ガンプラ格闘浪漫 リーオーの門   作:いぶりがっこ

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エピローグ
俺たちのガンプラ


 鐘が鳴る。

 

 西東京の空に、まるで荘厳なチャペルのように、場違いにクラシックな鐘の音が響き渡る。

 例えば、結婚式のような催しが行われている、と言うではない。

 周辺の住民にとっては、それは既に日常の一部となった音色であった。

 今日の授業が終わるのだ。

 

 東京都立三区王堤女学院。

 明治期の文明開化と女性の社会進出と言うニーズの中、知性と教養を兼ね備えた真の大和撫子の育成を理念に、北欧から一流の教育者たちを招いて発足した、中高一貫教育の伝統校である。

 自然、大企業の令嬢や名家の子女と言った、やんごとなき婦女子の集う場となり、周囲の学校とは毛色の異なる、独自の校風を形成している。

 

 とは言え、世は既に二十一世紀。

 壮麗な淑女たちの世界にも、少しずつ変革の輪が広がり始めていた。

 

 

 授業の終わりを告げる鐘が鳴る。

 明日の社交界のヒロイン、とは言え今は、年頃の中学生に過ぎない少女たちの事。

 広い教室の空気が、ふっ、と緩み、たちまちそこかしこに雑談の華が咲き始める。

 

 華やかなる世界の片隅で、少女が一人、とんとん、と教科書の整頓にかかる。

 最上級生のピンクのタイを付けているにしては、やや背の低い、黒髪のおさげの少女。

 地味な外見の中、表情を気取らせぬ瓶底眼鏡だけが、少女を彩る唯一のアクセサリーであった。

 

 ヒライ・ユイであった。

 時が巡り、少女も十五歳、中等部の最上級生となっていた。

 

 ――と、

 

「ヒィロ先輩!」

 

 不意に声をかけられ、鞄を開きかけていた左手が止まる。

 溌剌とした明るい声に、雑談が止み、教室中の視線がヒライたちへと向けられた。

 

 顔を上げ、正面の声の主と向き合う

 目の前に居たのは、亜麻色のセミロングの髪の少女であった。

 

 明るい色合いのおかっぱ頭から、漫画のようなアホ毛が一筋、ぴょんと跳ねていた。

 くりんとした丸い瞳に、ヒライと同程度のちんまりとした背丈が、どこか小動物を思わせる。

 タイの色はライトブルー、ヒライたち三年生の一つ下に当たる。

 

 その少女が、淡いピンクの封筒片手に、にひっ、と笑った。

 まるでやんちゃな少年のような、無邪気な笑顔であった。

 

「ヒィロせんぱいっ」

 

 もう一度、少女がその名を呼んで、手にした封筒を差し出してきた。

 ヒライが無言で受け取る。

 じっ、と見つめた封筒の上には「しょうたいじょう」と、今時の女の子らしい丸っこい文字が躍っていた。

 

「バトル部の部室への招待状っす。

 放課後の部活動、当然、来て下さるっすよね?」

 

「…………」

 

 にひっ、と、もう一度少女が白い歯を見せる。

 パチパチパチ、と。

 期せずして周囲から巻き起こった温かい拍手が、二人を包み込む。

 

 ふぅ、と小さくため息を吐くと、ヒライは手にした招待状を目の前にかざし……。

 

「……え?」

 

 

 ――ビリィッ、とばかりに、勢い良く引き裂いた。

 

 

 ビュオオォ……

 

 何処からともなく室内に吹き込んできた風が、千切れた紙片を彼方へと運んで行く。

 しん、と教室に静寂が満ちる。

 亜麻色の髪の少女は、飛び去って行く招待状の欠片を、呆然と見詰め続けていた。

 その眼尻に、じわり、と涙が溢れる。

 

「ひ、ひどいっす……」

 

「酷くない。

 三区王堤にガンプラバトル部は無い。

 あるのは同好会だけ、部室なんて、あるワケない」

 

「そりゃあそうすけど、それを言っちゃ身も蓋も無いっす。

 先輩、早いとこ超級堂に行くっす。

 タニアもめいちゃんも、今頃向こうで待ってるっすよ」

 

 ヒライの的確な突っ込みに、振り返った少女がケロリと応じる。

 それを合図に教室の空気が溶け、室内に和気藹藹とした放課後が戻ってきた。

 後背にいたクラスメートの一人が、鞄片手に声をかけて来る。

 

「それではごきげんよう、ヒィロ先輩」

「ごきげんよう」

 

「同好会、頑張って下さいましね、ヒィロ先輩」

「頑張る」

 

「ふふ、マコトちゃんのおもり、ヒィロ先輩も大変ですわね」

「大変」

 

「大会が決まったら、みんなで応援に行きますわ、ヒィロ先輩」

「ありがとう」

 

「たまにはお前を殺して差し上げれば宜しいのに」

「ダメ、マコが調子に乗る」

 

 級友たちの挨拶に応じながら、『ヒィロ先輩』ことヒライが、帰りの支度を進める。

 一足先に壇上に降りた少女が、背に負った大きめの鞄を急かすようにピコピコと振るう。

 

「せんぱぁい! 早く行くっす~」

 

 こくり、と小さく頷いて、ヒライも鞄を手にして立ち上がった。

 

 少女たちの、変わらぬ日常の光景であった。

 

 

「ヒィロ先輩! 自分にガンプラの作り方を教えてほしいっす!!」

 

 三区王堤2年C組、エビナ・マコト(海老名真実)が、そう言ってヒライたちの教室に殴り込んで来たのは、冬休みも明けたばかりの一月半ばの事であった。

 

 珍しい来客に、たちまち級友の視線がヒライへと注がれた。

 なかなかクラスに馴染めず、壁のしみのように存在を殺して授業を受けていた時期の話である。

 

「人違い、私はヒライ」

 

「だって、だって……! これッ!!」

 

 居心地の悪さを眼鏡の奥に隠し、嫌々ながら答えたヒライに対し、亜麻色のアホ毛の少女は、鞄の中から一冊の雑誌を取り出して叫んだ。

『月刊アストナージグレート』二月号。

 机の上に広げられたのは、ガンプラの紹介や改造テクニックの記事が掲載された、何の変哲も無いホビー誌であった。

 

 パラパラとページをめくるマコトの指が、誌面の中ほどで不意に止まった。

 そこに書かれていたのは、年末年始に各地で行われた、ガンプラバトル大会の特集であった。

 瞬間、ピクリ、と、瓶底眼鏡の上からでも分かるくらい、ヒライの眉が露骨に歪んだ。

 

 

【――はぐれ悪魔女子コンビ結成!? アムロ&ヒィロが横須賀ガンプラフェスに殴り込み!!】

 

 

 見開きの誌面には、いかにも大袈裟な見出しがデカデカと踊っていた。

 それを目にしたヒライの脳裏には、昨年末の忌まわしき記憶がありありと甦っていた。

 

 

 

『――メリークリスマス、召集じゃヒライ』

 

 冬休み初日。

 ハイツ『ビグ・ラング』603号室に突如現れた赤い悪魔は、「ポケ戦→エンドレスワルツ」のリレー明けで寝ぼけ眼のヒライをサイドカーに押し込み、そのまま粉雪の舞う街並みに消えた。

 

『プロのガンプラビルダーになりたいのであろう?

