Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~   作:北洋

100 / 101
最終話 ベーオウルフ 3

 夢……これは夢だ。

 何度嘆いたことだろう。 

 これがもし悪夢だったなら、どれだけ幸せなことだろう。

 そう思わずにはいられない。

 そんな地獄絵図が展開されていた。

 

 

 

 基地を壊滅させ、ダイゼンガーを退けたベーオウルフは、人間狩りを開始した。

 狩り……という表現は適切ではない。

 処理だ。

 ベーオウルフが足を踏み入れるだけで、わずか1時間で町1個が壊滅した。建物や植物、買われていたペットたちは全て無事。ただ人間だけが全滅させられる。

 ベーオウルフ殲滅に向かった部隊は全て全滅、1人も生きて帰ってこない。

 ベーオウルフは破壊した機体の残骸から、キョウスケの愛機だったMk-Ⅲを模した機体を復元させていた。

 ただしMk-Ⅲの色は赤から青へと変わり、50mを超える巨大な化け物に変貌する。青鬼のような殺戮マシーンに迎撃部隊は全て殺され尽くしていた。

 

 

 基地での事件から1週間がたつ頃、地球連邦政府はある決定を下すことになる。

 

 「インスペクター事件」の英雄、クロガネ部隊の再招集である。

 地球圏最強の守護者でベーオウルフを駆逐する。ベーオウルフはかつての「インスペクター事件」や「L5戦役」と同等か、それ以上の脅威として認識されたのだ。

 すぐさま、クロガネ部隊はベーオウルフの元へと差し向けられる……

 

 

 

 そこからの光景は、俺がよく見ては、朝になると忘れていたあの悪夢その物となっていた。

 悪夢だ……そう、あの悪夢。

 俺が、仲間を殺し尽くすあの悪夢。

 

 

 

『なんでだ!?』

 

 変貌したMk-Ⅲのコックピットで、インターフェースを通じてリュウセイ・ダテの叫びが届く。

 

『なぜ、あんたがこんなことを!? キョウス ── !!』

 

 リュウセイの声が途切れた。

 モニターに映っていたリュウセイの顔が消える。同じく画面に映っていたリュウセイの特機SRXの胸には巨大な風穴が空いていた。変貌したMk-Ⅲの、あまりに巨大なリボルビングバンカーを直撃して空いたものだった。

 SRXは崩れ落ち、地球圏を護ってきた守護神は鉄くずへと成り下がる。

 MK-Ⅲの周りには、SRXの他に無数のロボットの残骸が転がっていた。

 グルンガスト、弐式、ジガンスクード、ゲシュペンスト、ヒュッケバイン……多種多様の機体がエンジンの駆動音1つ響かせず、黒煙をあげたり、火花を散らせたりして横たわっている。

 多くはリボルビングバンカーの餌食となり、無傷のモノはベーオウルフの念動力で屠られた。

 死屍累々。

 その言葉しか浮かんでこない戦場には、クロガネとヒリュウ改も轟沈していて、動いている者は誰もいない。

 

 

── 殺した……!

 

 

 強い罪悪感がキョウスケの胸を締め付ける。

 

 

── 俺が殺した……! タスク……アラド……ゼンガー……レーツェル……

みんな……みんな! 俺が殺した!! 殺してしまった!!!

 

 

 夢と同じだ……キョウスケは、俺が悪夢で思っていたことを嘆いていた。

 仲間を殺してしまったことを。深く嘆き、謝罪し、絶望する。そして懇願する。

 やめてくれと、叫んでもベーオウルフが手を休めることはなかった。「なぜだ!?」と問いながらも攻撃してくるキョウスケの戦友たち。しかし手を出そうとした瞬間に、ある者は爆ぜ、ある者は撃ち抜かれ次々と絶命していった。

 ゼオラやレオナは恋人の仇と攻撃してきて返り討ち。教導隊の生き残りも即死。戦艦のクルーに至っては一瞬で爆死させられ、制御できなくなった艦は自沈する。

 圧倒的。あまり圧倒的な力に蹂躙される。

 

 

── なぜだ?

