守りたい、ただそれだけ(本編完結) 作:ディニクティス提督(旧紅椿の芽)
「はーい、それじゃ朝のSHR始めるわよ」
そう言って教壇に立つのは最近赴任したナターシャ。米軍から脱走まがいの事をしたが、束の一言で今はこうして教師としての仕事をこなしている。最も、彼女自身こういう仕事をしたかったようだが。
そして、いつもの日常が始まる…………はずであった。
「えーと、いないのは織斑君と篠ノ之さん、それに…………織斑さんと紅城君ね」
そう、一夏と悠助の席が空白になっているのだ。いつもなら其処にあるのは、甘々しい雰囲気である。一組の面々はそれをまたかという感じで見ていたが、何処か微笑ましくも見ていた。そのせいもあってか、何処かクラスの雰囲気は重い。
反面、春十と箒がいなくなっても誰一人として悲しんでいないというのも事実だ。最も、散々迷惑をかけてきた人間を疎ましく思わない人間がいないはずがない。
「他に体調がすぐれない人っている?」
ナターシャがそう聞くも、誰も反応してくれない。様子を見ていた真耶も何処か悲しげな表情をした。
「今日は特にこれといった連絡はないわね。それじゃ、一時間目の授業の準備は怠らないように。以上よ」
雰囲気に耐えきれなくなったのか、連絡を終えたナターシャは教室を後にした。真耶もまた、同じようにその後ろを追う。
「…………で、実際のところ織斑さん、大丈夫なの?あれってイジメでしょ?」
「…………おそらくそうでしょう…………多分、それが原因でふさぎ込んでいるというのもあるのでしょうけど…………」
廊下に出た二人は教室よりも重々しい雰囲気があった。というのも、一夏がイジメを受けていたという事が大きいのだろう。赴任して一週間も経たないナターシャがここまで考えるのだ。ましてや四月から見てきた真耶ならばそれ以上だろう。何より真耶はもう一つ、問題をあげた。
「…………紅城君が何処にも…………織斑さんの側にもいないそうなんです」
悠助が居ない。それは単に生徒が家出をしたというレベルでは済まない話だ。世界でも貴重な男性操縦者が脱走したという、国際問題クラスの事態なのである。だが、真耶にとってはそんな国際問題というものの方に興味はない。彼女が一番大切にしているのは、人と人との繋がり。だからこそ、一夏と一番親しい悠助の事が心配なのである。
再び重々しい雰囲気が二人を包む。その静寂を破ったのは、ナターシャであった。
「…………山田先生、今日の授業は私に任せてください。先生は織斑さんの方をケアをお願いします」
実際、こういった人をケアするにあたって大切なのは、人の気持ちを自分のように思い、優しく後押しをしてくれる事。故に、真耶がこの事に最適だと判断したナターシャはそう持ちかけた。だが真耶はそれに対して首を横に振った。ナターシャは疑問に思うが、次に来た彼女の言葉に妙に納得してしまったのだった。
「…………いえ、私よりも今はむいている人がいますから。電ちゃんが教えてくれたんです。いつも織斑さんの側にいてくれる人を。だから
あれからずっと私は部屋にこもりっぱなしだ。保健室から出た後、予備の制服に着替えた私は途轍もない虚無感に襲われて、ベッドの上に座っていた。
(…………悠助…………)
ふと隣を見ても、其処には誰もいない。悠助のベッドは使われた形跡がない。それがより一層私の心を締め付けていた。
(…………やだよ…………早く帰ってきてよ…………約束守ってよ…………)
私の頭の中に繰り返し流れているのは、臨海学校の時に交わした約束。悠助は私の側を離れないって言ったのに…………。
悠助が居なくなった途端にこんなに弱くなるなんて…………どれだけ悠助が私の心の支えになっていたか。やっぱりダメだね、私…………。