 感謝せいヒライ。

 このアムロ・レンが、うぬのクライアント第一号になってやろうと言うのじゃ』

 

 人気の無いサービスエリアで年越し蕎麦をすすりながら、そう言って、赤い悪魔が嗤った。

 結局、ヒライは冬休みの間中、日本全国津々浦々を巡り、アムロ・レンの大会荒らしの片棒を担ぐ羽目になったのであった……。

 

 

 

 成程。

 改めてまじまじと誌面を凝視する。

 見開きの2/3を占拠するのは「勝っちゃったもんね~」と言わんばかりのドヤ顔ダブルピースを披露する悪魔のアホ面。

 そしてその片隅には、NT-1アレックスの補修を粛々と続ける少女の姿。

 表情の読めぬ瓶底眼鏡に、二本線の入った小豆色のジャージ。

 その胸元にはでかでかと『三区王堤 2-B ヒィロ』の刺繍――。

 

「…………」

 

 溜息が、漏れた。

 バッチリ撮られていた。

 しかも、絶妙に面白おかしくフォトショップ加工されていた。

 たまらぬ黒歴史であった。

 

「――『ヒィロ先輩』、ガンプラバトルをなさるんですの?」

 

「えっ?」

 

 不意に頭上から声をかけられ、驚いたヒライが顔を上げた。

 見ると、見覚えのあるクラスメイトの一人が、興味深げにこちらを覗き込んでいた。

 

 退屈を持て余したお嬢様学校の一コマである。

 本当は誰もが、自分たちとは毛色の異なる瓶底眼鏡の少女に興味津津であったのだ。

 その行動を皮切りに、たちまち、やんごとなき令嬢の群れがヒライの机に群がって来た。

 

「あら本当、はっきり写ってますわ、ヒィロ先輩」

「大会優勝ですの? ヒィロ先輩ってお強いんですのね」

「まあ! ヒィロ先輩ったら、アムロお姉さまとお知り合いですの?」

「本当! ああ、お姉さまのサディスティックな瞳、堪りませんわ~!」

「ヒィロ先輩、やっぱり材料は現地調達なさるの?」

「素敵ですわ~、私も殺していただきたいですわ~」

「せんぱ~い、そんな事より、自分とバトルしてほしいっす~!」

 

 突如人生で初めて訪れたモテ期。

 圧倒的女子力を前に、成す術も無く、ヒライはもみくちゃにされた。

 そうして思った。

 今日から自分は、このキャラになるのだ、と。

 

『ヒィロ先輩』

 

 ヒライ・ユイが、生まれて初めてもらったあだ名であった。

 

 

 ちらちらと、桜吹雪が舞っていた。

 満開の桜が舞い散る河川敷を、後輩のマコトと二人、並んで歩いていた。

 彼方の陸橋を叩いて、貨物列車が通り過ぎて行く。

 キラキラと太陽の光を反射して、いつかのスポットライトのように水面が煌めく。 

 

 四月。

 気が付いたら、季節は一巡していた。

 

 一年前のヒライは、こんな上等な制服は身に着けていなかった。

 カーディガンを羽織っただけのジャージ姿で、口下手な下駄履きの少年の後ろ姿を、俯きながら付いて回った。

 今は、同じ制服を着た友人と一緒だ。

 たったそれだけの違いなのに、何だか自分が、えらく遠い場所に来たように感じられた。

 

「ん、たったったったったったった♪

 たかたんっ! たーった たーたた―――↓

 たかたんったた たーった たーったた―――↑

 たーたか たーたか たーたか たった たーたか たーたか たーたか たった

 たかたんっ! たーたたかたんっ! たーた

 たんたかたんたかた~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!」

 

 そのマコトはと言えば、何故か勝利者たちの挽歌を、伴奏から全力で口ずさんでいた。

 ブレザーの前ボタンを全開にし、真っ赤なスニーカーでロングスカートを蹴飛ばして。

 後ろ唾に被った野球帽の隙間から、トレードマークのアホ毛がぴょこんと揺れる。

 愛嬌ある恰好に、思わず苦笑がこぼれる。

 ヒライ自身、人の事を言えたキャラでは無いが、それでもよくぞ、あの上流階級の令嬢が集う学院に、こんな変な奴が紛れ込んでいたものだと思う。

 おかげで通過点に過ぎなかった筈のヒライの学生生活は、おかしな方向へと転がり始めていた。

 

「そういや先輩、顧問の方はどうっすか?

 引き受けてくれる先生、いそうっすか?」

 

「ん」

 

 マコトからの唐突な話題振りに、ヒライが短く相槌を打つ。

 先刻の教室でのやりとりの通り、現在の三区王堤女学院にガンプラバトル部は無い。

 あるのは同好会だけ。

 部室も部費も無ければ、当然、顧問もおらず、放課後は校外のGPベースを使って自主トレに励んでいるのが現状である。

 会員数は、現時点で四名。

 学生の公式戦が三対三のチーム戦であるから、バトル音痴のヒライが外れたとしても、ギリギリ戦えるだけの頭数は揃っているワケだ。

 

 そのガンプラ女子たちの夢の舞台。

 第十四回全日本ガンプラバトル選手権・西東京予選は、GW明けの開幕が予定されている。

 当然、正式な部ではない同好会員たちには縁の無い世界である。

 そこで、誰か適当な教師に形式だけでも顧問をお願いして、申請上、部活動としての体裁を整えようと言うのが二人の目論見であった。

 

「……アンザイ女史に、お願いしようかと思ってる」

 

「んげげ!? 『淑女(レディ)アン』っすか? そりゃ無謀っす、先輩!」

 

 ヒライの呟きに、たちまちマコトが狼狽の色を露わにする。

 さもありなん。

 三区王堤女学院の名物教師、アンザイ女史。

 キッチリしたスーツ姿にトレードマークの三角眼鏡が冴える、泣く子も黙る学年主任である。

 五ヶ国語を流暢に話すと言う学院きってのインテリでありながら、アラサーで伝統校の要職を任される教育手腕は只事では無い。

 規律に厳しく、絶峰鋭く切り込んでくる姿は、まさしく現在の生けるレディ・アン。

 学院において、彼女に逆らえる人間などいない。

 

 マコトの動揺も無理は無い。

 ガンプラ同好会などと言うちゃちな団体は、いつか彼女の眼鏡に止まって、旧連邦軍のように無残に解体されてしまうのでは無いかと、少女は内心、戦々恐々とした日々を過ごしていたのだ。

 捕食者を前にした小動物のようにぷるぷると震え始めたマコトに、ヒライが一つ溜息を吐く。

 

「心配し過ぎ。

 アンザイ女史は、あれで理解力のある人」

 

「むむむ、なんすかソレ?

 眼鏡っ娘どうしにしか分からないシンパシーっすか?」

 

 ある種の確信を持って、ヒライが断言する。

 確かにアンザイ女史は厳格な教育者であったが、一方で、復学を目指すヒライ・ユイを親身になって世話してくれたのもまた、彼女であった。

 ガンプラバトルと言う世界は理解出来ずとも、教え子の自主性と情熱には、必ず耳を傾けてくれるハズである。

 今一つ、説得に行くのは、彼女が三角眼鏡を外すアフター5であれば、尚更良い。

 その辺もレディ・アンらしい、とヒライは思っているのだが、彼女の持つ二面性は、生徒にはあまり知られていない。

 

「――それよりも今は、バトルの腕を磨く方が大事。

 今の私たちの実力では、大会に参加する意味なんて、無い」

 

 先輩の真剣な一言を受け、エビナ・マコトはにひっと白い歯を見せ、自信満々で胸を叩いた。

 

「先輩! どーんとリーンホースにでも乗ったつもりでいてほしいっす。

 大会まで残り一か月。

 自分、『師匠』の下でみっちり修行を積むっすよ」

 

「…………」

 

「あ~っ!? 何なんすかその微妙な表情!?

