近衛の家に、我が縛り付けられてから幾星霜が過ぎ去っていったのか。今の我には、時の感覚がとても早くゆるやかで、全く分からない。ただ分かるのは、既に件の近衛は死しており、その子孫へと我の契約が引き継がれているという事実だった。
流石に最初の近衛程に性根の歪んだ鬼畜外道は居ないものの、我は近衛姓の者とは積極的に関わりを持ちたくなかった。そんな相手が人間でなく式神ならば、誰が好んで関わろうとするものか? そうして結局、我は近衛の者とは必要最低限の意思疎通のみ交わすだけに留まっている。
「萃香さーん……いらっしゃいませんかー……?」
ふと、耳に留まる優しげな音色。それは今代の近衛の声。その名をーーー
「呼んだか、
ーーー近衛木葉。こんな我に分け隔てなく、そして根気よく接し続けてくれた、心優しき少女。
「きゃっ! も、もぅ! いきなり現れないでとあれほど言ったじゃないですか!」
「すまん、許せ」
どうやら霧散していた身体を萃めた結果、背後に突然現れた我に驚きへたり込んでしまったようだ。申し訳なさから、つい木葉へと己が右手を差し出し、繋ぐ。ほとんど力を込める事なく持ち上がる木葉に……今更ながらに人間の脆さを再認識する。
人は弱い。
言うまでもないことだが、我ら鬼とは比べ物にならぬ程には弱い。脆く、脆弱。それでいて惰弱。弱点を挙げればキリがない、そんな種族。殺した事もあれば、肌を重ねた事もある。我ほど人に精通した鬼は史実を紐解いても居るか怪しいというぐらいには、人間のことを識ってしまった。それには、元が人間であることも起因しているのだろう。
そして木葉は、目の前の人間は、とりわけ弱い。
生れつきの病という話だが、身体を動かす事が極端に負担となってしまっているらしく、普段は杖を使わねばまともに歩く事さえままならない。しかし代わりといっては何だが、神はそんな木葉にも才能を与えた。それが術式を扱う才に、膨大に過ぎる霊力。あの忌ま忌ましき近衛以外はろくに扱えなかった我を、いともたやすく使役してしまう程のモノ。
「……? 萃香さん、なにか考え事ですか?」
「いや、木葉との出会いを思い出していた。木葉が我を初めて召喚した時を」
「も、もぅっ! あの時のことは忘れてくださいよー!」
純粋に強力で、維持に霊力を大量に消費する我の召喚符は、当然の如く宝物殿の奥に厳重に封印され、丁重に、腫れ物に触るかのような対応を敷かれていた。
そんな中そこに現れたのが、当時寺子屋を卒業したぐらいには成長した木葉。ふらふらと覚束ない足取りで、宝探しにでも来たのかと思うような様相の童。事実、退屈だったからと木葉は当時をそう語る。
そして我の符が仕舞われた箱に目を止め、赤子の手を捻るように封印を解いてしまった。未だ修練の1つも行っていない未熟の身でありながら、歴代最強と謳われたあの近衛の封印をだ。
そして無意識ながら力任せに、喚び出された我に対して放たれた一言。
「鬼……? カッコイイなぁ」
怖がりもせず、純粋に向けられた好意。純粋ではあったがそれ故にねじ曲がっていた近衛とは違い、その気持ちは我の心に違和感なく溶け込んでいった。
「あの後は、お母様達が乗り込んできて大変でしたね……」
「奴らは、我に敵意を剥き出しにしていたな」
我の妖力を探知した木葉の母君達が不粋な勘違いをしたのか、現れるや否や我に攻撃を加えてきたことは記憶に新しい。そしてあの時の青山なる剣士、あ奴は大成すると見た。技のキレが光り、居住まいは未成熟ながらに風林火山の如し。若干、精神面に危うさが見られたが、戦闘時には大した弊害ではないだろう。
「木葉さまーー!? どちらにいらっしゃるのですかーーー!!」
「あ……」
「家族が心配している、今日は帰るが良い」
名残惜しそうな木葉を後押しし、我はまた山へと還る。あの人間のためならば、命を張るのも悪くはない。そんな思いを我は抱きはじめていた。
順調に近衛家フラグを建てていく我さん