守りたい、ただそれだけ(本編完結) 作:ディニクティス提督(旧紅椿の芽)
さて、もう早くも卒業だ。あっという間の三年間だった。一年の時は無駄にいろんな事がありすぎててんやわんやだったし、二年になる時はなる時で学校の復旧はギリギリだったし、気がつけば三年生だ。そしてその時期ももう直ぐ終わろうとしている。
「悠助! 早くしないと遅れちゃうよ!」
「はいはい。そう急かすな。俺はまだ今日のセリフ覚えてねえんだよ。急かされたら余計入らなくなるわな」
「でもでも! 今日遅刻するのもどうかと思うよ!」
「そいつは…………まぁ、そうだな」
感傷に浸っていると一夏が俺の事を急かしてくる。今日の一夏はというと、いつも通りの制服姿。だが、それも今日で見納めか…………そう考えると何処か物寂しいものに感じてきてしまう。それは、この部屋にも言える事だ。この学園に来てからずっと使い続けてきたこの部屋にも俺たちの思い出は沢山詰まっている。その部屋とも別れを告げなければならん。…………ふっ、どうも俺が言うと変な感じがする。傭兵がこんな事、普通は考えもしねえか。
さて、と。セリフの書かれた紙は制服の内側に仕込んだ。もう荷物もまとめちまったし、この部屋に戻ってくる事はもうねえな。
(三年間、ありがとよ)
俺は学園生活を過ごした部屋に心の中でそう告げると、部屋を後にした。
「あ、ちょっと! 待って——ふみゅっ!?」
「っと、あぶねえな」
何がどうなってこうなったのかは知らんが、俺の後に続いてきた一夏が何も無いところで転け、ちょうど振り向いた俺の左腕に抱きついていた。なお現在でも耐性が低いためバイタルパートに直撃弾を食らっている。この上目で俺を見つめる姿とか破壊力でかすぎだろ、おい。
まぁ、しかし、この先で転ばれるのは困るしな。ついでに言えば怪我なんてして欲しくねえし。しゃあない、一つ仕事やるか。
「おい、しっかり掴まってろよ」
「って、えぇぇぇっ!? な、な、ななななんでお姫様抱っこ!?」
「これなら転ぶ心配は無いだろ?」
「そ、それはそうだけどぉ…………」
「じゃ、教室行くぞ」
「強引すぎるよぉぉぉぉぉぉっ!」
ちょっと恥ずかしそうにジタバタともがく一夏を抱き上げ、そのままの体勢で教室へと向かった。
「お、降ろしてって! ちゃんと歩けるから!」
「その瞬間転ばれたら、俺が発狂しそうになるわ。第一お前、今日まで何回何も無いところで転んだ?」
「うぐっ…………」
痛いところを突かれたのか押し黙ってしまった一夏。まぁ仕方の無い事だ。なぜか知らんがこいつは何も無いところでよく転ぶ。本当によく転ぶ。なにせ今年の体育祭でも此奴転んだからな…………しかも、クラス対抗リレーのアンカーで。残りの一直線でしかもあと少しでゴールというところで、自分の靴紐を踏んで転倒。ただし、転んだ際に脱げた靴が吹っ飛んでゴールテープを切った為、結果として一組が勝ったのだが。まぁそれよりも、大事な場面でミスをやらかした一夏は
『ごめんなさい! ごめんなさい! 大事なところで転んじゃってごめんなさい! あとでなんでも罰ゲームは受けますから!』
と、ガチの平謝りで土下座までしてきたからな。しかも、そこでなんでもと言ったのが仇となり、その後着せ替え人形のごとく弄ばれていたっけな。
「それにだ、暴れるとスカートの中見えるぞ」
「むぅ…………悠助のいじわる」
「なんとでも言いやがれ。むしろ階段で転ばれて中の桃源郷が見えちまった時の方が俺にとっては辛いんだよ」
理性を押さえつけられるかどうかわからねえ、とそれに付け加える。俺だって思春期の野郎だ。その方向には興味だってあるが、速攻で野獣と化してしまいそうで怖い。というか、此奴が無意識に俺の中に潜む野獣を目覚めさせようとしてくるから怖い。
「…………なんかどんどん悠助がむっつりになってきている気がするよ」
「う、うるせえな」
誰がむっつりだ、誰が。
そんなこんなで教室まで行く間、何人かの生徒とすれ違った。まぁ、大抵の奴はブラックコーヒーを手にしていたが。未だにその原因がわからずにいる。本当、何がどうしたらブラックコーヒーが必要になる事態になるんだ?
