ガンプラ格闘浪漫 リーオーの門   作:いぶりがっこ

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空手家 永樂莉王(ナガラ・リオ)②

 階段を下りた先には、存外に広い地下室が広がっていた。

 昼間見た三雷会の道場ほどではないが、それでも上のくすんだプラモ屋よりは間違いなく広い。

 

(……ガンプラバトルってのは、こんなに広いスペースが必要なもんなのか?)

 

 ガンプラ事情に疎いリオが、興味深げに室内の設備を眺める。

 中央に置かれた物々しいテーブル、これはまあいい。

 このテーブルが戦いの舞台になるのだと、それくらいの知識は持ち合わせている。

 

 気になるのは、その正面に置かれた奇妙なカプセルである。

 ゲームセンターなどにある大型匤体よりも、更に二回りばかり大きい、まるで小型の宇宙船でも連想させるようなカプセル。

 今日びのガンプラバトルと言うものは、こんな大げさな設備が必要なのであろうか?

 

「ウチの店に置いてあるのは、新作ガンプラバトルのモニターようの設備でしてね」

 

 少年の疑念を汲み取ったかのように、傍らの丸眼鏡が説明を始める。

 

「ネット回線による遠方のファイターとの対戦を可能にしたテスト品、と言う訳ですよ。

 まあ、何はともあれ、まずは実際に動かしてみるのが一番ですね」

 

 そう言って、リオの手に一つのプラモを手渡してきた。

 

 白いガンプラであった。

 テレビのように四角い頭部のモニター。

 右肩に背負った長めの銃身。

 それ以外には、さして特徴と言うほどの特徴も見当たらない。

 その潔さが、却って量産型のスタンダードと言った雰囲気を醸し出している。

 今、このタイミングで渡されなければ、それがガンダムシリーズのロボットである事にすら気付かなかったかもしれない。

 

「こいつは?」

 

「新機動戦記ガンダムWに登場する、ACの量産型モビルスーツ第一号『リーオー』ですよ。

 本来はモスグリーンを基調とする色合いなのですが、これはちょっと特別製でしてね」

 

「なんつーか、その、所謂ガンダム、じゃあ無いんだな?」

 

「まるでやられメカみたい、ですか?

 ふふ、けれど作りがシンプルな分だけ、初心者には扱い易い機体ですよ。

 それにガンプラの強さは、劇中の性能に左右されませんから」

 

「ふーん」

 

 さしたる感慨もなく、自分と同じ名を持つプラモを手に取りカプセルへと乗り込む。

 丸眼鏡に促されるままに機体を据え、球形のコントローラーへと両手を伸ばす。

 

「さぁて、それでは早速始めましょうか」

 

 男の声に合わせ、ブウゥゥゥンと言う振動音が機内に広がり、内壁が砂の嵐を刻み始める。

 

「行きますよォー。

 ガンプラファイトォッ! レディー……、ゴォォ―――ッ!!」

 

「……ッ!」

 

 掛け声と同時に、突如、肺腑を持ち上げるような強烈なGがリオを襲った。

 驚く間もなく周囲の壁が広大な蒼天を映し出し、その全身が中空へと投げ出される。

 

「くうっ!」

 

 ズンと機体が一つ揺れ、モニターの先でリーオーが荒々しく大地に降り立つ。

 大きく息をついて周囲を見渡す。

 全周囲モニター、視線の先に広がるのは、どこまでも広大な荒野であった。

 ひゅう、と一つ口笛を吹く。

 成程、この臨場感、世の少年少女が夢中になるのも分かろうと言うものだ。

 

「これが、ガンプラを戦わせるフィールド、ってえワケかい?」

 

「ええ、そして御覧なさい。

 あなたの相手の方も到着したようですよ」

 

 男に言われ、リオが遥か上空へとモニターを動かす。

 視線の先に映し出されたのは、何やらずんぐりむっくりとした、三体の機影であった。

 