——この世界に誰にも迷惑をかけずに生きていられる人なんているかよ——
だけど、そう考えるたびに悠助に言われた言葉が頭をよぎる。初めて聞いた時は少し軽くなったけど、今じゃそうは感じられない。だって私が…………私が悠助を追い詰めちゃったんだから!! こんな人間に生きていていい意味なんてあるのかな…………。そう考えたらなんだか寂しくなって、心が寒くなって、より一層膝を強く抱え込んで、顔を俯かせた。
「一夏…………」
榛名が心配そうな声で話しかけて来た。どうやらいつの間にか具現化していたみたい。でも、今の私にはそれに対して答える気力なんて残ってなかった。
そうやってどれくらいの時間が流れたんだろう。部屋の中には静寂だけが漂っていた。
「いつまでそうやっているつもりですか…………!」
だけど、その静寂は突然として破られた。両肩を掴まれた私は反射的に前を向いた。私の両肩を掴んでいたのは榛名だった。
「確かに悠助さんがいなくなってしまった事は悲しいです…………ですが、いつまでそうやっていて何かが変わるんですか!? 榛名だって…………呉の無念にお姉様との別れ…………戦艦であった頃に起きた悲しみは、今でも引きずっています。だけど、あの時、初めて会った時、一夏は言ったんですよ…………『抗って抗って抗って、決して逃げない』って…………その言葉を聞いて、私もそんな辛い過去に立ち向かうと決めたんですよ…………だから、その言葉を忘れていつまでもうじうじとじている事を、榛名は許しませんっ!!」
榛名は涙ぐみながらそう言ってきた。そういえばそんな事もあったね…………初めて蒼龍に乗った時、私は自身に誓ったんだった。抗って抗って抗って、見返してやるって。決して逃げたりしないって。それを思い出したらなんだかちょっとだけ、元気でたかも。こんなところで腐っていても、悠助は帰ってこないかもしれないし、何もしなくてダメよりは、何かをしてダメだった方がいいような気もするしね。
「榛名、ごめんね」
私は涙を流している榛名を優しく抱きしめた。
「いち、か…………?」
「榛名のおかげで思い出せたよ。ありがとう」
多分、榛名までいなかったら私は完全に立ち直れなくなっていたかもしれない。当分は頭が上がらないよ。
「私、悠助の帰りを待つよ。でも、ちょっとは呼びかけてみたりしてみる。多分、帰ってきてくれると思うけど、どうかな?」
「はい…………! 榛名はいいと思います!」
「榛名にそう言ってもらったら元気でたかも。でも、もう少しだけ一人にしてもらえるかな? 色々考えたいの」
「わかりました。ところで、学校はどうしますか?」
「うーん…………午後から行ってみるよ」
「では、一応山田先生にそう伝えておきますね。午後には迎えに来ます」
「じゃ、お願いするよ」
私がそう返答したら榛名はにっこりと微笑んで、粒子となって消えていった。…………毎回毎回思うんだけどさ、この消え方ってどうにかならなのかな。なんだか、榛名が本当に消えてしまいそうな気がして、いつも怖いんだよね。というか、午後から行ってみるって言ったけど、どうしよう…………内履き、片っぽしかないのに…………やっぱりスリッパ借りるしかないのかな。
とまあ、色々考えたけどさっきみたいな暗い考えはない。もう、うじうじなんてしてられないよ。そんな時、ふと部屋を見渡した。悠助がいないことを除けばあまり変わってない部屋。なのに、どうしても机の引き出しが気になって仕方ない。ベッドから降り、机の前に立った私は、意を決して引き出しを開けた。そこに入っていたのは——
——拳銃だった。
(って、なんでこんなものが入っているの!?)