「あんたら…………朝から大量の砂糖を撒き散らしてんじゃないわよ」
「仕方ねえだろ。此奴が何もねえところで転びそうになるのが悪いんだ」
「ちょ、ちょっと! それ私のせいなの!?」
「はいはい、夫婦漫才はしなくてよろしい」
何やら朝っぱらから疲れた模様の鈴と合流した。いや待て、どこも夫婦漫才なんざしてねえだろ? まぁ一夏を抱き上げているのは普通じゃないが。
「というか、もうそろそろ降ろしてって! 土足のまま教室には行けないでしょ!」
「あ、それもそうか。ほいよっと」
昇降口についた俺は一夏のもっともな意見を聞いて、一夏をおろす事にした。まぁ確かに土足は厳禁だったはずだからな。とか言いながら俺はいつもの軍用ブーツでオーケーなんだわ。その代わり雑巾で足の裏拭かなきゃならんのだが。
「もう…………凄く恥ずかしかったからね!」
「いや、その少しにやけた顔でそう言われても説得力ないわよ?」
「うぅ〜…………でもでも!」
「デモもテロもないわよ、全く。どうしてこのバカ夫婦はこんな感じで毎日過ごせるのかしらねえ…………」
一夏の必死の説得にもやれやれといった感じで返す鈴。だいたいこんなやりとりがいつも行われていた。それももう見納めなのかね。そう思うと寂しくなるが、この光景は見てて中々面白いものだ。そのせいか、ふと笑みが溢れてしまった。
「あんたもあんたで変わったわよね。ほんの前までそんな笑みをこぼすことなんてなかったのに」
「そうだったか?」
まぁ、あまり表情には出さんしな。感情の起伏くらい俺にだってあるわ。
「って、ちょっと! 置いていかないでよ〜!」
「「あ、すまん」」
「二人揃ってひどい!?」
内履きに履き替えた一夏が何やら走ってきて俺たちの元にやってきた。てか、普通についてきてなかったんかい。
そんなこんなあるわけだが、その後は普通に教室へと向かった。まぁ、此奴も転けそうになったりはしてねえし、特に心配することはなかった。途中鈴と別れ、俺たちは自分たちの教室へと入った。
「悠助さん、一夏さん、おはようございます」
「ああ、お前ら今日もいつもと変わらねえな」
「そういう二人も相変わらずお熱いことだな」
「そうでもないよ…………なんか朝から悠助強引だったし」
「ご、強引!? い、一体何をしたのさ!?」
教室に入るなりいつもの連中との挨拶だ。ただ、それがもう終わってしまうということだけがいつもと違うだけか。
「いや、此奴が転びかけたから危なっかしくてさ。ちょっと昇降口まで抱きかかえてきたまでだ」
「うわぁ…………朝から最高の糖分をありがとう」
「もう胸焼けしてしかたありませんわ…………」
「…………コーヒー飲むか」
そして、俺が普通に答えたらこれだ。どいつも此奴も胸焼けやらコーヒーが欲しいやら、何がどうなったそうなるんだと思うこと本日二度目。
「まぁ、でも四組でもこんなこと起きているらしいからね…………なんでこんなにリア充が多いのか」
そう言ってシャルロットはため息をついた。おいおい、そんなため息なんざついていたら幸せが逃げんじゃねえのか?
