最近大井っちが冷たい気がする
1
最近大井っちが冷たい。
もう一度言おう、大井っちが、最近、冷たいのである。
最初はあたしの気のせいかもしれないと思い普通に声をかけた、勿論気のせいに決まってるから大井っちが他の娘と話をする時よりも幾分高い声が聴けると期待していたが――
「大井っちー、この後一緒にお昼食べない? 今日出撃無かったよねー」
「……すみません、この後予定があるので」
少しの間、そして簡潔な返事、さらに大井っちが他の娘と話をする時よりも幾分低い声を残してツカツカと背を向けながらすぐに行ってしまった。
……なんで?
2
「最近大井っちが冷たい」
「はぁ、そうなんですか……」
今日のお昼の共はその辺に居た阿武隈。
何故かあたしを見た途端逃げたので、大井っちの件でちょっと気分が沈んでいたせいもあって全力で追いかけて嫌がる様子の阿武隈の首根っこを捕まえて食堂まで引きずって来た次第である。
「前髪ばかりか後ろ髪まで崩れて……ああ……」
しかしこの阿武隈、随分とあたしに対する反応がおざなりである。
どれくらいおざなりかというと、最近の大井っちの反応くらいおざなりだ。 いや、一緒にお昼を食べてくれる時点で大井っちよりは幾分おざなりではないかもしれないが。
「ねぇ、阿武隈もあたしに冷たくない?」
「はい? べ、別にそんな事ないと思いますけど」
ちょっと焦った様子の阿武隈を納得のいかないあたしはジト目で睨みつつずるずるとうどんを啜る。
そんな事をしていたからか汁が数滴ほっぺに跳ねてしまった。
「……んっ」
「……?」
あたしは目を閉じ前の席に座っている阿武隈へとほっぺを突き出した。
「んっ!」
「は、はい!? なんですか、目を閉じて、唇を突き出して……そ、そういうのは大井さんとやってください!」
あたしの行動の意図が汲めなかったのか、阿武隈は頬を染めながら慌てて顔を横にそむけてしまった。
「き、キスとかいきなりねだられても……もしかして北上さんって別に私の事嫌ってない……?」
「ほっぺに跳ねたうどんの汁を取って欲しかっただけなのに」
何かをぶつくさ言っている阿武隈は結局拭き取ってくれないので仕方なく自分の手で拭い指を舐める。
そして何故か固まっている阿武隈、「どしたの」と声をかけると大きな音を立てながら椅子から飛び上がり人差し指をあたしへと向けて来た。
「あ、あ、あ、貴女、北上さんはぁ! やっぱり私の事嫌いなんですよね、そうですよね!?
そんな仕草一つでうどんの汁を取って欲しいなんて分かるわけないじゃないですか、と言うか何で取ってもらえる事が前提なんですか!?」
「大井っちなら何も言わずにやってくれるから……」
うどんの汁が跳ねればハンカチで拭ってくれる、服が乱れていれば直してくれる、アレといえばコレと言ってくれる。
そんな関係を阿武隈に求めてみたが上手くはいかない様だ。
「阿武隈じゃだめだー、大井っちじゃなきゃだめだー」
机へと突っ伏し両腕を伸ばしジタバタする。
「北上さん面倒くさがりな人だと思ってたんですけど、面倒くさい人だったんですね」
阿武隈はため息をこぼしながら着席した。マイペースだとはよく言われるけど面倒くさい人と言われたのは初めてだった。
「ハッ……もしかしてそれが原因? 阿武隈、あたしって面倒くさい人?」