「練習用プログラム機体『ハイモック』です。

 さて、まずはそちらのドーバーガンを試して見て下さい」

 

「これか?」

 

 言われるままに右肩の銃口を構え、ぶっきらぼうに撃ち放つ。

 反動でリーオーが勢い良く引っくり返り、銃弾が明後日の方向へとすっ飛んで行く。

 

「ハハハ、いきなりそんなぶっ放したって駄目ですよ。

 しっかり構えて十分に狙いを絞って撃たなきゃ」

 

「糞!」

 

 短く舌打ちして、不格好に腰を落として銃を構え直す。

 間を置いて第二射、第三射。

 だが砲身は大きく跳ね、照準のブレた銃弾は掠めもせずに彼方へ消えるばかりである。

 

「おい、なんだこの大雑把な銃は? 使い辛いにもほどがあるだろ」

 

「それが良いんですよ、それが。

 一番最初に扱いにくい武器をマスターしておけば、他の兵器も楽勝で使えると言う訳で」

 

「適当な事を言いやがって」

 

 ぎりぎりと、じれるように奥歯を噛み締める。

 元々リオは病的と言うべき程の肉体信奉者である。

 ラジコンのように指先で銃口を操る事自体、その本分ではないのだ。

 

(……ラジコン、か)

 

 ふっ、と嚢中に沸いた悪戯を実行に移すべく、右肩のドーバーガンをあっさりと打ち捨てる。

 

「おやおや、どうしました? もう降参ですか?」

 

 外野を無視して指先を操り、すっとリーオーの腰を落とす。

 スタンスを開けて半身を取り、開いた左掌を緩やかに差し出し、右拳はぴたりと脇へと添える。

 

「ほう……」

 

「セイッ!」

 

 咆哮と共に腰、肩を連動させ、右拳を一直線に正面へと捻じり込む。

 ブオン、と言う拳圧が巻き起こり、空手で言う所の正拳が、空気の壁をピシャリと叩く。

 

「ハァ!」

 

 ビリビリと確かな手応えを感じながら、返す刀で左の正拳。

 更にくるりと踵を返し、後方に向け左の上段蹴りを打ち放つ。

 しかし、さすがにそれは無理があったのが、重心を崩したリーオーの体がグラリと揺らぐ。

 

「……っとと、成程成程」

 

 咄嗟に体勢を立て直しながら、肉体信奉者が不敵に笑う。

 馴染んだ空手の動きを表演した上で、分かった事が幾つかあった。

 

 まず第一に意識するべきは、機体の重心である。

 生身の体ならば気付きもしない重心の働きを理解する事で、機体は更にイメージに近い動作を可能とする。

 加えて気付いた事がもう一つ。

 この機体、リーオーの基本性能の高さだ。

 重心のバランス取りが良く、関節の稼働域も驚くほどに広い。

 丸眼鏡の言った『特別な機体』の一端が少しだけ理解できた。

 先程は体勢を崩したものの、習熟すれば大概の武術家の動きをトレース出来る事であろう。

 

「ふふ、自主練も結構ですが、敵さんは待ってはくれませんよ?」

 

「ムッ」

 

 男の言葉に従うかのように、大地に降り立ったハイモックが周囲を取り囲む。

 リーオーはやや内股気味に構え、油断なく両掌を前方に構える。

 

「ケィアッ!」

 

 殺気は後方。

 後の先を取ってリーオーが動いた。

 上体を大きく逸らしながら、横薙ぎの後ろ回し蹴り。

 戦槌のような踵の一撃が、丸っこいモックの頭部を大きくひしゃげさせる。

 同時に動き出した一体の懐に潜り込み、鳩尾を左掌底で突き上げる。

 ボゴン、と大きな音がして、くの字に折れた巨体がバーニアも無しに宙に踊る。

 慌てて迫る最後の一体目がけ、振り向きざまに裏拳の一撃。

 捩じ切れた頭部が跳ね上がり、ヒートホークをかざしたまま、首なしMSが大地に両膝を突く。

 

(……見たか!)

