目を開けて数秒間、ぼぅっとしていた。
窓の外は悪魔の口の中のようにねっとりとした漆黒だった。
毛布を退け、手探りで煙草を一本取り出す。口に咥えてマッチを擦った。
周りの輪郭がぼんやり浮き彫りになる。
酒瓶。
灰皿。
ピストル。
煙草に火をつける。
夜遅くに起きることは珍しくない。その時はこうやって一服してから寝直す。煙草を吸うと再び眠気が襲ってくるのが常だった。体育座りで壁に寄りかかる。
夢を見ていた。
昔の戦いの記憶。
夢を見るのは好きだ。ましてそれが海の上であるのならなおさら。
でも夢を見るという事は必ず起きる事の証明だ。どんなに足掻こうと、しがみつこうとしても現実が夢からあたしを引きずり出す。
どんなに海に居たいと願っても、結局は陸に帰らないといけないように。
結局、嫌な物は全部最後に来るんだ。
煩わしいったらない。一生夢を見て過ごせればいいのに。
もしこの時間も夢なんだとしたらいつかは覚めるのだろうか。
煙草の火はもう鼻の先まで来ていた。眠気は来ない。むしろだんだん目が冴えてきた。いつもと違う煙草だからかも。それで何がいけないという事もないけれど。
小指の第一関節ぐらいになった煙草をもみ消す。もう寝る事は諦めていた。
部屋を出て落ち葉やらガラス片やらが散乱した廊下を歩く。
廃墟としては他に恥じる事のない模範的な物件だと思う。でも人が住むとなると話は別だ。こんなところに住んでる奴とは関わりを持ちたくない。
廊下の終わりにあるドアの前に立つ。中からは微かにタイピング音がする。
ノックすると一瞬タイピング音が止んだ。が、すぐにまたキィを叩く音が聞こえ始める。
「入るよ」
ノブを捻って中に入る。
色の濃い木で出来た机、本棚。天井にはトランプの絵柄のような模様があしらわれており、赤いカーペットが部屋の床一面を覆っている。控えめなランプの光は部屋の中を暖かな蜜色で満たしている。
廊下の有様を見ていたら空間を跳躍したんじゃないかと思うかもしれない。それだけ部屋の中と外じゃ別世界だ。
彼はひたすら机のpcに向かっている。
「おはよ」
返事はない。タイピング音の乾いた音が部屋に響く。
あたしは本棚から新聞をとって広げた。律儀にホッチキスが打ってありページがばらけないようなってある。ここでは一番新しいものだが購入してから既に一ヶ月が経っている。いい加減内容も見飽きてきた。企業のプロパガンダが多分に含まれた記事ばかりで信憑性は殆どない。けれど退屈が過ぎて頭を撃ち抜く事がないように何かで凌がなければならない。
新聞をめくる音が加わわって部屋は多少賑やかになった。
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空は薄い雲が広く覆い、陽光がそれに伝播してコンクリートみたいな無機質な色に染まっている。こういうパッとしない天気は好きじゃない。
水平線の向こうで線香花火よりも小さな火線が上がっているのが見えた。爆音も聞こえる。
「作戦は?」
左後方の菊月がインカム越しに話しかけてきた。
「必要ないっしょ」
右後方の白露が返す。
「そうだね、着いたらすぐ遊撃でいいよ。どうせイ級ばっかりだしね」
あたしがそう言うと菊月は了解と言って黙った。
今回は彼はいない。代わりに僚機が付いている。無論、邪魔に違いなかった。
戦闘はもう目の前まで来ていた。鉄の塊が飛び交い、海面は外れた砲弾が当たってうねりまくっている。あたしは先に戦っていた艦娘の無線を開いた。
「こちら増援部隊。交代の時間だ」
「了解。もう少しで弾が切れそうだったんだ。」
通信に出たのは敷浪だった。際限なく立ち昇る水柱の陰から敷浪のほか白雪、夕張が出てくる。
夕張がすれ違いざまに言った。
「大分減らしといたよ。あと二、三十匹位かも」
どうも、と言いつつ余計なお世話だと感じた。イ級は放たれる砲弾こそ脅威だが遅いし、脆い。その上図体がでかいからあっという間に倒せてしまう。今日は海に少ししかいられないな、と思った。
「はい、戦闘開始」
あたしが言うと白露と菊月はイ級らを囲むように旋回していく。
イ級は馬鹿なのでみんなそっちに気を取られる。
あたしは盾を構えて突っ込んだ。
一体があたしに気付いて撃ち込んできた。
ステップを踏むように小刻みに避ける。
一番近い一体に引き金を引く。
命中。
大きく盛り上がった頭が吹き飛んだ。
それだけ確認して、白露を狙おうと棒立ちの奴に魚雷を一発撃ちこむ。
横腹に当たってそいつは真っ二つになった。
単装砲の中で機構が動く音が聞こえる。リロード終了の合図。微かに硝煙の匂いがした。
イ級達はようやくあたしに気付いたらしく、今度はあたしに砲撃が殺到した。
でも、あたしの動きを予測する知能を持っていないので一発も当たらない。
その内に白露と菊月が撃ち込んでいく。
あたしはため息をついた。
敵が数える程になった時、無線が入った。白露だった。
「6時の方向に艦娘確認」
援軍が来ることは聞いてない。
「数は?」
「さぁ」
確かに影が見えた。真っ直ぐこっちに向かってくる。
「どうする?全然いけるけど」
と白露。
「私も問題ないよ」
最後のイ級を沈めながら菊月が言った。
「オーケー、じゃやろう」
そう言いながら腹の底から、怒気にも似た歓喜がせり上がってくるのが分かった。
無意識の内に口角が歪んでいた。
最初は別の話で進めてたんですけど、途中でつまらないと思ったので新しくやり直しました。今度改良したので出すかもしれません。