守りたい、ただそれだけ(本編完結)   作:ディニクティス提督(旧紅椿の芽)

55 / 56
此方ではお久しぶりでーす、紅椿の芽です。
さて、それじゃ投下しますか…………久しぶりに書いた糖分回。どぞー、生温い目でよろしくお願いします。


Ex.04

俺は現状非常にマズイ状況に立たされていた。別に何処かの戦場で孤立無援でいるわけでもない。いたって平和な学園で仮初めの平和なひと時を過ごしている。だが、どんな戦場を渡り歩いてきた俺ら傭兵どもでもこれだけは乗り越える事が厳しいやもしれん。特に俺にとっては、だ。

 

——二月十二日、俗に言うバレンタインデーの二日前だ。

 

どこが厳しいのかって? 確かに考えようによっては世の中の男にとって女から贈り物を貰える特別な日であろう。正直、俺も一夏から貰えるんだったら嬉しい。あんな美少女から贈り物を貰えるのなら、誰だって喜ぶはずだ。しかし、俺はその貰えるものがある意味で難敵なのである。

どうやら最近では色々なものを贈るようになったバレンタインデーだが、ごく一般的なものといえばチョコレートであろう。何故バレンタインデーでチョコレートを贈るようになったのかはわからない。まぁ、企業の思惑とかそういったものも絡んでいる事は確かだろう。レーションなんかの生産で世話になる企業も中にはあるが、この時ばかりはこういった企業の連中を呪いたくなる。特別な日に金を使わせて一気に儲ける、企業の常套手段である事は否定しないし、そうして食っている奴らもいるから一概に悪いとは言わない。だが、特別な起源理由もねえのにそんなキャンペーンをやっているのは些かどうかと思うんだ。金を使わせすぎだろ、全く。…………と、バレンタインデーをボロクソ言いまくっている俺だが、この日を俺が苦手とする理由はそんな複雑な事じゃない。

 

「おっす、悠助来たぜー」

「ああ、そこらへんに適当に座ってくれ」

 

寮の自室に渚が入ってきた。というか俺が呼んだ。いつも通りの軽そうな雰囲気だ。ちなみにこいつはバレンタインデーというものが楽しみな連中だ。まぁ、楯無と簪から貰えるそうだからな…………美少女二名から貰えるなどと聞いたら、世の中の持たない男達は確実に血の涙を流す事であろう。

 

「で、なんだよ急な話って? お前からそんな話を持ち込んでくるという事は…………」

「——ああ、状況はお前が思っている以上に最悪だ」

 

そう、俺がこいつのような長年の付き合いがある傭兵に話を持ちかけるのは俺単機ではどうにもならないような状況の時に限る。だからこそ渚に話を持ちかけた時こいつは額から汗を流していた。言っておくが冬だ。並大抵の事では汗が出ないはずだ。そして、おそらく俺が直面している状況は今までで一番やばい。第一種戦闘態勢の比ではなく、最早デフコン1と肩を並べるレベルだ。

 

「うーわ、お前の口から一番聞きたくねえセリフが聞こえてきたわ…………で、具体的には俺にどうして欲しいんだ?」

「なに、それについては簡単な事だ」

 

俺と一つ深呼吸をした。そうだ、これは俺の今後の運命に関わる事なのだからな…………そう考えると非常にマズイ任務に片脚を突っ込んでしまったようだ。そんな俺の緊迫した空気に飲まれてなのか、渚は固唾を呑む。そして、深呼吸をした俺は言葉を紡いだ。

 

 

 

 

 

「——俺のチョコレート嫌いを治すの手伝ってくれ」

 

 

 

 

 

何を隠そう俺は…………チョコレートが大の苦手なのだ。

 

◇◇◇

 

「〜〜♪」

 

正直なところ(一夏)はこの日が近づくのを楽しみにしていた。去年は受験とかあってできなかったからより一層楽しみなのだ。その為に今、調理室を借りて準備をしているところだ。といっても今日を入れればあと二日も準備期間があるんだけどね。それでもその日が楽しみで待ちきれないし、当日までに用意できなかったら元も子もないからね。

 

「やっぱり一夏さん、上機嫌ですね」

 

ちなみにこの場にはエイミーもいる。目的は私と同じ。もっともエイミーは色々とワケありでこの事を知らなかったようで、私がその事を教えたら見事に食いついてきた。エイミーも年頃の女の子だからね。

 

「だって、いつもお世話になっている悠助にちょっとした恩返しができるんだもん。機嫌が良くならないほうがおかしいよ」

「まぁ、それもそうですよね。私も悠助さんには彼方此方でお世話にになりまし」

 

そういえば悠助って、エイミーやレーアと一緒に彼方此方にお仕事しに行ってたっけ。そう考えるとエイミーが悠助に渡したくなるのも無理ない。というか、むしろレーアが『私はそういうのはパス。悠助には戦場で恩を返す』とかと言っちゃったからね…………ある意味でとんでもないよそれ。てか、レーアって男勝りというより、最早胸のあるイケメンとかだったりするんじゃないかな? きっとそこら辺の男よりは何倍もいいと思う。まぁ、悠助程じゃないけどね。

 

「それに…………私にとっては、悠助さんがなんだか、お兄さんみたいな存在なんです」

「あー、確かに。時々、本当に同い年なのかなって思うくらい大人びた事を言うもんね」

 

どうやらエイミーの目には悠助がお兄ちゃんみたいに映っているそうだ。この事を本人に言ったらどんな反応をするんだろうな…………きっと想像以上に面白い反応を見せてくれるのかもしれない。そんな悠助も私は好きだ。ただ、最近は何か思いつめているような気もしなくはないんだよね、本人はなんでもないっては言っているけど。何かあったのかな? 少なくとも私絡みじゃないと思う。

 

「それもあるんですけど、なんだかんだ言って面倒見がいい人ですから、まるで本当のお兄さんのように思えてくるんです」

「まさかの友達が妹化されていた!?」

 

…………悠助、なんだか悠助の知らないところで妹できてるんだけど? 一体なにをしたらこんな事になるの? ちょっと悠助に聞いてみようかな。あ、別に怒っているわけじゃないよ。むしろ、妹ができたら少し嬉しいかな、って。ほら、私って末っ子だし。

 

「というか、本当に兄妹になったらすごい事になりそうなんだけど…………」

「まぁ、凄腕の傭兵と元米軍兵の兄妹なんてそうそういませんからね」

「普通はいないよ!?」

 

エイミーの少し抜けているところが私にはついていけない。前に悠助からは『ちょっと一般社会とはかけ離れた場所で生活してたから、多少のズレはあるだろうが、その辺はお前に任せた』とは言われたけどさ…………流石に突っ込むのが大変だよ。ちなみにエイミーは捕虜になっていたところを渚君に助けられ、束さんの助手になった後、今は悠助の僚機として付いているそうだ。

 

「? 私、何か変な事を言いましたか?」

「い、いや…………なんでもないよ」

 

だが、そうやって首を傾げて聞いてくるのはやや反則なのじゃないかな? それに、身長ではラウラに勝ってはいるけど、あどけなさが残っている為、エイミーの方が子供っぽく見えてしまう。レーアが隣にいたら益々その通りである。だから、私にはまともな反論なんてできないのだ、いろんな意味で。結論、可愛いは正義。

 

「それより、そろそろ溶けたかな?」

「多分大丈夫だよ。それよりも型とか用意してある?」

「用意しておいた型があるので大丈夫です」

 

そう言って取り出したのはいかにも重厚な金属の型だった。全部で六つほど穴が空いているが、型というには些か大きすぎるような気もしないわけじゃない。ドヤ顔でいかにもやりましたって表情をしているところにどう突っ込めばいいのか、私にはわからなかった。故に全力スルー。

 

「あ、うん。わかった。それじゃ、溶かしたのをそれに流し込んでね」

「わかりました!」

 

そう言ってビシッという音がつきそうなくらい綺麗な敬礼をしてきたエイミー。いや、確かに私は今教えている立場だけど、なにもそこまでする必要あるのかな? 私はエイミーの上官とかじゃないよ。とかと思っている間にエイミーは型に溶かしたのを流し込んでいた。…………でも、あれってどう見ても鋳造の型じゃないかな? なんとなくあれを作った人が予想できたよ。

とはいえ、私も人の事を気にしている暇なんてない。私も型を取り出して、それに流し込み始めた。もっとも、エイミーの物ほどは大きくないけどね。その分、数が多いし、あまり悠長にはしていられない。

 

「この後はどうするんですか?」

「特に飾り付けとかしないんだったら、そのまま冷蔵庫で冷やすだけだよ」

「あ、意外と簡単なんですね」

「まぁ、問題はうまく固まってくれるかどうかだけどね」

 

型に流し込み終えた私達はそれを冷蔵庫へとしまった。多分一時間もすればしっかり固まるんじゃないかな?