「ええ、かなり」
天啓得たり、つまり面倒くさい人じゃなくなればいい訳だ。
答えを教えてくれた阿武隈は思っていたより頼りになる娘だったみたいだ。 おざなりな娘なんて思ってごめんなさい。
「ついでに聞くけど、あたしが大井っちに冷たい理由は分かる?」
「……大井さんが北上さんに冷たい、ですか?」
阿武隈は握った手を顎に当て首をかしげながら言った、そんなことはありえないのではないか、きっと気のせいだ。
「うーん、やっぱり気のせいなのかなぁ……でもなぁ」
「きっと生理ですよ」
考えうる限り最悪の答えが返って来た、やっぱりこの娘は私に対しおざなりなのではないだろうか。
「まーいいや、とりあえず面倒くさい人じゃなくなってみよう!」
「面倒くさがりを直した方がいいと思うのだけれど……」
後ろで何かを言っている阿武隈をその場に置き去りにしつつ、あたしは自室へと向かった。
3
「ダメだわ、無理だわ」
後日、阿武隈から天啓を受けたあたしは自室のベッドで大の字になっていた。
面倒くさい人をやめようと色々考えた結果、そんなのは対策のしようが無い事に気づいた。
三日考えてダメだったのだから、もうそんな物は存在しないのである。
その間、やれE6だ、やれ雷巡が、だのと提督が騒いでいた気がするが気のせいだろう。
うん、あたしいっぱい考えたよ、いつもなら一緒に朝飯、お昼、夕餉と食べていた大井っちの代わりにその辺に居た阿武隈を捕まえて食事取っていたけれど。
阿武隈と入渠したし、阿武隈のベッドで寝たけど、いっぱい考えてたよ。
「無理じゃん、どう考えても無理じゃん。そもそも面倒くさい人ってなによ」
事ここに至り根本的な問題に気付いてしまった瞬間だった。ちなみに後で阿武隈に聞いたら「今の北上さんです」と帰って来た。
手足をジタバタとするも考えは纏まらない。もう一度最初から考え直してみよう。
そもそも私は最近大井っちが冷たい理由を知りたいわけで、自分で理由を決めつけて解決する必要はないのである。
大井っちに聞いてもつれない返事ばかり、阿武隈に聞いたら「男でも出来たんじゃないですか」とかもうかなりおざなりな返事しか帰ってこなくなっている。
さりとて他の艦娘に聞いても分からないの一点張り。
ああ面倒だ、もう一回直接聞きに行こうとしても足が動いてくれない。
こうなったらLI○Eでいいや。全艦娘に支給されている携帯端末を操作しアプリケーションを開いた、更新通知が100件近く溜まっているが今はどうでもいい。
アドレスを交換している艦娘一覧の中から《大井っち》と表示されたタブを押す、最終更新は3週間前の深夜。
「最近大井っち冷たいよね、どうして……っと」
ド直球で聞く。今まで遠回しにご飯や遊びに誘ったら「用事があるので」とか「今日は出撃です」とかそんな返事しか来なかった。
ここまでストレートに聞けば何かしらの反応、手がかり位は手に入るだろうと期待をこめ送信ボタンを押す――5秒と経たず既読の文字があたしのメッセージの下についた。
よし、大井っちはしっかりとあたしの言葉を確認したみたいだ、後は返信を待つのみ。さぁ、何だって受け止めてやるぞ!
…………そんな事を思っていた半日前のあたしを誰か諭してあげて欲しかった。
既読ついてるよね? 確実に読んでるよね? あたしの言葉届いてるよね?
