Grigori   作:草稿

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第2話

「嫌です」

 

 迷いはなかった。というか迷う必要がなかった。なぜ人殺しをしなくちゃいけないのか、なぜ私なのか、そもそも殺す必要はあるのか、等など直ちに質問攻めしてやりたいところだ。

 頭を疑問符で満たし訝しげな面持ちをしていたせいか、乾は表情を戻しいつもの彼に戻った。

 

「だと思ったよ。それでは快諾を得るために、昔話でもしようか」

 

 彼はタブレットを私に持たせたまま、白衣を翻して窓側へと歩く。窓際のソファーに座ると、コツコツと人差し指で煽る。乗り気ではなかったが、仕方なく私も座った。

 

「国家機密研究組織としてグリゴリは作られた。組織自体は戦後直後に練られたと言われており、結成当初は神経科学というレッテルを貼られていたが、余りにも非科学的なため、後に脳科学と準えられた。そして1981年、試作型が生まれた。そうだ、お茶でも入れてくれないかい?」

「…わかりました」

 

 私は乾の後ろにある台所へと目を呉れる。ほんの少しの、意志の力。テレキネシスによってヤカンに水が入れられる。ここからはプログラム通りに動いてくれるので、あまり集中力を要さない。やはりテレキネシスは日常生活に於いて、最高の潤滑油だろう。

 

「さて…続けるよ?試作型である01号は、グリゴリの最後の足掻きでもあった。何せ戦後何十年も実績を残せなかったんだからね。追い込まれた彼らは、遂には禁忌にまで手を出した。それが遺伝子操作、現代では遺伝子組み換えと言ったほうが適切かな。何にせよ悪魔は生まれた」

 

 悪魔。どうもこの男と話してると、神経を逆撫でされているように頭に血が上る。足を組むと太ももに膝を立て、手に頬を乗せるようにして、表情が歪んでないか確かめる。

 特に問題はなかった。飽くまでも平静を装う。私の態度に目もくれずに、乾は本棚に挟まる古めかしい資料を引っ張りだすと、それを私に手渡した。

 

「過去の大まかな実験について残されている。一つは第一次、もう一つは第二次についてだ」

 

 

 

―Serial Experiments PSI 

 

 

 

 文頭にはそう綴られていた。内容はというと、人体実験を叙述的に述べている日記のようなものだ。目で追っていくと、反吐が出るほどすらすらと頭のなかに流れ込んできた。

 

 

 

―X月Y日。01号の脳波に異常な振れ幅が現れた。この無謀な試みも、漸く功を奏したのだ。

 

 

 

―S月T日。遺伝子操作の弊害か、まだ生まれて数ヶ月だというのに、こんなところで死なせはしない。

 

 

 

―P月Q日。初めてのテレキネシスだ!彼は我々に向かって手も使わずに積み木を投げてきた!軍事利用も夢じゃないぞ!

 

 

 

 くだらない。これ以上見る必要もないだろう。好奇心という化け物はこうも恐ろしいものなのか。

 辟易した私が資料を置くと、いつの間にか乾はお茶を啜っていた。

 

「気分を害してしまったなら申し訳ない。彼らがどういう環境下で過ごしたかを、君にも知ってもらいたくてね。まあ君も似たり寄ったりなのだが」

「ここまで酷くはなかったですよ」

「第三次になってだいぶ緩くなったからね。第一次では拘束の緩さが、第二次では研究員の人間性が原因だったからそうなったんだ。我々も実験体を一人の人間として扱うのがベストだと考えたわけだ。そしてそれは間違ってなかった」

 

 そう言う乾の視線が、私へと向けられる。こっち見んな。

 第二次グリゴリ計画を立案中に、確かにそういう懸念もあったようだ。それゆえ、グリゴリは第一次の最後の実験体として予定していた私を、第二次とは異なる、さらに秘密裏に行われる第三次へと移させた。いわゆる才能というものに恵まれていた私は遺伝子操作も受けず、脳を少々弄っただけで済み、特にこれといった不満もなく日常生活を謳歌していた。

 だがそれでも、どこか他人とずれていると思うことは多々ある。だからこそ非日常には極力関わりたくない。

 