 

「それじゃ、ここからは待つだけだよ」

「大体どのくらいですか?」

「そうだね…………長くて一時間くらいかな? 折角だし、その間にラッピングとかも考えよっか?」

「それはいいですね。でも、どんな物がいいんでしょうか?」

「やっぱりここは無難に——」

「いえ、こういうのも——」

 

こうして私とエイミーは時間が経つのを忘れて話し合っていたのだった。…………気がついたら二時間も経っていたのはさすがに驚いたけどね。

 

◇◇◇

 

「ぷっ…………!どわーっはっはっはっ!! きゅ、急にシリアスに言うから…………ひひっ…………どんだけやべえかと思ったら…………くくっ…………お、お前、可愛いとこあるじゃねーか! あははははははっ!!」

「…………煩え」

 

なんか、胸の内を明かしたら渚に爆笑された件について。俺は至って真面目なんだぞ!? これはいわゆる死活問題に匹敵してんだぞ!? その事をこいつはわかって言ってんのか!? というか、大笑いしすぎだろこいつ。なんかムカついてきた。

 

「誰にだって苦手の一つはあるだろうが…………」

「だ、だからって…………ぷぷっ…………そ、それだけはねーよ…………あひゃひゃひゃっ! あ〜苦しい〜、腹が苦しいよ〜!」

 

ブチッ。

何故なんだろうか、無性に腹が立ってきた。俺は迷いなく腰に装着されているデザートイーグルを引き抜いた。

 

「…………って、あれ? ゆ、悠助? お前なに取り出してんだ?」

 

ついでに今は空マグとなっているマガジンを抜き取り、別のマガジンを上着の内側より取り出す。

 

「おいおいおいおい…………それ、洒落にならねーぞ…………マジでやべえって!!」

 

そのままスライドを引き、初弾を薬室内へ送り込む。それと同時に撃鉄も引き起こされた。

 

「待て待て!! これ冗談だろ!? 割と本気で洒落にならねえよ!?」

「——俺が冗談言ったことあるか?」

「へっ…………?」

 

渚の額にサイトを合わせ、俺は引金を引いた——。

 

 

「痛え…………なにも暴徒鎮圧用エボナイト弾を使うか、普通」

「無性にムカついたから仕方ねえだろ。実弾じゃねえだけマシだと思っとけ」

 

少々強引な方法で渚を黙らせた俺は一息ついていた。先程撃ったのは渚も言う通り、非殺傷兵器である暴徒鎮圧用エボナイト弾、ゴム弾の一種である。ただし、滅茶滅茶硬いぞ。なお言っておくが、俺が抜いたマグは空マグではなく、フル装填済みのホローポイント弾だ。確実に人を殺れる弾の一つである。流石に長年の付き合いがある奴にそんな物騒な弾は撃たん。ただまぁ、エボナイト弾も硬えからな…………見事渚の額には綺麗な日の丸ができていた。

 

「…………で、俺はどうすりゃいいのよ? 治すって言っても、お前がなんとかならねえと——」

「…………やった」

「は?」

「だから、前に何度かやったんだよ!! いろんな方法試したわ!!」

 

実を言うと以前に何度か治そうとしたことがある。しかし、その時の結果たるや、凄惨の一言に尽きる。なお、これは比喩でもなんでもない。あれほど外で試してよかったと思うときねえわ。

 

「へぇー。で、どんな方法をしたんだ?」

 

渚が聞いてきた。こいつにも助けてもらうことになるからな…………情報は提供しておくか。

 

「最初はそこまで酷いものじゃねえと思ったから、市販の小せえチョコを試しに食ってみた」

「結果は?」

「ああ、それはな——」

 

 

『この程度でこの俺が負けるわけ——』

 

口の中に放り込んだ瞬間、そこはもう地獄へと変貌した。くそ甘ったるい何かが口の中を支配していくと同時に、何ががまとわりつくような感覚、そして謎の目眩までもが襲ってきた。

 

『こ、この野郎…………小せえからっておちょくりやがって…………!!』

 

一瞬にして沸点まで上昇した俺の頭がまともな判断を下せるわけもなく——

 

 

「——残っていたチョコにデザートイーグルに装填していたホローポイント弾、全弾叩き込んだ」

「はあぁぁぁぁぁっ!? お前何やってんの!? というか、チョコに実弾撃った奴なんて初めて聞いたぞ!?」

 

仕方ないと言ったら仕方ない。それほどまでに奴は俺を苦しめたのだ。実際あの時ほど日常で死にかけた事はなかった。

 

「その時、どこまで俺が嫌いなのか理解してだな…………また別の路線でトライしてみた」

「そ、それで結果は?」

「ああ、今度はな——」

 

 

『前回は苦しまされたが、今度はこいつを使ってやるぞ…………』

 

次に用意したのは某有名なプレッツェルにチョコをかけた菓子だ。これならチョコの量も少量だし、いけるんじゃねえかと思った。それに、中和剤と言ってはなんだが、プレッツェルの存在もある。この時ばかりは勝利を確信した。が、

 

『ぐおぉぉぉぉっ…………な、なんだこいつ…………!』

 

結局あの甘ったるさが変わることなどなかった。ここまで酷いと感じた事はなかなかない。おまけにプレッツェルも何故か甘い。中和剤なんてどころじゃねえ。俺の致死量超えてんじゃねえかと一瞬思った。

 

『こい、つ…………! モヤシみてえな細いなりをしてるくせに…………!』

 

またもや頭にきた俺は——

 

 

「——そばに立てかけておいたAA-12 フルオートショットガン、マガジン全部叩き込んでパウダーにしてやった」

「お前バカだろ!? 絶対にバカだろ!? どこの世界にチョコにショットガンを叩き込む奴がいるんだよ!?」

「ここにいるぞ」

「アッハイ」

 

まぁ、自宅にはこれでもかというほどの銃火器が置いてあるしな。言っておくが、俺はフルオートショットガンだけでなくポンプアクションの方も持っている。どちらかと言ったら、ポンプアクションの方がわりと扱いやすいから、そっちの方をよく使うがな。フルオートはすぐ弾切れになるし。

 

「それでな、やはりここは質をさらに上げてやるべきだと思ってな…………また別の路線で挑戦した」

「…………一応、聞いてやるわ」

「ああ、次はな——」

 

 

『ここは一発変わりダネを使ってみるとするか』

 

とある通販サイトで手に入れた、チョコの中にリンゴやらオレンジが入ったタイプの物を使うことにした。果物なら俺は好んで食うし、好みのものがあるのならいけるだろうと思ったからな。そう思って俺はオレンジの方を口に含んだ。

 

『——ッ!? な、なんだこれは…………ッ!?』

 

だが結果はどうだろうか。チョコの甘さに加えて、オレンジの酸味と風味が嫌な混じり合いをして、正直これはダメなシロモノだと予感した。何をトチ狂ったか知らないが、近くにあったリンゴ入りのチョコを口に含んでしまった。

 

『ゴホッ!? こ、こいつもハズレじゃねーか!?』

 

しかし悲しいかな。リンゴの甘みがチョコの甘みに掻き消され、挙句酸味まで強烈に伝わってきたものだから、一瞬意識が飛びそうになった。あの通販サイトには美味いと書いてあっただけに騙された気分だ。

 

『クソ野郎…………! てめえ、調子に乗ってんじゃねーぞ!!』

 

沸点が液体窒素並みに低くなった俺は本気で切れてしまい——

 

 

「——愛銃であるTAR-21 タボールの一マガジン全弾フルオートを食らわせてジャンクにしてやった」

「待てぇぇぇぇぇいっ!! なんで!? なんでそこまでやるんだ!?」

「ムカついたからに決まってんだろうが。それ以外に理由あんのか?」

「うーわ…………とんでもねえ暴力発言…………」

 

いや、あそこまで期待を裏切られたらこうもなるわ。ただでさえ少し期待していたというのに、このオチはねえだろ。というか、普通って好物と合わせたら食えるようになるんだろ? なのになんであんな劇物に早変わりするのかねぇ…………。全くもって俺には理解できねえよ。

 

「そういうわけで、また方向性を変えて試してみたんだよな…………」

「もう嫌な予感しかしねえけど…………手伝うと言った手前、ちゃんと聞くわ。で、今度はどうしたんだよ?」

「ああ、次の一手はな——」

 

 

『畜生…………何がダメって言ったらあの甘さだからな…………慣れちまえばなんとかなるんじゃねえか』

 

再びとある通販サイトを利用して取り寄せたのはアメリカ産の激甘チョコ。なんか貝みたいな形をしている上に、黒と白が混じり合った色合いをしている。しかもサイトの説明に『どんな甘党も一撃で撃沈する甘さ』と書いてあったからな…………質で慣れるしかないと考えたわけだ。で、早速口に含んだのだが、

 

『ほあぁぁぁぁぁっ!? な、なんだよ、このクソ甘い物はよ!?』

 

口の中が一瞬にして地獄へと化した。あ、ありえねぇ…………確かに甘党も一撃で轟沈する甘さとは言っているが、ここまでひでえ甘さだとは俺も予想できなかった。いや、俺が見くびっていたせいなのか…………? 何はともあれ強烈な甘さが、脳に激しい衝撃を与え、眩暈を引き起こした。これは…………甘すぎる! 最早食い続けることなど不可能に近い。

 

『こんの糖分の塊のくせに…………! テメエ、目にものを食らわしてやらぁっ!!』

 

マグマで加熱されたかのように沸騰した俺の怒りを止めるものなど誰もおらず——

 

 

「——M82A1 バレットライフルの12.7㎜弾、一マガジンを満遍なく叩き込んで、スクラップにしてやった」

「アホかーっ!? なんでそんな対IS用にも使える銃弾を撃つんだよ!? というか、スクラップで済んだらいい方じゃねーか!! てか、なんでそんな物騒なシロモノ持ってんだよ!?」

「バレットライフルか? アーミアから貰った。やっぱ片手で撃つと反動やべえな、あれ」

「当たり前だ!! …………あぁ、ツッコミしすぎて頭痛え」

 

何やら頭を抱える渚。そんなに俺の行動がひでえのか? 一度キレた俺は何をしでかすかわからねえからな…………俺ですら制御不可能だ。だが、あの甘さだけは真面目にダメだった。半致死量を超えてんじゃねえかと思ったわ。

 

「というわけだから、次はまたもや方向性を変えてやってみた」

「聞くけどさ…………もう驚かねえぞ、マジで驚かねえぞ。で、何をしたんだ?」

「ああ、次に試したのはな——」

 

 

『くっそ…………やれる事はやってきた。となると、こいつしか残ってねえわけか…………』

 

用意したのはアメリカ軍のレーションに入っているレーションDバーと呼ばれるチョコだ。重量340g、総カロリー1800キロカロリーという化け物である。ツテはアーミアだ。あいつ何かとちょろまかしてくるのが得意だからな。そして、こいつの特徴は戦場での食い過ぎを防止するために不味くしてある事だ。まぁ、あそこではこれでもうまく感じるようになってしまうから恐ろしい。

 

『どれ、じゃ早速食らいついてやろうじゃねえか…………』

 

アーミア曰く、ゲロマズいとの事だが、今回に限ってはそれが功をなしてくれると思った。そう思いながら、俺はそれに食らいついた。

 

『ファッキュゥゥゥゥゥンッ!! なんだよ、このクソマズい物体Xは!? これが…………これが人の食うものなのか!?』

 

しかし悲しいかな、現実とは非情なものだ。ゲロマズいシロモノはどこまでいってもゲロマズい事に変わりはなく、謎の口当たりの悪さが俺の全てを破壊していく。口の中には謎の油分がまとわりつくわで、今まで食ってきた奴がまだマシなように思えてくるほどだ。…………なんでこんなものをレーションにぶっこんだんだ、アメリカ軍は。やはり、七色のケーキならなんやらを生み出す自由の国は考える事がちげえ。

