ガンプラ格闘浪漫 リーオーの門   作:いぶりがっこ

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・Aブロック第四試合

 ガチぴょん(マーシャルアーツ) VS ジョージ来栖(ブラジリアン覇王流)
 ガチもあ!              マスターエルドラド


 コラム:ブラジリアン覇王流

 ブラジリアン覇王流拳法とは、明治時代に南米に渡った覇王流躰術の使い手、黒須某を開祖とするブラジルの武術である。
 身長160cmに満たない小男だったと言われる黒須は、覇王流の当身の中でも飛び技を重視し、その身軽さを以って現地人から『死神(ミキストリ)』の異名で恐れられたという。
 躰術を拳法と改めた理由については、当身による一撃必殺を身上とした開祖の思想に由来していると言われるが、その後のブラジリアン柔術との交流の歴史もあり、現在では打撃をベースにグラウンドまでこなせる総合武術となっている。

 以上が試合前のインタビューにおいて、ジョージ来栖の口から語られたブラジリアン覇王流の概要である。
 ただし、現地人の間に『死神』の本名は伝わっておらず、また当時の覇王流の門弟の中に『黒須』の姓を持った門人も存在しない。
 更に覇王流躰術と次元覇王流拳法の関連性についても不明な部分が多く、今後の研究が待たれる所である。

 なお、当代の使い手であるジョージ来栖は、戦後の移民事業の際にブラジルに移住した日系三世であり、開祖黒須の血縁と言う訳では無いらしい。

・エイカ・キミコのコメント:
「どうしても柔道とグレイシー柔術の関係を連想しちゃうけど、実際には嵩山少林寺と少林寺拳法くらいの繋がりなのかもね?」



はじまりのG

 

 遡ること一月ほど前。

 三雷会での二日に一度の出稽古を終えたリオが、館長のハジメにポツリと尋ねた。

 

「館長、歴代のお弟子さん達の中で、一番強かったのは誰でしょうか?」

 

 あまりにあけすけな若者の質問に、お人よしの館長が思わず苦笑する。

 

「何です、藪から棒に……?

 何か悪だくみの企てですか?」

 

「え? いえ、別にそんなワケじゃ、単なる個人的な興味です」

 

「ふふっ、まぁ、気持ちは分かります。

 しかしそれは、何気に難しい質問だね」

 

 しみじみと、活気に溢れていた時代を懐かしむように、ハジメが無人の道場を見渡す。

 

「前館長の代には、様々な個性を持った若者たちが、この道場を訪れたものです。

 体の大きい者、要領の良い試合巧者、呆れるほどの練習の虫……。

 けれどもし、たった一人だけ、と言うならば――」

 

 と、そこまで語った所で、温かなハジメの声がふっ、と陰った。

 眉間に深い皺を寄せ、その柔和な顔に珍しく深刻な表情を浮かべる。

 

「ナガラくん」

 

「はい」

 

 しばしの沈黙の後、ハジメは怪訝な瞳を向けるリオに対し、諦観の溜息と共に次の言葉を吐き出した。

 

「……ガチぴょんとだけは、くれぐれも戦わないように」

 

 

 永遠の五歳児、ガチぴょん!

 南の島からやってきた恐竜の子供。

 コケシを縦に潰したような外見と、一説にはポール・マッカートニーがモデルとも言う気だるげな両目に反し、その性質は奔放で極めてアグレッシヴ。

 

 春夏秋冬、季節を問わず。

 スポーツ、武術、ダンスにレースとジャンルを問わず。

 山に、川に、海に空、果ては宇宙(ソラ)へと至るまで……。

 

 ガチぴょんのチャレンジに果ては無い。

 両手に宿したエネルギーボールをパワーに変えて、お茶の間に夢と希望を届けるのだ。

 

 ガチぴょんの活躍に胸ときめかせ、キラキラと宝石のような瞳を輝かせる子供たち。

 しかし、時の流れは無常である。

 男の子も女の子も、いつまでも、夢見るピーターパンではいられない。

 

 例えば、プロレスが筋書きの在るドラマだと知った時。

 露骨なホームタウンテジションに涙を流すボクサーを知った時。

 国技を支える力人が、メールで八百長の打ち合わせをしていると知った時。

 

 キラキラとした瞳を少しづつくすませながら、少年は大人になっていく。

 誰もが時を巻き戻す事は出来ない。

 

 本物のガチぴょんなんて、この地球上には存在しないだから。

 あの五歳児だって本当は、毎回毎回、中の人が違うだけなのだから……。

 

 

 

 

『――ガチぴょんは保護されているッ!

