守りたい、ただそれだけ(本編完結) 作:ディニクティス提督(旧紅椿の芽)
「へぇ〜、食堂っていろいろあるんですね〜」
「え? エイミーって、こういうの初めて?」
「そうですね。基本的に食事はいつも
「…………なんか、不吉なもんが一瞬聞こえたぞ。俺はスルーすべきか?」
ということで現在食堂に来ている。エイミーはどうやらこういうとこに慣れてないようだ。ってか、飯が薬物みたいなもんじゃ、そんなこともわからねえか…………自由を得た傭兵は本当に恵まれていると、なんだか思うようになったな。
「さてさて、今日は何にしよ? サーモンのバジルパスタにしようかな」
「俺は昨日の分余り補給してねえし、牛丼特盛りにでもしとくか」
「え、えーと、じゃあ私はチキンカレーで」
エイミーは俺たちが食券を買う様子を見て食券を買う。券売機というものがどうやら珍しい。そういや、アメリカとかこういうのねえって話聞いたな。やっぱり食券とかって日本独自の文化なのだろうか。
「はいお待ち、パスタに牛丼にカレー上がったよ」
「うーす。そんじゃ適当に席取るか」
「みんなで座るにはあの辺だね」
そう言って一夏が指さすのは窓側の席。海が一望できるとして割と人気がある席だ。いつもなら混んでいるらしいが、今日に限っては空いている。おお、ついてるんじゃね?
というわけで、その席に向かう俺ら。早い時間帯に来たから混んでねえし、割りかしスイスイと行けた。席は俺が一人で座り、その向かい側に一夏とエイミーという席順だ。
「そいじゃ、頂きます」
「頂きまーす」
「い、頂きます」
やっぱ飯を食う前にはこう言わねえと。エイミーは若干戸惑いながらだが、俺や一夏の真似をしていた。さて、がっつり食って燃料補給しておきますか。俺の目の前にはラーメン用の丼に入ったガチ特盛り牛丼が御盆の上に鎮座している。紅生姜の締めている面積が殆どねえくらいに、醤油で煮付けられた牛肉と玉ねぎが米の上を占拠。明らかに紅生姜の敗色濃厚。だが、空腹の俺の胃袋の前ではそんなもの意味ない。目の前に肉を置かれて食わない猛獣がいるように、俺も既に十分の一が俺の胃の中に収まった。あー、うめえ。やっぱり仕事明けのこの一杯が最高だぜ。
「あ、あの、悠助さんっていつもこれくらい食べてるんですか…………?」
「あー、エイミーは初めて見たもんね。うーん、時々くらいだよ、これくらい食べるの。いつもは普通の量だよ、まぁ男性用だから私たちよりは多いかも」
「…………よくそれでカツサンド四切れだけで生きていたと思いますよ」
エイミーの言っていることに俺は内心納得していた。実際のところ朝飯は食ってねえし、何より最後に食ったのがカツサンドだからな。速吸の用意してくれた飯は美味かったんだが、量が足りねー。まぁ、急拵えとか言ってたし、仕方ねえのかもな。どうであるにせよ、一夏の作る飯が一番美味いんだがな。
なお牛丼は既に半分が消失。丁度よく胃も満たされそうだ。
「は、早い!?」
「驚いてたら疲れるばかりだよ?」
「そ、そうですね。あ、このカレー美味しいです! 軍の糧食とは全然違います!」
「ははは、そいつは良かったな。多分、あそこよりはいいものを食えるだろうぜ」
「軍…………? え、まさかエイミーって軍にいたの?」
「元アメリカ軍ですけどね」
エイミーのカミングアウトに今度は一夏が驚いていた。まぁ、想像なんてできねえよな。ラウラみたいな例外があるとはいえ、基本的にこんなに若くして軍に入るなんざ、徴兵制度のある某国とか、国と言っているがただのテロ組織である某国とかにいない限りはあるもんじゃねえ。ってかあってたまるか。
「…………もしかして、エイミーって超エリート?」
「た、多分、そうなのかもしれませんね」
「うわぁ…………苦手の多い私と大違いだよ」
「いや、お前も頭はいいんだし、実力だってあるんだから、そうじゃねえだろ」
「うーん…………でも、悠助がいなかったら何もできないような私だしね…………」
「一夏さんって謙虚なんですね」
エイミーはそうやってフォローをしているんだが、当のされている本人は何やら苦笑してる。だが、明らかに一夏はその秘めている力を伸ばしてきているように思える。努力家のこいつには上限なんて存在してねえだろ、きっと。まぁ、努力に憾みなかりしか、とかというくらいだし。それに比べてあの自称天才とモップは…………と考えたところで思った。
「そういやさ、自称天才とモップってどこにいった? あと織斑千冬も。ここ最近全然顔見てねえんだが…………」
そう、あいつらが全く見えないのだ。前までならしつこいほどに絡んできたはずなんだが、学園祭が始まる前くらいには既に見てなかった気がする。まぁ、一夏の事を考えればいないに越した事はないんだが、いないのはいないので妙な胸騒ぎがするんだよな。こうなんていうか嵐の前の静けさ的なやつ。
「そういえばそうだね…………私も全然見てないよ」
「そうか…………厄介な事にならないといいんだが」
「? どうかしたんですか?」
「いや、なんでもねえよ。こっちの話だ」
そう言って適当にはぐらかす俺。この話題に触れ続けるのは一夏にとってよろしくないからな。それに、無駄に懸念を広げて事を大きくするのも勘弁したい。だが、俺の心の内では何やら嫌な予感だけが残っていた。あの時の…………臨海学校の時と同じ感覚。しかし、それが何を示しているのか、現時点で俺には全くもってわからなかったのだった。
「あ、言い忘れてたけどさ、一夏」
「? なに?」
「束さんが蒼龍の戦闘データを取りたいんだとよ。最後に取ったのは追加モジュールを換装した時だし、臨海学校の時は取れなかったみたいだからな」
「モニタリングしてなかったの?」