 

『畜生めッ!! こいつまで俺をコケにしやがって…………我慢の限界だ、糖分野郎ッ!!』

 

期待を裏切られ、怒りで我を忘れてしまった俺は——

 

 

「——そこらへんに転がっていたAT-4 84㎜無反動砲を叩き込んでこの世から葬り去ってやった」

「なんでなんだよぉぉぉぉぉっ!? というか、なんでそんな対戦車兵器が転がってんだ!?」

「俺の部屋にはあとパンツァーファウスト3とAT-4がそれなりに残ってるぞ」

「お前は一人で機甲師団を相手に取るつもりか!?」

 

別にそんなつもりはねえが、万が一に備えて用意してある。機体を解除して戦闘を行う必要が出たら、対戦車兵器は最も頼りになるしな。

 

「というか、チョコに対戦車兵器を叩き込むな!! お前、どうせHEAT弾を装填してたんだろ!?」

「当たり前だ。メタルスラグで綺麗に蒸発してたぜ」

「…………もうやだ、こいつ。俺に止められる気がしねえ」

 

今までどんな努力をしてきたのか渚に話した結果、何故か遠い目をして嘆いている。どうやら、渚から見ても俺の状態は酷えらしい。しかし、これ以上自分でやってもどうにもならないという事は俺がわかっている。

 

「マジで頼む! このままだと俺は確実に負けを認める事になっちまう…………それに、今後の事を考えたら戦略上非常にマズいんだ…………頼む! もうお前しか現状頼れそうにないんだ!!」

 

この際プライドなんざゴミに捨ててやる。というか、もとよりそんなものを俺は持ち合わせていねえや。今の所、この学園でこんな話を持ちかける事ができるのはこいつ以外いない。真面目にこいつしかいないのだ。

 

「…………わかった。手伝うと言ったんだ。その話、引き受けてやるよ」

「マジか!? 恩にきるぞ、渚!」

 

俺はこの時ほど、この飄々とした僚機が頼もしく思えた事はない。よっしゃ、これで…………これで俺はこの絶望的状況を乗り切る事が可能になるぞ!

 

「まぁ、大体理由は察したからな…………手伝わねえと、お前がハラキリでもしかねないだろ?」

「な、なんの事だろうな?」

「別にとぼけなくてもいいんだぞ…………俺も同類だし。大方、お前の嫁さんからのチョコを食べたい、それが本心だろ?」

 

何故なのか理由はわからないが、俺が躍起になって治そうとする理由が完全にバレてしまっていたのだった。何故にバレたし。

 

◇◇◇

 

「〜〜♪」

(…………私はどうすればいいんだ…………)

 

今、(武蔵)は非常にマズい状況に立たされている。コア人格の持つ自室のようなところではなく、共有スペースのような場所に来ているのだが、それはいい。この場には私と榛名しかいない。しかし、かといって榛名が何か問題を起こしたかというと、そういうわけではない。では、何が問題か?

 

「いい感じに溶けてきました〜♪」

 

榛名が明後日のバレンタインデーに備えてチョコに作っているのだ。別に榛名の料理がマズいというわけでもない。問題は渡す相手が渡す相手だからな…………。

 

「悠助さん、喜んでくれるかな〜?」

 

そう、相手は悠助だ。しかし、悠助にとってその日は地獄も同然なのだ。何故か? 簡単だ。あいつはチョコが死ぬ程嫌いだ。克服しようとしていたみたいだが、その度に酷い目に遭い、チョコに銃弾を容赦なく叩き込んでいたことを今でも思い出せる。それなのに、榛名や一夏、そしてエイミーまでもが我主にチョコを渡そうとしている。本人達に悪意はこれっぽっちもない。むしろ善意でやっているからこそ、責めるわけにもいかないから尚更タチが悪い。

 

「武蔵、こんな感じでどうでしょうか?」

 

その証拠に榛名は無邪気な笑顔を向けてくる。このなかに悪意が隠れているというのなら榛名は相当演技が上手い事になる。だが、榛名はちょっとした嘘をついてもすぐ話にバレるほど、演技が下手くそだ。だからこそ、これが本心からのことであるとわかる。

 

「あ、ああ、いいんじゃないか?」

 

何でもかんでも自分の責任にしてしまう悪い癖がある彼女らを悲しませるわけにはいかない。今私にできる事は一つだけだ。

 

(…………悠助、すまない…………今回、私は鬼になるぞ…………)

 

やる事が決まった私は、榛名の何やら楽しそうな声を背に、一度コア人格の共有スペースから出た。さて…………一つ仕事をするとしよう。悪く思うなよ、悠助。

 

◇◇◇

 

「というわけで早速ブツを大量に取り寄せてみたぞ」

「おお!」

 

そう言って渚が持ち込んできたのは大量のチョコだ。大型のポリ袋にこれでもかと入っている。見ているだけで胸焼けしてきそうだが…………これも一夏のためというなら乗り切ってやるぞ。

ちなみに、学園の裏庭に俺たちは集まっている。今まで散々発砲沙汰になっているからとの事だが、全部装備は置いてきたわけだし、なんとかなるとは思うんだよな。

 

「にしても、よくこれだけのモノをこの短時間に集められたな」

「おいおい、俺が仕えているのは何処だ? 世界に名を轟かす更識グループだぞ? 簪の手にかかればこの程度はちょちょいのちょいだぜ」

「…………やってて楽しかったよ。丁度私も材料を買い集めようとしてた時だったから、こっちとしても都合が良かった」

 

そう言って渚の陰から簪が出てきた。ひょこっと顔を出してくるあたり、どっちが従者なのかよくわからねえ。それでいて、あの化け物じみた高機動戦をやってのけるんだから末恐ろしいこと。

 

「で、どこ産のを取り寄せたんだっけか?」

「…………欧州がほとんど、後はいつものアメリカ産」

「げっ…………アメリカ製のやつもあるのかよ…………」

 

兵器関連以外ではあまりいい思い出がないアメリカ産。第一、いくら改善されているからとはいえ、あの国のレーションは栄養さえ取れればよしを体現したかのようなブツだろ。さすが元祖エチオピア人すら裸足で逃げ出す食料を生み出した国だけあるわ。何故隣国カナダとここまで差がついたのか気になって仕方ない。

 

「ま、とりあえずさっさと始めるとするか」

「というわけだから許してくれよ、悠助」

 

渚の声とともに俺の右肩ががっちりと押さえつけられる。なんだ、この金属の塊に包まれている感じは…………それに今の声って…………もしや、

 

「おい武蔵、お前何してんだ? なんで俺の肩を押さえつけてんの?」

「おっと、アタシのことも忘れてもらっちゃ困るぜ?」

 

そう言って俺が視線を右から左へとやると、短髪の如何にも不良的な雰囲気をプンプンさせる姿の女がいた。ああ、こいつは間違いねえな。

 

「摩耶、お前もなんで俺の左肩を押さえつけてんの? それも黒龍に緋龍まで展開しやがって…………」

 

緋龍のコア人格、摩耶である。控えめな簪とは正反対に、我が道をどこまでも行くスタンスだ。不良的な雰囲気の彼女であるが、意外にも面倒見がよかったり、武蔵曰く、趣味がぬいぐるみ集めという、かなり乙女なやつでもある。一体どういうキャラでいたいのか俺には不明であるがな。

 

「それは決まっているだろう」

「寧ろ、アタシらにしかできないことさ」

「「お前が暴れ出すのを押さえつけるためだ」」

「誰が暴れ出すか、ボケェッ!!」

 

よりによって暴徒鎮圧——というより俺がいつものごとく発砲しないように押さえつけるのが目的とのことだ。だからと言って摩耶はわからんが、武蔵はいかん。黒龍のマニピュレーターをフルパワーで握りしめると、コンクリートブロックが爆発する。あと、ゴーレムタイプ無人機の頭部を握り潰せる、という人間離れしすぎたパワーを持っているのだ。そんなもので握りしめて押さえつけられた暁には、俺の右腕は完全に消えていることだろう。そうなったら最後、傭兵稼業は引退だな。そうなったらどうやって一夏を食わせていくかな…………。

 

「万が一に備えてだ。大体、生身でも俺たちじゃ押さえつけるのが無理なんだから、もうこれしか手段がねえだろ」

「確かにな…………しかし、ここまでがっちりと押さえつける必要あるか?」

「お前は大概のトラップを強引に突破するからこのくらいはして当然だ」

 

そう言われると黙るしかない。実際、戦闘終了後にトラップに引っかかっていたことに気付くってことも多々あったしな。尤も、その程度じゃ俺を止められるわけなどないということの証明にもなるが。

 

「…………時間もないから、早く始めよ」

「そういうわけだから、夕立。最初はこれを頼む」

「任せるっぽい!」

 

そんなこんなで何故か夕立が藍狂狼を展開して、開けていた俺の口にブツを放り込んできやがった。それを噛んだ瞬間、地獄へと変わっていった。やべえ…………甘ぇ…………一発目でこれかよ…………これさえなんとかなれば、乗り切れんのか? って、いうか我慢できるわけねぇーだろ!!

 

「だぁぁぁぁぁぁっ!! なんだ、このクソ甘いブツは!? 耐えられるわけねぇーだろ、ボケェッ!!」

「…………だって? ちなみに今のは?」

「カカオ十パーセントのヤツだ。こいつはさすがに無理だったか。まぁ、これに慣れさせるために用意した作戦で行くぞ」

「…………らじゃー」

「わかった!」

「じゃ、これで行くとするか。悠助、口開けろ。甘くねえやつだから」

「…………マジでか?」

「マジ。てか、お前、嫁さんのを食いたいんだろ。じゃ、慣れるしかねえぞ」

「…………了解」

 

そんなわけで渋々口を開け、その中にチョコが放り込まれた。噛むと、何故か甘みをほぼ感じない。寧ろ程よく苦味があって、気分が悪くなることもない。あれ? これチョコだよな? なんであまくねえの? しかも苦いと言ってもあのレーション付属Dバーと比べたら、遥かにマシ。というか、普通に美味い。なんだこれ?