 そう思っていた時が、私にもありましたッッ!!』

 

 

 手にしたマイクを力いっぱい握り締め、MS少女が叫ぶ。

 閉ざされていた幼年期への扉を、叩き壊さんばかりの勢いで。

 

 

『伝説のダブルアクセル、炸裂ゥ!!

 ガチぴょんは……! ガチぴょんは、ここにいましたッッ!』

 

 

 大の字になって倒れた南米の雄。

 高らかと掲げられたガチぴょんの両手。

 MS少女の絶叫が静寂を切り裂いて、大観衆がようやく現実に追い付く。

 

「~~~ッ! ガチじゃねえかッ!?」

「本気で戦えるのかよ、ガチぴょん!!」

「あのマスターを、たかだかグリモアで!?」

 

 ギャラリーが一斉に喚く。

 彼らは皆、一角の格闘技通である。

 ブラジリアン覇王流の何たるかが分からずとも、ジョージ来栖なる青年の技の鋭さ、李大人の眼力の正しさは理解できる。

 

 それをまさか、たったの一撃……、で……?

 

 

「……ケハ! ケケケ、ケカーハッハハハハァ――――ッ!!」 

 

 

 悪魔の哄笑が、観衆の嬌声をたちまちに打ち消す。

 嗤っていた。

 地球の裏側に消えた覇王流の遺伝子が、小癪な着ぐるみ野郎をブチのめす歓喜に震えていた。 

 

「倒れた相手に追撃はできない、ってか?

 アイドルってのも楽じゃねえなァ~?」

 

 ガチぴょんが油断なく拳を構える。

 直後、闘技場の白砂を高らかと舞上げ、休息を終えたマスターの体がハネ上がる。

 

「何がマーシャルアーツだッ! テメェはもうノーチャンスだぜ!!」

 

 ビッ、とマスターの指先がガチぴょんに向けられる。

 その敵意に呼応するかのように、アメリア傑作量産機の器が勇ましく大地を蹴る。

 

『さあ、ガチぴょんが行ったァ~~~~ッ!

 溢れる勇気で、手負いの黒豹を仕留められるのか―――ッ!!』

 

 風を巻いてガチぴょんが迫る。

 両腕を畳んで口元を隠し、スタンスを平行に取ってマスターに正対する。

 ピーカブースタイル。

 重心は前傾。

 敵の攻撃を下がって避けるのではなく、かわした勢いのままに前に出る強打者の構え。

 

(……それしか無えだろうなァ)

 

 マスターがアップライトに構え、小刻みに体を揺する。

 体重の上下に合わせ視界が揺れる。

 正直、寝覚めは最悪だ。

 観衆はともかく、眼前の恐竜には自身の負ったダメージが冷静に分析されている事だろう。

 

 だがそれでいい。

 手負いなのは自分、故に有利なのも自分。

 

 今、攻め込まなければならないのは彼奴の方なのだ。

 ダメージが残っている内に、回復されない内に。

 さりとて奇襲は早々に通じない。

 相手を遠間から蹴れるリーチもない。

 だとしたら取れる手は一つ。

 敵の牙を掻い潜り、自らの間合いに踏み込む事だけだ。

 

(そこまで分かっていりゃあ、切り落とすのは容易い)

 

 ブチ込んでやる。

 右のカウンター。

 

 スッと半歩、マスターの右足が後ろに下がる。

 明らかな罠。

 分かっていて踏み込む、抗えないガチぴょんの(サガ)

 

「アホゥがァッ!!」

 

 叫びながら繰り出す、覇王流渾身の右。

 

(それでタイソンのつもりか?

 その頭、グレートチャンプの何倍あると思っていやがる!)

