クロスアンジュ イレギュラーと熾天使の輪舞 作:ヌオー来訪者
管理者「ファッ!?」
アグレッサー事件とか色々考えて大破壊の年号が変わりました。……流石に短すぎますしね。
あの後、サラマンディーネに連れられて長い廊下を歩かされた。前方にはサラマンディーネ。しんがりに二人の女性兵士が居るので脱走しようなら忽ち薙刀の錆になるだろう。リオスは少々冷や汗を流しつつ、タスクたちと共にサラマンディーネの誘導に従う。
悪いようにはしないとあのごつい男は言っていたが、あちら側も相当意見が分かれているらしい。良くて牢獄は覚悟しておいた方が良いだろう。あれから連れ去られたヴィヴィアンや、H-1の行方が心配ではあるが、まずは己の安全を確保しなければどうしようもならない。だが、案内される直前全ての武器は没収されてしまった。
それに今更ながら気付いたが、ここに居る女性たちは皆背中に羽。臀部に尻尾を生やしている。相手がどれだけの力を持っているか分からない為迂闊な行動は死に繋がる。それともう一つ気になった事がある。
男性がここに来て二人しか見当たらなかったという事だ。アルス・レイと有隆隊長以外男が見当たらない。
―――他に男は居ないってのか?
別に男色家でも何でもないのだが、幾らなんでも少なすぎる男性の数に違和感を感じてそう思ったのだが、その答えを今すぐ訊く必要は特に有るまい。そんなことより自分たちが如何にして生き延びるかを考えなければならない。サラマンディーネが生かしてくれているのだが安心してはいられない。何時か用済みとして殺される可能性も十二分に存在するのだ。
キシキシと木製の床特有の軋む音を聴きながら、リオスは思案する。そんな事など露知らずサラマンディーネは一室の扉の前で足を止めて、丁寧な仕草で横開きの扉を開けた。その姿は無駄なく丁寧かつ流麗で育ちの良さが見て取れる。それでありながらあの化け物機体を操るのだと言うのだから恐ろしいものである。開けられた部屋の先まで案内されると、リオスは顔を顰めた。
牢獄にしてはロックも厳重には見えないし、寧ろここは客へのおもてなしをするような、そんな場所にリオスには思えた。明らかに職人技で造られたようなベッドや箪笥とベッドの上に敷かれた暖かそうな布団、急須や畳もある。まさに和風という言葉が良く似合うような、そんな部屋である。
リオスたちが呆気に取られて部屋を見渡している内に、サラマンディーネが女性兵士たちをこの部屋から下がらせた。勿論、異を唱えこそしたものの、サラマンディーネが妖しげな笑みを浮かべると、まるで蛇に睨まれた蛙の如く一瞬硬直して恐怖の色を見せてからそそくさと部屋から出ていった。
「……牢獄にしては随分洒落ているわね」
アンジュがサラマンディーネ以外のこの場に居る者皆が思っている事を口にする。すると、サラマンディーネは答えた。
「あなた方を捕虜扱いするつもりはありません」
その発言に思わず4人は眼を見開いた。あまりにも解せない対応に何か裏があるのではと勘繰らずにはいられない。そんな世界で生きて来た4人だから、猶更。
「シルフィスのあの娘とも、治療が終われば直ぐ会えます。あなた方達の機体も責任を以て修理させて戴きますので―――」
そんなことをにこやかに言い放つものだから、皆唖然とするのであった。シルフィスのあの娘というのは間違いなくヴィヴィアンの事だろう。治療する要素があるのかと疑問に感じるも今は気にしないでおくこととする。
絶対に裏があると4人の誰もが思った。こんな至れり尽くせりな事があってたまるかと。 後で「騙して悪いが」と言わんばかりに対価として何かを搾取するんじゃないかと。何を搾取するのかと問われても、今のリオスたちの手元には何もないがために搾取できるようなものは何もありはしないのだが。
「さ、此方へ」
サラマンディーネの案内を受けて、若干ヤケクソになりつつも4人は誘導に従うのだった。
/
これが茶道、というものなのだろうか。
リオスは畳の上に差し出された高価そうな茶碗に入れられた緑色の液体と睨めっこを始める。