 

「これは、わりと美味いな」

「やっぱりな…………お前の味覚はどちらかと言ったら中年のおっさんが好むような味が適しているんだ。お前、コーヒーはブラック、飯も塩分カロリー高めのタンパク質中心…………糖分を摂る機会がほぼねえだろ?」

「まぁ、そいつはそうだが…………」

 

実際のところそんなもんなんだから仕方ねえ。菓子は食えないことはないが、それでも甘いものよりは塩分のあるものの方が好きだ。こっちの方が食ってるって感じがするからな。それでも、一夏の作る甘めの味付けがされた卵焼きは好きなんだがな。あれはお袋が作ってくれたやつと同じような味だから、どこか懐かしんでいるのかもしれない。だが、あれが俺の好物の一つであることに変わりはないぞ。

 

「だから徐々に糖分濃度を上げて慣らしていこうという作戦だ。さっきのは特注のカカオ九十五パーセント。とりあえずこれ全部食え」

「へーい」

 

そんなわけで流し込まれる大量のチョコ。普通の人からしたら苦い代物らしいが、俺からしたら気分がいいものだ。にしても、本当にチョコを食ってんのか実感わかねえな。今までなら暴れて発砲沙汰になっていたのだから、そう思うのも無理ない。気がつけば苦い方のやつは全て無くなっていた。

 

「すげえ勢いで食っていったな…………」

「…………貪欲の悪魔」

「…………こいつが暴れずに食ったことが信じられないぞ」

「そんなにひどかったのかよ…………」

「で、次は何を食えばいいんだ?」

「あ、ああ、次はこれを食え。夕立」

「了解したっぽい!」

 

そんなこんなで何度も俺の口の中には大量のチョコが流し込まれていくのだった。にしても…………この摂取カロリー、どうやって消費してやろうか…………。

 

…………。

……………………。

…………………………………………。

 

「なんとか全種食えたな」

「…………うおぉ…………頭が痛え…………」

 

ひとまず十パーセントまで全部食いきった俺は謎の頭痛に悩まされていた。わけわかんねえし、めちゃくちゃ痛えし…………地面をのたうちまわりそうだ。この期間が終わったら、当面の間糖分摂取を控えねえと…………そうじゃねえと本気で体調を崩してしまいそうだぜ。それだけは勘弁したい。俺たち傭兵は身体が資本だからな。体調を崩してしまったら、元も子もねえ話だ。

 

「…………まぁ、一気に四キロも食べたらそうなると思う」

「…………ここまで呻く姿を見たのは初めてだな」

「…………本当にこいつが世界最強の操縦者なのか?」

「流石に夕立は同情するっぽい」

 

しかしだ、俺はこの地獄を乗り切ったにも関わらず、未だに拘束を解除される気配がない。一体これはどういうことなのか? 全くもって俺には理解できない。

 

「それじゃ、最後の仕上げといくか」

「…………おい待て。最後ってなんだ、最後って!?」

「というわけで、簪、夕立、用意してくれ」

「…………らじゃー」

「夕立にお任せ!」

 

そう言いながら徐に何処から取り出したのかわからない鍋とボウルと仮設コンロをセッティングし始める二人と一機。そして、夕立がおそらく最低出力にしたビームブレードで点火する。鍋には水が張られているようで、しばらくすると沸騰し始めた。そこに大型のボウルが置かれ、中に俺が以前殺されかけた貝の形をしているチョコが投下された。嫌な予感がするぞ…………見てるだけでもやべえってのに。

 

「さてと、ここにこいつを投下するぜ」

 

そう言って渚が取り出したのは…………大量の砂糖だった。一夏と買い物に行った時、大概俺が随伴していくときは砂糖とか味噌とか買うから、今取り出した砂糖が一キロで売られているものだとわかる。てっきり俺は小分けにして入れるのかと思いきや——

 

「そらよっ、と」

「…………とりゃー」

 

まさかの全部投下しやがった。それも、簪もやりやがったから、二キロ分…………こいつらは俺を糖尿病にでもする気か!? そんな目の前で生産されていく急性生活習慣病の素を見ているだけで、吐き気が襲ってきやがった。こんな状態に陥らせるとか…………完全に兵器そのものじゃねえか!

 

「というわけで、完成したぞ。糖分マシマシチョコ」

「それはチョコとは言わねえ!!」

「…………まぁまぁ、これを食べたら全て終わるから」

「それはこの荒療治か!? それとも俺の人生なのか!?」

 

笑えねえレベルに達してきていることはわかる。差し出されてきたチョコらしき何かは、チョコの体裁をした別の物体であるように思えてきた。近づくだけで砂糖を煮詰めたような強烈に甘い匂いが俺の鼻腔を破壊していく。俺からすればこれは大量破壊兵器であると決めつけるぞ。

 

「…………ここまできたら腹をくくるほかないぞ」

「…………同情だけはするぜ」

「それじゃ、一気に逝くっぽい!」

「待て!? 言葉にそこはかとなく不安を感じたんだが!?」

「気のせいだろ。ほら簪、あれを全て流し込む用意を」

「…………了解。悠助、今回ばかりは私も手を引かないよ」

「よせ! そいつだけは…………そいつだけは——」

 

 

 

 

 

「…………全弾投下」

「素敵なパーティの始まりよっ!」

 

 

 

 

 

「——うごぅあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

冬のIS学園に、俺の瀕死の叫びが響き渡った。この白い雪が、何処か俺には憎たらしく思えてきたのだった。

 

 

「うげぇ…………ひでえ目にあったぜ」

 

あの凄惨チョコ事件より二日経った。あの直後に何故か普通のチョコを食ったが、あまり甘いとは感じなくなっていた。おそらく味覚のほとんどをあの凄惨チョコに破壊されたからに違いない。あの日の飯に何を食ったのかすら記憶から消し去るレベルとは何かと恐ろしすぎるわ。

ついでに、あの後のカロリー消費と称して、中東と北アフリカ戦線に突入して暴れてきてやった。機体の性能を五十五パーセントほどカットして、おまけにGEWが売り出している外部爆発反応装甲(ERA)を付けてワザと重量を増加させ、武装も近接武装に限った行動ばかりしていた。そのおかげで、摂取したカロリーと糖分はなんとか消費し切ることに成功したわ。急性生活習慣病にも等しい状態になるのだけはゴメンだからな。

 

「そして、なんでこんなに書類整理が多いんだ…………俺、ただでさえデスクワークが苦手なんだぞ」

 

おまけに今日は生徒会の仕事がかなり溜まっていた。いくら確認してハンコを押すか押さないかの選別作業とはいえ、俺の机の上にはそれなりの量の書類が置かれており、まだ半分もさばき終わってない。なお楯無はいない模様。捜索に虚が向かったようなんだが…………むしろ捜しに行くのは俺の仕事じゃねえのか? デスクワークが得意な奴が行ったら作業効率が低下することは明白。おまけに今日は誰もこねえとか、ブラック企業もいいとこだぜ。

 

「あぁー…………こんなことばっかやってたら、マジで精神的に逝かれちまうわ…………」

 

こんな事よりドンパチやってる方が何倍も気楽に感じてくるぜ。前回の出撃もそこまで大した戦力を相手にしたわけじゃねえしな。たかが擬似コア六機と支援機甲部隊四個中隊だったからな。これ以上の戦力を俺らは以前に凌いでいる。この程度で遅れをとるほど、俺の身体も鈍っちゃいねえ。尤も、前回は制限をかけまくったから、少々手こずっちまったがな。にしても、新支給装備のクローアックス、比較的使いやすかったな。まぁ、アックスというよりはメイスみたいな使い方だが。と、兵装の事を考えて現実から逃げようとしているだけなのかもしれねえけど。

 

「悠助さーん、いますかー?」

 

そんな時、生徒会室に入ってくる奴が一人。この若干天然っぽそうな声の持ち主はあいつしかいねえな。

 

「ああ、エイミーか。どうかしたのか?」

「…………というか、悠助さん、なんだか死にかけてませんか?」

「あ、わかる? いやー、弾薬の請求書やら兵装の資料とかならいざしも、こんな平和な書類を整理してるとな…………ほら、俺デスクワーク苦手だし」

「まぁ、悠助さんの場合、完全な戦闘特化型の傭兵ですからね」

 

そう言って苦笑いを浮かべてくるエイミー。戦闘特化型ということを俺は否定できねえし、する気もねえ。俺のような奴は前線で暴れられてりゃそれでいい。小面倒な事務作業は内地でぬくぬくとしているお偉方共にでもさせときゃいい。世の中学歴がどうの言っているが、俺の職場は学歴もクソもねえ。必要なのは胆力と腕力だけだ。高学歴だけが全てじゃねえんだよ。

 

「で、何か用があってきたのか?」

「そ、そうですね…………」

 

俺がそう聞くと、突然エイミーはもじもじとし始めた。心なしか顔も赤いぞ。何をどう考えたらそんなことになるんだ?俺には理解できねえよ。

 

「こ、これを! これを受け取ってください!」

 

そう言ってエイミーが渡してきたのは、俺もよく見慣れているM82A1 バレットライフル用の12.7㎜弾が込められているマガジンだった。しかし、なんでこれを俺に渡してきたんだ? よくわからねえ。それを受け取った俺だが、マガジンにしてはやけに軽かった。しかもガワは紙でできているようだ。

 

「こいつは一体なんだ? マガジンにしてはやけに軽いぞ」

「…………き、今日が何の日か、悠助さんはわかりますか?」

 

ん? 今日? 今日は二月の十四日だろ? 何の日かって言われてもな…………あ——

 

「そうか、バレンタインは今日だったか」

「はい! ですから、チョコを作ってきました!」

 

そう言ってくるエイミーは、軍人でも傭兵でもない、年頃の女の子の表情をしていた。まるで、手のかかる妹分が少し成長したかのような気分だぜ。

 

「そっか。ありがとな」

「い、いえ! で、では、私はこれで失礼します!」

 

俺が素直に礼を言うと、何故かエイミーは顔を赤らめ、綺麗な敬礼をしてからそそくさと退室していった。な、なんだいきなり。急にどうしたんだ? わけわかんねえ…………てか、今日がバレンタインだってこと完全に忘れてたわ。何のために二日前、地獄を見たというのか…………うおぉ、あの時のことを思い出しただけでも怖え。あんな砂糖地獄なんざ、一生ゴメンだぜ。

 

「だが…………人から貰うって、悪くねえな」

 

人から貰うって文化が金以外なかったからな…………こんな風にしてもらえることがこんなに気分のいいものだとは知らなかった。さてと、残りの書類も片付けるとするか。一旦、エイミーから貰ったチョコを鞄の中にしまい、俺は残りの書類整理を再開したのだった。

 

◇◇◇

 

「き、緊張しましたぁ〜〜」

 

生徒会室から出てきたエイミーは、そのまま壁に寄りかかりながら、廊下にぺたんと座り込んでしまった。ど、どれだけ緊張していたの?

