書き散らかした奴(一話完結・短編)   作:コリブリ

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姐さんマジ姐さん。

※オリジナル設定多用、気にしない方のみどうぞ。


東方project
ひじりんまじじりひん


「痛い」

 

 鬱蒼と木々が茂る森の奥、その場所だけは木々が天窓の様にぽっかりと口を開いており、太陽に照らされているその中心にはぼろ雑巾の様な人が倒れている。

 服は甚平の様な裾部が短い着物なのだが無理やり千切られたのか胸板部から肩部にかけて大きく破れ開いており、裾は引き摺られたかのように縮れている。 所々に見える素肌はひっかき傷、殴打による痣で埋め尽くされていて、もはやボロボロ以外に形容の仕方がない程だ。

「ぅ、おぇ……ぐ……ぁ」

 辛うじて漏れ出た言葉は意味を成さず、同時に口から溢れ出る液体には赤い模様が混じっている。 言葉と共にどうにか仰向けの状態からうつ伏せになり立ち上がろうとするも指はおかしな方向へと折れ曲がり足は骨が砕けていて立つこともままならない。

 乱暴をされた後であるのは明らかで、顔だけはとうずくまり守ろうとしたのか、背中には草履の足跡が無数についていた。

 

「どぉして」

 

 立ち上がる事を諦め楽になろうと再び仰向けになったぼろ雑巾は誰に問うでもなく言葉を紡ぐ。

「何でこんな事に」

 何を映すでもない瞳はただぼんやりと空を視る。 晴れわたる空には雲がてんてんとしていて、丁度半身を太陽から遮る様に陰る雲。 影に晒された素足の皮膚は段々と傷を癒していく。

 それはただの人であるならばあり得ない治癒速度だった。

 

「痛い」

 

 ――何刻経ったか、目立った外傷は全て塞がり今すぐに駆ける事は適わずとも立ち上がる事は出来るはずだった。 しかしそれを許さないほどの大きな傷がまだ回復していないのだ。

 

「痛い」

 

 役目は終わったと言わんばかりに陰っていた雲は陽の元を離れて行く。 日の光に晒された雑巾はそれが悲しかったのか喚き始めた。

「もう痛くないのに、痛い……痛いよ……う……あぁ……」

 決壊した水溜の様に目からは大粒の涙が溢れ出していく。 どうしてこうなったのか、なんで僕だったのか、全く整理されていない慟哭が人気のない森に木霊する。

「僕はただみんなと過ごしていただけで、なんでみんな……どうして僕は」

 それも暫くすれば落ち着いてくる様で段々と意味の分かる言葉を紡ぎ始める。 しかしぽつりぽつりと呟かれた声には黒い色が含まれていた。

 

「僕はきっと、あの雲だ。 みんなにとって厄介者で、邪魔なだけ」

「陽を覆い隠せば罵られる」

「そうだ、僕は忌らない子なんだ」

 

 世界を呪うかの様に紡ぎ出される言葉たちは自分を縛る鎖となり呪縛となる。 まるで

 全ての呪詛を吐き出すには時間がかかった、人が既にいないはずの森で誰かがその声を聞き届ける程に。

 

「あなたはいらない子ではありません」

 

