篠ノ之箒は想い人の夢を見るか   作:あっき54868

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なんかやり残したことを思い出したので書いてみました。
久しぶりなのでかなり文章乱れてるかもです。


おまけ、後日談
残雪


 なんだか最近、ユキの様子がおかしい。

 呼びかけても返事がなかったり、かと思えばぐいぐい来たり。

 突拍子もない提案をいきなりしてきたり。

 

「小樽、行ってみない?」

 

 その極めつけともいえるのが、今朝のこれだった。食後にいきなり、そんな提案してくるのは想定外すぎる。

 

 ただ、流石に変だなーとは感じつつも。

 

 聞こえてきた地名には、私も思うところがあるわけで。

 

「小樽……かあ」

 

 多分観光に行きたいとか、そういうわけじゃないだろう。

 だってそこは私とナギの生まれ故郷で、ユキの生まれた場所で。

 

 そして、あの子が――。

 

「あだっ!」

 

 いろいろ考えてると頭に鋭い痛みが走る。

 ユキのデコピンを食らってしまったと気付いたのは、ちょっと経ってからだった。

 

 いきなり何だよ、ったくもう……。

 

「ほら、決まり」

「何で?」

「そんな顔するから」

 

 そんな顔ってどんな顔だよぉ……なんて感想を抱きつつも。

 行ってみたいという感情が、私の中にもあることに気づく。

 

 あの場所はどうなってるのかとか、あの店はあるのかとか。

 そういうこと、気にならないかと言われれば嘘になる。

 

「いいね、行こっか」

「じゃあ、決まりね」

「……うん」

 

 準備のために居間を出ていくユキの後ろ姿。

 振り子みたいに揺れる黒髪を眺めながら、小さくため息をつく。

 

 やっぱり、なんか変だよなー……なんて、思いながら。

 

◆

 

 あの花火の夜、慰霊碑前で誓った言葉の通り。

 綺麗な景色を見ようとあちこち旅行したけど……北海道は行ってなかったっけ。

 心のどこかで、避けてたのかもしれない。我ながらメンタル弱いな。

 とか思ったりしながら準備を始めて、新千歳行きの飛行機に乗って北の大地へと降り立ち。

 そこからさらに電車に揺られること一時間ちょっと。

 

 丁度お昼時に、私たちは小樽へと足を踏み入れた。

 

「なんつーか、変な感覚だなあ」

「まるでタイムスリップしたみたいね」

 

 駅のホームに降り立ち、ぐるりと周囲を見渡す。

 電車も構内も――果ては自販機のペイントや、ラインナップさえも。

 今は瓦礫の山となった、異次元の小樽と同じで……懐かしさから、そんな感想を漏らしてしまった時だった。

 

 いきなり、あの日の光景がフラッシュバックしたのは。

 

 ホームを出た先に――あいつらが襲ってきた日の光景が、広がっていたら……。

 

 なんて、あり得ないのにも関わらず。

 

「ほら、行くわよ優奈」

「ごめん、ちょっとまだ心の準備が」

「ここまで来て何言ってんのよ」

 

 そんな私の手を握り、ユキが先導する形で改札へと向かっていく中。

 ふと、昔のことを思い出してしまう。

 

 ばっちり思い出せる、あれはIS学園受験の帰りだ。

 

 試験結果が不安で堪らなかったナギが、まだ帰りたくないとか口にしてさ。

 そんなあいつの手を、私が握って帰路に着いた。

 そんな、雪の舞う夜のことを。

 

 まぁ、結局正規で通ったのはあいつの方だったんだけどさ……。

 

「あの時の逆みたい」

「何か言った?」

「ううん、なんでもねーっての」

 

 そんな風に懐かしんでたら、ユキの袖口のミサンガが目に入って。そうしたら、不安も消えていって。

 苦笑しながら、駅の外へと向かっていった。

 

◆

 

 どこに行くか決めていいってことだったので。

 とりあえず提案したのは、運河沿いを歩くこと。

 なんというか、テンプレそのものなチョイスだけど……。

 

「徒歩圏内に名所って、贅沢なとこに住んでたんだなーって」

 

 散々通った道は、今の私にとっては観光名所なわけで。

 食傷気味だったはずの景色が今は、やたらと綺麗に見えていて。

 

