Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~   作:北洋

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第5部 エピローグ 再会

 

 

 ──…… リュケイオスの大爆発でキョウスケの体は消滅した ──……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 体を失くしたキョウスケは心だけで思う。

 

(……やっと解放されるのか……)

 

 俺の名前はキョウスケ・ナンブ ── 自分自身を形作っている大因子(ファクター)の記憶を垣間見ている男だ。

 記憶を見た俺も、この記憶のキョウスケと同じ気持ちだった。

 

 解放されたい。早く、狂ったこの世界から……人類の未来を勝ち取るためBETAと戦い続けている世界へと ──……

 

 

 

── ……まさか……な……

 

 

 声が聞こえた。

 リュケイオスの爆発で炎と煙で塗れ、轟音が鳴り響く空間ででも何故か響くあの声。

 記憶の中で、自分の体を乗っ取った……あの声だ。

 

── 憑代が消えた…………これほどの憑代はそうそう出会えん……復元には時間がかかる……が、どうとでもなる……

 

 キョウスケの背に悪寒が奔る。

 狂ったこの世界の悲劇を繰り返すというのか。

 止めてくれ。

 それは純粋なキョウスケの願いだった ──……

 

 

── なんだ……?

 

 

 ……── 異変は何時だって急に起こる。

 

 キョウスケの体を奪った声が焦っているのが分かった。

 キョウスケには見えた。

 体を奪った意識が、自分の姿をした黒い光体として存在している…………それはいい。

 光体が見つめている先に異変が生じていた。

 

 

 

 

 

── 2発の爆弾が……遥か遠方で炸裂していた

 

 

 

 

 

 キョウスケには見えていた。

 BETAの巣 ── ハイヴらしき物に落ちていく黒い2つの光体…………光線級の放つ光線に曝されながらも、その全てを歪曲し、爆発する……その様を。

 2発の爆弾 ── 狂ったそれは、キョウスケを支配したいた意識に異変を起こしていた。

 

 

── ……なんだ……引き込まれる……!

 

 意識だけでなく、キョウスケにも引力感を覚えていた。

 引かれる。何かに。それが何なのかキョウスケには分からなかった。

 

── 我だけなら…………力を使い過ぎ……憑代の魂に同化し過ぎたか……

 

 意識の声が聞こえた。

 

── ……引き寄せられる………………く、今の状態では逆らえん…………この憑代を捨てるか……しかしこれ程の憑代には ──── ……ひか……れる……うお……ッ……!!

 

 それから……その声は聞こえなくなった。

 大因子の世界で仲間を殺し尽くした悪魔 ── その意識が消えた……いや、どこかに吸い込まれた。

 そう、キョウスケは感じ、理解した。

 これが大因子の世界での最後の記憶なのだと。

 そしてここから、因子集合体としての自分が出来上がるのだと ──……

 

(……知らなければよかった……アインストだけでなく、あんな悪魔が俺の中にいるなんて……)

 

 大因子の記憶を見終えたためか、傍観者として存在していたキョウスケの意識は消え始める。

 本来の自分の体がある、武たちがいる世界へとキョウスケの意識は引き寄せられ、奇妙な浮遊感が包み ──……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第5部 エピローグ

 

 再会

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【西暦2001年 国連横浜基地 医療施設】

 

 ……── 見知らぬ天井が、キョウスケの目に飛び込んで来た。

 ぼやけた視界と頭でも理解できる。今、自分が寝ているのは横浜基地の自室ではなく、何処か別の場所だった。

 横になっていた重い上体を起き上がらせると、視界が開け、自分が病院のベットで寝ていたことが分かる。

 G・Bの作った「前世体験装置」を使い、キョウスケは自分の大因子の記憶を見てきた。因子集合体である自分を形作る骨格とも言える大因子。およそ3つあると夕呼に言われた内の1つが、世を逸らしたくなる地獄のような世界だと……キョウスケは思いもしなかった。

 キョウスケがこの世界に現れてから起こった様々な出来事を引き起こした筈の大因子 ── キョウスケだけでなく、この世界に生きる夕呼やG・Bにとっても知るべき重要なモノだったが……目覚めたキョウスケの周りには彼女たちの姿はなかった。

 

「うーん……もぅ食べられないよぅ……」

 

