守りたい、ただそれだけ(本編完結)   作:ディニクティス提督(旧紅椿の芽)

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第24話

「こちらストライク・ファルコン、重傷者一名を預かっている。そちらへの着陸許可を願いたい」

『所属不明…………ふん、何をするのかわからない奴を受け入れるほどの余裕は——』

「了解、着陸を強行する」

 

オータムさんが旅館の方へと通信を入れたのはいいけど、相手が千冬姉さんだった。千冬姉さんはオータムさんを所属不明機として、受け入れる体制を見せなかった。オータムさんはそれにより強行着陸をすると言い出した。だけど、今はそんなルールに従っていられるほど悠長に時間があるわけじゃない。

オータムさんの腕に抱かれている悠助。まだ血が流れ出ている。簡易包帯による止血を行おうとしても傷口が広くて、対処できてない。早くしないと、悠助の命が消えてしまう…………そんなの嫌だよ。

 

「あ、見えてきました!!」

「あそこか! よし、一気に行く!!」

 

旅館が見えてきた途端、オータムさんはブースターを点火した。私もそれに置いて行かれないように、一気に加速する。

暫くして私達は海岸へと降り立った。そこには束さんや鈴、簪、セシリア、シャルロット、ラウラがいた。

 

「い、いっちゃん、何が起きたの!?」

「た、束さん!! 早く!! 早く悠助を治療してください!!」

「肝臓と大腸の一部を損傷してる可能性がデカい! ことは一刻を争うぞ!! 活性化治療の用意は出来てるだろ!?」

 

束さんはオータムさんが抱えている悠助の姿に気づく。それと同時に後ろにいた皆んなも…………。

 

「ゆ、ゆーくん…………そんな…………嘘でしょ?」

「悠助…………あんた…………」

「こんな事って…………」

「…………冗談だよね?」

「信じられませんわ…………」

「…………」

「そんな表情になっている暇があるんなら、さっさと運ぶぞ!!」

 

用意されてあった担架に悠助を乗せ、医務室の方へと向かった。ここまでいろんなことがあったのに、悠助は全く反応してくれない…………何も感じてないかのように…………何も動かないように…………嫌な予感しか頭をよぎらない。どんなに頭を振っても消えることはない。怖い…………怖いよ…………私が置いて行かれそう…………置いて行かないでよ…………悠助!!

 

 

「今医者を呼んだ。それまでは下手に手を出すな」

 

医務室へ悠助を運び込んだ後、束さんが処置をしようとしたが、千冬姉さんはそれをやめるように言ってきた。どうして…………悠助を見殺しにする気なの!?

 

「到着には何分?」

「五分程度らしいが?」

「そんなに長く待ってられないよ!! ゆーくんが死んじゃうって!!」

「ならばお前は医師免許を持っているのか? 藪医者に私の生徒を預けられるわけないだろう」

 

確かに束さんは医者じゃないからそんな免許は持ってないと思うけど…………私の体にあった無数の傷を消してくれた人なんだよ…………そんな人が悠助を助けることができないなんて…………そんな…………

 

「そんなルールで命を助けられるんだったら、この世界に医者なんていらないんだよ!! 目の前に助けられる命があるのに見捨てろっていうの、アンタは!!」

 

束さんは叫ぶかのようにそう言った。いつものようなおちゃらけているような素振りはない。目がいつになく真剣そのものだ。

 

「知ったものか。この世界はルールに従ってこそ成り立ったいる。そのルールに逆らうことは許されんぞ」

「——その通りは聞き捨てなりませんね、織斑先生」

 

千冬姉さんがそう言った時、扉が開いた。そこにいたのは

 

「山田先生…………」

「さっきから貴方はルール、ルールと言っていますけど、こんな状況で言えるんですか?」

 

山田先生だった。だけど、空気がなんだか違う…………いつもの子犬みたいにあたふたする様子などなく、空気がピリピリしている。その視線に千冬姉さんはたじろぐ。

 

「貴方にはここからすぐにでてもらいます」

「そんなこと——」

「拒否権があると思いですか? そうであれば強制退去してもらいます」

 