 

 ヒュウゥゥ――、と大きく息を吐き出し、リオが会心の笑みを浮かべる。

 長年己に課してきた過酷な修練は伊達では無い。

 コツさえ掴めば、こんなゲームで早々遅れを取る事など……。

 

「……何をやっているんだ、俺は?」

 

 ふっ、と急速にリオの中から情熱が引いて行く。

 長年かけて己が肉体を凶器へと作り変えてきたのは、こんなゲームに勝利するためだったのか?

 十円玉を折り畳める指だ。

 土管に風穴を開ける拳だ。

 角材を切り裂く手刀だ。

 そんな血反吐を吐くまでの修練で磨き上げた力を、プログラムの玩具相手に振るってご満悦か?

 

 パチパチパチ、と。

 少年の胸中も知らず、プラモ屋が感服したように拍手を送る。

 

「いやいや、お見事お見事。

 その黒帯も決して伊達では無かった、と言う訳ですね?」

 

「…………」

 

「おや、どうかなさいましたか? 次の相手はもう少し骨のある奴ですよ」

 

「……いや、俺は」

 

「そんなつれない事は言わず、もう少しだけ付き合って下さいよ。

 きっとあなたも気に入る趣向のハズですよ。

 ……ねえ、()()()()()君?」

 

「――ッ!?」

 

 不意に浴びせられた殺気と同時に、リオの肉体が突如拘束された。

 ゆっくりと上空から降りてきた灰色のリング。

 それが肉体を通過する際に、みちみちとしたゴムのような感触が、未熟な少年の肉を締め上げ、骨に至るまで軋みを上げさせる。

 

「ぐぉっ!? う、うおあぁぁっ!!」

 

 全身をアナコンダに締め付けられているような強烈な圧迫感。

 必死で全身を強張らせている内に、不意にスパン、と言う弾けた音と共に拘束が緩んだ。

 大きく息を吐いて全身を見つめる。

 いつの間にかリオは、まるでゴムのような黒色のスーツでその全身を覆われていた。

 

「ふむ、ファイティング・スーツの着用の方も、どうやら問題は無いようですね」

 

「フザけんじゃねえ!

 こんなモンを俺に着せてどうしようってんだッ!」

 

 激情のままに、リオが右腕を真横に振るう。

 瞬間、画面外のリーオーがシンクロするかのようにブオンと右腕を伸ばした。

 

「……ッ な、なんだ!?」

 

「これぞ、ガンプラ・トレース・システム。

 と言っても、アナザーガンダムを知らない君には訳が分からないでしょうが。

 とにかく今、君の肉体はそのスーツを通じて、画面上のリーオーと一体化しているのですよ」

 

「ハン!

 それでこのリーオーとやらに空手でもさせようってえのか?

 えらく手の込んだ仕事をするじゃねえか?」

 

「お喋りはその位にしておきなさい。

 勝負の場で余計な事を喋っていると、命を落としますよ?」

 

「!?」

 

 不意に彼方よりの風切り音を耳にして、反射的にリオが、()()()()が真横に跳んだ。

 間をおかず爆音が轟き、旋風が少年の頬をビリビリと撫でる。

 飛散した礫の一つがリーオーの額を掠め、同時に少年のこめかみに赤い筋を描く。

 

「痛ゥ……、こいつはどう言う」

 

「リーオーと一体化している、と、確かに伝えたハズですよ。

 リーオーが戦闘で負ったダメージは、当然キミの肉体の方にもフィードバックされる」

 

「……んだとォ?」

 

「尤も、致命傷に至るダメージは遮断できるようシステムを調整しているのですが……。

 ふふっ、何せテスト中のマシンなのでね、保障は出来ません」

 