 

 短すぎる手、ガードは不可能。

 外しようがない、目を瞑っていたって当たる……。

 

 

 ――パァン!

 

 

 闘技場の中心で、乾いた音が響き渡った。

 当たった。

 確かに当たった。

 

 ……いや、『当てられ』たのだ。

 

「……ッ!?」

 

 拳を打ち込んだマスターの方が却ってバランスを崩す。

 想定外の衝撃に、思わずクルスが目を見張る。

 

 通常のウィーピングとは、目で見て、攻撃が来る方向と逆に頭を振る行為を指す。

 子供だって分かる理屈だ。

 だが、ガチぴょんのは全くの逆。

 

 目で見て、拳が飛んでくる方向目掛けて(・・・・)思い切り頭を振ったのだ。

 結果、打点は大いにブレ、マスターの華奢な指先は、ガチぴょんの分厚い頭骨に弾き返される事となった。

 

「バカな……!」

 

 呆然と呟く間にもガチぴょんが迫る。

 体を畳み、懐に潜り込みながら繰り出す右のボディ。

 ずん、という重い衝撃が、ガードの上からマスターを押し込む。

 ビリビリと痺れ上がる左手の衝撃に、ようやくクルスは自らの悪手を理解した。

 

(……前提が間違っていた、人外に、人間相手の方法論を使っちまった)

 

 苦い後悔。

 

 頭部を狙う、頭部を守る。

 確かにそれは人間同士の戦いにおいては重要なファクター。

 

 こめかみに打撃が通れば例外無く人は倒れる。

 目、耳、鼻、口、いずれが塞がっても戦闘力は激減する。

 狭い顔面にはにきびのように経穴が密集し、顎先が振れれば梃子の原理で脳が揺れる。

 重い頭部を支える細い首には、気道、脊椎、視神経、頚動脈といった繊細なコードが混線する。

 

 だがそれもこれも、あくまで対人戦に限った話だ。

 ガチぴょんのどこに頸がある?

 目、耳、鼻、口……? そんな物はタダの飾りだ。

 丸く大きな頭部は衝撃を均等に分散し、打撃を芯に打ち込む事を困難とする。

 さらに気ぐるみの中でも最も肉厚な頭部の部位。

 弱点ではない、ガチぴょんにとって頭部とは最大の盾。

 言うなればあれはヘッド・パリングとでも呼ぶべき技術……!

 

「くうっ!」

 

 頭を振るい、とっさに視線を泳がせる。

 灯台下暗し。

 サーチライトのように扇状に広がる人間の視野は、上下左右に致命的な死角を持つ。

 その至近に踏み込まれてしまった。

 

 右を打ち抜いたガチぴょんが、振り子の原理で逆から迫る。

 速度と重量で狭い視野を埋め尽くす頭部。

 抗える距離ではない、防御に専念せねばならない。

 

 だが……。

 

「ぐっ……!」

 

 左のボディ。

 巨大な顔面に阻まれ、出所が全く見えなかった。

 それがガムシャラなガードをキレイにすり抜け、肋骨をミシミシと軋ませる。

 

(ジャック……、デンプシー!)

 

 ぎりり、クルスが内心で臍を噛む。

 ウィーピングを使っての体重移動、それに伴う左右のフック。

 

 成程。

 インファイターにとって基本と言えるその技術は、殊更背が低く、頭部の磐石なガチぴょんに取っては有効な戦法であろう。

 だが、そんな限定的な殴りっこの遣り方で、総合武術たる覇王流に挑もうと言うのか?

 

(上等!)

 

 右、左、そして右。

 来る方向は分かっているのだ。

 三度目は無い。

 次の交錯で確実に仕留め……。

 

 ――驚愕!