案内された先は畳の上。4人は履物を脱いで正座で座り、4人の分が差し出されるまで待った。サリアは少々訝しげな眼で差し出された緑色の液体を見ていた。こういうのは見た事がないのだろうか? まぁリオス自身も最初見た時は驚いたものだし、茶道自体テレビでしか見た事がないのでこういうのは新鮮に思えた。だが、作法が若干おかしいように見えたのは気のせいだろうか。……気にしたら負けなのかも知れないが。
「何の真似?」
相変わらず敵意と言うか尖がった空気を絶やさぬアンジュ。それにもう慣れたのか、元から屁とも思っていないのか分からないが、サラマンディーネは余裕の表情を崩しはしなかった。
「長旅でお疲れでしょう?」
これ程変な感じ。という感想が良く似合うような状況は無いだろう。この地に居る人間の偉い人数人が危険だと処分しろと抜かしたと言うのに、彼女は歓迎する姿勢でいる。人を信じない、というのも宜しくないが簡単に騙されると言うのもおかしな話だ。
数秒間の沈黙の後、空気を換変えようとタスクが口を開いた。
「俺の名はタスク。アンジュの騎士で、赤い機体クラウドブレイカーのライダーをやっている」
ヴィルキスの騎士では無いのかとサリアは眼を見開いて、タスクの方を見るが、タスクは大真面目にそう言っているものだから、サリアは色々察した。
まさかこの二人は……
リオスに視線を送ると、そうだと言わんばかりに頷き大きく溜息を吐いた。その溜息の込められているのは嘆きか、それとも諦めか。それは本人のみぞ知る。
タスクの自己紹介にサリアとリオスも続いた。
「私はサリア。ゲシュペンストのライダーをやっているわ」
「俺はリオス……ナインボール=セラフのパイロットをしている。信じてくれるか分からないがUCE所属だ」
そう言うと、サラマンディーネが口を片手で抑えて驚いたような仕草を見せた。
「まぁ……アルス殿たちと同じ軍隊の所属でしたのね」
アルス・レイ。彼らが何者なのか気になる所だったが、それより前に知らなくてはならない事がある。リオスは知的欲求を抑えつつ、口を開いた。
「幾つか質問があるのですが、宜しいでしょうか?」
「えぇ、どうぞ。リオス殿」
サラマンディーネの許可を受けて、リオスは口にする言葉に失言が無いか吟味してから質問を始めた。
「俺の知る限りではドラゴンは地球に居なかった。貴女たちは何者だ? 宇宙から来たとでも言うのか? 俺の知る限り、人間には尻尾や羽とか無い筈」
答えは直ぐに返って来た。
「いいえ。私たちは人間ですわ。嘗ては羽も尻尾も有りませんでした……が」
つまり、突然変異せざるを得ない状態に人類は追い込まれたという事か。ドラグニウム自体相当危険な物質らしく、以前ひまわりが見せた映像で分かった事だが文明が崩壊した程のダメージを地球全土が受けた事になる。リオスは質問を変えて続ける。
「そして、もう一つ。ゲート……貴方たち側からすれば特異点? と言うのか。アレを介してアルゼナルに攻めて来た訳ですが……マナのある地球とこの地球の関係は何だ? 惑星の名前が一致していると言うのは偶然にしては出来過ぎているような。そんな気がしますが」
そう言うと、一つ間を置いてからサラマンディーネは口を開いた。
「平行世界。という物をご存じですか?」
「平行世界ってよくSF小説で出て来るような奴ですか?」
サリアの問いにサラマンディーネは頷いた。それと同時にリオスはエンブリヲが言って居た事を思い出した。奴は『アナザーセンチュリーズエピソード』と洒落て言っていたのだが……
「この地球の一部の人間が、この地球を捨てて別の地球に移った……それがタスク殿たちの地球です」
随分と大それた大移民な事だ。平行世界に飛んでまで地球を捨てるとは相当切羽詰まっていたのだろう。まぁE2とかオーラマシン、ボソンジャンプだの色々とトンデモ科学が発展していた時代だ。数十年経って平行世界に行ける技術が確立されても何らおかしくはないだろう。
「―――大破壊」
サリアがお茶と睨めっこしながら言うと、サラマンディーネは再び頷いた。