 雑巾に声を掛けたのは作務衣と言うには少しひらひらし過ぎた服を着て、少女とも成人女性とも伺えるあどけない顔をした女僧侶であった。

「だれ?」

 短く紡がれた雑巾の言葉に微笑みながら近づいてくる女僧侶。 歩く姿は竜胆の花の様に凛々しく怪しく、笑顔は水仙の花の様に明るく咲き誇っている。

 傍に寄り、膝を着き、白く透き通った手で落ちている雑巾の手を取り言った。

「いらない子ではありません。 あなたは少しだけ……そう、少しだけ、勘違いをされてしまったの」

 そう嘯きながら取った手を摩る。 女僧侶は、あなたは悪くない、間違っているのは世の中だ、と耳元で何度も何度も繰り返す。 呪縛で絡まっていた何かを解いて行くように。

 すると雑巾の顔は少しずつではあるが穏やかさを取り戻して行く。 暫く繰り返された甘言は終わり、締めとばかりにこう囁く。

「痛かったのでしょう、ここが」

 女僧侶は丁度胸元であるそこ――心の臓をトンと叩く。

「痛かった。 とても、とても痛かったです」

「であるならば、あなたは何も間違っていない」

 怯えた子供をあやす母親の様に、誤った事を正す姉の様に、どこまで優しい口調で続ける。

「本当に傷ついていたのは心。

 目には見えないけれど、確実に存在するもの。 心の痛みを理解出来るのなら、あなたは間違っていない。 本当に間違っているのは……」

 女僧侶の口からその先が紡がれることは無かった。

 言いたい事が分からない様子である雑巾はそれでもそれまでの言葉に安堵の表情を浮かべている。

「最初の問いに答えましょう、私の名前は聖白蓮。

 あなたのお名前は?」

 女僧侶改め聖白蓮は取っていた手をゆっくりと降ろしながら雑巾の胸元へと置き、問いかけた。

「僕の、名前は――」

 雑巾は咄嗟に答えようとしたが躊躇う様に声が尻すぼみになる。

 

「――お前なぞ儂の子ではないわ、このッ――」

 

 雑巾が雑巾たる所以、乱暴を受けていた時に聞いてしまった言葉が頭の奥から心を掴んだ。 反響し、耳にこびり付く。

「名前は、ありません」

 何とか絞り出す言葉は訳ありだと叫んでいる。 しかし一度拒否された場所、再びあの陽の元へと、穏やかに過ごせていた日々へと帰る事は出来ないのだと幼い精神でも察していた。

 故に名は無い、雑巾である。

「そうですか……あなたはご自身を雲だと言っていましたね?」

 多くの呪詛を吐き出していた時に言った言葉を聞いていた聖白蓮は、良い事を思いついたと言わんばかりに結んだ手をもう片方の手へと一度乗せた後人差し指を天に向ける。

「あなたは雲、そしてここは山……雲山、あなたの名は雲山です」

 一刻後、その場所にあった二つの影は姿を消していた。

 

 

 雑巾改め雲山は現在寺の本堂。 奥は暗く、蝋燭の火が白蓮と異形の姿をした者と雲山を淡く照らす。

「ではまだ、傷ついたらお越しください」

「ありがてェ、ありがてェ」

 びっこを引きながら寺から出て行く異形の者を白蓮は手を振り笑顔で見送る。 それが終わると雲山の方へと向き直りこう言った。

「では、お茶にしましょうか」

 雲山は、はい、と簡潔に答え沸かしていたお湯を茶葉でこし、渋みの強い香りが漂うお茶を白蓮へと渡す。 受け取った白蓮は一息つき目で促すように雲山を見る。

「雲山、あなたは一月ほど私とこの寺で過ごしましたが、どうですか?」

 とても曖昧で宙に浮かぶような質問の仕方だが白蓮は普段からこのような言い方しかしない。 それは相手を尊重し自由意思を縛らない心根からの問い方だった。

 それに少しだけ慣れていた雲山は思案する素振りを見せたあと意図を汲み取りこう答える。

「俺が感じたのは視線、妖怪からの視線です。 こちらを伺う様な、嫌な物を見てしまったという空気。

 あとは、そうですね、白蓮がちょっと信用し過ぎだと思いました――妖怪を」

 異形の者、それは妖怪。 この寺は万物に対し平等であり人も、神も、妖怪ですら須らく受け入れる。 特に力を注いでいるのはあまり力を持たない妖怪を人間の迫害から守る事であり、人と妖との融和だ。