 

 振り向いた視線の先、ガチぴょんが跳躍に移っている。

 飛び技、ありえない距離。

 だがここはガチぴょんのレンジ。

 極端に短い足、頭部に寄った重心。

 それが導き出すものは、超至近からの高速回転――。

 

「~~~~~ッ」

 

 頭上から降り注ぐ、飯盒のように巨大な踵。

 胴廻し回転蹴り。

 加速する80kgの衝撃が、ガードの上から無理やりマスターを大地に叩き付ける。

 

「……ぐッ 野郎ォ!」

 

 痺れる背骨に鞭打って、マスターが必死に体を起こす。

 ガチぴょんは真正面、既に膝を畳んで次の動きに入っている。

 

 ブチかまし、渾身の頭突き。

 

 捌き様がない、体勢が崩れる。

 マスターが下がる、ガチぴょんが追う。

 グリモアのボディにジーラッハのエンジン。

 止まらない、引き剥がせない。

 

 ラッシュ。

 ラッシュ。

 ラッシュ。

 

 だが……。

 

「何故だッ!? 何故オレがこうも遅れを取るッ!?」

 

 クルスの悲痛な叫び。

 それもすぐ観客の嬌声に掻き消された。

 

 

 ――同時刻、プラネタリウム。

 

 ギャラリーの興奮が仮想空間を揺らす中、現実の世界では、居合わせた闘技者たちが一様に真剣な面持ちで眼前のオーロラビジョンに臨んでいた。

 

「……さすがに強ぇわなァ、ガチぴょん」

 

「あ、次の対戦相手だったけ?

 そいつはご愁傷様だねぇ、ゴウダの旦那」  

 

「しかし、最初にリストを見た時は驚いたものだが、まさか本物がここまでとは、な」

 

「ウガ」

 

「身長さえ何とか出来たら、ウチの部屋に欲しいっす、ガチぴょん」 

 

 

「~~~って、オイ!

 おかしいじゃろ! こんなのッ!?

 なんで皆して、さもガチぴょんが強豪のように語っておるのじゃ!?」

 

 

 室内の玄人じみた会話に耐えかね、アムロ・レンがとうとう素っ頓狂な叫び声を上げる。

 シンと室内が静まり返り、たちまち白眼が赤髪の少女に向けられる。

 

「おいおい嬢ちゃん、ガチぴょんチャレンジは見てへんのか?

 お前さん本当に日本人かいや?」

 

「ヒノ・イズルが手ずから黒帯を託した空手家……、弱ぇハズが無ぇ」

 

「天地争覇、あの男の功夫は本物ヨ」

 

「あらゆる格闘技を齧った技術。

 体操六種をソツなくこなすバランス。

 断崖絶壁をよじ登る握力。

 マッターホルンを制するタフネス。

 さらには宇宙飛行士試験をパスする戦術(タクティクス)まで――。

 

 何もかもがハイレベル。

 ガチぴょんは俺らとはちょっとばかし次元の違う怪物よ」

 

「ウガ」

 

「揃いも揃って何じゃお主ら!?

 ワシか!? ワシの反応の方が可笑しいのかッ!?

 あんなたわけたガンプラで大暴れって、どう考えても突っ込む所じゃろうッ!?」

 

 真っ赤なしゃぐまを振り乱し、アムロが持論を訴える。

 その必死な姿に対し、じっ、とヒライが憐憫の視線を向ける。

 

「……たわけはあなた。

 あの機体、ガチぴょん専用グリモアカスタムは、まさに『魔導』の名に相応しい機体」

 

「うぬもかヒライ!

 うぬまでワシを虐めるのかッ!?

 あんなモン、単に本物の着ぐるみを模しただけのネタ機体ではないか!?」

 

「そう、あの機体は本物のガチぴょんそのもの。

 だからこそ恐ろしい。

 単純な完成度で言うならば、間違い無く今大会ナンバーワンの機体……」

 

 

『いやいや、流石はリーオーマイスターの異名を誇るユイちゃん!

