ガンプラ格闘浪漫 リーオーの門   作:いぶりがっこ

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 ~ unofficial battle 【ガンプラ・ファイト】とは? ~

1.業界初! 「ガンプラ・トレース・システム」採用タイマンバトル
  →お前がガンダムだ!
2.ダメージフィードレベル:A
  →死なないぞ! 安心して殺し合え!
3.武器使用禁止
  →男なら、拳一つで勝負せんかい!
4.ブースター、バーニア、スラスター、ミノフスキードライブ等使用禁止
  →君よ、走れ!
5.『非』公式大会
  →ヤジマ商事には内緒だ!

  以上、プラモスピリッツに則って正々堂々戦うべし!!




プロレスラー ビグザム剛田(ゴウダ)

 ビグザム剛田。

 タフな男である。

 耐える、吠える、投げる。

 それだけしか知らない男である。

 

 パフォーマンスに秀でた同期がいた。

 空中殺法を得意とする同期がいた。

 グラウンドに長けた同期がいた。

 何でもできる同期がいた。

 

 ただひたすらに耐えて、吠えて、投げる。

 魑魅魍魎が集う黄金期の超日本プロレスを、その三つだけで生き延びてきた男であった。

 

 ガンダムAGE1『タイタス』

 タフな機体である。

 しかし、不遇な機体ではあった。

 

 脚本は、僚機の見せ場を求めていた。

 演出は、Xラウンダーを生かせるスピードを欲していた。

 考証は、彼に空戦の機会を与えなかった。

 ただ悪戯好きのモデラーたちだけが、そのベビーに不釣り合いな、彼の武骨な手足を愛した。

 結果、タイタスはタフな機体としてではなく、魔法少女用のタフな換装パーツとして、一部の数寄者たちの記憶に残る所となった。

 

 

「赤ァ――コォナァァ―――!!

 188センチ257パウンド、元・超日本プロレス所属、『人間モビルアーマー』

 ビグゥ―――ザムゥ―――ゴウゥ―――ダアァァ――――ッ!!

 使用機体ッ AGE1タイタスゥ……【NOAH】ッッ!!!!」

 

 MS少女のアナウンスに、会場が震えていた。

 観客たちは直感していた。

 最もタフなプロレスラーに、最もタフなガンダム。

 時代に愛されなかった二つのタフ。

 それらが出会った時、「とてつもない事が起こる」と……。

 

「青ォ――コォナァァ―――!!

 165センチ164パウンド、『Gate of Leo』

 ナガラァ―――リィ―――オォォ――――ゥッ!!

 使用機体ッ プロォトォ――ッリィ――オォォ―――ッ!!!!」

 

 アナウンスと同時に、熱狂が少年の肌を叩きつける。

 頭を軽く振い、大きく一つ息を吐く。

 武とは揺るぎないもの、武とは迷わぬもの、武とは躊躇わぬもの。

 今日、この時に至るまで繰り返して来た失態を、二度と犯したくはなかった。

 

「無理しなくても良いんだぜ、厭なら家に帰ったってよォ」

 

 会場の熱気に片手で応えながら、飄々とタイタスの中の『彼』が言う。

 

「お前ら空手の先生たちは、みーんなそんな感じよ。

 どれだけ金を積もうとも、超日本のリングにゃ上がってくれねえ。

 無理もねえ話さ。

 何せマットの上じゃあ、俺らとハンデが付きすぎるからぁな」

 

 そう言って、マスクの内側でにいっと嗤う。

 つられたリオもくつくつと嗤う。

 流石プロレスラー、良い空気を作ってくれる。

 

「概ね同意するよ。

 けどよォ、親父の教えはちょっとだけ違ったぜ」

 

「ほう?」

 

「空手は標だ。

 男が一匹、誇りを貫いて生きるための手段だ。

 その道先に気に入らねえヤツがいたら、片っ端からぶっ潰しちまえ……ってなァ!!」

 

「――ッ!?」

 

 ゴウダが後背の観衆に手を振った一瞬。

 その瞬間に、リオはマットを蹴っていた。

 

「オオォッ!!」

 

 振り向く巨漢の眉間を目掛け、リオが拳を突き上げる。

 空手家の拳では無い。

 目ざとく鎖分銅を巻き付けていた即席の鈍器。

 ビギン、と言う鈍い音がして、タイタスの巨体が仰向けに跳ね上がる。

 

