守りたい、ただそれだけ(本編完結) 作:ディニクティス提督(旧紅椿の芽)
「…………少しいいかしら?」
「鍵は開いてる。問題ない」
現在午後十一時。横では一夏がぐっすりと眠っている。そんな時に静かに鳴るノックの音。俺はその主を自室へと招き入れた。
「あんたは…………」
入ってきた主は更識楯無、生徒会長だった。一体何のようだ? それもこんな時間に。何かあるんだったら手短にしてもらいたい上に、静かにしてほしい。一夏が起きちまうだろ。布団の一部を抱くようにして眠る姿は保護欲をそそられてしまう。
「ごめんなさいね、こんな時間に」
「用件は? その様子からすると俺だけだろ?」
「ええ、そうよ。付いてきてもらえるかな?」
「仕方ねえ。どのみち拒否してもいいことなさそうだしな」
そうして俺は生徒会長に引き連れられ、部屋を出る。今晩寝るのは無理かもな。
「…………ごめんなさい」
「何が? 話が見えないんだが」
「今日の事よ…………私はこの学園の生徒会長であり、国家代表で専用機持ちなのよ。なのに襲撃に何もできず、あなた達に任せてしまった…………危険に晒してしまったこと、謝るわ…………ごめんなさい」
そういう事か。別に気にすることでもないのによ。そんな事ざらにあるぜ。第一、俺は傭兵だ。常に戦場に身を置いているものだ。だから、今更危険に晒されたなんて思ったりしねえし、自分から進んで飛び込むようなやつだ。謝られるも何もねえ。それに俺はただ守りたいものを守りたかっただけ、それだけだ。
「ま、気にするなよ。過ぎちまったことをいつまでも後悔しているわけにはいかんだろ。後悔よりも反省して、次に繋げればいいだろうよ」
「ありがとう…………で、ところで、その言葉はおねーさんを口説くためのもの? ふふん、おねーさんはその程度じゃ落ちな——」
「——物理的に落としてやるか? 最近、近接格闘戦してないから練習したかったんだわ」
「…………冗談です、はい」
どうやらいつもの調子へと、生徒会長は戻ったようだ。人間、やっぱりいつもの調子でいられるのが一番だ。変に落ちたまんまだとコンディションにも影響してきやがるからな。
「さて、着いたわ。ここよ」
「おいおい、ここって…………」
俺が連れてこられた所は、まさかのようなところだった。厳重なロックのかけられた特殊合金製の扉。その横にはID確認用のコードリーダーが備え付けられている。
そして何より目を引くのが、その扉の上に取り付けられている表札のようなものだ。
「学園長室じゃねえかよ…………」
この学園における重要区画の一つである、学園長室であった。
「学園長、当事者である紅城悠助をお連れしてきました」
「そうかい。じゃ、取り敢えずそこに座ってもらおうかな」
「だそうよ? そこの椅子に座ってもらえる?」
「了解」
学園長室に入った俺はすぐに椅子に座らされた。はい? 待てよ、椅子に座らされるという事は、腕を封じられて、完全に抵抗できないようにしてから、俺をホールドするつもりなのか!?
「? 何を考えているか知らないけど、どうかな? お茶でも飲んで寛いでくれて構わないよ」
「あ、そっすか。でも、こんな時間なので遠慮しておきます」
「そう。更識君、紅城君、それじゃ話を始めるとしようか」
学園長がそう言うと、何やら空気が変わった。さっきまでののほほんとした雰囲気から、戦場に漂うような緊迫感を少し水で薄めたようなものへと。生徒会長の顔を見ると真剣な表情をしている。つまり、おふざけはなしという事か。
「今日の襲撃、侵入者を撃退したのは君で合っているのかな、紅城君?」
「返答する際口調乱れますがいいでしょうか? あと、此処は対諜報システムは作動してるのか?」
「それくらいいいよ。諜報対策もしっかりとしているから、大丈夫さ」
なら安心だ。それにこの人達は少なからず、俺と同じように裏の世界で生きた経験がある人達だ。目でわかるんだよ。学園長の目は指揮官そのもののようなものだし、生徒会長もまた俺と似たような感じのオーラを出している。織斑千冬のような表の甘い汁だけ吸ってるような奴らとは違うな。
「では、話そう。確かにあの侵入者は俺が撃破した。侵入者の総数は三機。内二機を俺が、残るもう一機は一夏が撃破」
ま、一夏にはオータムも関わっているんだが伏せておくとしよう。それを言ったら面倒くさい質問をドカドカされるに違いない。まあ、それだけのことをやってきたんだから、仕方ないといえば仕方ないのか。