「ああ、渚と簪か…………あいつらは許婚だからな。仕方ねえんじゃねえの?」
「悠助さんに言われても説得力ありませんよ…………」
「全くもってそうだ…………」
途中から入ってきたエイミーとレーアが会話に加わる。レーアは俺たちが二年次二年次上る際編入してきた。エイミーと同じ後天的能力強化素体であるがゆえに、普通の生活をしたことがなかったらしいからな。この学園生活でマシな人生を歩んで欲しかったと束さんは言ってた。実際、普通の人と変わらない生活をしているから、結果としては良かったのかもしれない。まぁ、体育祭とかでは能力強化素体の名に恥じぬ動きをしていたな…………あれはもう人の域じゃねえわ。
「どういう意味だエイミー?」
「はぁ…………無自覚の製糖工場は怖いです」
「爆発しろと何度思ったことか…………」
「れ、レーア!? 爆発って何!?」
相変わらずこの手の話は俺に通じねえ。というかわからねえ。けど、それでいてこの馬鹿話だけは楽しい。そんな風に過ごしてきたからな。俺の人生も大きく変わったもんだ。復讐に駆られて戦場を駆け巡り、一夏と巡り会って、この学園に来て、初めて誰かを守りたいと思った。今となっては一夏もただ守られるだけの存在ではないが。俺も自分の背中を預けられる相方が新しくできたからな。
「文字通りの意味ですよ。リア充は爆発すべきだってみんな言ってますよ」
「特に、無自覚に周囲の血糖値を上げてる夫婦はな」
「それ、名前言ってないけど私たちの事⁉︎」
「「「「「当たり前」」」」」
「ユニゾンで言わないで! というか、悠助は何か援護してくれないの!?」
「あー、見てると面白いから放置」
「ひどい!?」
いいじゃねえか。こんな楽しい光景、もしかするとあと見れないかもしれないからな。しっかりと目に焼き付けておきたいんだよ。
そんなこんなで俺たち最後の学園の朝は過ぎていった。
…………。
……………………。
………………………………。
式典に移行し、卒業証書の授与も終わった。証書を受け取る際涙を流す者がほとんどだった。俺か? 俺はどっちかといったら笑みが出たわ。沢山の思い出をくれた場所だからな。感謝したいくらいだ。その意を汲んでくれたのか、学園長も笑みで返してくれた。
さて、式典も大分終わりに近づいてきたな。あと残されてるのは
『それでは卒業生から門出の言葉。紅城悠助、織斑一夏の両名は登壇してください』
俺らからの一言だけってとこだな。何があったのか俺が生徒会長になっちまったし、一夏も一夏で副会長をしていたからの選抜ってところだろ。まぁ、事前から何を言えばいいのか考えておけって言われたから大体の原稿はできてる。ただ、俺がこの通りに進めるはずがないんだが。
壇上に上がり俺と一夏は一礼をする。そして、一歩前に進み、一息ついてから口を開いた。
「総員、起立!」
突然の俺の言葉に誰もが動揺を隠せていないようだ。だが、それでも従って立ってくれるのは俺を生徒会長として認めてくれている証拠なのか。
「黙祷!」
そうであるならば、俺にはまだしなければならない事がある。俺たちは全員、そして教職員や来賓の各国主席、そしてあの委員会のメンバーまでもが黙祷を捧げてくれた。
「着席してくれ」
黙祷が完了し、全員が着席する。
「突然の黙祷、失礼した。だが、俺にはこの黙祷をすべき理由が俺たちには存在していると思っている。卒業生は理解しているだろうと思うが…………この場には八人足りないんだ。この場にいる俺たちと違って、彼奴らは夢を叶える事などもうできない。しかし、だからと言って俺たちが夢を継いで叶えても、それは本当に彼らのためになるだろうか。なら、どうするか? 簡単な事だ。彼らに恥じない生き方をすればいいんだ。そうでなければ、今頃天国にいる彼らに俺たちが笑われてしまうだろう。一人一人の夢を叶えることに意味がある。俺たちはこれから別々の道を歩むだろう。だからこそ、この言葉を胸に刻みつけておいていて欲しい。俺からは以上だ」
俺は一歩下がり、今度は一夏が前に出た。
「在校生の皆さん、今までは私達がこの学園を引っ張ってきましたが、今度はあなた達がこの学園を引っ張っていく番です。だから一つ約束てしてください。この学園で学んだ事を争いだけじゃない、野心と探究心の為にも使えるようにしてください。ISは争うだけの兵器やスポーツの道具ではありません。人がまだ見てない先を目指す、無限大の可能性を秘めたフロンティアを駆ける、好奇心や探究心から生み出されたものです。それが本来のあるべき姿です。ですが、現状では戦いのためにしか使われていません。もし、あなた達が戦う道を選んだのなら——」
一夏は一息置いてまた言葉を紡いだ。
「——その時は、誰かを守る為に戦ってください。自分が大切だと思う人を失わないように…………。門出の言葉らしい言葉は言えなかったけど、私達の伝えたい事はしっかりと伝えました。私からは以上です」