「空手小僧が突っかけやがった!」

「眉間直撃じゃねえか!?」

「ブッ殺せェゴウダァ――ッ」

 

「構いません、このままゴングを!」

 

 リーの一声に頷いて、MS少女が高らかとゴングを鳴らす。

 その残響も消えぬ内に、リオが渾身の前蹴りを繰り出す。

 

「――ヌッ!」

 

 爪先が深々と腹部にめり込んだ瞬間、リオが違和感に気づいた。

 例えるならば、極限まで圧縮したゴム。

 分厚い鋼の装甲の内側に、高反発の肉がみっちりと収められているのが、蹴り足の感触から十二分に伝わってくる。

 

「フン!」

 

 ゴウダが腹筋を張る。

 太いゴムがたちまち巨岩と化して膨張し、リーオーの体が一瞬泳ぐ。

 

「なんとォー!? 空手家の前蹴りを腹筋だけで押し返したァ!!」

 

 ざわめく観衆をひらひらと片手で制し、おどけた仕草でタイタスが嗤う。

 

「お~ぉう、ちちっ!

 へへ、良~い親父さんじゃあねえかよ?

 こりゃあ一緒にうまい酒が呑めそうだなぁ、おい」

 

「――! もう、いねえよッ!!」

 

 短く吐き捨て、手にした分銅を力一杯に投げつける。

 悠々と上体を逸らしてタイタスが避ける。

 その間隙を縫って、一足飛びでリオが懐に飛び込む。

 

 肝臓。

(――違う)

 短い舌打ち。

 まるで大型重機用のゴムタイヤでもブッ叩いたかのような反動が、急所への浸透を阻む。

 

 腎臓。

(これも違う)

 矛が通らない。

 まるで粘り強い岩石でも打つかのような徒労感。

 

 胸骨。

(これも)

 比較的、肉の薄いはずの胸元。

 そこへの打撃すらも大胸筋の壁に阻まれる。

 

「ほぅらよッ!」

 

 恐ろしく気軽に繰り出されたタイタスの右膝。

 すかさず左脚を引いて距離を取り、リーオーが標的へと照準を合わせる。

 

「セイァ」

「グォ! ……痛ぅ~ッ!!」

 

 巨漢の泣き所、膝頭への下段突き。

 ガツンと言う確かな手応えと共に、タイタスの巨体がグラリと揺らぐ。

 

(ここ!)

 

 斜めに傾いだタイタスのこめかみ、リーオーがたちまち体を躍らせる。

 風を巻いた竜巻の如き上段蹴りがタイタスの頭部を強かに打ち抜

 

「……!」

 

 いや、打ち抜、打ち抜けない。

 腕力の三倍の威力を持つ筈の脚が、プロレスラーの太い頚に阻まれている。

 

(そうか、こいつ……!)

 

 ようやくカラクリに気が付いた。

 タイタス外見上の最大の特徴である、球形の両肩。

 頭部よりデカイ肩甲骨をピタリと左頬に当て、瞬間、頚を支えるストッパーとしたのだ。

 ガンプラだからこそ、そしてプロレスラーだからこそ出来る、打たせる事前提の防御法。

 

「サービスタイム終了だ」

 

 凄まじいばかりの膂力に引き寄せられ、たちまちリオが重力を失う。

 観客席が反転し、網膜に眩いばかりのスポットライトが突き刺さる。

 

「どっセイリャアッ!!」

 

 急速にマットに叩きつけられ、リーオーの体が大きくのけぞる。

 全身が痺れ、息がつまり、チカチカと視界が煌く。

 シンプルにして至高、プロレスラーのボディスラム。

 

「あ……ァ……」

 

「へへっ、マットの上で良かったなァ空手屋よォ!!」

 

 怪しげに輝くスポットライトの世界。

 そこに突如、ぬうっと死の影が差す。

 知っている、ダメ押し、ギロチンドロップ。

 必死に転がり、逃げる、避ける。

 ドン、と一つマットが揺れる。

 

「まだまだァ!」

 

 かろうじて起き上がった先に、横薙ぎの一撃。

 これも古典、逆水平チョップ。

 技術もへったくれも無い渾身のフルスイング。

 だが完璧なタイミング。

 避けようが無い、両腕で受ける。

 

 ――ベッチイィィッ!!

 

 乾いた音を響かせ両腕が爆ぜる。

 ガードの上から体が浮いて、息が詰まる。

 驚愕する。

 タイタスはもう動き出している。

 飛ぶ。

 飛ぶのか?