 ホームからアウェーになって、初めてわかる事もあるものかもなあ……なんて。柄にもなく思っていた時だった。

 

 私の目に、あの橋が映ったのは。

 

「……あったんだ、こっちの次元にも」

 

 ユキに聞かれないように、小さく私は呟く。

 私には忘れられない場所だけど、ユキにとってはどうなんだろうか。

 

 記憶があるとはいっても、それはあの子のものなわけで。

 こっちから、話題にしていいものなのか……。

 

「あそこ、優奈は憶えてる?」

 

 ユキの方から指差されてしまっては、選択の余地などなかった。

 悩みが霧散する感覚の中、足を思い出の場所へと向けていく。

 

「当然でしょ、そりゃ」

 

 秘密のって言うには、ちょっとオープンすぎるけど。

 私とナギにとって、ここはそういう場所だった。

 

 小学校に上がり、子供だけでの外遊びが許されるようになってからの帰り道。

 通行人なんて気にせず、時間を忘れながら。

 夕日を眺めつつ、この場所でよく話をしていた。

 

 恋バナとか、ISについてとか、感想戦とか……それはもう、なんでもかんでも。

 盛り上がりすぎて、気づいたら真っ暗になってて……。

 

 なんて、一度や二度じゃない。

 

「懐かしいなあ、本当に」

 

 記憶が氾濫してきて、それが感情をぐちゃぐちゃにして。つい、そんな感想を漏らしてしまう。

 

 まだ数年しか経っていない筈なのに。

 別次元だから、厳密には違う場所の筈なのに。

 

「優奈は憶えてる? IS学園模試でE判取った日」

「えっと……ああ、うん。よく覚えてるよ」

 

 感慨深さと共に手すりを掴んだ瞬間、悪戯っぽい顔でユキが尋ねてきたので。

 苦笑を浮かべながら、私も答えていく。

 

 忘れもしない……あれは私が中三だった頃。夏のオープンが帰ってきた日の事だった。

 

 国数英がとくにボロカス。理社が辛うじて平均点。

 そのあんまりな点数に親は大目玉、お姉ちゃんは困った顔をして。

 

 いたたまれなくなって、ここに逃げてきたら、ナギがいて。

 

「『私が勉強すると思ったら大間違いだっての!』とか言ってたっけ」

「それは忘れろ」

 

 いやマジで、あの時のことは黒歴史過ぎる。

 それでどうやって受かる気だったんだ……倍率一万倍だぞ。

 

「『縛りプレイしてるだけだっての! ノー勉合格やってやるぜ!』」

「いやマジでやめて」

 

 恥ずかしいなぁ、中二病じゃん完全に……バカすぎて殴りたいとさえ思わない。ただの痛い子じゃねえか。

 

 ていうかナギの奴……ばっちりユキにバトン渡しやがって。

 向こうに行ったら覚えてやがれよ、あんにゃろ……。

 

「でも、あんたは頑張ってたじゃない。勉強もなんだかんだしてたし」

「ダメだったじゃん」

「結果は出したでしょ、おんなじ学校、通ったんじゃない?」

「補欠じゃねえかよぉ」

 

 補欠とはいえ倍率一万倍に受かったし、ナギと一緒の学校に行けたのは事実だよ。

 でも、結局それは最初に望んだものじゃなくって。

 

「望み、か……」

 

 そんなことを考えると、黒歴史の続きを思い出す。

 刃物めいて鋭い、そんな下弦の月が出ていた夜。

 この橋の上で叫んだ言葉のことを。

 

「絶対専用機を手に入れて、誰より強いIS乗りになってやる、か」

 

 あの日、別れ際。

 ナギから「望みを口にするとモチベが上がるしさ、ハイ優奈、今から絶叫!」なんて言われて。

 無茶ぶりだなオイ!? なんて思いながらも、出せる限りの声量で叫んだ言葉。

 

 それを今、ふたたび。

 ささやくように口ずさむ。

 

「できたのかな……なんてさ」

「人の四天王機(ヴァイオレット・ヴェノム)を倒しておいてそれ?」

「だって……守られてばっかりだったし」

 

 頭に浮かんだのは、私を庇っていなくなったひとのこと。

 