私は戸惑いを隠せなかった。だって、拳銃なんてもの、悠助が持っているデザート…………なんだっけ? くらいしか知らないし…………。拳銃の下には何やら手紙みたいなものが置いてある。それを手に取った私は中身を読んだ。
『一夏
お前がこれを読んでいるということは、すでに俺はお前の側からいなくなってしまったのかもしれない。約束、守れなくて済まねえ。きっと、お前を守る術を無くしたからなのかもな。だが、世界は否が応でもお前を付け狙うだろう。だからお前に此奴を——P228を託す。最初は俺のデザートイーグルを預けようかと思ったが、無理だろ絶対。弾倉には対暴徒鎮圧用特殊弾が装填してある。殺傷能力は極めて低い。そいつならお前にも扱いやすいと思う。自衛の為に渡したが…………できれば使う日が来ないことを祈る。自分の身は自分で守れ。俺から言えるのはそれだけだ』
読んでいて涙が出てきた。悠助が約束の事を忘れていなかった事が嬉しかった。悠助、ありがとう…………。
涙を拭き、私は近くにあったホルスターに拳銃を収めた。そして、腰に着けた。悠助って確かこの辺に着けていたもんね。少し重く感じるけど、きっとそれは人の命を奪い取る物の重さと、悠助の思いの重さがあるからだと思う。
私は榛名が迎えに来るまでの間、悠助に一つのメールを送信した。
『悠助、いつでも帰りを待っているけど、早く帰ってきてね』
「…………何やってんだろうな俺」
俺は一人、臨海公園に来ていた。脱力感に襲われ、芝生の上に寝転ぶ。それと同時に俺の頬を撫でていく。
ふと隣を見ても其処には誰もいない。いつもなら一夏がいたからな。
『なんだか気持ちいいね』
そんな幻聴までもが聞こえてくる。だが俺は頭を振ってそれを消した。…………ああ、これでいいんだ。俺は一夏を守れなかった。あいつを泣かせてしまった。あいつの傷つく姿を見てしまった…………だから俺には一夏の側にいる事なんてできやしねえ。俺だって木の股から生まれてきたわけじゃねえ。ただ、依頼をこなせずいつまでもしょげている人間だ。こんな状態でいるもんなんだから、心まで腐ってきやがる。ため息だけが溢れた。
「隣、いいかい?」
そう俺は声をかけられた。だが、返事をする気などない俺は寝そべる向きを変えて場所を開けてやる。どうも、という返事を受けた。
「それにしても、今日の天気はいいな。心まで晴れ晴れとしてくるようだ」
そいつはそんな事を言ってるが、俺には関係のない事だ。どうせ俺の心は曇りなんだからよ。
「それに比べて君の心は暗く曇っているようだな…………」
「へっ、そんな事、あんたに俺の何がわかるんだ…………大切な物を守れなかった時の悔しさなんてわからねえだろうな」
「いや、俺にもわかるぜ…………君の気持ちはな」
その言葉に俺は反応して、そいつに向き合った。そいつは、俺としては不本意だったんだが…………織斑千冬にそっくりな男だった。つい、籠手に収められているナイフを抜きそうになったが
「まぁまぁ、落ち着いてくれ。君が何を思ってナイフを抜きそうになっているのかはわからないが…………」
「ヘーイ、マスターに何をする気デスカー?」
「…………此奴がうるさいぞ?」
そう言って出てきたのは、榛名と同じような改造巫女服を身に纏ったドーナツ的な髪型をした女だった。
「金剛…………お前」
「Why!? どうしてここに武蔵がいるネー!?」
「私が黒龍のコア人格だからな。お前こそ何故ここにいる?」
「それは勿論、私もコア人格だからデース!」
…………武蔵が具現化して出てきたんだが、会話がカオスになっているぞ。
「…………何この状況」
「…………後で金剛を叱っておく。ああ、自己紹介してなかったな。俺は織斑
織斑千冬似のその男は一秋と名乗った。って、
「え、一夏に自称天才——じゃねぇ、春十以外の兄貴いたのか?」
その事に疑問を持たざるを得なかった。いや、だってあいつ確か両親蒸発の織斑千冬に自称天才以外の家族いたなんて一言も言ってねえし。
「と言っても、俺も一夏が小さい時に行方をくらましたんだけどな」
「…………何があったんだよ」
「俺が長男だったからってものもあるらしいんだが、蒸発した親に連れられて行ったんだ。まぁ、その道中で事故にあって親達はあの世行きさ。俺だけが生き残ったが、その時には戸籍諸共消されてたよ。それに、一夏も小学校に上がる前だったし、記憶になんて残ってないだろうな。ついでに言うと残り二人は自己中だから俺の事なんて眼中にないだろうし。俺には帰る場所がないんだ」
一秋はそう言って笑い飛ばしてはいるが、その目には悲しみが宿っていた。
「…………一つだけ聞いてもいいか? お前は一夏を傷つけるつもりはあるのか?」
俺は確かめたかった。もし、一夏を傷つけるつもりがあるんなら、今この場でカタをつける必要がある。…………側にいる資格がないなんてほざいていながら、いつまでもあいつの事を気にかけている俺がいる。そんな今の俺は、芯も何もない。なんなんだろうな、俺。
「俺が一夏を傷つける? 冗談もほどにしてくれよ。家族の中じゃ俺は一夏が一番大切なんだからよ。もし傷つけた奴がいたら、地獄の果てまで追い詰めてやるさ」
それを聞いた俺は安心したのだろうか。全身に入っていた力が抜けていく。よかった…………あいつに、一夏に、こんな風に彼女の事を思ってくれる人がいて。
「そっか…………それが聞けてよかった」
「そういえば君は、一夏の…………こんなところにいていいのか?」
一秋は俺にそう言ってきた。そういや、夏祭りの時、一夏が迷子になって大変だったが、こいつが一緒に居たんだっけな…………あれ、その時に一夏は思い出したりはしなかったのだろうか?