「サド公め、俺は実験用の鼠ってか」

 

 噛み付いてやる。

 その瞳に危うい輝きの炎を宿して、少年が土埃の彼方を睨み付ける。

 土煙の先でモノアイが真紅に煌き、直後、黒塗りの巨体がズワッと少年の前に飛び出して来た。

 

「MS-09『ドム』。

 熱核ジェットによるホバー走行の採用で、重装甲、高機動を実現したツィマッド社の名機です。

 さて、そのリーオーでどう捌きますか?」

 

「くうっ」

 

「ひへへへっ! 受けてみなァ空手ボーイ!!」

 

 下卑た笑いを響かせて、両手に鉄鞭を携えたモヒカン頭のドムが高速で迫る。

 太く、重厚な鈍色の鉄隗。

 右と左、どちらの一撃をマトモに受けても致命傷は免れない。

 咄嗟にリオが真横に跳んで、敵機との接触を避ける。

 

「ぴゃほほォ!」

「ぐ、ぐォ!?」

 

 間を置かず首筋に絡み付いてきた鎖分銅に、リオは己のミスを悟った。

 敵は一体では無かったのだ。

 三機のドムを一列に走行させ、先頭の動きに対応して後衛の二人が仕留める。

 初めから敵は、こちらとまともなケンカをするつもりなど無かったのだ。

 不明を恥じる間もなくその身を引きずられ、リーオーのボディが荒野を転がる。

 

「デカしたぜぇ、枡! そいつを放すなや」

「ぴゃほほっ!」

「グヘヘ、J.S.Aも知らねえとは、とことん素人のボウヤだなァ!」

 

「グオアアアアアッ!!」

 

 容赦なく抉られる背中が灼けるように熱を持ち、首筋の締め付けが呼吸を奪う。

 揺らめく少年の視界の先で、赤熱化した大上段の青竜刀が光を放つ。

 

「オオッ!」

 

 リオが短く呻き、同時に振り下ろした右の踵で、思い切り大地を打ちつけた。

 リーオーは煽られた凧のように不自然にバウンドし、瞬間、必殺の一撃がかろうじて空を切る。

 直後、ガンプラのボディが強かに岩肌に打ち付けられ、首筋の鎖が漸く外れた。

 

「カハッ!」

 

 機体とのリンクがもたらす背面の痛撃に、思わず息が詰まる。

 全身がバラバラになるかのような激痛。

 だが、失態の代償と言うのはこうでなくてはならない。

 

「あのボウズ、中々味な避け方をするでねえの!」

「輝さん、枡、もう一度J.S.Aを仕掛けんぜ!」

「ぴゃっほう」

 

 彼方から聞こえる嘲笑の声が、少年の怒りのボルテージを引き上げる。

 許せないのはアイツらではない。

 下らない罠にハメてくれたプラモ屋でもない。

 そんな下らぬ誘いに引っ掛かり、ゴロ付き相手に辛酸を嘗めさせられている自分自身だ。

 

 常在戦場。

 戈を(すす)むと書いて「武」。

 例え暴漢に襲われようが、猛獣と出くわそうが、空からミサイルが降って来ようが、凶器と化すまでに磨きぬいた五体を頼りに生き抜けるのが、亡父より学んだ空手であった筈なのだ。

 それが下らない感傷に流され、所詮はゲームと油断した挙句、愚にもつかない三下相手に酷い手傷を負わされている。

 

「うおあああああああああぁアァァァ――――ッ!!」

 

 少年が叫ぶ。

 叫んで叫んで叫びつくして、愚かで弱い自分などこの体から出て行けと。

 下らぬ感傷が空っぽになるまで吼え尽くし、少年の中の獣がくつくつと笑いをこぼす。

 

 よくぞやってくれた!

 よくもやってくれた!