俺と同じように一夏も一歩下がり、俺の隣にと並ぶ。そのまま一礼し、壇を降りた。その間、盛大な拍手を送られたわ。
「悠助、かっこよかったよ」
「そういう一夏もだろ? あの台詞、どっかの傭兵みたいだぞ」
「そうかもしれないね」
そう、二人で笑みを零しながら自分達の席へと向かう。さて、これで全てが終わったな。もうじきここともおさらばだ。名残惜しいものだな…………気がつけば俺も何処か愛着みたいなものが湧いていたんだろうかねえ。だが、そんな事を言ったとして何が変わるわけでもない。俺たちは唯前に進むことしかできないからな。そうであるならば、その運命に従って進むだけだ。
(さて…………そろそろ渡せるかもしれねえな)
時期も整った。なら、あれを渡してしまっても構わないだろう。俺も答えを出す時だ。長い間待たせちまったが、今答えを返すぜ…………一夏。
…………。
……………………。
………………………………。
式は終わり、多くの生徒がこの学園を去った。教室は既に人気などなく、大概の生徒は正面ゲートで待っている親達に向かっている事だろう。親、か…………やっぱりいると嬉しいもんなんだろうな。親がいると面倒くせえとかいう奴らも多くいるが、それすらも俺にとっちゃ羨ましい事の一つだ。失っちまったら、そんな事も何もできなくなるからな…………。
「悠助、来たよ」
その人気のない教室に一夏が来た。まぁ、俺が呼んだんだがな。人気がない方が俺としては好都合だしよ。
「ああ。思ったより早かったな」
「人も混んでなかったし、遅れたらまずいからね」
「まぁ、少しくらい遅れたって怒りはせんがな」
窓から見える景色から目を離し、俺は一夏と向き合う。それにしてもなんだ…………やっぱりさ、一夏の顔を正面から改めて見ると動悸が激しくなってきやがる。いつも見慣れているからと言っても、こういう場ではなんか変に緊張しちまう。だが、今はそんな事を気にしている余裕はない。ポケットの中に忍ばせているあれを渡さないと、俺はまたこいつを待たせてしまう。
「それで、急に用があるって言ってたけど、どうしたの?」
「あ、ああ。お、お前は憶えているか?」
俺がそう言うと一夏は考える素振りなどせず、首を縦に振った。その顔はほんのりと赤い。まぁ、そうなるだろうな。
「そ、それが何かしたの?」
「い、いや、それで、だな…………俺も答えを出さなきゃならねえなと思ってさ…………」
「そ、それって——」
俺は一つ深呼吸をし、ポケットの中からあれを取り出し、その中身を見せた。その中には一つの指輪が入っている。
「一夏、この俺、紅城悠助と結婚を前提とした付き合いをしてくれ。大した事は言えないんだが、お前を幸せにできるかどうかはまだわからねえ。けどな、俺がそれで幸せになれる自信はあるんだ。二人で一緒に生きて行こう、一夏」
二年前の秋、俺はこいつと約束したんだ。答えが出るまで待っていてくれ、と。あの頃の俺はヘタレだったさ。自分が幸せになる自信はあったが、こいつを確実に幸せにできるか、それが不安だった。だが此奴は俺と一緒に辛い事も乗り越えていこうと言ってきた。だったら俺もそれに応えてやらなければならねえって思ったまでだ。
「悠助…………本当に私でいいの?」
一夏はそう怪訝そうな顔で聞いてくる。自分から言っておいて何て顔をしてんだ。
「ああ、本当にお前がいいんだ」
「本当の本当に私でいいの?」
「本当の本当にお前がいいんだ」
「本当の本当の本当に私でいいの?」
「本当の本当の本当にお前がいいんだ」
「本当の本当の本当の本当に——」
「何度も言わせるなよ。お前でいいんじゃない、お前だからこそいいんだ」
本当…………此奴は変わらねえな。いつも此奴は自分の事を卑下しやがって…………少しは自分に自信くらい持てよ。まぁ、そう言うところも含めて好きになったんだがな。
「…………悠助、私も悠助と一緒ならどこまでも行ける気がするの。どんなに辛い事があっても乗り越えていける。悠助を幸せにできる自信はないけど、私が幸せになる自信はあるよ。だから…………こちらこそ、よろしくお願いします!」
そう、一夏は目を潤ませながら応えてくれた。本当は笑顔で受け取って欲しかったが、まぁいいか。前に見たような綺麗な顔で受け取ってくれたからな。泣いてるが、笑ってくれている。そんな彼女の顔はとても美しかった。俺の用意した指輪なんて霞んで見えちまうぜ。
「ありがとう、一夏。それ、今指にはめてやるぜ」
「うん、お願いします」
俺は差し出された一夏の左手を自身の左手で取り、右手でそっと彼女の薬指に指輪をはめた。プラチナの指輪を渡したが、やっぱり指輪よりも一夏の方が綺麗だわ。それでも、一夏の雰囲気に溶け込んで一体感を醸し出している。
「わあぁ…………綺麗…………」
「お前の方が綺麗だ、なんてな」
「う、嬉しいけど…………それは恥ずかしい、かな」
そう言って頬を赤らめる一夏。うおぉ…………これが、天使というものなのか?
