態では剣を合わせただけで、必ず俺の武器が砕ける。
一つ、『装備破壊』。ソードスキル中に限り、相手の全ての装備を剣盾問わず両断できる。防御不可とは真逆の特性。
この三つの特性が示すのは、俺のパーティー行動の難関さだ。
通常モンスターのみを狙ったスキルは、弾かれたり捌かれたりしたところで他のプレイヤーにダメージを与えないようにコードが働く。しかし暗黒剣は最初から自分の周りを全て攻撃する。その上超高威力で、防御も無視する。
つまり、周りにプレイヤーがいる状況では暗黒剣は使えない。だが暗黒剣を使わなければ、防御を禁止された俺は生き残れない。
だから俺は、今まで以上に独りで強くなることを強要された。
これはきっと呪いだ。
優しいサチが俺にかけたものではない。俺が、俺自身に歩みを止めさせないためにかけた呪い。
・ ・ ・
「お前、どうして今回こんな無茶をした?なにがあったんだよ」
「…………」
真っ直ぐ俺を見据えて質問してくるキリトに、口をつぐむ。
「……質問を変えるぜ。お前はアルゴに紹介されたクエストで
「っ!」
どくん、と心臓が大きく鼓動を打った気がした。キリトから目を逸らし、唾を飲み込む。
「……なんでもねぇよ」
「嘘つけよ。いつでも慎重で、いろいろ考えてから動くハチマンが一人でボス攻略なんて、よっぽどのなにかを見たんだろ?」
「そうだぜ、お前ェ。らしくねーぞハチマン」
キリトに乗っかるように、クラインが言う。
……らしくない、か。確かにその通りだ。全く、どれもこれも俺らしくない。
そもそもこのゲームが始まったとき、戦うという選択肢を選んだことこそらしくない。昔の俺なら絶対に一層で怯えて暮らすか、下層でちまちま生活費を稼ぐ毎日を送っていただろう。どっちにしても、攻略組なんて絶対に選ばない。
それでも俺があの日、戦うことを決意したのは、ただ純粋に帰りたかったからだ。小町の元へ、家族の元へ、奉仕部の二人の元へ。
きっと、俺が求めたものはあそこにあったから。
欺瞞に満ち溢れた居心地の悪い空間になってしまったあの部室に、俺はもう一度足を踏み入れるために、あの日剣を取った。一度諦めそうになったあの光景が、諦めざる得ない状況になった途端に恋しくなったのだ。
俺一人が攻略に加わったことで攻略が速くなるなんて、これっぽっちも思っていない。俺一人が踠いてこのデスゲームを終わらせられるなんて、欠片も期待していない。
けれど、彼女たちのことを思い浮かべる度に、我慢できなかったのだ。歩みを止め、ただじっと誰かが世界を終わらせてくれる時を待つ自分を想像しただけで、怖気が走る。
きっと俺の介入はこの世界になんの変化も起こさないのだろう。けれど、世界が変わらずとも、自分が変わらずとも、なにも変えられずとも、なにもせず手をこまねいている自分を嫌いになるよりはマシだ。
そう思って、足を進めた先で俺はアルゴに会った。キリトに会った。アスナに会った。黒猫団に会った。サチに会ったのだ。
俺が言葉を発さないことで、場に沈黙が訪れる。そんな静寂の中、ざりと砂を踏む音に全員の注意が向く。俺も俯いたまま視線を音のした方へ向けると、アスナが一歩こちらに足を動かしていた。
一瞬だけ逡巡したように目を逸らすが、拳を握り意を決したようにアスナは口を開く。
「……あなた、死のうとしたんでしょ」
「……アスナ?」
彼女の言葉に、キリトが疑問の声をあげる。
「サチさんのことがあってから、あなたはずっと追い詰められた目をしてた。まるで……迷子の子どもみたいな目」
「……はっ」
思わず、嗤う。アスナという少女は攻略にしか興味がないのかと思っていたが、存外俺のことを見ていたらしい。迷子というのは的を得ている。
「……そうだな、迷ってる。けど、俺は道に迷ってるんじゃない。俺に帰る資格があるのか、それで迷ってるだけだ」
彼女は、この世界から脱出することなく、このゲームに囚われたまま死んでしまった。目の前で見殺しにした俺に、彼女が望んだ生を、現実世界で生きることが許されるのだろうか。
「……ってるだろ」
「……あ?」
聞き取れなくて、聞き返した。喋ったのはキリトではない。アスナでもクラインでもない。キリトから少し離れた場所で沈黙を守っていた黒猫団。そのリーダーであるケイタから発せられた声だった。
「無いに決まってるだろ!帰る資格なんてあるわけない!」
「ケイ……タ?」
涙を溜めて叫ぶケイタに、キリトは呆然とする。
「ボスとたった一人で渡り合える力を持ってて、あの時だってお前の力ならモンスターなんて一掃できたはずだ!それ以前に、トラップの可能性を理解してたなら、サチを部屋に入れなければ良かったんだ!それくらい、お前ならすぐに思いついてただろ!」