 あの巨体が、真横に――。

 

「~~~~~~ッ!!」

 

 お約束、ドロップキック。

 両手のブロックを抉じ開けて、巨大な靴底が顔面を捉える。

 ぐちょり、と鼻の粘膜が悲鳴を上げる。

 空飛ぶ116キロ。

 支えられない、ぶっ飛ぶ、背中にポスト、痛烈。

 ゴウダが走る。

 コーナー、逃げられない、ショルダー、めり込む、沈む。

 

 ふっ、と圧迫が緩み、体が前方に揺らぐ。

 がしり、と豪腕が後頭部を掴む。

 

「死ぬなよ小僧」

 

 心の底から心配そうな、ゴウダの小声。

 

(無茶言ってくれる)

 

 思う間もなくブン投げられる、走る、走る。

 前方にロープ、存外硬い、揺らぐ、よろめく。

 タイタスが走る、全力疾走、迫る。

 これも知っている。

 よく馬鹿にした、片手を伸ばして、ただ走るだけ。

 

『――己が鍛えた技を見世物にするなら、その瞬間に武術は死ぬ。

 死んだ技、死んだ攻撃など、本身の前では恐るるに足りん――』

 

「クソ親父……」

 

 ポツリ、知らず悪態がこぼれる。

 プロレスラーが腕を伸ばして走ってくる。

 それはもう兵器。

 

(強ェじゃねえか! プロレ―― )

 

 

「ノ、ノンビームラリアート、炸裂ぅ~~~ッ!?

 リオ選手の体が、空中で半回転したアァァ――ッ!!」

 

 凄惨なる光景の前に、海千山千の観衆たちがオオオォォ、とざわめく。

 武術に幻想を持ち過ぎていた。

 本当は誰もが気が付いていた。

 体重差も気にせずにバトルを組めば、こう言った結末が待ち受けていると。

 

「へえ……」

 

 会場の空気が冷え込む中、ただ一人、当のゴウダ本人のみが、目を丸くして感嘆の声を上げる。

 

「ますます気に入ったぜ。

 空手なんかやめてプロレスやろうぜ、なあ小僧」

 

 ゴウダの声に呼応して、プルプルと生まれたての小鹿のようにリーオーが立ち上がる。

 

「なんとおォォォ――ッ!?

 立ち上がる! 少年! 何と言うド根性!?」

 

 わっ、と再び会場が沸く中、にへっとゴウダが笑みを浮かべる。

 

「そりゃあ立ち上がれるだろうよ。

 自分から回転して、俺のラリアートを完全に殺してくれたんだからなあ」

 

 ゆっくりとタイタスが右腕を伸ばす。

 太い腕が防御を容易くすり抜け、リーオーの首筋を捕え、その身を宙に高々と吊り上げる。

 

「ぐがッ」

 

「へっへ、だがどうする小僧?

 ここらで看板にしとくか」

 

「ネ、ネッグハンギングツリー? しかも片腕!

 なんという光景!

 体格の差とは、これほどまでに無慈悲な物なのか――ッ!?」

 

 MS少女の悲痛な声。

 それは観衆たちの叫びの代弁でもある。

 彼らはみな、それなりの格闘技通だ。

 階級の差が絶対である事を誰もが知っている。

 知っているからこそ見たいのだ。

 窮鼠が猫を噛む、その瞬間の輝きを。

 

「……ぐっ……あ、が、ぎ……!」

 

 声にもならぬ呻きを漏らし、リーオーが必死で体を捩じらせ、絡みつく手首を握り締める。

 余りにも淡い最後の抵抗。

 

 ――瞬間、ビギン、と言う鈍い音。

 

 首が折れたか?

 シン、と会場が静まり返る。

 

「おっ! おおおおっ!?」

 

 だが、驚きの声を上げたのはゴウダの方だった。

 間断いれず、右の前蹴り。

 高らか伸びた爪先がタイタスの顎をハネ上げ、ようやくリオが脱出に成功する。

 

「ハァ……! ハァッ ハァッ!」

 

「こ、小僧、お前……?」

 

 狼狽の声を漏らしながら、そっとタイタスが右手をかざす。

 中指が、あらぬ方向に捻じ曲がっていた。

 

「お前一体、何をしたァ――ッ!!」

「……ッ」

 