そう言うと、山田先生はISを展開した。どこかオータムさんの機体によく似ている。というか、私の蒼龍にも似ているかも…………。

 

「何故だ…………緊急時の対応権限は私が有しているはずだぞ…………」

「知らないんですか? あなたの作戦は成功ですが、二次災害を引き起こしました。勿論この事は上層部に報告済みです。現在権限を有しているのは私ですよ。ですので、すぐにここから退去、自室での待機となります。いいですね?」

「くっ…………」

 

千冬姉さんは苦虫を噛み潰したような表情をしつつも、部屋を出て行った。きっと山田先生の気迫に押されたのだろう。それにしても、山田先生はいつあのISを…………? 学園の機体なのかな?

って、今はそれどころじゃない!!

 

「束さん!!」

「現在、縫合終わったところ! あと治療用ナノマシンを投与して細胞の分裂を活性化させるだけ! なんとか一命はとりとめたよ…………」

 

本当に手が速い人だ…………よかった…………悠助が生きていた。

 

「でも、衝撃が強かったのかもしれないけど、いつ目が覚めるかはわからない…………もしかするとこのままって事も」

 

その言葉を聞いた途端、安堵に浸っていた私の心は一気に暗くなっていった。え…………悠助が目覚めない…………? そんな…………嘘だよね…………。

 

「ごめんねいっちゃん…………私にはこれが限界なの…………あの時、私が変な事を言い出さなかったら…………こんなことにはならなかったよね…………」

「うぅっ…………ひぐっ…………ぐすっ…………うわぁぁぁ…………あぁぁぁぁぁ…………」

 

涙が止まらなかった。束さんが悪いんじゃない、でも、もう悠助とお喋りしたりする事も出来ないのかな…………そう考えたら泣くことしかできなかった。

泣きじゃくる私を束さんは優しく抱きしめてくれた。その優しさでも今の私は泣いてしまう。束さんの胸の中で私は泣き続けていたのだった。

 

 

「…………すみません、突然泣いたりしちゃって」

「いいよ、気にしないで。誰だって悲しいことがあったら泣くもん…………」

 

泣き止んでからも私は悠助の側を離れることができなかった。いつも見せてくれるあの凛々しい表情、たまに見せてくれる驚いた表情、本当に少ししか見せてくれない微笑み…………今の悠助に表情などなく、ただ静かに眠っているだけ。私にはそれが怖く感じられた。そして、心が痛む。

 

「ねぇ、いっちゃん」

「…………なんですか?」

「ゆーくんと私がどうして知り合いなのか知ってる?」

 

そういえば前から気になっていたことだ。悠助と束さんは今でこそ関わりを持っているけど、その前、初めて出会ったのはいつなんだろう。ちょっと気になるかも…………気分を変える事も出来そう。泣いてちゃ、悠助に怒られるかもしれないからね。

 

「知らないです…………」

「知りたい?」

「うん…………」

「じゃ、話すね。ゆーくんと会ったのは今から四年ほど前だよ。確か日本で自爆テロがあってからだね」

 

そのニュースは私も知っている。でも、死者はいなかったって話…………

 

「その頃ね、日本のある町でISに似た機体が目撃されていてね、黒い装甲に赤いバイザーが特徴の。特に被害とかはなかったけど気になって見に行ったんだ」

 

その特徴…………何かに似ているような…………

 

「実際行ってみるとその機体がいたんだよ。それでね、興味を示して近づいて行ったら…………」

 

束さんの置いた間に息を飲む。

 

「思いっきり投げ飛ばされて気を失った」

「え…………?」

「細胞単位で人外の私を気絶させたんだよ? 目が覚めるといつの間にか寝かされていたし…………そしてそこで一人の人に会ったんだ」

「それが悠助?」

「そ。その頃から一人で生活してたみたい。あと、あの黒いのは闘蛇龍の原型、コアのはまってないパワードスーツだったよ」

 

悠助の規格外さに改めて驚かされる。あれ…………でも、一人で生活していたの? そういえばお父さんもお母さんも死んじゃっているって言っていたけど…………

 

