20th grimoire   作:inuzei

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20th grimoire〜トゥエンティーセンチュリーグリモアール第1話の上巻です!
もし良ければ感想いただけたら嬉しい限りでございます!
これからもなるだけ精力的に書き続けていくつもりです


『笑顔は絶やさない』(上)

〜〜

青空の下どこまでも続く小麦畑を、一本の畦道が両断している

広がる畑にその畔道以外の道は無く、ただその小さな一本道だけが果てしない遠くまで続いていた

その道を風景とはあまり似合わない高級車が走っていく

ブラックのボディの古めかしい形のその車は、同じくブラックな排気ガスを撒き散らしながら、デコボコな畦道を揺れつつ走っていた

時折タイヤが弾いた石ころが高級車のボディに傷をつけている

今その車の中で運転している持ち主の若い男はあまり気にしていないのか、車のスピードをさらに上げた

 

歳は20台後半だろうか、程良い長さに揃えた美しい金髪、凛とした白い肌、そして深い青の瞳…彼は生粋の英国人だった

凛々しい顔立ちをしている綺麗な顔の青年だが、その顔は常に苦笑しているかのような仄かな笑みで固定されている

背も高いようで、細めだが屈強そうな身体に洋服を着て、ぶかぶかのコートを上から羽織っていた

彼はいつまでも続く畑に眠気を誘われながらも、安全運転を続けている

そんな彼に、横で助手席に腰をかけていた人物が声をかけた

今度の人物は少女だ

歳は10代を少し追い越した程度だろう、まるで精巧な人形の様な整えられた顔立ちを、座っていては分からないが足まで届くのではというしなやかな銀髪で隠している

しかしふと前を向けば、ふわりと銀髪が揺れて大きくてつぶらなそのエメラルド色の瞳が現れるのである…

少女だとしても華奢すぎる細身の身体に、一目見れば「あれは絶対に重いだろう」とつい思ってしまうほどのフリルや細工を付けた….側から見れば、腕の確かな職人が繊細に作り上げたことが分かる….綺麗で荘厳な、納戸色のドレスを着ていた

一見ただの少女だが、そのドレスに負けないほどの美しさと雰囲気を持つ少女は、横の青年とある意味対称的だ

 

とにかく、その少女が隣の若者に話しかけた

「…スピードの出し過ぎだ……お前は、運転が下手だから…直ぐに減速しろ……otherwise…死ぬぞ」

確かに車は悪路の中何回かスリップしかけていて、運転している青年の力業で何とか事故を回避していた

まるで長年生きた樹木が話し出したかの様な落ち着いた声で彼女が諌めるのも仕方ない

対して彼は、その樹木を照らす陽光の様な清々しい凛とした声で答えた

「僕も死ぬのは御免だよ…だけど我慢してほしいね、君が持っていくお菓子を選ぶのに時間をかけたせいで急がなきゃいけなくなったんだ」

遠足じゃないんだぞ、と小声で呟く若者

それを聞き逃さなかった少女は、顔の筋肉をあまり動かさずにムッとした表情を作り、反論する

「時間が無くなったのは…ラウが、被る帽子を…選ぶのに……時間をかけたから…わしのせいに、するでない」

ラウと呼ばれた若者は、正論を出されたためか少し黙りこくってしまう

しかし、何かを思い出したのかすぐにまた口を開く

「…それは悪かったよ、ただ、僕の名前はラウルだ……ラウじゃあない」

「…わしもアスと、略称で……お前に…呼ばれておる」

再びの痛い所を突く反論にビクリと反応しつつ、ラウは口を開く

 

「君の名前を普通に呼べば悪目立ちしてしまうからね…それにほら、着いたぞ……ウィークタンの街だ」

ラウは再び反論されないように話題を逸らした

その思惑に見事に乗った少女…アスは、窓の向こうに広がる街並みに静かに歓声をあげる

どこまでも続く様に思えた畦道はいつのまにか大きめな舗装路になっていて、その端にひっつくように様々な店が設けられている

「ほぅ…田舎の町と聞いていた…から、どんな寂れた町かと…思えば……」

「お偉いさんがこの街にこぞって別荘を建ててるんだ…僕らもその一つに行くんだよ」

 