「
「そういう事。わかった、それっていつ頃になるの?」
「早くて明日。遅くて一週間後らしいぞ」
はーい、と間延びした返事をする一夏。そんな声を聞いていたらさっきまでの胸騒ぎは鳴りをひそめた。まぁ、そんなものないに越した事はない。平和が一番なんだろうな。そんな風に考えている俺がいた。
「ごっそさんでした」
「「ごちそうさまでしたー」」
昼休みもそれなりに時間が過ぎたな。さて、教室にでも戻っているとするか。そう思って食堂を出ようとした時、
「…………何してんの、お前」
渚の奴がいた。両脇は簪と楯無でがっちりと固められている。話だけ聞いたが、こいつら許婚の関係らしいしな。なお、束さんの手によりIS学園に強制入学させられた。まぁ、特別しんどい事はないようだし、簪と楯無と一緒に居られる時間が増えるからいいんじゃね。
「え? 飯食いに来たんだが…………」
「…………今日は渚の奢り」
「おねーさんだって、偶には彼氏に甘えたいのよ」
「って、楯無さんって恋人いたんですか⁉︎」
「一夏ちゃん? 私ってどんなイメージなの?」
「えっと…………時期を逃してしまった残念な人」
「さ、さりげない毒を…………」
「あの渚さん、二股はいけないですよ?」
「違うぞエイミー。俺は二股なんてしてない、してないからな」
なんかカオスだな、この状況。一夏は失礼だが楯無さんに渚という彼氏がいる事に驚き、エイミーは渚が二股していると指摘したりして、と。これが平和ってやつなのかもな。こうやってバカ話をして楽しんでいられる時間がある。束さんはこんな世界を望んでいるんだろうな。
「ちょっと、紅城君も何か言ってよ! あなたの彼女でしょ⁉︎」
「悠助! 弁明を頼む!」
…………だからって俺を巻き込む必要なんてねえだろ!! てめえら、目前でフラッシュグレネードを起爆させてやるぞ。
翌日、どこか疲れが残っている悠助と一緒に学校へ向かっていた。どうやら、一昨日ずっと仕事をしていたみたいだし、殆ど寝てないって言っていたから、疲れなんてそう簡単に取れないんだろうね。多分、私だったら疲れ果てて、ずっと寝ていてこんな時間には起きていなさそう。
「あ"ー、体が重い…………なんか腕が痺れてんだよな。やっぱツインガトリングの反動か…………」
「ガトリングガンを片手で撃ったらそうなりますって」
「朝の会話が物騒すぎない!?」
朝からツッコミを入れはきゃいけないってどういうこと⁉︎ というか、悠助は何をしたの!?
ちなみに、エイミーもここにはまっている。他の人が悠助とお話ししているのを見るとちょっと胸がちくちくとするけど、エイミーからはそんなものを感じないし、束さんと関わりのある人だからね。それならしかたないかな、って。
「いやいや、まだ血生臭い話をしてないだけマシだぜ? ここにアーミアが加わったらな…………あれは言えん」
「そうですよね…………多分、セカンドでの日々と比べたらどんなに今が満ち満ちているか…………」
「急にシリアスになった!?」
「まーまー、いろいろあったんだからそれなりの反動はあるって」
「…………もう、何があったのかは聞かないよ」
「聞いたら聞いたで辛いですからね」
どんな話があるんだろう、と本気で思ってしまった。今まで悠助のお仕事の話は何度か聞いたけど、今回のばかりは聞くことが出来なさそうだ。多分、私が耐えられない。
そうやって話をしていたら、いつの間にか昇降口に着いていた。うん、寮からそんなに離れてないし、むしろ近いからすぐにつくんだけどね。さて、今日も一日頑張ろ、そう思って下駄箱の蓋を開けた時だった。どこかいつもと違う何かを感じた。それよりも私が今の状況を認める事を心のどこかで拒絶したのかもしれない。だって、
——内履き、片っぽ無いんだから。
いつかはこんな事があるっていうのはどこかで思っていた。でも、それがずっと無かったから、警戒する事をやめてしまっていた。寒い…………心のどこかが寒いよ。
「おい一夏、どうした?」
悠助に声をかけられてハッとする。ふと見るとどこか怪訝そうな顔をした悠助が私を見ていた。エイミーもどこか疑問を抱いているような顔をしている。まずいよ…………こんな事を気づかれたら…………。
「あれ、一夏さん、内履き片方無いですよね…………?」
…………エイミーに気づかれた。うぅっ…………気づかれたくなかったのに。だって、そんな事言ったら
「お、おいマジかよ…………一夏、それ本当か?」
悠助に気づかれちゃう…………迷惑を絶対かけないって心にそう誓っていたのに、これじゃ悠助に迷惑をかけちゃうよ…………。でも、今の悠助に下手な言い訳は通じなさそう。言ったら言ったで最後、結局本当の事を言わなきゃいけなくなりそう。
「う、うん…………下駄箱開けたら」
「そうか…………大丈夫なのか?」
「多分、大丈夫だよ。ちょっと職員室に行ってスリッパでも借りてくるから、先教室に行ってて、ね?」
「いや、俺も一応行くが——」
「いいよ、大丈夫だから。いつも悠助に頼りっぱなしじゃダメだからね」
「…………わかった。すまん、先に行くわ。ほらエイミー、行くぞ」
「え? あ、は、はい!」
悠助とエイミーは私の言う通りにして、先に教室に向かってくれた。うん、これでいいんだ…………さっきまでは堪えていられたけど、ポロポロと涙が溢れる。こんなみっともない姿、悠助に見せられないよ…………もっと迷惑をかけちゃう。
とりあえず涙を拭って、下駄箱に残されたもう片っぽを取り出す。…………多分、こうなったらあとは見つからないだろうからね。今まで出てきた事、数えるくらいしか無いよ。それに、片っぽだけじゃ意味ないから。靴を入れようとしたけど、入れる直前でやっぱりやめた。もう狙われるの嫌だし…………。鞄の中に入っていた内履きを入れる袋を取り出して、その中に両方を入れた。これでいいかな。