「度重なる戦争と汚染により、一部の者は宇宙へと旅立ち、一部の者は平行世界へと旅立ちました。ここへと戻って来た者達は少々事情が異なるのですが―――」
事情が異なるとはどういう事なのか。リオスは長考に入るとアンジュが差し出された茶碗を手に取り、お茶を一気飲みしてから口を開いた。
「つまりは―――貴女がここに居て地球が二つあるって事はッ!」
そう言うや否や茶碗を壁に向けて乱暴に投げつけた。投げつけられた茶碗は壁に衝突して呆気なく砕け散り、破片が飛び散る。それが少々勿体ないなと思っている暇がリオスたちには無かった。
アンジュは近場に落ちた手ごろな破片を拾い上げてサラマンディーネの背後に回り込んでから首筋に破片の尖がった部分を突き付けた。
「アンジュおい馬鹿お前っ!」
まだ情報が得られていないと言うのに迂闊だ。アルゼナルに戻ってモモカたちの安否を知りたいのは分かるがあまりにも性急過ぎるが故にリオスも、サリアも、タスクも焦り、真っ先に目論見が潰されたリオスは声を荒げて叫んだもののアンジュの耳には届かないし、もう遅い。
「帰る方法があるって事よね!?」
アンジュのスタンドプレー好きには辟易する。冒険するのは勝手だがこちらを巻き込まないで頂きたいとリオスは苛立ち、タスクとサリアは呆れて物が言えないし頭痛も覚えた。
勿論、女性兵士たちがそれに気づかない訳が無い。二人とも電光石火の如く扉を乱暴にあけて此方へと走り寄り其々武器を構える。……失敗すれば間違いなく4人共々処刑待ったなしだ。
「近寄れば命は無いわ!」
アンジュも威嚇して二人の女性兵士を睨みつける。そして、遅れてアルスがこの部屋に飛び込んできた。
「これは―――ッ!」
あまりの展開に絶句するアルスだが、リオスは無抵抗を示す様に両手を上げ、更に呆れたように首を横に振る。あまりにアンジュとリオスの行動がかけ離れていた為に、アルスは凄まじく困惑して呆気に取られてしまったが、直ぐにハンドガンを引き抜いてアンジュに銃口を向けた。
「……サラマンディーネさんを離せ」
「撃てば命は無いわ」
「貴方はっ―――!」
アルスが声を荒げようとしたその時だった。全く顔色を変えずに座って人質にされていたサラマンディーネが口を開いた。
「帰って、どうすると言うのです?」
アンジュは答えに困り、畳みかけるようにサラマンディーネは続ける。
「待っているのは機械に乗って我が同胞を殺す日々。それがそんなに恋しいのですか?」
「ッ―――黙って」
アンジュの動きに少々揺らぎが出る。サラマンディーネという女。本当に底が知れないものだとリオスたち3人は思った。やられない、という自信が彼女の瞳の奥に宿っているように見える。
「偽りの地球、偽りの民、そして偽りの戦い。貴女たちは何も知らなさすぎる」
だから情報が欲しかったのだ。リオスとタスク、サリアとしては。サリアは脳筋めと心の中でアンジュを詰った。
そしてスッと、首筋から刺される事を全く恐れず脇に置いていた太刀を手に取って立ち上がった。あまりの予想外の行動にアンジュはたじろいで尻餅をついてサラマンディーネの首筋から凶器を離してしまう。
「参りましょう。真実を見せて差し上げます。アルス殿、リオス殿と共に来てください」
そう言って勝手に外へと出ていくサラマンディーネをアンジュは追って行く。これではどちらが優勢か分かったものではない。リオスはアルスに連れられて、サラマンディーネと同行する事にする。そして―――
「ナーガ、カナメ。留守を頼みましたわよ」
そう言い残してサラマンディーネは部屋から出て行き、アンジュは慌てて己の優勢を保とうと破片を無理に突きつけようとするも、先ほどのように上手くは行かず、そんな彼女の様子を見てリオスはアルスに謝った。
「なんか……色々すんません」
「あ、ははは……いえいえ……」
アルスは苦笑いして返す。彼は悪人と言う感じはしないが、まだ判断材料として足りないものが多い。けれど第一印象としては悪いものでは無く、どちらかと言えば押しが少し弱い青年という印象であった。