 両手を突き出し、野獣のようにタイタスが迫る。

 ギラリと獲物を睨み据え、リーオーもまた両手をかざす。

 パン、と言う乾いた音がリングの中央で炸裂する。

 手四つ。

 男比べ。

 両者の力が一時的に釣り合い、二機のMSがライトの下で静止する。

 

「うおっ、うおおおおおおおおおォォ――――ッ!!」

 

 驚くべき事に、先に悲鳴を上げたのはゴウダの方であった。

 チビがデカブツをパワーで圧倒する。

 あまりにもファンタスティックな光景に、観衆が再びどっ、と沸き返る。

 同時に皆が状況に気が付いた。

 絡み合わせた四つの掌、そのタイタスの指先だけが、パキパキと乾いた音を立て始めている。

 

「握力! それも指先のピンチ力ですね!」

 

 パシリ、とリーが手にした扇子を打ち鳴らす。

 正拳、平拳、貫手、一本拳――。

 ヤワな掌で敵をブッ叩くため、異形と化すまでに鍛え込んだ空手家の指先。

 プロレスラーの総合的なパワーの前に、少年は指先の力と言う一転突破で対抗していたのだ。

 

「そいつが、どうしたってんでィッ!!」

 

 思い切り怒声を吐き出しながら、タイタスがヘッドバットを叩き込む。

 ファーストコンタクトで叩き割られた筈の額を、リーオーの頭部に。

 リオの視界がグラリと暗転し、両膝がガクリと沈む。

 

「もうイッパァ―――……」

 

「ナメんじゃねえプロレス屋アアァァァ―――ッ」

 

 大きく上体を逸らし、第二撃に移ろうとしていたタイタス。

 その両手を力一杯に引き寄せながら、リーオーが前足を振り上げる。

 ズゴッ、と言う鈍い音と共に前蹴りが突き刺さり、くの字に折れた巨体がよろよろと後退する。

 

「と、通ッたアアァアァ―――ッ!! 

 空手少年の執念の一撃が、ついにレスラーの装甲を貫いたァ――――ッ!」

 

 会場のボルテージが高鳴る中、ブッとリオが鼻血を搾り出す。

 

「そりゃァ効くよな、受ける準備をさせなかったんだ。

 風船がパンッパンに膨らんだ所を、思い切り突いてやったんだからよォ!!」

 

 叫ぶと同時に勢いよく駆け出し、前屈みとなった頭部に肘を叩き込む。

 打ち抜けなくても構わない。

 腰を返して、縦にカチ上げるショートアッパー。

 果たしてそれが空手であるのか、今は考えまい。

 ガラ空きとなった正中線に一歩踏み出し、しっちゃかめっちゃかに拳を叩き込む。

 わっ、と一段歓声が上がる。

 

(バカ野郎!)

 

 口中で一つヤジを吐く。

 打っているのではない、打たせられているのだ。

 将棋で言うならば、これは穴熊。

 致命傷になる一撃をかろうじて防ぎながら、敵は最後の一投げの機会を待っている。

 だが、そうと知っていても進まねばならない。

 敵は思っている。

 この程度の猛攻ならば耐え切れる、と、反撃の余力はある、と。

 空手家に叩きつけられた挑戦状、その驕りを叩き潰さねば気がすまない。

 

 死ぬ物狂いの乱打の中に、一点、搦め手を混ぜる。

 敵は側頭部からの衝撃に対し、絶対的な自信を持っている。

 それがミソ。

 拳の形は一本拳。

 小さく、鋭く、正確に。

 狙いは上顎と下顎の付根――。

 

「~~~~~~~~~ッッッ!!!!」

 

 成功だ。

 声にならない声を上げ、ゴウダが大きく背を逸らす。

 タイタスの頭部に損傷は無い。

 外目には何が起こっているのか、理解できる者は少ないだろう。

 ただ顎を外されたゴウダだけが、その遣り所の無い痛みを理解している。

 

 戦闘力を奪うため攻撃ではない。

 現在進行形のこの痛みすら、眼前のタフガイは耐え切るかもしれない。

 だがそれでいい。

 ただ一瞬、次の一撃への抵抗の余地を奪えれば十分だ。

 

 すうっと短く息を吐く。

 右手の形は貫手。

 

(知ってるぜえ、プロレスラー)

 

 腰を落とし、一直線に右手を突き出す。

 

(日本で一番偉大なプロレスラーは……、刺されて死んだんだ!)