そのままの足取りで職員室に向かった。時々足元を見ちゃうんだけど、その度にため息が漏れた。なんで私だけこんな目にあうんだろう? 私が何も出来ないから…………千冬姉さんと比べると遥かに劣っているからなのかな…………そんな事ばっかり頭の中をぐるぐると回っていた。
「失礼します」
職員室に着いた私は山田先生のところへと向かった。山田先生は朝早いにもかかわらず、書類の整理に忙しそうだった。その隣ではファイルス先生が山田先生を支えるように仕事をしていた。二人って、なんだか気があってるみたい。
「あ、織斑さん。おはようございます。どうかしましたか?」
「山田先生、おはようございます。実は…………」
そう私が事情を説明しようとすると、山田先生は私の足元に目をやった。うん、今の私は内履きを履いてないからいつもの黒靴下なんだよね。すぐにわかっちゃうよね。
「もしかして、内履き忘れたんですか?」
「えっ、あ、あぁ、はい、そう、です…………」
山田先生の答えは私の思っていたものとは全く違うものだった。だって、昨日は普通に授業の日だから持って帰るなんてことはないし…………。
「じゃ、ファイルス先生、スリッパを持ってきてもらえますか?」
「ええ、わかったわ」
ファイルス先生は山田先生に言われてスリッパを取りに行った。って、結構奥の方にあるんですね。
「…………本当の事は言いたくなかったら言わなくてもいいですよ? でも、先生は織斑さんの味方だって事は忘れないでくださいね」
山田先生は私以外には聞こえないような小さな声でそう言った。やっぱり気づいていたんですね…………でも、あえて忘れ物と言ってくれたから、そのお陰で私は自分で朝の事を話す辛さを感じさせなかった。その優しさ、やっぱり先生はいい人だなと思った。
「はいスリッパ。もう忘れ物をしちゃダメよ?」
「はい、すみません。ありがとうございました。失礼します」
ファイルス先生からスリッパを受け取り、その場で履く。頼りないけど、靴下だけでいるよりはマシだよ…………前なんてスリッパすら借りる事が出来なかった時もあるし。そのまま職員室を後にして教室の方へと向かった。スリッパ特有のぱかぱかといった音が廊下に響く。階段で片っぽ脱げちゃったし。そんな事があるたびに昔の事を思い出しちゃう。
『こんな事も出来ないの!? この出来損ない!!』
少し失敗しただけで罵られた事。
『お前にはこれが丁度いいんだよ、落ちこぼれ』
心もとない落書きや言葉の雨。
『千冬様の恥さらし!! お前にこんなものはいらない!!』
目の前でノートをズタズタに切り裂かれたり、内履きを無理やり脱がされてゴミ箱に捨てられた事。
それらが全て鮮明に思い出されて、頭の中がぐちゃぐちゃになってきて…………もう私、どうしたらいいのかわからないよ。怒りたいのに怒れない、そんな情けない自分がいる事が一番腹立たしくて、そして悲しくて…………何もかもが嫌になっちゃう。ねぇ、榛名…………私はどうしたらいいのかな?
〔いつも通りが一番だと思いますよ〕
まぁ、それはそうだけど…………それができたら苦労しないよ。そう考えていたらいつの間にか教室の前に着いていた。なかにはいれば既に悠助とエイミーは席についていた。二人は輝いて見えるのに、私はなんだか汚れていてくすんでいる。そう考えたらため息が漏れた。
今日は一日中晴れない気持ちでいた。悠助とおしゃべりしたりしたけど、心はどこか上の空。授業も空ばっかり眺めて、あんまり身に入って来なかった。…………その度に山田先生が心配の念を込めた目を向けてくるから大変だったんだけど。悠助には終始心配されてたしね。もう片っぽはまだ出てきてないし…………諦めた方がいいみたいだ。
「山田先生、今日はありがとうございました」
「い、いえいえ、そこまで大それた事はしてませんよ。…………それよりも、見つかりましたか?」
今私は職員室の応接室にいる。スリッパ、返さなきゃいけないからね。それに山田先生には本当の事を話したよ。話している時も体が震えたりして辛かったけど、山田先生はちゃんと聞いてくれた。それだけで、私の心は軽くなった気がするよ。
山田先生は私にそう聞いてきた。俯いちゃってる私にはもう話す気力などなく、ただ頭を横に振るだけだった。
「そう、ですか…………困りましたね。一応、こちらの方でも探してみます。名前とか書いてあるんですよね?」
「あ、は、はい…………踵のところに織斑って書いていて、青い縁取りのものです」
「わかりました。しばらくの間はスリッパで我慢してください。もし出てこなかったら、その時は——」
「大丈夫です。慣れていますから」
私がそう答えると、山田先生はどこか悲しそうな表情をした。別に大丈夫ですよ…………とは、自信を持って言えない。でもね、そう言って相手に変な心配をかけたくないんだよ。
「あの…………織斑さん?」
「どうかしましたか?」
「あまり自分を責めないでくださいね。織斑さんが悪くないのは、先生もちゃんとわかっていますから」
その言葉をかけられることがどれほど嬉しいものだろうか。ありがとうございます、そうとだけ言って職員室を後にした。はぁ…………この後どうしようかな。悠助にあわせる顔なんて無いし、蒼龍はデータ取りのため悠助に預けちゃったから訓練は出来ないし…………自室に戻って休んでようかな。そう思って昇降口を出ようとした時だった。
「こっちに来なさい」
突然両腕を掴まれて、何処かへ連れて行かれる私。どこへ連れて行かれるんだろう…………というか、この人達は一体…………?