 前々から思っていたけど、先輩は師匠に厳し過ぎるっす!」

 

「そんな事は無い。

 私は私なりに、あの人の事をちゃんと認めている。

 ただ、納得行かないだけ」

 

「なんすか、それ?」

 

「……急ごう、超級堂に」

 

 質問への回答を切り上げて歩調を早める。

 とくん、とヒライの奥で、心臓が小さく震えた。

 

 第十四回、全日本ガンプラバトル選手権。

 かつて、戦う前から完全に捨ててしまった筈の夢の途上に、ヒライ・ユイはいた。

 

「……へんなの」

 

 先を行く先輩の姿を見つめながら、カツン、とマコトが小石を蹴った。

 

 

 駅前のスクランブル交差点より、徒歩十分。

 空手道・三雷会館のビルを臨む、くすんだアーケード街の一角に、その店はある。

 

 ホビーショップ『超級堂』

 かつては客家系の大物華僑、リー・ユンファが趣味で経営する個人店であり、非公式なガンプラ地下バトルの情報発信源でもあった。

 その名物経営者は、昨年、店舗から姿を消した。

 今は雇われの店長が一人で切り盛りする、何処にでもある、ありふれた町のプラモ屋であった。

 

 

 ――カラン。

 

「ハイらっしゃ――、ケッ、何だ、嬢ちゃんたちかい」

 

「……どうも」

 

 入口のベルが鳴り、一瞬上がりかけた挨拶が虚しく消える。

 店内に入ったヒライも、必要最低限の社交辞令でそれに応える。 

 

「うっす! 師匠、本日もよろしくお願いしまっす!」

 

「あ~あ~、分かったからよ、早いトコ下に行ってやれ。

 一年コどもはとっくに始めてんぞ」

 

「っす!」

 

 威勢良く両腕をクロスさせるマコトに対し、『師匠』と呼ばれた褐色のエプロンが、面倒臭げに手をヒラヒラさせる。

 ちらりと横目に瞬く金眼、銀眼。

 

「……ケッ」

 

 ブラジリアン覇王流皆伝、ジョージ・クルス(来栖)

 現在のホビーショップ超級堂の、代理店長代理であった。

 

「……っと、ちょっと待ちな、嬢ちゃん」

 

 クルスに呼び止められ、階下に下りようとしていたヒライの足が、ふと止まる。

 

「代理店長からだ」

 

 そう言って差し出された封筒を、無言で開ける。

 出て来たのは二枚組の入場券であった。

 印刷には『二十年来の因縁爆発ッ!!デスペラードvs愚零斗悔死導 4.17花巻市民会館』

 と、真っ赤な文字が躍っていた。

 

「今度の興業、岩手だとよ。

 週末、北の方に行くって言ってただろ?

 帰りにでも寄ってやったらどうだ?」

 

「……アムロに相談してみる」

 

 そう言ってぺこりと一礼し、ヒライもすぐにマコトの後を追った。

 

 

 ――半年ほど前。

 

 どこぞに雲隠れしてしまったリー・ユンファに代わり、超級堂の経営を引き継いだのは、彼の片腕、エイカ・キミコであった。

 が、やはりと言うべきか、彼女の真面目な勤務態度は、半月も続かなかった。

 元々、三度の飯より格闘技が好きで、移り気で情熱的な25歳の話である。

 商才はあっても、ひと所に腰を据えていられるタマではない。

 結局キミコは、静養明けのゴウダの道場で意気投合し、そのまま彼のマネージャーとして全国巡業に出てしまった。

 で、そのキミコが後任、代理店長の代理として連れて来たのが、観光ビザが切れてあわや強制送還の憂き目に遭っていたジョージ来栖、と言うワケだ。

 

 実際に超級堂のエプロンを着け、レジに立つクルスの姿を見た時、どんな判断だ、と首を傾げたヒライであったが、それも杞憂であった。

 このジョージ来栖と言う男。

 口は悪いが、思いの他、子供たちの面倒見が良い。

 彼が手がけるガンプラ同様、勤務態度も神経質なほどにマメだ。

 ガンプラに対する造詣も深く、ビルダーとしてもファイターとしても抜群の腕と来た。

 

 適材適所であった。

 何でそれが、本職の格闘技ではままならないのか、と切に思う。

 本人は日本で道場を開く野心を抱いているようだが、現在、内弟子はわずかに一名。

 正直、このままプラモ屋を続ける方が、彼の性分には合っているとヒライは思っていた……。

 

 

 超級堂の階段を下りると、そこは戦場であった。

 

 ドワォズワォと、仮初の空が爆音に震えていた。

 ありったけのミサイルが廃墟の街に降り注ぎ、GPベースが赤く燃えていた。

 

 爆風を裂いて、一つの機影が前線へと飛び出した。

 一切の感情を映さぬ、テレビモニターのような頭部が、かつてのリーオーを思わせる。

 だが、そのリーオーに比して、黒く、太く、厳ついシルエットを有した機体であった。

 

 OZ-03MD『ビルゴⅡ』

 リーオーを遥かに凌ぐ基本性能。

 最強の矛たるメガビーム砲と、最強の盾たるプラネイトディフェンサー。

 そしてACの功罪、モビルドールシステムを積んだ、ガンダムにおける量産機の完成型である。

 

 そのビルゴが、虎の子のビーム砲を打ち捨て吶喊していた。

 トールギスの同型と言われる、大型ブースターを全開に燃やしていた。

 金城鉄壁たるPDを、何故か自分の背後に展開していた。

 

 敵機の突出を見て取ったハイモックが、マシンガンを構えて迎え撃つ。

 その姿を見てもビルゴは軌道を変えず、なお極端な前傾をとって機体を加速させていく。

 弾幕の雨が、ビルゴの肩を、胸甲を穿って突き刺さる。

 それでも彼女は止まらなかった。 

 回避行動では無く、防御姿勢の堅持によって、装甲の厚い部分で攻撃を受け止める。

 ACにおける、最もポピュラーでエレガントな防御方法であった。  

 

「Si」

 

 地面から擦り挙げるように伸びたビームサーベルの一閃が、マシンガンを縦に切り裂いた。

 痛烈な斬撃に、たまらずハイモックが機銃を投げ捨て、上空に逃れようとバーニアを噴かした。

 

 瞬間、一直線に走る光弾が、そのドテッ腹に風穴を開けた!

 

 中空で、一際大きな光球が爆裂する。

 正確無比な支援砲撃、ではない。

 現に、流星群のようにしっちゃかめっちゃかに撃ち込まれるビームの乱れ撃ちは、僚機の筈のビルゴまでをも脅かしているではないか。

 一条の光弾が、バシュゥ、と音を立て、見えざる障壁にでも阻まれたかのように雲散する。

 そのためのプラネイトディフェンサーであった。

 

 後衛のハイモックが、ビーム砲の乱射から逃れれるように、ビルゴの正面へと飛び出してきた。

 大上段に構えたヒートサーベルが、獲物目がけて赤熱化する。

 慌てず騒がず、ビルゴは左半身を取ってピタリと構え、かざしたビームサーベルを、敵機の鼻先で指揮棒のように緩やかに振るう。

 

「un」

 

 両機が同時に動いた。

 真上から真紅の軌跡を描くサーベルに対し、ビルゴの選択は、薙ぎ。

 大業物に真っ向から切り結ぶ愚を避け、刃の峰を光刃で横一閃に叩いた。

 

「deux」

 

 肘が返る、合わせて、ビルゴの手首が回る。

 光刃が蛇のようにうねりながらサーベルに絡み付き、必殺の軌道が捻じれて逸れる。

 さっ、とビルゴが左腕を返すと、まるで手品のように、肉厚の刃が上空へと跳ね上がった。 

 全てが肘口から先だけの動作であった。  

 

「trois」

 

 一歩、全身を躍動させるように、鋭く深くビルゴが踏み込んだ。

 褌身の刺突は丸腰の敵機を違わず貫き、痙攣するハイモックの目から輝きが消えていく。

 一拍遅れ、ズン、と真紅の刃が大地を揺らした。

 

 

『 Battle End 』

 

 

 機械的なアナウンスと共に空間が解け、超級堂に平穏な午後が戻ってくる。

 ふっ、と緊張が抜け、地下室に歓声が上がった。

 

「か、かてた……! やったよニアちゃん!」

 

 ダボダボの制服を翻し、ちっぽけなオレンジ髪の少女が、犬耳のようなツインテールをぴょこん、ぴょこんと揺すって笑った。

 

「はいー、勝てました~」

 

『ニアちゃん』と呼ばれたブロンド髪の乙女が、間伸びした口調でそれに応えた。

 

「うおお! やったっすか!?