「おい、やめろってケイタ」
テツオが制止しても、ケイタは止まらない。
「お前とキリトがいて、助けられないわけがないじゃないか……!お前に分かるかよ!帰ってきたら突然メンバーが一人死んでたなんて言われたんだぞ!仲間の死を後から知った気持ちが!友達の最期のときに、その場にいることすらできなかったんだぞ!」
涙を零し、その場に崩れ落ちるケイタ。そうだ、彼らは彼女と現実世界からの友人だ。その友人が、今まで一緒に生き延びてきた友人がある日突然死ぬ。しかも、自分の知らないところであっさりと。
知り合って数ヶ月程度の俺なんかとは、比べ物にならない。
「どうして……!どうして守ってやれなかったんだよ!」
「っ……!」
俺は奥歯を噛み締める。それでも、言うまいと、言ってはいけないと止めていた胸の内の思いが言葉になるのを止められなかった。
「……俺だって、俺だって守りたかった!けど、届かなかった……!俺はあのとき、サチの手を掴むことはできなかった!」
俺のレベルで、できないはずがなかったのだ。レベルマージンは二十はあったし、俺は対mobに特化している。
なら届かなかったのは、純粋に俺の技量の拙さの問題ではないか。あのときポジションがキリトと逆だったならば、サチは助かったのではないか。
そう考えるたび、叫びたくなる。
だから、できる限り強くなろうと思った。限界まで強くなって、その上でシステム的に不可能だったのだと、そう言い訳できるようにしたかった。
くだらない。なんと浅はかな。自分を軽蔑する。
そんなものが言い訳にならないことなど、わかりきっているのに。
「その上……俺はまたサチを、殺した。斬って捨てた」
「……そういう、ことか」
キリトが苦虫を噛み潰したような顔になる。ケイタたちもハッとした表情を浮かべた。俺の言った言葉の意味を理解したのだろう。
キリトはかぶりを振ると、声を張る。
「けど、だけどそれはクエストだったんだ。茅場が仕組んだ醜悪な罠で……」
「違う……」
キリトの言葉を遮って、否定する。否定された本人も、周りの人間も戸惑う。
あのとき彼女のカーソルは間違いなく緑だった。その彼女を斬ったのだから、俺は
おかしいだろ。これじゃまるで、彼女を殺すことが罪じゃないみたいじゃないか。
「なら俺は……、どうやって償えば良いんだよ……」
なにをすれば良いのか、わからなくなった。
やはりあのとき感じた通り、サチの隣にいるべきはキリトのようなプレイヤーだったのだ。安心させる言葉の一つもかけてやれない俺のような臆病者ではなく、大丈夫だと口に出せる。そんなプレイヤーが。
「決まってるだろ。生きろよ、ハチマン」
「ケイタ……」
涙を拭い、立ち上がるケイタ。
「さっき言ったのは、僕の本音だ。僕はサチを救えなかったお前が憎い。だけど、それと同じくらい僕はハチマンに感謝してる。……テツオとダッカーとササマルを救ってくれたのは、間違いなくハチマンとキリトだからだ」
言いながら、ケイタは拳を強く握る。
「矛盾してるのはわかってる。関与してなかったからって、僕だけは悪くないなんて思ってない。……はじまりの街から怖がるサチを無理矢理連れてきたのは僕たちだ。だから、僕たち全員に十字架を背負って生き続ける義務があるはずだ」
「……だな。キリトとハチマンが入った時点で、サチを戦線から退かせるべきだったんだ」
口々に後悔を述べるテツオたち。そして、ケイタは俺に向かって手を差し出して、言う。
「戻ってこい、ハチマン。一緒に生き延びて、一緒に元の世界に帰ろう。……サチのためにも」
「…………」
俺は、差し出された手を見つめる。彼らのしていることは、単なる言葉遊びだ。故人のためだとか、そういう綺麗事を吐いているにすぎない。
だが、たとえ偽物でも綺麗なものに見えたのは、彼らが本気で言っているからだろう。
『死なないでください。あまり無茶をしないでください』
彼女の遺した言葉が、ふと頭の中で甦る。
「……悪い」
「ハチマン……」
けれど、俺はその手を取るわけにはいかなかった。悲痛な声を溢す彼らに背を向け、一言告げる。
「俺には、こんな死だけがリアルな偽物の世界に、生きる価値があるのかわからない……」
そのまま歩き出す俺の背に、キリトが決して大きくはない声で語る。
「ハチマン、この世界は本物だよ。サチが生きた世界を、死んだ世界を、お前が否定するな……」
「…………」
俺は振り返ることなく部屋から出て、元来た道を戻る。
一度通った道をもう一度。
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