 

「そ、そんなに?」

「だ、だって! 戦場とかそういうところならまだしも、こういう経験は私全くないんですよ!? 緊張しないほうがおかしいですって…………」

 

基準が戦場って…………確かにエイミーは悠助が言うに元々アメリカ軍の人みたいだし、今じゃ悠助やレーアと一緒に傭兵しているって聞いたけどさ…………全くエイミーの外観からは想像がつかないんだよね。正直、こんな子が戦場とか物騒なところに行っているという話自体がおかしいと思う。でも、それは私がまだ世界の全てを知ったわけじゃないから言えることだ。だから、変に口出しなんてできない。

 

「そうかもね。これからエイミーはどうするの?」

「とりあえず、落ち着いてから自室に戻ります…………緊張して腰が抜けちゃったみたいです」

「あらら…………大丈夫?」

「へ、平気ですぅ…………」

 

と、言っているけど、全然大丈夫そうには見えないんだよね。でも、それ以上に大変な人が一人——

 

「…………榛名は大丈夫榛名は大丈夫榛名は大丈夫榛名は大丈夫榛名は大丈夫榛名は大丈夫榛名は大丈夫榛名は大丈夫榛名は大丈夫榛名は大丈夫榛名は大丈夫榛名は大丈夫榛名は大丈夫榛名は大丈夫榛名は大丈夫榛名は大丈夫榛名は大丈夫榛名は大丈夫榛名は大丈夫榛名は大丈夫榛名は大丈夫榛名は大丈夫榛名は大丈夫榛名は大丈夫榛名は大丈夫榛名は大丈夫榛名は大丈夫…………」

 

さっきから榛名がずっと同じ事を呪詛のように繰り返して言い続けているんだよ…………全然大丈夫には見えない。しかも深呼吸をしてばっかりだから、より一層大丈夫じゃなく見えてくる。というか、それ以上深呼吸すると過呼吸になるよ!?

 

「ち、ちょっと榛名? あまり深呼吸するのは体に悪いよ?」

「…………榛名は大丈夫榛名は大丈夫榛名は大丈夫榛名は大丈夫榛名は大丈夫榛名は大丈夫榛名は大丈夫榛名は大丈夫榛名は大丈夫榛名は大丈夫榛名は大丈夫榛名は大丈夫榛名は大丈夫榛名は大丈夫榛名は大丈夫榛名は大丈夫榛名は大丈夫榛名は大丈夫榛名は大丈夫榛名は大丈夫榛名は大丈夫榛名は大丈夫榛名は大丈夫榛名は大丈夫榛名は大丈夫榛名は大丈夫榛名は大丈夫榛名は——」

「落ち着きなさい」

「はうっ!?」

 

あまりにも榛名が大丈夫じゃなかったから、悠助直伝の正気に戻す方法である、デコピンを榛名の額にした。突然のことに対応できなかったせいか、いつになく変な声を出して、目を丸くしている。まだエイミーの方がしっかりしているよ。何だか、こっちが妹みたいだよ。

 

「全く…………そんなに取り乱していたら渡せるものも渡せなくなるよ?」

「そ、それはそうですが…………は、榛名もこういった経験は初めてなので…………」

 

…………あー、そういえばそんなことも言っていたよね。確か、前に武蔵が言っていたけど、榛名が一番最初に目覚めたコア人格とはいえ、具現化してから一年も経ってない。それじゃ知らない事も多いだろうけど…………同じように経験なしのエイミーが出来たんだからできると思うんだけどなぁ。

 

「でも、いざ渡すとなったら、そんな心配していたことがバカらしく思えてきますよ? 思い切って行った方がいいですって」

「へたり込んでいるエイミーに言われても説得力ないよ」

「い、一夏さんも、悠助さんと同じ毒舌に!?」

 

いや、私そこまで酷くないよ!? 悠助の場合、時々容赦ない一言をこれでもかと突きつけてくるけどさ…………私はめったにそんなこと言わないよ!?

 

「ふふっ、エイミーさんの言う通りですね。では、榛名、全力で渡してきます!」

「あ、うん。いってらっしゃーい」

 

なにやらエイミーの言葉で気を取り直せた榛名。さっきまでのあたふためいている姿はなく、堂々と生徒会室へと入っていった。…………ただ、空回りしなきゃいいんだけどなあ。榛名って、たまに盛大に空回りすることがあるから、ちょっと心配になってくる。なにも起きなければいいんだけど…………。

 

◇◇◇

 

「終わる気しねえ…………」

 

さっきからペースを上げて処理しているんだが、未だに書類が残っていて、終わる気配が見えなくなってきた。同じ作業の繰り返しで、どの書類がハンコ押しが必要なのか、どの書類が棄却するべきかの判断基準がだんだんと曖昧になってきた。これはかなり精神的にくるものがある。こんなところで絶望を見るのは初めてだ。いや、まだ戦場とかの方が俺にとっては希望があるか。

 

「なんだよ、この書類地獄…………やってる奴ら、相当な変態じゃねーの?」

 

正直なところ、俺は後方より前線にいた方が仕事の能率上がると思うぞ。その分リスクはでかくなるが、その程度、噛み砕いて突破してやんよ。とはいえ、そんな事を嘆いても、書類が減ることなどなく、ただただ地味な仕事が続くのだった。真っ当な仕事がこういうのというのはわかってはいるんだが、ドンパチやっている方が気楽でいい。

 

「悠助さーん」

 

そんな事を思いながら淡々と作業をしていると、また誰かが入ってきたようだ。声で判別——は少々怪しいが、呼び方からしてこれはあいつだとわかる。

 

「おう、榛名か。どうしたんだ?」

「…………よく声だけでわかりますね。ほとんどの方は、榛名と一夏を間違えてしまうというのに」

「そりゃ、付き合いなげえし、お前と一夏は少しだけ口調が違うからな。そうなれば自然とわかってくるもんだ」

 

実際、よく見ると一夏と榛名には違いがある。髪の色はどちらも黒みのある灰色だが、黒みが強いのが一夏で、巷ではアッシュグレイとかと言われる色合いの髪が榛名だ。あと、一夏は右利きで、榛名はたまに左利きになる。似ているようで異なる二人。このくらいの違いがわからなきゃ、この生活はなかなか大変なことになるぜ。ついでに言うと、榛名も何故か学園の制服を着ている、それも一夏と同じデザイン。これ下手したら双子に間違われてもおかしくねえな。

 

「でも、それだけ悠助さんが家族想いってことですよね?」

「そいつは否定しねえよ。俺にとっちゃ、かけがえのない家族だからな」

 

家族、か…………そう言ってもらえると、俺も少し嬉しく思えてくる。こんな風に心から、かけがえのない存在と言える奴らと出会えたことが、未だに信じられねえよ。ついつい、笑みがこぼれてしまった。すると、何故か榛名は顔を赤らめる。なんで?

 

「…………そ、その笑みは卑怯です…………」

「ん? なんか言ったか?」

「い、いえ! な、なんでもありません!」

 

うーむ、さっきからエイミーといい榛名といい、突然顔を赤らめる奴らが多くて困る。なんだ? 新手の風邪でも流行ってんのか? いや、だがそれではコア人格である榛名には当てはまらないような気がする。コア人格、元がISだから、正直普通の人間よりは頑丈なんだよな。そうなると、マジでなんなんだ一体?

 

「で、お前は何の用があってきたんだ?」

 

コア人格が具現化してまで来たとなると、それだけやばそうな案件がありそうなんだよな。理由? そんなもの勘だ、勘。

 

「え!? え、えっと、その…………た、大した用ではないのですが…………でもでも、榛名にとっては大事な用であって…………」

「?」

 

なんだ? 榛名の言っていることが要領をえないぞ。榛名は一体なにをしに来たんだ? つーか、相当赤くなってきてね? マジで林檎みたいな赤い顔だ。

 

「ゆ、悠助さん!!」

「お、おう」

 

そんな風に思っていた時だった。何かの意を決した榛名は、割と大きめの声で俺の名前を呼んだ。突然のことだったから、俺も少し間の抜けたような声でしか返事できなかった。

 

「こ、これを! これを受け取ってください!!」

 

そう言って俺に何かの包みを渡して来た。状況が読み込めず、まるで時間が止まったかのように長く感じる。

 

「お、おう、ありがとな?」

 

なぜか疑問系で返事をして受け取る俺。どうしてこんな状況に陥ったのか、誰でもいいから教えてくれ。いや、結構ガチで。

 

「で、では! は、榛名はこれで失礼します!!」

「あ、ああ、気をつけてな」

 

そうは言ったものの、当の榛名は全く聞き入れている様子はなく、脱兎の如く走って生徒会室を後にしていった。あれ、大丈夫なのか? いつも本人は大丈夫と言っているが、全くもって大丈夫そうには見えねえ。

 

——きゃあぁぁぁぁぁっ!?——

 

榛名の叫びとともに、何かが崩壊する音が聞こえてきた。…………全然大丈夫じゃねえじゃねえか。不安しかやってこねえ。これは気にしないほうがいいのか、それとも少しは気にしたほうがいいのか、現状の俺に判断は下せなかった。それにしても、

 

「これも、そうだよなぁ…………」

 

榛名から手渡された小包。大きさといい、重さといい、おそらく中身はチョコレートなのかもしれない。だが、俺は榛名に何かしたか? 家族として触れてきたくらいしかねえぞ。いかんせん、女というものはよくわからん。

 

「ま、いいか」

 

とりあえず、今は目の前の書類共を始末することを考えよう。そう思った俺は榛名に貰った小包を鞄に入れ、再び書類に目を通し始めた。…………これ、今日中に終わるよな?

