クロスアンジュ イレギュラーと熾天使の輪舞   作:ヌオー来訪者

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 タイトルで渋谷の大爆発を連想した人表に出なさい。怒らないから。


第22話 世界はそれでも変わりはしない

 タスクはリオスの今の状態に何処か既視感があった。……まぁ既視感、と言うには少し語弊があるのだが。

 

 それは少し前までの自分である。正確に言えばアンジュに出会う前まで無人島の片隅で燻っていた自分。エンブリヲから世界を解放し自分たちマナの使えない者たちが生きられる世界を造るために戦って来た両親や同胞は全て死に、一人だけ残された嘗ての自分。―――下手したらその時より酷いかも知れない。

 

 嘗ての自分にはまだ使命も可能性も残されていたが、リオスの場合それすらもない。そう、彼の場合は何もかもが終わった後だ。失った物が一つも取り戻せないのだ。尚、今日の夜、非常に元気な様子で戻って来たがそれがただの空元気なのは全員が察する事が出来た。

 

 アンジュのように下手に今の彼へ発破をかけようなら余計に彼を傷つけかねないだろう。諦めろと言っているようで残酷な話だが今の彼には必要なのは、現状を受け入れるまでの時間だ。

 実際、タスクも再起して活動を再開した後で知人だけでは無く同胞も一人とていなくなっているとい事実に驚愕して暫くは立ち直れなかった。それとこの状況を比べるのは無茶な話なのかも知れないが、彼には時間が必要だと、タスクは考えていた。

 

 一方で、アンジュは相当今の状況に苛立っており、ヴィヴィアンに無理をさせようとしたり量産型クラウドブレイカー改で飛ぼうとした。無論、操縦系統は似ているとは言えど慣れなければあの巨体を街中で飛ぶ等と言う器用な操縦する事は出来ないのでタスクはアンジュの行動を止めさせた。

 

「アンジュ、君は休んだ方が良い」

「休んでどうしろって言うの? こんな何も無い文明もクソも無い場所に居ろって言うの?」

 

 アンジュの苛立ちはどんどん大きくなっていく。自分たちの世界に戻れる方法が見当たらない事、モモカたちの消息が分からない事への苛立ちが。

 

「貴方だって早く帰れなければ困るんでしょう? あの女も待っている事だし。ね、ヴィルキスの騎士サンとあの女の飼い犬サン?」

 

 あの女、というのはジルの事を言っているのだろうか?

 いつの間にかタスクの後ろに居たサリアはアンジュの発言に顔を険しくさせた。アンジュとサリアの溝は更に深まりを見せ、タスクにもどうすれば良いのか分からなくなっていた。

 リオスの惑星にもエンブリヲの機体や暁ノ御柱が存在している事などにタスクにとって解き明かしたい疑問はあるし、リベルタスの完遂という使命があるのだが、それ以前にアンジュを守りたかった。個人的な感情ではあるがタスクを突き動かしている大きなものがそれだ。アンジュ無しでは今のタスクは成り立たない。

 タスクとサリアが何か言葉を口にするより先にアンジュが畳みかけるように続きの言葉を言い放つ。

 

「全てはリベルタスの為に。所詮貴方もあの女の飼い犬。サリアと一緒よ、私を利用する事しか考えちゃいない」

「それは違う! 俺は本当に君を―――!」

 

 タスクが反論しようとした矢先で、アンジュは背を向けて拒絶に意を見せつつ焚火の近くまで歩み寄る。その炎はアンジュの苛立ちを表しているようにタスクには見えた。

 

「帰れないなら良いんじゃない? あんな碌でもないゴミみたいな作戦。どうせ上手くは行かないし」

「ゴミですって―――」

 

 サリアが怒りのままに銃を引き抜いた。己の行動理由がジルに認めてもらうという事を自覚していても、こればかりは看過できないし、サリアのアンジュへの苛立ちを起爆させるには充分な発言だった。

 

「ふざけないで」

「違わないの? 世界を壊してノーマを解放する。その為に何人犠牲になろうと構わない。それで何が解放出来るって? 笑えるわ」

 