 椅子に腰かけ、上体をベッドに預けて寝ている神宮司 まりもしかキョウスケの傍には誰もいない。

 まりもが傍にいる理由もよく分からないが、自分が病院のベッドに寝ている理由もよく分からない。キョウスケは夕呼の執務室で「前世体験装置」の措置を受けていたはずだ。

 病室にある時計の単身は15時を指していた。

 何月何日だ? 分からない、それを知る情報がキョウスケの病室にはなかった ──

 

「── 丸7日、それが君の寝ていた時間さ」

 

 聞き覚えのある声がキョウスケの耳に届き、彼は声の方向へと目を向ける。

 寝起きで気づかなかったが、窓際に立つG・Jがキョウスケの方を見つめていた。

 

「……7日……それ程の間、俺は寝ていたのか……?」

「ああ……モニターは1日で済んだがね……まるで目覚めるのを拒んでいるかのように、君は目覚めず、この医療設備へと運び込まれたのさ」

「そう、なのか……」返ってくるのは18日

 

 G・Jの説明に現実味(リアリティ)をキョウスケは覚えることができなかった。

 あの日から7日間寝ていたと言う事は、今日は12月18日の火曜日という事になる。

 体感的には数年分、感覚的には一睡分の時間を経験したキョウスケには、尚更1週間という時間に実感が沸かない。

 体がある……その実感でさえあやふやなのに、G・Jの説明を素直に受け入れることがキョウスケにはできなかった。

 

「本当に……俺は……?」

「ああ、寝ていたよ。薬の影響などではなく、昏睡に近い状況だった。G・Bの装置の機能の副作用ではなく、ただ単純に君は眠りから醒めなかった……さっきも言ったように、まるで目覚めるのを拒んでいるようにね」

「そうか…………確かに……目覚めたくない……いや、知りたくなかったかもしれないな」

 

 G・Jの言葉にキョウスケは素直にそう答えていた。

 

「……時折俺が見ていた夢……その夢が……俺の大因子の世界では繰り広げられていた…………正に悪夢だったと言っていい」

「……そうだな」

 

 G・Jは静かに呟きを返し、壁際でボソリと返事をした。

 

「俺だけでなく香月博士やG・Bも驚いていたよ……君の過去 ── いや、大因子の世界を襲った力……対策を練るために知ろうとしたのにな……この7日間、G・Bたちも考えていたが結局なにも思いつかなかった……そんな力が君の中には燻っているんだ」

「……あの悪魔が……」

 

 自分の中に眠っている?

 これまで頭の中で聞こえていたあの声……並行世界の自分を侵食したアインストのソレだと思っていた。しかし、同時に絶対に違うという意味不明な確信をキョウスケは持っていた。

 

(……その正体がアレか……あれなら、アインストの方がまだマジだったな……)

 

 自分の体を奪った声が仲間たちを殺し続ける ── その罪悪感は気が狂う……など……生ぬるい程のストレスをキョウスケの心に与えていた。

 アインストどころか、自分の体を乗っ取った化け物が仲間を殺し、その感覚が残っている。

 手の平に血糊が残っている方がまだマシに思える……何ともいえない後味の悪さがキョスウケの頭には残っていた。

 

 

「ベーオウルフ」

 

 G・Jの呟きにキョウスケは反射的に顔を上げる。

 

「俺たちが決めた、君の中に眠る力の呼び方だ。いつまでも名無しのままでは何かと不便だろうからな」

「……ベーオウルフ」

 

 それはオリジナルや並行世界、大因子の記憶の中でキョウスケが持っていた通り名だった。大因子の記憶をモニターしていた夕呼たちも、当然それは知っているだろう。知っていて、あえて名付けた。

 

(皮肉なものだ……アクセルが俺を呼ぶ時の呼び名が、そのまま使われるとはな……)

 

 大因子の世界で自分の命と引き換えに、キョウスケの肉体を消滅させた男 ── アクセル・アルマー。

 大因子世界でシャドウミラーとして決起し、エクセレンの命を間接的に奪った男……その男は今、この世界では生きていて、基地の営倉の中に押し込まれていることだろう。

 

「……ベーオウルフ、か」

 

 その名を口にするたびにアクセルの顔がチラつく。憎しみに近い黒い感情が沸き上がりそうになるのを、グッと拳を握りしめることでキョウスケは抑えた。

 