「束さん…………なんで悠助は一人で生活していたんですか?」

「それはね、その町で起きた自爆テロだよ」

「で、でも死者はいないって話じゃ…………」

「いたよ、大勢。でもね、それを起こした原因が擬似コアISだったから、政府が隠蔽しちゃった。テロでゆーくんの親もゆーくんの目の前で死んで…………今のゆーくんは擬似コアに恨みを持っているんだ。私も擬似コアは嫌いだったから、私が雇う形でゆーくんは傭兵を始めたの」

 

それを聞いていて、私は悠助の事を全く知らないんだなぁって思った。悠助…………もしかして私よりもずっと大変な過去があったんだ…………大切な人を目の前で失って…………聞いていて胸が痛くなった。私もその気持ち、今ならわかるよ…………大切な人を目の前で失いそうになったんだから…………それはとても怖い事だよ。

 

「そうだったんですか…………」

「ゆーくんはいっちゃんに会うまで戦う事、殺す事しか知らなかった。でも、いっちゃんと会って、誰かを守りたいという思いがうまれたの」

「そう、なんですか…………?」

「うん。だってゆーくん、いっちゃんを守るためだけにIS学園にはいったんだよ」

 

知らなかった。悠助はそんな思いを…………でも、これじゃ意味ないよ…………私の体は無事でも、心が重傷なんだから…………ばか、悠助のばか。

 

「あとはいっちゃんの知っている通り。私から話せることは何もないよ」

「…………ありがとうございました」

 

そう言って、私は外へと向かった。今、私は悠助に顔を向けることができない。私は浜の方へ向かった。

 

 

走る。ただ走る。それ以外は何も考えない。気分を変えようとしてみたけどダメだった。走っても、走っても、気分が変わることはなかった。

 

「あっ…………!」

 

走っている時、靴の片方が脱げ、そのまま砂に足をとられて転んでしまった。全身を強く打ち付けたけど、そこまでの痛みを感じることはなかった。ただ、今の自分がどうしたらいいのか全くもってわからなかった。目の前にある砂を掴んで投げたけど、なんの気休めにもならなかった。

 

「…………悠助っ…………」

 

走っても、走らなくても思い出されるのは悠助との思い出。もしかすると二度と味わうことのできない、大切な記憶。思い出されるたびに、私は涙と嗚咽を漏らし続けるのだった。

 

「私は…………私は…………どうしたらいいの…………!!」

 

 

 

 

 

 

「この、大バカ!!」

「そげぶっ!?」

 

臨時作戦室では既に鈴がブチ切れていた。原因はただ一つ。フレンドリーファイアで味方である悠助を落とした春十と箒がいるからだ。鈴は彼らが帰ってくるなり顔面に拳を叩き込んだのだった。

 

「な、何をするんだ、きさ——ぐはっ!!」

「あんたら!! 自分が何をしたのかわかっているの!? これは殺人未遂もいいところよ!!」

 

キレている理由はただ一つ、悠助を落としたからだ。それも、フレンドリーファイアとも言えない奇襲で。本来は一夏が落とされるはずだったのを悠助が突き飛ばし、己を犠牲にし一夏を守ったのだが。だが、それが原因で悠助は昏睡状態、いつ目が覚めるのかわからない、予断を許さない状況だ。そして、一夏の事を自分以上に気にかけてくれていた彼をどんな形であれ殺そうとした、それを黙認できるほど鈴は堕ちていなかった。

 

「知るか! そんなのあいつが勝手に入ってきたからだろ!!」

「じゃあなんで二人に攻撃したのよ!? 友軍機を攻撃するなんて、ここが軍隊なら軍法会議ものよ!!」

「邪魔だったんだよ、あの出来損ないが! あいつがいたから僕の人生プランを狂わされた! あいつが蒔いた種なんだよ!!」

「ふっざけんじゃないわよ!!」

「ぐほっ!?」

「春十!? 貴様ぁっ!!」

 

箒は鈴が春十を殴ったことに腹を立て、紅椿を展開、近接ブレードを呼び出し鈴へと切りかかった。鈴は気づくもすでに遅く、刀身は体に触れる直前だった。

 

「——強制排除(パージ)

 