 

 狙いは、水月。

 腹筋と大胸筋の間隙に、ナイフのように手刀を滑らせる。

 ズン、と言う音を立て、装甲の間隙に、リーオーの右掌が深々とめり込む。

 

「――!」

 

 違う!

 抜けない。

 右掌が筋肉の顎に捕えられ、リーオーの動きが封じられる。

 

 パァン、とリオの耳元で何かが爆ぜ、視界が一瞬にして真っ白に染まった。

 モンゴリアンチョップ、あるいはハナから両耳を狙った張り手か。

 

(バッキバキに折れた指で、それをやるかよ……)

 

 頭上からの圧力で上体が折れ、がしり、と腰周りをクラッチされる。

 

「ふがまえひゃひぇえェ~ ひょぞォ~」

 

 謎の念仏が聞こえる。

 意味がわからない。

 分からないままに、リオの体が大地を失う。

 ぐるん、ぐるんとリオの視界が縦に回る。

 カッと閃光が瞳に突き刺さり、瞬間、視界がクリアーになる。

 

(高い……)

 

 ポツリと感想が漏れる。

 幼き日、あの父が肩車してくれた事があった気がする。

 その時よりも今は高い。

 それに、とても静かだった。

 静寂の中、キーンと言う耳鳴りだけが遠くから響いている。

 澄み切った視界、アリーナが一望できる。

 薄闇の中、周囲を照らす眩いばかりのスポットライト。

 二階席、三階席の観客一人ひとりの顔までくっきりと見える。

 全てが静謐で、美しい世界。

 

(ああ、そうか……)

 

 ようやくリオは思い出した。

 

(今日は、死ぬには良い日、だったよな)

 

 刹那、再び視界が白色の閃光に包まれて――、

 

 リオの体は、急速に大地に沈んだ……。

 

 

 ――気が付いた時には、雨はもう降ってはいなかった。

 

「…………」

 

 うっすら開けた瞳の先には、満天に輝く星空があった。

 ふっと、一瞬、童心に帰る。

 父に手を引かれ、共に歩んだ山篭りの日々。

 散々に打ちのめされたその後で、こうして草原に寝転がり、星空を眺めた夜もあった。

 

「い~い夜だなあ、坊や」

 

 傍らから掛けられた声に、かろうじて上体を起こす。

 倒れていたのは、あの日の草原などではない。

 コンクリートのスタンド。

 先ほどの仮想空間と似た作りの観客席であったが、少し違う。

 改めて周囲を見渡せば、そこは何やら年季の入った作りの野球場のようであった。

 

「感服したぜ、坊や。

 マジで俺と一緒に、プロレスをやってみねえかい」

 

 そう言って、傍らの巨漢が愛嬌のある笑みを見せる。

 リオの記憶には無い、ボッコボコに打たれた馬面の男。

 だが、確かにどこかで出会ったような気もする顔。

 

 男の太い手が、力強くリオの背を叩く。

 直後「いってえ!」と、大げさに男が掌を振るう。

 ギブスでガチガチに固められた男の指先。

 ようやくリオの中で、記憶の糸が繋がって行く。

 

「アンタが、ビグザム剛田……、さんかい?」

 

「おうよ、俺が坊やに顎をやられたせいで晩飯を食い損ねた、ゴウダ・カオルその人よ」

 

 そう言って、ゴウダが欠けた歯をきひっと覗かせる。

 つられてリオもふへっと笑う。

 

「ゴウダさんよぉ、ここはドコだ?」

 

「来春取り壊し予定の県営球場よ。

 つっても、電気系統の方はまだ生きてるってんでな。

 メインイベントの観戦には持って来いってぇ訳だ」

 

「メインイベント?」

 

「やあやあやあ! 少年、ようやくお目覚めかい?」

 

 リオの疑問を遮って、やたら陽気な女性の声が彼方より響く。

 ちらっとリオが視線を向ける。

 

 ブロンドのソバージュを揺らして笑う、藍色のセーラー服の女。

 時代錯誤のロングスカートに、センスを疑う指抜きのレーシング・グローブ。

 更にその上から何故か陣羽織と言うイカれた出で立ち。

 一目で分かる、見まごう事なき変人。

 呆然とするリオの両手をガシリと掴み、変人がキラキラと両目を輝かせる。

 

「イヤ~! 感動したぞ少年!!