「G・J、博士たちは今どうしている?」

「香月博士はオルタネイティヴ4の最終調整を行っている最中だ」

「最終調整……という事は、完成したのか? 例の00ユニットとやらが……?」

 

 00ユニット ── オルタネイティヴ4が目指した最終成果物。それの完成はオルタネイティヴ4成功の最も重要な鍵となる……しかし名前だけしか聞かされていないキョウスケには、00ユニットがどんなものか想像することはできなかった。

 

「確かにハード面は完成したと言える ──」

 

 G・Jの返事は何処となく不安を感じさせるものだった。

 

「── 何事も外面だけでは駄目なのさ。今、香月博士は戻ってきた白銀 武と共に、最終調整を行っている」

「武が……?」

 

 あの日 ── 神宮寺 まりもが死んだ日に、武は転移装置を使いこの世界から逃げ出した。

 その武が帰ってきている。ここに来て初めて、7日という時間の経過にキョウスケは実感を覚えた。オリジナル世界に転移し、因子集合体という現実を突き付けられ、キョウスケは立ち直るのにしばらく時間を要した。果たして、武は立ち直ることができたのだろうか? 

 それは直接会ってみなければ分からなかった。

 

「彼が戻ってきたのは昨日だ。それから彼は00ユニットに付きっきりで過ごしているよ」

「そうか。帰ってきた、今はその事実だけで十分だ」

「ああ……ところで、南部 響介、君はもうベッドからは起きられそうか?」

「ああ、問題ない」

 

 キョウスケはベッドから抜け出し立ち上がる。しばらく寝ていたせいで軽い眩暈を覚えたがすぐに治まり、一歩、二歩と足を踏み出すが特にふらつくこともなかった。

 

「では一緒に来てくれ……G・Bが君に、会わせたい人がいるそうだ」

「俺に……?」

 

 G・Jの言葉への心当たりなど、キョウスケには当然ない。

 キョウスケはベッドサイドで眠りこけていたまりもを抱き上げ、ベッドに寝かしつけると、G・Jに案内されるまま病室を後にした ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

【西暦2001年 12月18日(火) 14時23分 横浜基地内医療設備 特別室】

 

 

 

 ……── キョウスケが通されたのは医療施設の最上階にある特別な一人部屋だった。

 

 入り口には監視カメラが向けられ、警備の兵が立っている。その様子にキョウスケは、要人用の特別な病室を連想した。G・Jの顔を見た警備兵は敬礼し、道を開ける。

 特別室の入り口に来たところで、G・Jはキョウスケの方を振り返った。

 

「……入る前に謝らせてくれ、南部 響介」

 

 突然の言葉にキョウスケは声を上げずに驚いた。

 

「君にはもっと早い段階で会わせる ── いや、せめて事実だけでも伝えておくべきだったかもしれない。だがクーデター事件やトライアルの襲撃事件と、対応しなければいけない出来事が多すぎ伝えることができなかった……すまなかった」

「……G・J、俺は何故謝られている? 訳が分からないぞ」

「G・B ── これは彼のフルネームの略称だ。彼の本当の名前を憶えているか?」

 

 G・Jの質問に、キョウスケの鼓動が早鳴り始めた。

 キョウスケは思い出した。

 大因子の記憶を垣間見る前、キョウスケが眠りに落ちる際に、G・Bは彼に本名を告げていた。

 

「── ジーニアス・ブロウニング……」

 

 頸動脈を通じて音が聞こえる程に、ドクンドクンと心臓が強く脈打つ。額に汗が滲む。奇妙な口渇感に見舞われ、思わずキョウスケは生唾を飲み込んでいた。

 ブロウニング。

 その姓は珍しいものではある。

 だけれども、同姓の人間がいないかと聞かれると、答えはNoだ。

 

「G・Bには一人娘がいる」

 

 G・Jの言葉にキョウスケの中で時が凍る。そんな錯覚を覚えた。

 

「……後は会えば分かるだろう」

「退いてくれ!」

 

 キョウスケは爆ぜた火薬のような勢いで、G・Jの横をすり抜け、特別室の扉の取っ手に掴み、開けた。

 扉の先には大きめの病室が広がっていた。大きな窓から光がさし室内を照らし、壁際には1つだけベッドが置かれている。窓際には車いすに乗ったG・Bの姿があった。

 キョウスケに気が付いたG・Bがふざけた調子で話しかけてくる。

 