「ほら、フォルテ先輩とか……って、知らないか」

 

 ギリシャ代表候補生だった、フォルテ・サファイア先輩。

 ナギがいなくなってすぐの、いちばん無茶苦茶だった頃の私に構ってくれた先輩で。

 自分だって最愛の人を亡くして、辛かった筈なのに――笑顔を向けてくれた人。

 私を勇気づけてくれた、大切な先輩。

 

 絶対にこの人だけは死なせたくない、なんて思ってたのに。

 

「私なんかのために……」

 

 もっと恩返ししたいことも山ほどあったのに。死に際まで、親身になって気遣ってくれたのに。

 結局返せたことなんて、遺言を二つ守っただけ。

 ダリル先輩の隣に名前を書いてくれっていうのと……死体人形になりたくないっていう……ただ、それだけで……。

 

「……フォルテ・サファイア。死体確保優先度A++……神崎優奈に阻まれ焼失、確保失敗」

「えっと」

「一式軍(わたしら)、当時は狙ってたの。あの先輩のこと」

 

 なんて言いながら。

 そっと手を伸ばして、私の手を握ってくるユキ。

 

「もしあいつの手に落ちてたら、どれだけの人間が凍死してたと思う?」

 

 冷たい表情をした先輩が、大量の凍死体を作り上げる光景が頭に浮かんで――瞬時に、背筋がゾクッとしてしまう。

 のちの事を感情に入れれば結局、死に方の違いかもしれないけれど。それでも、そんなむごい死に方をする人がいなくてよかったとも思う中。

 

「だから、私はこう思うわよ」

 

 ユキは少しの間目を瞑ってから、私のほうを見て。

 それから、続きを口にしていった。

 

「あんた、思ってる以上に立派にやれてた(厄介だった)わよ……少なくとも、一式軍側(てきがわ)から見れば」

「そっか」

「だから、胸張ってなさい」

「……うん」

 

 そう言われても、やっぱり少しだけ、納得できない。

 でも、少しだけ、心が軽くなった気がする。

 

「でもまあ……最近の戦績はちょっとふがいないかもね」

「うぐ」

 

 専用機持ちの皆の中で。

 戦績は、下から数えた方が早い私。仕方ないじゃん、覇王狼龍じゃなくって量産アクシア使ってるんだし……なんて思うけど、言ったら碌なことにならない気がする。

 

 それにしても……最後に毒針さしてくるあたりは流石、紫毒の操縦者だなあ。

 

「ナギにもその内負けるかもね」

 

 なんて思っていたら、さらなる猛毒を私に注入してきやがるユキ。

 あの戦いでの功績を認められ、ナギは正式に日本代表候補に昇格。今ではホワイトウィングの再現発展機「烈風機クリスタルウィング」を専用機にしている。

 

「いや、量産アクシアでクリスタルの相手は……」

「言い訳?」

「いえ、なんでもないです」

「ま、せいぜい精進しなさい……でないと」

「でないと……なんだよ?」

「何か奢らされるかもね? @クルーズの一番高い奴とか」

「それは勘弁!」

 

 あまりにも容易に想像できる光景を想像して、帰ったら訓練量を増やそうと決意しながら歩き出す。

 

 思い出の場所、思い出と同じ顔の人。

 でも性格も、やり取りだって全く似ても似つかない。

 場所だって、厳密にいえば別のところなわけで。

 

 だけど。

 ああ、なんというか。

 こういうのも――悪くない。

 

 

◆

 

 つぎに向かった先は、駅の近くにあるアーケード街。

 歴史ある場所で、自分の次元だとよく通った場所だった。

 

「あー、ここはあったけど……閉店してんのかぁ……」

 

 自分の思い出と比較して。

 ここはそのまま、あそこは違うなんてやりながら二人で歩いていると。

 

「優奈、あれ」

「ん? ああ、あにぱかぁ」

 

 ユキが指さした先にあったのは一枚のポスター。数か月前から放置されてるせいか、ちょっとだけ色褪せてしまっている。

 

「こっちでもやってんだねぇ」

 

 あにぱとは、毎年秋に行われる、小樽のアニメイベントのこと。

 なんだかんだ楽しみにしていたイベントだっただけあって、感慨深さもある。

 お祭り状態の町を練り歩くだけでも楽しかったけれど……私自身、結構、がっつり参加してたりもしたわけで。

 