/
連れられた先は以前湖で発見した暁ノ御柱とは別の場所にある暁ノ御柱だった。状態はやはり半壊だったが、湖にあったもの程酷くはないように見えた。リオスたち4人は大型ドラゴンの頭に乗って移動している間にリオスは気になった事をアルスに問うた。
「なぁ、お前さんUCE所属と聞いたけれど、まだUCEはあるのか?」
「昔はありました。ですが、大破壊の時に組織が維持出来ないレベルにまで施設も人員も戦争で消し飛んだらしいのですが」
「―――らしい?」
リオスは怪訝な表情で問う。では何故UCE系列の制服を着ているのか説明がつかない。その答えは直ぐにアルスが教えてくれた。
「話せば長くなるんですが、一言で言うなら僕たちはウラシマタロウという奴です」
「ウラシマ、タロウ?」
浦島太郎の名前が出たと言う事は、彼も時間に置き去りにされたと言う事なのだろうか。アルスは一瞬思考に耽ったリオスを意味が通じていないと取ったのだろう。補足するように『ウラシマ効果はご存知ですか?』と言った。その言葉でリオスも合点が行き、即座に謝罪した。
「すまん」
「いえ。もう慣れました。こうなる事は行くときから覚悟していましたから。それにまだ人はこの地球には居るんですから」
ウラシマ効果という事は彼は宇宙にでも行っていたのだろうか。まさか竜宮城にでも行っていた訳でもあるまい。
「宇宙に、行ってたのか」
「……えぇ。地球にアグレッサーと呼ばれる外宇宙からの敵性物体が侵攻してきた事件なんですがご存じないんですか?」
知る訳が無い。45年にはそんな大それた侵略者がやってきた記録は無い。知る限り外宇宙からやって来た敵はグラドスやポセイダルぐらいだ。
「統一地球歴45年以降この世界がどうなったのか俺は知らないんだよ。量産型クラウドブレイカーの型式見たら分かる。すっごく古い奴だから」
「一体どうして……」
「俺も知らん。気付いたらアルゼナルに流れ着いていた」
アルスは困惑気味にボソンジャンプの可能性を考えたが、あれはイメージが無ければ跳べない筈だ。しかも平行世界に跳んだという事例もアルスの世代には無かった。越えられるのは精々時間ぐらいだ。
「
「71年。父親の世代からです。先遣隊自体は地球本土で戦闘を行っていましたが……彼らの本隊を潰すべく僕らの世代が宇宙へ向かったんです。作戦終了後、帰還したのですが―――」
「帰ったら地球がズタボロになっていた……と」
リオスは合点が行ったように頷いてから、一番聞きたい事を問うた。
「アムロ・レイという人の事を知っているか?」
「祖父が……どうかしたんですか?」
アルスは怪訝な表情で何故そんな事を問うのかと聞くが、リオスは大きく溜息を吐いた。やはり血筋の者だったか。何となく似ていると思っていたのだ。
「45年だ。察してくれ」
「……まさか祖父と同じ―――」
「元、ラー・カイラム隊だ」
アルスが驚きの余り目を見開いていると、乗っていたドラゴンが急降下を始めた。会話をしていたリオスとアルスは慌ててドラゴンの角に強くしがみ付いて落ちてたまるかと歯を食いしばった。
「敵と仲良くなってどうするつもり?」
暁ノ御柱……サラマンディーネ曰くアウラの塔と呼ばれている旧ドラグニウム精製施設である場所の前でドラゴンから降り立って所でアンジュが若干苛立ちながらリオスを睨みつけてきた。アンジュはサラマンディーネから帰る方法を聞き出してアルゼナルに戻る気満々である。彼女がドラゴンを殺しに行きたいという欲求があるとはドラゴンの正体を知った際の反応からして無いとは思うのだが。
彼女はどうする気なのだろうか。リベルタスに参加せずに居場所のない向こうの世界でどうする気なのだろうか。ヒルダたちが心配なのは分かるが、ジルがアンジュを放って置くとは到底思えない。リオスはアンジュの問いに答えないまま、アウラの塔の中へ4人は足を運んだ。
中はやはり破壊されて相当時間が経っているようで薄暗く、空気も淀んでいた。一部隔壁などが崩れて瓦礫が足場にごろごろと転がっており、辛うじて歩ける程度に整備されているのが現状であった。