 

◇◇◇

 

「は、榛名!! だ、大丈夫!?」

「…………は、はるにゃはらいひょうふふぇーふ…………」

「ごめん、日本語で話して」

 

生徒会室を飛び出てきた榛名は、思いっきり躓いて転んで、そのままの勢いで壁にぶつかっていた。少なくとも、私が見る分には全然大丈夫には見えない。何もないところで転ぶ事がある私が言えた立場じゃないけど、これはひどすぎる。

 

「うぅ〜〜…………ものすごく痛いです…………」

 

それはそうだと思う。榛名は半泣きになりながら、思いっきりぶつけた額を押さえていた。少し赤くなっているのがわかる。しかも、制服も乱れているから、本当にドジっ子といった感じしかしない。…………これ、子供っぽいを通り越して子供なんじゃないかな? それも、束さんとは別ベクトルで。見た目だけ高校生になりましたー、みたいな感じだよ。

 

「それで、ちゃんと渡せたの?」

「は、はい…………でも、緊張しすぎて、渡した時のことよく覚えていません…………」

 

…………どうしたら、そんなに緊張するんだろう? エイミーもそうだったけど、緊張する要因って何かな?

 

「なんでそんなに緊張したの?」

「実は…………その、悠助さんが微笑んでいるのを見たら、急に出力が上がって…………は、榛名の思考回路がショートしそうになったんですぅ…………」

「あ、そういうこと。でも、その気持ちはわかるよ。悠助って滅多に笑ったりしないからね」

 

まぁ、前よりは笑うようになったと思うけど、それでも時々しかあの笑みは見ることができない。本当に貴重なものなんだよ。それを見ることができた榛名は相当運がいいと思う。でも、滅多に見れないし、予兆もなくくるから、こっちも心の準備ができない。そのせいで何回心臓が爆発しそうになったのか…………数えだしたらきりがないよ。

 

「あ、あんなに破壊力があるなんて知りませんでした…………は、榛名のバイタルパートは完全に粉砕されましたぁ…………」

「でも、嬉しかったんでしょ?」

「うぅ〜〜…………それは、そうですけどぉ…………」

 

…………なんだか榛名が私の妹みたいに見えてきた。まぁ、私が末っ子だからなんとも言えないんだけどね。

 

「…………けど、悠助さんもあんな風に笑えるんだって思いました。なんだか悠助さん、嬉しそうに見えました」

「そう思えたんだったら良かったじゃん。榛名の想い、きっと通じたと思うよ」

「はい! でも、まだ恩を返しきれてないんですよね…………」

「えっ?」

 

榛名はそう言うと、何やら鞄の中をごそごそといじり始めた。何か探しているようだけど、さっきの恩を返しきれてないってどういう意味なのかな?

 

「はいっ! これは一夏にです!」

 

そう言って榛名は私に小さな包みを渡してきた。えっ、これって…………

 

「私、に? でも、なんで…………」

「榛名にとって、悠助さんも一夏も大切な人ですから! 榛名達、コア人格を家族として迎えてくれた恩はこの程度じゃまだ返しきれませんけどね」

 

そう照れ臭そうに笑って言う榛名だけど、その反対に私はどういう表情をしたらいいのかわからなかった。というか、突然の事にどうしたらいいのかわからない。ただ、榛名にもお返しを用意しないといけなくなったということだけはわかる。それに、純粋に嬉しい。こうして贈り物を貰ったこともそうだけど、私達を家族と言ってくれたことが嬉しかった。言葉にするのは簡単だと思うけど、でも榛名の言葉にはしっかりとした意味が込められているように思えた。

 

「そっか…………ありがとね、榛名」

 

だから私は榛名に精一杯の笑顔でお礼を言った。すると何故か榛名は顔を赤くしていく。一体どうしたんだろう…………? コア人格も風邪気味になったりするのかな?

 

「…………二人揃ってその笑顔は卑怯です…………」

「ん? 何か言った?」

「い、いえ! なんでもありません!」

「そう? あ、でも、後でちゃんとお返しするからね」

「そ、そのような事、榛名には勿体無いです! で、では、榛名はお先にお部屋に戻っています!」

「あっ! 榛名!」

 

急に顔を赤くした榛名は、まるでその場から逃げ出すように走り去っていった。本当、どうしたんだろう? 気になって仕方ない。しかし、榛名に言うのを忘れたけど、ここで走っちゃうと大変な事になるんだよね…………だってこのフロア、二階だから。

 

「——きゃあぁぁぁぁぁっ!?——」

 

榛名の叫び声とともに、何かが転がり落ちる音が聞こえた。…………どうしよ、かなり不安になってきた。どう考えても大丈夫じゃない音だよ!? いくら人間より頑丈なコア人格とはいえ、痛いものは痛いはず。現に榛名は色々とそういう体験をしてきた。例えば家で掃除をしている時、箪笥の角に足の指をぶつけたりとか。その度に半泣きになるから宥めるのが大変だったよ…………悠助も武蔵もいない時だったからね。大丈夫って言っている人ほど大丈夫じゃないっていう事を知った気がする。

でも、ごめん榛名。今は助けに行けそうにない。やっと私の時間が来たから、このチャンスを逃すわけにはいかない。変に気を負わずにいつもどおりやればうまくいく。深呼吸を一度した私は、意を決して生徒会室へと入っていった。

 

◇◇◇

 

(に、二度と一人で書類整理なんざしたくねえ…………)

 

残っていた書類をすべて片付けた俺だが、すでに死に体も同然の状態となっていた。デスクワークが苦手な人間にさせる仕事じゃねえよ…………本気で俺はこの手の仕事がダメなんだよ。性に合わねえし、同じような事が何度も続くというのが耐えられねえ。戦場となればまだイレギュラーが起きる可能性もあるからマシなんだが、そんな事がねえ事務方は俺にとって戦闘よりも疲れるのだ。

 

(あぁ…………せめて一夏がそばにいてくれたらなぁ…………まだやる気はあったかも知んねえ)

 

まぁ、一夏のいる手前でだらしない姿を見せたくねえからな。そんな事もあってやる気が出そうなんだが…………生憎一夏は用事があるとかと言って今日は来れねえって言ってたしな…………いない者ねだりしてもダメか。そう考えるとなんだか憂鬱になり、つい溜息が出た。どうも俺は一夏がいねえとダメな体質になったようだ。まぁ、それだけ依存してるって事だよな…………良いのか悪いのかよくわかんねえ。

 

「悠助ー、まだいるー?」

 

そんな時、入り口の方から声が聞こえた。この声は間違いねえ…………確実にあいつが来た。

 

「おう、一夏か。どうしたんだ? 用事は終わったのか?」

 

そう、一夏だ。声が聞こえただけで先ほどまでの疲れは一瞬にして吹き飛び、いつも通りの体に戻った。すげえな、この効果。俺にだけ効く最高の特効薬じゃね?

 

「まぁ、大体はね。そういう悠助は終わったの?」

「ああ、なんとかな。会長が脱走して、書記がそれを捕まえに行き、俺に断りを入れてねえ役員共は何処かへ消えた結果、一人でちまちまと書類とにらめっこだ」

「そ、そうなんだ…………ごめんね、手伝う事ができなくて」

「いいって。このくらいなんともねえよ」

 

まぁ、一夏が来たから元気になれたんだけどな。だが、そんなセリフ、恥ずかしくて俺の口からは言えそうにねえわ。

 

「そう? それじゃ、頑張った悠助にはご褒美をあげないとね」

 

そう言って一夏は持ってきた鞄の中からある物を取り出した。それは今日だけで二回も見た小包だ。

 

「はい、これ。悠助にプレゼントだよ」

「おう、ありがとな。中身はチョコレートか?」

「よくわかったね」

「いや、今日はバレンタインだから、そうじゃねえかと思っただけだ」

「流石に悠助でもわかっちゃうか」

「…………そんなに俺が一般大衆文化に疎いと?」

 

どうやら一夏は俺がこの手の一般大衆文化に疎いと思っていたようだ。しかし、それは少々心外だ。俺だって人の子、このくらいのことは知っているわ。

 

「い、いやいや! そんな事思ってないよ?」

 

その場を取り繕うように言う一夏の姿を見て、あぁやっぱりかと思ってしまったが、まぁそう思われても仕方ねえかと割り切る俺がいる。ま、今は一夏から貰ったという事実だけで俺は十分幸せだ。あと、あたふたとしている一夏も可愛い。

 

「ははっ、冗談だ冗談。で、中を開けてもいいか?」

「うん、いいよ」

 

どうやらハート形をしている小包は包装紙とかはなく、ハート形の箱のようなもので、蓋を取ると中にはこれまたハート形をしたチョコレートが五つほどと何やら手紙のようなもの入っていた。手紙は流石にここで開けるわけにはいかねえが、どれもこれも丁寧に作ってあって、一夏の真面目さが表れているようだった。

 

「おお、すげえ丁寧に作り込んでんな」

「そう? でも、今回のはかなり自信があるんだ〜」

 

そう言って笑う一夏の顔を見ていると、本当に平和だなと思った。ついこの間も戦場にひとっ飛びして、暴れてきたからより一層そう感じるのかもしれねえがな。

 

「んじゃ、早速一つもらうぜ」

 

俺は一つつまみ取り、そのまま口の中へと放り込んだ。今までの俺だったらこの後、あまりの甘さに耐え切れず何か銃を取り出して乱射していたのかもしれない。だが、俺はこの日のためにこの甘さに慣れる地獄の沙汰を受けてきた。そのはずだったんだが…………

 

(あれ…………どうしてだ?)