 この虚しくも平和な世界で、よくぞこれまで、暴力を貫いて生きていてくれた、と。

 

「来やがれェ、三下ども! 本物の空手屋をタダで殺れると思うなよッ!!」

 

 ナガラ・リオが吼えた。

 無表情のテレビ顔の下で、野獣が嗤っていた。

 

 

 ――PRRRR、PRRRR

 

 モニター上の惨劇から視線を話さぬまま、丸眼鏡が携帯を耳元へと寄せる。

 

「――やあキミコ君、中継の首尾は如何ですかな」

 

『ハッハハ、通信の方は問題ないけどね、視聴者の反応はさっぱりだ』

 

 スピーカーの先で「キミコ」と呼ばれた女性が快活に悲観の声を上げる。

 

『旦那の眼力を疑うつもりは無いけどさ、あの少年、本当に大丈夫かい?

 向こうの惨煉凄(さんれんせい)とか言うのだって、元は小火鯵(ボヤージ)組の代打ちなんだろう。

 いくら技量の差を埋めるためのガンプラ・トレース・システムと言ったって、素人には荷が勝ち過ぎる相手だろうに』

 

「ええ、私も今、それを懸念していた所なんですよ」

 

 丸眼鏡はそう言って大袈裟に肩を落とし、しかる後、不敵な笑みを浮かべて呟いた。

 

「ふふ、『孤高の虎』ナガラ・セイイチロウの忘れ形見がここまでとは、ね。

 ヤクザ崩れの素人如きが相手じゃ、そりゃあ、お話になりませんよねえ……?」

 

 

 

 

 

「ウオオオォオオオォオォォォ―――――ッ!!」

 

 リオが吠える!

 吠えながら駆け、駆けながら吠える。

 獲物を捉えた餓死寸前の猟犬のように、両眼に爛々とした煌めきを燃やす。

 

「何だァ――? アイツ真正面から、とんだ素人だぜ!!」

「弾き殺されてえのかよ、このドムの重甲を相手によ!?」

「ぴゃは!」

 

 下卑た嬌声を上げ、モヒカンの列が鮮やかに機体を翻す。

 その鼻先目がけ、脇目も振らずに野良犬が駆ける。

 

「ヒィヤッハァーッ 望み通り脳天カチ割ってやらァよォ!!」

「ヌリャアアアアアアァアァ―――――ッ!!」

 

 先頭のモヒカンが威勢良く鉄鞭を振るう。

 それを目の当たりにしながらも、尚もリオが狂ったかのように速度を上げる。

 

「…………ッ!?」

「キエェアァアアアアアアアァァァ―――――ッ!!」

 

 リオは完全に狂っていた。

 ぐるぐると両目を狂喜に滾らせ、凄まじいばかりの全力疾走でドムの元へと迫る。

 狂奔。

 脳天をブチ砕かれ、そのまま正面衝突してミンチになるのも厭わぬほどの全力疾走。

 ぞくり、とモヒカンの背に冷たい物が走り、そのスピードが一瞬緩む。

 

(勝ったッ!!)

 

 直後、前蹴り、一閃。

 ズゴン!

 砲撃でも受けたような轟音を上げ、くの字に折れたドムの巨体が後続とクラッシュする。

 

「トーシロがァッ!!」

 

 無表情のモニター顔に野獣の笑みを宿し、気勢を吐いてリーオーが疾る。

 軽量の量産機がドムの重装甲を吹っ飛ばす大理不尽。

 だがそんなものは、技巧でも無ければ理合でも無い。

 速度を伴わぬホバー走行のMSなど、宙吊りにされたサンドバッグも同然なのだから。

 

「キャラァッ」

「う、うおあああァ!?」

「あ、兄貴ィィィ――ッ!?」

 

 叫びと同時に右のミドル。

 パアンと黒い胸甲が跳ね、人形のようにドムが躍る。

 

(見たか、見たかよッ!)

