クロスアンジュ イレギュラーと熾天使の輪舞 作:ヌオー来訪者
「ここに生存者が居るって言うの?」
中央公園の中心部には大きなドームがあった。大きさは東京ドームには遠く及ばないように見えるが―――アンジュは誰かに問うた訳でも無い疑問を口にする。勿論、答える者は誰も居らずタスクもサリアも、リオスも閉口していた。
嫌な予感がしてならない。
固く閉じられたシャッター型ゲートの前にアンジュたちと共に立ったリオスは、不穏さを感じていた。ドームの中に敵意があるとかそんなものでは無く、最悪の回答が待っている。そんな気がしたのだ。
すると、何やら赤外線センサーがリオスたちのつま先から頭のてっぺんまで当たった。アンジュたちは攻撃かとたじろぐが直ぐに攻撃では無い事に気付いて、気を落ち着かせた。
『生体反応を確認しました。これより、収容を開始致します』
そしてドームに付いたスピーカーからアナウンスボイスが流れると、堅牢なゲートがゆっくりと持ち上げられて行く。ゲートの先にあるものは暗闇に包まれた長い通路だった。
『ようこそ。首都第3シェルターへ。首都防衛機構は貴方たちを歓迎致します』
「……行こう」
タスクの合図で各々ライフルかハンドガンを構えて、慎重にシェルター内部へと足を踏み入れた。どんどんリオスが感じている嫌な予感が強まって行く。引き返すならば今だ。そう言わんばかりに……
暫く進んでも敵襲は無かった。代わりに待っているのは人が居るとは思えない程の静寂。途中にあった階段を建物3階分程降りた後、大部屋に行き着いた。
壁にはかなりの数のゲートが有り、その様はまるで迷宮だ。オブジェクトとして中心地に観葉植物が幾つか配置されていたが悉く枯れてしまっていた。
『現在当シェルターには1.7%の余剰スペースが有ります。お好きな部屋をお選びください』
中心地に聳える柱に、設置された液晶画面に映し出された女性がアナウンスした後、壁に配置された幾つかの部屋の扉が重々しい音を立てて解放された。
『どうぞ、快適な生活を』
解放された一番手近なゲートを潜ると、ゲートを潜ると、異臭が4人の鼻を突いた。普通、シェルターというものには空気を清浄化するシステム等がある筈なのだが、どうやら機能していないらしい。タスクとリオス、サリアは耐性があったか、顔を顰めるだけで済んだがアンジュは不快感を露わにして口と鼻を手で抑えた。
死屍累々とはまさにこの事か。横須賀基地の物に比べて人の形は保っていたが、それでもミイラとしか呼びようが無い死体が転がっていた。女子供老人例外なく死んでいる。女性であろう死体が自分の子供の死体を抱えているさまを見てリオスは、気分が悪くなり目を背けた。
「さっきの貴女出てきて! 出てきて説明して!」
アンジュはこの地獄絵図めいた部屋から飛び出して先ほどの画面のもとへと走って行く。それを3人は追い、画面の前に辿り着いたと同時に同時にリオスは首を横に振ってアンジュに告げる。
「……多分こいつはコンピューターだ」
「なんですって!?」
驚愕するアンジュに答えるように画面の女性が肯定した。
『こちらは管理コンピューター・ひまわりです。ご質問をどうぞ』
リオスは薄々勘付いていた。この地に来てから一切の生気を感じなかった。恐らく中に居る人間はもう既に―――
「生存者は居ないのか!? 一体何が起こった! 日本が国土放棄するレベルの戦争が起こったって言うのか!?」
それでもまだ、リオスの中には認めたくない自分が居た。アンジュを頑固だと思っていたが自分も大概なようだ。
『質問、受付ました。回答シークエンスに入ります』
コンピューターがそう言うや否や、この大部屋の証明が消えてこの場が暗闇に染まった。暫くすると、周囲の光景が街中へと変わった。タスクたちが戸惑う中これが全天周モニターを応用した映像だという事にリオスは直ぐに気付いた。
見せられた立体映像は市街地でライフルを撃ち合う人型機動兵器の姿。