「きゃあっ!!」
私は地面に叩きつけられた。辺りを見ると木が生えている。確か、学園には林みたいなものがあるらしいからそこなんだと思う。でも、私の目の前には五人くらいの人達が私を取り囲むように立っている。リボンの
色からして二年生と三年生。みんな私を目の敵みたいな感じに見ている。
「貴女、自分が何をしたかわかっているわよね?」
「え…………?」
「その顔じゃ、わかっていないよう、ね!!」
「っ!?」
突然、だった。頬を思いっきり叩かれた。突然すぎることに頭が追いつかない。今度は胸倉を掴まれて、締め上げられる。苦しい…………息が…………出来ないっ…………。
「どう、して…………」
「どうして? 決まっているわ、貴女の存在そのものが邪魔なのよ! この、出来損ない!!」
そう言われて、私は木に背中から叩きつけられた。木のコブみたいなものに当たったみたくて、背骨を中心に痛みが広がっていく。そのまま地面にへたり込んだ。今度は肩を思いっきり踏まれた。
「あんたがいたから、千冬様はこの学園を去ったのよ!! しかも、織斑君までをも連れて!! 私達の千冬様を返しなさいよ!!」
「かっ…………はぁっ…………!?」
今度はお腹を力強く蹴られた。中のものが出てきそうになったけど、それは必死に堪える。でも、それよりも私が思ったのは、千冬姉さんと春十が学園から去っていったということ。それが私のせい…………なの? いや、違うよ。そんな事でいなくなるんだったら、すぐにでもいなくなるはず。なのに…………なんで、なんで私が責められるの!?
「おまけに紅城君と付き合ったりして…………ふざけるのも大概にしなさいよ!!」
体の至る所を四方八方から蹴られ始めた。痛い…………たまに鳩尾につま先が刺さってくるから本当に痛い。どうして…………どうしてなの…………私には自由は無いの…………!? 悠助は私の事を好きだって言ってくれた…………嬉しかった…………そんな僅かな幸せも…………それすらも私は否定されなきゃいけないの!?
気がつくと私は傷だらけになった足を引きずりながら、その場を逃げ出していた。痛くてはやく逃げようにも逃げられない。
「きゃっ…………!」
途中、木の根っこに躓いて転んでしまった。その時の衝撃でなのか、靴が片っぽ脱げてしまったのがわかった。でも、今はそんな事を気にしていられるほどの余裕は無い。すぐにでも逃げ無いとまた…………‼︎
「うわ、ださっ! まともに走れないのかよ!」
「そんな当たり前の事も出来ないなんて無能なんじゃないの?」
「本当それ! あれが同じ人間なんて思えないわ」
「さて、私達からは逃げられないわよ、クズ斑さん? これからたっぷりと遊んであげるわ」
その時見た彼女たちの顔は、私の様を見て嘲笑っているようだった。悔しさと怒りと痛みが織り混ざって、なんだかよくわからない感情が生まれて、頭の中がぐちゃぐちゃになって、私はただ涙を流すだけだった。
今日一日中モヤモヤとした気持ちでいた俺は渚や簪、エイミーとともに第三アリーナへときていた。と言っても、束さんが蒼龍の戦闘データを解析するために持ってきただけなんだよな。俺としては一夏から蒼龍を預かる事に不安を抱いていた。朝の事がその原因だ。だれがどう見たってあれはイジメ以外のなんでもない。一夏を守る存在である蒼龍がいない今、俺はじっとしていられない。すぐにでも飛んでいきたい気分だが、一夏自身が大丈夫と言ってきたから、それに生徒会室にまっすぐ向かうと言ってたから、だから一人で行かせてしまった。俺自身もきっとどこかで大丈夫だろうと思ってしまったのかもしれないな。
「どうしたんだ、悠助?」
「あ、いや、少しいろいろあってな…………」
「渚さん、あまり聞かないほうがいいと思いますよ?」
「…………誰にでもそんな日はある」
「まぁ、そうだけどさ…………こいつがこんなに考え事をしてる時なんて早々な——」
「誰が考え無しだって?」
少々、渚の言葉に怒りが出たもんだから、105mmオートカノンを展開、その砲口を突きつけた。あの言葉にはさすがの俺でもカチンときたからな。
『こんなに悩むなんて悠助らしくないね』
どうしてだ…………俺の頭からは一夏の事が離れない。それどころか、ちょっとした事で一夏の事を考えてしまう。それはいいんだが、そのベクトルがいつもとは違う。なんなんだ…………なんなんだ、この胸騒ぎは!!
「…………いや、今のは聞かなかった事にするわ」
俺はオートカノンの砲口を下げ、それ自体を格納した。一夏が出てくると、怒る気とか失せるからな…………。
「お、おう…………けどよ、本当お前、今日はお前らしくないな」
「…………渚の言ってる事も間違いじゃない。今の悠助、どこかピリピリしてる」
「悪かったな…………」
「い、いや、別にそんなつもりで言ったわけじゃないと思いますよ。…………私から見てもかなり張り詰めているような感じはしますね」
どうやら、かなり俺は胸騒ぎでそわそわしているのがもろに出ているらしい。だが、それは仕方ねえだろ。だって、もう二度とあいつの悲しそうな泣き顔や傷つく姿を見たくねえんだ。
そんな時だった。
「渚、何機いる?」
「ざっと数えて十、ってところだな…………」
どうやら俺たちは囲まれてしまったようだ。俺は黒龍を展開してるからなんとかなるが、エイミーのクーガーだけはメンテナンス中だ。どうにもならないぞ、これ。
「渚、この場は俺がやる。お前らはピットの近くにでも退避しておけ」
「あ、ああ。行くぞ、お前ら」
とりあえず俺以外の面子を退避させる。渚は藍狂狼を展開してるし、簪も緋龍を展開してるから、人一人を守るには十分だ。
「で、俺に何か用でもあるのか?」
俺は取り囲んでいる連中に向き直り、頭部近接防御機関砲の安全装置を解除した。訓練機の打鉄にラファールか…………よくこんなに許可が下りたものだな、こりゃ。訓練機一機ですらすぐに許可が下りるものじゃねえし、計画的な何かか? そう考えると同時に、俺の胸騒ぎは一層増していく。
「ええ、そうよ」
「用があるならさっさとしてくれ。俺だって時間は限られているしな」
「なら、単刀直入に言わせてもらうわ。紅城君、私と付き合わないかしら?」
そう言ってきた。何を世迷言を言っているのやら…………俺は絶対にあり得ないと思い、バッサリと切り捨てた。
「悪いな。俺には一夏という心に決めた女がいる。その返事は出来ねえよ」
「ふーん、そんな事を言うんだ…………皆構えて。あの男をやるわよ」
そうラファールの女が言うと周りにいた九機も俺に向かってライフルやらショットガンやらを構えた。そして近接ブレード持ちは俺に向かって突撃してくる。こいつら、女尊男卑主義者か?