 

 更に勢い良く踏み込んで左の掌底。

 後衛とサンドイッチにされた重MSに逃げ場は無い。

 

 何がジェットストリームなんたらだ。

 内心でハッ、と吐き捨てる。

 そんなモンは、相手をビビらせ道を開けさせるだけのヤクザの喧嘩に他ならない。

 三人がかりの利を、一対一×3に変える大悪手。

 一たび攻めの枕を抑えられたならば、後は勝手に自滅するのみではないか?

 

 仲間が三人居たならば、即座に囲んで棒で叩け。

 そう言った意味では、先ほどの機械人形の方が余程実戦を理解していた。

 本物の武術と言うは、残酷で情け容赦のない概念なのだ。

 吠えながら殴り、殴りながら踏み込み、踏み込みながら蹴り上げ、よろめく相手に額を押し付けながら叩いて叩いてなお焚き付ける! 

 

 

 

『うっひゃあ!? ドム三機を真っ向から押し込んじまうのかよ!!

 あの少年、心臓にスーパーバーニアでも積んでるのかい!?』

 

 電話口から伝わる興奮の声に、にぃ、と丸眼鏡が笑みを浮かべる。

 

「プラフスキー粒子の発見より幾星霜――。

 己が愛機を自由に動かしたい、と言う子供達の願望は、ガンプラバトルの形で実現しました。

 ……ですが、本当の意味でガンプラを手足のように動かせるファイターと言うのは、果たしてプロの連中の中にもどれだけいる事でしょうねえ?」

 

 カッと両目を開き、諸手を挙げて丸眼鏡が叫ぶ。

 

「私は見たい!

 ドモン・カッシュを! 東方先生を! アレンビー・ビアズリーを!

 競技と死合いの狭間で、骨を軋ませ血を吐きながら肉をぶつけあう彼らの姿をッ!!

 あの少年が、そしてガンプラ・トレース・システムが、それを現実の形にするのですよ!」

 

 

 

「こんのォッ ヤクザをナメンな! 小僧ッ!!」

 

 モヒカンが雄叫びを上げ、スクラップと化した胸甲からビーム砲のハッチを開く。

 

(有難うよ!)

 

 短く呟き、ためらいもせずに右の貫手を捻じり込む。

 リーオーの手首が深々とめり込み、バチンと火花を散らす。

 ガクガクと痙攣する頭部にダメ押しの飛び膝。

 更にモヒカンを踏付け、勢いのままに若き獅子が跳ぶ。

 

「ぴゃっ! ぴゃほわァアァアッ!!」

 

 たちまち飛んできた分銅が機体の頭部を掠め、同時にリオの額に鮮血が走る。

 ぬるりとした体温を鼻筋に感じ、少年が嗤う。

 言語が不自由な次男坊だが、こいつが一番筋が良い。

 

「オオッ!」

 

 高さをそのまま速度に変えて、渾身の踵を次男坊の脳天に叩きつける。

 ボゴンと頭部が胸板にめり込み、一撃でドムが大地に沈む。

 その有様を目の当たりにしながら、尚もゆっくりとリーオーが右足を上げる。

 

 踵。

 踵。

 踵。

 踵。

 踵。

 

 人間機械問わず、二足歩行の個体にとって、最も強固な踵の部位。

 それを無抵抗のプラモに目掛け、振り上げては打ち降ろし、叩きつけては振り上げる。

 

「やッ、やめねェかボケ!? 決着はもうついてんだろうがッ!!」

 

 ボケはお前だ、とっととかかって来い。

 ヒート青竜刀を携えたラスイチを気にも止めず、リーオーがひたすらに踏む、踏む、踏む。

 

 敵がやっているのは、あくまで通常のガンプラバトル。

 ぶつかり合った際の反射、機体のリアクションを見れば一発で分かる。

 遊びのバトルゆえ、リオがどれだけ必死で踏んだ所で、肉体にダメージを負う事は無いだろう。

 だが、だからこそ、足もとの木偶は徹底的に破壊せねばならない。

 肉体に痛みが残らずとも、今日の事を思い出すだけで心が壊れてしまうほどに。

 空手屋に喧嘩を売った愚かさを、骨身に刻むまで踏まねばならない。

 