「コスプレなんかもやってたわよね、あんた」

「やってたねえ」

「じゃあ、何のキャラやったのかも覚えてる?」

「もちろん、予言の巫女でしょ!」

 

 予言の巫女とは、私が大好きだった作品のヒロインのひとり。

 十一の妖怪氏族に分割支配された異世界の日本「妖怪国」を襲うとされる危機「大厄祭」。

 それを阻止するために現れた、金髪の少女。

 

 地毛がこんなだから、わりと様になるんじゃないかなーと思って選んだけれど。

 

「今思うと、ひっどいチョイスよね」

 

 この予言の巫女、まぁそりゃ作中散々な目に遭いまくる子だったわけで。

 親友目の前で亡くしたりとかもしてた――なんて考えたけど。

 

「でも、予言の巫女と一緒で……私にも、確かに救いはあったんだよ」

 

 ユキの方を向いていると、自然とそんな言葉が漏れていく。

 

 作中、彼女が好きな人と出会えたように――私だって、こんな素敵な友達と会えたんだから。

 

 ああでもちょっと恥ずかしいなこれ。

 

「好きな人と通りを歩いているこの時間が、私にとってはかけがえのない時間なのです……なんて」

 

 照れ隠しなのか、恥の上塗りなのか。

 自分でもわからないけれど。

 

 とりあえず、作中の言葉をもじってみたら……。

 

「あのさ」

「ん、何……?」

 

 しばらく沈黙が続いて。

 それから、ユキが口を開くと。

 

「あいっかわらず似てないわね……あんたのそれ」

 

 溜め息混じりにそんな、呆れ口調かつ辛辣なコメントをぶち込んでくる。

 

 ああなんか、いやーな事思い出しちゃった……。

 

「そんなんだから予選落ちなんでしょ」

 

 心のシールドエネルギーがごっそり減る音が、私の中で鳴り響いていく。

 

 ええ、覚えてるとも。

 

 それもばっちりと。

 

 調子に乗ってコンテストのほうにも出た私は、ユキの言う通り本戦前に門前払い。

 しかも審査員の一人が言ってきた言葉が……。

 

「妖怪国の前に自分も救えなさそう」

 

 その言葉を言われた途端。

 羞恥と負けず嫌いな性格と、なんかいろんな感情が一気に自分の中でぐちゃぐちゃに混ざって。

 

「おいコラぁ! なんでそんな事まで覚えてるんだァ!!」

 

 審査員に食って掛かった時のような叫び声を、往来で上げてしまう中。並行して頭に響き渡るのは。

 

『来年こそ予選突破してやるからなァ!』

 

 あの日、ナギへと涙目のまま言い放った言葉。

 翌年はIS学園受験で出られなかったし、もう数年前だし。さらに言えば、吠え面かかせたい相手だってもういないけれど。

 それでも、私は。

 

「出てみるか。また近い時期になったら、ここに来てさ」

 

 媒体は違ったけど、あの作品がこっちにもあるのは調査済み。

 だったらまた同じキャラで、今度こそ。

 いつか向こうで、しれっと自分は優勝した勝ち逃げ女に――やればできたんだよって、自慢するためにさ。

 

「いいんじゃないの。それで満足するなら出ても」

「何言ってんの、ユキも出ようぜ?」

 

 いつか、ここではない何処かでのリターンマッチの予行練習じゃないけどさ。

 そんな気持ちを胸に抱きながら、私は隣にいるユキの手を取ろうとした時だった。

 

「……あれ、あの写真って」

 

 写真屋の店頭に飾られた写真のうちの一枚。

 そこに写っていたのは、数年前と思しきコスプレコンテストのもので。

 しかも。

 

「うげぇ、こっちのナギも優勝してやがる!?」

「まさかキャラ選択まで一緒だなんてね……」

 

 思わず素っ頓狂な声を上げた私のすぐ隣では、ユキも驚いていて。

 しばらくじっと、その写真を眺めていたら。

 

「……ははっ」

 

 何でか知らないけど、自然と笑いがこみあげてきた。

 ああ、私の幼馴染の顔ってめっちゃ強かったんだなあ……知ってたし、今も隣で思い知らされてるけど。

 なんてね。

 

