守りたい、ただそれだけ(本編完結) 作:ディニクティス提督(旧紅椿の芽)
「おっせえな、一夏」
俺は現在学園外の駅の前のモニュメント前で待機中だ。服装は何時ぞやの黒基調の私服。ジーパンの裏側には一般人にはバレないように拳銃とナイフホルスターが収められている。金属反応? 一切検知されないように特殊加工済みだ。なかなかにやるだろ?
というか、何故に待ち合わせをしなきゃならないんだ。突然一夏が買い物に行こうとか言い出したのはいいんだが、『駅前で待ち合わせしよ』とか言ってくるのは理解できんな。どうせ行くんなら最初っから一緒に行動したほうが何かといいだろうよ。まぁ、俺がそういう文化に疎いということもあるんだけどさ。ここ最近までは硝煙と血の臭い漂う戦場に身を置く立場だったし。
「お、お待たせ〜〜」
「全く、何分待たせる——」
集合予定時刻より遅れてきたので、少しばかり文句でも言ってやろうかと思ったんだが、その言葉が出る直前で固まってしまった。その…………なんつうんだ、一夏がめちゃくちゃ可愛いんだわ。何時もはストレートにしている髪の毛をポニーテールに結い、唇にはリップクリームでもしてんのか? なんとなく何時もと違う雰囲気だ。服装も制服ではなく、以前買い物に行った時に買った服。オレンジ色を基調とした上衣に栗色の落ち着いたスカート、足元は黒ストで覆われている上にヒールだぜ? これを褒めることのできねえ男がいるか? …………すまん、さっき文句でも言おうとしてた俺だ。
「どうしたの?」
思考の海にはまって行動不能に陥っていた俺に、一夏が顔を覗き込むように見ていたのを俺は気づかなかった。不意打ちにも程があるだろう。可愛すぎんだろうよ…………理性云々をぶっ壊す気かよ、こいつは。
「いや、なんでもねえ。それよりも、その服似合ってるぞ」
「あ、ありがとう…………」
俺が平然を装ってそう言うと、一夏は顔を微かに赤めて答えた。うっ…………なんなんだよ、この生き物は。ぜってえ束さんとか衛星から偵察して、撮影してんだろうなー。あの人のことだからやりかねん。
「と、とにかく行こっ。ここにいてもなんだしね」
「そうだな。とりあえず、どこに行くんだ?」
「服をちょっと見たいかな」
「了解した。それなら、ゆっくり行こうぜ」
俺は一夏の手を取り、そのまま引っ張っていく。
「俺もこっちに来るのは久しぶりだからよ、少し楽しみなんだわ」
実際そうなんだからな。生活していくにはいつもの街で十分だったし、衣料品よりも医療品を買う頻度の方が明らかに多かったしな。そうするんだったらこっちにはそんなに来ねえ。前に来たのは半年近く前、一夏とここに来た時以来か。ま、少し楽しみだしな。折角の休日、羽を伸ばすとしますか。
(う、うわっ…………わ、私の心臓、すごくドキドキしてるよ…………)
突然悠助に手を繋がれた私の心臓は今にも破裂してしまいそうなほど、ドキドキしていた。今までも手を繋がれることは何度かあったけど、それはあまり人気のないところでのことだし…………こんな多くの人がいるところで繋がれた事なんて前に来た時以来だし…………うぅ、どうしたらいいの、私…………。
「ん? どうした? 気分でも優れないのか?」
「ぴゃっ!? しょ、しょんなことないよ!?」
「お、おう。そ、そうか」
うぅ…………噛んじゃったよ…………恥ずかしいよぉ…………。もう、なにやってんだろ私…………折角、悠助と外出できたのに…………。恥ずかしさが一気に押し寄せてきていてそれどころじゃないよ!!