 アンジュが再度振り向き、ハンドガンを引き抜く。撃てば撃ちかえす。そう言いたいのだろう。本来ならばアンジュとサリアの今の対立はタスクが止めるべきものであったが、タスクにはそれが出来る心境では無かった。

 

「俺の両親は……ゴミに参加して無駄死にした。……そう言いたいのか?」

 

 何時ものタスクらしからぬ声色にアンジュはたじろぎ、サリアは眼を丸くした。そしてタスクは自分の顔を二人に見られない方向へと向く。サリアはこれまでにない表情でアンジュを睨んだ。

 サリアはアンジュの頭を銃で撃ちたくなる衝動に駆られたが、殴った所で何の意味も成さないので歯を食いしばり堪えた。

 アンジュはタスクに気圧されて銃を持つ手に力が抜けるが、サリアの方は全く変わらない。それがサリアにとってアンジュに対する敵意を示す最大のアピールなのだったのだ。撃ち殺す気は無いものの、これを降ろしたらきっと今の自分を保てない。

 

「俺たち古の民はエンブリヲから世界を解放するために戦って来た。父さんや母さんは俺たちやマナが使えないノーマの為の世界を造ろうとして戦い……死んだ! 死んでいった仲間や両親も、全部ゴミだって言うんだな!? 君は!」

 

 タスクは、怒りのままにアンジュを睨みつけて乱暴な足取りでこの場から去って行く。アンジュはタスクを引き留めようとしたけれど上手い言葉が見つからず、タスクに伸ばしかけた手を力なく下げた。

 

「アンジュ……あんたは最低よ」

 

 サリアは吐き捨てるように最大の敵意を込めた視線でアンジュを睨んだ後、銃をホルダーに収めてこの場からゲシュペンストのコックピットに向かって去った。取り残されたアンジュは二人の背中を見送りながらも、己の言い放った言葉の意味を噛み締め、そして己の発言に後悔するのだった。苛立っていたとは言え、あのような事を言ったのは間違いなく失言でしかないし、言ってはならぬ言葉だったのだから。

 

 

 

 転移から2日目。空は灰色の雲に覆われ雨が降り注いでいた。まるでこの場に転移した4人の心境を表しているかのように。

 

 ヴィルキス周辺はテントに覆われてその中でタスクがヴィルキスの修理に勤しんでいた。アンジュはそこから少し離れた場所で物陰に隠れてタスクの姿を見ていた。

 

 悪い事を言った。アンジュ自身にそういう自覚はあったし、謝るべき事では有るのには間違いない。だが、アンジュは今の性格と立場上、まともに謝罪した事が殆ど無い上にタスクのあれ程の剣幕は見た事が無かったので怖くて声も掛けられなかった。

 

 事実、廃ビル内での朝食時は会話なんてものは殆ど無かった。サリアとタスクが黙って非常食を食し、リオスはそんなピリピリした状況に訳が分からず右往左往してきょろきょろと視線を忙しなく送っていて、一方ヴィヴィアンは呑気に眠っており、彼女の呑気さが羨ましく思わずには居られない。

 アンジュは表面上いつも通りの立ち振る舞いで朝食を食べたが、心の中は委縮し切っていた。

 

―――何だ。ムキになって幼稚なんだから。何時もは股間に顔を突っ込んだりと破廉恥な真似をしまくっている癖に。

 

 ……とまぁ強がってみるものの、心の安定は出来ないままである。何時か必ず謝らなければならないのは分かってはいるものの、タイミングが掴めずに居た。もう二度と口を利いてくれなければどうしよう、という恐れもあった。

 アンジュにとってタスクの存在が大きなものであるという事を、今のこの時痛感していた。

 

 タイミングが掴めず気晴らしに近くにある地下へと向かい、ぶらぶらと歩いてみる。どうやらここはショッピングモールのようで、様々な店が並んでいた。だが、どれも殆ど崩れたり、閉鎖されていたりと立ち入る事が出来ない。そんな中で一つ開いていた店を見かけた。そこはアクセサリーショップのようで、ブローチや、可愛いキーホルダーなどが陳列されていた。