話がそれた。確かに俺は一夏の側を離れて、こんなところでただ呆然としているだけだ。だが、俺は——
「俺は一夏の側にはいられない…………俺はあいつを守る事が出来なかったんだからな」
「そういう事か…………だが、それで君が一夏の側を離れていいわけがないだろ?」
「そんな事…………俺だってわかっているんだよ!! だけどな!! 俺はあいつを…………一夏を泣かせないって約束したのに、傷つけさせないって約束したのに…………俺は何もしてやれなかった!! 守ってやれなかった!! こんな俺がいたって意味なんかないだろ…………!」
心の内が全て出てきた。俺にとって、一夏を守りたい、それが全てだった。だが、それが果たせなかった今の俺はなんなんだろうな。あいつは確かに泣き虫だ、一人が苦手だ、それがわかっていながら俺はこんなところにいる。本当に何がしたいんだよ、俺は…………。
「それがわかっているならいいさ」
やさぐれる俺をよそに一秋はその場を立った。
「君の守りたい意志はよく伝わったよ。一夏のもとに戻るか戻らないかは君の自由だが、一夏の事は君に任せた」
「何を言っているんだ…………お前は——」
「一夏の事、よろしく頼む…………守れなかった兄の代わりにな。二人の幸せを願っているよ」
そう言って一秋はその場を立ち去っていった。ちくしょう…………言いたい事だけ言って行きやがって…………何がしたかったんだあいつは。
そんな時、一通のメールが届いた。送り主は…………一夏か。
『悠助、いつでも帰りを待っているけど、早く帰ってきてね』
…………否が応でも戻らなければならなくなるじゃねえか。だが、今はまだ戻れない。俺の心の整理ができてないからな…………だから、今の俺が戻ってもダメだ。仕方ない…………自宅で暫く落ち着いているとしよう。武蔵の奴は引っ込んだみたいだしな。
「行くぞ、武蔵」
〔了解した〕
黒龍を展開した俺は自宅へと向かった。…………すまん一夏、俺はまだ戻れない。だが、落ち着いたら必ず戻るからな。
結局、悠助からメールの返信はこなかった。送ってから一週間、何も変わらずただいつもの日々が流れていた。
そんな中でも変わった事はある。まぁ、私が拳銃を持つようになった事くらいだけどね。最初は鈴やセシリア、シャルロットには驚かれたし、ラウラは妙に感心していたし、簪は…………いつもと変わらなかったかな。でも、私にとってこんな風に優しく接してくれる人がいて、嬉しかった。悠助がいないのが寂しい事に変わりないけど、それでもみんなの優しさがあるから私はこうやって学校にこれたんだと思う。…………内履きは仕方ないから購買で買ったけどね。
「それにしても、一夏がこうやって戻ってきてくれてよかったわ」
「なんだか一夏さんがいないとクラスも明るくありませんでしたから」
「本当、みんなうわの空みたいな感じだったもんね」
「うむ、どこかもの寂しかったぞ」
「そうだったんだ…………ごめんね、なんだか迷惑かけちゃったみたいで」
簪を除くいつもの面々で話をしていたらやっぱり、私の事を心配されてしまい、反射的に謝ってしまった。うぅ…………なんだか私の癖みたいになってるよ。
「いや、謝らなくていいから! というか、謝らない!」