そんな事を考えていたら、急に一夏が抱きついてきた。
「い、一夏?」
「…………これで、ずっと一緒にいられるね。急にいなくなっちゃうのは、もう嫌だよ。だから…………勝手に一人で何処かに行かないで」
「…………ああ、今度こそ約束する。俺はお前を手放さないし、手放すつもりもない。だからお前こそ…………俺の側から勝手にいなくなるなよ」
そんな気弱な彼女を俺はしっかりと抱きしめた。少しでも力を入れてしまえ場砕け散りそうなか弱い奴だが、中には芯の強い何かが燻っているやがる。それが表に出た時、此奴はきっと大きく進むんだろうな。その時、俺も此奴と一緒に進んでいくさ、どこまでもな。
そんな時だった。
「悠助! 一夏! おめでとう!」
「お二方、おめでとうございます!」
「…………おめでとう、二人共」
「おめでとう! 末長くお幸せに!」
「二人の武運長久を祈る!」
「二人共、幸せに生きてくださいね!」
「子供ができたら是非見せてくれ」
「レーア!? おまっ、気がはえーよ!」
「というか皆!? い、いつから見ていたの!?」
突然のクラッカー(手榴弾ではない)と共に鈴を筆頭とするいつもの面々が入ってきて、それぞれが祝いの言葉を言ってきやがった。いきなりやってきたもんだからびっくりしたもんだが…………悪い気はしねえな。
「ねぇ悠助」
「なんだ?」
「私達、これで本当の家族になれたよね?」
「ああ、勿論さ…………これまでも、そしてこれからもお前は俺の家族だ」
「という感じだな」
「それが、貴方と一夏が結婚を決めた時の話?」
「そうだよ。あの時は悠助、ガチガチに緊張してたよね」
「バイタル変動がこっちでも読み取れるくらいだったからな」
「まぁ、一夏も人の事を言えませんけどね」
俺たちが結婚して早半年。職については現状まだ傭兵。一夏は国の代表に選ばれ、それを受諾したらしい。男の俺はそう言う類には選ばれんからな。それに、一夏も何やら乗り気でやろうとしてたし。まぁ、織斑千冬とは違うように生きると言っていたことだし、一夏ならなんとかするだろうと思っているからな。
それとだ、現在この場には俺、一夏、武蔵、榛名以外にもう一人いる。ま、人と言えるかどうかは難しいが、武蔵や榛名と同じコア人格だ。薄い蒼みがかかった銀髪を伸ばし、昔一夏が学園祭の時に来ていた衣装のような服を着ている彼女の名前はイオナ。俺たちが結婚した日、十月七日に突然預けられていたオリジナルコアCN401から生まれたコア人格だ。名前を持っていなかったようなので、日付から名付けた。本人(?)としても納得する名前だったらしい。
「は、榛名!? そ、それは別に言わなくてもいいでしょ!?」
「お互い様だと思っておけ。俺だけ言われてお前がネタに出ねえのは不公平だ」
「…………前から比べると悠助、饒舌になったよな」
「榛名もそんな気がします…………」
「だよね! 絶対そうだよね! ——あ、今動いたみたい」
一夏がそう言うと、少し膨らんできている腹をさすった。実を言うとだ、一夏、妊娠中。まだ性別はわからねえから名前は付けられそうにない。けど、生まれてくる子供のことを考えると楽しみで仕方ない。武蔵も榛名も俺と同じ思いだ。
「本当か! 生まれるのが楽しみだな!」
「確実に大きくなっていますね!」
「生まれたら、俺は父親になるわけか。早いもんだよな」
「それを言ったら私はお母さんだよ。ねぇ、イオナ。音聞いてもらってもいいかな?」
どうやら一夏は腹の中にいる子供の音をイオナに聞いてもらいたい模様。
「音を聞く? 音響センサーで感知しようにも、私は身体を持っていない」
「そうじゃなくて、自分の耳で聞いてみて。そっちの方がわかることがあるかもしれないからね」
「自分の耳…………」
イオナはそう呟くと一夏の腹に耳を当て、目を閉じた。
「聞こえる…………これが、命の音?」
「そうかもしれないな。そして、イオナ。生まれてくる命、それはお前にも守ってもらいたいんだ」
「それは命令?」
「ううん、きっとお願いだと思うよ。イオナなら任せてもいいって思えるしね」
「私が…………一夏の子を守る…………」
一夏の腹から耳を離したイオナは自分の両手を見つめる。きっとその手に命を預かるという事に何か考えるものがあるんだろうな。
「うん、任された」
「よし、いい子だ。さて、少し一服するとしようか。俺はコーヒーにするが、お前らは?」
「私もコーヒーにしようかな。あ、砂糖とミルク付けてね」
「私は緑茶にしよう」
「では、私は紅茶を」
「私はココアがいい」
「了解了解。少し待ってな」
かなり面倒だが、まぁ家族サービスだ。台所に行った俺は一先ず湯を沸かしつつ、インスタントコーヒーの瓶と茶葉入れと紅茶のパック、あとココアの袋を取り出した。一夏達の好みは前から分かっていたことだが、イオナの好みだけ未だによくわからん。紅茶を頼むときもあれば、今日みたいにココアを頼むときだってある。てか、イオナってガチで子供っぽいんだよな。コア人格としても生まれてまだそんなに日も経ってないというのもあるんだろうが、身長も俺たちの中で一番小さいし、何より胸部装甲が——
「…………」
「悠助ー、なんだかイオナが自分の胸をペタペタ触って、少しへこんでいるんだけど、何かえっちぃ事でも考えた?」
「いや? してねえぞ、俺」
…………なんで俺の嫁さんは俺の心を読み取れるんだろうな。どんな超能力を身につけてんだ?