「撃破? という事は、操縦者も!? コアもなの!?」
生徒会長が驚いたような表情で俺に聞いてくる。いかん、今回の事で超ヤバイ情報のところだ。外部に流してしまえば大惨事確定。どこかのアホ共が無人機なんてモンを作り出したら、最高の防御持ちの特攻兵器が完成するじゃねえか。それだけは避けたいんだよな…………だが、今はどうにもいかない状況なのしれん。
「いや、搭乗者はいなかった。あれは無人制御で行動する機体だ。それに、コアとよく似た物を見つけたぞ」
「コア!? そ、それはどうしたの!?」
「砕いたわ。握りつぶして、こうな」
俺は手を握ったり開いたりして、握りつぶす動作をする。
「そ、そんなことをしたら、ISの絶対数が…………!!」
「減らねえよ。あれはISコアであってISコアでないようなものだからな」
「どういうことなんだい?」
学園長が怪訝そうな表情で聞いてくる。流石にそこまでのことは知らないようだな。
「擬似コア。ISコアの劣化コピー品だ。絶対防御の有無等を省けばオリジナルとは遜色ない性能を持つ大量生産品。そいつがはめられていて稼働中の機体が三千機ほど。年間六百くらいのペースで増えてるぜ」
「確かに…………アラスカ条約以来コアの保有数に対する協議の回数が減ったと思いきや、それが原因だったとは…………知らなかったな」
「そうですね…………更識の方でもそのような事は一切耳に挟んでいませんでした。だけど、なんで紅城君はそんな事を知っているの?」
「俺にはクライアントがいる。そいつが全て教えてくれたんだわ。ただし、擬似コアを全て破壊するように言われてな。今の所百二十機を撃破中だ」
「ほう…………そのクライアントとは誰なんだい?」
「おぉーっと、そいつはいくら学園長様でも言えねえ。俺の素性程度位で勘弁してくれ。依頼人のプライバシーは守りてえんでな」
「紅城君…………あなたは一体、何者なの?」
一つ間を置いてから喋る。ここまで殆ど休憩とか挟んでねえし、精神的にもモリモリ削られるんだわ。だから、シリアスとか大っ嫌いなんだよ。もー少しラフな感じで行こうぜ。精神衛生上よろしくねえわ。
「俺は紅城悠助、ただのしがねえ傭兵だ」
その言葉を皮切りに俺に対する視線が違ったものへ変わる。こいつは…………敵を見るような何かだな。やっぱ戦争アレルギー持ちの日本人には少し厳しいもんだったか。はぁ…………裏の世界の人間かと思ってそんなもん捨てたんかと思ったら、これか…………期待した俺がバカだったな。ん? 俺? 俺はとっくの昔に戦争アレルギー捨ててるけど? だって、テロで実親死んでっし。それがトリガーだったんかな。
「君は…………この学園の敵になるのかい?」
「もしそうならば、今、あなたを殺すわ…………!」
あ、そういうことすか。んじゃ、俺関係無くね?
「俺が敵? 中々に笑えない冗談だ。俺は敵じゃねえよ。元はと言えば、護衛目的で来てんだし」
「護衛…………? 織斑春十の?」
「あんなやつのをやるんだったら、戦場でドンパチした方が数段いいわ。対象は一夏のほうだ」
「ああ、織斑先生の妹さんだったね。なら納得だ」
「…………その納得がおかしな方向かもしれんから、後で確認でもしておきな」
どうせ、織斑千冬の妹だからって理由かと思ってんだろ。そんなんじゃねえよ。あいつ、織斑一夏個人として護衛しているんだよ、俺は。といっても、そんな派手な事は今日以外起きてねえし、基本的にはいつも一緒にいてやるような感じ。つまり、今まで通りだな。
「さて、話を戻そう。無人機なんだがな、撃破した途端、残骸を残さず自爆しやがった。回収を試みたんだが、破片一つ残ってやいなかった。すまんな」
「機密漏洩防止の為の自爆…………侵入者も中々考えたものだな。それは三機ともなのかい?」
「ああ。二機は俺の目で確認したし、残り一機も一夏が確認している」
「それを証明できる証拠は?」
「証拠? あるわけないだろ、自爆して破片一つ残さず消えちまったんだから。こうやって、俺の言ってることが事実になるじゃねえかよ」
俺はそうあっけからんもなく言うと、二人はしばし考えるような素振りを見せてから
「「ふっ、あはは!」」
笑い出しやがった。は? 俺なんかおかしいことでも言ったか?