この街、ウィークタンはフランスの西部にある山間の小さな街だ

しかし、前将軍家が避暑地にここを選び別荘を建てた事から、小洒落た街として多くの軍人や貴族から目をつけられ、別荘の建設ラッシュとなった

それ以来田舎ながらも大きな流通の流れが出来て現在に至るまで栄えているのだが…

 

「今日はこの街の外れにあるマルコ大佐の邸宅に行く…ぞ、って……おい、アス?」

大通りから少し入った路地に車を停め、話していたらアスの姿が消えていた

「あいつ…」

長年の経験からアスは騒がしい所に引き寄せられる習性を持っていると結論を出しているラウは、ひとまず大通りに向かった

アスの習性として、さらに甘いものが好きというものがある

気をつけていないと我が家の砂糖が食べ尽くされる事もしばしばで、これを考えると…

目線をお菓子屋に向ければ、2軒目でアスの姿を見つめた

店先に並んだ幾つものドーナツを、沢山袋に詰めて……詰めて⁉︎

ラウは駆け出し、慌ててアスを止める

「き、君…ねぇ、これからランチだぞ!何ドーナツをそんなに買ってるんだ!」

するとアスは何とも言い難い悲しげな表情で答えた

「車に乗っている…ときから、感じておった……この..ドーナツが、わしを…呼んでおった…のだ」

いや、ないない…という心の声を抑え、改めて店に並ぶドーナツを見回す

確かに焼きたてで実に美味しそうだ

仕方ない…と、ラウは懐から財布を取り出した

「すみませんおやじさん…こちらのドーナツ、いただけますか?」

苦笑いしつつ財布を出すラウに、一連の流れをただ黙って見ていた店の店主の男は静かに答えた

 

「いや、いい…」

その言葉にきょとんとさせられたのはラウである

「そんな…タダではいただけません」

実際、アスの様な少女が欲しい欲しいと駄々をこねれば、こうしてくれてやると店の人が憐れんでくれることもよくある

しかし、それで受け取ってはまるで自分が彼女に何もしていないように思われるので、絶対にタダでは受け取らない

それにこれ以上アスを増長させるわけにもいかない

朝昼晩、そして朝と昼のオヤツまで作らされている自分の労苦は、この場でくらい省みられてもいいはずだというのがラウの持論である

しかし、店主の男は頑固だった

 

「いや、いらん」

「そ、そんな…」

そしてラウも頑固だった

拒否しあいが何回か続いた後、ついに店主が話し始めた

「俺はドーナツ作りに半生を注ぎ込んできたが、俺の作ったドーナツにここまでの愛情を注いでくれた奴は久々だ…できればこの娘っ子にくれてやりたいんだ、ドーナツを」

そこまで言われると断るにもどうにも…という感じである

「店の長が…こう申しておる、のだ……遠慮せず、もらえぃ…」

立場をわきまえず口を挟むのがアスの悪い癖だ

「分かりました…ありがたくいただきます」

「ああ…その代わり、宣伝だと思って美味しそうに食べてくれよ」

「では…いただいていくぞ、全部」

 

アスは容赦無かった

ひとたび話がまとまればこの店のドーナツを全てタダでかっさらっていく腹づもりだったのである

これには、ラウ…そして店の店主さえも固まってしまった

 

そのあとさらにアスを巻き込んで三つ巴の一悶着があって、結局は店主が折れる形になったのだ

「ワッハッハッハ!お嬢ちゃんには負けた!ここまで言われたら仕方ねぇ…今日はもう店じまいだ、全部持ってけこの野郎!」

そう叫びつつ、店主は大きな底が深いバスケットにドーナツを積んでいく

店先のドーナツ全てを処理し終えた頃には、そのバスケットが4つ分埋まるほどのドーナツがこちら側のものになっていた

甘ったるい香りが辺りに充満している

騒動に何だ何だと見物人が集まり、秋だというのにこの空間は謎の熱気に包まれていた

 

店先の道路にテーブルとイスが置かれた簡易カフェが設営され、見物人の群衆の中、少女は山のような量のドーナツを食べ始める

ラウも何気なく彼女の横に座り、何気なくドーナツの山の中から一つ取り出す

他のものの様に何かかかったり特別な味はしないシンプルなドーナツだが、なんだかんだで人気のある…的なメープルシロップ漬けのドーナツだ

これが一番美味いんだよな、と心の中で呟きつつ一口咥えこもうとした瞬間だった

「…ッ!」

ラウの身体を殺気が突き抜ける

…これほどの殺気を放てるのは…アスしかいない

今もこちらをジロリと睨んでいる

「どうしたんだい……アス?」

引きつった笑みを浮かべながら聞けば、予想を上回る返答があった

 