「所でドラグニウムって、何なんです?」
歩いている間、話題も無く、薄暗い通路を支配していた沈黙をリオスの質問が破る。通路には生気も感じられず、何もかもが終わった場所という事を嫌でも実感させられる。過去の事については考えたくないのに考えてしまい、知りたくないのに知ろうとしてしまっているのはやはり、過去に戻る事に執着しているからか、それとも世代が違えど同じ人間に出会ってしまったからか。
「ドラグニウム……統一地球歴が始まり1世紀が経過した際に発見された強大なエネルギーを持つ超対称性粒子の一種」
サラマンディーネは解説しながら、つき当たりに置かれたエレベーターのコンソールを操作し始めて、3人はエレベーターの上に乗るとゆっくりとエレベーターは下へと降りて行った。どうやら、このエレベーターは新しく作り直しているようで所々新しい部分が見受けられた。エレベーターが高い駆動音を立てて降りゆく中でサラマンディーネは続ける。
「世界を照らす筈だったその存在は、直ぐに戦争に投入されました。そして環境汚染、民族対立、貧困、格差、1世紀以上に渡るUCEの圧政と腐敗、外宇宙からの侵略者。それらが積み重なった結果―――人類社会は、文明は滅んだのです」
性懲りもなく100年経とうとメビウスの環の中で円舞曲を踊り続ける。夢のようなエネルギーだろうと殺しに利用出来るのならば何でも使う。そう思うとリオスは気分が悪くなった。
「そんな地球の見切りをつけた一部の人間たちは新天地を求めて旅立ちました」
「……今更、だな」
失う寸前、若しくはその後で事の重要性に気付くのは殆どの人間にある事だ。リオスもその一人でもある。失敗はただ受け入れて次の糧とする。それが人の成すべき事だと思いはしているが、今回の件はあまりにも、それが遅すぎた。
リオスは諦めの籠った呟きを放った後で、アルスは思う事があったのか俯いて、拳を固めて歯を食いしばった。
「地球にはまだ多くの人間が残されていました。しかし、汚された地球から宇宙に逃げようにも、宇宙へと繋がるマスドライバー等の施設も、宇宙と地球を行き来できた艦も戦争で全て破壊され、それを再建する余力も時間も残された人類にはありませんでした。更に一部の人間は地下へと逃げ込みましたが、皆地下に逃げる事が出来た訳ではありません。地上に残された者たちは汚染の中で生きるしか術はなく、ある一つの決断を下しました。―――自らの身体を作り変え、環境に適応する事を」
最下層と思われるフロアまで降り立った所でエレベーターが音を立てて停止した。辿り着いた先は灯り一つも無い真っ暗闇。アルスは持ってきた大型の懐中電灯で暗闇を照らすと、破壊されたただ広く何もない光景が広がっていた。
「作り……変える?」
アンジュは訳が分からず、首を傾げた。
「そう、遺伝子操作によって生態系ごと」
サラマンディーネの一言でリオスは遺伝子操作された人間たちを思い出した。火星の後継者の構成員は遺伝子操作を受けていた。そして味方にも方向性は若干違えど遺伝子操作を受けた人間が居た。だが、生態系ごと作り変えるという事例は聞いた事が無い。ある意味それはタブーに近い行為だ。だが……逃げ場が無い以上仕方が無かったのだろう。
しかしここは一体何処なのだろうか? 見た所何もないし、ただ暗く埃っぽくて黴臭いだけのただっ広い部屋だ。
「ここに、アウラが居たのです」
アウラ。人名なのだろうかと疑問に思っていると、サラマンディーネはリオスとアンジュの手を取った。
「「!?」」
余りの突然な事にアンジュとリオスは驚くも、それ以上に驚くべき光景が目の前に映っていた。眼前に先ほど乗って来た奴以上に巨大で光り輝く白いドラゴンが突如として現れたのだから。
雄叫びを上げて二つに顎が分かれて二枚舌と牙を露わにする。その光景に気圧されてリオスは反射的に身の危険を感じて掴まれていない腕で己の顔を庇ったが、特に何もされなかった。
「アウラ。汚染された世界に適応する為自らの肉体を改造した偉大なる始祖。貴方たちの言葉を使うならば『最初のドラゴン』、ですね」