「ワオ、随分と御寝坊さんだったネ。どうかね、目覚めの気分ハ?」

「なぜ、教えてくれなかった!?」

 

 返答せず、キョウスケはG・Bの掴み上げていた。彼にしては珍しく、怒りが表情に浮かび上がっている。

 G・Bの胸倉を掴みながらも、キョウスケの視線は壁際のベッドに向けられていた。

 

「なぜ ──── ッ!?」

 

 キョウスケの脳裏に、炎に染まる街と落ちているロケットペンダント、掴んだ彼女の右手の映像がフラッシュバックする。

 護れなかった。

 自分が護れなかった、大切な大切な人。

 キョスウケの視線の先には、ベッドに横たわるブロンドヘアーの女性の姿があった。

 

 

── ベッドにはエクセレン・ブロウニングが眠っていた。

 

 

 見間違えようのない、この世でキョウスケが心から愛したたった1人の女性だった。

 この世界にはエクセレンは居ない。

キョウスケはそう思い込んでいた。

遠いオリジナル世界にいるエクセレン、彼女が愛してくれたキョウスケ・ナンブであり続けるために戦うと心に誓い、今日まで生きてきた。

 その根底が覆される感覚 ── キョウスケの心が沸騰するのに一瞬で十分だった。

 

「── なぜ、生きていると教えてくれなかった!?」

「落ち着け、南部 響介」

「これが落ち着いていられるか……!」

 

 エクセレンがいる。それは嬉しい。だがなぜ知らせてくれなかった。

 そんな暇が無かったのは分かっている。G・Jが言っていたことは正しい。キョウスケがこの世界に現れたときから、エクセレンがこの病室に居たのかも分からない。けれど一言教えてくれても良かったじゃないか。

 NEED TO KNOWの原則とでも言うのだろうか? だとしても、キョウスケは知りたかった。

 事実を知らない自分だけが、まるで道化(ピエロ)のように誰かの掌の上で踊っている……奇妙な感覚だった。

 

「機体から得たデータで、君があちら側の世界で娘に関わっているのは知っていたが……今の状態の娘を、君に会わせたくなかったのだよ」

 

 G・Bが沈痛な面持ちで呟き、キョウスケは掴んでいた胸倉を離した。

 

「娘は1年前から意識不明の状態でね」

「意識不明? なぜ?」

「米国にはG弾脅威論者という連中が居てね、1年前、私と娘は連中に拉致され暴行を受けたんだよ」

 

 G弾 ── 元はハイヴだった横浜に投下されたその兵器は、たった2発でハイヴを壊滅した。オリジナル世界のHMAP兵器のようなG弾で、人類は初めてBETAに勝利し、現在はハイヴ跡を使って横浜基地が建設に至っている。

 G弾とは人類の手に入れた圧倒的な力。

 だが強い力には、反発する勢力が必ず現れるのが世の常だ。

 G・Bはその勢力に拉致され、暴行された。

 

「その時の暴行が元で私の下半身は動かなくなり、私を庇った娘は頭を殴打され意識不明の重体……CTで脳の損傷は見られなかったにも関わらず、1年経った今でもそのままなのだよ」

「そんな……馬鹿な……!」

 

 キョウスケは眠っているエクセレンに目を向ける。

 首には栄養を補給するための点滴が入り、身体は心なしか痩せて見えた。生気は無く、明朗快活なエクセレンとは正反対の印象を受ける。

 

「なぜ……そんな目に……?」

「そりゃあ、G弾を開発したのが私だからねぇ。G弾脅威論者からすれば、私は諸悪の根源みたいなものだろうさ……娘は私の研究を手伝ってくれていただけなのになぁ」

 

 G・Bの瞳には哀しみが浮き上がっていた。

 それは子どもを案ずる親の顔……キョウスケはG・Bを追求することに気後れしていた。

 

「そこからは俺が説明しよう」

 

 代わりにG・Jが語り始める。

 

「元々、G・Bは人体の再生医療の第一人者だったが、様々な分野で才能を発揮し、米国の研究チームに参加することになった。ML機関の研究チームに在籍することになったのが1978年。当時、G・Bはヨーロッパにいたのだが、BETAの脅威に最も曝されていた地域でもあった」

 