 めいちゃんもタニアもすんごいっす!」

 

「あ! 先輩だあ!」

 

「うふふ、やりましたわ」

 

 興奮したマコトが辛抱堪らず二人に飛びつく。

 女三人寄れば何とやら。

 たちまちGPベースを囲んで、その場に黄色い花が咲く。

 歓声から取り残され、ヒライが一人、呆然と少女たちの輪を見つめる。

 

 エラいモノを見た。

 これほどの才能であったか、と思う。

 基本的な武装とは言え、それでも幼少のヒライに一生消えぬトラウマを植え付けてくれたハイモック先生である。

 それを、バトルを始めて一週間かそこらの少女たちが撃破してしまうとは、正直、先輩として立つ瀬が無かった。

 

「ヒィロ先輩も、見て下さいました?」

 

「うん、見た……」

 

 のほほんとした『ニアちゃん』の口調に、思わずオウム返しにヒライが応える。

 

「へへへ~、これなら公式戦でも勝てるかな?」

 

「漫心しては、ダメ。

 AIの操作と対人戦では、纏う空気が何もかも違う」

 

 じゃれつく子犬のような『めいちゃん』の仕草を、敢えてヒライが厳しく諫める。

 

「え~、だってぇ! ヒィロ先輩も倒せない相手だって言ってたのに……」

 

「めいちゃん! 先輩は製作専門っす、バトルの腕なんて必要ないんす」

 

「ふふふ、ヒィロ先輩なら、素敵なハッパさんになれますわ~」

 

「…………」

 

 ――立つ瀬が、無かった。

 

 

 クシナダ・メイ(櫛灘めい)とタニア・ドロレスヘイズ。

 黄色のタイも目に眩しい、ピッカピカの三区王堤女学院新入生である。

 

 犬耳のようなオレンジのツインテールが特徴的なのが、めいちゃんこと、クシナダ・メイ。

 先ほどのバトルにおいてサーペントを駆り、後方からビーム砲を滅多撃ちにしていた子である。

 

 櫛灘財閥の令嬢の母と、スウェーデン旧貴族出身の父の間に生まれたハーフで、ヒライやマコトとは血統の違う、正真正銘のお嬢様である。

 父親は北欧政財界の若きカリスマとして、将来を嘱望されるほどの英才であったが、歯周病に苦しむ叔父の姿を見て「歯医者になりたい」と日本への留学を決意。

 今日では治療に当たった99822人の全ての名前とカルテを記憶しているとまで言われる、歯科医学会の一大権威である。

 

 生憎と本人は、小学生と間違えられるちんちくりんな女の子で、その為かバトルの腕も、ヒライに毛の生えた程度でしかない。

 だが、チーム戦の後衛に本当に必要なのは、操縦技術ではない。

 彼我の戦力差と戦局を見極め、最善の指揮を執れるコマンダーとしての才能である。

 

 そう言う意味で彼女は、父親の資質を良く継いでいた。

 僚機を巻き添えにしかねない実弾を開幕で撃ち尽くし、相方のビーム砲を抜け目なく拾い直す。

 自身の役目とPDの特性を知悉していなければ、到底できない作戦である。

 前衛に偏った三女ガンプラ同好会においては、実に貴重な人材であった。

 

 

 その相方、タニア・ドロレスヘイズはと言えば、こちらはスウェーデンからの留学生。

 本来は砲撃戦が持ち味のビルゴで、鮮やかなサーベル捌きを披露していた方の少女である。

 現在は従兄妹であるめいちゃんの邸宅から、揃って学院に通っている。

 

 スレンダーなモデル体型とブロンドのロングヘアーが自慢で、本当にコイツは去年まで小学生だったのかと疑いたくもなるのだが、二人はこれで大の中良しなのだ。

 フェンシング女子北欧ジュニアチャンピオン、などと言う物騒な肩書とは裏腹に、本人はいたってマイペースで、お茶とお琴と生け花が趣味の、逆輸入大和撫子である。

 

 そんな、普段はおっとりとした彼女であるが、バトルになると突然、変わる。

 癒しポイントの太眉が、皇帝ペンギンのように鋭く跳ね上がり、強気の虫がたちまち顔を出す。

 強引でも愚直でもなく、果断。

 北風によって作られた、気骨溢れる強かなヴァイキングの血脈なのだ。

 

 

 

 本来ならヒライの人生と交わる筈も無い令嬢二人。

 だが、流石は物怖じと遠慮の無さに定評のある、エビナ・マコトである。

 新入生歓迎会の席で、戸惑う二人を強引にガンプラ同好会まで掻っ攫ってきてしまった。

 

 箸とフルーレより重たい物を持った事も無さそうな少女たち。 

 入会当時、当然のように二人とも、ガンプラバトルは初体験であった。

 その時、とりあえずの入門用機体と言う事で、ヒライが自作のコレクションから貸し与えたのが、ACを代表する高級量産機、ビルゴⅡとサーペントであった。

 単なるヒライの趣味、と言う訳では無い。

 格闘戦や変形と言った難しい操作を必要とせず、相互に近い距離で連携が取れ、しかもそれぞれに異なる役目を持った機体を選び抜いた結果、自然とその組み合わせになったのだ。

 断じてヒライの趣味では無い。

 

 だが、結果はご覧の有様である。

 少女達はヒライのお節介を容易く飛び越え、互いの個性を活かした戦術すら構築しつつあった。

 

 そのタニアであるが、彼女の白兵戦のセンスには、ヒライも早い段階で気が付いていた。

 彼女については、実はメリクリウスをベースにした専用機を、目下製作中である。

 使いもしないメガビーム砲など必要無い。

 この乗り換えがうまく嵌れば、彼女は同好会を支える最強の盾となってくれるに違いあるまい。

 

 一方、めいちゃんのポテンシャルについては、未だにヒライも計りかねていた。

 強いて言うなら、多彩な火器管制が必要なサーペントは、彼女向きでは無いかもしれない。

 状況判断の確かさに期待するならば、もっと操作がシンプルな機体。

 それこそ砲戦一択のヴァイエイト辺りを薦めてみるのも良いだろう。

 

 そして、もう一人。

 三女ガンプラ同好会におけるエース? エビナ・マコトはと言えば――。

 

 

「ケッ、やってるか、ガキんちょども」

 

「ああ、師匠! お待ち申していたっす!」

 

 階上から響いてきた声に、奔放なマコトの瞳が、ぱっ、と華やぐ。

 恋する乙女、と言うより、新宿でマスター・アジアと再会した時のドモンの瞳。

 圧倒的リスペクト。

 色々と複雑な気持ちがヒライの胸中に溢れる。

 

「ケケ、軽く遊んでやるよ。

 ちょいとばかし、店番、変わってくれや」 

 

「うふふ、それじゃあ、上の方はお任せくださいね」

 

 そう言って、タニアが壁に掛かっていたフリル付きのエプロンを手に取る。

 高校級のスタイルを持ったタニアならば、もしもの時に言い訳が立つと言うので、専ら彼女が店番に立つのが超級堂の日常となっていた。

 業務に支障が出るだろう、と思いきや、素人ながら懇切丁寧な彼女の接客は概ね好評で、最近はこの時間帯のみ狙ってくる常連も多いと言う。

 

「よ~っし! 行くっすよボクのスカイラブヴィクトリーシャッコー!」

「……シャッコー小烏丸」

 

 アナウンスに促され、マコトが手にした機体をベースに据える。

 ヒライがぼそりと訂正するも、もちろん聞いていない。

 

「ブラジリアン覇王流初段、マコト、行っきま~す、っす!」

「ケッ、やんぜ、マスター」

 

 覇王流の師弟が並び、口上が終わる。

 たちまちバトルフィールドに新たな世界が展開し、二つの機体が風を巻いて飛び出した。

 

 

 

 トンネルを抜けると、そこは一面の花吹雪であった。

 アーティジブラルタルの空に、艶やかな薄桃色の花弁が舞っていた。

 雲一つない青空に、ブゥゥゥン、と言うビームローターの旋回音が響き渡る。

 吹き抜けるような蒼穹に溶け込み、ライトブルーの機体がどこまでも飛んで行く。

 

 シャッコー小烏丸(こがらすまる)、通称『スカイラブヴィクトリーシャッコー』

 宇宙戦国時代影の主人公機、ZMT-S12G・シャッコーをベースとした機体である。

 

「たのも――――う、どこっすか――っ、師匠!」

 

「イキナリ目立ってんじゃねぇ!?」

 

 鋭いツッコミと同時に、樹木の死角よりビーム小柄が跳んで来た。

 土偶器のような猫目を大きく開き、シャッコーが機体を傾け回避に移る。

 

「うひっ」

 

 罠であった。

 高度を下げた先に、鋼鉄の円盤が旋回しつつ迫っていた。

 輪である。

 直撃すれば巨木をも砕くと言う大鋸が、鼠花火のように炸薬を噴出して必殺の牙を剥く。

 

「ひゃあああ~」

 

 笑うようにマコトが叫び、左手より、()()()()()ビームローターを展開する。

 ブゥゥゥン、と新たな旋回音が加わって、慣性が止まる。

 右手に生じていた揚力に、今、水平方向からの新たな応力。

 たちまち華奢なシャッコーのボディが跳ねる。

 空中で一段跳ね上がって、必殺の軌道が空を切る。

 

「……!」

 

 観戦するヒライの背に、ぞくぞくと戦慄が走る。

 

 これだ!