 寺に来る者は殆どが妖怪で、一部それを知らぬ人がぽつぽつと来る程度。 いずれ妖怪を受け入れてる事を知った人間は来なくなるだろう。

「俺達人間は妖怪相手に、不意打ちならまだしも対峙してしまったら為す術はないです。 白蓮は俺が身を挺してでも守りますが、ある程度の警戒心は持ってほしいですね」

 白蓮の在り方は危うい、人を信じ、妖を信じ、全ては平等だと振る舞う。

 そんな白蓮は雲山の物言いに少し悲しげな表情を浮かべながらも、白蓮を思っての言に嬉しそうに瞳を閉じながら言った。

「ありがとう、雲山。 でもそんな必要はないのです。 彼らもまた道に迷ってしまっただけ、あなたの様にね。

 だから私はそれを導くの。 雲山は武器を持たなければ守れないと言いますが、武器を持っていたら抱きしめられないでしょう、違いますか?」

「白蓮……」

 妖怪が聞けば不遜、馬鹿、他になんと言うだろうか。 それだけ人の理から外れた考えに雲山は諦めにも似たため息をついた。

「それが白蓮の考えなら俺は賛同するよ。

 ――でも白蓮が持たない警戒を、俺が代わりに持つ……人間に対してもだ」

 そう鋭く言い放った雲山の目は濁っていた。

「……まだ、信じられませんか。 妖怪を、そして人を」

 瞑する雲山は何も答えない、答えられなかった。 白蓮に拾われた日に受けた乱暴は、雲山が住んでいた村の者達によって行われた物だった。

 雲山は乱暴を受けた理由がまだ分かっていないのだ。 薪木を取りに行けと親に言われいつもの山の麓で探していたら突如として数人の男たち――村の者に襲われ森の奥地に連れて行かれた。 暫くして村の者達が集まり突如として雲山に暴行を加え始めたのだ。 そこには自分の父親も加わっていた。

 もし白蓮に助けられていなければ動けずにそのまま獣か妖怪か、血に誘われた何かの腹の中だったはずだ。 雲山はこの事から深い人間不信も陥っており、従来持ち合わせた妖怪への忌避感と共に信じれる物は白蓮以外には無くなっていた。

「とても悲しい事です。 ですが雲山ならきっと乗り越えられると信じています、あなたなら」

 雲山は白蓮から、あなたなら出来る、そう言われた気になり薄く頬を染めながら気恥ずかしそうに言った。

「嗚呼……こんな日が続いていくんだろうな」

 

 その言葉通り、白蓮と雲山の居る寺は何事も無く――妖怪の手当ては何事ではない――一月、また一月、一年、二年と年月を重ねて行った。

 

 年を超え、一つ積み重ね、くり返して行く内に小柄だった雲山はどんどんと大きくなり成人といって差し支えない程の容姿になった。 そんな中でも白蓮は同じ笑顔に同じ考えを保ち続けて来た。 しかしそんな白蓮でも一部の成長は止められなかった様だ。 雲山と出会った時は慎ましやかだった胸元は明らかに大きくなっていて、雲山は何となく意識して視線を送ってしまっていた。

 そんなとある昼下がりの寺本堂。

「……」

「雲山、どうかしましたか? 視線が……その……」

 すずりと筆を持ち出して和紙に何をか書いていた白蓮は一部位に注がれる視線に気づいた。

 ハッとして首を振る雲山、不味い所を見咎められたといった様子でしどろもどろになりながら俯きつつ言葉を紡ぐ。

「い、いえ、そろそろ白蓮も新しい作務衣にしないと、あの、キツそうだなと思っていました」

 何とか紡いだ言葉は明らかに胸を見ていたと自白する内容だった、これはいけないと思った雲山は顔を少し上げ上目で白蓮を見た。

「確かに少々寸法が合わなくなっているみたいです、また町で仕立て直して貰いに行かなければなりませんね。

 雲山はどうですか? また少し大きくなっている様ですが一緒に直して貰いましょうか」

 白蓮は雲山の言葉を疑う様子も無く信じた。 このような所が雲山に心配されている部分なのだが今回ばかりは助かったと息をついている。

 問われた事だが雲山は日を追うごとに大きくなっているのではないかと思うほど見事に成長している。 ついでなのだからと白蓮に念を押された雲山はこれを承諾した。

「では午後にでも行ってまいります。 今日の説法は二回でしたか」

「ええ、午前に妖怪、午後に人間の団体様です」

 以前の雲山であれば団体などと聞けば警戒しただろう、しかし最近では白蓮の考え方に頷きつつも心では否定すると言う背信にも似た行為に違和感を覚え無くすよう努めて来た。 それでも心に強く根付いた不信感は払拭されずわだかまりを抱えつつも信じようと努力はしている、評すならそんな所だ。