 保管状態は幸い良いものが揃っており、錆びていたり欠損しているものが少なかった。これを見て、アンジュはふと、ヴィヴィアンが自分にした事を思い出した。あのヴィヴィアンと親しくなかった時はペロリーナとやらのキーホルダーをくれた。今でもそれはヴィルキスのコックピットにぶら下げられている。

 

 あれがヴィヴィアンたちに近付けられた一つの切欠だったのかも知れない。これと似たような事をする事で仲直りが簡単に出来るとは到底思えなかったが、これが一つの切欠になるのであれば。きっと謝るだけでは彼は許してくれるとは思えないから。

 

 そう思いついたアンジュはアクセサリーショップに駆け込んだ。タスクに似合うものを探して。

 

 

 

 言い過ぎたかも知れない。

 

 アンジュに悪気は無い事はタスクは作業を再開していた時には既に気付いていた。それは朝起きてからのアンジュの態度から何となく察する事が出来た。いつも通りにしようとしておいて妙によそよそしいと言うか、委縮していると言うか。

 アンジュはこちらに一切話しかけず、何処かへと行ってしまった。怯えられたか。

 

 けれども、自分が謝るなんてのは変な話で―――タスクは自分に出来る事に集中していた。ある意味意固地になっているのかも知れないと思いつつも、ヴィルキスのエンジンを修理していると、何かが反射し、鋭い光がタスクの眼に僅かに入った。

 光源は作業用の鉄骨に引っ掛けられたリングの付いたネックレスだった。そして視線をもう少し横にやると、そろそろと足を忍ばせて去ろうとしているアンジュの後ろ姿が。

 

「……アンジュ?」

「っ!」

 

 声を掛けるとアンジュの肩がピクリと動き、脚が止まった。そしてまるで叱られた子供のように肩を縮めて聞き取れるかどうか怪しいぐらいの小さな声でアンジュは言った。

 

「その……似合うかな、って……思って…………それだけ」

 

 彼女も彼女で反省しているようであった。それがその証なんだろう。それに彼女は立場や性格もあってきっと謝る事は殆どしたことが無いのだろう。そんな彼女にちゃんとした謝罪を急に求めるのは無理な相談だし、これが不器用な彼女なりの償いだとしたら。そう思うとタスクの頬が少し緩み、ネックレスを手に取り首に下げてアンジュの前に立った。

 

「どうかな?」

 

 アンジュはネックレスを掛けたタスクの姿を見て、恥ずかしげに視線を軽く逸らしてから「似合ってるんじゃない?」と少し素直じゃない言い方で褒める。

 タスク自身、このような経験が立場上まるで無かったし無骨な生活を続けていたこともあって少々憧れもあった。特に想いを寄せている少女に似合っているだなんて言われるのは冥利に尽きるというかなんというか。

 

「有難う。もう夕方だし疲れているだろう。ご飯にしよう」

 

 これで手打ちにしよう。そう思って背を向けて夕飯の準備をしようと思った矢先、アンジュが声を上げた。

 

「あのっ」

 

 少し上擦った声で、タスクはふと振り向くとアンジュが意を決した表情でタスクを見ていた。何だろうと思った矢先アンジュの口から意外なひと言が放たれた。

 

「あのっ……ごめん…………なさい」

「うぇえ!?」

 

 その上頭まで下げたと来た。タスクは驚愕のあまり変な声が出た挙句失礼な言葉まで出てしまった。

 

「君って、謝れたんだ!?」

「ちょっ何よソレ!」

 

 我ながら「おいおい」と言いたくなるような発言で、流石のアンジュも気分を害したかふくれっ面で反発した。

 自分がこれではアンジュを責められない。自分の迂闊な発言を呪いながらアンジュに近づいて手を差し出した。今度こそ、手打ちにしよう。そんな決意を込めて。

 

「俺こそ、きつく当たってごめん」

 

 アンジュはその手を握って握手する事で仲直りをしてこの件を済ませた。そして何事かと野次馬の如くやって来たヴィヴィアンにも。謝罪し、長い首に手を回してハグをする。

 それは、高飛車で世間知らずで素直じゃなかった少女が少し、大人になった瞬間であった。そして二人の仲直りを祝福するように空は晴れ、綺麗な夕日に染まっていた。

 