 何とも冷静で的確な分析眼でありますな~』

 

 

「――!?」

 

 突如、少女たちの会話を遮った太い声に、一同の視線が集中する。

 知っている。

 居合わせた一堂、その殆どがこの声の主を知っている。

 

 赤い男であった。

 

 腕も、足も、腹も、胸も、そして顔も。

 立派な体躯に反し繊細な指先。

 宇宙人のように飛び出した瞳。

 大きな頭部を飾るオシャレなヘリトンボ。

 それ以外の全てがモコモコとした毛に覆われた、モップの怪物のような赤い男であった。

 

『ですが、そんな面と向かって褒められては、ワタクシも調子に乗ってしまいますぞ!』

 

 一説にはジョン・レノンがモデルとも言うモジャモジャ顔を紅潮させ、赤い男が捲し立てる。

 永遠の五歳児。

 ガチぴょん最強のパートナー、モップさん。

 

 たまらぬ雪男であった。

 

 

 ハ~~~~イ! モップモプのモップでありますぞ。

 ガチぴょんがガンプラファイトにチャレンジしている最中ではありますが、釈然としないレンちゃんのために、僭越ながらワタクシが解説させて頂きますぞ。

 

 え~、なぜ素人のガチぴょんが本物の武術家相手に善戦出来るのか?

 その秘密を紐解くには、まずはガンプラ・ファイト独自のレギュレーションを理解しなければなりませんぞ。

 

 ポイントは今大会の根幹を成すガンプラ・トレース・システム。

 ファイターの生身の動きを機体にトレースすると言う驚愕のシステムなんでありますが、これは裏を返すなら、本人に出来ない事をガンプラにさせるのは不可能、と言う事なんでありますよね~。

 

 これによって何が起こるか?

 そう、プラフスキー粒子の大暴落ですぞ。

 

 例えば、あのクルス選手のマスターエルドラド。

 胸元に備えたクリアーパーツは粒子貯蔵のための装備と見られるのですが、これがなんと全くの無意味!

 生身で月光蝶やトランザムが出来るなら話は別ですが、そんな人間はGガンダムの世界にしか存在しませんぞ。

 

 加えて言うならば、本大会は武器使用、ブースター使用が一切の禁止。

 プラフスキー粒子を用いた本選さながらの高速戦闘は不可能となり、必然的に至近距離での格闘戦を行うハメになるんですぞ。

 

 と、なれば、本大会用のガンプラには特別なギミックなど不要。

 むしろ重要なのは、ファイターと機体とのシンクロ率、と言う事になるんですぞ!

 

 本人の肉体よりもヤワなボディ、硬い関節では真価を発揮できないのは勿論の事。

 能力を超えた過剰装甲や柔軟すぎる関節も、それはそれでバランスの悪い機体と言わざるを得ないですぞ。

 

 ……とは言うものの、ガンプラの元デザインを生かしつつ生身の体に合わせると言うのは、プロのビルダーであっても生半可な仕事ではありませんぞ。

 

 僭越ながら皆さんのガンプラを拝見させてもらった所、そのシンクロ率はせいぜいが80~90%

 ユイちゃんのリーオー虎徹で95%と言った所でしょうかねえ。

 本大会最大の理解者であるユイちゃんの作った機体でさえ、4%強はリオ君の方でガンプラに合わせてあげなきゃいけないんですね~。

 

 その点、ガチぴょんの駆るがちもあ!は、三十年来のパートナーであるワタクシが夜なべして作った、世界にただ一つのガンプラ。

 そのシンクロ率は脅威の98.8%!

 ガチぴょんが普段のチャレンジで見せているパフォーマンスを、実に99%近くまで再現可能と言う素晴らしい機体に仕上がっていますぞ!

 

 言うなれば、本大会の参加者が慣れない着ぐるみを着て戦わねばならない中、ガチぴょんだけは普段どおりにのびのびと戦える。

 格闘技のプロが集まる大会とは言え、この条件ならガチぴょんにだって勝機は十分、ですぞ!

 

 

 

 

『――と、まあそんなワケで、ガチぴょんが無謀なチャレンジに挑む事が出来るのは、縁の下の力持ちたるワタクシがいればこそなんですぞ!

 いや~、偉いなあワタクシ、納得のザフトレッドですぞ!』

 

 延々と、モップさんの自画自賛が延々と続く。

 その間にも試合は進む。

 止まる気配を見せないガチぴょんのがちもあ!