「わかりました、なるべく早く帰る様に努力いたします」

「ふふ、頼みましたよ」

 そんな考えを見抜いているかのように不敵に笑う白蓮、そんな一つ一つの動作にも華がある。

「所で白蓮は何を書いていたのですか?」

「これを見てください! どどん!」

 掲げるように見せた和紙には『今、出家がナウい!』と書いてあった。

「これを今日の団体様に見せれば出家間違いなしです!」

 腰に手を当て胸を強調する様に鼻を鳴らす白蓮。 雲山はそっと白蓮の頭を撫でた。

「ふぇ……?」

 

 午後になり雲山は山を降り、近くで一番大きな町の呉服屋に作務衣の仕立て直しを頼んだ。

「流石に作務衣で胸元をこれ以上と言うのは難しいですね、少し作務衣とは異なりますが流行り物に仕立てておきますよ」

 なんと呉服屋が音を上げる程とは思いもしなかった雲山はそれを了承、事情を説明すれば白蓮も分かってくれるだろうと断じ仕立て分の金を渡しそこを後にする。

 足早と言うには少し早すぎる程の速度で来た道を引き返して行く。 信じる努力はしているが、やはり白蓮が心配なのだ。

 出立したのは午前の説法の前だったが既に日が真上にあり、山奥に寺があるので便益が低いのが難点と雲山は常々言っている。

 

 寺の近くまで帰ってくる頃には日が傾いていた。 漸くここまで帰ってこれたかと息を吸い込んだ瞬間、鼻の中に広がったのは異臭。 何かが燃えた後の様な臭いであった。

 すわ山火事かと思うよりも前に雲山は駆けだしていた。 鬼気迫る表情とは言えない、無表情、無感動、能面のような顔で今まで走っていた倍以上の速さで寺へと向かう。

 

 そこに在ったのは、半焼している寺の姿だった。

 

「あっ、あっ」

 

 石造りになっている本堂前の道で立ち尽くし知恵遅れの様な声を出す雲山。 燃えている寺の周りには人を貪り食う妖怪の姿も見られるが雲山の目にはそんな事は映っていなかった。

 寺が燃えている、白蓮と過ごした日々を穢される感覚に襲われ全身が硬直する。 頭の中を駆け巡る白蓮の笑顔、それを思った瞬間雲山の視界は赤く染まった。

 周りにいた妖怪が雲山に気づくも動く事が出来なかった、木端妖怪とは比べものにならない程の妖力を発していたからだ。 容姿も変わり、目は充血で赤くなり瞳孔が一切見えなくなり、爪は鋭利に伸び、黒かった髪は青白く染まっている。

 

 その姿は、まさしく妖怪であった。

 

 人間の姿をしていた時では出せるはずもない脚力で石畳を蹴り既に開かれている本堂への扉の中へと飛び込む。

 数刻前までは白蓮と楽しく過ごしていたその場所。 そこで行われていたのは戦争と要するには小規模だが激しい戦いが行われており、人間と妖怪の関係、その本来の在り方が存在していた。

 

「殺せっ! 妖怪を殺せっ!!」

「ヴアアァァアアアアッッ!!!」

 

 数匹の妖怪を数十の人間が取り囲む様に槍を向けている。 雲山にとってはどこかで見覚えがある様な顔ぶれだった――妖怪も、人間も。

「白蓮、白蓮はどこだッ!」

 腹の底から響くような声、膜が掛かった様な濁った声を聞き数名の人間と妖怪が雲山の方へと視線を向けた。

「雲山っ!」

 雲山を呼ぶ声、しかしその声は自分が望んだ透き通るような女性の声ではなく、野太い妖怪の声だった。 それでも呼ばれた雲山はそちらを向き、人海の隙間から見えるそれは見たくもない光景。