「01号が生まれた後、02号、03号と続いて生まれてきたものの、01号以上のものは作れないと判断して彼らは施されなかった」

「欲望の掃き溜めとして生を受け、挙句必要とされなかったわけですか…」

「そうなるね。しかし1992年、01号が組織から脱走する。その時グリゴリは一度壊されるものの、すぐに再構成された。その際に02号、03号に始末を命ずるも失敗に終わり、ここで鎮められるかに思われた」

「でも、そうはならなかった」

 

 乾は頷く。引くに引けない状況だった。けどそれ以上に、彼らが留まることを知らなかった。

 

「即座に次の実験へと切り替え、第二次が立案された。ゼロから作る第一次とは異なり、PSIを扱える孤児を引き取り、軍事利用へと昇華させるために徹底的な管理を用いて実験は行われた。そして孤児達は個々を表すように、類稀なPSIを身に着けていった」

 

 作為的ではなく、無作為的に生まれた彼らは孤児という境遇にありながら、不運にもPSIに目覚めてしまった。それがグリゴリの手によって後押しされた。感情を犠牲に。

 

「実験は孤児達が死ぬか、グリゴリのPSIへの関心が尽きるかまで続くと思われたが一人の男によってそれは打ち消された。男の名は射場公一。第二次において、唯一生き残った末端の研究員であり、第三次の存在を知る一人でもあった」

「私個人も何度か会いましたよね?感情があるのに驚いてましたけど、確かにあの人は私に対しても気さくに接してくれました」

「だが、研究員としては甘かった。後に彼自身が話してくれたが、彼が06号の十八歳の誕生日に電源を切ってしまった。同情を引く演技に嵌まってしまった彼以外を残し、グリゴリはここ以外潰れてしまった」

 

 一仕事終えたように乾は煎茶を飲み干す。漸く帰れるかな、とリズム良く片膝を漫ろに叩く。

 

「君が来る前テレビをちらっと見たよ。01号と06号が映っていた。『選択しろ。俺の側につくか、それとも他の人間共と等しくゴミのように片付けられるか』と言っていたよ」

「………」

 

 私は思わず、叩いてた指を止めてしまう。

 研究員も研究員だが、実験体も実験体だ。世界征服でもするのかな。力を持て余した社会不適合者の末路があれか。

 

「さすがにそれは…止めないとまずいですよね」

「引き受けてくれるかい?」

「嫌です」

 

 変わらない返事に、乾はため息を付きながら肩を落とした。嫌なものは嫌だから仕方ないよね。

 

「と言うか、この資料を見る限りではPacs(パックス)とやらで止めれば、少なくとも05号、06号、07号を動けなくすることは可能ですよね?」

「メインは壊れてしまったがサブは残ってるから可能だね。尤も、既に我々はあちらと関わりが無いため侵入する他ないけどね。上に頼んでも無駄だろうし」

「結局私に動けってことですか?あなた方は私の戦闘データを取りたいだけですよね?」

「………さあ、どうだろうね」

 

 図星らしい。やっぱりこの人は生粋の研究者だ。元々信用ならない人だったけど、好感度は右肩下がりの一方だ。

 何にせよ、この件で私が動かないわけにもいかなくなるだろう。

 組んでいる足を戻し、既に顔と名前を覚えた実験体が映されているタブレットを置く。

 

「とりあえずは、この研究所を襲って来るなら出来る限りあしらいますよ。ここを潰されて苦学生になるのも嫌ですし」

「そう言ってくれると助かるよ。もう夏休みに入ってたよね、暫くはここに住んでくれ。部屋は下の階に用意しておくよ」

「わかりました。では明日から住まわせてもらいます。今日は身支度しないといけないので失礼します」

 

 私は席を立ち一礼、二杯目の茶を啜る乾をよそに、そのまま市長室を出て行く。

 

 

 

「いつもより少し、苦いかな」

 

 

 

 

 

     *

 

 

 

 

 

 所長室を抜けた後、私は特にすることもないので少し本屋でも寄ろうかと考えていた矢先、後ろから声が掛かる。

 

「しおりん!お昼一緒にどう?」

「小森さんですか。生憎ですが私は『暇だよね?』…はい」

 