「やァめろおおおおおおおおおォォォ!!!!」

 

 悲痛な叫び声を響かせて、大上段の青竜刀がリーオーを襲う。

 彪――っと軽く息を吐いて、リオが右手を横一文字に滑らせる。

 

 

 ビギン、と言う鈍い交錯。

 

 

「……ッ!?」

 

 声も無く、最後のモヒカンがよろりと揺らめく。

 根本よりばっかり断ち切られ、随分と短くなってしまった右手の凶器。

 その弾け飛んだ片割れが、今、どっかと大地に突き刺さった。

 

「丹田……」

 

 ぼそりとリオが呟き、風を巻いて下腹部への一撃!

 ズンッ、と言う重い衝撃と共に前かがみとなるドム。

 そのスカートを、空手屋の握力が強引に毟り取る。

 

「金的!」

 

 鋭い前蹴りが股間を捉え、ピン、と爪先立ちになったドムの機体が跳ねる。

 

「水月! 秘中! 人中!」

 

 懐に潜り込んだリーオーの連打が、正中線を真っ直ぐに駆け上がる。

 MSに無論、径穴(ツボ)などと言う概念は無い。

 だが、それがどうしたと言わんばかりの丁寧な拳。

 最後に顔面を捉えた一撃が、遂に単眼を突き破り、ドゥッとばかりにドムが倒れ込んだ。

 

 今度は油断はない。

 素早く拳を返し、リーオーがゆるりと残心を取った。

 

 

 

 ――ワアアァァァ、と言う割れんばかりの歓声が、少年の耳に響いてきた。

 

「ムッ」

 

 移ろい行く風景を前に、油断なくリオが周囲を見渡す。

 全周囲モニターが一瞬、砂の嵐を映し出し、やがて闘いの舞台はアリーナへと変わっていく。

 網膜にまで焼き付くようなスポットライトの白色。

 その下に照らし出された正方形のマットに、周囲を取り囲む赤色のロープ。

 そしてビリビリと肌を叩く、バーチャルにしては、どこか憑かれたような観客たちの熱狂。

 

「やあやあお見事! さすがに虎の子は見せてくれますねえ」

 

「……テメェ」

 

 キッと刺し貫くような視線を、ホール上段のオーロラビジョンに向ける。

 そこに映し出されたのは、上等なスーツの上からロングコートを肩で羽織った、件の丸眼鏡の姿であった。

 

「お前、ただのプラモ屋じゃあねえな?」

 

「私の名は李……、リー・ユンファ(李 潤發)!

 キミを今宵、最高の地獄にスカウトしに来た者ですよ」

 

「地獄?」

 

 ペッとリオが吐き捨てる。

 

「こんなまやかしの観衆が何だって言うんだい」

 

「フフ、この映像は偽物にして偽物ではありません。

 先ほどの闘いの始終はネットを通し、世界中の格闘オタクが観戦しておりました。

 この観衆の熱狂は、彼らユーザーのリアクションを直に反映した結果なのですよ」

 

 ピシリ、とリーが指先を突き付ける。

 

「分かりますか、ナガラ・リオ君!

 今や野に伏せた世界中の格闘ファンが、君のこれからのファイトに期待しているのです!」

 

 両手を広げるリーの仕草に合わせ、オオオオォォ、と会場全体が鳴動する。

 そんな熱狂に反比例するように、灼けた鉄が醒めていくのをリオは皮膚で感じていた。

 

「……勝手にやってろや、俺は帰るぜ」

 

「おやおやぁ、つれないですねぇ~?