「あ、そうそう。その一夏とかって子だけど、今こんな事になってるわよ?」
そう言って女が俺に見せてきたのは、至る所に暴力を受けボロボロな姿になった一夏であった。うそ…………だろ…………なんでなんだ…………なんでこんな事になっているんだ!? 俺の中で怒りがふつふつと湧き上がってきた。それが奴らに対しての怒りなのか、守れなかった俺自身に対してなのかはわからない。
「こんなに汚くてみすぼらしい女といるより、私といたほうが明らかにいいわよね?」
あの女が言ったその一言。それを聞いた俺は、もう怒りを抑えることができない。——もう我慢できない。奴らは全て排除してやる。
——搭乗者のバイタル、正常
——システムの構築を開始
ーーシステムの構築を完了
——インサニティ粒子生成量、上昇
——
〔今回ばかりは私も頭にきた…………力を貸すぞ、悠助!!〕
「…………ああ、了解したっ…………!!」
——CODE:OVER DRIVE
——RATX4-00 [HYPERION MODE] ACCEPT
「な、なんなんだよ、あれ…………」
第三アリーナは急にその空気を変えさせられた。原因は悠助の黒龍だ。その変わり様に俺は言葉を表すことができなかった。パネルラインの隙間や頭部の近接防御機関砲制御のアンテナ、デュアルアイ、顎のオプティカルシーカーなどから紅い血の様な光が溢れ出す。あれは…………粒子なのか?
[警告:RATX4-00より半径100メートルを侵入禁止区域と指定します。直ちに退避してください]
俺の愛機からそんな警告がながされた。どうやら簪にも同じ警告が出たみたいだな。どんだけ危険なんだよ…………。
〔渚! すぐに逃げなきゃいけないっぽい!!〕
「夕立!? どうした!?」
〔む、武蔵さんがマジギレしてるの!! 下手したら焼け野原になるよ!!〕
夕立が語尾を忘れてしまうほど状況は危険なものになっている。というか、警告の音がガンガン鳴り響いてヤバイ状態になっているんだよ!
「簪! エイミーを連れてピットに退避だ!」
「…………う、うん!」
「わ、わかりました!」
二人の顔は恐怖によって焦りが出ていた。というより、悠助が撒き散らしている強力な殺気がそうさせてるのかもしれない。俺も何人もの奴を殺してきたが、その中にあれほどの殺気を出せる奴はいなかった。ましてや、俺ですらそこまでの殺気は出せない。だとしたらあいつは…………あいつは何者なんだ?
そう考えた時、状況は直ぐに変わった。
「ふ、ふん! 様子が変わったくらいで男なんかに負けないわ!」
そう言って俺に斬りかかってくる女共。普通ならそこそこ速くは見えるだろう。だが、今の俺にはそんなもの、蚊が止まるくらい遅く見えるわ!!
ノーマルユニットのブースターを全開、奴らの後方へと一気に回り込む。この加速力、通常の三倍は出てるんじゃないのか? まぁ、そんなことはどうだっていい。要するに、こいつらを排除できるかどうかが肝だからな。
「う、うそっ!? なんなの、あの加速力は!?」
「うるせえんだよ、雑魚共が!! その口、引きちぎってやんよ!!」
俺はその場でAMBAC機動をとる。手足の動きで推力を殺さずに旋回する動きだ。もっとも進行方向を変えることはできないが。だが、ブースターとスラスターの制御をすりゃ、問題もなんもねえよ。
両手にバスターナックルを装備する。こいつで上等だ。あぁ…………我慢できねえ!