「つまり、君を信じろってことなんだね。これは相当なやり手が来たものだよ、更識君」
「そのようですね。私としても彼は信じるに値する人間だと思います」
「さて、君は帰って大丈夫だよ。明日は臨時の休業日だから、同室の彼女とでもゆっくりするといいよ」
かっ、彼女!? お、俺は年齢=女持ったことない歴なんだからよ!! そ、そんなのいるわけねえじゃんかよ!! ま、まぁ、一夏みてえな美人だったら欲しいけどよ…………って、何言ってんの、俺は。俺は一夏が幸せでいりゃいいんだ。俺のせいで不幸になったら本末転倒じゃねえかよ。
「では、失礼する」
俺はそう言って学園長室を後にした。
『…………更識君、織斑一夏と彼の経歴、洗えるかな?』
『…………わかりました。暫く時間をいただきますが、必ず』
少し展開した闘蛇龍のセンサーでそんな会話を扉越しに聞きながら。
「どっちにせよ、暗い過去しか出てこねえよ…………そんな道しか歩いてきてねえんだからさ」
その呟きに反応してくれる者は何もいなかった。虚しさだけが、少しだけ反響していただけだった。
翌日の朝。
と言ってもそんなに寝てねえんだわ。学園長室から戻る時少し遭難して部屋に着いたのが一時すぎだし、その後部屋に戻ると一夏の布団がずれていたから直したりと、いろんなことして挙句目が覚めたのが五時半だ。四時間半の睡眠だ。通常六時間程度の睡眠は必ずとる俺からすれば短いわ。まぁ、ある時は三日三晩寝ずに塹壕で待機していたこともあったから、それよりは辛くないが。あの後家に帰ってから泥のように眠ったわ。
(今起こすのは少し苦だな…………)
俺は一夏を起こそうかと思ったが止めた。こんな時間だからというのもあるが、一番はなんか幸せそうな夢を見ているからだな。少しでも幸せになってもらいたいってのが俺や束さんの願いだ。
さて、俺は軽く筋力付けでもしておきますか。身体は俺の資本だからな。
…………。
……………………。
………………………………。
それから一時間半後。
「ふあぁ…………悠助、おはよー」
「おはようさん。寝ぐせついてるから取り敢えず直してこい」
「ふあぁい…………」
完全に寝ぼけているが、一夏が目を覚ました。ただ、頭にアホ毛のように寝ぐせがついていたからな、直しに行かせた。てか、アホ毛ってあんなぴょこんって動くもんなのか? なんか一夏の動きに合わせて動いていたし。い、いかん、別次元への扉を開けてしまいそうになったぞ。落ち着け、落ち着くんだ俺氏。
さて、一夏が寝ぐせを直している間だが何をして時間を潰そうか。そうだ、今日の過ごし方でもプランニングしておこう。後であれこれ悩むのは少々時間がもったいねえ。とはいえ、特にしたいことがないのが実態なんだがな。はて、何をしたらいいのやら。
「直してきたよー」
どうやら一夏が戻ったようだ。いつも通りの髪型にセットされ、アホ毛もちゃんと引っ込んでいる。カチューシャとヘアピンもちゃんといつもの位置につけている。なんだかこういうのって嬉しいよな。朝っぱらから俺の部屋には女神が降臨したのだった。こういう時に言うセリフはあれしかねえ。オータムのやつが教えてくれたんだったな、そういや。よし、いくとしよう。
ハラショー!
「ぶふぇっくしょい!! あー、誰か噂でもしてるのか?」
俺がちょうどスイスのあるところに来ていたときだ。派手にくしゃみをしてしまった。誰だよ、俺様の噂してるやつは。頭に76mm叩き込んでやるぞ。今、超大切な時なんだからさ。
俺が来ているのはスイスで唯一雪の降らないところだ。一面の自然に囲まれ、そして眼下には湖が見える。こんなにいいところ、そうそうねえだろ? ん? 俺がこんなところに来るの、キャラに似合わねえだと? そんなこと言った奴は後で来いよ? 優しく36mmの餌にしてやるからさ。
「来たぜ、スコール、マドカ。久しぶりだな、ここに来るのはさ」
俺はその辺りに生えている木の根元にある二つの墓石の前に花を手向ける。この二つの墓石の下には、俺が守れなかった仲間が眠っている。二度と目覚めることのない長い長いおねんねだぜ、全く…………。
「実はさこの間よ、俺の同業者に仕事依頼されてさ、かなり稼いだんだぜ? お前達にも見せてやりたかったよ、本当にさ…………」
こんな人気のないところに墓石を立てたのは俺だ。二人にはもう争いごとには関わって欲しくねえからよ。戦う必要もねえからな。こういうのどかな場所でゆっくり休んでもらいたい、俺の願いだ。