◆

 

 買い食いしながらあちこち歩いていると、もう日が暮れる頃。

 帰りの飛行機まだとってないし、今から東京に戻っても深夜になっちゃうしなあ……なんて思って。

 

「今から帰るってのもなんだし、泊まる場所探――」

 

 と、夕焼け空を見上げながら尋ねた時だった。

 

「ちょっといい?」

「どうしたんだよ急に?」

「どうしても……寄りたい場所があるのよ」

 

 かなり強引に手を引かれて、駆け出されて。結構、ガチめに困惑してしまう。

 

 一体何なんだよ、とは思いながらも。

 この街に来ること自体向こうが提案してきたことだし、よっぽどなんだろうとも思って。

 大して抵抗もせず、そのままついていくことにして。

 

 そうして、走ること数分。

 

「なあユキ、この道って」

 

 数度角を曲がり、観光地から離れた場所に差し掛かったあたりで、つい我慢できずに口を開いてしまう。

 この辺りは私にとって、絶対に忘れられる訳のない場所だったのだから。

 

 さっきまで巡っていた場所よりも、遥かに。

 

「あんたの想像通り、よ」

 

 今にもかき消えそうな声での呟きが、私の思考を裏打していく。

 やっぱり、そうなんだ……。

 

「着いたわ、優奈」

 

 目的地へと足を踏み入れ、それからユキは私の方へと向き直る。

 そこは、だだっ広い公園だった。

 遊具設備も充実していて、きっとここでナギと一緒に遊んだんだろうなあ……ガキの頃にさ。

 もし、私の次元にもあったらの話だけど。

 

「楯無さんの言う通り、なんだなあ……」

 

 今日一番の寂しさが口を乗っ取り、言葉を紡ぎ出していく。

 私の知っている小樽の、ここにあった建物。

 それは明治に建てられた歴史ある教会で、名は「神崎教会」といって。

 つまりは、私の家があった場所だった。

 

 

「……………………2023年3月19日、午後5時54分」

 

 不思議な感覚を味わっている私の横で、長い沈黙を保っていたユキが唐突に口を開き、告げてきた時刻。

 その日付は私にとって絶対に忘れられないもので。

 

「鏡ナギは、ここで死んだの」

 

 何を言われるかは分かっていたけれど、覚悟は全くできていなかったから。

 言われた途端に、息が止まってしまって。

 頭が真っ白になって、何も考えられなくなる。

 

「苦しいなら、やめとく?」

 

 だけど……その言葉だけは、絶対に違うと言いきれるから。

 動悸が治まらないまま、ただ小さく「続けて」と必死に声を絞り出し、答えていく。

 

「かくれんぼで地下倉庫に隠れた時の事。覚えてる?」

 

 無言で頷く。

 小学校の頃、家で友達みんなと遊んだ時。ナギと一緒に隠れて。

 絶対ここなら見つからないねって言いながら、ナギが見せてくれた笑顔。こっぴどく怒られた時の、むくれた顔。ふたりで慰め合った時の泣き顔。

 全部全部、今でも鮮明に思い出せるんだから。

 忘れてない、忘れられるわけがない。

 

「再襲撃が起きた時、ナギはちょうどこの辺りにいて、それで……」

 

 思い出を頼りに、逃げて。

 機を見て自力で脱出しようとしたのか……と、心で付け足す。

 

 実のところ、地下室はそれなり以上に広く頑丈だった。だからナギのとった選択自体はおかしなものじゃない。それどころか最善の選択だったと言い切ってもいい。

 

 敵に私の身内(お姉ちゃん)がいなければ、の話だけれど。

 

「しばらくして、テールブレードが風を切る音が聞こえてきて。ダメかもしれないって思ったけど、すぐに去っていったのが分かって」

「……そっか」

「そのすぐ後に、誰かの足音が聞こえてきた」

 

 あの時、私は何をしていたか。

 覚えてる、必死に探しながら戦ってた。ゴーレムを切り裂き、ダーク・ルプスを仲間たちと倒しながら。

 

 声の続く限り、ナギの名前を呼びながら。

 

「助かった。あんたに連絡しようって、思った……でもね」

 