その中にはジェガン系列機やゲシュペンストも。そして見たことの無いガンダムの姿もあった。相手はザク系列機と思しきものや、背中にリフターを付けて浮遊しているメタルアーマーめいた機体群だ。
「何これ……映画?」
アンジュが戸惑いの色を見せる。映像は切り替わり、ミサイルを放つ砲台や、何処だか分からないが火の海に染まる街が映し出された。その映像はリアリティがあり、映画の特撮などではない事はリオスは直ぐに分かった。
映像が次々と場の惨状を映し出して行く。崩壊するコロニー、E2級の大爆発を起こす都市。それらをシステムが無機質に淡々と解説していく。まるで他人事のように。
……まぁ、機械に熱を求める事が愚かしい事であるのは分かってはいるのだが。
どんどん認めたくない答えへと近づいて行く。もう知らないぞ。知ればお前は後戻りは出来なくなるとリオスの第6感が叫んでいるが、当のリオスは動けなかった。
『これは実際の記録映像です。統一地球歴121年にて勃発した地球統一機構UCEと反UCE連合による後に地球圏史上最大最悪と呼ばれる戦争とされる、後に地球圏史上最大最悪の戦争とされ、「第7次地球圏大戦」及び「大破壊」と呼ばれる戦乱が勃発』
その言葉を聞いた瞬間リオスは眼を見開いた。
最後に居た時は統一地球歴45年だった筈。それから76年経ったとでも言うのか。いや、先程ひまわりは『後に』と言った。つまりこの戦乱から更に時が経っている事になる。基地にあった死体も機体も、雨風が届かない場所で数年放置された程度の状態ではなかった。嫌な予感を強めていくリオスは、怯みながら2歩、3歩後ずさりするが、そんなリオスの心境を慮ってくれる訳も無く、コンピューターは解説を続けた。
『地球圏の人口は約20%以下に減少。反UCE連合のUCE側領土の侵攻率は約80%にまで至っていました。不利な状況に陥った所でUCE側は絶対兵器「ラグナメイル」を戦線に投入を決定』
コンピューターが淡々と解説していく中で以前交戦した黒いパラメイルの姿があった。他にも僚機が数機居たがその中にはヴィルキスが居た。……但し、カラーリングが反転していて漆黒だったが。それを見てアンジュは驚くが、リオスにそんな余裕は無かった。示される映像がリオスを追い詰めていく。
黒いパラメイルたちは肩の大量破壊兵器を起動させ、一つは暁ノ御柱と思われる塔へと、一つは反UCE軍が占領した基地へと、一つは地上からスペースコロニーへと向けて光の竜巻を放ち、他の黒いヴィルキスたちも様々な場所に向かって同様の兵器を発砲した。狙われた者は例外なく跡形も無く素粒子へと還り消えていき大爆発を起こす。それも核やE2の爆発が生易しく思えるほどの。
「あぁ……ぁ……ぁ」
出そうと思った声が出ない。黒いヴィルキスたちが消し飛ばしていく姿に茫然としていると、コンピューターは解説を再開した。
『こうして戦争は終結。しかしラグナメイルの次元共鳴兵器により地球上の全ドラグニウム反応炉が共鳴爆発。地球は全域に渡って生存困難な汚染環境となり全ての文明は崩壊しました。以上です。他にご質問は?』
「……う、そだ」
リオスはまるで立ち上がったばかりの幼児の如き覚束ない足取りで後ずさりした後、バランスが取れなくて頽れた。それと同時に周囲の光景が元の殺風景なシェルターの大部屋へと戻る。
自分たちのやって来た事が無意味だったと、そう言いたいのか? 無数の屍を越えて自分たちは、リリーナ・ピースクラフトが掲げた完全平和への道標になるべく戦って来た。それが所詮無意味だったとでも言うのか? 確かにあの偽装シャトル破壊の後でリリーナは責任を負わされて更迭され、代わりにデルマイユの後継者たちがUCEの実権を握ったと聞く。戦乱が繰り返された結果がこれなのか? 結局完全平和は叶わなかったのか?
結局シャアのやろうとした事が正しかったとでも言うのか?