「この、ドーナツ…は…店主さん…が、わしにくれたもの…so…ラウ、貴様に食う権利は無い!」

まさに怒られた、弾糾された

しかしラウからすれば「はあ…?」といった感じである

というか実際に彼は「はあ…?」と言った

「待ってくれよ…君はこの山の様な量のドーナツを一人で食べる気なのかい…?」

至極まっとうな質問である

ただの人間がこの量を食べきれるわけがない…それに加え…

「それに、君はいくら食べても意味が無いだろう…?」

ラウは手に取ったドーナツをゆっくり山の中に戻しながら質問する

 

「この、山の様な…ドーナツが、すべて…わしのものである…という、幸せが…大事……but…一つでも…人に、あげるのは…わしにとって…不幸……!」

明らかにおかしい

おかしいのだが、説得力だけはあるのでつい頷いてしまった

この時点でこのドーナツは彼女のものとなったのである

ラウは苦笑いと溜息を同時にこなす荒技を披露し、何気なく視線を彷徨わせればこのドーナツ屋の店主と目が合った

ラウはドーナツをバスケットの中に戻すと、用の無くなったテーブルから立ち上がり、店主の横に立つ

「今日は…本当にすみません」

苦笑いしつつ頭をかけば、いかにも困っている風の好青年の出来上がりだ

対して、頑強な体格の店主は顎ヒゲをさすりながら答えた

「それはべつにいいって言ったじゃねえか……本当に全部食べそうだしな、あの子」

店主は苦笑しつつも、あまり気にかけていない様である

「それにしても大盤振る舞いですね、こういうことはよくあるんですか…経営が心配です」

それに対し店主は手をひらひらと振りながら答える

「いいや、初めてだが…気にすんな、赤の他人のアンタに心配されるほど金欠じゃねぇ…」

「へぇ…」と呟き、不思議そうに

相手を見るラウ

「この街でドーナツ屋を始めて20年になるが、昔と比べりゃよっぽど金回りは良くなった…偉い人間が来れば金も人もわんさと来るからな」

確かにそうだ

前将軍家がここに別荘を建てれば、まずは将軍家に近しい貴族が移り住む、次にそれ目当ての商人達が来て、金も動く

「俺は何にも不器用だが、腕だけは確かなつもりだ…おかげで常連の客も沢山いる……今じゃマルコ大佐のお抱えドーナツ屋だからな、赤字なんざここ最近見てもない」

ここでラウの苦笑いは止まった

 

「あなたは…マルコ大佐にドーナツを?」

マルコ大佐といえば、今から向かおうとしていた邸宅の持ち主、そして今回の仕事の依頼主でもある人物だ

前大戦時に幾つかの武勲を挙げ、昇級して大佐にまで登りつめた野心家と噂される

そして彼は……いや、今語ることではないだろう

 

ドーナツ屋の店主は、きょとんとしながらもしっかりと答えた

「ああ…マルコ大佐、というよりかは彼の方の娘さんが俺のドーナツを好いてくれていてな…おかげでマルコ家御用達のドーナツ屋になれたんだが…娘さんがああなってからはな……ところで、あんたは?」

ある程度話したところで、こいつは何故いちいちこんな事を聞いてくるのかと思ったのだろう

店主は訝しがりながらもある程度の精神的距離感を持って聞いてくる

それに対してラウは再び顔に苦笑いを浮かべると、簡素な名刺を懐から出した

「ラウル・シーエントと申します」

そして店主は、受け取った名刺を見て目を見開いた

「子爵……アンタも偉い人だったのか…確かに立派な出で立ちだとは思っちゃいたが…」

店主はラウの服装を見、その後すぐにアスに目を移せばアレも凄いなと話しかけた

アレは特別です、と答えればラウは再び話し始めた

「子爵といっても、辺境の落ちぶれた子爵家の生まれというだけです…この爵位も父親から譲り受けたものですし……あ、彼女は妹です、僕の」

店主はそうなのか…と頷いた、あまり興味は無いようである

「今回マルコ大佐にお呼ばれしてこの街に来まして…やはり話に彼の方の名前が出れば、気になるのも仕方ないかと…はは、すみません」

なんとなく頭を下げるラウに「いや、疑って悪かった」と答える店主

 