 酷く心が揺れている中。ユキの言葉を、一字一句漏らさず拾えるのだけが救いだった。

 

「外に出たら、動いてる死体がいたのよ。それもとびきり最悪な奴が」

 

 言いつつ、ユキは羽織っていた上着を脱ぐ。

 何を見せるつもりなのかは、分かっている。

 今も全身に残る弾痕――そのうちの、右肩にある奴だろう。

 

「最初に貰ったのがここよ、ここ」

 

 その時のナギの事を思ってみても。

 悲しそうに笑うユキの声も。

 

 全部が、私を締め上げる。

 

「『なんだよ、結構当たるじゃねえか』だったわね、げたげた笑いながら。一発目、当てた後言った言葉」

「……何が結構当たるだ、腐れゾンビ野郎が」

「実銃授業、あいつ糞エイムもいいとこだったもの」

 

 クラスは違ったから見てないけど、想像に難くはなかった。

 ちょっと前までなら、これも怒りに変えてぶつけられたけど。生憎、その機会にはもう恵まれそうにないし……あってたまるか。

 

「反撃しようとした時、撃たれたのが右手の傷。次に撃たれたのがお腹」

 

 平坦に述べていくユキの言葉と、もう知ってる傷痕の数々。

 それらを材料にするかたちで、想像してしまう。

 

「血が止まらなくて、倒れて最期は失血死」

 

 最悪で、孤独で、痛くてたまらなかっただろう。

 幼馴染の、最期を。

 

「不意打ちで教えたことは、謝る」

 

 こんなこと、自分から「教えて」だなんて言えない。

 ユキだって、相当勇気がないと口にできなかっただろうし。

 だからユキの目をしっかり見据えて、はっきりと言葉にした。

 

「話してくれて、ありがとう」

 

 また沈黙が流れそうになって、私は慌てて付け加える。

 

「でも、どうして教えてくれたの?」

 

 別に言わなくても、いいことなのに。

 それに、あの日の事はユキにだって、辛いことだと思ったから。

 

「……今日で、ちょうど三年目だから」

 

 スマホを取り出し確認するけど、日付は全然別のもので困惑していたら「私が経験した日数だとそうなのよ」と追加してくれて。

 

 それから、ユキは続きを紡ぎ出していった。

 

「命日が近くなってから、最近……夢で、見るようになって」

 

 その重い言葉に、絶句する。

 私が呑気に寝ている間、どれだけ隣でこの子は苦しんでいたのか。アホさを恨む言葉が無限に湧き出る中をかき分け、必死で言葉を掬い上げようとする。

 

 けど、何も形にできなくて、もどかしくて。

 

「あの子、あなたが生きてくれることを願って。でも本当は自分も隣にいたかったなあって、そう考えて……この世を去ってね」

 

 冷たい風が吹きすさぶ中、告げてきた事実。

 それはすでにこっちのナギ伝手に聞いていて、知っていたけど。

 

 同じ身体の少女が、涙を浮かべながら話す姿は、想像以上に辛い。

 

「だから、ナギの代わりに……代わりにならなくちゃって、思ってた」

「なんだよ、それ」

 

 代わり、代わりって。ならどうして名前を欲しがったんだよ。

 と言おうとしたけど。

 

「でも、私って結構強欲で……早い段階から、気づいてた」

 

 そんな言葉で邪魔されて。

 

「優奈と同じ時を過ごしたい――それは私の、ユキの願いだって」

 

 そこまで私を思ってくれたことに、思わず嬉しくなって。

 

「だから楽しかった……あなたとユキとして隣にいられて」

「ならそれでいいじゃん! ユキはそれでいい!」

「けど最近……ナギが咎めるみたいに、何度も同じ夢を見てさ」

 

 同じくらい、弱々しい今のユキの姿が、見ていて辛くて。

 

「どうしようもなく欲深い自分が嫌になって」

「何言って……」

「だから……ここから先は、ナギになる事に決めたんだ」

 

 言ってることはあまりに滅茶苦茶だってのに。

 夕日に彩られる中、黒い髪に縁どられたその笑顔が、放たれた言葉が。

 本心を押し殺してる癖に、やけに眩しくて――思わず、一瞬見惚れてしまう中。

 