ドラグニウムとやらが何なのかは知らないが、相当危険な代物であるのには間違いない。だがそれを問えるほどの余裕は有りはしなかった。
『この出来事は事実です』
コンピューターが突きつける事実はまるでリオスにとって死刑宣告であった。いや、リオスだけでは無い。完全平和を目指して奔走して来た者たちにとってもだ。その果てが文明崩壊? 笑えない冗談だ。だが、あの死体の数々や崩壊し切った都市の姿がリオスの脳裏に過る。
知ったからには受け入れろと言わんばかりに。
「俺たちは一体何の為に戦って来たんだよ……何だったんだよ俺たちがやって来た事はさぁ! せめて、生きている人は居ないのか! これは何時の話なんだ! コロニーは!」
泣きわめく子供のように叫ぶリオス。そしてコンピューターは答えた。
『538年193日前です、世界各地2万976ヶ所のシェルターに、熱、動体、生命反応なし。コロニーの反応は衛星が破損している為観測は不可能です。ですが先の大戦で大半のコロニーがUCE軍の使用した衛星兵器『ガーディアン』により崩壊に追い込まれました』
「…………何で! 何でだ! 何でそんな事をやった!? やっちゃいけないって思わなかったのかよ! そんな方法じゃ駄目だってなんで気付かなかった!」
『当システムには思想に関した質問の回答権を持っておりません』
コンピューターは回答を拒否した。そんなコンピューターの画面を叩き割りたくなったが高い所に配置されていて届きはしない。
やり場の無い怒りを床にぶつけてタイル造りの床を滅茶苦茶に殴りつける。出血を起こすまでに滅茶苦茶に殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る。皆死んだ。何もかもが死んだ。地球が駄目になったようでは資源も碌に取れまい。500年以上も経てば己が知る者皆とっくの昔に死んでいるではないか。
「落ち着くんだリオス!」
「これが落ち着いて居られるか! 皆死んだんだぞ! しかもやって来た事が無意味だったって宣告されて! 俺だけ残して!」
感情のままにまき散らされる言葉はやや繋がりが無く途切れ途切れであったが、それでも言わんとした事は誰もが分かっていた。
タスクがリオスの暴挙を殴る腕を掴む事で止めるが、それでも尚殴るのを止めようとしない。そんな中でアンジュはあの映像を鼻で笑ってから口を開いた。
「ハッあんな紙芝居を信じているって言うの? 全部作り物かもしれないのに?」
タスクにはそれがアンジュなりの励ましである事は見抜いていたが、今のリオスにそんな事を見抜けるような精神的余裕は無かった。
「沢山の屍を越えた! 沢山の人を殺した! これが最後の戦争だ! これが終わりだって! 必死にやってきたんだよ! 命を懸けて沢山の犠牲の上で! けれどこうも自分たちのやって来た事を否定されれば気分も悪くなるさ! それに死体や都市の状態は明らかに十年やそこらじゃああにはならないってお前も分かるだろう! 俺がUCEの兵士として最後に戦った相手は俺の上司で! 地球上に居る人間を粛清しようとしたんだ! そうする事で人類は
「り、リオス……」
半狂乱状態に陥ったリオスの鬼気迫る表情に気圧されて、タスクはたじろいだ。サリアも自分以上に追い詰められた人間を見て先ほどの絶望が吹き飛んでしまっていた。だが、アンジュは引き下がらない。
「それで? 喚き散らして当り散らしたって何か戻る訳?」
「アンジュ!」
タスクがアンジュの発言を咎めるが、アンジュは引き下がらない。アンジュもリオスもナーバスになっていた。
「お前に、お前たちに俺の何が分かるんだよ!? お前らは帰れるかもしれないけれど俺は方法が無いんだぞ!?」
アンジュの言っている事は正論なのだが、知人全て失って泣かない奴の方がどうかしている。自分は機械などでは無い。リオスは半ば八つ当たり気味に叫んだ後追加として言おうとするもそれ以上そんな体力も残っては居なかった。リオスは幽鬼のようにふらりと力なく立ち上がり、踵を返して外へと向かって歩き出した
「……何処へ?」
サリアが問うとリオスは力なく振り向いてから答えた。
「暫く一人にしてくれないか?」
リオスにサリアは恐怖した。まるで死人が喋って歩いているような、そんなものを見ているような気がしたのだから。
「アンジュあんたは……!」
リオスが去りゆくなかで、サリアはアンジュを睨みつけた。実質リオスにトドメを刺したのはアンジュのようなものだ。そんな険悪は雰囲気を醸し出したまま、この場は解散、アンジュとタスクはキャンプへと、サリアはアンジュと顔も合わせたくも無かったこともあって、リオスを追い始めた。
/
リオスはあても無く歩いた。
ゴーストタウンと化した街中がここまで疎ましく思ったのは初めてだ。何もかも焼き払ってしまいたい等と言う黒い欲求が沸き上がるが、己の臆病さがそれを許さなかった。自分も死んでいったものたちの後を追うという選択肢も無いわけでは無かったが、それもリオス自身の臆病さが許さない。