「そういえば…娘さんに何かあったんです?」

ラウの問いかけに、店主は怪訝な顔をする

ドーナツの山に挑むアスを取り囲む騒ぎが遠くに聞こえるほど、しばらくの間二人は静寂に包まれた

そして、アスが一つ目のバスケットを平らげるのと同じくして、店主は重い口を開いた

「それは…俺には話せねえや、マルコさんにでも直接聞いてくれ……」

そう言うと、店主は再び口を閉ざしてしまった

マルコ大佐の娘に何かやんごとならない事件があったと思われる

ラウはこの話題は切り上げようと、元々用意していた…というかこちらを聞くつもりだったのだが、新しい話題を立ち上げた

「色々と不躾な質問申し訳ありません…良ければあと一つお聞きしたいのですが…」

「ん…どうしたんだ?」

 

「実はマルコ大佐にお呼ばれしている時間までまだ余裕がありまして……できれば良い暇つぶしになる観光名所でも教えていただければありがたいのですが…」

 

 

〜〜

ここは旧将軍家別邸、今では戦争資料館に名前を変えている

兵器などの戦争にまつわる品々はもちろん、敵国からかっぱらってきた美術品なども飾られている

私の様な一般市民では入る気が失せる様な高額の入館料がかかるのだが、今回はあの人が私の分も出してくれた

彼は今、敷地内の礼拝堂の内壁面に掲げられた巨大な絵画を鑑賞している

戦利品でもなければ、入手するのに何億円とかかるであろう有名な作家の有名な絵だ

絵の内容はといえば聖書に記述されている使徒達の話を元にした場面…らしい

キリスト教に疎い私にはよく分からない

「これは…使徒パウロが……」

そんな絵画を見ながら何か頷いている彼はラウルさん

さっきウチの親父と話していたのを聞くと、まさかの爵位持ち…貴族の若者らしい

その上、私が想像していた様な貴族のボンボンとは何処か違った

貴族の子息なんていえば、私達と比べれば何の努力もしていない鼻につくマザコンでファザコンの甘えん坊かと思っていたけど、彼は、しっかりとしていてたくましい…どちらかというと起業家のイメージに近いかも…

その事を本人に話せば

「僕は剣技を嗜んでいたらね…貴族の子息の中ではヤンチャな方かもしれないな、でもね、貴族のボンボンでも苦労は沢山あるんだ」

なるほどそうかもしれないなと思った

 

時間は先ほど、私の店にいるときに巻き戻る

彼が親父と話しているとき、私は店の奥で食器洗いをしている最中だった

観光地を知りたいというラウルさんに、親父は答えた

「そうだな…旧将軍家邸宅なんてどうだ、この大通りを真っ直ぐ行った所にあるんだが、今じゃ戦争資料館になってて色々見る物があるらしい」

親父が外を指さすと、ラウルさんは指をさされた方に目をやってから、「それはいいですね」と微笑んだ

「どうせだから俺が案内したいが店は開けられんしなぁ…」

「いえいえ、そんなこと…」

この後しばらくいや、俺が…いやいや、お構いなく…という親父とラウルさんの応酬が続き、ついに私が呼ばれたのだ

 