 

 聖白蓮が倒れ伏し、腹から血を流していた。

 

「――……ァア、アァァァアアアアアア!!!」

 

 雲山は一抹の望みを抱いていた、こんな中でも白蓮は逃げ果せており無傷だと。 叶うはずもない、儚い願いだと分かっていても信じずにはいられなかったのだ。

 雲山を繋ぎとめていた鎖、白蓮という呪縛が無くなり暴れ出す。 近くにいた人間から殴り飛ばし囲まれている妖怪たちの元へと向かう。

「白蓮っ白蓮っ白蓮っ!」

 雲山はしがれた声で最愛の人の名を呼びながらほぼ一直線で白蓮の元へと向かう。

「ば、化けモンがァああ!」

「ひっ!?」

 人間の男達は叫ぶ、恐怖で支配された思考のまま逃げ出す者も居た。 今まで優勢で居たのに増援によって虚栄心が瓦解したのだ。

 雲山は案山子となった人間を吹き飛ばし白蓮を守る様に一ヶ所に身を寄せ合っていた妖怪たちの元までたどり着く。

「白蓮、白蓮っ、返事をしてくれ……!」

 

 ――――。

 

 白蓮は声を発することは無く、ただただ腹から血を流すばかりであった。 雲山は弾けるように人間たちに向かい直しその顔を見た。

 その顔触れは依然、雲山自身が忘れようと努めた事、白蓮との出会いの前に乱暴を行っていた者達だった。 しかし既にそれを理解できるほどの理性は残っていなかった。

 そして人間達もあまりに様変わりしている雲山を、以前自分の村に居た子供だとは気付く事が出来なかった。

「妖怪めが、儂ら人間を騙し貪り食う化け物めが!

 和解だと何だのと喚くそこの売女も同じだ、そこらに転がっている化け物と同罪だ」

 歳の行った人間の男性は汚い言葉を喚き散らしながら槍を雲山に突き立てて来る、その先端には既に血が塗りたくられており、妖怪の血よりも少し薄い人間の血――白蓮の血で飾られていた。

「お前っがァッ!」

 雲山は突かれる槍を腹に受けながらもなお前進した。 柄を掴み人間へと肉薄する、それでもなお人間は槍を話そうとはしなかった、武器を奪われることはこの場で死を意味するのだ。

「ひぃっ!? や、やめろ! 汚い手で触るでないわっ」

「そ、村長!」

 首に手をかけた、妖怪の力があればそのまま少しでも力を入れれば骨を折る事が出来る。 そんな時、この場にはそぐわない声が雲山の後ろから響いた。

 

「雲山……おやめなさい」

 

 凛とした声、望んでいた声。 聖白蓮が意識を一瞬ではあるが取戻し雲山が手に掛けた物を見て咄嗟に言い放ったのだ。

「なんで、なんで止めるのですか……白蓮!」

 雲山は反撃されることを恐れるように人間達からは一切目を離さずに叫んだ。 それはこれ以上白蓮を傷つけさせまいとする意思、守ると豪語しておきながらのこの始末による罪悪感によるものだったのだろうか。

「前からずぅっと言っているでしょう。 人と妖怪は、手を取り合えるのです……殺すなんて、言語道断です」

 白蓮には見えていないが雲山の顔には困惑の表情が浮かんでいる、何故この期に及んでそんな事を言えるのか。 白蓮に傷をつけたのは人間である事は間違いない。 またそれを白蓮自身も理解して言っている。

「何で、なんで……分からない、分からないですっ!