説明すると、先ほどのアウラと呼ばれたドラゴンが消え失せて地下だったはずの場所が青空の下の地上へと変わっていた。だが、明らかに自然の物ではない紫色の鉱石が所々に見当たり、それが奇異に見えた。
「私たちは罪深き人々の重ねて来た歴史を受け入れ、贖罪と浄化のために生きる事を決めたのです。アウラと共に」
景色が変わって空から見た地上へと変わり、自分が空で浮いているような感覚をアンジュとリオスは覚えたが、それが虚像である事に気付き、気を落ち着かせる。真下には大型ドラゴンが紫色の鉱石をバリバリむしゃむしゃと食していた。鉱石を喰らうドラゴン。そんな光景に気が遠くなりかけたが直ぐに気を取り直して、サラマンディーネの話を聞き続けた。
「男たちは巨大なドラゴンの姿へと変え、その身を汚れた地球の浄化のために捧げた」
「浄化?」
アンジュが疑問符を浮かべて問う。その様はサラマンディーネが人質である事をまるで忘れているかのようである。
サラマンディーネの視線の先には紫色の鉱石をバリバリむしゃむしゃ喰らっている黒い大型ドラゴンの姿。あれが浄化だとでも言うのだろうかとリオスは思ったのだが、あの紫色の鉱石がドラグニウムならば説明は付く。
「ドラグニウムを取り込み、体内で安定化した結晶に変えているのです。女たちは時に姿を変えて男たちと共に働き、時が来れば子を宿し、産み育てる。アウラと共に私たちは浄化と再生への道へと歩み始めたのです」
なら良いではないか。そうリオスはてっきり思ったのだが事はそう簡単では無かった。
「ですが、アウラはもう
「……居ないって、まさか亡くなったのか?」
リオスの問いにサラマンディーネは首を横に振って答えた。
「連れ去られたのです。ドラグニウムを発見し、ラグナメイル、そして地下世界を生み出し、文明を破壊し、捨てた。全ての元凶『エンブリヲ』によって―――」
再び景色が切り替わり、街が燃え広がる炎の中へと姿を変える。そんな中でリオスたちを襲撃して来た赤い機動兵器を黒くしたものが何機も燃え広がる街の中を歩き、上空で黒いパラメイルの肩に乗ったエンブリヲがそれを見て微笑んでいた。微笑む顔は美しいがリオスにはそれが邪悪に見えた。
アウラが光る球体に閉じ込められて、付近に形成されたゲートに持っていかれて消えていく。その途中で黒いナインボール=セラフの姿もあった。
まさか―――セラフはエンブリヲの兵器だったのか?
リオスは茫然自失と化した様子で、まるでフリーズしたPCのように動きを止める。元の真っ暗な室内へと戻るがリオスは動かないままだった。
だが、黒いセラフに攻撃されたし、赤い機動兵器にイレギュラーとも呼ばれて破壊寸前にまで追い込まれた筈。何がどうなっている?
リオスの頭は軽く混乱してパニックになった。
―――問わねばなるまい。
何故アルゼナルに居て、自分と共に戦ったのかを。その戦いの果てに何を得ようとしているのかを。
「貴女たちの世界はどんな力で世界を動かしているか知っていますか?」
リオスが我に返って気を取り直した所でサラマンディーネの質問が耳に入った。問う相手はアンジュでリオスでは無いようだ。
「えっ……マナの光よ」
困惑しながらアンジュが答えるとサラマンディーネは更に問いかける。
「そのエネルギーの根源は?」
「マナの光は無限に生み出される―――まさか!?」
アンジュは察したか、あっと驚いたような顔を見せた。その為のアウラだとでも言うのか。
「マナの光、理想郷、魔法の世界。それを支えているのはアウラが放つ、ドラグニウムのエネルギーなのです」
サラマンディーネに言われてリオスは遅れて漸く分かった。成程電池にするとは見上げた根性だが、褒める気にはなれなかった。
「ですが、エネルギーはいずれ尽き、補充する必要がある。ドラゴンを殺し、結晶化したドラグニウムを取り出し、アウラに与える必要があるのです。それは貴女たちの戦い。貴女たちが命を懸けていた戦いの真実です」