 ……だが、残り二人の心は未だに晴れずに居た。

 

 

 

 

「なんでアンジュに怒っているのか話してくれないから知らないが、許してやりな。ちゃんと反省、してるみたいだし」

「…………」

 

 一連の様子を物陰に隠れて見ていたリオスとサリアだったが、サリアは煮え切らない様子でアンジュを見ていた。まだ彼女とサリアの溝は深いまま。そして―――

 

「あんたも……アンジュなのね」

 

 そんな含みのあるような事をポツリと言ってサリアはゲシュペンストのコックピットへと向かって行った。その言葉にどんな意味が込められているのか。リオスは何となく察しては居たのだが、彼女の絶望がどれだけのものか。考えようとしてみたものの、自分が意識の外へと追いやろうとしている己の絶望が息を吹き返しそうな気がして、考えずにサリアの後ろ姿を見送る事しか今のリオスには出来なかった。

 

 

 3日目。寒気がしてタスクはヴィルキスの修理中にくしゃみをした。幸い、精密作業の真っ最中では無かったから助かったが、下手したらヴィルキスがおじゃんになってしまう可能性もあったのでタスクは思わずこのタイミングでくしゃみが出た事に安堵した。

 

 更に追い打ちを掛けるようにして冷たいものが肌に触れたので、ふと空を見上げると空は鉛色に再び染まっており、そこから白いものがふわり、ふわりと降ってきているのが見えた。―――あぁ雪だ。

 道理で寒い訳である。

 

 これでは手が悴んで作業処では無い。タスクが今の状況に顔を顰めていると、アンジュの声と羽が風を切る音がした。

 アンジュがヴィヴィアンに乗って探索していたのだ。一方でリオスは動けないセラフの代わりに量産型クラウドブレイカー改を駆ってサリアが乗ったゲシュペンストと共にアンジュと別行動で探索を行っている。

 

「タスク、凄いものを見つけたわ!」

「……?」

 

 アンジュはライダースーツの露出の多さ故にとても寒そうだったが、それ以上に喜色の色が見えた。一体何なのだろうかとタスクはアンジュと共に何を見つけたのか確認に向かう事にした。

 

 

「やはりどれもまともに機能しちゃいないか……」

 

 リオスたちが向かった先は様々な電化製品専門店が並ぶ街、所謂電気街と呼ばれる場所だった。何か使える物が無いかと探し回っていた訳だが、どれも経年劣化で使い物に成りはしない。当然か。500年も経てばこうもなろう。寧ろ500年経って無事に残っている方が奇跡な訳で……

 

「錆びてるわね」

 

 リオスが目を付けた電子レンジは外装自体が錆び切っていてまるで使えるような状態に無く、サリアは諦め混じりの感想を漏らす。

 ここ最近寒いので、リオスたちとしては出来れば温めるものぐらいは欲しい所である。特に外でヴィルキスの修理をしているタスクは寒い中で作業するというのは難儀する事間違いないだろう。

 

 これで何件目の店を回っただろうか。恐らく2桁はもう突入しているだろう。だが、この広大な電気街の中ではそれがごく一部でしかないというのが恐ろしい所である。日本でもいや、世界でも有数とされる規模の電気街だ。回って行けばきっと―――

 

「―――サリア?」

 

 暫く歩いていると、サリアが居ない事に気付いた。後ろを向けばとある店の前で足を止めて店の中を見ている。一体何が有るのだと気になってサリアの見ている店内を見てみると、そこには無数の服がハンガーで吊られていた。

 その服はただの服などでは無く、俗に言うコスプレ衣装という奴だった。

 そう、この電気街は電化製品だけでは無くサブカルチャー関連の店も非常に多く存在していたのである。

 

 リオスは顔を引き攣らせて、そう言えばサリアの趣味がそれだった事を思い出してしまった。記憶の淵に排除したつもりなのだが、またそれが湧いてくるとは思わなくて、リオスはどうしたものかと考えていた。

 サリアはリオスが訝しげにしている事に気付き、慌てて目を店から逸らす。

 

「……他の誰かに言ったら殺すわよ?」

「言いませんて」

 