誰かが呟いた一言。その声とともに紅椿の装甲の表面には光のラインが走る。そして、機体は量子へと還元されていく。

 

「強制排除システム…………つけておいてよかった」

「ね、姉さん!?」

 

声の主はこのシステムを仕組んだ張本人、篠ノ之束だった。その手には赤い何かのレリーフのようなものが収められている。それは強制的に剥がされた紅椿であった。束の使った強制排除システム。ISに標準搭載されている強制剥離システムとはちがい、これはシステムを組み込んだものとその発動コードを知っているものにしか起動できない、ある意味搭乗者の暴走を抑えるための首輪。箒に対してあまりよろしくない感情を抱き、なおかつ自身が愛娘のように扱うオリジナルコアを悪用されないため束は仕組んだのだ。

 

「やっぱり、お前には専用機どころかISを預けて置けない。てか、触れるな。穢らわしんだよ、モップが」

「な…………そんなの勝手すぎる!! あなたのせいで私達家族はバラバラに…………! その償いはするべきだ!!」

「それでいっちゃんを殺そうとしたのか…………私を殺さずに関係のないいっちゃんを」

「ふざけるな!! あいつがいたから春十は…………」

「そんな事いっちゃんには関係ない。お前はお前、いっちゃんはいっちゃん、いっちゃんがいたからあいつがどうなったかって、それにいっちゃんは関係もなにもない。お前達の勝手な思い込みでゆーくんは重傷、いっちゃんも心が壊れかけている。お前達のした事は法で裁くべきだ」

 

束はレリーフらしきものをポケットにしまう。束の怒りは全て箒へと向けられていた。大切な人を傷つけられた、人は誰しもそうなれば怒りを表すだろう。

だが箒は歪んだ笑みを浮かべる。

 

「ははは! いいザマだ! 春十の言うことに従わなかったからそうなったんだ! 自業自得だ!!」

 

束はそれを聞いて怒りが頂点を超えた。

 

「黙れよ、屑が」

 

束は箒の顔面に拳を叩き込んだ。全身の力を込めた一撃は、箒の意識を刈り取るに十分な威力を持っていた。それを間近で見ていた春十は竦む。今迄見たことのなかった束の怒り、自分が見たことない恐怖。それらが複雑に絡み合い彼の周囲の空気を支配していた。

だがそれでも自分のプライドがそれに屈しまいと、精神を保たせていたお陰でいつもの態度をとることができた。

 

「た、束さん…………」

「お前に名前で呼ばれる謂れはないね。殺すというのがどういう意味を持っているのかも知らないくせに。そーだよね、お前には世界最強の姉がいるもんね、わかるはずないか」

「何故なんですか!? 何故そんなにもあの出来損ないの肩を持つんですか!?」

「まだわからないの? 確かにお前は何でもできる、私に次ぐ天才かもね」

「だ、だったら——」

「でも、お前は天才でも、人の心なんて持ってない。いっちゃんは確かにできることは少ないけど、それでも人の心を持っていた、努力する力を持っていた。私はね、人の心を理解できない天才よりも、人の心を理解できる凡人の方が好きなんだよ」

 

こんな私が言うのもなんだけど、と束は付け加える。人の心を理解する、それは人に求められる力。なにより、束は天才である故に上をひたすら見続けていた。自身の目指す、無限の成層圏(インフィニット・ストラトス)へと。だが春十は違った。自分よりも下の存在を生み出し、それを見下し続け、自分の地位を保っていた。それが世間一般でいう天才との大きな違いであり、彼の欠点でもあった。

束の放った一言、それは天才と自負していた春十のプライドを砕き、春十自信が尊敬していた存在から切り捨てられる。それは彼にとって大きな精神的ダメージを受けたに違いない。まるで魂が抜けたかのように、春十の表情から表情と呼ばれるものは消え失せていった。

 

「そ、そんな…………」

「お前は正直言って、いっちゃんより下の存在だよ。昔はお前の方が上だったけど、今じゃ下。比べるまでもないね。努力もせずにふんぞり返って、努力している存在を咎めやがって…………ちょっと反省してきな」

 