「サーニャ!ちょっと来い!」

私はちょうど洗い物の半分くらいを片付けたところで、残りを先にやっつけようかしばし考えたあと、タオルで手を拭って表に向かった

「はいはーい、どうしたの父さ…ん……」

親父とラウルさんの話は聞こえていたので呼ばれた理由も予想していたけど、店頭のあまりの熱気に私は言葉を詰まらせた

テーブル一杯のバスケットに山盛りされたドーナツに、大層綺麗な女の子が挑んでいた

掴んでは食べ、掴んでは食べである

それを見つめる観客は、少女がドーナツを一つ食べきるたびに沸きに沸いた

テーブルに置かれた4つのバスケットの一つを空にしたとき、観客はさらに盛り上がった

しかし少女は満腹になるわけでもなく、再び別のバスケットのドーナツに手を出す

「な、何してるの…父さん、これ」

「見世物だよ見世物、今日の分まるまる平らげるらしいぞ、彼女」

「え、えぇ…⁉︎」

あのドーナツの山、私達が売る1日分もあるのか…

それを平らげようとしている(実際できるであろう)彼女は一体…

そのとき、ラウルさんが話しかけてきた

「アレは僕の妹です…あはは」

「そうなんだ…変わった方ですね、ぷふっ」

私は、あまりにも面白くて吹き出した

彼は不思議そうにして、首を傾げる

「どうかしたかい?」

私は笑いを堪えつつも、「なんでもないです」と答えた

彼が子爵で、少女が彼の妹であることは、盗み聴きでもう知っている

しかし、私が想像していた高貴な人達とは何処か違っていて、それが私を笑わせたのだ

私が笑いを堪える姿を二人は何とも言えない目で見ていたけど、私が普通に戻れば親父は本題を出した

「サーニャ、お前さんこの方に戦争資料館を案内してやってくれんか」

私がさも驚いたかの様に理由を聞くと、親父は先程の一件を話した

「…というわけでな、頼んだぞ」

そう言うと、親父はラウルさんを連れて表に出て、何かを話した

そして再びこちらに来ると、苦笑しつつ私に話しかける

「まあ、店の手伝いよりは楽だろ…ゆっくりしてこい」

親父はこれが休憩代わりになるとでも思っているのかな…

早く行けと急かす親父を尻目に外に目を向ければ、大食い大会と化している人混みの中でラウルさんは私を待っていた

私が来るのに気づけば、こちらに一礼する

親父にもこれくらいの気遣いがあれば…

礼儀正しい彼を待たせる訳にもいかず、私は急いで表に出た

「や、急にごめんね…今日はよろしく頼む」

そう言って再び頭を下げるラウルさんに、私は顔を逸らしつつ「いいですよ」と答えた

偉い人にこう頭を下げられては立場が無い、というのが私の見解である

この人は何故ここまで腰が低いのか…いや、貴族の人達がみんな偉そうに踏ん反り返っているなんて思っちゃいないけど

「僕はラウル…ラウル・シーエント…まあ、聴こえてたよね、よろしくサーニャさん…だったかな」

こちらの名前も何度か呼ばれたから、既に知られていた

一応の確認、というわけだ

「お願いします、ラウルさん」

私がそう言って頭を下げれば、あまり固くしなくていいと苦笑いしつつ、ラウルさんはズボンのポケットから何かしらの鍵を出した

「僕車取ってくるから、待っててもらえるかな…?」

どうやら車の鍵だったようだ

「あ、いえ…近いので徒歩で大丈夫かと…この街は歩いて回るだけでも十分観光になりますよ」

車を取りに行こうとするラウルさんを止めて徒歩を勧めつつ微笑む私

ラウルさんはしばらく空中に視線を彷徨わせてから「じゃあ、そうしようか」と私に微笑み返した

秋のウィークタンの街はほのかに橙色に色づいていて綺麗だ

控えめな色合いのレンガ造りの家々に擦り付ける様に枝を伸ばす黄色のイチョウや燃えるように紅いモミジは見ていて何故かウキウキさえする

 

店先の特設会場(?)では未だにラウルさんの妹さんがドーナツ相手に大食い大会を開いている

見たところ二つ目のバスケットにうず高く積まれたドーナツの山はもう半分ほど無くなっていた…すごい!

「彼女は連れて行かないんですか?」

私が聞けば、ラウルさんは困った様に笑いながら答えた

「いや…ね、甘いものが彼女の前にある間は、たとえこちらが連れて行こうとしても無駄だよ」

どうやら妹さんは甘いものに目がないらしく、目の前にお菓子がある限り貪り続けるのだという

通りでよくもまああんなにドーナツを食べ続けていられるわけである……何故太らないのか、うら若き乙女として気にせずにはいられない

「そんなわけで、彼女はパーティーには不参加だ」

そう言うと、ラウルさんは少し楽しそうに先に歩いていってしまう

「わっ…あ、待ってください!」

私も急いで後を追う

ラウルさんは優しい人だ、先に行ったくせに、すぐ立ち止まって私を待っている

私が追いつけば、彼はそれを見計らって私の横を共に歩き始めた




ドーナツいっぱい食べたいな……はっ
お疲れ様でした、いかがでしたでしょうか…まあ、まだほんわかとしてますよね
ラウルがこの街に来た目的とは…
そしてラウルについてくる少女、アスとは…
分かるかもしれないし分からないかもしれない、次巻「20th grimoire『笑顔は絶やさない』(中)」は2030年上旬公開です(苦笑)
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