 

あの刺激のある甘さがいくら待ってもやってこない。代わりにやってきたのは、疲れた心を癒すような優しい甘さだ。

 

(これは…………いいものだな…………)

 

一瞬戸惑ってしまったが、すぐに顔が綻ぶのが自分でもわかった。こんな気分になったのは初めてかもしんねえ。

 

「ゆ、悠助? どうしたの、急に黙ったりして…………」

「ああ、すまねえな。あまりも…………なんだ、優しい味がしてさ…………とても美味かったよ」

 

俺がそう言うと、一夏もまた顔を綻ばせる。この甘さはきっと単純に糖分の問題じゃねえな…………一夏自身が作ってくれた、その事実があるからこの味になっているんだ。

 

「喜んでもらえてよかった♪」

 

そう言って笑顔を振りまく一夏。だが、今この瞬間だけは俺がその全てを得る事ができる。独占しているという優越感がどこかにあった。

 

「そんじゃ、もう一つ貰うとする——」

「あっ、待って待って」

 

先ほどの甘さの余韻をもう一度味わいたいと思った俺がチョコレートに手を伸ばそうとすると、何故か一夏はそれを止めてきた。

 

「なんで? 何かあんのか?」

「いや、その…………えっと、ね…………」

 

俺の手を止めた一夏は何やらもじもじと手を弄ばせている。心なしか顔も赤い。これは一体…………つーか、その…………顔を赤らめて手を弄ばせているのを見ると、何故か俺が一線を越える発言をしてしまったかのように思えてくるからやめーや。ただし、見てる分には滅茶滅茶可愛いから俺得なんだがな。

 

「わ、私が食べさせても、いいかな?」

 

だが、次に一夏の口から出てきた言葉はある意味一線を越えるものだった。さっきまでのほのぼのとした思考は何処かへと吹き飛ばされ、一瞬何を言ってるのかわからなくなった。

 

「そ、そいつは一体どういう事だ?」

「その…………こういう事、だよ?」

 

一夏はチョコレートを一つつまみ取り、それを自分の唇で軽く咥える。その突飛した一夏の行動にまた俺の頭は理解が追いつかず、一発でショートしやがった。

 

「えー、その、なんだ…………そのままのやつを食えって事、でいいのか?」

 

俺の言葉に軽く頷く一夏。相当恥ずかしいのか、顔がさっきまで以上に赤くなっていやがる。だがな…………それはこっちも同じ事なんだよ。さっきから早くしてみたいな感じで催促しているが、それがより一層俺の独占欲を刺激してきやがる上に、こう…………なんて言うんだ? 露骨に言っちまえば、ムラっときた。おまけに、今ここには俺と一夏以外誰もいねえし、俺の机の下にあるスイッチ一つで入口から窓までのありとあらゆる侵入口を閉鎖することができる。俺はそのスイッチを躊躇いなく押した。これでここには誰も入ってこねえ、完全防音の部屋が完成した。

いつもは小動物みたいにプルプル震えているイメージの一夏だが、今日は犬くらいには積極的だ。まぁ、そう言う俺も狼から龍になりそうなんだがな。俺は椅子から立ち上がり、そのまま一夏を抱き寄せる。

 

「!?」

 

突然の事に一夏は驚いているようだが、その顔はより一層俺の中の龍の欲を増長させるだけだ。早く目の前の姫を我が物にしたいと、俺の中に潜む暴虐の限りを尽くした貪欲な龍が囁いてくる。まるで悪魔と契約でもした気分だ。尤も、俺の場合はそれ以上にタチが悪いのかもしれねえがな。俺は一夏の口からチョコレートを食らうと同時に、一夏の唇を奪った。

 

「…………んむっ…………!? …………んんっ…………! …………んふぅ…………」

 

一夏が何やら色っぽい声を出すが、そんな事御構い無しだ。今の俺には一夏という最高の果実をさらに塾させるエッセンス程度にしか感じねえ。そのまましばらくの間唇を重ね合わせ続けた。

 

「ぷはぁっ! ゆ、悠助!? い、いきなり何を——」

「目の前にうまそうな果実があったもんでなぁ、我慢なんてできやしなかった」

「も、もう…………したいなら、そう言ってくれればよかったのに…………」

「目の前でうまそうな果実を置かれて我慢できる奴なんているのか? それに、俺は独占欲の強い龍だぜ。悪いがまだまだ味わいたいところだ」

「全く…………本当、強引なところは変わらないんだから…………でも、そんな悠助の事も大好き、だよ」

 

今度は一夏が俺の唇を奪ってきやがった。なんだ、人に強引だとか言いやがったくせに本人が一番強引じゃねえか。今日の一夏は犬というよりは、小悪魔に近いのかもしんねえ。龍に付き従う小悪魔、か…………妙にしっくりくるな。

 

「小悪魔の口づけってのは非常に柔らかいものなんだな。ついでにお陰で二つの柔らかい果実を楽しむ事もできたぜ」

 

してやったり、という顔を俺は今しているのだろう。抱き寄せた時に俺の体には一夏の胸が当たる構図になっていた。以前に不可抗力で触れてしまった事はあったが、自らの手で引き起こして触れた時の方がより感じやすいのだろうか。何はともあれ、柔らかな双丘を楽しめた事に変わりはない。

 

「…………! 悠助のえっち…………だんだんすけべになってきているよ…………」

「なんとでも言いやがれ。小悪魔は柔らかかったが、生憎、龍の口づけってのはハードなものだぜ。覚悟しておけよ?」

「…………わかってるよ。だって、私がそれを望んでいるんだから…………」

 

俺は現状一夏の腰を抱いているような形なんだが、そこに一夏は俺の首に手を回してきた。結構身長差があるから構図としてはどういったらいいかわからないが、上目遣いになっている一夏の姿を眼下に収めた。これは完全に誘っているとしか思えねえ。この状況で上目遣いは偶発的とはいえ卑怯だろ。据え膳食わぬは男の恥とかというからには、もういくしかねえ! というか、俺がそれを望んでいる!

俺は再び一夏の唇を奪った。今度はさっきよりも長めにする。おそらく一夏の顔は今までの中で一番赤くなっているのかもしれない。笑顔の次に好きな顔だ。しかし、俺は今目を閉じている上に超密着状態だから顔を見る事なんて出来ない。それだけが残念だ。まぁ、今は一夏の柔らかな唇をいただく事ができた事だけでも良しとしよう。それに、今の俺はこれ以上の事をまだ望んでいない。それはもう少し時が経ってからだな。

時間が経つのも忘れて、俺たちは長い間互いの唇を重ね合わせ続けていた事は言うまでもない。

 

 

(ちょっと、やりすぎたか…………?)

 

自室に戻った俺らだが、既に一夏が眠ってしまっている。いくらケダモノになってしまったからとはいえ、一夏に負担をかけさせてしまったのではないかと考えてしまう。しかし、当の本人の寝顔を見ると何やら満足したような顔をしている。そんな彼女の寝顔を見ると、さっきまで悩んでいた事がバカらしく思えてくるのだ。

とはいえ、晩飯までは時間があるし、いつ一夏が目を覚ますかわからねえからな…………前はなんか軽い酔い状態になっていたから、寝起きの直後泣きつかれてしまったんだよな。そうなるとこれが大変なんだ。なかなか泣き止んでくれねえし、あやすのも俺は下手だからな…………前にいろいろ訳あって一夏と榛名に泣かれた時は俺も武蔵もどうしたらいいのかわからん状態だったわ。ん? その時の原因は何かって? まぁ、あれだ。冷蔵庫の中にプリンとコーヒーゼリーが入っていてだな、まぁ二人ともプリンの方を食いたかったらしいが、あのお人好しすぎる上に譲歩しまくる二人だから、譲り合いをしているうちに喧嘩になってしまったんだとさ。最終的に俺がプリンを買いに行く羽目になったのは言うまでもない。

そんな事はさておき、現状俺はここから動けないというわけだ。ついでに言えば、頭を使っていたせいか、甘いものが欲しいとまで思っている。そんな時、俺の視界には今日貰ったチョコ達がある。手作りって言ってたし、悪くならねえうちに食っておくか。

 

(とりあえず、一夏のは最後にとっておくとして…………先にエイミーのやつから食っていくか)

 

鞄から取り出したエイミーからのチョコレートの箱はどう見てもバレットライフルのマガジンである。というか、よくこんなものがあったよな。市販品ではなさそうだから、おそらくハンドメイドか特注品だろう。俺は後者だと思いたい。まぁ、僚機として散々俺の傭兵稼業に付き合わせている俺が言えた立場じゃねえんだが、こんな時くらいは戦場を連想させるものから離れて欲しいと思っている。もう、戦うのも生きるのも自由になったんだからよ…………仮初めだろうが、その平和な時間を普通の少女として生きて欲しい。

そんな俺の心情はさておき、チョコレートを食うとするか。この間までは全く食えねえ体質だったが、今じゃ普通に食えるようになったからな…………やっぱ慣熟訓練って重要だわ。にしてもこの箱…………無駄にリアルに仕上げてあるな。マガジンに弾を込める場所から出せるようになっているとか、どんな仕様だよ。それで、箱を傾けて早速取り出したわけなんだが…………

 

(…………中までしっかりと弾を再現する奴がどこにいるんだ、全く…………)

 

しっかりと12.7㎜弾が再現されていた。一体どういう店に行けばこれを形作る型があるんだよ? これこそがっつりハンドメイドだろ。こんなもの普通は用意しねえわ。束さんのとこで助手をしているうちに同じように染まってしまったのか? …………そうなると俺の周りの常識人が一人減ってしまったな。だが、弾丸の形状をしている故、俺にとっては持ちやすい形をしていたため、食いやすかった。甘さはそこまで強くねえし、見た目からは想像がつかねえ優しい甘さだ。ただ、弾丸を食っているというのはいくらそれがチョコレートだと知っていてもシュールな気分になる。何を思ってエイミーはこの形を選んだのか、後で聞いてみるとするか。

 

(わーお、しっかり十発分用意してあんのかよ)

 

十発分も再現してるあたり、やっぱ束さんに毒されているんだなと、納得してしまう俺がいた。しっかりと完食したが、まだ腹は満せてない。それと、箱の底から手紙のようなものが出てきたが、後で見ることにしておこう。

さて、次は榛名のチョコレートを食うとするか。あの時は突然榛名が渡してきたもんで俺もよく見てなかったが、小包の形状は一夏と同じハート型。可愛らしくリボンまでつけている。これを雑に開封するわけにもいかず、俺は籠手よりナイフを抜刀し、慎重に開封した。中からは同じハート型の箱が出てきた。ナイフを戻した俺は箱を開ける。すると中には箱一杯のサイズをしたこれまたハート型のチョコレートが入っていた。

 

(で、でけえ…………しかもメッセージ付きかよ…………)

 

そう、でかいまでならいい。だが、その表面上に『好き』とカタカナで書いてあるもんだからな…………これ一夏に見られなくてよかった。まぁ、榛名だと知ったら許すかもしれねえけど、下手したら修羅場へと直行してしまう可能性が否定できない。そうなった場合、俺の命は保証されないことだろう。まさかの日常から戦場への直行便だぜ。

しかし、こうやってメッセージを伝えてくれるというのは女子だけに許された権利なのかもしんねえ。一夏と同じく控えめで大人しい榛名だからこそ、より彼女らしいと思う。だが、いざ食おうと思うとそのメッセージが途中で途切れてしまう可能性が出てきた。しかし、このハートを割る気にはなれない。これ、一口でいけるか…………?