束は春十の首筋に手刀を叩き込んだ。細胞単位で人外の彼女による一撃がどれほどの威力を持っているのかはわからない。だが、確実に春十の意識は消えていったのだった。

 

「せっしー、ごめんね。ちょっとやまちゃん呼んできて」

「し、篠ノ之博士! せ、せっしーとは私のことで、やまちゃんとは山田先生のことですの!?」

「そうだねー。あ、あともっと気楽でいいよー、束で十分。みんなもそれでいいからねー」

「「「「「なんかノリ軽い!?」」」」」

「じゃ、せっしー、頼んだよー」

「わ、わかりましたわ、束さん」

 

セシリアは山田先生を呼びに向かった。数分後、山田先生がこめかみに血管を浮かべた様子で臨時作戦室へと来、春十と箒を担いで隣の部屋へ千冬と共にぶち込んだのだった。

 

「ありがとね、せっしー」

「こ、これくらい大丈夫ですわ」

「そうだね。じゃ、一つみんなに頼んでもいいかな?」

「な、何よ今度は?」

 

束は少し間を置いてから口を開いた。

 

「いっちゃんの心を助けてあげて…………」

 

その願いを拒否するものは誰一人としてその場にいなかった。

 

 

 

 

 

 

「うぅっ…………ひぐっ…………」

 

力も気力もなくなった私は、海岸からそう遠くないところに生えていた木の下に座っていた。制服は砂と海水で汚れている。波、結構被っちゃったしね…………脱げた靴は流されずに済んだけど。

あれだけ泣いているのにまだ涙が止まらない。頭の中が訳が分からなくなって、ぐちゃぐちゃになって…………そして、何をどうしたらいいのかわからなくなっちゃった。今という現実から逃げたいのかもしれないし、ここにいたいのかもしれないし…………自分でも自分がよくわからない。

 

「一夏ー、どこにいるのよー?」

「一夏さーん! どこにおりますのー?」

「一夏ー、いたら返事してー!」

「…………どこに行ったの、一夏」

「声が小さいぞ。もっと声を出せ!」

 

あ、みんなの声が聞こえる。でもその中に悠助はいない。そう考えてしまうとやっぱりダメだ…………弱い自分しか出てこない。私は膝を強く抱え込んで、体を縮めた。苦しい時や辛い時はよくこうしている。癖、なのかな?

 

「あ、いたわよ!」

 

鈴に見つかっちゃった。今の私を見られたらどんな反応しちゃうんだろ?

 

「って、びしょ濡れじゃない!! 誰か着替えとタオル持ってきて!!」

「了解した」

「…………右に同じく」

 

ラウラと簪が旅館の方へと戻り、タオルとかを取りに向かった。本当、鈴って周りの様子を見ることには強いんだから…………私とは全然違うよ。何も取り柄のない私とは…………私には何もできないんだから…………。

 

「持ってきたぞ」

「ありがと、ラウラ。ほら、これで顔拭きなさい」

「…………うん」

 

鈴からタオルを受け取って顔を拭く。だけど、それでまた涙が流れ出てきた。

 

「一夏…………泣いてるの?」

 

シャルロットがそう聞いてきた。私は答える気力も残っていなくて、結局は答えることはしなかった。

そんな時私は誰かに抱きしめられた。

 

「一夏さん…………辛かったのでしょう…………なら、泣くといいですわ。わたくしも同じく痛みを分かち合います」

 

その時のセシリアはなんだか…………よくわからないけど、母さんみたいな、そんな感じがした。その言葉をかけられ、私の心の堰は抑えていたものを全て流し出した。

 

「うぅっ…………うわぁぁぁぁぁ…………ぁぁぁぁぁ…………!」

 

私は再び大泣きをしたのだった。

 

 

「ごめん、セシリア…………服、汚しちゃって…………」

「気にしないでくださいまし。辛いのはわたくし達も同じですのよ」

「そうよ…………あのバカ、一夏を残して逝くなんて…………」

「鈴…………悠助を勝手に殺さないで」

「そうだぞ、意識は取り戻してないが、心臓は確かに動いていたからな」

「…………フォローなってない」

 