「そうですわ! 一夏さんは何も悪くありませんことよ!」
謝ったら謝ったで鈴やセシリアがこんな風にバタバタと私のフォローにまわってくれる。そんな様子を見て、ふと笑いが出てしまう。
「一夏、なんだか久しぶりに笑ったね」
「そ、そうかな?」
「シャルロットの言う通りだ。悠助がいなくなってからお前から笑顔が無くなったからな…………」
ラウラの一言で私はまた寂しさがこみ上げてきた。別にラウラのせいじゃないんだけど、悠助がいないってことを意識しちゃうとやっぱりダメみたい。でも、こんなんじゃダメ。みんなに迷惑はもうかけられないから。
「ま、まぁ、きっとそのうち戻ってくるんじゃないかしら? あいつ、仕事でよく姿消すじゃない。そんな感じで戻ってくるわよ」
「そうだといいんだけどね…………でも、悠助ならきっと帰ってくると私は思ってるから、だから私は待つことにしたから…………」
私がそう言うとみんな静まり返ってしまった。あ、あれ? 何か私まずいことでも言っちゃったかな?
「…………なんか、一夏強くなったわね」
ふと鈴がそう言った。
「そうかなぁ…………私はそう思ってないんだけどね」
だってまだ誰かに手を貸してもらわないと何もできないし。それじゃ強くなったなんてまだ言えないよ。
「いいえ、確実に心は強くなったわよ。私がそう言っているんだから、信じなさいって!」
「鈴…………」
結局、最後は鈴に元気付けられちゃった。やっぱり鈴にはかなわないよ。こんな風にも簡単に人に勇気を持たせてくれるんだから。そんな感慨深いものに浸っていた時だった。
『非常事態発生!! 非常事態発生!! 生徒はシェルターへ避難!! 生徒はシェルターへ避難!!』
突然だった。警報音が学園中に響き渡った。非常事態って…………何が起きたの!?
『生徒は直ちに避難しなさい!! 早く、早く——』
『余計な事を言うんじゃねえ!!』
乾いた音が放送から流れた。うん、私はわかる。だって、あの音を発したのは私が今腰に下げているものと殆ど同じ。拳銃だ。
「な、何が起きているの⁉︎」
「どう考えてもゲリラ部隊の突入か…………まずいぞ」
ラウラがそう呟くと同時に、各教室から悲鳴に近いものが聞こえてきた。幸いといったらいいのかわからないけど、一組はセシリアや鈴がみんなを落ち着かせてくれてるから特に混乱はないみたいだけど…………。
そんな風にいられたのも束の間。教室の入り口から銃を構えた男の人たちが入ってきて、それを私達に向けた。
『よう、初めましてだな、IS学園の諸君。貴様らはすでに包囲されている。無駄な抵抗をしたら、容赦なく撃つからな』
放送でそう流れると共に、私達に寄ってくる男の人達。恐怖に耐えられなくなった子は泣く事すら出来ず、身を寄せ合っていた。
「このような無礼な者たちは、わたくしとブルー・ティアーズで…………!」
「僕も…………!」
セシリアとシャルロットは自分のISを展開して鎮圧しようとしたみたいだけど、一向に反応がないみたい。どういう事なの…………? 試しに私も蒼龍を展開しようとしたけど、何も反応がなかった。
(榛名! ねぇ、榛名ってば!!)
〔————〕
榛名からの返事もなかった。なんで…………何が起きているの!?