このまま腐って死んでいくしかないという事なのか。締まらない。失望の中で暫く歩くと海が見えた。堤防まで歩き、一番奥まで辿り着くとリオスは腰を掛けてただぼんやりと海の向こうを見続けた。
このままぼんやりとしていればいつの間にか何もかもが終わっているだろうか? ……無理だろう。海に身投げでもしない限りは。
暫くぼんやりとしているとリオスの座っている場所に影が覆った。……ドラゴン態のヴィヴィアンだった。
「……どうした、ヴィヴィアン」
リオスの問いにヴィヴィアンは鳴いて返すが、ドラゴンの言葉など分からないリオスにはただ吠えているようにしか見えなかった。
「今は相手してやれる気分じゃないんだ……ごめんな」
リオスは適当な解釈で返してヴィヴィアンの頭を撫で乍ら、ただ再びぼんやりと海を眺め始めた。気にかけてくれる人間(?)が居るというのは有り難い事なのかもしれない。だが、彼女らにはまだ帰れる所があるのだ。アルゼナルに。
「……俺は大丈夫。……大丈夫だから―――」
自分に言い聞かせるようにうわ言のように呟く。
もし、もしもの事だが、未来の事を知っていてシャアと対峙した場合自分はどうしていたのだろうか? シャアと組んで地球上に居る人間を粛清でもするのだろうか。そんなもしもの可能性を無意味にシュミレートしてみる……だが、今生きている人間を切り捨てられなかった。協力しても何時かどこかできっと後悔する。じゃぁそのまま滅びの道まで直行するのかと問われたらそれはきっと―――首を横に振ってしまうだろう。
これは恐らく人の可能性を中途半端に信じている弊害であろう。
―――止めよう、もう過去の事だ。もう終わった事だ。
アンジュのように生きていたらどれだけ楽に生きていられるのだろうか? だが、彼女の生き方はリオスに合わなかった。欲張りな生き方で非現実的なのは承知している。だが、シャアの行いを否定した先には人が争わずに済む時代が来るという可能性の存在を信じずには居られないのだ。だが、人は愚かでどうしようもないという考えも頭の中にはあって……
人は過ちを繰り返す。戦争・平和・革命の三拍子、終わらないワルツを有史以降変わる事無く愚かにも人間は踊り続けている。全く持って人間は愚かしくも悲しい生き物だ。そう、エンブリヲは以前言った。
彼の言う通りだと認めるのは非常に癪だが、アムロが言った人の英知は意味を成さなかった。自分たちのやって来た事が無意味な足掻きだったのだ。
そして自分だけが残った。他はきっと何かしらの手段で帰る事が出来る筈なのだから……
「俺はどうすりゃ良いんだろうな……」
ヴィヴィアンは答えてくれない。当然か。分かる訳が無いのだ。こんな状況に置かれるなんて普通は有り得ないことなのだから。
途方に暮れていると、背後から誰かが砂利を踏む音がリオスたちの耳に入った。咄嗟にヴィヴィアンとリオスが背後を向くと、そこにはサリアが物陰に隠れていた。
「サリアか……驚かすなよ」
ヴィヴィアンも胸を撫で下ろすポーズを取るが、少々強面のドラゴンがそれをやると些かシュールであった。サリアは溜息を吐いた後、物陰から出た。
リオスは立ち上がってヴィヴィアンと一緒にサリアのもとへ歩み寄った。これを機にそろそろ帰った方が良いかも知れないし、この得体の知れない環境下で何が起こるか分かったものでは無い。
「一人にしてくれと言ってたのに、ごめんなさい」
「……気にするな。時間経てば落ち着くようなもんだし、それに当り散らして悪かった。こっちこそごめん」
リオスは謝罪するのだが、サリアは首を横に振った。
「リオスが当り散らしたのはアンジュが馬鹿な事を言うからよ……あいつは……」
随分とサリアはアンジュの事を嫌っているようで、リオスの謝罪を振り払った。やはりあの一件が相当根に持って居るらしい。……あまり触れない方が良いかもしれない。
「アンジュの言動の是非はともかく、悪いな。気にかけてくれて」
「まぁ、曲がりなりにも元部下だし放って置く訳にも行かないわよ。それに勝手に死なれたら困るわよ……ただでさえ人手が少ないのに」
まだ、一人では無い。彼女らがもとの惑星に帰るまでは自分は一人では無い。ポジティブとネガティブが綯い交ぜになったような心境の中で、今は気楽に居たいと思いながらいつも通りにリオスは振る舞う。
「なんの人手だよ。まぁ有難うな。サリア元隊長さん」
「ちょっ、何かその言い回し地味に腹立つわね……」
「じゃぁサリアにしておくわ」
「じゃぁって何よ!?」
軽口を叩きながら、リオスはある程度心が落ち着いた。まぁ、気にかけてくれる人間がまだここに存在しているのだ。―――だったら生きていくしかあるまい。終わりが来るまで。喩えそれが逃避に近い感情と方法であっても。
そして、それと同時にリオスは戦う意義を見失いつつあった。また同じ事を繰り返すだけだと言う恐れを、胸に抱いて……
サリアとアンジュの確執は続く。そしてリオス、ボロボロ。