「オラァッ!!」
一気に接近した俺はそいつの顔面に装甲でガチガチに固められた膝蹴りを叩き込んでやった。加速度に加えて異常な出力での膝蹴りは気絶させただけでなく、絶対防御も突破し、鼻の骨をヘシ折ったようだ。まぁ、どうだっていいがな。
「男の分際で!!」
「喚くんじゃねえよ、メスが!」
さらに後ろから攻めてきた奴のこめかみに爪先での蹴りを叩き込む。だが、それでもまだ奴の意識は残っていた。
「これでも食らっておけ!!」
容赦なく俺はバスターナックルで奴の顔面を中心に殴り続けた。尋常じゃない衝撃が奴を襲っているようだ。
「い、いいいい、嫌ぁぁぁぁぁぁっ!! や、やめっ…………——」
いつの間にか口から泡吹いて、股間のあたりから何かを垂れ流していた。さて、こいつを利用させてもらうとするか。
「チョイサァァァァァッ!!」
「きゃっ!!」
「ぐうっ!?」
アレストワイヤーを取り付け、そのままぶん投げた。近くにいた二機を巻き込み派手に吹っ飛ぶ。気絶していた奴は壁に叩きつけられた後、地面に落ちた。二機はなんとか体勢を立て直しているようだが、それじゃ的になっているようなもんだぜ。
「そーれ、まとめてお陀仏!!」
バスターナックルを一度ひっこめ、代わりにバスターソードを取り出し、二人にめがけ振り下ろした。大質量の大剣が振り下ろされ、打鉄特有の実体シールドも意味なく両断され、ただ無残に転がっているだけだった。
「あっという間に四人も…………ば、化け物!!」
「同じ人間なら倒せるぞ!! それに劣っている男なんかに…………!!」
「おぉーっと、あっぶねえなー」
ライフルやらグレネードやらが飛んでくるが、俺はひたすら回避し続ける。当たる気配は更々ない。というか、弾よりも速く動いてんじゃねーの、俺。今のところ被弾無し。
「な、なんで!? なんで当たらないの!?」
「し、ショットガンでも当てられない!?」
「ハッハー! 撃つっていうのはよ、こうやるんだ!」
右手にバスターソードを預け、左腕のマルチランチャーから通常弾頭を撃ちはなった。一般的なのはクラウス社系グレネードだが、俺のは安定のGEW系の高火力グレネード。破壊力に一定の評価があるというそのグレネードを撃てるだけ撃つ。爆煙が立ち込め、視界を奪っていくが何かが地面に落ちる音が聞こえたからいいわ。
バスターソードをひっこめた俺は再びアレストワイヤーを射出、二人ほど捕らえる。
「地獄の演舞でも楽しんできな!!」
先端に丁度いい重りがついたワイヤーをとにかく振り回した。地面に、壁に、シールドに全身を叩きつけさせ、意識を刈り取っていく。お互いをぶつけ合わせ、止めと地面に再度叩きつけた。地面に頭がめり込んだ連中はもうピクリとも動くことはなかった。
「こ、こいつ!!」
「おぉーっと、威勢だけはいいねぇ…………でもな」
ブレードを構えて斬りかかってくる奴一名。だがその顔はすでに恐怖に染まっている。そのせいか、切っ先もまともに定まってないようだ。
「隙だらけなんだよ!」
再びバスターソードを取り出し、フルスイングした。向こうもブレードで受け流そうとしたようだが、生憎強度はこっちの方が高いんだよ! そんな命の一つも奪えねえ安刀に遅れなんざとるわけねぇだろ!
「死に晒せや、オラァッ!!」
「きゃあっ!!」
斬りつけた直後に飛び蹴りを食らわす。姿勢制御もままならず、奴は壁面へと吹っ飛んで行った。おー、今度は壁に頭を突っ込んだか。
「——さて、残りはお前だけだなぁ? えぇ? IS乗りさんよぉ」
俺は残った一機に向かった。さてさて、こいつを始末すれば後は終わりだ。だが、その前に聞いておきたいこともあるしな。
「なんで、なの…………私達だって代表候補生なのよ…………エリートなのよ…………」
「そんなもん、大した肩書きじゃねえだろ。単に適性があるってだけで、兵の頭数稼ぎになってるだけなんじゃねえの。——そんでもって、俺はてめえに聞かなきゃならねえ事がある」
俺は対ISライフルを取り出し、奴の眉間に突きつけた。オリジナルですら最悪シールド突破できるレベルだしな。それに、こんな実戦にも出た事がねえ奴らがチビらねえわけねぇだろ。
「お前ら、一夏をどこにやった? 正直に言え。じゃねえと——」
俺は対ISライフルのトリガーに指をかけた。それを見ていた目前の女は死の恐怖でも感じたのか
「わ、わかったわ! あいつなら学園の林の方にいるわ!く、詳しくはわからな——」
「情報、ありがとよ」
すんなりゲロってくれた。
「あばよー、名もなき代表候補生」
だが、こいつだけ何にもオシオキ無しってわけにはいかねえからな。そのまま対ISライフルをフルオート射撃。一マガジン十五発を浴びせてやった。後の事は知らん。俺はそのままアリーナのシールドを突破し、学園の林に向かって飛んでいった。
「あぅ…………」
全身を踏みつけられた私には最早逃げる気力も体力も残っていなかった。頭を腕で守っていたから、一番はそこかな…………意識もなんだか朦朧としてきたよ。視界もなんだかぼやけてきたし…………私、ここで死んじゃうのかな…………。
「さてさて、これよりゴミの解体ショーを始めまーす!」
「おっ、いいねえ!」
「やっちゃえ、やっちゃえ!」
そう言って三年生の一人が取り出したのは、一本のナイフだった。多分、あれだけで私は死んじゃうね…………何も抵抗もできないし、逃げる事は無理。そんな私はただただ運命に流されるまま、それで終わっちゃうんだ、きっと…………。
(ごめんね…………悠助…………)
いつの間にか心の内で悠助に謝っていた。きっと悠助、私が死んだら泣いちゃうかな…………もっとお喋りしたかったな…………もっと一緒に遊んでいたかったな…………。
「ではー、イッツ・ショータイム!」
そう言ってナイフが私を刺そうとした時だった。聞きなれない金属音と、何かが破裂するみたいな音が聞こえた。