 

 

 キョウスケは血の涙を流しながら、ベーオウルフに訊いた

 

 

── なぜ、こんなことをする!?

 

 

 ベーオウルフは念話で返答する。

 

 

── 全ては……悲劇の無い世界をつくるため……完璧なる世界の創造のため……

 

── 馬鹿な! 多くの人を殺しておいて、何が悲劇の無い世界だ!? お前は悲劇を生み出し続けているだけだ!!

 

── だが……あのとき、お前は思った……悲劇が憎いと……悲劇にまみれた世界など必要ないと……

 

── 支離滅裂だ、お前の言っていることは! 人を殺せば悲劇が生まれる!! お前が人を殺し続ければ、俺のような人間を生み続けることになるんだぞ!!

 

── それは……今だけだ……

 

── なにっ?

 

── 悲劇を生み出すもの……悲劇を感じる者……人間が全ていなくなれば……悲劇は存在そのものが消滅する……

 

── なっ……!

 

 

 狂気じみた返答にキョウスケは息をのむ。

 人類皆殺し。笑い話や子どもの戯言で使われそうな言葉だが、ベーオウルフが言うと冗談には聞こえない。

 

 

── 我が性は破壊 我が力は破界 だが我が力は使わぬ   

             消えるべきは世界ではない 世界に救う邪悪を

 悲劇を生み出す 権化のみを 我は破壊する ──

 

 

 ベーオウルフの声はゆらがない。

 世界には絶対にして至高の答えがあり、奴はそれを知っていて、まるでその答えに向けて邁進する求道者のように。

 ベーオウルフは歩みを止めない。

 俺やキョウスケの声など、奴にとっては所詮戯言でしかないのだ。

 止められない……俺たちとベーオウルフでは見えているものや、見ている世界が違っていた。

 

「太極の涙をぬぐう……そう、全ては、静寂なる世界のために」

 

 空前絶後の化け物を解き放ってしまった……キョウスケの心は、激しい後悔と罪の意識で満たされる。

 無力に歯噛みし、骨が砕けそうな程に強く拳をつくる。しかしキョウスケの体は彼の意に従う事はなかった。手を握りしてもいないし、奥歯を噛みしめることもしていない。

手も足も出せずに、キョウスケは世界が滅ぼされていくのを見ているしかなかった ──……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ─ 1か月後 ─

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……── 地球連邦は壊滅した。

 

 幾つかの国も滅亡した。

 全戦力、全兵員を投入し、湯水の如く無意味に鉄と人命が浪費されていった。

 繰り返される殺戮劇にキョウスケの心はいつしか麻痺していた。助けを求める声、抵抗も空しく機体を破壊され失われる命、そして何もできない自分……まともな神経でその光景を見ていることできなかった。

 キョウスケは人が死んでも何も感じなくなる。

 それは戦場を駆けたあの頃と、どこか違うが、同じ根を持つ感情のような気がしていた。

 

 だが、もうどうでもよかった。

 抵抗など無意味だ。

 侵略と言う暴力を正義という暴力で薙ぎ払い、存続してきた。それがキョウスケの生きてきた世界だ。異星人の侵略を無抵抗で受け入れるべきだった……などとは思わない。

 この世界は戦うことで維持されてきた。闘争の続く世界だ。シャドウミラーの望んだ世界とは正にこのことではないだろうか?