 ご相伴に与ることになった。どうもこの人には逆らえない。

 

 

 

 

 

     *

 

 

 

 

 

「やっぱり昼食にしては早すぎませんか?まだ十時ですよ?」

「どうせまた朝ごはん抜いてきたんでしょ?私も今日は寝過ごして抜いちゃったから丁度いいじゃん!」

「まあ…それならいいですけど」

 

 確かに朝は抜いたけど、正直食事は一人がいい。誰かと話したくないってわけじゃなく、単純に飯くらいゆっくり食わせろってだけなんだけど。まあ奢りらしいから別にいっか。

 

「あ!さっき奢るって言ったけど、しおりんも奢るって言ってたから割り勘でいいよね」

「……………うん」

 

 プラス思考だ。ここで割り勘になるってことは、今度奢らなくて済む。つまり一人で食べれる回数が増えるってことなんだから。

 前を歩く小森の足が止まる。風に靡く暖簾が特徴的な蕎麦屋だった。見るからに高級感溢れる店にたじろいだせいか、炎天下が作り出すとてつもない猛暑のせいか、頬から汗が垂れる。小森の行きつけらしいが、蕎麦が好きなんだろうか。

 中に入るといかにもって感じの板前が目に入り、背中を向ける青年は天ぷらを揚げていた。中台っていうんだっけ。看板にも書いてあったが一子相伝の手打ち蕎麦らしい。

 

「いらっしゃいませ」

「二人分よろしく」

「畏まりました」

 

 小森の注文を受ける店主は、寡黙というより懇篤な人そうだ。厳つい顔をしていたけどやっぱり見た目で判断するのはよくないよね。私だってギャルじゃないし。

 

「しおりんさ、いつも何食べてるの?」

「何って…どういう意味?」

「朝昼晩どういうもの食べてるのーって」

「朝は小森さんも知ってる通り抜いてばっかだし、昼はおにぎり2つかサンドイッチか、夜は自分で作ってるかな」

「どんな料理作れるの?」

「大したものじゃないよ。野菜炒めとかハンバーグとかその日の気分によるけど、一般家庭レベルならそこそこ」

「へー。意外!」

「何が?またギャル云々言ってるの?」

 

 確かに私は髪色も派手だし眼力が強いとか言われるが、断固としてギャルではないと言える。たとえギャルだとしても、ギャルが料理できないってのは偏見だよね。むしろギャルの方が結婚早くて上手いんじゃないかな。

 時の流れとは恐ろしいものであり、板前が私の前に蕎麦を置く。天せいろ、天もり、天ざるなど呼び名が様々あるやつだろう。そもそも蕎麦自体もり、ざる、せいろとかややこしいったらありゃしない。それに加え、偏に天ぷらと蕎麦を合わせたものとは言えず、色んな種類があるらしい。考えるだけで頭が痛くなる。

 蕎麦の定義がどうであれ、食べてみる他ないだろう。私は箸で掴んだ蕎麦の下半分をつゆにつけ、ズズズと音を立てながら啜る。

 

「…美味しいですね」

「べぴょぉ!?」

 

 なぜあなたがドヤ顔なんだ小森さん。たぶん、でしょうと言いたかったのだろう。三十後半であろう彼女はどうも落ち着きが無い。どうせ割り勘なんだから食事中は静かにしてほしい。

 次に海老の天ぷらへと手を伸ばす。つゆに入れると蕎麦が台無しになるため、私はそのまま食べる派だ。見栄え良く咲き、花と呼ばれる天ぷらの衣が口の中で潰れる。やっぱり天ぷらと言えば海老、次点でシソの葉かな。

 

「あれ?しおりんまだ食べ終わってないの?」

「え?」

 

 横を見ると小森さんは完食していた。私が舌鼓を打っている僅かな合間にとは、何という早食い。

 

「じゃあ、お代は置いとくから先行くね」

「ああ、うん」

 

 そう言うと彼女は振り返りもせずに店を出て行った。誘ってきたのはあっちなのに。なんだか複雑な気持ちだ。

 その後、私はとりわけ焦りもせずに蕎麦を食べ終わると、本屋にも寄らずに家に帰って寝てしまった。

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