(それにしても、悠助の手、大きいなぁ…………)
男と女の差ってものあると思うんだけど、悠助の手はとても大きかった。それは物理的なものだけじゃなくて、なんだか心の大きさを表しているような、そんな感じ。初めて会ったあの日、私を拾ってくれた人。あの日のことを私は忘れられることはできない。あんな風に手を差し伸べてくれる人が少なかったからなのかな? でも、その次会った時にあんなこと言われるとは思っていなかったよ。『家に来ないか?』なんて、普通の人は言わないと思うよ? それを普通に言っちゃったんだから、やっぱり心の大きい人なんだと思う。いや、大きい人なんだ。そう思うと、なんだか笑みがこぼれてしまった。
「ね、早く行こうよ!」
「おいこら待てよ、引っ張るな!」
私はそう思うとなんだか嬉しい気持ちになってきた。それと同時に、熱い何かも…………私にはそれがなんだかわからないんだけど、多分きっといつかはわかる日が来ると思うんだ。でも、今はこの時間を楽しみたい。それが今の私が一番願っていることだから。
なんだか一夏のテンションが上がったんだが…………なんだか、あいつは今日おかしいのか? 顔を赤くしたり、突然舌を噛んだり、挙句突然ハイテンションになったり…………つくづく女って奴の行動は読めん。あ、オータムは自称女捨ててる傭兵だからある程度は読めるぞ。
「あっ、あの服可愛いけどちょっと高いな〜」
先ほどからこんな感じにウインドウショッピングを楽しんでるんだわ。俺はまあ、それを側から眺めているだけ。俺自身物欲が少ねえからなんともないんだよ。ま、一夏がそれで楽しんでいりゃいいんだけどよ。野郎は荷物持ちとかそんなんで十分だ。
「ねえ悠助、この服どうかな? 似合ってるかな?」
一夏は手に取った服を自分に重ねて見せてくる。い、いかん、動作の一つ一つに俺の理性云々が確実に削られている。削岩機で切削されているような気分だぜ…………。
「似合っているんじゃないか?」
俺は素直な感想を述べる。実際、一夏に似合わない服なんてねえんじゃねえの? あ、戦闘用装備は省くぞ。あれは一夏に触れてもらいたくねえ部類のもんだ。戦闘用装備は対Gスーツに防弾アーマーを取り付け、防弾加工ヘッドギアを装着し、拳銃とナイフを腰に装備する傭兵向けのISスーツのことだ。ほんとこれだけは勘弁してくれ。一夏にはあんまり裏のことに関わって欲しくねえしな。
「そう。それじゃ、ちょっと買ってくるね!」
一夏はそう言ってレジの方へと向かった。俺の任務報酬から少しだけ小遣いとして渡しているからな。昔とは違うんだよ、昔とは。まぁ、渡した当初は使い方知らんかったから、使わずに気がつけば二万円くらい貯めてたらしいんよな。今となっては、必要な時にちゃんと使えるようにはなったからいいんだが。
「ごめん、待たせちゃったね」
「いや、そんなんでもないぞ。次のところでも行くか」
俺はそう言って次の店に向かおうとするんだが、なんだか左の袖をツンツン引っ張られているような気がすんのよね。一体何事かと思い見てみると一夏が俺の服の袖を引っ張っていた。前に進めているから問題とかそういうのは一切合切ないんだが、何を要求したいんだろうか。しかも、さっきまでの積極さは無しでなんかお淑やか? な感じになっている。
「…………手、繋いで」
…………なぁ、一夏。お前はどこでそんなこと覚えてきたんだ? もしそれが天然ならマジで困るわ。ん? 何が起きているって? 若干上目で頬を赤くして弱々しい声でそんなこと頼まれたら断れるわけねえだろ。断った奴がいたら速攻で内戦の激戦区に送り込んでやるよ。アフリカのポルーグ共和国は内戦起きてるしな、丁度いいだろ。
「そんなことか。ほらよ」
俺は再び一夏の手を取る。一夏は少しびっくりしたような顔をしたが、それも束の間。すぐに笑顔になって、元気になった。本当表情がコロコロ変わるやつだぜ。だが、それがいいんだがな。
(あざといとか思われちゃったかな…………?)