 秘策、ビームローター二刀流。

 

「ケッ、ちょっとはマシになったのかよ」

 

 マスターエルドラドが、ばさり、と漆黒の両翼を広げる。

 じゃらり、と鎖が擦れ、小柄が、苦無が、輪が、飛虎が、分銅が、忍びの暗器が顔を出す。

 武芸百般。

 大会中、苦し紛れにクルスの放った言い訳は、決してブラフでは無かったのだ。

 小柄が飛び、輪が廻り、ヒート苦無が爆裂し、銀網が動きを絡め獲る。

 

「うっひゃ~」

 

 そして、それらの全てをシャッコーが避ける、避ける、避ける。

 細やかな網目を引き裂き、悶えるように身を翻し、二本のローターで大空を自在に跳ね回る。

 常人に出来る技ではない。

 普通なら目まぐるしく廻る景色に翻弄され、あえなく失速するか、制御不能になる所である。

 生まれついての動体視力と空間認識能力。

 それに加えた天性の勘が、あの宙に舞うような奔放な姿勢制御を可能とするのだ。 

 

 正しく天衣無縫、スペシャルの世界。

 未だ発展途上の少女、エビナ・マコトにとっての、唯一無二の武器であった。

 

 しかし、それでもなお、戦いはクルスとマスターエルドラドが支配していた。

 確かにマスターの攻撃は一発たりとも当たってはいない。

 だが、当のマコトにしても、今はかろうじて避けていると言うだけに過ぎない。

 攻勢に転じる事が出来ない。

 

「くのっ! くの!」

 

 苦し紛れに脚部のビームガンを撃ち放つ。

 だが、放たれたビームは虚しく地面を抉るに留まる。

 さすがにクルスはよく見ている。

 シャッコーの体勢を見極め、巧みに樹木に紛れ、常に射角の外へと身を置いている。

 そして、追い詰めつつある。

 俊敏な若いボクサーが、その実、ベテランの戦略によってコーナーに誘導されるかのように。

 

 出力を大幅に強化した、二本のハイパービームローター。

 稼働時間と言う代償は、シャッコーを確実に蝕んでいく。

 何とか懐に飛び込みたい。

 そんな胸中を焦りを、ブラジリアン覇王流の宗家に読み切られている。

 

「マコト、上」

 

「んぃ!?」

 

 時間差攻撃。

 多彩な飛び道具に紛れるように、緩やかに放たれた焙烙玉が、シャッコーの上方で爆裂する。

 小柄な機体がたちまち煽られ、地面スレスレでかろうじてバランスをとる。

 その眼前に、のたうつ大蛇のように七節棍が伸びる。

 

「んっ! お、おお、ほぉ~~~っ!?」

 

 マコトが叫ぶ。

 両の踵で踏ん張りながら急制動を駆け、同時に両手を後方に思い切り伸ばす。

 双のローターが交錯し、当然、バジン、と爆ぜる。

 すかさずブースターを全開、斜め前方に機体が弾け飛ぶ。

 きりもみながら必殺の棍を避け、マスターとの距離を一息に詰める。

 

「殺ったァ―――っす!!」

 

「殺っちゃいねえッ!」

 

 マスターが思い切り体を畳む。

 背翼が切り離され、制御不能となったシャッコー目がけて旋風の刃を刻む。

 

「んげっ」

 

 ズン、と漆黒の翼が両肩に突き刺さり、機体が止まる、シャッコーが空転する。

 クロークを丸ごとパージして、身軽となったマスターが、一直線に体を浴びせる。

 

 上手い。

 マウントポジション。

 この上なおもマスターは、両脚のビームガンの外に身を置いている。

 シャッコーの肩口から先は、既に封じられている。

 

 詰んだ。

 

「ブラジリアン覇王流を……、ナメてんじゃあねえッ!!」

 

 叩いた。

 叩いた。

 叩いた。

 叩いた。

 叩いた。

 叩いた。

 叩いた。

 

 

『 Battle End 』

 

 

「んっきゅう~……」

 

「……ケッ」

 

 フィールドが消える。

 クルスが両手をぷらぷらと振るい、未だ目を回しているマコトの許へ向かう。

 

 ふう、とヒライが溜息を吐きだす。

 何度見ても見事な手管であった。

 マコトとて、何か大きな過ちを犯したワケでは無い。

 単純にクルスの経験が凌駕していただけだ。

 しかも、マスターエルドラド最大の武器であろう、粒子変容技術を封印しての完勝である。

 

「近付きたいのが見え見えなんだよ、チビすけ。

 それに、常に出力全開で戦ってんじゃねえ」

 

「うす……」

 

「そのシャッコーの持ち味が活きるのは中間距離だ。

 つかず、離れず、もっと飛び回る蠅みたいに嫌がらせに徹してみろ」

 

「うす、承知したっす、師匠!

 自分、これからは蠅の事を師匠だと思って精進するっす」

 

「ふざけんじゃねえ! 蠅か俺はッ!?」

 

 そしてこのアドバイスである。

 くだらない漫才はとにかくとして、機体の特性を見る目も確かだ。

 つくづく、惜しい。

 何でこの男は、武術などに身を置いているのだろう、と、時々思う。

 ガンプラバトルの頂点を志していれば、確実に南米のガンプラ史を塗り替える男になっていただろうに……。

 

 

 しなびたアーケード街が、薄闇に包まれ始めていた。

 

 PM18:30

 練習と打ち合わせを終え、三女ガンプラ同好会も、そろそろ帰路に着こうかと言う時間である。

 常ならば。

 

「……あれ? 先輩はまだ帰らないんすか」

 

「もう少し。

 ここで、待ち合わせをしてる」

 

「待ち人? 超級堂でっすか?」

 

 マコトが重ねて問おうとしたその時、コンコン、という足音が階上より響いて来た。

 

「――カカ、ようヒライ、青春しとるかや」

 

「三十分、遅刻」

 

 言いながら、ヒライが顔を上げ、来訪者の姿を改めて見つめた。

 洗いざらしの黒のTシャツにジーンズと言う、化粧っ気の無い素朴な出で立ち。

 170はあろうかと言う背丈と、燃えるような鮮やかな赤髪が、見る者を思わず惹き付ける。

 髪の毛と同じ色の瞳がくりくり動き、新しい玩具でも見つけたかのように笑みを浮かべる。

 

 アムロ・レンであった。

 一年を経ても、変わらぬ悪魔の姿がそこにあった。

 

「わわわっ!? 待ち人ってアムロさんだったんすか!」

 

「すごい、すごいよニアちゃん! 本物のアムロお姉さまだよ!