『あぁ、専用機持ちに言ってなかったな。この一帯にはISの展開プロセスを阻害する特殊パルス波が展開されているぞ。無駄な抵抗なんてしないで、大人しくしてろ』
まるで私達のする事を見越したように放送を流す男。目の前にいる男の人達を数えると、大体三人ほどだけど…………全員がその手に様々な銃を構えている。何か解決策がないかと考えた時、私は腰につけていたある物を思い出した。悠助から託された拳銃。
『万が一の時は使え』
悠助のその言葉が頭をよぎり、それに手を伸ばそうとした。けど、私には撃てないよ…………誰かを傷つけるのが、私は怖いよ…………。けど、今この人達に抵抗できるのは私だけ…………でも、私は…………。
(助けてよ…………悠助…………!!)
叶うはずもない願い。私は心の中でそう叫んだ。
「ふむ、大分制圧はできたね。それにしてもこの案は最高だよ、まさか一番警備の厳しい物資の搬入口から侵入するなんてね」
「彼処は学園でも警備が高いからこそ誰も侵入してくるなど想像できん。そこを制圧すれば済む話だ」
くだらない…………私はそう感じていた。戦いのために生み出された私が何故こんなところで空に漂っているのだろうか。私にとって戦いは自己を確立するためのもの。それがない今は死んでいるも同然。何より、
「アハハッ! 今頃あの出来損ないも、邪魔な奴らは皆死んでいるんだよな!!」
「これが私達の世界の礎になるのか…………素晴らしいぞ」
こんな命のやり取りも知らない奴らと一緒に居るというのも、私の気分を害している要因であった。いくら世界最強であろうと、世界初の男性操縦者であろうと、天才の妹であろうと、私にとってはただの有象無象に過ぎない。殺すという行為にどのような感情を持っているのか。ゲームとは違う、一度死んだらそれで全てが終わる。簡単なことではあるが、その罪を背負うのは殺した者。私は幾多もの人を手にかけてきたが、未だ殺した者の顔を忘れられることができない。忘れてはいけないと神が私に命じたのだろうか。
「クロノス、俺たちの出番はまだ先みたいだ。マップ上に示した範囲外で休んでていいよ」
「…………どういう事だ?」
彼が私に休めと言ってきたが、場所が疑問に残る。私のいる場所はマップ上で赤くマーキングされたエリアだ。なぜこの場でクロノスを解除してはいけないのだろうか。
「この辺りには特殊パルス波が流れている。ISの展開プロセスを阻害する、いやらしいものだ。こんなところで解除したら、安全圏までは一キロも移動してから展開する必要があるよ。勿論走ってね。その時間も惜しいから、休むのはその範囲外でね」
成る程そういう事か。確かに走るのは疲れる。最も私にとってはさしたるものではないが。
「…………了解」
私はこの場を離れ、手頃なところで休む事にした。その移動している間、私はクロノスのライブラリを開いた。様々なデータがあるが私にとってその大半は関係ない。重要なのは一枚の写真。ロザリー、ノエル、カレン…………何もかもを失った私を支えてくれた大切な友人は殆どがいなくなった。いや、消された。だから彼処から逃げたが…………彼女を置き去りにしてしまった事が心残りだ。だからこそ、この世界を変えて、せめてでも彼女を助けださなきゃいけない。戦いしかわからない私を受け入れてくれた彼女を…………。
(お前は無事なのか…………エイミー)
写真に写った淡い金髪のショートカットの彼女を見て、私はそう思わざるを得なかった。
私はレーア・シグルス。被検体R02、
「ここか…………」
地下格納庫最深部。自宅にある格納庫のさらに奥に厳重に幾多ものプロテクトがかけられたそこに俺は向かっていた。何故俺がここにいるのか? 実を言うとこの一週間近く、俺は親父やお袋の部屋に立ち入っていた。二人が死んでから何も掃除もしてなかったため、やけに埃っぽくなってはいたが、昔のあの状態を保っていた。そんな中にあった一つの写真立。そこにあった写真を見た武蔵とのやり取りは今でも覚えてる。
『…………! やま、と…………?』
『どうした、武蔵?』