 1978年と言えば、パレオロゴス作戦の失敗や、ユーラシア北西部がBETAに制圧された年だ。

 当時、最大の激戦区にG・Bは居た。

 これはキョウスケの勝手な想像だが、G・Bの才能を亡くすのを惜しいと考えた連中が、彼に声を掛けたのかもしれない。

 

「G・Bには妻がいて、当然、一緒に渡米した訳だが……様々なストレスがかかったせいか、G・Bの妻は移動中に身籠っていた子を早産し、十分な治療を受けられずに亡くなってしまう。この時に生まれたのがエクセレン・ブロウニングだ。

 この時からG・BはBETAを妻の仇と恨むようになったそうだ……渡米してからの彼の働きはめざましく、1979年にはML機関の臨界実験成功に貢献した」

 

 BETAに対する怒りを研究にぶつけたのだろう。

 怒りは時として力になる。良い意味でも悪い意味でも。

 大因子の記憶の中で、エクセレンを失ったキョウスケにはG・Bの気持ちが痛いほど理解できた。

 

「実験成功の功績と知識を見込まれ、G・BはG弾開発の総責任者に抜擢される。いつの日か、妻を殺したBETAを根絶し、生まれ故郷を取り戻すために……G・BはG弾の開発に心血を注ぎこみ、完成させた。

 そしてG弾を使ったオリジナルハイヴ一斉攻撃と、人類の外宇宙への脱出を目的としたオルタネイティヴ5が開始された。総責任者ヴィンデル・マウザーの元でG・BはG弾ドクトリンを提唱し、1999年、彼に一声もかけず軍部は明星作戦(オペレーション・ルシファー)中に友軍に無通知で2発のG弾を投下した」

 

 

「結果は知っての通り……G弾の破壊力は絶大だった。G・Bは俺と出会ってからも、自分の開発したG弾に全幅の信頼を抱いていた。確かに、この世界でBETAを倒すだけならG弾以上の攻撃方はないだろう……相手を殺すだけなら最高の手段だろう。

 だが一年前に俺は見てしまった。未来を ── オルタネイティヴ5発動後の地球の姿をな」

 

 そう言うG・Jの表情は暗かった。

 

「オルタネイティヴ5で発射された大量のG弾は、地球に重力異変を引き起こし、その環境を激変させる。それまで陸地だった場所が海の底に沈み、干上がった海は塩の大地となり、BETAは死滅していない……そんな地獄のような未来がオルタネティヴ5の後には待っている」

 

 G・J ── ギリアム・イェーガーには予知能力がある。

 いつでも、どこでも、未来を予知できる……そんな都合のよい能力ではなかったが、時折、こうして重大な未来を知ることができる。

 しかし未来は決まってはいない。

 G・Jが見るのは、決まって最も起こり得る可能性の高い未来でしかない。行動次第では未来は変えられるはずだった。

 G・Jはゆっくりと話を続けた。

 

「オルタネイティヴ5後の地球の姿を見た俺はG・Bにそれを伝え、G・Bはそれを研究して信じた。研究データもある。それから、G・Bは自分が開発したG弾がもたらす結末を所属していた組織に伝えた……」

「……なるほど……G弾の威力に目がくらみ、誰も信じなかった……そんな所か」

 

 ありがちな話だとキョウスケは思った。

 

「その通りだ。BETAに蹂躙し続けられた人類が唯一白星を得た、それを演出したG弾だ……世界の中でも安全圏に位置する米国の中で信奉を集めるのも理解できる。それに、俺の予知を信じるに足る根拠を見出すものが……この世界にはない。

 予知……それだけ聞くならオカルトだろう。

 俺だってそう思う。だが俺には分かるんだ……このままではこの世界は滅んでしまうと……かつての俺が焦り、暴挙を演じてしまった状況に似た状況がこの世界でもできあがっていた。だからこそ、俺はG・Bに協力していたが、彼が離れた後の組織は俺たちの忠告を受け入れなかった」

 

 G・Jの言う組織……おそらく、それがシャドウミラーの元になった組織なのだろう。

 人類の未来を勝ち取ろうとしていた組織は、G弾の驚異的な威力に魅入られ、来るっていったのかもしれない。それがこの世界のシャドウミラーへと変わっていっただろう。

 