そんなことを考えていたらヤカンが音を立て始めた。お、沸騰したな。さてさて、後は全員のカップを取り出して、用意してと。
「うーい、用意できたぞー」
「ありがとうね。ほら、イオナも元気出してって」
「…………うん」
「あ、スコーンなんてどうですか? 少しばかりのお茶菓子ですが…………」
「うーむ、私の所には豆おかき程度しかないが…………お茶請けにはもってこいだろう」
そう言って榛名と武蔵は拡張領域からそれぞれ自慢の茶菓子を出してきた。てかすげえな、どんだけストックがあるんだよ。イオナはイオナで一夏から受け取ったココアをちびちびと飲んでいる。一夏は常に腹の子に何かを聞かせるように俺らと話をしている。そんな光景が今となっちゃ当たり前だが、そんな当たり前のことが俺には幸せなんだ。
(神様って奴がいるんなら見逃してくれよ…………こんなロクデナシの俺でもさ、家族とコーヒーを飲む幸せくらいよ)
そう思いながら俺はまたコーヒーを飲んだ。親父、お袋…………俺は今、本当の幸せを掴めたかもしれねえわ。
「最近仕事ないな」
「それだけ平和ってことだろ? ああ、その部品とってくれ」
「…………自分がメンテナンスされている姿を見ると不思議な気分になるな」
結婚生活初の夏。俺は相も変わらず愛機のメンテナンスをしていた。ここ最近は全くと言っていいほど仕事の依頼とか一切来てないんだが、まぁ、メンテナンス怠ってまともな仕事できなくなったら不安だしな。いつ依頼が来てもいいように機体を万全に保っているわけだ。だが、ここまで不安定な稼ぎだとな…………いっそ自衛隊でも入ってくるか?
腕部マルチランチャーの砲身を別の物と交換する。大分使ってきたから砲身もそれなりに疲弊してやがる。基部から交換すべきか?
「それにしても随分と持つよなこの機体…………もう、十年近く経つかもしんねえぞ」
「そうだな。それでいてパーツの損耗もほとんどないからな…………我ながら恐ろしいぞ」
「せやな。本当、人工物最強の耐久性じゃねえか?」
ここまで損耗がほとんどないこの機体はありとあらゆる法則に従う気がないように思えるぞ。物理法則はどこへ行った? 損耗があったとしてもそれは既製品のランチャーとか近接防御機関砲くらいだぞ。どこまでコストパフォーマンスがいいんだか。
「それよりもアレはどうなんだ?」
「ああ、イオナの機体か…………この家に残されている最後のRATナンバーに載せようかと考えているんだが…………」
「それが賢明だろうな。他の機体では奴の出力に耐えきれん。RATナンバーでやっと持ちこたえられるくらいだ」
まぁ、当面の問題はイオナの機体だな。武蔵曰く、全コア中規格外の出力を誇るらしい。並大抵の機体には馴染まないそうだ。そうなってしまうと、俺の家に残った最後のRATナンバーに載せなきゃならんのだが…………あの機体は中々に扱いが面倒な機体だ。乗る人が扱いきれるものかどうかも怪しい。
「そうか…………まぁ、なんとかしてみるしかねえな」
「悠助、武蔵、私の身体はいつ手に入るの?」
「暫く待ってくれ、イオナ。必ず用意してやるからな」
イオナもこのフロアに来たようで、早く身体が欲しいと言っている。アイオワのような目にはあわせたくねえから、その願いを叶えてやりたいとは思うんだがな…………。
『へーい!ゆーくん、おっひさー!』
「では、さようなら」
『なんでおもむろに回線を切ろうとするのさ!?』
そんな時、突拍子も無く回線が繋がった。間違いない…………この無駄に高いテンションの持ち主は
「で、何の用なんだよ束さん」
『何の用なんて酷いなー。そっちにあるRATナンバーの機体、少し調整加えようかなーと思ってねー』
「調整?」
『というか、各部にコンデンサーを搭載しようかなって。それ、イオナちゃん搭載機にするんでしょ? 生成される余剰エネルギーをコンデンサーに蓄えておけば、継戦能力や移動能力が飛躍的にあがると予想されるんだよー』