成程自分たちはまんまを利用された訳か。リオスは軽く舌打ちした。また良いように扱われた訳だ。E2の件と言い今回の件と言い。
そして自分たちがやっていたのは正真正銘の戦争だった訳だ。
「世界のエネルギーを維持する為、私たちの仲間は殺されて心臓を抉られ結晶化したドラグニウムを取り出された」
エネルギーを体よく取って来てくれるパシリとしてさぞかしノーマは扱い易かっただろう。全く以て反吐が出る。
リオスの胸の奥に苛立ちが募り始める。文明にトドメ刺した張本人に良いように扱われたのだ。エンブリヲのスカしたあの顔をグーで泣くまでぶん殴りたくなる衝動に駆られるというもの。
「分かって戴けましたか? 偽りの地球。偽りの人間、そして―――偽りの戦いと言ったその意味を。それでも。偽りの世界に帰りますか?」
その質問にアンジュは険しい顔をして即答で返した。
「当然でしょう? 貴方の話が全部本当だとしても私の世界はあっちよ」
「―――でも、お前戻ってどうする? リベルタスを放棄して間違いなくジルはお前を敵視なりしているだろうよ。喩えヒルダやモモカたちに会いに行けてもお前ジルのもとでまた戦えるのか?」
アンジュの発言にリオスは口を挟みアンジュは一瞬返答に困った。自分の居場所などあちらの世界にはありはしないのだ。彼女らに会いたい気持ちは分かるがそれを放棄したのはアンジュ自身だ。……言っては悪いが身から出た錆である。
結構意地の悪いもの言いをしたのは分かっているし、モモカたちをこのまま放って置く気もリオス自身にも毛頭も無い。シエナの無事だって確認したいのだ。
そのためにはドラゴンと組む必要がある。
だが―――ドラゴンと組むという事にもリオス自身抵抗があった。理屈では組むべきなのだろうが、心の何処かでそれを阻害しているのだ。
理屈では消せない痛み。それがあちらも、ドラゴンたちも感じているのは分かっているけれど、まるでこの世の終わりのような顔をし、それからドラゴンへの憎しみを露わにしたミランダや、ゾーラ隊長を失って泣いていたロザリーたちの姿を思い出してしまう。
全くこのザマじゃアンジュの事を笑えないではないか。リオスは自嘲気味に己を笑うと、口を開いた。
「でも理屈じゃぁ、アンタたちと組んで皆の安否を確認しに行くのが正解なのかも知れないけれど。それをするのは心の何処かで抵抗がある。アルゼナルを消し飛ばし、こちとら沢山の仲間を失った。戦争だと割り切ってしまえば簡単だよ。けれど……理屈では割り切れない。割り切れやしないと思う」
「許しは請いません。アウラ奪還の大きな妨げだと考えての行動です。そしてそれは私たちの世界を守る為」
そんな事を言うサラマンディーネに、アンジュは耐え切れず怒りに任せて手持ちの破片を以て飛び掛かった。
「ふざけるな!」
だが、手持ちの破片はいともたやすくアルスのハンドガンで撃ち貫かれ、破片は最早凶器として扱えないぐらいにバラバラに砕けて、銃弾と破片が当たった衝撃で手から完全に離れた。
「―――なっ」
ライトがあるとは言え通常より視界が狭いのに何と言う狙撃力だ。アンジュは歯噛みしながらアルスを睨む。それにアルスは怯まず睨み返した。
「もし、貴女が私と同じ立場ならば同じ選択をしたのではないですか? 皇女アンジュリーゼ」
異世界の人間に自分の本名を言われた事に驚きを隠せずアンジュは驚きのあまり眼を見開く。
「貴女の事はよく聞いていました。リザーディアから……いや、近衛長官リィザ・ランドック、と言えば分かりますか?」
案外アンジュのやる事に腹に据えかねていたのか挑発的に言うが、リオスには何が何だかさっぱり分からなかった。だが、どうやらリィザという人間を知っていたらしいアンジュの顔は怒りに染まり切り―――
「馬鹿にしてぇ!」
アンジュはサラマンディーネに向かって再度走り出した。アルスは慌ててアンジュの太腿をハンドガンで撃ち貫こうとしたものの、サラマンディーネはそれを手で制してから簡単にいなしてしまい、アイキドーめいた護身術でアンジュを拘束した。