 何故こんな奴等に慈悲をかける! 私には、分からない……白蓮、貴女が……分からない……」

「……」

 白蓮は一瞬だけ黙した後に涙声で呟いた。

「雲山……私は悲しいです。

 人と妖が争っているこの状況を見ている事が……そして、貫かれたこの腹の痛みよりも、何よりも、あなたに私の考えを理解してもらえない事が、辛く、悲しい」

傷つき話す事すら辛うじて行えているはずの白蓮は、それでも気丈に見える佇まいで語った。

「ぅ……ぁ……」

 雲山は声にならない声を発し呆けた、この戦場で。 その隙を人間たちは見逃さなかった。 もっていた槍から手を離し懐から短刀を取り出し雲山の目を潰そうと放ってくるが、雲山はそれを片手で掴んだ。 手の隙間から血が滴り落ちる。

 村長と呼ばれた翁は雲山と同じく呆けた声を出し硬直した。 それを見て雲山は叫んだ。

「俺は、俺が……俺が辛く、悲しいのは、白蓮を失う事だ!

 嫌われてもいい、破門されたっていい、でも、白蓮が目の前で殺されるのを黙って見ているだけなんてしたくないんだっ!!」

「ひっ」

 雲山は掴んだ短刀を握り返し翁へと振りかぶる――が、いつまでたっても雲山の手には肉を挽き潰す感触は襲ってこなかった。

「天晴也ッ!」

 最初に雲山を呼んだ野太い声が焼け落ちそうな本堂から空に掛けて響いた。 その声の元の方へと顔を向ければ元は人間台だった大きさの妖怪が屋根が高い本堂を見越すほどの大きさへとなっている。 そしてその大きな妖怪の手には雲山が殺そうとした翁の姿があった。

「や、やめろ、離せっ!」

「呵呵呵ッ、小童よ、そう急くな。

 白蓮、雲山、その言に嘘偽り無き哉」

「勿論です、私の言に嘘偽りなどあるはずも無く」

「当たり前だ! 一度は破ってしまった約束、ここで果たせなければ二度と守れなくなる!」

 その言葉を聞いた大きな妖怪は大きく頷き天に響く大きな声で叫んだ。

「心意気や由、故、人間よ! 女僧侶を殺させてやるわけには如何せん、手を引けェい!

 小童、ぬしも無駄に命を散らしたくはあるまいて?」

 事ここに至り決着、人間達は倍以上もある大きさの妖怪を見て震えあがり既に戦意など等に無くしている様子だった。 声を出す事も叶わず頷くのみ。 我先にと逃げて行く人子等。 翁も地面に置かれたと同時に寺から去っていく。

 残されたのは焼け落ちてきている寺と、数匹の小さい妖怪に大型の妖怪、傷ついた聖白蓮に雲山であった。

 

 

 件の寺襲撃から刻は移ろい、場所も移ろい、流れ着いた先は京から遠く離れた小さな寺。 元々居たはずの住職が亡くなり放置されていた寺を発見し雲山たちが間借りしている。

「ギッギッ」

「こら、つまみ食いするな」

 寺の離れにある簡素な台所、最低限の設備しかなく、無いよりは増しであると辛うじて言える程度の物。 その一角で雲山と小柄な妖怪は楽しそうにしていた。

「呵呵、食事は作れそうかのう」

 現れたるは大柄な妖怪、寺襲撃から小柄な妖怪数匹と共に行動している。 曰く、心意気に惚れた也。

 雲山は大柄な妖怪を見上げ様とし、余りの大きさに諦め、食事の支度を続けながら言った。

「何とかかな、と言っても食材が少量のお米に文字通り道草しかないけど」

「十分哉。

 ――件より些かばかり、雲山よ、白蓮とは談じておらぬな?」

 大柄な妖怪は見えぬ口元を吊り上げ陽気に言い、雲山はその問いに沈黙で肯定した。 気まずそうな雰囲気を出す雲山を他所に大柄な妖怪は続けた。

「まだまだ尻が青いのう、口吸い程度せぬか、全く」

「ッー!!」

 あまりにもあんまりな物言いに身を捩る雲山。 それでもと続ける大柄な妖怪に雲山は堪らなくなり台所を出て勢いに任せて白蓮の元へと行く羽目になった。

 