みんなのそんなやりとりを見ていたらなんだか少し気が楽になった気がする。別に悠助のことが心配じゃなくなったわけじゃない。みんなも悠助のことが心配だってわかったから…………辛いのは私だけじゃないから…………なんでこう打ち明けたりしなかったんだろう。私の周りにはこんなにも頼りになる人が沢山いたのに…………。

 

「ほら、辛気臭い顔しないの。あいつが目を覚ましたら、笑顔で出迎えてやりなさいよ。泣き顔だったらあいつ、絶対取り乱すわ」

 

鈴にそう言われてなんとなく想像ができた。悠助ってあまり慌てたりしたことないけど、偶にあたふためいている事があるからね。あれはびっくりしたなぁ…………ちょっと新鮮に感じたけど。

 

「そうだね。うん、鈴、みんな、心配かけちゃったね。ごめん」

「ちょ、謝らないでよ。困っていたら助ける、それが友達でしょうが」

 

もう泣くのはやめた。涙が枯れちゃった気もするけど、後は泣かない。悠助を笑って迎えたいから…………。

 

「…………ところで、彼処に流れ着いているの、何?」

 

不意に簪が海岸を指す。その先には何やら柄のようなものが見える。

 

「なんだろう、アレ。どこかで見た気がするけど」

「そうだな、見覚えのある感じがするぞ」

 

シャルロットやラウラの言う通り、私もどこかで見た覚えがある感じがする。気がつけば私はその物体に向かっていた。

 

「おいで、蒼龍」

 

そして、右腕と左腕だけ蒼龍を部分展開する。私はその柄のようなものを掴み、水の中から引き上げた。

 

「大剣…………ですわね」

 

その物体は大剣。私の身長ほどもある刃渡りを持ち、重厚な刀身は血に染まったような紅い色をしている。これって…………

 

「悠助のバスターソード…………」

 

そう、悠助がよく使っていたバスターソードだった。確か悠助が堕ちる前、悠助はバスターソードを投げ捨てていた気がする。もしかしてここまで流れ着いたのかな。

 

「…………なぜこんなところに?」

「多分、海に投げ捨てたのがここまで流れ着いてきたのかもしれないけど…………でも、それだけじゃ説明できないね」

 

バスターソードは蒼龍を使って引き上げなければならないくらい重い武器。なのにどうしてここまで流れ着いているんだろう? それが不思議でたまらなかった。

 

「それはきっとゆーくんの守りたい意思が武器に宿ったんじゃないかな」

 

そう言ったのは束さんだった。って、いつの間に来ていたんですか…………。

 

「ほら、人の意思が武器に宿るってよくあるじゃん」

「…………いや、それはそうそうない」

「そうかなー?」

 

簪は否定気味にそう言っているけど、私は束さんの言うことも間違ってはいないと思ってる。まぁ、単に悠助のことを信じているだけなんだけれども。

 

「まぁ、そのバスターソード、いっちゃんが使ったらいいと思うよ?」

 

え…………私が?

 

「わ、私が使うんですか?」

「ゆーくんとの親和性が高かったから、使用許諾無しでも使えるよ。…………あと、ゆーくん目覚めたらさっさとくっつけ」

「自然とそうなりますわね。わたくしも賛成ですわ。…………はやくくっついて砂糖生産を止めて欲しいですわ」

「あたしも反対しないわ。てか、せっかくだし使っちゃいなさいよ。…………じれったいからくっつきなさい」

「僕もいいと思うよ。それが一夏にとっては一番だと思うしね。…………くっついてくれないかなー、血糖値上がりそうだよ」

「私にも異論はない。存分に使うといいさ」

「…………悠助もそれを望んでいると思う。…………さっさとくっついて爆ぜろ」

 

みんながいろいろ言ってくる。けどね…………ラウラ以外、最後に何かブツブツと言ったよね!? そうだよね!? なんとなく不吉な予感がしたのは気のせいかな?