二人が命を散らせたのは二年前。俺の所属する国際テロ組織[亡国機業]、そこで起きた組織内でのクーデター。俺や二人を含むオリジナルコアISによる抑止力を目指す穏健派と擬似コアISによる各国占領を目指す過激派間での派手な紛争だ。いくらオリジナルコアISであっても擬似コアISの物量差ではこちらが押し返される。その戦力比1:20。絶望的なものだった。こっちはたった三機しかいねえのによ。それでも俺たちは抗った。だが、質より量が勝るものでは勝てるものも勝てない。結局穏健派は壊滅、その戦闘で二人は負傷。スコールは右腕と左足を、マドカは両腕をそれぞれ失った。唯一被害のなかった俺は二人をISから
『…………ねぇ、オータム。もしね、私が死んでも、生きる望みを失ってはダメよ…………貴女と出会えて良かったわ…………』
『…………ありがとう…………お前にはそう言いたかった。私を一人の人間としてみてくれなことに、な…………』
「ッ!!」
今でも、二人の最後の言葉を忘れることはない。スコールは傭兵であった俺を優しく迎え入れてくれた。それも、とても荒れていた頃のだぞ。普通だったら諦めるところだろうよ。なのにあいつは諦めなかった。そしてこういったんだぜ。
『貴女は私の家族よ。よろしくね』
戦災孤児であった俺にとってそれはどんなに嬉しい言葉だったのか。他人には計り知れないさ。
マドカは、確か俺が初めて請け負った組織での仕事で拾った奴だったな。そこの研究施設で戦闘訓練ばっかさせられていてよ、もう限界なんじゃねえかって思ったくらいだぜ? それだけそこにいた奴らに対する扱いが酷かったんだわ。そして、仕事の時、粗方研究員を始末して、トンズラしようとした時だった。
『…………お前も、私を見捨てるのか…………』
黒髪のやつが俺にそう言ってきたんだ。その時の目は虚ろでどこを見ているかもわからないような状態。挙句他の奴らは死んでいるときた。この時私は思った、こいつをここから救ってやらねえと、と。その後こいつを連れ帰って、後のマドカとなるわけだ。名付けは俺がしたんだぜ。
「…………今思うと、何もかも懐かしいな」
だが、今はそんな思い出を語れる仲間はいない。俺の側にいるのは誰もいない。常に孤独だ。だがそれでいいのかもしれない。今の俺は組織への復讐しか考えてない醜い存在だ。二人に見せることなんてできやしない。だが俺は心に決めてんだ、過激派と擬似コアを殲滅するってよ。スコールとマドカの仇を取らないといけねえからな。家族のように思えていた奴らだから、なおさらだ。
「さて、積もる話もあるんだけどよ、俺もそろそろ時間だ。またそのうち来るぜ。じゃ、またな」
俺は駐機状態にしていたクーガーへと乗り込む。もう俺の人生にある目的は一つしかない。そのためにはこいつを使って、奴らをぶっ潰さなきゃならないんだ。
「行こうぜクーガー」
そう思いブースターを点火しようとした時だ。突然、不調をしだした。はぁ? 今までなんともなかったろうが。何を今更起きてんだ?
「おいおい、どうしちまったんだよ…………帰るにも帰れねえよ」
——俺ニコノ身体ハ似合ワネエナ——
「何を言ってるんだ、お前は…………って、俺誰と話した?」
何処からともなく聞こえてきた声。俺は無意識のうちに反応していた。だが、そいつの声、聞こえてきたというよりは、直接訴えてきているような、そんな感じがしたな。もしそれがこいつが——クーガー自身が放ったものなのなら、そいつはとんでもねえオカルトになるぜ。
『オリジナルコアには意思があるのよ。貴女はその意思を尊重してあげて。踏みにじったらダメよ?』
そういやスコールの奴にそう言われたっけな。もしかして、さっきの声がクーガーに嵌めているコアのものだったとしたら…………
「そうかそうか。わかったぜ。なら、別の機体を取りに行くか」
ただし、クーガーを返却する手間がいるのが現実なんだがな。あー、何処だっけあの米軍基地。とりあえず、こいつが好きそうな機体でも洗っておくとするか。ちなみにブースターの不調は直らない模様。
「悪いな、少しここで過ごさせてもらうぜ」
俺はそうつぶやいて二つの墓石の間へ座る。ふぅ、それにしてもここは本当に平和なところだな。戦場以外で俺が来る場所はほとんどない上、中東側のアジトもバレて今頃消し炭同然だろうさ。俺が魂ごと帰ってこれる場所は唯一ここだけだな。
『どうぞ、ごゆっくり』
『折角だから、のんびりしていけ』
背後からそんな声が聞こえ、俺は後ろを振り向いた。だが、そこにはそびえ立つ一本の木しかなかった。人の面影なんて何もねえ。
「まさか、な」
もしかすると二人が出迎えてくれているんじゃないかと思うと、俺は自然と笑みが溢れてしまった。…………それと同時に僅かな涙もな。