 猛追を必死に捌きながら、少しづつ損耗を広げていくクルスのマスター。

 

 決着は近い。

 誰の目にも明らかであった。

 

「……一つだけ、擁護させてほしい」

 

 淡々と、普段どおりの淡白な口調でヒライが語る。

 

「クルスの使うマスターエルドラド、あれの作り込み自体は本物。

 通常のガンプラバトルのルールであったなら、それが例えオープントーナメントであったとしても、存分に戦えていた筈」

 

『ワタクシも、その点についてはユイちゃんと同意見ですぞ。

 あの独創的な漆黒の翼が本来どう動くものであったのか、非常に興味深い所ですなあ』

 

「クルスの失敗は、ガンプラ・ファイトの何たるかを理解していなかった事。

 徹底した機体改造が災いして、今では却って彼本来の覇王流を殺してしまっている」

 

 あくまで淡々とヒライが語る。

 どこまでも表情を読ませぬ瓶底眼鏡。

 だが、付き合いの長いリオには分かってしまう。

 

(泣いている……、ヒライが泣いている)

 

 思わず言葉に詰まる。

 あるいはヒライは、量産機にしか興味の無い女なのではないかと思っていた。

 だが違った。

 あらゆる意味において、彼女はガンプラに対し平等だ。

 平等、それ故に分かってしまうのだろう。

 傍若無人で高慢チキなブラジル野郎が、その実どれほど丹念に自らの愛機を仕上げて来たのか、が……。

 

(……俺だって見たかったさ。

 強すぎるほどに強いマスターガンダムが)

 

 

「調子コイてんじゃねえぞォッ!!」

 

 クルスが吼える。

 たちまち飛んでくる右フック。

 吹き飛ばされる、めろめろ、しかし踏み止まる。

 

「ヤラァッ 覇王流をナメるんじゃねえ着ぐるみィッ!!」

 

 それでも尚喚く。

 スクラップのようにスタボロにされたマスターの装甲。

 それがどうした。

 手も足も出ずとも、無様とも、惨めとすら思わない。

 要は最後まで立ってりゃいい。

 

 懲りず、めげず、省みず。

 

 アマゾンの狩人の血脈。

 ネグロイドのしなやかな筋肉。

 カスティーリャの熱情。

 ヤマトダマシイ。

 

 流浪の覇王流が地球の果てで辿り着いた究極の悪童。

 負けず嫌いの完成型。

 

「オアァッ!」

 

 返しの左。

 すんでの所で避ける。

 ここに来て、ようやくタイミングがあって来ている。

 古流のハードパンチャーの攻略法は、本場ボクシングでは四半世紀も前に完成している。

 

 振り子のような重心移動によって両サイドの死角に潜り込む。

 逆に言うならば、たとえ見えずともそこ必ずに敵はいる。

 半歩引いて視野を確保する。

 それだけで丸裸、カウンターの的――。

 

 ドン。

 

「――!」

 

 背中を叩く壁の感触。

 減らず口が止まる。

 戦術的敗北の積み重ねによって、いつしか大局は詰みの段階へ入っていた。

 

 ざっ、と。

 淀みないガチぴょんの動きがはじめて止まる。

 鼻先も触れようかという至近距離。

 勇ましく両脇に添えた左右の拳骨。

 

 ぞくりとクルスの背が震える。

 

(まさか……、アレ(・・)をやろうってのか?)

 

 直感。

 反射的にマスターが横に逃れようとする。

 その先をどん、とガチぴょん左腕が塞ぐ。

 そのまままっすぐに体を浴びせ、巨大な頭部でマスターの体を壁面に押し込んでいく。

 

「オッ! オオオォオォオオォォ――――ッ!!!!」

 

 左右の乱打!

 クルスが叫ぶ!

 身動きの取れないマスター目掛け、ありったけの拳が飛ぶ。

 壁を叩き、ガードを叩き、ガードの上から体を叩く。

 

 

『まっ、まさかこれは――ッ!?