送信ボタンを押してから半日反応が無く、最初の30分くらいは今か今かとずっと携帯端末を凝視していた。
しかしそれも1時間を超えた辺りからはベットでゴロゴロ、たまに阿武隈に「何してんの」とか「北上、ご期待に応えます!」とか送りつつタイムラインで今日のお昼を写メで上げていたので「無理してそんなの食べに行っても女子力は上がらないよ」とか返信しつつ。
結局深夜になるまで待っていたにも関わらずメッセージは送られてこず。既読スルーとかそこまであたしは大井っちに嫌われてしまったのか、もうダメだ、死にたい。
あまりのショックに《前髪気にしすぎ(阿武隈)》のタブを開きスタンプ爆撃をしておいた。
もう、寝よう、不貞寝だ。
4
私は今、大井っちの部屋の前に居る。
あれからL○NEで幾度となくメッセージを送るも全て既読スルー、もう私の精神はボロボロだった。どれくらいボロボロかと言えば比叡が作ったカレーを無理やり食べさせられた提督の胃くらいである。
意を決し直接尋ねるべくここまで来たわけだが、どうやら他の来客があったらしい、中からは大井っちと……阿武隈の声が聞こえる。
「――ええ、じゃあゆっくりと昼食を食べながら」
「――いえいえいえ!? 私は遠慮して……」
なんという事だ、大井っちが阿武隈をご飯に誘っているではないか。
あたしは先ほど大井っちに送った「今日のご飯どうしよっかなー」という、距離を置かれてる相手に何とか誘って貰おうとして苦心しつつひねり出し、さりとて此方からは一緒に食べたいオーラを出さないようにした中途半端な文章を見て悲しくなった。
「大井っちいいいい!!」
余りの仕打ちに打ちひしがれてる暇もなく、あたしは扉を思いっきり開け叫んでいた。
『北上さん!?』
大井っちと阿武隈の声が重なる。大井っちなど目を見開きどうしてここにという声が表情に表れていた。
「あたしは……大井っちに何かしたのかな……」
気づけば大井っちの前へと躍り出て、俯き、ぼそぼそと語っていた。
「確かにあたしは面倒だったのかもしれない、でも……大井っちと一緒に居るのは楽しいし……」
しどろもどろに、細い声で叫ぶ。大井っちが何を思っているの聞きたくて、自分が何をしてしまったのか、それらを纏めて発し続ける。ここまで長い事を喋ったのは初めてだった、それほど大井っちにスルーされるのがあたしにとって苦痛だったのだろう。
「――だから……えっと、大井っち……?」
言える事を全て言ってしまい、これ以上何も言えなくなって、上目で大井っちを見た。その顔は涙で濡れていた。
「ごめんなさい……ごめんなさい北上さんっ!」
大井っちは泣きながらあたしの胸元へと飛び込んできて、そのままの状態でどうして冷たかったのかを話し始める。
「北上さんは私が送ったLIN○に既読どころか読んですらくれなかったし、ご飯を一緒に食べる約束してたら忘れてほかの艦娘と食べてるし……私が同じ事をしたら北上さんが傷つく事は知ってたの。
それでももう少しだけでいいから、北上さんにも私の事を考えて欲しくて――――ごめんなさい」
聞けば大井っちが冷たかったのは、あたしがしてしまった事がそのまま自分に帰って来ていただけだったのだ。
あたし最悪だ……あたしの胸が痛かったのは、あたしが大井っちにしたことと同じ。ただの自業自得だった。
「大井っち、謝るのはあたしのほうだよ。確かに傷ついたけど、大井っちも同じ思いをしてたんだよね……ごめんね」
「北上さん……!」
そこからはごめんなさいの嵐、お互いに傷つけてしまった事についてどっちが悪いを言い争った。
結果お互い様と言う事で落ち着いたけど、これからはもう少しデリカシーと言う物を考えなければいけないだろう、もうあんな思いはしたくないのだから。
ちなみに阿武隈がここに居た理由は、最近あたしとの仲が他の艦娘の間で噂になっていたから、らしい。特に何かしていた覚えはないのだけど。
「それじゃあ今日からはまた一緒にご飯を食べましょうね、北上さん!」
「勿論だよ、大井っち!」
そのまま二人で一緒に部屋から出て食堂へと向かう。その間に一緒に遊ぶ約束なんかもした。もうあんな悩まされる日々とはおさらばだ!
……はて、何か忘れている様な気もしたが、大井っちの笑顔を見ていたらそんな事を気にする暇なんて無くなった。
「何だこれ」
大井っちの部屋の方から何か聞こえた気がした。
5 二段オチ
今日は大井っちと二人で遊ぶ約束をした日だが、色々相談に乗って貰った阿武隈も誘ってみた。
三人で何してあそぼっかなー!
その後日、また大井っちが冷たくなったとかならなかったとか。