 サリアは殺気を込めた目でリオスを睨んだ後、何事も無かったかのように振る舞った後で次の電気屋に向かって歩き出した。

 余程この事を知られたくないらしい。日本的にはコスプレ云々が恥ずかしい事だと基本的にはされるのだが、ハロウィン等と言った文化の存在する国からすれば「だからどうした?」な話らしい。まぁ、アルゼナルではハロウィンもクソもないので考えが日本的になってしまうのである。

 

「別にこの街じゃちょくちょく見かけたし別に何でもないと思うけど」

 

 リオスがそう言うと、前に出て早歩きで歩いているサリアの肩がピクリと動いた。まぁ、台詞とポーズ付きは痛いと言われても文句は言えないが。

 

 サリアにとってはリオスの話は魅力的なものだった。そもそも趣味を同じくする人間が殆ど居なかったという事もあったので猶更だ。まさにこの街は滅ぶ前は天国に等しい場所だったのだとサリアは想像する。まぁ今ではこの街は見るに堪えぬ惨状となっているが。

 

「リオス……貴方は私の……あれをどう思っているの?」

 

 ふと、サリアは口を開いた。リオスには後ろ姿しか見えないので、どんな顔をしているのか分からない。けれど、リオスに言える事はただ一つ。

 

「痛いよーお母さん痛いよー! 絆創膏持ってきてー!?」

 

 リオスは右の二の腕を左腕で抑えて、わざとらしい悲鳴を上げて見た。それにサリアは咄嗟に振り向き、いかにもキレていますと言わんばかりの表情でアサルトナイフを引き抜き、咄嗟にリオスの喉にに刃を突き付けた。

 

「ここで殺す!」

 

 その上物騒な言葉まで出て来たし、人を殺すような目をしていたのでリオスは焦るに焦った。

 

「あ、いや、その、冗談ですから。……すんません」

「冗談にして趣味悪いわよ!」

「ぐぉめぇんぬぁすぁあああああい!」

 

 必死の謝罪が功を奏して、サリアはついにナイフを収めた。それからリオスは真面目に答える事にした。

 

「俺は他人の趣味なんてどうでもいいと思ってるスタンスだから。他人の趣味云々は法にでも触れない限り文句を言うつもりは無いし、気にしてどうするって話だよ。まぁ人によっては引くだろうけどさ。だから―――気にしていないって事じゃないかね」

 

 まぁ台詞とポーズ付きは流石のリオスでも引きかけた。だが、見なければどうという事は無い。コスプレ趣味なんて無かった。いいね?

 

「……そう」

 

 返って来た返事は、それだけ。他のニュータイプ連中程第6感は強くないので彼女が何を考えているのかよくわからなかった。暫くの沈黙の中での店内の物色後、冷たい感触が肌に触れた。ふと、二人が空を見上げると空は深い鉛色に染まっており、そして燦々と雪が降り始めた。

 

「雪だ……」

 

 リオスは思わず呟く。雪をまともに見たのはキリマンジャロでの対ティターンズの決戦以来か。サリアは舞い落ちる雪を掌に載せてみるも、直ぐに水となって溶けていった。気が付けば吐き出す息も白くなっていた。

 サリアの服装はかなり露出が多いので、寒さには辛いだろうと思いたったリオスは量産型クラウドブレイカー改とゲシュペンストのもとへと走ると、コックピット内の通信機が鳴り響いていた。

 

 それはタスクから。アンジュが良いものを見つけたという報告だった。

 

 

 

 アンジュが見つけたものは、夢有羅布楽雅……なんて変な名前のホテルだった。

 

 タスク曰く奇跡的な保存状態であり、彼の言う通り電気はヴィルキスとかのものを使えばどれも直ぐに動くようになっていた。ベッドや風呂もあるし、少々汚れているとは言えそれなりに掃除すればすぐに使える状態だった。

 

「きっと名のある貴族のお城だったに違いないわ!」

 