『い、いや、お前のお袋さんがな…………私の姉、大和にそっくりなんだ』
『そうなのか? まぁ、紅城になる前は名字が大和だったらしいしな』
俺のお袋、紅城成海、旧姓大和はどうやら武蔵の姉、大和型戦艦一番艦の大和にそっくりらしい。結構な偶然だよな、これ。だが、俺が驚いたのはその後だった。親父とお袋の部屋の机に乗っていた一つのメモ。その中にあったのは十二桁の数字。十二桁と聞いて俺はすぐに地下格納庫最深部のロック解除パスワードと想像した。何があるのか俺にはわからないが…………ここまで厳重にプロテクトをかけてあるんだ。何かしらやばいものがあるんだろうな…………考えたら胃が痛い。
「これでよし、っと」
パスワードを入力し終えると、鋼鉄製のスライドドアが重々しい音を上げながら開いていく。その奥は暗闇に包まれている。だが、何かしらの存在を感じる…………そう、兵器と同じ何かを。
部屋の中に足を踏み入れると、照明が自動的に灯され、この部屋に安置されていたものが姿を見せた。
整流板が二枚、先端に装備され、後方は長大な銃身とエネルギー供給ユニットになっている。こいつは一体…………。そんな時、この武器のようなものにメモが貼られているのに気づいた。俺はそれを取りに向かう。
『こいつを読んでいるという事は、俺たちの部屋でメモを見つけてこの部屋に来たんだろう。つまりは俺か成海、もしくは両方が死んだっていう事になるな。まぁ、ISなんてもんが出たから世の中いろいろ狂っちまったが、俺たちはそんな世界に抗うための武器を製造していた。それがRATシリーズだ。ただのパワードスーツだが、性能はISに匹敵する。RAT3以降はビーム兵器を使えるというISを超えた点がある。俺たちはこれらを搭載する艦艇も用意したが、生憎設計図で止まってる。技術者として情けねえ』
このメモは裏にも書いてある。
『お前にはRATX4-00を託そうと思う。だが、こいつはジェネレーターの出力が他の機体よりも遥かに高い。携行ビーム兵器はコネクタからの過剰供給で使えず、ある程度セーブの利くビームサーベルだけになる。一応、リミッターとしてRGATX3-71にしたが、おそらくそれが解かれる日も来るだろう。だからこそ、こいつをお前に託す。RATX4-00専用武装、インパルスライフルだ。詳しい事はライブラリに載せてある。こいつで、お前はお前の守りたいと思ったものを守り抜け。いいな? これは俺との約束だぞ』
メモはそこで終わっていた。親父達がどうしてここまでぶっ飛んだものを作っていたのか、それが今わかった気がする。親父はこの世界に抗って、大切なものを守りたかったんだ、きっと…………ああ、そうに違いない。女尊男卑で狂った世界で生きるのは確かに苦労する事が多い。だが、平等でなかろうとも、その支配する力に抵抗する力を有していれば均衡が取れる、そういう事でもあるんだろうな。
俺は黒龍を展開し、ライブラリを開く。すると、新しくフォルダが解放されていた。おそらくこれがインパルスライフルのデータなのだろう。そのフォルダを開くと真っ先に出てきたのがこいつの接続方法だった。黒龍のエネルギー供給ラインは全身のハードポイントやコネクタに広がっているんだが、こいつは左腰部のビームサーベルラックを外し、そこにジョイントアームを介して接続するようだ。最も、量子変換すれば済むことだが。
インパルスライフルに手を触れると、量子変換され武装一覧に追加される。現時点で左腰部のラックは外され、ライフルが接続されていた。ジョイントアームで保持するが、精密射撃用のフォアグリップもあるようだ。
だが、そんな強大な武器を手にした驚きよりも、俺はいつの間にか一夏の元に戻りたいと思うようになっていた。あの時一秋に言われた事、親父達に約束された事、それらがあって揺らいでいた俺の気持ちは固まった。やっぱり一夏がいないと、俺はダメらしいな。あいつがいたから、俺は俺で居られる事が出来た。あいつのいない家に帰っても、虚しいだけだった。…………バカだな俺。勝手に離れて、そして勝手に戻ってくんだからよ。こんな事、最初からしなければよかったと考えてしまうぜ…………。そんな風に考えていた時だった。