「呵呵呵、善き哉」

 

 結局白蓮はあの一件の後に妖力を使い傷は完治した、長い刻を生きた大柄な妖怪が癒す術を知っていたからだ。 自身は出来ぬと方法を雲山へと伝えその通りにすれば傷は塞がって行った。 大柄な妖怪曰く、雲山には癒しの才能があったらしい。

 それから話そうとしても白蓮、雲山ともに何かを躊躇う様に以前の様に話せなくなってしまっていた。

 雲山のそれは気恥ずかしさからくる物だと理解していた、振り返ればそれはまるで愛の告白ではないかと。 白蓮は聡い、真意に気づかぬはずも無く。

 前の本堂とは似着かぬ小さな小部屋、そこで白蓮は座禅を組んでいた、雑念を消すために。

「白蓮、話があるんだ」

 その姿も一つの芸術ではないかと見紛うほどの美しさを持っており、雲山は声を掛けるのを嫌ったがここまで来て引く事も躊躇う様におずおずと後ろに座りながら話しかけた。

「――……雲山ですか。

 丁度良かった、私にも話したい事があったのです」

 了承した白蓮は座禅をやめ少し崩した座り方で雲山の方へと向き直す。 しかし訪れたのは沈黙、お互いがお互いの話を待っているのだ。 意を決して口を開いたのは雲山。

「俺は、白蓮、貴女に好意を持っています、愛しています」

「はい、知っています」

 この答えを予想していたのか雲山は特に驚いた様子もなく言葉を繰り出す。

「しかし俺は怖かったのです。 白蓮の考えに賛同し貴女を守ると嘯いては居たが実際はただの下心による言葉だったと、悟られるのが怖かった。

 それも白蓮は気づいていたのでしょう」

「いえ、気づいたのはあの時、私が襲われていた時にきった啖呵でした。

 私の言いたい事はそこに繋がります……聞いてくれますか」

 雲山は、勿論だ、と答えた。

「雲山、私はあなたを通して弟を見ていた、流行り病に倒れた私の弟の事を。 きっとあなたにとっては業腹な事でしょう」

「……それは、以外でした。 全てが平等だと仰る白蓮が、俺を特別だと」

「私とて人間なのです、間違う事はあるでしょう」

 雲山は予想していたとはいえ白蓮の言葉に対し、少し苦しそうに俯いた。 間違い、つまりは特別だと言う感情をも消す事が最善であると断じているのだ。

「しかし私は、気づいてしまいました。

 雲山に教えを理解して貰えていないと知った時に私を襲った悲しみ――そんな事よりも、雲山、あなたが傷つく姿を見るのが一番堪え難くあると。 これが弟を通しての事なのか、私には判断が尽きませんが」

 目を瞑り淡々と話す白蓮の言葉は雲山にとって驚き以外のなにものでもなかった。 何よりも教えを貴ぶ事を優先していた白蓮が、そんな事よりも、と言うのだ。 生半可な感情の深さではない。

「兎に角、私はもうあなたを失う選択を出来ないほど、大きな感情を抱いてしまった。 ですがこれは愛と呼べる代物ではないでしょう。

 それでも雲山は、私と共に来てくれますか?」

「勿論です」

 雲山は即答する。 雲山もまた白蓮と心を同じくしているからだ。

「それはきっと、雲山にとって辛い選択です。 よいのですか」

「白蓮、貴女は私を妖怪だと、半妖だと知っていましたね」

 一瞬だけ白蓮の表情が苦痛を孕んだものに変わった。

 妖怪として覚醒していた雲山は今までの事を振り返り全てを悟った。 雲山には半分妖怪の血が流れている、それを察した村の人々は自分を殺そうとしたのだろう。 なら雲山が生きているのはおかしい。 あの場で息の根を止めない理由が無いからだ。 つまり何者かが助けたという結論に至る。

「……はい、妖力をわずかながら感じた場所へと行ってみたらあなたが殺されそうになっていて、そこに私の考えに賛同してくれる妖怪をけしかけ撃退しました。 雲山は気を失っていたので気づかなかったようでしたね。