 絶対の体格差を覆す武術家の意地、確かに見届けさせてもらったぞ」

 

「…………」

 

「この指か! この太い指がおっさんの手を破壊したのだな!

 何と言ういじましいまでの努力!

 素晴らしい、抱き締めたいなあ少年!!」

 

「ってオイ! もう抱き付いてんじゃねえか!!

 何なんだお前は、いいから離れろ」

 

「やや、こりゃ失礼」

 

 やや気取って距離をとり、変人がらしからぬ愛嬌ある笑みを見せる。

 

「エイカ・キミコ(詠歌 公子)25歳、乙女座のB型。

 先ほどの戦いを、MS少女を通じて見届けさせてもらった者だ。

 親しみを込めて『ハム姉』とでも呼んでくれ」

 

「ハ、ハム姉……?」

 

「とにかく少年、私は君のファイトに心底惚れた。

 だからやろう! 少年!(ガンダムファイトを)

 私に(実況)させてくれ!!」

 

「ええい、ウザってえ! 離れろっつってんだろうが!」

 

「ゲハハハ! ほどほどにしとけよハム子。

 空手屋ってえのは童貞切っちまうと弱くなるって言うぜ」

 

「~~~~ッ じゃねえよッ!!

 何なんだお前ら、ガンプラファイトってえのは変人の集まりかよ!?」

 

「ハハハッ ガンプラファイトなんてものは、どこかイカレてなけりゃあ務まりませんよ」

 

 飄々とした男の声が、無人の観客席に響き渡る。

 カツン、カツンと靴音を響かせ、変人の親玉がようやく三人の前に顔を出した。

 

「勿論あなたも含めて、ねえ、ナガラ・リオ君」

 

「……プラモ屋」

 

 突き刺すようなリオの視線に微笑して、丸眼鏡、リー・ユンファが客席に腰を下ろす。

 

「どうでした、リオ君。

 ガンプラファイト、そのデビュー戦の感想は?」

 

「……どうもこうもあるかよ、人攫いが」

 

「ふふ、つれないですねえ?

 けれど、リオ君、あなたは先ほどのファイトの中で、何かしら日常に欠けていた充足感を得ていたのではありませんか?」

 

「…………」

 

 むっつりと、リオが押し黙る。

 

 十年。

 ただひたすらに、父の正しさを証明するために走り続けてきた。

 けれど今やその日々に意味は無く、さりとて日常に埋没して生きられるほど老成してもいない。

 ただ一人、目の前のロートルレスラーだけが、行き場の無いリオの全力を受け止めてくれた相手であった。

 リオが本当に生きる喜びを求めるのなら、それはあるいは、この非合法のガンプラバトルの中にしか存在し得ないのではあるまいか?

 

「プラモ屋、お前、一体、何のためにこんな事を?」

 

「何のためって、そりゃあ道楽ですよ?

 金持ちが道楽のために金を使って何が悪いんです?」

 

「道楽……」

 

「あなただって同じですよ。

 人の一生は短く、最強の武は時間と共に容易く衰える。

 ならばあなたが青春を犠牲にして得た力は、あなた自身の充足に使われるべきなのですよ」

 

「……親父の空手を、見世物にするつもりは無え」

 

 複雑なる想いを抱えながら、かろうじてリオが呟く。

 リーの甘言に一抹の魅力を感じている事、それを否定は出来ない。

 けれども、彼の誘いに乗ると言う事は、そのまま亡父の教えの否定であり、積み上げてきた歳月を否定する行為に等しかった。

 

「……まあ、今すぐに結論を出す必要はありませんよ。

 どうせ今のあなたの怪我じゃ、当分、次のカードを組む事はできませんしね」

 

 言いながらリーが大げさに肩を竦める。

 

「けれど、せっかく今日は特等席を用意したんですから。

 今夜はせめて、最後まで楽しんでいって下さい」

 

「特等席?」

 

 パチン、とリーが掲げた指を弾く。

 同時にバックライトが一斉に点灯し、オーロラビジョンが熱狂に揺れるアリーナを映し出す。

 無人の球場が、一瞬、先ほどの闘技場へと変わってしまったかのような錯覚に、リオの肌がざわりと粟立つ。

 

