ソードボッチ・オンライン   作:ケロ助

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今度こそ、第一層を終わらせる。


第3話

ウチの部長様の方針は、『飢えた人に魚を与えるのではなく、魚の獲り方を教える』だ。俺はなるべくそれに従ってきたし、これからもそうするつもりだった。

 

ただ、ここに雪ノ下はいない。ましてや騎士様は、俺に依頼したわけではない。だから、これは俺が勝手にするだけだ。『別に、倒してしまって構わんのだろう?』というやつだ。

 

「キリト、あの赤豚のソードスキルの正体について教えろ」

 

俺の問いに、キリトは俯いたまま答える。

 

「あれは《カタナ》のソードスキルだ。β時代にモンスターしか使えなかった、高位スキルだよ」

 

キリトはそう言って立ち上がると得物を抜き、暴れ回るコボルドロードに体を向ける。

 

「行くんだろ。勘違いだろうが、俺もディアベルに頼まれたんでな」

 

「勘違いじゃないさ。ありがとう、ハチマン」

 

礼を言われる筋合いはない。俺は俺がこの世界から脱出するために戦うだけだ。いつの間に来たのか、アスナも俺たちの隣に立つ。

 

「わたしも行く」

 

アスナは邪魔そうに、フードを脱ぎ捨てる。美しく長い栗色の髪と、整った顔が露わになる。初めて見たが、フードの中身に思わず一瞬見とれてしまった。あの光景がフラッシュバックするが、今はそれどころではない。

 

「分かった……頼む」

 

なんとも短いやり取りだが、俺たちはそれでいい。俺とアスナは抜剣し、キリトは先行してコボルドロードに突っ込んでいく。手順はさっきと同じってことか。

 

「う……おお!!」

 

コボルドロードのカタナとキリトの片手直剣がぶつかり、互いに激しくノックバックする。

 

「スイッチ!」

 

俺とアスナは同時に前に出る。相変わらず化け物染みたリニアーがコボルドロードに刺さる。しかしさすがはフロアボス、体力はコボルドとは比べ物にならない。俺のソードスキルも大したダメージにはなっていないだろう。

 

「次、来るぞ!」

 

キリトの掛け声で、俺たちは散開する。地道にこれを続けていくしかない。一発で大ダメージを与えられるような技を、俺たちはまだ会得していない。

 

地道な攻防が十五回ほど繰り返された時だった。上段から来るように見えたコボルドロードのカタナが、くるっと回って下からになる。恐らくはカタナのソードスキルの一つだ。

 

「しまっ……!!」

 

キリトはソードスキルをキャンセルして、必死に体を捻るもソードスキルを正面から受け、アスナを巻き込んで吹き飛ばされる。数メートル飛ばされ、衝撃のせいで立てずにいる。

 

そこへ、コボルドロードが追撃を入れる。くそっ、この位置からじゃ間に合わない!

 

「ぬっ……おおお!!」

 

ガキンッと、コボルドロードのスキルを相殺した。俺ではない。両手斧使いのエギルが、キリトとアスナを守ってくれた。

 

「あんたがPOT飲み終えるまでは俺たちが支える」

 

「……すまん、頼む」

 

エギルの言葉を合図に、他のプレイヤーたちが一斉にコボルドロードに向かっていく。俺はダメージを受けていないんだ、立ち止まる理由はない。

 

POTを飲んで、一時休憩に入るキリトを横目に、俺は再びコボルドロードに向かって走る。キリトが戻ってくるまでに、少しでも多くHPを削ってやる。

 

そして、幾度か攻防が繰り返されたころ、キリトが立ち上がる。

 

「全員、全力攻撃だ!囲んでいい!!」

 

うおおお!!と、もはや誰のものか分からない怒号が響き渡る。そんな中でも、あいつの声はよく聞こえる。

 

「アスナ、ハチマン!最後、一緒に頼む!!」

 

「「了解!」」

 

不覚にも、アスナと声が被ってしまった。こんな時なのに、笑えてしまう。

 

「行っ……けぇッ!!」

 