「あとはG・Bの言っていた通りだ。組織から離れたG・Bと娘さんはG弾脅威論者に拉致され、俺が駆けつけたときには……彼は下半身不随、娘さんは意識不明の重体だった。

 俺もその時から組織を抜け、G・Bを護りながら、オルタネイティヴ4を進める香月博士に協力するようになったんだ。オルタネイティヴ4の先の未来は……まだ俺には見えていないが、オルタネイティヴ5を発動させる訳にはいかないからな……」

「……アンタがこの世界のシャドウミラーの事を知っていたのは、元となった組織に所属していたから、ということか……」

「その通りだ……今まで言う機会がなくて悪かったとは思っている」

 

 顔を伏せてのG・Jの謝罪に、思えばキョウスケは彼と落ち着いて話す機会がほとんどなかった事を思い出す。

 G・Jに初めて会ったのはクーデター事件の際中だ。二度目はXM3トライアル襲撃の最後だった。どちらもキョウスケは激務の中 ── そんな中で真相を伝えられたとして、そのまま鵜呑みにすることができただろうか? 

 もしかすると、オリジナル世界で並行世界の自分と殺し合いを演じたキョウスケは、オリジナル世界で知っている男の言葉だからこそ、G・Jの言葉を信じることはできなかったかもしれない。

 

「……兎に角、俺とG・Jは陰ながら香月博士に協力し続けてきたが、クーデター事件の時、潜伏していた場所を完全に特定された。だから俺はクーデターの後、米国本土に戻り、G・Bと娘さんを横浜基地に連れ、逃げて来たという訳さ」

 

 逃げてきた。

 G・Jは人間大のゲシュペンストで20m級の戦術機と渡り合える。キョウスケにも原理は分からないが、戦闘能力だけではなく、彼は単体の転移すらして見せた。

 この世界の技術力や戦力では、生半なことでG・Jが逃げる必要性は生まれてこない……他人を庇いでもしない限りは。

 そんな彼が護っていたのは、この世界のエクセレンとその父親だった ── キョウスケには十分すぎる衝撃だった。

 

「ここからは説明は、もう必要ないだろう」

 

 G・Jが言う。

 

「クーデター事件後、横浜基地に戻った俺が見たのはシャドウミラーの脅威にさらされた君たちと、未知の力で蘇生した神宮司軍曹だった…………その力の源は、十中八九間違いなく君 ── 南部 響介……君の力の正体を探るよりも先に、君に娘さんの事を伝えるべきだったのかもしれないが……結局、俺たちは前者優先した。

 先に娘さんの事を伝えるべきだったのか、それとも俺たちの選択が正解だったのか、それは結局分からない」

 

 紡がれるG・Jの言葉にキョウスケは何も言えなかった。大因子の記憶の中で、自分も正しいとは言えない選択をしてしまったのだから。

 

「だが、俺が確信を持って言えることが一つだけある。

 ……俺たちは選ばなければならない。

 逃げるのか、戦うのか、それともただ漫然と生きるのか。それらの選ぶ機会を逃して、後悔しながら生きていくこともあるだろう。あるいは、そのどれもが選択する機会を与えられないこともあるだろう。

 それでも(・・・・)、俺たちは選ばなければならない。

 G・Bがオルタネイティヴ5を捨て香月博士に協力することを選んだように、俺たちは自分の生き方を自分で選ぶしかないんだ。

 俺はこの星の……この世界の未来(あした)のために、G・Bと香月博士に力を貸す事を選んだ。……それが、かつて過ちを犯した俺のホンのちっぽけな贖罪だ」

 

 黙り込んだままのキョウスケにG・Jが聞いてくる。

 

「南部 響介……君はどうする?」

 

 G・Jの問にキョウスケはすぐに答えられなかった。

 戦うのか? 逃げるのか? 自分は何をしたくて、何をするべきなのか? キョウスケが自分を見失い、12・5クーデター事件の渦中で見出した戦う理由が揺らいでいた。

 エクセレンが愛してくれた自分であり続けるために戦う……そう、この世界に彼女がいないのなら、せめてそうして生きてゆこうと……あのとき、心に決めた。

 だが彼女は ── エクセレンは生きていた。

 

「……エクセレン」

 

 エクセレンはベッドの上で寝息を立てている。

 けれどもキョウスケの言葉に彼女は反応しない。起きない。眠ったままだった。

 キョウスケはエクセレンに近づき、彼女の手を握った。肌の質感は記憶の中の艶のある健康的なそれとは違い、何処かやつれ荒れていた……しかし温かかった。

 エクセレン・ブロウニングは間違いなく生きている。

 だが目覚めない。生きているだけだった。

 大因子の記憶の中で見て、自分が発狂したエクセレンの手首の映像がキョウスケの網膜にフラッシュバックする。

 

(……生きて……生きているだけでも……!)