 アンジュが喜色満面でそう言い放つが、リオスは今居るこの場所に対して顔を引き攣らせ、サリアは赤面していた。これ、ラ○ホじゃないか? なんて。

 リオスは悲しい男の性で知っていたが、何故アルゼナル組の中でサリアだけ知っていたのかと言うと、ヴィヴィアンには既にバレているのだが恋愛系の本を愛読していた所為である。逆に知らないアンジュは恐らく育ちからであろう。王族がそんなものを知って何になるという話でもある。タスクは立場上街には滅多に出られないし、ヴィヴィアンは最早論外だ。

 

 だがまぁ、今日の気温は相当低いので外で眠ったら凍え死ぬのは間違いあるまい。それにコックピット内は本当に寝心地が悪い。

 

 背に腹は代えられないと言う事か。気付かないふりをしていればどうでともなるというもの。……仕方あるまい。

 アンジュが真っ先にヴィヴィアンと共にシャワー室へと向かい、リオスは大きく溜息を吐いて口を開いた。

 

「……掃除、すっか」

「…………?」

 

 リオスの様子に訝しげに思いながらもタスクは頷き、二人で掃除を始めた。サリアも別の部屋のシャワー室を使っているので今、この場には居ない。ドラゴン1匹と2人の人間ではキツイを判断したか、それともアンジュと一緒なのが嫌なのか。

 掃除機を使って床の埃を吸っている最中、リオスはふと思いついた事をタスクに問うた。

 

「エンブリヲってさ……何なんだ? 何者なんだ?」

「……彼は文明の全てを影から掌握し世界を束ねる最高指導者。俺たちが倒すべき最大最強の敵」

 

 最大最強の敵。言われてみれば、彼の機体がこの世界を破壊したに等しいのだ。リオスにとってもあの黒いパラメイルとエンブリヲは仇敵ではある。だが、リオスには彼を憎むほどの気概も残っては居なかった。

 

「お前らはソイツを倒してどうするつもりなんだ?」

 

 リオスは掃除しながら問うと、タスクは至って真剣な表情で答えた。

 

「エンブリヲと戦って死んでいった仲間や両親の仇を討つのと同時に、ノーマを解放する。それが目的だよ」

「……そうか」

 

 ノーマが解放されても、必ずやいい方向へと向かうとは限らない。マナ社会から外れて生きる事は難しいだろう、アースノイドとスペースノイドの確執以上に根深いこの状況下。人間は自由を得たノーマを排除すべく総力を上げるだろう。

 

「エンブリヲを倒した所で、きっと人間の考えは変わらない。それどころかもっと悪い状態になるかも知れない。それでもやるのか?」

「……リオス、君は―――」

 

 タスクは言葉を詰まらせる。エンブリヲを倒すという考えに淀みが出た訳では無い。リオスの今の状態に、絶望に言葉を詰まらせたのだ。

 

「あの映像を見せられちゃ世界はそれでも変わりはしない。そう思っちまって無力感みたいなの感じるんだよ。喩え一時的に人間のノーマへの考えを変えさせられたとしても第二、第三のエンブリヲでも現れていく。そして再びノーマは弾圧され再びもとへと戻ってしまうってさ」

 

 その言葉の後、沈黙がこの場を支配した。シャワーの音が微かに聴こえて来る。暫く両者は険しい表情で沈黙の中で目の前の部屋の中々取れない汚れと睨み合った後、タスクは意を決したように口を開いた。

 

「……だとしても俺は諦めないよ。生きている限りは幾らでも流れに抗って抗って抗い続ける」

 

 タスクの意を決したその表情がリオスには眩しく見えた。きっと、この世界に跳ばずにラー・カイラム隊の一員として戦っていればそうも思っていたのかも知れない。けれど現実は……現実を目の当たりにして絶望している自分が居る。

 タスクのやっている事も無駄だと嗤う事も出来るが、それは流石に出来なかった。

 

「出来るといいな。リベルタス」

 

 それは厭味では無く、本心で出た言葉。きっとタスクに伝わっては居ないだろうが―――

 

「……ごめん」

「謝んな。これでも一応、本心のつもりだからさ」

 

 やはりタスクには厭味に聴こえたらしかった。タスクが対峙しているこびりついた大きな汚れは取れはしたのだが、リオスが対峙した汚れは取れないまま、リオスは様々な意味を込めて大きなため息を吐くのだった……

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