 今までずっと出待ちしていた『彼』の気持ちを汲んであげてもいいじゃないですか?」

 

「……ッ!?」

 

 ふっ、と不意に頭上に影が差す。

 ぞくりと背筋が震え、本能のままにリオがコーナーへと飛び退く。

 

 

 ――ドワォッ!!

 

 

 直後、凄まじい爆音がリング中央で炸裂し、衝撃波がビリビリと会場全体を共鳴させた。

 

「こ、こいつぁ……!」

 

 思わずリオが息を呑む。

 黒い、山であった。

 空気が静止した時、リング中央に、黒く大きな塊が深々とめり込んでいるのを、少年は見た。

 と、不意に真紅の両眼が瞬いて、漆黒の巨体がぬうっ、と動いた。

 

 それは、黒く、太いガンダムであった。

 

 金色に輝くV字のアンテナ。

 赤色に光る双のカメラアイ。

 その顔面の特徴だけが、かろうじてガンダムと呼べる名残を残す。

 黒色を基調としたマッシヴなボディ。

 頭部よりも大きく厳つい球形の両肩。

 追加装甲でも纏ったかのように武骨に膨れた手足。

 大胸筋、後背筋の発達を想起させる逆三角形の重装甲。

 スカートアーマーは無く、股関節は悪趣味なビキニパンツのように金色に輝く。

 

 まさしくそれは、男と言う生物をそのまま鋳型に閉じ込め熱したかような、黒く、太く、逞しいガンダムであった。

 

 むわっとした野生を感じ取った野良犬が、少年の躯をぶるりと震わす。

 

「レディ―――スッ エ―――ンドッ ジェントルメェ―――――ンッ

 只今より、ガンプラファイト・セミファイナルを開始致しますッッ!!!」

 

 純白の翼を広げたMS少女がホールに踊り、民衆にバカげた一夜の始まりを告げる。

 

「赤ァ――コォナァァ―――!!

 188センチ257パウンド、元・超日本プロレス所属、『人間モビルアーマー』

 ビグゥ―――ザムゥ―――ゴウゥ―――ダアァァ――――ッ!!

 使用機体ッ AGE1タイタスゥ……【NOAH】ッッ!!!!」

 

 

 フリーレスラー『ビグザム剛田(ゴウダ)』

 

 ―― ファン曰く『日本のパウンド・フォー・パウンド』

 ―― ファン曰く『若手の壁を強いられている男』

 ―― ファン曰く『ビグザムだけはガチ』

 ―― ファン曰く『ELSが相手でもプロレスが出来る男』

 

 たまらぬレスラーの登場に、ドウッ、と一つ会場が震えた……。

 

 

 

 




・おまけ MFガンプラ解説①

機体名:プロトリーオー

素体 :トールギスⅢ(新機動戦記ガンダムW Endless Waltzより)
機体色:白
搭乗者:永樂莉王(ナガラ・リオ)
必殺技:なし(空手家の打撃は全てが必殺)
製作者:平井唯 (ヒライ・ユイ)

・本編において空手家、ナガラ・リオが手にした最初のガンプラ。
 原作におけるプロトタイプリーオーとはトールギスを指す通称であるが、本機は製作者ヒライ・ユイにより「トールギスを叩き台に製造されたリーオーの試作一号機」と言う設定付けがなされている。
 外観は一見リーオータイプのMFだが、実情はオリジナル設定に基づいて、HGトールギスⅢを素体に制作されたセミ・スクラッチ品である。
 本機は「本格的なハイキックを打てるガンプラ」を目指して制作されており、シールド、各部アーマー、バーニア、武装の撤去、簡略化に加え、関節部稼働域の確保に手足末端の強化と、徹底的にストライカー向けの改造が施された高性能格闘機に仕上がっている。
 なお劇中では初陣の折にドーバーガンを装備して出撃しているが、これはリー・ユンファがガンプラバトル擬装用に装着した追加装備であり、本機の正式な武装ではない。


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