悠助のバスターソードが来てから辛気臭い空気は消えていった。本当、悠助の力は凄いね。

そんな時だった。

 

[警告、未確認機接近。距離一万]

 

突然ディスプレイが表示され、そんな文字が現れた。よく見ればみんなにも同じように出ている。その中に束さんも含まれる。未確認機…………もしかしてクラス対抗戦の時にきたアレなの…………だとしたら‼︎

 

「束さん!!」

「シグナルパターンは擬似コアと同じ…………フィジカルデータは無し…………あの時のやつと同じ!! 全部無人機!!」

 

全部。その言葉に引っかかった。

 

「反応は全部で十機以上…………接敵まで一時間…………死守できなければ私達は全滅だね」

 

全滅。それを聞いた私は怖くなった。もしかすると誰かが死んでしまう…………それが私なのか、それともみんなのうちの誰かなのかわからないけど…………。

 

「そんなの…………私は嫌だよ」

 

そんなこと、私が許さないんだから! 悠助に助けてもらったこの命で誰かを守りたい。いつの間にかそんな思いが芽生えていた。非才な私にできることは限りあるけど、それでもやりたい、やらなきゃいけないんだ!

 

「そうよね。なんなら全部ぶっ飛ばしましょうか!」

「ですわね。わたくしが華麗に撃ち抜いてみせますこと」

「…………忘れちゃダメ。考えるのは面倒くさい。ただ、やるだけ」

「ここで考えても始まらないしね。戦うよ、僕も」

「ここまでのバカ達を見たことはないが…………いいさ。私も奴らに鉄槌を下さねばならんな」

 

みんなの思いは一つ。

 

「み、皆さん! 大変です! すぐに作戦室へ集まってください!」

 

そんな時、山田先生が慌てて走ってきた。恐らく内容は無人機のことだろう。

 

「私がみんなのサポートをする。パッケージインストールが必要なのはすぐに言って! 私がやるから! あと、いっちゃん、かんちゃん」

 

束さんに呼ばれて、私と簪はそっちに向かった。そこには二つのコンテナが鎮座している。

 

「いっちゃんには前の高機動モジュールとブレードライフル・トライバレットを、かんちゃんには脚部追加ブースターとビームブラスターとツインライフル、増設ミサイルコンテナを取り付けるから。蒼龍と緋龍を出して」

 

束さんからの提案に私と簪はすぐに受け答え、機体を展開した。

 

「すぐに取り付けるからね! 三分だけ時間を頂戴!」

 

それからほどなくして換装は完了し、私達は作戦室へと向かった。

悠助…………絶対に守るから…………だから、待っててね。

 

 

 

 

 

——ここはどこなんだ?

真っ先に頭の中に思い浮かんだのがそれ。泡粒が下から上に上っていく様を見ると海の底にでもいるのだろうか。だったらなぜ呼吸ができるという考えに至るが、最早次元を色々と超えてしまっており、何がなんなのかよく分からなくなっていた。

そんな中、俺は一人の女性を見つけた。ベージュに近い色の髪はツインテールで犬耳のように立っており、肌は軽く日焼けをしているように見える。後は服はまともに着ずに羽織っているだけで、巨大な胸部装甲がサラシで巻かれている。それに加えてかけているメガネがどこかいい感じに合わさっており、俺より少し小さいくらいの身長だ。って、何を細かく観察してんの俺は。

 

「お前が私の主か?」

「…………はい?」

 

突然女性が口を開いたかと思いきや、真っ先に出てきた言葉がこれだ。主? 犬耳キャラだからってその言い回しは何か危険なものを感じるんだが?

 

「いや、お前が私のマスターなのかと聞いているんだ。もしや、違うのか?」

 

今度はマスターときた。勘弁してくれよ、マスターは。本当に危険な匂いしかしねえよ。俺は何をどこで間違えてきてしまったんだろうか…………本気で心配になった。

ところでだ、今更言うのもなんなんだが、この女性、なんとなくどこかであった気がするんだよな…………どこであったかは覚えてないんだが。この際聞いてみるとしようか、その方が手っ取り早い気もするしな。

 

「なぁ、お前は誰なんだ?」

「む、知らないのか。まぁ、無理もない。私は黒龍——今はまだ闘蛇龍だったな、そのコア人格だ」

 

黒龍というのは放っておいて、闘蛇龍のコア人格だと? こんな露出の多い女性がか? 重装甲のあいつからは全く想像できねえや。

 

「私の名前は武蔵だ、改めてよろしく頼むぞ、主」

「ああ、よろしくな武蔵。俺も名前で頼む」

「わかったぜ、悠助」

 

というか、武蔵と聞いて戦艦しか思い浮かばんのだが…………その艦の霊とか言うんじゃないだろうな?