 熱狂の中心にいたのは、金色のモビルスーツであった。

 丸っこい頭部に、筋骨隆々とした逞しいボディを持った、気品溢れるモビルスーツ。

 バランスの悪さを苦にもせずに大きく腰を落とし、丸太のように太い右足を、ピンと天空に突き立つまでに高らかと掲げる。

 ゆっくりと時間をとり、ズン、と大地を一つ揺らす。

 とくん、とリオの心臓が震える。

 物言わぬ機体から醸し出される、圧倒的な存在感。

 その魂の輝きが、まるで金色の外装に乗り移ったかのように、少年の目には映って見えた。

 

「いっやァ~、壮観だねえ少年。

 まさかあの『スモー』で横綱の土俵入りが見られるなんてね。

 ここまでずっと、ガンプラファイトを追い駆けてきた甲斐があったってもんだ」 

 

「……横綱?」

 

「そうさ少年。

 それくらいの『格』が無ければ、今宵の相手は務まらない」

 

 驚く間もなくカメラが切り替わり、一斉に観客たちの歓声が轟く。

 反対のゲートから現れたのは、真紅のモノアイを煌かせる、新緑色の機体であった。

 その名前だけは流石に知っていた。

 宇宙世紀を、いや、ガンダムシリーズを代表する量産機『ザクⅡ』

 真っ赤なグローブを両手に嵌めたザクが、時折シャドーをしながら花道を歩いている。

 

「ボクシング元ヘビー級チャンピオン、ルクス・ランドア。

 今日の横綱の相手の名前さ」

 

 ルクス・ランドア。

 フィラデルフィアの英雄。

 伝説の王者。

 飛び抜けたテクニックを持っていた訳ではない。

 不滅の記録を打ち立てた天才でもない。

 だがそれゆえに、今なお数多の人間の魂を揺さぶってならない、闘志のファイターである。

 

 オオオオオォォ、と客席よりどよめきが起こる。

 既に50歳近くにもなろうかと言うロートルボクサー。

 だが、そのファイティングスーツ姿は、全盛期の肉体と比べても何ら遜色が無い。

 米国の生ける伝説が、全盛期の肉体を作って帰ってきた。

 横綱にガンプラで勝つために、全盛期のトレーニングを積んできたと言う。

 

「バカな……、みんな、なんで」

 

「そう、みんなバカなんですよ。

 ここにいる者はみんな君と同じです。

 健全なる世界の中で、いつだって牙を持て余して乾いている」

 

 そう言って、どこか寂しげにリー・ユンファが苦笑する。

 

「健全なだけの世界は歪んでいます。

 我々のような野良犬には、どこかでガス抜きが必要なんです」

 

「……!」

 

「ねえ、やりましょうよリオ君。

 私たちとガンプラファイトを」

 

 

 

「~~~ッ うおおあああああああああああァァァ―――――ッ!!!!」

 

 

 

 矢も盾も堪らず、リオが吼えた、吼えながら哭いた。

 何故なのか分からない。

 だが、この光景には確かに救いがあった。

 体の中で煮えたぎるような感情が溢れ出し、ただそうせざるを得なかった。

 

 リー・ユンファが笑っていた。

 エイカ・キミコも、ビグザム剛田も笑っていた。

 

 観客のボルテージは、いよいよ最高潮に達しようとしていた。

 熱狂の一夜、その最終章が幕を開けようとしていた……。

 

 

 

 

 




・おまけ MFガンプラ解説②

機体名:AGE-ONE・タイタスNOAH

素体 :ガンダムAGE1タイタス(機動戦士ガンダムAGEより)
機体色:黒・金
搭乗者:剛田薫 (ゴウダ・カオル)
必殺技:ノンビームラリアート
    タイタスバーストボム
製作者:詠歌公子(エイカ・キミコ)

・プロレスラー、ビグザム剛田が使用する重装甲のガンプラ。
「プロレスの為のガンダム」と言うコンセプトの元、換装システムをオミットして極端な魔改造が施されている。
 素体の特徴であったウィングはランドセルごと撤廃され、代わりに大胸筋、腹筋、後背筋をイメージして大胆にパテを盛った、実質フルアーマー仕様の機体である。
 ガンプラファイト参加機体の中でも1、2を争う防御力を誇る重MFだが、その代償としてファイターは常時、装甲重量の過付加に耐えながら闘う事を強いられているんだ。
 人間MAの異名を持つゴウダにしか扱いきれない、事実上のプロレスラー専用機である。
「素体のデキに物を言わせた初心者向け脳筋機体」とは制作者のキミコ談。

 なお、キミコの覚書によれば、本機にはまだ隠されたギミックが仕込まれているようだが……?




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