「もしかして、今日の昼までの場所巡りって」

 

 突如思い当たったことが口から、そのまま漏れ出してしまう。

 別にここに夕方来るだけなら、もっと遅く出ればいいのに。

 

 朝から出かけたのは、ユキとしての自分に別れを告げる前に。

 少しでも、私に覚えてもらうために……。

 

「アーケードでの言葉、本当は凄く嬉しかった。夢みたいだった」

「だったら」

「ダメ」

 

 短い言葉でぴしゃりと切り捨てつつ、目を閉じたユキは。

 そのまま後ろを向いて。

 

「さよなら、優奈」

 

 背中からでも――見えないけど見える、今のユキの顔。

 それを想った途端、もう我慢なんてできなくなって。

 

 私は、彼女へと駆け出して。

 

「ごめんね」

 

 強く強く、消えかけそうなユキという女の子の全てを。ただひたすら、必死になって抱きしめる。

 何か言っていたようだけど、ちょい前までさんざん言葉を続けたんだ。

 

 だからさ――今度は私のターンだろ?

 

「私、死んだことないし、そんな記憶ないからさ」

 

 箒達なら、上手く察してあげられたんだろうね。

 セシリア達なら気配り上手いし、そんなのなくたって察せたんだろうね。

 

「ずっと苦しんでたのに」

 

 でも私は神崎優奈って、アホな小娘で。

 大好きな友達がこんなに辛いって言ってるのに。

 

「気づけなくって、本当にごめん」

 

 あの日の決戦の時、機体がボロボロなのにも気づけずに。

 何も考えず「一緒に行こう」って言った時から何も変わってないな、私。

 

 どうしてこう無神経なんだって、自分でもイヤってくらいに思うけれど。

 

「けど……ユ(・)キ(・)」

 

 だったら、それならと思いつつ。

 目を瞑り、強く決意を固めてから私は。

 

 三日三晩マジで悩んでつけた名前を、強く強く呼びながら片手を離して。

 

「アホかあんたは!」

 

 無神経なりに、こいつをこの世に繋ぎとめてやるべく。

 まず手始めに――頭をぱちこんと叩いてやった。

 

「いった!? 何すんのよ! てか何で!?」 

 

 いきなりの平手打ちと怒声に驚きつつも、ユキが振り向いてくる。

 うん、そうでなくっちゃ。

 

「なんでもクソもあるか、バーカ!」

「ば、馬鹿ってあんたね……」

 

 呆けた顔しちゃってさぁ。

 まぁ、さっきまでの顔より何倍も可愛いからいいけど。

 

「ナギになる? できるわけないでしょそんな事!」

「いや、でも私は……記憶と身体が……」

「だから何だよ!」

 

 感情知ってたら似せられるというなら、私の予言の巫女はもっといい点とれてたし。

 見た目が同じなら同じだっていうなら、ここは別次元だけど故郷だって事になるし。

 

「似てない物真似じゃ全然納得できないんだよ!」

「その似てない物真似でギャン泣きした癖に……!」

「あんときは似てたから!」

 

 完全にガキみたいな反論だなあとは思うけど。

 実際、あの慰霊碑の前での言葉はナギそのもので。言われて凄く嬉しかった。

 でもね。

 

「二度とやらないって言ってただろ! 自分で!」

 

 今思い返してみると、だけどさ。

 本当に嬉しかったのは、その言葉も含めてだったんだ。

 

 デートして腑に落ちたとか言ってたけど、それも今考えると強がりで。

 本当はどこまでも、私はナギの死を認めたくなくて。

 

 でも、あの留(・)守(・)録(・)のあと、ユキがそう言ってくれたから。

 

 やっと我慢できなくなって、泣くことができたあの時。ようやく止まっていた時計の針が動いたんだ。

 

「だから、二度目は絶対許さないし」

 

 だから、もう一度。

 ちゃんと言ってやるよ、ユキ。

 

「何より私、勝手にいなくなられるのなんて嫌なんだよ! 寂しがりだから!」

 

 そして、息を大きく吸ってから。

 

「私はユキが好きだ! ナギだって好きだった! どっちも同じくらい好きで、素直な時が特に好き! でも偽物は勘弁! だからこそあんたはユキでいてほしい! 分かった!?」

 

 こんな時に「ナギよりユキが好きだよ」なんて言えたらいいんだろう、なんて自分でも思うけれど。

 そんなのは結局、ありきたりなおべっかで。

 真実私が思ってることはこうなわけで――ああもう、ダメだ! 