俺たち三人のソードスキルはコボルドロードを斬り裂き、コボルドの王はその姿を青いガラス片に変え、消えていった。

 

・ ・ ・

 

ボスの消滅とともに、取り巻きだったコボルドも消え去る。ああ、やっと終わったんだな。これで第一層をクリアできたんだ。

 

俺たち三人は、地面にへたり込んだまま、恐らく同じようなことを考えただろう。そこへ、両手斧使いのエギルがのしのしと歩いてくる。

 

「見事な剣技だった。コングラッチュレーション、この勝利はあんたのもんだ」

 

エギルがキリトに向けて、拳を差し出す。キリトは照れ臭そうに拳を合わせようとする。

 

「何でや!なんで、ディアベルはんを見殺しにしたんや!」

 

突然の叫び声。一斉に全員の視線が叫び声の元へ集まる。叫んだのはキバオウだ。キリトは意味が分からない、といった表情で聞き返す。

 

「見殺し……?」

 

「そうやろが!あんたは……ボスが使う技を知っとったんやろ!あんたが最初っからそれを教えとったら、ディアベルはんは死なずに済んだんやないか!!」

 

キバオウの悲痛な叫びに、周囲がどよめき始める。「そういえば……何で」「……攻略本にも載ってなかった」などと、疑問を次々と呟いていく。

 

くそっ、この流れはマズい。昨日、エギルによって収まったβテスターへの不満が、ここに来てまた高まってる。このままでは疑心暗鬼になって、先導できるβテスターを排除してしまう。情報を捨ててしまう。

 

戦ったのは今日一日だけだが、確信がある。βテスターは、キリトはSAOの攻略に必要な人材だ。実力もさることながら、情報や咄嗟の判断力も、俺の比じゃない。

 

考えろ。βテスターを守るために、何をすればいいか。ディアベルの依頼を遂行するために、何をすればいいか。キリトや鼠が吊るし上げをくらわないために、俺のすべきことを。βテスターでない俺の言葉では、重みが足りない。あと一手必要になる。

 

 

こいつらは間違っている。恐らく本人たちも、間違っていることに気付いているのだろう。けれど、それでもどうしようもない憤りを、行き場のない怒りをぶつけたくなる。その対象として選ばれたのが、βテスターだ。

 

大きく深呼吸をする。これは賭けの要素がかなり大きい。そして、失敗すればβテスターを更に危険に晒すことになる。成功したとしても、問題の解決にはならない。一時的に引き延ばすだけだ。あとは、キリトたち次第になる。

 

そしてどちらの場合でも、俺は生きて現実に戻ることはできなくなるかもしれない。生きて帰っても、雪ノ下や由比ヶ浜には罵られることになるな。……雪ノ下はいつものことか。

 

覚悟を決める。生きて小町の元へ帰るのが最重要事項だが、キリトたちがいなくなって、結局クリアできませんでは意味が無くなるのだ。よし。

 

「キリト、とりあえずPOT飲んどけ」

 

思いつめた表情で立ち上がろうとしたキリトの肩を押さえ、ポーションを手渡す。キリトはさっき以上に困惑している。

 

「は?いや、ハチマン。今はそれどころじゃ」

 

「いいから、飲め」

 

無理矢理、キリトのHPを回復させる。キリトは出鼻を挫かれ、戸惑っている。やるなら、今しかない。

 

「キバオウ、あんたの言う通りだな。βテスターたちはクズ野郎だ」

 

システムウィンドウを開き、装備している武器をデータに戻す。そして、短剣を装備しなおすと、振り向きざまに抜剣して。

 

「だったら、ここで殺しておこう」

 

キリトを斬った。

 

「なっ……!!」

 

俺のカーソルが、緑からオレンジへと変わる。犯罪を犯したプレイヤーという証拠だ。予想以上にキリトの反応速度が早く、短剣はキリトの肩を掠めただけだが、充分だ。

 

「ハチマン、何で……!」

 

肩を押さえ、混乱状態のキリト。周りのプレイヤー全員も、訳が分からず戸惑っている。

 