 力が全て、勝った者が正義、生き残った強者だけが正義を語ることができる世界。

 無味乾燥とした悲しい世界が、自分の守ってきた世界のように思えて仕方なかった。

 ……ベーオウルフの築いてきた地獄絵図は、闘争の果てに訪れるしごく当たり前の結末とさえ、キョウスケは思うようになっていた。

 そんなキョウスケを尻目にベーオウルフは毎日処理にいそしむ。人間の処理に、だ。

 ある日、破界のために内部に侵入した軍事基地にて、

 

『狼と言うより、外道に過ぎるぞ、ベーオウルフ』 

 

 キョウスケはあの男と再会していた。

 戦友は全て死んだ。いや、殺された……殺した。戦場で再会したその男は、もはやキョウスケにとって最後の顔見知りとさえ言えた。

 

「アクセル・アルマー」

 

 キョウスケの口を動かして、ベーオウルフが男の名を呼んだ。

 巨大化したMk-Ⅲの前にアクセルの乗るソウルゲインが立っていた。特徴的な青い髭を持つ、格闘家のような雄々しい体躯を持つ特機だ。

 Mk-Ⅲの進む巨大な通路の先で、背後にある巨大な機械を護るようにして立ちはだかっている。

 

『ベーオウルフ……いや、キョウスケ・ナンブ』

 

 回線越しにアクセルが語りかけてくる。

 

『すまなかったな』

 

 コックピットの中でアクセルの表情が曇る。

 

『あの時、確実に貴様を殺しておけば……貴様を化け物にしたのは、この俺だ』

「ア、 アァァ、アク ── アクセル……!」

 

 キョウスケの口からうめき声が漏れた。

 キョウスケの感情が流れ込んでくる俺にだけ分かる。

 今、声を上げたのはベーオウルフではなく、キョウスケ・ナンブだった。

 

 

── ほぅ……

 

 

 ベーオウルフの声が俺の頭に響く。

 

 

── 支配権を奪い返すつもりか……復讐……報復……

悲劇を生み出す最たる例の1つだが……いいだろう……

           体の礼だ……我が 力を貸してやろう……

 

 

 途端に、腹の底から黒いマグマが噴き上がるような ── 全身の皮膚を駆け巡る黒い熱さが、キョウスケの頭を灼熱させていく。

 絶望、後悔、罪悪感……多くのマイナスの感情を吹き飛ばし、憎しみだけがキョウスケの心に火をつけた。

 それは炎。

 全てを焼き殺して、自身を焦がす尽くしても決して消えることのない炎のように、キョウスケの喉をひり付かせる絶叫に変わっていた。

 

「アクセル・アルマアアアアァアァァァッ!!!」

『俺は貴様の大切なものを奪った。それが貴様を化け物へと変えた……俺が憎いだろう? 殺したいだろう? 

だが、それでいい。俺には、貴様に許しを請う資格などありはしない ──』

 

 ソウルゲインが拳を構えた。

 さらに絵里阿町で使用しなかった両肘の鋭いエッジが伸びる。ソウルゲインの体は青い光を発し始め、それは両拳と両肘のエッジ部分に収束していった。

 

『── コード麒麟。ソウルゲインの最大攻撃だ……いいか、ベーオウルフ。俺は謝罪はせん。俺はお前の大切なモノを奪った! その罪は、俺の命1つでとうてい償い切れるモノではないからだ!』

 

 刹那、ソウルゲインはMk-Ⅲに突撃を敢行してきた。

 両拳に集められていた青い光を無数の光弾にとして発射してくる。

 青龍鱗を変化させた砲撃のようだが、Mk-Ⅲの装甲には傷1つ着けることはできなかった。ただ、青白い光で視界が塞がれる。

 アクセルの独白が聞こえてきた。

 

『俺にも護りたい仲間がいる! 身勝手な男と笑わば笑え! 