 

「それは違うな。単に母方が趣味でつけたらしいぞ」

「さいですか。てか、さらっと心読んでんじゃねえ!」

「仕方ないだろ、思考がこちらへも流れてくるのだから」

 

まぁ、ISとして繋がっているから仕方ねえのかもしれねえんだけどさ、プライバシーってもんはちっと保証してもらいたいもんだぜ。

 

「しかし、あれは中々に効いたぞ。よく自己を犠牲に守ろうとしたよな?」

 

そういう武蔵の上着の一部には穴が空いていた。あれは恐らく雪片が貫いた後なのかもしれん。俺も同じところを刺されたはずだからな。闘蛇龍のコア人格である武蔵が同じダメージを受けていてもおかしくはないか。

 

「仕方ねえだろ、あいつを、一夏を守るのに必死だったんだからよ」

「まぁ、その気持ちはわからんでもないさ。あいつは私も守りたかったからな」

「あいつって誰だよ?」

「蒼龍のコア人格さ。名前は——」

「——むさ、し…………?」

 

そこにいたのは…………一夏?

 

「あ、私は蒼龍のコア人格、名前は榛名といいます」

「…………コア人格って心読めんの?」

「まぁ、大体はな。榛名、お前は無事か?」

「…………はい…………ですが、貴方が!」

「装甲と悠助以外は損傷していないさ。お前を守れてよかった」

 

武蔵はそう言うと榛名を抱きしめた。それはまるで、長い間会えなかった者たちが再会を果たしたような、そんな感じがする。てか、榛名って一夏にそっくりだな、マジで。服装以外、声もそんなに変わらんぞ。変装されたら絶対わからんわ。

 

「あー、本当に暑いんだから…………というか、目覚めたのかよ、お前」

 

そんな中、さらに人が増えてきた。今度は眼帯装備の所謂不良と呼ばれる部類のやつだ。帯刀してるしよ、何があった一体。

 

「お前が武蔵を呼び起こしたんだな。俺はストライク・ファルコンのコア人格、名は天龍だ」

「天龍…………お前もいたのか」

「いたわ! というか、お前が目覚めねえから俺が一人浮いてたっつーの!!」

「今でも十分浮いていますよ、天龍」

「だぁーっ! うるせえ!」

 

いつの間にかコア人格同士による談義が始まっていた。俺の思考はすでに色々と焼き切れる寸前だぜ。というか、疲れんだわ。こんな個性の強い奴らだとは思っていなかったからな。というか、武蔵って身長でけえ。俺よりは小さいが、榛名よりは大きいな、色々と。決して胸部装甲に目が行ったわけでは…………すまん、嘘ついた。ちょっと見てしまった。てか、仕方ねえだろ思春期の野郎はみんなエロいんだよ!(ヤケ)

 

「さて、一旦話はやめるとしよう。榛名、天龍、それぞれのところへと戻れ。私は悠助と話がある」

「わかったぜ。それじゃ、そのうちな」

「わかりました。では、後ほど」

 

そう言うと二人はどこかへと消えていってしまった。コア人格だから、そのコアを移動するだけなんだろうけども、そんなことができるとはな…………オリジナルコアって可能性の塊? それだったら束さんはとんでもないものを作ったんだなこれ。

 

「なぁ、悠助よ。一つ聞いてもいいか?」

「なんだ?」

 

武蔵が俺に向き直って話してきた。さて、どんな話なのやら。

 

「悠助は蒼龍の主、一夏の事をどう思っているんだ?」

 

どうって、そりゃ…………

 

「守りたい存在、だな。それ以外に何かあるか?」

「すまん、質問を変えよう。お前は一夏の事が好きなのか?」

 

その質問を投げかけられた時、俺はすぐに応えることができなかった。突然のことだったからかもしれない。だが、あの時俺は確かに、言葉を出すことができなかった。

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