『エネルギーコンデンサー搭載のついでにリミッターを設ける。解除すればコンデンサーに蓄積したエネルギーを一斉解放、フルバーストモードが使用可能だ』
束さんに加えて回線には一秋までもが入ってきた。俺たちよりも一足お先に挙式、無事に結婚することができたようだ。まぁ、束さんも長い間想い続けた奴と結婚できて本望だろう。一秋も一秋で復帰することができたようだしな。尚現在二人は天海龍でクルージング。どんな無骨な旅行だよ、全く。
「了解した。そちらのプランに任せる。機体の受け渡しは?」
『帰港予定ならあと二週間後だ。それまでに横須賀には到着する』
「はいよ——ああ、ちょっと待ってな」
そんな時、黒龍の回線に突然入り込んだ通信。通信先は…………蒼龍? となると、榛名か? なんか一夏の身にでも起きたのだろうか? いやでも、出産予定日はもう少し先だからな…………。まぁ、一先ず回線に出るか。
「どうしたんだ、榛名?」
『どうしたもありませんよ! 一夏の陣痛が始まりました! いつ産まれてもおかしくありません! 早く病院に来てください!』
「はぁ!? それマジかよ! わかった! 五分以内にはそっちに着くようにする! 武蔵! イオナを量子化して格納、黒龍を駐機状態にしてくれ!」
「りょ、了解した!」
「う、うん!」
『こうしちゃいられないぞ! 束! 追加のブースターを使わせろ!』
『こういうこともあろうかと既にセットアップ済みなのだ〜! さぁ、行くよ!』
さぁて、一段とやばいところに入ったぞ。繋がっていた回線から束さんと一秋にも聞こえさていたようで、向こうもこちらに駆けつけてくれるようだ。武蔵はイオナを一度コアとして格納、そのまま自身も黒龍と一体化する。俺は駐機状態特有のその空いた胸のところへと飛び込み、黒龍を起動させた。久々に感じる身体へと馴染む感覚だが、そんな事を気にしている余裕などない。早々にマスドライバーへと接続し、一気に空へと打ち上がった。
「全速力で飛ばすぞ!」
〔了解した!〕
ブースターに全てのエネルギーを送り込み、病院目掛けて一気に飛ばした。間に合ってくれよ!
…………。
……………………。
………………………………。
「状態はどうだ!?」
「ゆ、悠助さん! い、今一夏が分娩室へと運び込まれたところです!」
俺が病院に着いた時、一夏は分娩室へと運び込まれたようだ。となると、もう産まれる直前だ。無事に産まれてくれよ…………! 分娩室に助産師と妊婦以外の立ち入りはここ最近禁じられてきている。外から来たやつを急に入れて母体や赤子が感染症を引き起こしたら大変だからな。だからこそ、俺はただ祈ることしかできない。近くで一夏の応援をしてやりたいが、今の所不安で一杯だ。
「ゆーくん!」
「悠助! 一夏は!? 子供はまだか!?」
「今産まれようとしているところだとよ…………なんとか間に合ってよかったな」
その後、束さんと一秋も無事に到着した。だが、俺の不安が変わることはない。
「一夏は大丈夫なんでしょうか…………?」
「きっと大丈夫ネー! 一夏は強いデスから、無事にbabyが生まれるのを祈るデース!」
「それでもだな…………そわそわするものはするぞ!」
「と、とりあえず病院だから静かにしなさい」
コア人格達も大分不安になっているようだ。金剛の奴だけは謎の自信があるようだが、長年の相方である榛名があそこまで不安に陥っているんだから、そら不安になるわ。あぁ…………手が震えてきたぞ。
「大丈夫」
そんな時だった。俺の震える手を両手で包む奴がいる。その手に付けられているオープンフィンガーグローブからしてイオナだ。
「一夏ならきっと無事に産む。そして、産まれてくる命も強い。だから、出てきたら笑顔で迎えて」
そう言うイオナの目はまるで一夏が見せたような芯の強い目をしていた。
「それに私は一つお願いを受けている。一夏の子供を守り、そして共に生きる。それが、私に課せられたたった一つの命令…………」
「そうだったな…………お前には俺たちの子供を守ってもらうんだったな。だったら、そのお願いをしてもらうために、無事を祈らねえとな」