 

(いや、やるしかねえな…………!)

 

俺はそのチョコレートを一口で食った。なんとか一口でいけたことに安堵する俺。エイミーや一夏よりは少し甘い感じがするが、苦になるような甘さではない。ただし、量がそれなりにあるため、口の中全てがチョコレートで支配されている。飲み込むのに少々時間がかかってしまった。

 

(ん? これも手紙付きか)

 

チョコレートの下に手紙のようなものが入っていた。どうも俺の周りにいる奴らは皆、手紙を書きたがるのか。俺にはよくわからないぞ。面と向かって言うのが苦手のか? …………というか、今になって思ったんだが、あの後榛名は大丈夫だったのだろうか…………相当派手に転んだような音が聞こえたんだが…………後で武蔵に聞いてみるとするか。

 

(コア人格もかなり人間味が溢れてきたな)

 

ふとそんな事が頭の中に思い浮かんだ。正直、あいつらはもう人間と言っても差し支えないくらい俺たちの生活に溶け込んでいる。もしかしたらそこらへんの連中より人ができているのかもしれん。特にうちの二人はそうだろうな。武蔵は相変わらずの自由気ままだがそこらのチャラついた連中より男前、榛名は拗ねる時もあるわ一夏と謎の喧嘩を稀にするわホラー映画見てガチ泣きするわと子供っぽいがいざって時は本当に頼りになる。そんな賑やかな毎日が今も続いている。ISは人と寄り添うという束さんの論を俺の家族は体現してるんじゃねえだろうか? まぁ、それ以上に俺の大切な家族ができたってことに感謝している。

 

(さて…………やっぱり締めは一夏だよな)

 

楽しみってのはやはり最後にとっておくに限る。エイミーや榛名には悪いが、一番楽しみにしていたのは一夏のやつなんだよな。そりゃ、誰だって好きなやつからもらったら楽しみにするだろ。少なくとも俺はそうだ。

 

(まぁ、さっき思う存分に食わせてもらったから味は大体わかってんだけど…………それでも味わいたいんだよな)

 

そのために俺の苦手を潰したと言っても過言ではない。尤も、その必要もないというほど、優しい味だったのが嬉しい誤算だったがな。本当、一夏は俺の好みを理解している。特に俺はそういうことを話したことはないんだが、何故あいつは知っているんだろうか…………同棲生活二年目にしてその疑問が浮かんできた。

ま、今はあいつからもらったチョコレートを食うとしよう。早めに食わねえと溶けちまうだろうしな。というわけで早速蓋を開け、中に入っているチョコレートを口の中へと運んだ。再び広がる優しい甘さ。心地よい甘さが俺の口の中を支配していく。今この瞬間だけはこいつに支配されるのも悪くはねえと思った。

 

(そうだ、ついでに手紙を読むとするか)

 

後回しにしていた手紙だが、今のうちに読んでいようかと思う。一体どんな事を書いてんのかわからねえ。だが、あいつらはなんだかんだで俺に本音を言ってくるからな…………今更俺に伝えることってあるのか? とりあえずエイミーのやつから読んでいくとするか。

 

『悠助さん、いつもありがとうございます。傭兵としても、普通の生活でも、悠助さんは私のお兄さんのような存在です。これからもよろしくお願いしますね』

 

…………衝撃的な内容なんだが。確かにエイミーのことは妹分のような存在として俺は思っていたが、まさか向こうも俺を兄貴分として見ていたとはな…………まるで本当に妹ができたみたいな感じだ。だが、俺はそんな風に言われてもいいのか? 俺はエイミーに兄貴分と呼ばれるほど良いことなんざ何も教えてねえ。俺が教えてきたのは傭兵として生きていく方法、そしてただ普通に生活していく方法を教えただけだ…………あとはあいつが自分自身で、同じ境遇のレーアとともに道を切り開いて行った結果、今のあいつがいるわけだ。それに、彼奴を救い出したのは俺ではなくて渚だ。だから、本来ならそれは渚にかけるべきなんだろうが…………まぁ、どう思うかは彼奴の自由か。それにだ…………そういう風に思われるのも悪くねえな。俺は一人っ子だからよりそう感じるのかもしれねえけどな。

さて、次は榛名のやつといくか。…………彼奴も突拍子もねえ事書いてねえだろうな? 普段は控えめな癖に、時々ぐいぐいくるからな…………やはり、あの賑やか英国かぶれのコア人格である金剛の妹だけある。どれ、中身は…………

 

『悠助さん、あの時私達を家族として迎え入れてくれた事、感謝しています。私達は本来肉体を持たない虚影です…………私達もあとどれだけあなたや一夏のそばに居られるかわかりません。でも、悠助さんが家族だと言ってくれた時、私達はとても嬉しかったです。これからも一夏の身を預かる身として、そして悠助さんの家族としてよろしくお願いします』

 

…………こいつも俺を泣かせに来るのか? 確かにコア人格を家族として迎え入れているのは世界でも俺を含めたほんの一握りだろう。そもそもでコア人格の絶対数も少ねえか。だが、ほとんどの奴らはISというものを道具としか感じてねえと束さんは言っていたな。俺も最初は黒龍——武蔵の事を仕事の相棒程度としか感じてなかったが、闘蛇龍から黒龍が解放され、初めて俺の前に姿を見せた時、こいつらも意思というものがあるという事を知った。だからこそ、俺は彼らの事を尊重してやりたい。道具と使用者という関係ではなく、互いを支え合えるような関係になりたいのだ。まぁ、武蔵にしろ榛名にしろ、もうコア人格という域を超えているかもしれねえんだけどな。少なくとも頻繁に姿を現しているコア人格は榛名と武蔵だろう。それ以外のやつらはあまり話を聞かねえ。そんな風に頻繁に姿を現しているこいつらだからこそ、俺たちも人とコア人格の垣根を越えた信頼関係、そして家族としての繋がりが生まれたのだと思いたい。あと、俺が家族として迎え入れた事に感謝しているようだが…………お礼を言いたいのはこっちの方だ。俺の家族になりたいと言ってくれた時、俺は本当に嬉しかった。こんな傭兵でロクデナシの俺の家族になってくれた事は本当に感謝している。

残るは一夏の手紙だな…………この流れから来ると確実にこいつも俺を泣かせにくるだろう。まあ、よっぽどの事がない限り俺は泣かねえけどな。そう思いながら折りたたまれた手紙を開いた。

 

『悠助、いつもありがとう。悠助が私にしてくれた事、この程度じゃまだ恩返しできてないね。悠助の力になれるかわからないけど、悠助を支えられるように頑張るから! それと…………私の事を好きって言ってくれて嬉しかったよ。私も悠助の事が大好きだよ! これからもよろしくね!』

 

…………健気な子だわ、一夏。もうなんて言葉にしたらいいのかわからねえよ。俺を支えられるようになりたいって、それもう結婚するみたいな感じになってんじゃねえか! …………まぁ、一夏と結婚とかできるなら、そりゃこの上ない事なんだがな…………だが、それを言うのはまだ早すぎるだろうが。俺らはまだ成人にすらなってねえんだぞ。でもまぁ、一夏と結婚できたら、今まで通りの幸せな毎日になるんだろうな…………そう考えただけで胸にくるものがある。好きになった女の子の為なら俺は尽くし切れる自信がある。尤も、そうやって尽き果てる前に一夏に止められるんだろうがな。前も無茶な事を仕事の関係上してしまった時、それを報告した天災兎のせいで帰ってきたら涙目で怒られてもうしないようにと釘を刺されてんだよ。まぁ、一夏を不安にはさせたくねえしな、仕方ねえか。それに…………俺が一夏を好きになった理由の一つって、その彼女の健気な姿勢を見ていて、ちょっとでも揺れたら崩れそうな不安定さを併せ持っていたから、支えてやりたくなったからなんだよな。だから、ある意味俺らは支え合って生きてるのかもしれん。あと…………やっぱり、俺の事を好きだって言ってくれた事が一番嬉しいわな。半ば強引に拉致まがいの事をして俺の家に連れてきたところから始まったこの生活…………一夏は俺に助けられっぱなしと言っているが、その逆だ。俺の方が一夏に助けられっぱなしなんだ。家事全般をやってくれる一夏がいるから俺は傭兵として今まで以上の仕事ができている。彼女の存在は俺にとってとても大事なものだ。だがそれだけじゃない。しかし、それを言葉にしようとすると、ただでさえこういった事に頭が回らない俺はいい文が思いつかん。出てくるのは単純な、着飾りもしない言葉だけだ。

 

「…………本当、俺には勿体ねえくらいにいい女だよ、お前はさ」

 

ふと、漏れてしまった言葉。本当に着飾ったという感じはしないが、それでいて俺はこれ以上の言葉はないと思っている。そう考えたら、さっき考えまくった事がバカらしく思えてきた。

ふと一夏の方に目を向けると、未だにベッドの上で眠ったままだ。しかも、前に買った大きめのイルカとシャチのぬいぐるみを抱き枕代わりにして。一夏は榛名の事を子供っぽいとかというが、言っている本人も十分子供っぽい。だが、そんな一面と、決意した時の真っ直ぐな瞳、優しさに満ち満ちた笑顔…………どれか一つでも欠ければ、俺の知る『織斑一夏』という存在は成り立たない。だから俺は欠けないように戦い守り続けるさ。本当、俺はこいつに出会えてよかったと思っている…………そうでなければこんなにも愛しいと思う事もなかったかもしれないからな。

 

「…………ありがとう、こんな俺を好きになってくれてさ。俺もお前の事が大好きだよ、一夏」

 

その直後、口の中に入れたチョコレートがまた少し優しい味になったのは気のせいじゃないと思いたい。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。