 ――私はあなたに人間が何であるか、妖怪が何であるか、それをしっかり知ってから自分について考えて欲しかった。 半妖である事を明かさず、教えを理解してから考えて欲しかった」

顔を伏せていた白蓮の膝元に大粒の涙が零れ始めた、感情が溢れ出している。

「私は狡い人間です、あなたを勝手に弟の様に思い、勝手に教えを刷り込み、あわよくばそれを受け入れ共に居る事を望んだ。 そこに平等などと言う物は存在していなかった、あるのは私の傲慢のみ。

 今だって、これを聞かれなければ何事も無かったかのようにあなたと共にあったでしょう」

 

 ――ごめんなさい。 小さく呟かれたそれは消えてしまいそうな、儚げな印象を雲山に与える。 こんなにも弱弱しい白蓮を、雲山は一度も見たことが無かった。

 だからこそ雲山は言わなければならない。

 

「言わなければいい事を、言ってしまう白蓮だから。 貴女は人を、妖怪を信じすぎる。

 だからこそ、人でもなく、妖怪でもない俺は、白蓮の傍にいなければいけない。 貴女にしか俺を理解することは出来ないから」

 

「人の世で生きるには異端すぎる、妖の界で生きるには弱すぎる心が邪魔になる。

 こんなにも俺の事を弱くしたのは……貴女です、白蓮」

 

 責任を取ってください、と雲山は言う。

 

「……二人して破戒僧になってしまうではないですか」

 

「それも、悪くないですね」

 

 今泣いた烏がもう笑う。 後に絶対平等主義と言われた聖白蓮にとって唯一の例外が生まれた瞬間だった。

 

「嗚呼、こんなにも晴れやかな気持ちになれるならもっと早く打ち明けるべきでした。

 ――ところで雲山、幾つか言っておきたい事があります」

 まだ感慨に浸っていた雲山に、既に平静を取り戻した白蓮は慈しむ様な感情を篭めた声で囁く。

「あなたはもう私を守る必要はありません。 雲山と私の関係にそんな事は不要です。

 あなたは雲、私は陽、ただただ寄り添い、二人で安寧の影を人の世と妖の界にもたらしましょう」

 

「……はいっ!」

 

 それが恋なのか、依存だとしても、庇護欲だろうとも、親愛で有る事に変わりはなく。 これからの二人にそれらを当てはめるのは無粋であり、無用の気遣いであった。

 ――いざ、南無三。

 

 

「恋ぞ実らじ」

「いいのさ、私達はそれがちょうどいい具合だ」

 場所は変わり、雲山と大柄な妖怪は、小柄な妖怪によるつまみ食いにより既に壊滅状態へと陥っていたおかず――と言ってもただの野草だが――を採りに近場の草原へと来ている。

 実らないと断じられたのは雲山の雰囲気が変わっていたからだろう。 事実、実ったのかどうか雲山自身も分かっていない。

「して雲山よ、失恋は痛かったか。 随分と風変わりな口調ではないか」

「守る必要はないって白蓮様に言われちゃったからね。 それでも変わらない確かな物はここにある」

 雲山が白蓮と出会った時、胸に手を当てていた真似をする。

「それと私は『雲山』とは別の名前を貰ったよ、だから……『雲山』は貴方に継いでは貰えないか」

 一瞬呆けた表情になった大柄な妖怪――見越し入道は直ぐににんまりとした笑みを浮かべ叫ぶような声で言い放った。

「呵呵ッ、愉快也。

 ――なら主はなんと呼ばる」

 心底面白そうにする『雲山』は、不敵な笑みを崩さず問うた。 『雲山』であった者は空を見上げたあと、足元に咲く名もなき花を愛でながらこう言った。

 

「私の名前は一輪、雲居一輪。

 隔たった雲の中で一心に陽を浴び続ける事を許された、一輪の花さ」




三人称にしようとしたら三人称単一視点になってる奴。
未推敲。
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