 私、初めて見た!」

 

「はい~、私も、すごくびっくりしました~」

 

 超級堂の地下室が、たちまち蜂の巣をつついたような騒ぎとなる。

 アムロは大変満足そうに眼を細め、傍らにいたマコトの野球帽を、ぽんぽんと叩いた。

 

「カカ、久しぶりじゃのう、スペシャル。

 うぬらの『ヒィロ先輩』悪いが少し借りて行くぞ」

 

「遠征っすか! また遠征なんすか?」

 

「さて、それは先輩の仕事ぶりを見せてもらってからの話、じゃの」

 

 ちらりとアムロが横眼を光らせる。

 ヒライは一つ頷いて、GPベース上に小さなトランクケースを開けた。

 

 ガンプラであった。

 トランクの中に入っていたのは、白と藍のツートンに仕上げた、戦闘機のようなフォルムを持った機体であった。

 ほう、と溜息をついて、マコトが顔を上げる。

 

「これ……、リ・ガズィっすか、先輩?」

 

「少し違う。

 本体の方のベースは、NT-1アレックス。

 機動力を補うために、チョバムアーマーの代わりにBWSを用意した」

 

 ヒライの説明を聞きながら、アムロが機体を手に取って、つぶさに見つめる。

 

「随分と強付く張りな武装じゃのう」

 

「メガビーム・キャノン、4連装のサブキャノン、それにミサイル・ランチャー。

 加速性能を落とさないレベルで、ギリギリ積んだ。

 けれど、それも所詮、行きがけの駄賃」

 

「ほ~う、その心は?」

 

 試すように問いかけるアムロに対し、ヒライの解説が一段と熱を帯びていく。

 

「この機体の本領は、あくまでも格闘戦。

 BWSの火力、機動力、装甲は、全てそこに至るまでの手段。

 強引に相手の懐に飛び込んで外装を脱ぎ捨てる。

 このNT-1『スケヒロ』は、あくまで――」

 

「……おい、ちょっと待て。

 ヒライ、今お前なんちゅうた?」 

 

「……? NT-1、助広。

 名前の由来は江戸時代の刀工、津田越前守助広で、虎徹と並び称された西方の――」

 

「却下じゃ却下! フザけんなよヒライ・ユイ!

 もうちょっとマシな名前を考えんかい」

 

「……NT1、国広?」

 

「刀から離れんかい!?」

 

「先輩、大丈夫っす、自分がかっちょいい名前を考えてあげるっす!」

 

「お前もやめい! いちいちスペシャルとかVとかつけんなや!」

 

 突然剣幕を露わにしたアムロに対し、きょとん、とヒライが首を傾げる。

 ワケが分からなかった。

『彼』だったならきっと、少年のような瞳で興奮してくれる場面だろうに……。

 

「やっかましいぞ!

 アムロてめぇ、表のデコトラ何とかしろッ!

 ご近所様に迷惑だろうが!!」

 

 ずんずんと足音を鳴らし、クルスが再び階下へと降りてくる。

 アムロはしばし、はあはあと大きく息を荒げていたが、その内、瞳に邪悪な色を宿して、にぃ、と嗤った。

 

「……よう、良い所に来たのう、ジョージさんよぅ。

 ちいっとばかし、試し斬り、させてくれんかの」

 

「なんだ、バトルか?

 ケッ、生憎と俺は、お前と違ってヒマじゃねえんだ。

 そこいらのガキんちょ共にでも遊んでもらえや」

 

「あ、うん、まあその方がええかものう。

 ガチぴょんと違って、わしはあんまり優しくないからの」

 

「…………」

 

 ぷつん、と、何かの切れる音がした。

 クルスはつかつかと対面に進むと、愛用のマスターを無言でベースにおいた。

 

「いいぜ、殺ってやんよ、このアマ。

 店番代わってくれや、嬢ちゃん」

 

「カカ! ええのう、ええのう。

 リアルで戦っとる時のうぬよりも、百万倍はプレッシャーを感じるわい」

 

「やかましい! 早えトコ準備しやがれ。

 その卸したてのリ・ガズィ、三十秒でスクラップにしてやんよ!」

 

「うっひょ~、師匠とアムロさんがやるんすか!?」

 

「すごいよニアちゃん! アムロお姉さまの生バトルだよ!」

 

「うふふ、お二人とも、頑張って下さいね~」

 

「……スクラップは困る、C設定」

 

 超級堂の地下室が、今、時ならぬ熱狂に燃えていた。

 ヒライは一つ溜息を吐いて、いそいそとエプロンの支度にかかった。

 

 

 水平線の彼方が、僅かに赤く燃えていた。

 薄闇の空が、少しずつ、朝の光に染まりつつあった。

 海岸線の闇を裂いて、トラックのヘッドライトが駆け抜けて行った。

 

『女一代夢幻舞』

 色取り取りの電飾に彩られ、艶やかな天女が笑っていた。

 

「…………」

 

 背中を伝う振動とマフラーの音に、ヒライ・ユイはゆっくりと瞳を明けた。

 車上より臨む海と空。

 群青色の世界の中で、赤く染まった水平線が、堪らなく美しく感じられた。

 

「起きたんかい、ヒライ」

 

 真横からの声に、ちらりとヒライが首を向けた。

 声の主であるアムロは、ハンドルを片手に、ただ視線を真っ直ぐ国道へと向けていた。

 

「今、どの辺?」

 

「ようやっと函館を抜けた所じゃ。

 うぬに活躍してもらうんは昼過ぎよ、まだ寝とけ」

 

「……眠れない」

 

「そうかい」

 

 言葉少なにアムロが応える。

 それっきり、二人はしばらく無言であった。

 

 朝焼けの海岸線の中、ただ、エンジンの音だけが聞こえていた。

 ヒライはただ、移りゆく海の色と、アムロの横顔を呆然と見ていた。

 この悪魔のような女でも、言葉を失う時がある。

 アムロの長旅に付き合うようになって、初めて知った一面であった。

 

 この沈黙が、ヒライは嫌いでは無かった。

 何をするでも無く、傍らに居る。

 それだけで、一年前の日々が戻ってきたかのように感じられて、ひどく安心した。

 

「――時にヒライ、コンテストの方はどうじゃ?」

 

 どれほどの時間、走り続けていたのであろうか?

 ぽつり、とアムロが口を開いた。

 今一つ、意味の分からない言葉であった。

 

「アーティスティック・ガンプラ・コンテスト……。

 ガンプラビルダーにとっての、プロへの登竜門よ。

 部活ごっこにうつつを抜かしとる場合では無いぞ」

 

「ああ……」

 

 改めて補足を受け、しかし、どう答えて良いかも分からぬまま曖昧に返す。

 新学期以来、ヒライは後輩の特訓と選手権への手続きに奔走し、コンテストのコの字も覚えてはいなかった。

 

「ヒライ、うぬの作るガンプラにゃ、はっきり言って華が無い」

「――!」

 

 淡々と、しかしおそろしく抜け抜けとアムロが言う。

 

「プロのビルダーって言うのは、言ってみればアイドルよ。

 機体自体に見る者を羨ましがらせるようなステータスが無きゃ、手に取ってもくれんわい。

 折角の女流だっちゅうのに、とんと化粧もした事も無いようなそのツラ。

 その上、機体にまで華が無いんじゃ、一体誰が使ってみたいって思うかよ」

 

「化粧については、アムロだって……」

 

「話の腰を折るなや。

 天才が道楽でやっとるだけのわしと、真剣にプロで食っていきたいうぬが比較になるかよ?」

 

 アムロの剣幕に、おもわずぐっ、と反論が止まる。

 彼女の言う通りであった。

 相変わらずの傲岸不遜な物言いであるが、珍しくも彼女が正論を口にしていた。

 同時にヒライは、アムロ・レンの苛立ちにも気が付いた。

 そして、それはきっと、ヒライに対しての苛立ちではないのだろう。

 

「コウサカ・ユウマを倒せ、サカイ・ミナトを倒せ。

 それで世界は変わるわい。

 中身なんぞ、世間は気にも留めん。

 蝶よ花よと、さぞやうぬを持て囃してくれる事じゃろうよ」

 

「…………」

 

 アムロ・レンと言う女。

 ともすれば傲慢で攻撃的な面ばかりが目に留まるが、既にヒライは気が付いている。

 

 この女の本質は、ツンデレである。

 本物のツンデレと付き合おうと思うならば、その言葉の裏に、常に思考を回さねばならない。

 

 どれほど罵倒を並べようとも、現実として、アムロ・レンは使い続けている。

 ヒライ・ユイの機体を。

 華が無いと言うだけで、誰も手に取ろうとしてくれないヒライの機体を。

 その事実に対して苛立っている。

 そこに気が付いていなければ、こうして北海道までついて来たりはしない。

 