たとえエゴイストと罵られようとも、俺は貴様を殺す! 代価はこの俺の命だッ!!』

「アクセル・アルマアアアアアアァァッ!!」

 

 青白い光が引いた時、ソウルゲインはMk-Ⅲの懐に入り込んでいた。

 身を屈ませて、伸ばした肘のエッジにエネルギーを集中させる。エッジに集まった光がスパークする。アクセルの命を籠めた、両肘エッジによる超斬撃がMk-Ⅲを襲った。

 だがMk-Ⅲも黙ってはいない。

 巨大化したリボルビングバンカーを、同時にソウルゲインに振り下ろしていた。

 鋭利な肘と屈強な切っ先が交錯する。

 

 

── すまん皆……

 

 

 勝負は一瞬でつく。勝者と敗者が決定する瞬間に、アクセルの声が俺の頭に響いてきた。

 おそらく、アクセルの思考だろう。

 神の悪戯か……アクセルの声が聞こえた理由は正直分からない。どこか寂しげな心の声。 

 

── 約束は……守れそうにない……

 

 

 刹那、リボルビングバンカーの切っ先がソウルゲインの腹部に突き刺さっていた。

いや、ソウルゲインの肘も命中はしていた。しかしベーオウルフの念動力による防壁に阻まれていた。一矢報いることはできず、ソウルゲインはリボルビングバンカーが突き刺さったままの状態で空中に持ちあげられ。

 静かな通路内に炸裂音が木霊する。

 巨大なパイルバンカーがソウルゲインの腹部を突き抜けていた。

 あまりの破壊力に耐えきれず、ソウルゲインは腹を境に上下に裂ける。腹部を構成していたパーツが肉片のように飛び散り、機体内を循環していたオイルが血のようにMk-Ⅲの体を汚した。

 

『俺の……敗けだ……』

── やめろ! 絞り出すようなアクセルの声に、キョウスケが悲痛な叫びを上げる。

 

 やめてくれ! と懇願する。

 アクセルはエクセレンの仇と言ってもいい。

 しかしキョウスケはアクセルの顔を知っている。共同戦線を張ったこともある。アクセルは憎い……憎かったが、もう誰かを殺すことには耐えられなかった。

 

「……解せぬ」

 

 ベーオウルフが呟いていた。

 上半身だけとなったソウルゲインが飛び込んでくる。その光景に対して言ったのか、それともキョウスケの懇願に対して答えたのかは分からない。

 ただソウルゲインは、唯一動かすことができる上腕で、Mk-Ⅲに抱き着いてきた。Mk-Ⅲの首を絞めつけくる。蝋燭が消える前の灯なのか……万力のような力だった。

 

『だが……ただでは死なん。ベーオウルフ……貴様もリュケイオスと共に道連れだ!』

 

 リュケイオス ── おそらく、ソウルゲインが立ち塞がり守っていた巨大な機械のことだ。気づけば、リュケイオスを通るエネルギーパイプから蒸気が噴き出している。今にも爆発しそうに激しく全体を震わせていた。

 ソウルゲインと戦っている間に、リュケイオスは暴走していた。

 辛うじて画面に映っていたアクセルの顔……その口元が歪む。ざまぁみろ。と言わんがばかりに。

 

『ベーオウルフ ── 共に死ねええぇぇ!!!』

 

 アクセルの咆哮が耳をつんざいた。

 瞬間、リュケイオスが大爆発を起こす。室内の爆発で逃げ場を失った炎が、Mk-Ⅲの方へと押し寄せてきた。

 熱量の塊がMk-Ⅲの装甲を溶かす。上半身だけのソウルゲインも同様に爆発を巻き込まれる。そして機体内のオイルに引火、Mk-Ⅲに組み付いたまま状態で動力源の誘爆を巻き起こした。

 

「うおぉ ──── ッ!!」

 

 装甲が溶け、ハッチが弾け飛び、コックピットブロックが剥き出しになる。

 中のキョウスケの体が外界に露わになり、リュケイオスの爆熱に巻き込まれた。肉は溶け血は沸騰……皮膚が焼け剥がれ、奥に見えていた白骨も一瞬で黒焦げになる。

 即死 ── Mk-Ⅲの大爆発も相まって、骨の欠片も残さず、キョウスケの体は消滅した ──……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。