さっき悠助の袖を引っ張って手を繋いでもらったわけだけど、どう考えてもあざといとか思われているよね? でも、なんだか手を離されちゃってから妙にそわそわしちゃって…………それに、手を繋いでもらっていると安心するんだよ。子供っぽいかな? でも、安心するっていうのは本当のことだよ。側に誰かがいるってことがはっきりわかるしね。
(悠助はなんとも思ってないみたい…………変に思われなくてよかったよ…………)
突然手を繋いじゃったから、悠助はなんだか困ったような顔してたけど、すぐにいつものような顔に戻ったからよかった。ここで変に思われたら私はこれからどう接していけばいいのかなとか考えていたしね。その辺りが杞憂で済んだのが幸いだよ。
(でも…………悠助はどう思っているんだろう?)
どうしてもそういうことが気になってしまってしかたない。今日もだけど、いつも私の言うことをきいてくれる悠助だけど、本心はどう思っているんだろう。できれば私にも頼って欲しい…………って、無理だよね。私はあまり才能ないんだし…………私の方が誰かに頼っていかなきゃならないんだよね。
「はぁ…………」
そう思ったら自然とため息が出てしまう。そんな自分がたまらなく嫌だった。
「はぁ…………」
一夏がため息をついた。一体何があったんだ? もしかして疲れでも溜まってきたんだろうか? 昨日もあんな事があったばっかりだしな…………一晩で疲れが取れるわけねえか。傭兵野郎共ならいざ知らず、戦争とかそんなのとは無縁な一夏だもんな。
「少しどこかで休むとするか」
「え?」
「疲れたんだろ? さっきから歩きっぱなしだしな。どこかいいとこ探してみようぜ」
「い、いや、大丈夫だよ。私疲れてないし」
「いいからいいから」
俺は一夏の手を引き、付近でちょっと休めそうなところを探す。俺ん家の周りで休めるところなんて、喫茶店か有香子さんとこの居酒屋程度しかないしな。さすがに昼間っから居酒屋に行くようなノリじゃねえし、無難に喫茶店に入るとするか。
そうこう探しているうちに見つけた。駅前の複合施設内にいいところがあったぜ。ごく普通の喫茶店。なんとか見つかってよかったわ
「どれ、入ってみようぜ」
「う、うん」
一夏はやっぱりこういうところが苦手なのか、ちょつとおどおどした感じで俺の後ろをついてくる。んー、これなんとか治らねえかな。こんな調子だと今後が心配なんだが…………。
「お客様、ご注文は何になさいますか?」
「せやな、俺はブラックコーヒーで。一夏はどうするんだ?」
「えっ!? じゃ、じゃあ、オレンジジュースで」
「かしこまりました。少々お待ちください」
注文をさっと済ませる。俺はどうせ甘いもんがあまり好きじゃねえし、ブラックコーヒーじゃねえと飲めねえんだわ。てか、一夏はオレンジジュースか。そういやこいつ、甘いもんが好きだったもんな。女子ってやっぱり甘いもんとか好きなんだろうか。昨日のクラス対抗戦の景品もデザートフリーパスだったし、やっぱりそうなんかな。
「お待たせしました。ご注文の品になります」
俺たちの前にはそれぞれの注文した品が用意される。
「ゆっくりしてようぜ。疲れてんじゃ、楽しむもんも楽しめねえよ」
「そうかもね」
そう言って一夏はちびちびとオレンジジュースを飲む。…………だからさ、そういう行動は勘弁してくれって。おそらく、自分では普通だと思っていることなんだと思うけどさ、俺からすれば破壊兵器もいいところだぜ? すでに俺のバイタルパートに直撃弾を食らっているわ。あぁ、やっぱり俺のオアシスだぜ…………。
とにかく、気を取り直すためにもブラックコーヒーを啜ろう。糖分とってねえのになんか血糖値の上昇とかしそうな気がしてきたわ。うん、この苦味がいいんだ。脳がいい感じに活性化してきて、思考がすっきりして来るんだよな。
「さて、ここで少し休憩を取ってからなんだが、どこか行きたいところとかあるのか?」
「うーん、特にはないかな? 見たいところは全部まわっちゃったしね」
「そうなるとな…………どこでどう潰そうかな。適当にぶらぶら歩きまわってみるか?」
「悠助がいいのなら、私はそれでいいよ」
ということでしばらくここで休む事にした。ま、俺としてはこんなところで目の保養ができると思っていなかったからな。学園に戻れば面倒くせえの三人衆に絡まれるわ、俺らの事を敵のように見ている上級生共になんか言われるわ、ストレスで胃に穴が開いちまいそうだぜ。やっぱり一夏は俺のオアシスだ、異論は認めんぞ!!