『ゆーくん!』
突然通信が入った。この呼び方をするのは俺が知る中で一人しかない。
「束さん、どうしたんだ?」
『呑気なことを言ってられる場合じゃないよ! IS学園が何者かに制圧されたんだよ!!』
「おいおい…………マジかよ…………」
『しかも学園島の全域に特殊なパルス波が張られている…………これのせいでその中でのIS展開が不可能なの!!』
最悪の事態だ…………一応一夏には自衛として拳銃を預けてきたが、あいつには引き金が弾けない事を俺がよくわかっている。だからこそ、蒼龍を託してあいつの鎧にしていたわけだったんだが…………展開を阻害するパルス波が発生している今、それすら無効になっている。これでは丸腰状態もいいところだ。
『その範囲外で展開すれば大丈夫だけど…………武装した陸戦隊がいるのは教室などの狭いエリア。ISはどのみち展開できないけど…………それでも今助けられるのはゆーくんしかいないの! 束さん達もパルス波を出している物体を破壊するから…………だから、いっちゃん達を助けて!』
この時の俺が、腐っていた頃の俺であったらどうだったのだろうか。回答を模索していたのだろうか。それとも…………逃げていたのか。今になってそんな事を考える事はない。俺はただ一つ『了解』とだけ返答し、黒龍を解除して部屋へと向かった。アレを持てるだけ持って行くとしよう。屋内での白兵戦になる可能性もあるからな。
俺はもう迷わない…………大切なものを、守るべきものを守る事を第一に考えろ。余計な事は考えなくていい。どのみちにしろ結局行き着く答えは同じなんだからな。
——守りたい、ただそれだけ。
『各兵に告ぐ。専用機持ちには手を出すな。それ以外は始末しろ』
その放送を聞いた瞬間、私は頭の中を嫌な予感が走った。このままじゃ、誰かが死んでしまう…………それだけは嫌だ。みんな生きてるんだよ…………明日の予定だって、来週の予定だってあるはずだよ…………それをこんなにも簡単に奪われる事になるなんて…………。
「だとよ、どいつから処分すんだ?」
「俺としては纏めてぶっ殺したいんだがな」
「まぁ落ち着け。一人ずつ始末していくを味あわせるなんてどうだ?」
「お、それいいな。なら、そこの短髪立て!」
「「「あ、相川さん!」」」
相川さんは無理やり男の人達に立たされて、私たちの前で銃口を突きつけられた。いつもは元気で笑顔の絶えない相川さんだけど、今の彼女にはそんな面影は全くなく、声も出せずに涙を流していた。
「さて、さっさと終わらせるか」
「…………ぃ、ぃゃぁ…………!!」
相川さんのその悲痛な声を聞いた瞬間、私はいてもたってもいられなくなった。
「や、やめてください!!」
腰のホルスターから拳銃を抜き取り、相川さんの頭に銃口を向けている男の人に私が銃口を向けた。重くはないけど、腕が震えているのがよくわかる。そのせいで照準も合わない。…………きっと、撃つのが怖いんだ。
「なんだ、この女。随分と物騒なもん持ってるじゃねえか。へっ、威勢だけはいいもんだ。お前がこっちなら、いい仕事できたと思うがな」
男達は相川さんに銃口を向けながら、私を笑う。でも、別にそんなことはどうだっていい。今にも相川さんが殺されそうな怖さで涙が出てくるし、撃つのが怖くて手が震えていてもしかしたらの事を考えちゃうし…………何より、人に向かって撃つなんてできないよ! でもでも、そうしなかったらみんな死んじゃうかもしれないから…………だから!
「けど、残念だな。悪い、気が変わった。そこの女から始末するぜ」
相川さんに向けていた銃を私に向ける男の人。それを向けられた時、私は昔の事を思い出した。誘拐されて、千冬姉さんが決勝に出て、それで用済みになって、頭に銃を突き付けられて…………あの時の事が今と重なって見えてきた。
けどあの時は悠助が来てくれたから助かった。今の状況とは違う。
(助けてよ…………悠助!)
「それじゃ、あばよ、嬢ちゃん」
乾いた銃声と何やら窓ガラスの割れる音が無情にも響き渡った。