私は音のした方に頑張って目を向けた。そこには何か紅い光を撒き散らす、黒い影が見えた。私が覚えているのはそこまで。私の意識はそこで途切れた。
林の中に生体反応を見つけた俺はその付近に降り立った。そして、直ぐに一夏を見つけた。
——今にも殺されそうな姿で。
その時の俺は一体どんな感情を抱いたのだろうか。いや、そんなもの決まっているか。ただの殺意だって。取り囲んでいる連中の一人がナイフを取り出して、一夏を刺そうとしやがった。とっさに俺はハンドガンを展開、ナイフ目掛けて放った。
結論から言えばナイフは砕け散り、一夏が殺される不安は無くなった。だが、周りにはあの殺そうとしていた連中がいる。
「に、逃げろぉぉぉぉぉぉっ!」
「ちょ、ちょっと待ちなさーい!」
「逃がすわけねえだろ!!」
マルチランチャーより劇臭トリモチ弾を放った。束さん特製の暴徒鎮圧弾。トリモチに練りこんだシュールストレミングやくさや、カピ、下水、酢酸の臭いによる精神攻撃。無論、耐えられる者などおらず、皆一様に白目を剥いて口から泡を吹いていた。いいザマだ。
だがこんな連中をいつまでも相手しているわけにはいかない。俺は直ぐに一夏を抱き上げ、ついでになんか脱げてた靴も拾って、学園の保健室を目指した。こいつの速度なら直ぐに着くだろう。幸い心臓の音は聞こえる。気絶しているようだ。だが、泥だらけになった姿や痣を見てしまうと、そんなものもちっぽけに感じてしまう。
「…………一夏、すまなかった」
俺は無意識のうちに一夏へ届かない謝罪の言葉をかけていた。
——依頼、失敗だ。
保健室へと一夏を運び込んだ俺は一先ず、空いているベッドに寝かせた。泥だらけになっているが、この際仕方ないだろう。目を覚まさないようだし、俺が服を脱がさせるわけにはいかない。
今の一夏の顔からは何も感じられない。いつものような安らかな顔でも、時々見せる頬を膨らませた怒り顏でもない。あるのはただの『無』。まるで全てを失ってしまったかのように思えた。そんな大切な彼女の姿を見ていると、俺は自分の無力さ、主犯への怒り、様々な感情が織り混ざってカオスな状態になってくる。果たして俺はこいつに何かしてやれていたのだろうか…………一夏の事を信じた、そして一人で行動させてしまった。あの時、しつこくても一緒にいてやれば良かった。何もなければそれでよし、何か起きても直ぐに対処できた…………それなのに俺は…………俺はっ!!
「あ"ぁぁぁぁぁっ!!」
どこに向ければいいのかわからない怒りの矛先を壁にぶつけた。黒龍を解除している今、壁を打ち抜くという事はない。それでも、拳の跡がくっきりと残ってしまったが。それでも、俺の怒りが静まる事はない。
(俺は…………なんのためにここに来たんだ!! 学園での生活を謳歌するためか? 違うだろ!! 一夏を守るために来たんだろうが!! その任を果たせない俺は一体…………一体なんなんだよ!!)
自分の中では今でも責め続けている。そうでもしてなければやっていられないほどだ。…………何もかもを完全にやってのける人なんてこの世に存在しないということはわかっている。だが、それでもだ! 愛する人を守れなくて何が傭兵だ! それ以前に漢じゃねえ‼︎ 守りたい、ただそれだけの思いはどこへ行ったんだ!! …………いや、思いがあっても、それが実際に行動できなければ何の意味もない。ただの空想か机上の理論だ。
(俺は…………一夏の側にいる資格がねえ)
そう思った俺は保健室を出た。何一つ守れないのなら俺は…………ここを去るべきなんだろうな。
廊下を歩いていると鈴と会った。どうやら、こいつも一夏の事を聞きつけて来たんだろうな。
「ちょ、ちょっと悠助!? い、一夏が保健室に運び込まれたって本当なの!?」
「…………ああ。一夏の世話、頼んでもいいか?」
「べ、別にそれくらいお安い御用だけど…………あんたは如何するのよ⁉︎」
「俺か…………? そう、だな…………暫く一人になりたい。そっとしててくれ。…………俺は一夏の側にいる資格はないんだ…………」
「あ、ちょ、悠助——」
鈴に呼び止められたが、そんなの御構い無しに俺は進む。これでいいんだ…………ああそうだ、これでいいんだ。
「…………武蔵、行くぞ」
〔私からは何も言わないさ…………お前が本当にいいと思ったらな〕
「…………ありがとよ」
黒龍を展開した俺は再び空へと舞い上がった。行くあてなんて無い。向かうとしたら…………自宅くらいだな。
「…………う、うん…………」
私が目を開けるとそこには天井が広がっていた。少し薬の臭いもするから多分保健室なんだと思う。でも誰がここまで…………私、林のところで気を失って、それでーー
「あ、一夏! 目覚ましたのね!!」
「り、鈴? 如何したの?」
「如何したもこうしたも無いでしょうが‼︎ あんたが保健室に運び込まれたって聞いたからこっちはどれだけ心配したのやら…………!」
鈴はそう言ってなんだかちょっと怒った猫みたいに肩で息をしている。というか、焦りすぎだよ。
「あれ? 鈴が私をここまで連れてきたんじゃないの?」
「ひにゃっ!? わ、私じゃないわよ、うん」
どうやら鈴じゃないみたい。鈴は噓をつくのが苦手だし、私には正直に話してくれるから、多分そうなんだと思う。
「じゃあ、誰がここまで…………? 鈴は知らないの?」
私がそう聞くと、鈴は目をつぶって答えてくれた。
「そうよ…………私も運び込まれた事だけを聞いただけだから、誰がここまで連れてきたのか知らないのよ。ごめん、一夏」
「そうなんだ…………」
会話がそこで途切れてしまった。外で鳥が鳴いているのがよく聞こえる。夕日が窓から差し込んできている。そんなどこにでもあるような光景が、なんだか寂しく感じられた。
「そうだ…………悠助は? どこにいるのか知らない?」
「…………」
悠助の事を聞いたら、鈴は目を逸らした。どうしたんだろう…………?
