⊿<デルタ>。少年を三角形の内心、言い換えれば重心、外心、垂心に移動させ男たちが少年を等距離に囲む。高度な連携を必要とする玄人向けの陣形だ。厄介な所は三つ。一つ目は少年と男たちとの実力が拮抗している限り、少年は逃走できないこと。二つ目は常に一人は視界に入れることができないこと。三つ目は少年に息つく暇がないことだ。主格と思われる男が少年の正面から向かってくる。顔に拳が迫る。
「しっっ」
少年はしゃがむことで回避。お返しと言わんばかりに相手の脛に蹴りを見舞う。ガッと鈍い音が響き足に痛みが走る。怯む間もなく左後方から回し蹴りされる。たまらず腕で防御。衝撃を緩和するために足の力を抜いて、吹き飛ばされる。待ってましたと今まで傍観していた男が掌底を放つ。体を限界までねじりかする程度にとどまった。
「オジサン、鉄板仕込んでたでしょう! 足痛いんだけど! 」
「悪いな、いい一発だっただろう。言っておくけど俺はオジサン呼ばわりされる筋合いはない。ピッチピッチの二十代だ! 」
「老け顔なんかにやられてたまるか! 」
「ほざけ」
言い合いをする中でも四人のダンスは続く。一つの完成した演武のようだった。生憎金を払う観客はいなかったが。大木の如く立ちふさがった男が拳をふるう。幾何か余裕を持って躱す。男の後ろから唐突に衣が舞う。それに注意をとられ死角から接近される。足音に気づくも鋭いハイキックがみぞおちヘ、力を分散させるために腕と相手の足の速度、角度、受ける部位を選択。滑らかにしなる柳を受け流し体勢を整えようと後退する。しかしすぐさま追撃が追り、強烈なタックルがまともに入る。意識が一瞬飛び、足首を掴まれ、天地が裏返る。
___やばっ!
今絞め技をされたらジ・エンドである。だが予想以上に握力が強く全く外れない。焦る少年は自由な方の足で拘束する野郎へ手加減なしの蹴りを放つ。この一撃が当たれば相手の首はへし折れるだろう。けれどもそんなこと知ったこっちゃない。負けるわけにはいかない。謎の焦燥感にかられ素面の状態では考えられない暴挙を起こす。さすがに相手も命に関わる一手に動揺したのか、少年の足を放す。支点を失った上に無理な体さばきのせいでバランスを崩した少年は地面へと墜落。額、側頭部から赤い雫が流れる。少年の発する雰囲気もあいまって、さながら彼は鬼のようであった。
終わらない舞踏。明らかに少年にとってジリ貧であった。少年は弱者ではない。強者の部類であろう。本人は意識していないが天賦の才を持つほどにだ。しかし天才と雖も、実戦でしかも己より強い相手に戦うのは不利だ。それに少年は初めてHSSになったのである。上手く使えるはずがない。父に習った技術、奥義も使用できないのだ。初めて尽くしなのである。
___このままだとやられる!
状況は変わらず少年が攻められるままだ。体にガタが来はじめ、このままではいずれ少年のスタミナが切れ敗れるだろう。
___一人一人の実力は大したことはない。向こうも決定打がなさそうだし、このコンビネーションを崩さなきゃ!
消極的な姿勢から一転して積極的に攻めていく。飛んできた拳をダメージ覚悟で受け止める。
「いっつっっ」
鋭い痛みが奔るが気合で我慢する。己を含めて一人一人の位置を確認。今やろうとしていることには、シビアなタイミングを要するがなにも支障などない。
___今の僕には何でもできるのだから。
湧き上がり続ける力に身を任せる。相手の腕を掴み絞め技をすると見せかけて、フォローしてきた攻撃に合わせて拘束した体を差し出す。
「「ぐあっ」」
同士討ちは成功した。急所に入ったのですぐには動けないはずだ。千載一遇のチャンス。
___残るはあいつ!
勝ち筋が見え、少年は興奮していた。それにひどく楽しかった。身にガンガン来るスリルがたまらない。あとはなぶるだけ。
___さんざん痛めつけてくれたんだ。どうしてくれようか? ...とりあえず半殺しかな。
本人は否定するけれどもこのとき少年は狂っていた。痛み続ける頭。限界に近づきつつあり戦闘が一区切りついたと認識したためか、張りつめていた糸はほどける。視覚、聴覚、ありとあらゆる感覚が鈍り無防備な状態になる。若き獅子は油断した。そのときだった。後ろから何かが迫って来るのを少年は察知し、反応が遅れたけれどもぎりぎり避けた。
___椅子!?
そんな物が投げ込まれた理由が分からなかった。なぜならこの場には少年を含め四人しかいなかったはずなのだ。あり得ない。驚愕している間にまた何かが飛んできた。少年は体勢が崩れていたため迎撃するしかなかった。振り向き様に殴る。拳に痛みが奔った。少年のランドセルだ。どうやら金具の部分に攻撃したようだ。再び驚き体が硬直する。僅かな時間で見慣れない人が近づいてきた。悪あがきにパンチをする。それにより相手のフードが外れた。少年の思考は停止した。体にもわずかな力さえ入らなくなり、先程までみなぎっていた戦闘の意欲さえ消えた。頭に疑問があふれる。疲れ切った脳はそれ以上働いてくれない。
___どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして...あのときのお姉さんがいるんだ!?
今目の前にいる女性は少年の顔見知りで、喫茶店でお茶をした仲であった。無抵抗なまま素早く背後へと回り込まれ、少年は背中に柔らかい感触を感じた。
「ごめんね」
少年が言葉を発する暇もなく首に衝撃を受けた。きれいなソプラノであった。
___ランドセル、大切にしとけば...
現実逃避気味に的外れなことを思いながら、少年の視界は暗転した。