 忘れられないッ! 忘れられないグリモア爆裂拳かァ―――ッッ!!』

 

 右拳

 左拳右拳左拳右拳左拳

 右拳左拳右拳左拳右拳左拳

 左拳右拳左拳右拳左拳右拳左拳右拳左拳

 右拳左拳右拳左拳右拳左拳右拳左拳右拳左拳

 左拳右拳左拳右拳左拳右拳左拳右拳左拳右拳左拳右拳 

 右拳左拳右拳左拳右拳左拳右拳左拳右拳左拳右拳左拳右拳左拳右拳左拳

 右拳左拳右拳左拳右拳左拳右拳左拳右拳左拳右拳左拳右拳左拳右拳左拳

 

 MS少女の絶叫が、鋼鉄の爆音に遮られる。

 壁が砕ける。

 プラスチックの欠片が舞う。

 無呼吸連打。

 ひしゃげ、砕けるマスターの五体を、そのまま壁の一部に埋めかねないほどの豪腕。

 

「……ぐ……が……っ!」

 

 膝が折れる。

 体が沈む。

 どうしようもない詰みの形。

 大会屈指のインファイターにこの形を許しては、もはや、抗える者など――

 

「……ッ フザけるなァ!! 俺は天才ッ、ジョージ来栖だァアアァアァ―――――ッッッ!!」

 

 獣が吼える。

 守りを捨て、叫びながら押し返す。

 

「ブラジリアン覇王流ゥ! 骨破ッ無塵拳!!」

 

 打ち返す。

 高速の連打。

 目には目、歯には歯。

 角突合せ腰を据え、ひたすらに相手を打ち倒す事のみを願う。

 会場が震える。

 無呼吸連撃によるドツキ合い。

 

 相打ち。

 相打ち。

 相打ち相打ち相打ち相打ち相打ち相打ち相打ち相打ち相打ち相打ち相打ち相打ち相打ち相打ち。

 

 やけくそ。

 男同士の根性比べならば勝負は五分……ではない。

 腕の短いガチぴょんのみが、一方的に肘の伸びた拳を当てられる距離。

 滅茶苦茶な乱打の大半は、先述の巨大な頭部に阻まれる。

 打てば打つほどに強烈な反撃をもらい、死期が早まる。

 

 だがそれでいい。

 武術家が理を捨てる。

 そこにジョージ来栖と言う男の本質が現れる。

 

(呼吸……、酸素が欲しいッ!)

 

 無呼吸連撃。

 しかし生物は呼吸をせずに動けるようには出来ていない。

 無謀な全力疾走には当然のペナルティを負う。

 チアノーゼ、意識の乱れ。

 しかし、いや、だからこそ止めない。

 

(こんな状況で、テメェは後どんだけ動けるってんだ?)

 

 意識の弦が危ういほどの運動量。

 だからこそ分かる。

 先に限界が来るのは、開幕から動きっ放しのガチぴょん。

 あの分厚い気ぐるみを着込んで十代の自分より動けるなど、そんな生物がいる筈が無い。

 だから堪える。

 呼吸なら、コイツをブチのめした後、存分にすればいい。

 

「――ッ!?」

 

 ……そう心に誓っていた筈のクルスの動きが、止まった。

 限界が来た。

 ガチぴょんにでも、ましてやクルスにでもない。

 マスターエルドラド。

 ガチぴょんの猛攻に文句も言わず耐え続けた武神の右腕が、ひび割れ砕けた。

 

「何でだッ! 何でだマスターッ!?」

 

 クルスが叫ぶ、叫びながらも返す。

 左対右。

 拳同士が中空でカチ合い、だが、やはりマスターの拳が砕け、細いフレームが剥き出しとなる。

 

「まだ役目は終わっちゃいねえぞォ!」

 

 クルスが哭く。

 だがどうしようもない。

 戦士の魂にどれほどの力が残っていようとも、それを形にする剣と楯が失われてしまった。

 浴びる。

 遮る物の無いガチぴょんの乱打。

 荒削りな削岩機のようなラッシュが、若き獣の心と体を容赦無く削り取っていく。

 

「……流派・東方不敗の本質は『拳』ではなく『掌』」

 

 凄惨なる光景から目を逸らす事無く、どこまでも淡々とヒライが語る。

 

「その指先の造型は、意外なほどに繊細でしなやか。

 劇中での拳の強さを再現するには、相応の強化が必要になる」

 

『ハイハ~イ!