 柄にもなく考えてたら、なんか頭がグルグルしてきた……。

 

 ていうか……あーもう。

 冷静になるとクッソ恥ずかしいな、これ。まるで告白じゃん……。

 けどまぁ、言いたいことは全部叩きつけてやったかな。

 

 どう返してくるかまでは……正直、分からないけれど。

 

 

 

「…………」

 

 俯き黙っているユキを見ていると、不安の方が大きくなってくる。

 どんな顔してるんだろう、なんか怖くなってきた……。10億ダメージのビーム防いだ時だって、こんな怖くなかったってのに……。

 

「えっと、その……いろいろ勢いで言っちゃってごめ――んぐぅっ!」

 

 気まずすぎて、取りあえず放った謝罪はしかし。

 瞬時加速めいて、いきなり距離を詰めてきたユキの唇で塞がれてしまって。

 

「んむう!?」

 

 なんだこの展開!? と驚く暇もなく、続けざまに強い抱擁がやってきて。

 

「ぷぁ……ちょ、ちょっと待って……なにこれいきなり……」

「素直なのがいいんでしょ」

「……はい?」

「だから……欲望のままに貪ってみたのよ」

「えっと、ユキさん……?」

「もういいでしょ? 充分言ったわよね? 次は私の番」

 

 私の顔を直視してくるユキの目はいつものクールさも、さっきまでの不安さもなりを潜めて。

 顔の方は耳まで、熱に浮かされたような色に染まっていて。

 

「最初に言っておくけど、もう遅いから」

「へ……」

「これから先、私なしじゃ生きられないようにしてやるから」

「それってさ、実質プロポーズ……」

 

 何言ってんだ、どう考えてもそうっていうか……さっき告白まがいの事したのは私が先っていうか……。

 嬉しさと恥ずかしさとが融合していて、もう何が何だかわからない。

 

「そう受け取ってもらって構わないわ。もう離れるのは無理だって、そう理解してもらえるならそれで」

「う、うん……」

「この子と一緒で……そういう猛毒だもの、私」

 

 自分の専用機(ミサンガ)を私に見せるユキ。

 機体名が機体名だけに上手いこと言ったつもりかよ、なんて思わなくもないけど。

 

 今はあえて、乗ってやることにして――言葉を返す。

 

「別にいいよ、もう毒塗れだし」

 

 ちょっとクサいかなと思いつつ。

 でも「毒」と言われたら、こう返すしかないような気はしていて。

 

 ナギを想う度、あったはずの未来が溢れて。

 ユキを想う度、これから先の未来を求めて。

 ずっと私は、この飢えた猛毒に一生蝕まれ続ける。

 

 

「でも、きっと」

 

 そのおかげで私はまた笑えるようになって、生きる意味を見つけられて。

 今日だってこうして、生きていけてるんだから。

 

 全くナギの奴、とんでもない劇物を最期に遺して逝きやがって……。

 

 

「何笑ってるのよ」

「なんでもない」

 

 そう言って笑った時、急に気付く。

 ナギの命日ということは、つまりユキが生まれた日でもあるわけで。

 あのゾンビ野郎はお祝いなんて絶対してなかっただろうし……うん、やる事なんてひとつだ。

 

「ねぇユキ」

「なに?」

「とりあえず、まずは宿とろっか」

 

 それで荷物置いたら、次は店閉まる前に買い物だな。アーケードのあの店、閉まるの早いし。

 なんて思いながら、愛する人の手を取って歩き出す。

 喪に服すよりもバカ騒ぎを優先したくなるあたり、さっそくユキにおみまいされたのかもしれない。

 

 でもさ。

 お祭り(エンタメ)好きで、いつも明るくて。

 私の隣にずっといてくれた。

 そんなあんたなら、許してくれる。

 

「だろ……ナギ?」

 

 いつの間にか夜の帳が下りた空を見上げて、そっと放った言葉。

 それは誰にも聞かれることなく、夜風に溶けて消えていった。

 

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