 だが……。

 

「……両方やる、選手権もコンテストも。

 私がなりたいのは、芸術家じゃなくて職人だから。

 実戦に耐え得る性能を見せつける事が出来なければ、何も意味は無い」

 

「言いよるのう、同好会風情が。

 聖鳳、宮里、聖オデッサ、常冬、成練……。

 強豪揃いの西東京ブロックの大会で、素人集団に何が出来るよ」

 

「勝てる。

 マコも、タニアも、めいちゃんも。

 それぞれに経験の差を覆せるだけの個性を持っている。

 もしも試合で遅れを取る事があれば、それは彼女たちの力を引き出せないビルダーの責任」

 

 今度はヒライも退かず、アムロに対し、真っ向から啖呵を切った。

 言いきった、その言葉に偽りは無い。

 

 エビナ・マコトと出会い、今日まで続けて来た同好会の日々。

 失った筈の夢の続きを見ているようで、本当に楽しかった。

 だからこそ今のまま、夢のままで終わらせたくは無い。

 

 クルスの厚意に甘え、超級堂で続けている同好会ではあるが、この時間は永遠ではない。

 部室が欲しい。

 正式な部活動として、ガンプラに興味のある女子が集まって、めいめいに笑い合う事の出来る場所が、あの学院の片隅にほしい。

 そして、それは決して夢では無い筈だ。

 アムロの言う通り、強豪のひしめき合う西東京大会。

 そこで結果を残す事が出来れば、彼女たちの実力は、正しく熱意として世間に伝わる筈なのだ。

 

「……んで、その戦いに、リーオーは無くても良いのかの?」

 

「えっ?」

 

「作ってやれば良いではないか?

 うぬの考えた最強のリーオーを、あのスペシャルな二年コにでも」

 

 アムロからの思わぬ言葉に、思わず戸惑いが漏れる。

 逡巡し、しかし、結局はふるふると首を横に振るった。

 

「必要ない。

 リーオーは特別な機体、だけど、勝つための機体ではない。

 最強のリーオー、それはきっと、突き詰めれば単なるトールギス」

 

「カカ、殺人的な加速も無いしの」

 

「あの子たちには、もっと相応しいだろう機体が、他にある。

 そこにリーオーを押し付けるのは、私の自己満足、プロの仕事じゃない」

 

「…………」

 

「私が作るリーオーは、この世界にひとつだけ。

 まだ、そのリーオーは帰って来ない。

 だから、あの人が遊べなくなって帰ってくるまで、私は待つ」

 

 ヒライ・ユイの宣言を、アムロはしばし、押し黙って聞いていた。

 が、その内に「カカ」と、いつもの高笑いをした。

 

「カカカ! 痒い! 尻がむず痒いのうッ!

 ごちそうさまじゃ、ヒライ・ユイ!

 あんな放浪の放蕩の童貞小僧の何処が良いのか、わしにはとんと理解出来んわい」

 

「…………」

 

「うん? 何じゃそのツラ、何ガンくれとんのじゃ?」

 

「……自分の気持ちに嘘をつくのは、良くない」

 

 ぽつり、とヒライが言った。

 たちまち車体がぐらりと揺れた。

 

「おいッ! シートから蹴り落とすぞヒライ!!

 何度も何度も言うておろうがッ

 奴が! 奴が! 奴がッ!!

 奴の方が一方的に、わしに惚れ込んどるだけなんじゃ、とな!!」

 

「うん、よく知ってる。

 ナガラ・リオは、あなたの事が本当に大好き」

 

 ヒライが言う。

 ハンドルを掴み損ね、車体がひときわ大きく蛇行する。

 

「……前見て運転して」

 

「うっさいわい死ね阿呆!

 やめやめやめやめ! この話はやめじゃッ!!

 ヒライ! 次の札幌大会、骨のありそうな奴はおるんかい?」

 

 アムロが強引に会話をドリフトさせる。

 ヒライは一つ溜息を吐いて、パラパラと手帳のページをめくり始めた。 

 

「――ムサシマル・トモエ(武蔵丸友恵)、十六歳。

 使用機体は大雪山タンク。

 元柔道全日本女子の強化指定選手で、独自のカスタムアームを活かした懐の深さが最大の武器。

 格闘機殺しの異名は伊達では無く、水際に引き摺りこまれて脱出できた者はいない」

 

「うん? え、え、えっ?

 何かその情報、間違っとらんか?

 タンクなのに格闘機なんか?

 いや、ちゅうかタンクなのに水中戦なんか?」

 

「私たちの機体とは、おそらく相性は最悪。

 才能、胸囲、若さ、どれ一つ取ってもアムロに勝ち目は無い」

 

「おい、いいかげんな事を言うなや!

 今のガンプラバトル界に、わし以上のヒロインなんぞおろうてか!?」

 

「実力はとにかく、年齢と体形は如何ともしがたい」

 

「やっかましいわいッ!

 ええじゃろう、誰が世界の中心か、五時間後にキッチリ教えてやるわい」

 

 アムロが叫ぶ。

 エンジンが猛り、たちまちデコトラが加速する。

 

 キラキラと水面が煌めき、ようやく世界が白みがかり始めていた。

『女一代夢幻舞』

 乙女たちの情熱を乗せた天女が、どこまでも海岸線を走り続けていた。

 

 

 

 ――同時刻。

 

 西東京の空にも、ようやく日の光が溢れ始めていた。

 爽やかな明朝の河川敷に、一人の少年の姿があった。

 黒帯で結んだ、白の胴衣姿。

 無人の世界に、腰を落とし、半身をとって構えていた。

 

「セイッ!」

 

 少年が動いた。

 その心根まで現れるかのような、真っ直ぐな正拳突き。

 たちまち腰を返し逆突き、さらに前に踏み込んでの上段蹴り。

 流れるような動きであった。

 鮮やかに髪の毛を振り乱し、心のままに少年が躍動していた。

 

 次元覇王流拳法。

 カミキ・セカイであった。

 季節は流れ、彼もまた聖鳳学園の二年生へと進級していた。

 

 様々なドラマがあった。

 ガンプラとの出会い、ホシノ先輩との出会い、コウサカ・ユウマとの出会い。

 幾つもの出会いがあり、戦いがあり、友情があり、夢があった。

 必死に跳び上がり伸ばしたその手は、いつしか日本の頂点にまで届いていた。

 自らの手でガンプラを作れるようになり、バトル部にも新しい後輩が出来た。

 けれど、どれだけ世界が変わろうとも、変わらぬ日課がこの河川敷にあった。

 

「ハァッ」

 

 裂帛の気合いと共に、褌身の掌を打ち出した。

 大気が一瞬震え、やがて、無人の河原に静寂が戻った。

 

 と、不意にその時、ぽんぽん、と後方で拍手が鳴った。

 

「やあ、相変わらず朝から元気がいいな」

 

「……ああ!」

 

 声の主に気が付いて、セカイも眩しげに顔を上げた。

 ロードワークの途中で会って、二言三言、言葉を交わすだけの相手。

 だが、そんな関係も、ここ暫くは随分とご無沙汰になっていた。

 

 洗い晒しのTシャツにジーンズと言うラフな格好。

 時代錯誤の下駄履きが、階段を下りる度に、カラン、コロン、と音を立てる。

 伸びるに任せた蓬髪は、あの頃よりも更に長くなったか。

 左手には、なぜか不似合いなトランクケースを抱えていた。

 発展途上であった身長は170を超え、それゆえセカイには、一瞬、誰だか分らなかった。

 そんな中、色素の薄い両の瞳だけは、あの日のような蒼穹を映していた。

 

 ナガラ・リオであった。

 

「おはようございます、しばらくぶりですね、ナガラさん」

 

「ああ、おはよう。

 へへ、ちょっと馴染みの顔を見に戻って来たんだが、何だか行き違いになったみたいでね」

 

「ありゃ? それはツイてなかったですね」

 

「ああ、それで退屈してたんだ。

 カミキくん、また少しだけ、俺と遊んじゃくれないか?」

 

「ええ、いいっすよ、俺で良かったら……」

 