 その点ワタクシのがちもあ!は、同じ量産機であるAT(アーマードトルーパー)を参考にしておりますからね~。

 シンプルな拳の構造ゆえ、握り締めればたちまちに鈍器と化しますぞ』

 

 ちらり、とリオが横目でヒライの姿を追う。

 一見淡白さを装ってはいるが、その横顔はやはりどこか精彩を欠いている。

 あるいは今のマスターの無残な姿に、過去に犯した己の過ちを重ねているのかもしれない。

 

(泣くなよヒライ、ガンプラバトルはすぐにまた始まるさ)

 

 その時はきっと、本当に強いマスターの勇姿を見られる事だろう。

 ひょっとしたら、生電影弾だって拝めるかもしれない。

 

(それにしたって、誰がコイツらを止められるって言うんだ……?)

 

 じわり、と額に浮かぶ汗を拭う。

 ガチぴょんとモップ。

 愛嬌溢れる外見に反し、この二人は本物の『プロ』だ。

 格闘技のプロではない。

 言ってしまえば、チャレンジのプロフェッショナル。

 

 例えば、山を登ると決める。

 そのためにまず情報を集める。

 過去の気象データを拾い、様々な角度から登山ルートを検討する。

 必要な機材を集め、装備を整える。

 条件の似た近場の山から徐々に攻略し、体を慣れさせる。

 万が一に備え、入念な連絡体制を作り上げる。

 

 そう言った、本番に挑む前の当たり前の準備。

 それを恐ろしく高い次元でこなす。

 失敗の許されぬ子供番組で、彼らは三十年、そうやって生き残ってきた。

 現に彼らはガンプラ・ファイトのまったくの初心者でありながら、この場にいる誰よりもその特性を知悉している。

 

 理解する。

 ガチぴょんチャレンジ、それは決して無謀ではない。

 深い知性に裏打ちされた勇気の結晶である、と。

 

 

 

「ブラ、ジ、りあ……おゥ、リュ……」

 

 ブツブツと念仏のように呟きながら、マスターが骨だけになった左手をかざす。

 その姿を見たガチぴょんが、初めて一歩、自分から後退する。

 

 武士の情け、ではない。

 手負いの黒豹の尽きぬ闘争心に恐れを成した、ワケでもない。

 敵の不滅の闘志を完全に絶つために、相応の重さと速さが必要だと判断しただけだ。

 

「ぜッ、トゥ……、せい、けン……」

 

 前のめりに倒れ込むように、マスターが最後の正拳を繰り出す。

 合わせてガチぴょんが踏み込む。

 左腕の内側を滑るように交錯した右腕が、マスターの顎を強かに打ち抜く。

 

 クロスカウンター。

 

 ガチぴょんの右脇をすり抜けたマスターの体は、勢いのままに二、三歩泳ぎ……、

 やがて、映画のスロー・モーションでも見るかのように、緩やかに砂の上に倒れた。

 

 

 

 

 




Aブロック一回戦終了ですぞ!

【挿絵表示】



・おまけ MFガンプラ解説⑧

機体名:マスターエルドラド
素体 :マスターガンダム(機動武闘伝Gガンダムより)
機体色:黒・金
搭乗者:ジョージ来栖
必殺技:ブラジリアン覇王流・「骨破無塵拳」他
製作者:ジョージ来栖

 ブラジリアン覇王流の継承者であるジョージ来栖が、覇王流の全てを体現するべく製作したMF。
 その内部にはリーオー虎徹と同様に自作した独自フレームを持つものの、あくまで純粋に機体強度の向上を目指した虎徹に対し、本機はプラフスキー粒子特性の応用に長けた、イオリ・セイのスタービルドストライクの影響が色濃い。
 意匠的な変更で言えば、背部の可動アーマーがデスサイズのようなアクティブクロークに改造されている点が特徴であるが、それが果たしてどのような機能を持っていたのかは不明である。
 本機は組み立てから塗装まで極めて高いレベルで仕上げられており、ヒライ・ユイをして「オープントーナメントでもひけを取らない出来」と言わしめた一方で、「ガンプラ・ファイトの特性を理解していない」とも酷評されており、事実、短期決戦仕様の特化機体であるガチもあ!の前に成す術も無く敗北を喫した。



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