…………。
……………………。
………………………………。
あのちびちび飲みから十数分後、
「ありがとうございましたー」
喫茶店を出ることにした。一夏が『そろそろ行こっ、ね?』と言ってくるもんだからそれに急かされるように来たわけだ。いやー、それにしても焦ったわ。会計の時にミスって日本札じゃなくてドル札出してしまったわ。店員、びっくりしてたなー。あ、ちゃんと料金払ったからな。…………払わないと思った人、正直に手を挙げなさい。介錯してやるから、俳句読め。
「じゃ、行くか」
「うんっ!」
元気だなー。やっぱりさっき休んで正解だったかもしんねえ。これで十分に楽しめるかもな。
と、意気込んで行こうかと思ったんだが、再び袖を引っ張られる感覚。念のため後ろを振り向くと、一夏がちょいちょいと引っ張っていた。はいはい、わかってるっての。やりゃいいんしょ、やりゃ。
「ほらよ」
俺はその袖を引っ張っている手を取り、しっかりと繋ぐ。
「ちょっと人が多くなってきたから、手を離すんじゃねえぞ。いいな?」
「はいっ!」
元気よく返事する彼女の顔は、とてもいい笑顔だった。そんな顔を見てしまえば、俺だって自然と笑みがこぼれてしまった。まぁ、あまり変化はないと思うんだけどな。
そして、その笑顔を見て、俺は絶対にこの顔を曇らせちゃいけねえ、何があっても守ってやらねえといけねえな、そう心に誓ったさ。——命をかけてでもな。彼女が幸せで無事でいられんなら、俺はそれ以上望みはしねえよ。
「悠助…………? どうかしたの?」
いかんな、一夏を不安にさせてしまうところだったぜ。あっぶねー、あっぶねー。
「なんでもねえよ。さ、じっくり楽しんでいくとしようじゃねえか」
俺の横顔を覗き込んでくるその少女に、俺はそう言ったのだった。
ちなみに言っておくがな、その後もちゃんと楽しませてもらったぞ。ゲーセン行って遊んだりよ、結構色々したんだぜ。お財布から英世が三人消えたけどな。
「…………なんなの、あの二人の雰囲気…………あれで付き合ってないって言うの?」
「…………ええ、そうですわ。ですが、どう見てもあれは恋人同士がするデートと呼ばれるものでは?」
「…………あたしもそう思うわ。というか、あんなにいい雰囲気ならさっさとくっつきなさいよ、焦れったい!!」
「…………全くですわ。これでは見ているこっちは胸焼けしかしてきませんわよ!!」
「…………本当、いいね。でも、二人ともなんだか互いの想いを伝えられないでいるのかも」
「…………それならいいんだけどね…………」
「…………どうかされましたか?」
「…………いや、ちょっと嫌な予感しかしないからさ」
「…………同感」
「…………杞憂で終わる事を祈りますわ」
「それよりも、てめえら、何してんだ、オイ」
「「「ギクゥッ!?」」」
「何かコソコソ付いてきているなと思いきや、お前たちだったか…………」
「い、いや、そのあたしたちはただそこを通りすがっただけで…………」
「いや、ずっと付いてきていたよね?」
「という事だ、慈悲はないぞ☆」
「ま、待ってくださいまし!! その星マークは何やらキケンな——」
「オワタ…………」
「レッツァ、パァァァリィィィィィィッ!!」
「「「イィィィィィヤァァァァァァッ!?」」」
その日、晴天の空の下、数人の女子の悲鳴が聞こえたとか聞こえなかったとか。後に、晴天の女性の断末魔として都市伝説となり、語られていくのは別の話。