「…………一夏、悠助はしばらく一人にして欲しいって。あいつもなんだかんだで人間だし、たまにはそんな日もあるわよ」
そういう鈴の顔はどこか辛そうなものだった。どうして鈴がそんな辛い顔をしなきゃいけないんだろ…………やっぱり何かあったのかな。
「あ、そうだ。一応検査入院て形でここにいてって、養護の先生が言ってたわよ」
「うん、わかったよ」
「じゃ、また後で顔出しに来るわ。その時は少し煩くなるかもね」
「それくらい大丈夫だよ。あまり静かすぎるのもつまんないしね」
「そうよね。じゃ、また」
「うん、また後でね」
そう言って鈴は保健室を出て行った。後には妙な静けさだけが残った。
悠助…………一体どうしたんだろう。
「——で、本当の事を言わなくてよかったのか?」
「当たり前よ…………! 言えるわけないじゃない!!」
鈴が保健室を出ると、ラウラと出くわした。だが、その間にある空気はなんとも言えないものだ。ラウラの問いに鈴は否定を込め言葉を強くして答えた。
「確かにな…………まさかあんな事をあいつが言うとな」
「もう大切にしすぎて、守れなかった事を相当悔しがってるようね…………でも、あいつは少し責任を感じすぎなのよ!!」
「仕方ないだろう…………」
悠助と一夏の楽しそうな日々を見てきた二人。だからこそ今の状況を見て同じように悲しみを感じているのだろう。
「けど、あれは行き過ぎでしょうが…………! なんで、『一夏の側にいる資格はない』なんて事に行き着くのよ…………!!」
「…………え?」
偶然だった。外が少し騒がしいかなと思って興味本位で保健室の外に出た時…………聞いてしまった。聞こえてしまった…………そんな…………なんで…………。
「い、一夏…………いつからそこに?」
「それよりもさっきのは何なの…………一体どういう事なの!?」
私は力が入らない両手で鈴の両肩を掴んでいた。さっきの事は一体…………。
「…………一夏、辛い事を教える事になるけど、聞く勇気はある?」
鈴もまた私の肩を掴んでそう聞いてきた。その目はかなり真剣そのもの。後ろにいるラウラと目をつぶって壁にもたれかかっている。私はゆっくりと頷き、聞く意思がある事を示した。
「…………恐らくだけど、あんた、またイジメられたんでしょ? 悠助の奴、前から言ってたのよ、『一夏を守る』って…………だけど、あいつはあんたを守る事が出来なかった。だから、自分に責任を感じて…………何も出来なかったのが悔しかったんでしょうね。私もこうなったら同じ気持ちになるわよ」
それを聞いた私はどんな顔をしていたんだろ…………自分でもよくわかんない。でも、それでも…………悠助がどこか遠いところに行っちゃったのがわかったよ…………。そんな…………悠助は何も悪くないのに…………。
「悠助のやらかした事、それだけじゃないけどな…………」
「あ、あんたは…………三人目?」
そう言って現れたのは簪や楯無さんの彼氏である渚君だった。
「あぁ…………俺たちもアリーナで十人くらいに取り囲まれてな…………その時だったと思う、お前がイジメられている画像を悠助が見たのは。その直後だったよ…………黒龍から幾多もの紅の粒子が撒き散らされたんだ、まるで悠助の怒りを体現したかのように。それから十人を一人で倒しきったし…………お前の事、ずっと気にかけていたぞあいつ」
「そうだったんだ…………ごめん皆、ちょっと一人にしてくれるかな?」
「…………了解した。何かあったら連絡をくれ」
「…………わかったわ」
「…………根を詰めるなよ」
みんなそれぞれの言いたい事を言って保健室前の廊下を後にしていった。私は力が全身から抜けていくのがわかった。フラフラとなりながらだけど、保健室のベッドに向かう。私はそのベッドに倒れこんだ。なんでこんな事になっちゃったんだろう…………あの時正直に『一緒にいて』って言えばよかったのかな? …………ううん、違う。それじゃただ迷惑をかけてしまうだけだもん。
『この世界に、誰にも迷惑をかけずに生きていける人間なんているかっつの』
だけど、それを考えちゃうたびに、臨海学校の時に悠助から言われた言葉が思い浮かんでくる。確かにそれはそうだけど…………だけど、私は悠助の足を引っ張りたくなかった! 足手纏いみたいな存在になりたくなかったのに…………! なのに、こうやって悠助を知らないうちに追い詰めてしまった!
『別に誰かと比較するつもりはねえ。俺にとっちゃ、お前が一番なんだ』
そう言ってくれた、私にとって一番大切な人を私は…………私は!
『いや、俺も一応行くが——』
『いいよ、大丈夫だから。いつも悠助に頼りっぱなしじゃダメだからね』
あの時…………もし、あの時悠助に甘えていたらこんな事にはならなかったのかな…………? そう考えると自分がどんどん情けないものに思えてきちゃって…………気がつけばシーツを強く握りしめていた。目尻からは涙が溢れだす。
「悠助…………ごめん…………ごめんね…………!!」
嗚咽がくるが、私の涙はどれだけあるんだろうかというほど流れ出ている。
「うぁあぁぁぁぁぁっ…………!!」
私の涙を止める事は出来なかった。悠助のいなくなった悲しみと、何も出来なかった自分への悔しさと怒りがごちゃまぜになって、どう表したらいいのかわからない感情になっていた。
いつもならなんともなく感じているカラスの鳴き声や夕日の明るさも、なんだか憎たらしく思えていたような気がした。
『私の側からいなくならないでね』
お願い…………お願いだから帰ってきてよ…………
『お前も俺の側からいなくなるなよ』
悠助…………!!
「おうおう、どうやら厄介なものはいなくなったみたいだねえ」
「そうらしいな。だが、他にも厄介な連中はいると思うがな」
「その時はその時で、俺たちとクロノスがでて潰すよ。それでいいだろう?」
「…………私はそれで構わない」
「うんうん、お利口さん。そっちもそうでしょ?」
「否定はしないさ」
「僕も」
「私もです」
「こっちも威勢のいい事だ。じゃ、概要を説明するね。まずは陸戦隊の働きが必要不可欠だ。俺たち独立遊撃隊は後方で待機ね。そして、襲撃場所は——
——IS学園」