「何で、じゃないだろ。今回のボス戦、お前らβテスターが適当な情報を流すから、危うく全滅しかけたんだぞ?実際に一人死んでる。まあ、死んだのはクソβテスターのディアベルだったから良かったものの」

 

「な、なんやと!!」

 

ディアベルを侮辱され、キバオウだけでなく他のパーティーメンバーも怒りを露わにする。

 

「何を怒ってんだよ。ディアベルは明らかにβテスターだろ?最後の最後、お前らを下がらせて自分一人でラストアタックを狙いにいった。ボーナスを独り占めするためにな。そんなやつ、死んで当然だ」

 

「こっの……!!ディアベルはんはそこらのβテスターなんかとちゃう!ワイらのことをちゃんと考えて……!」

 

「お前の言葉を借りるなら、考えてなかったから二千人も死んだんだろ?」

 

「っ!!」

 

「だから、これ以上引っ掻き回されないように、βテスターはここで殺しておく必要がある」

 

キバオウから目線を外し、キリトに向き直る。裏切られたショックなのか、キリトは呆然と立ち尽くしている。ここからが賭けだ。

 

俺は、短剣をキリトに向け、心臓めがけて突き出す。

 

ガキン!と、俺の掴んでいた短剣が弾かれ、床に転がる。弾いたのは、レイピアを俺に向けたまま、キリトを庇うように立つアスナ。

 

「邪魔すんなよ。お前はβテスターじゃないだろ」

 

「わたしはβテスターじゃない。けど、キリトくんやディアベルさんも、βテスターの人たちも死んでいい理由はない。殺させはしない!」

 

構えを解かず、警戒を続けるアスナに思わず笑みがこぼれる。俺の予想では、エギルあたりが庇うかと思っていたが、これは予想以上にいけるかもしれない。

 

「どけ。そいつらは二千人ものビギナーを殺した、言わば大量殺人鬼だ。これ以上俺たちが犠牲にならないようにするには、βテスターを殺すしかない」

 

「貴方は間違ってる。この一ヶ月で身に染みたはずよ。自分の身一つを守るので精一杯だった。βテスターの人たちは、自分たちだけ強くなろうと思ったんじゃない。まず自分たちが強くなって、私たちを守れる力を付けてから、私たちを守るつもりだった!」

 

アスナの言葉は、キバオウたちにも届いただろうか。アスナのような考え方のプレイヤーが増えれば、βテスターは大丈夫だろう。それにしても、アスナは完璧に仕事をこなしてくれた。

 

「……愛してるぜ、アスナ」

 

「へっ!?な、なななにこんな時に急にふざけ……!」

 

思わず感謝の言葉が口から出てしまった。だが、そのお陰で隙ができた。素早く短剣を拾い、今度はアスナに斬りかかる。

 

「やめろ、ハチマン……!」

 

「…………」

 

今度はキリトに防がれ、鍔迫り合いになる。

 

「アスナは、傷つけさせないッ!」

 

「ふっ……」

 

俺は力を抜いて、鍔迫り合いの状態を脱する。キリトと色んな意味で怒ってるアスナ。そして他の全員が抜剣して、俺を包囲している。

 

「多勢に無勢だな。仕方ない、βテスターを殺すのは諦めよう。死んだ二千人に対して、助けてやれなかったのは俺たちビギナーも同じだ」

 

短剣を鞘に納め、堂々とキリトの横を通り第二層へと繋がる階段へ向かう。オレンジを攻撃しても、グリーンがオレンジになることはないが、攻撃すれば残り少ない俺のHPバーはすぐになくなるだろう。誰も、人殺しにまでなる勇気はあるはずがない。

 

……無防備に背中を見せてるんだけど、誰も麻痺毒とか持ってないよね?あれを使われたら、監獄エリアに一直線なんだけど。

 

すれ違いざまにキリトにだけ聞こえるよう、別れを告げる。攻略は任せた。

 

そして俺は第二層に一番乗りし、それ以降は街に入ることも叶わずずっと圏外や、フィールド内の安全圏で生活することになる。NPCめちゃくちゃ強いんだもん……。


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