イオナはあまり表情を変えないコア人格だが、今この時はかなり真剣な顔をしていたのかもしれない。
それから暫く俺たちは祈り続けていた。それが何分、何時間と感じられるような世界の中、分娩室の扉が静かに開いた。
「紅城悠助さんですよね?」
「あ、ああ。俺に間違いはないが…………」
「おめでとうございます! 可愛い女の子ですよ!」
「「「よっしゃ、きたぁぁぁぁぁっ!」」」
「これは祝杯あげないとな!」
「い、一夏ぁ…………お疲れ様ですぅ…………榛名、感激です!」
「ヘーイ! Newfaceの誕生ネー!」
「これは…………気分が高揚します」
「これが、命が産まれる瞬間…………」
無事に産まれてくれた…………それだけでどれだけ俺が安心したのやら…………やべ、感動して涙出てきたわ。
「では、紅城さん。お子さんと奥さんに会いますか?」
「あ、会っても大丈夫なのか? 分娩室に立ち入るのはご法度なんじゃ…………」
「そんなことありませんよ! そんな事、昔の女尊男卑思考が勝手に考えて植えつけたものですから」
ま、マジで? だったら産まれる瞬間に立ち会える可能性だって十分にあったじゃねえかよ! 渚に頼んで完膚なきまでに奴等をぶっ潰して貰おう。奴等にはそれくらいの罰が必要だ。
「一応、二人までなら入れます。どうなさいますか?」
「そりゃ行くに決まっているが…………」
俺が視線を向けた先には大勢の顔ぶれがいる。俺以外に誰を連れて行けばいいんだ? 一夏の兄の一秋か? それとも相棒の榛名か? マジ誰を連れて行こうか…………?
「悠助、私たちの事は気にするな。その代わりこいつを連れて行ってくれ」
「武蔵…………?」
俺が誰を連れて行こうかと考えていたら、武蔵がイオナを前に出してきた。突然の事にイオナは困惑していたようだが、俺はその行動に納得してしまった。確かに俺はこいつに産まれてくる子を守ってくれって言ったからな…………そいつと最初の顔合わせを一番にさせてやりたいんだろうな。
「それが一番ですね。悠助さん、イオナ、行ってきてください」
「榛名…………恩にきる」
「では、一度消毒をしますのでこちらへ来てください」
俺たちを推してくれた奴らに一礼をし、俺とイオナは助産師の言われる通りに行動した。
「こちらですよ」
そして分娩室へと入った。そこには保育器に入れられた赤子とそれを優しげな目で見ている一夏の姿があった。
「悠助、イオナ…………やったよ、私。元気な子供産んだよ!」
「ああ…………頑張ったな、一夏。早いところそいつに名前をつけてやらねえと」
そう俺は言うものの、いい名前が思いつかん。それに女だからな…………下手な名前をつけるわけにもいかんし。
「『悠夏』」
突然イオナがそう言った。
「悠助の悠に一夏の夏で悠夏。子供につける名前には、親の名前から一文字取る、そうデータベースにあった」
「それいつの時代だよ…………でもまぁ、悠久の夏のようにいつも元気な子に育って欲しいからな。俺はいいと思うが、一夏は?」
「私もいいと思うよ。それに、私と悠助の初めての子供だしね」
どうやら一夏もイオナが考えた名前に納得したようだ。寧ろ大賛成。悠夏、か…………俺と一夏、どっちに似た子供に育つんだろうか。まぁ、元気に育ってくれれば、それでいい。
「今日からお前の名前は悠夏だ。よろしくな」
この日、俺の家族がまた一人増えたのだった。
大分詰め込みすぎでぐだぐだになった気がする…………
悠助「一話に年単位の話を詰め込むからだろ」
それを言ったら本編は半年くらいの期間しか描けてないんだが…………
一夏「ですけど、もうなんだか終わりしか見えてきませんね…………」
まぁ、それは仕方ないだろ? 最終話いつ仕上げられるかわからないけど。課題追加されたし、追試必須状態だし。
悠助「毎度自滅じゃねえか」
…………こんな状態の作者が書いているこの小説ですが、最終話まであと少しです。それまでの間、生温かい目でよろしくお願いします。