 と、言いかけた所で、不意にセカイが、この少年にしては珍しい意地悪な笑いを浮かべた。

 

「……けど、ナガラさん、()()()で?」

 

 セカイが両手をかざし、くい、くいっ、と球体を握るような仕草を見せた。

 それを見たリオは目を丸くして、次いで、恥ずかしげに視線をトランクへと向けた。

 

 可愛らしい小さなトランクケース。

 その中には、一体のガンプラが眠っていた。

 無表情の、テレビモニターのような頭部を持った機体であった。

 純白の機体は、しかし、よく見るとそこかしこに細かな傷が入り、すっかりくたびれていた。

 

 機体の名称は、OZ-06MS『リーオー』

 新機動戦記ガンダムWを代表する量産型モビルスーツ。

 

 ありふれた、どこにでもある……。

 

 しかし、それゆえに特別な機体であった。 

 

 

 

 




・おまけ ヒラコレ解説②


№001:NT-1『真改』

素体 :NT-1アレックス(機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争より)
機体色:白・藍
使用者:安室恋(アムロ・レン)
主兵装:鉄扇、炎舞篭手×2
    メガビーム・キャノン、4連装ビームキャノン、ミサイル・ランチャー

 アムロ・レンの公式戦殴り込みように製作された、ヒライナンバーの一号機である。
 NT-1アレックスをベースに、強襲用の格闘機と言うリーオー古鉄のコンセプトを引き継いだ発展型で、チョバムアーマーの代わりにリ・ガズィを彷彿とさせるBWSを装備している。
 古鉄同様、火力、装甲、加速性能に物を言わせて接近した所で外装をパージし、軽装のMS形態に移行するのが基本戦法となっている。
 MS本体には後に『ヒライフレーム』の名称で呼ばれる独自製作の骨格が採用されている。
 これはパイロットであるアムロ・レンの肉体、格闘スタイルに合わせ、パーツ寸法、関節稼働域に歪な修正が施された代物で、篤人流古武術、及び安室流舞術の宗家であるアムロの体捌きを、GPベース上で再現する事を目的としている。
 本フレームは特に、アムロの反射神経の良さを活かすべく、関節可動部の稼働域、潤滑性に重点を置いて製作されており、機体強度や馬力でリーオーに劣る分、「捌く」「崩す」「極める」と言った複雑高等な動作を得意とする、トリッキーな格闘機へと仕上がっている。
 また、ヒライナンバーとしては珍しく、プラフスキー粒子変容技術を試験導入した機体でもあり、従来機の基本兵装であった両腕のガトリング砲は、粒子コンバーターを内蔵した展開式の篭手へと差し替えられている。
 これにより、ナックルカバー展開中は掌より粒子放出が可能となり、粒子寸剄、ビーム白刃取り、シャイニング菩薩掌など、アムロ独自のセンスによる、多様な『必殺技』が創作された。
 本機には後にアムロの自身の手により、ヒート鉄扇、及び赤しゃぐま付きの専用ヘッドが追加されたが、それらの改造は、いずれもファッション以上の意味合いを持たず、特に頭部はBWS分離時に毛が絡まる危険があると言う碌でもない代物で、メンテナンス担当のヒライを大いに悩ませる事となった。

 なお、機体名の真改は、江戸時代の刀工、井上真改に由来する。
 アムロ・レン曰く「ヒライと一番揉めた部分」らしい。



№002:シャッコー小烏丸(こがらすまる)

素体 :シャッコー(機動戦士Vガンダムより)
機体色:水色
使用者:海老名真実(エビナ・マコト)
主兵装:ハイパービームローター×2、肩部ビームキャノン、脚部ビームガン×2

 ヒライの後輩、エビナ・マコトが衝動買いしたシャッコーをベースとするカスタム機である。
 通称、スカイラブヴィクトリーシャッコー。
「あんな話だとは思ってもいなかったっす」などと言い残して寝込んでしまった後輩に、もう一度ガンプラバトルの面白さを伝えるために手を加え続けた結果、最終的にはフル・スクラッチも同然の機体へと変貌を遂げてしまった。
 本機の最大の特徴は、出力を大幅強化した二本のビームローターを携行する事で、二方向から同時に揚力を加え、MSにあるまじき変態的な立体機動を行う事が可能となっている。
 前述の真改同様、ヒライフレームが採用されているが、本機の場合、「当たらなければどうという事はない」をモットーとしており、フレームに空中分解しない程度の強度を持たせた分、装甲の方は徹底的な軽量化が行われている。
 また、ローター使用中は両手が使えない事から、両脛の脇にハードポイントを追加してビームガンを仕込むなど、非常に極端な改造が行われている。
 本機は常に紙一重な操縦が求められるピーキーな機体であり、操縦者であるマコトの気分屋な性格も相俟って「三女バトル部は勝つも負けるもスペシャル様次第」と揶揄される所となった。



№003:メリクリウス・マルシェ

素体 :メリクリウス(新機動戦記ガンダムWより)
機体色:金・黒
使用者:タニア・ドロレスヘイズ
主兵装:ヒート・サーブル、プラネイトディフェンサー×10

 ヒライが後輩のタニア・ドロレスヘイズのために製作したMS。
 フェンシングジュニアチャンプの肩書きを持つタニアに合わせ、極端に攻撃的な調整が施されている。
 お馴染みのヒライ・フレームであるが、本機は特に、左利きのタニアに合わせて調整されており、フェンシングの動きを参考に、常に左半身の構えを取る前提で機体が組まれている。
 左肘、手首の反応速度は特に過敏に作られており、タニア以外に乗りこなせる人間はほとんどいない。
 武装としては通常のビームサーベルを廃し、実体剣であるヒート・サーブルを帯同している。
 サーブルのナックルガードにはコンバーターが仕込まれており、任意で剣針を射出し、ビーム・サーブルへと切り替える事が可能である。
 また、フレームが単体で自立できる事を逆手にとり、アーマーをパージして軽量化すると言う奥の手を持つ(通称コルレルモード)
 パージ後は機動性と引き換えにプラネイトディフェンサーも使用不可能となるため、文字通り最後の手段であった。
 通常、支援能力や防御性能を底上げする改造が多いメリクリウスにおいて、本機のような格闘特化型は珍しく、極めて趣味性の高い機体である。
 その為か本機は、初期のヒライナンバーの中でも、特にアングラ時代の古参のファンから支持されている。



№---:スーパーガンダム試作二号機

素体 :ガンダム試作二号機(機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORYより)
機体色:黒・紺
使用者:櫛灘めい(クシナダ・メイ)
主兵装:アトミックバズーカ、ロングライフル、ミサイルポッド

 ヒライ・ユイが三女ガンプラバトル部初代部長、クシナダ・メイと共同で製作した機体である。
 共作である事から、本機は三人娘の機体の中で、唯一ヒライナンバーを持っておらず、ヒライフレームも採用されていない。
 元々ヒライは砲撃機としてヴァイエイトを薦めていたのだが、自身の実力を知るクシナダは「誰が使っても脅威となる機体」と言う観点から試作二号機を選択した。
 その名の通り、背面にヒライ製作のGディフェンサーを背負っており、本来シールドに持たせていたラジエーター機構をそちらに回す事で、左手をフリーとしている。
 シールドを撤廃した事から、バズーカ使用時は僚機に守ってもらうのが当初の前提であったが、後にGディフェンサーを盾にする「背面撃ち」や、逆に本体を捨てて離脱する「撃ち逃げ」など、多彩な発射バリエーションが編み出された。
 Gディフェンサー分離後はライフルやミサイルによる支援の他、僚機と再ドッキングして戦闘を継続するケースも見られた。
 上記の通り、本機の最大の目的は、敵のマークを引き付けて僚機の負担を減らす事にあり、実はバズーカを使用しなかった時の方がチーム勝率が高かったとも言われる。





 本作は今回を持ちまして完結となります。
 文章の修正や、活動報告の方に楽屋話を書いたりはあるかもしれませんが、物語としてはここで終了とする予定です。
 最後になりましたが、僕の我侭な二次創作を最後まで応援してくださったみなさん。
 本当にありがとうございました。











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