リオスはそれを茫然と見守るしか出来なかった。こちとら命が惜しかったこともあるし、アルスとサラマンディーネを一遍に相手をする事など自殺行為に等しいものだと恐れていたこともあった。そして彼女からは殺気も感じられなかった。
そして拘束でアンジュは苦しみ暫くして意識を途絶えさせてしまった。リオスは恐る恐るサラマンディーネに問う。
「死んで、ない……すよ、ね?」
「えぇ。殺すつもりはありませんと言いましたもの」
事も無げにそう言い放つサラマンディーネにリオスはホッと胸を撫で下ろすのであった……それにしても―――サラマンディーネ、ゾーラやヒルダ、サリアとは別ベクトルでおっかない女であると気絶したアンジュを背負ってサラマンディーネたちと共にアウラの塔から出ていく途中でリオスは思うのだった。
クワトロ「シャア・アズナブルという人の事を知っているかな?」
???「知らないよッ!」
クワトロ「(無言の腹パンラッシュ)」
???「ぼ、暴力はいけない……!」
アグレッサー。ACERで登場した正体不明のナニカ。原作ゲームでは名前しか登場していない。本作に於けるアグレッサーは『トップをねらえ!』の宇宙怪獣めいたものだと想像して戴ければ分かりやすいです。
突撃艦隊は一種の銀河中心殴り込み艦隊みたいなものですね。
適当にこちらの世界の年表をば。暫定的に造ったものなので変更が入るかも。まぁ料理で言うパセリのようなものですから流しで読んで下さいな。読まなくても構いませんし色々ガバガバでしょうから……
:45年 第三次地球圏大戦(一次と二次はFG及び初代ナデシコ等に相当)終結。リリーナ・ピースクラフト代表ラー・カイラム隊のシャトル襲撃事件の全責任を背負わされて更迭。ラー・カイラム隊、解散。
:47年 ラプラス戦争及びクシュリナーダ事件勃発により、シャトル破壊で悪名高いラー・カイラム隊再編。これが第四次地球圏大戦に相当。アルスの父親はこの時期に誕生している。
:55年 腐敗したUCEに対して秘密結社マフティーが蜂起。マフティー動乱が勃発。鎮圧に時間こそ掛らず、これによりスペースノイドへの圧制がさらに悪化。
:71年 正体不明の外宇宙から地球圏へと襲来してきた物体『アグレッサー』と交戦。圧倒的物量に苦戦しコロニー側に救援を求めるもボイコットされUCEは大きな損害を負う。これを機に地球防衛計画の母体であるAGプロジェクトが始動するようになる。EOT使用兵器やフォーミュラ計画、アークプロジェクトが後々世に出る事となる。
:73年 アルス誕生。
:75年 計画の実験台にスペースノイドが犠牲になるなどUCEの一部の横暴な行動に痺れを切らしたコロニー側が蜂起。第5次地球圏大戦の幕開けとなる。アグレッサーの襲撃により休戦協定が結ばれるが小競り合いは続く。
:93年 対アグレッサー本隊への突撃艦隊にアルス参加。晴れてガンアークのパイロットとなり地球圏から出発(水面下ではNTの家系を地球圏外から放り出すという目論見もあった模様)
:95年 地球側の必要以上の武装に対する不安、そして再び強化されるコロニーへの圧政に対し第六次地球圏大戦勃発。対アグレッサーに使われる筈の兵器も使用され、それの影響でこの戦争で地上は大きく荒廃かつ汚染し地下都市の建造及びコロニーへの高跳びを余儀なくされる。尚、コロニー側はアースノイドの受け入れを拒否、若しくはアースノイドの受け入れを行った友好的なコロニーに制裁を加えたりしている。
:101年 コロニーとUCEの対立は沈静化し、この時期にドラグニウムが生み出される。
:115年 コロニーとUCE関係なく結成された反UCEとUCE側による第七次地球圏大戦勃発。発生の裏側に企業連が関わっているという噂があるが真偽は不明。生物兵器やEOT、ガーディアン、再び造られたE2そのものが戦争に使用される。
:121年 度重なる動乱の果てに『大破壊』と呼ばれる事件が発生。ラグナメイルの使用やドラグニウムの爆発により文明は崩壊。裕福層などの一部は地下に逃げ込み、それ以外は地球に取り残されてしまう羽目となる。