 

 エクセレンが生きている ── それが嬉しいのか、それとも悲しいのか、色々な物がミックスされ輪郭のぼやけた複雑な感情がキョウスケの中を駆け廻っていた。

 エクセレンの手を握ったまま、自分の問に答えないキョウスケにG・Jは、

 

「……悪かったな、南部 響介。すぐに答えが出るものでもないとは分かっている……だが考えておいてくれ。そして何時か聞かせてくれ、君の答え、君の選択を ──」

「あーーーー!! キョウスケ、ここにいたーー!!」

 

 彼の言葉は、突如、部屋に押しかけた訪問者の大声で遮られた。

 バンッ、と扉が開かれ、彼女(・・)は元気いっぱいに部屋に走り込み、キョウスケに飛びついてきた。

 

「おはよー、キョウスケ! あ、もうあさじゃないから、おそよーかな!? あはは!!」

「じ、神宮司軍曹……?」

「ちがうよ! まりもだよ! あたし、まりも!」

 

 キョウスケに飛びついてきた訪問者 ── 神宮寺 まりもは豊満な胸を彼の体に押し付け、満面の笑みを向けていた。

 まりもの様子がおかしい。

 既に成人して相応の時間が過ぎた女性にしては、態度が親か友達にじゃれ付く子どもそのものだった。

 キョウスケが大因子の記憶世界に赴く前、まりもはBETAの襲撃を受けて一度死んだ。

 そしておそらく ── ベーオウルフの力によって彼女は蘇っている。あるいはアインストの力も関わっているかもしれないが、目覚めたまりもは以前の彼女ではなく、幼児退行を起こし子どものように変わってしまっていた。

 紅い水玉のタトゥーが浮かんだ両頬を緩ませ、キョウスケにすり付いてくるまりも……彼女の幼児退行がなんら改善されていないのは火を見るより明らかだった。

 

「……南部 響介」

 

 呆気にとられるキョウスケにはG・Jが声を掛けてきた。

 

「君が答えを出すまで、まだ時間はかかるだろう。兎も角、俺たちは自分たちに今できる事を少しずつしていくこととしよう」

 

 そう言うと、G・Jはトレンチコートを翻して病室の外へと歩き始めた。

 

「……G・J、何処へ行く?」

「少し野暮用でね、俺はこれで失礼するよ。君も落ち着いたら、香月博士の所へ顔を出すと良い。彼女も心配していたからな」

「分かった……あと、その、すまなかった……取り乱したりして」

「なに、気にするな」

 

 G・Jが部屋を去っていく。

 キョウスケは抱き着いてくるまりもをどうしたものか、と顔を伏せて考え出す。

 ── と、快調に進んでいたG・Jの足音が急に止まった。

 

「そういえば ──」

 

 再び、G・Jが大仰にコートを靡かせて振り返ってきた。

 

「── 神宮寺軍曹の顔を見て、思い出したのだが ──」

「まりもだよ!」

「……正確には、まりもちゃんの顔の痣を見て思い出したんだが……」

 

 大声で抗議するまりもと、わざわざ言い方を直してくれるG・J。

 ここだけ見れば微笑ましい光景だったが、次の瞬間、G・Jの口から出た言葉がキョウスケの体に電流を奔らせる。

 

「南部 響介、その右頬の(・・)は……? まりもちゃんと同じものに見えるが……」

 

 痣 ── まりもと同じ痣 ── 悪寒がキョウスケの体を包み込んだ。

 抱き着くまりもを押しのけ、キョウスケは鉄砲玉のように飛び出し、病室に備え付けられていたトイレの扉を開けた。

 トイレには安物のビジネスホテルにありそうな小さな手洗い場と鏡が併設されていて、目を見開くキョウスケの顔が映し出されている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

── 自分の右頬に、紅い水玉のタトゥー(・・・・・・・・)が浮かび上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オリジナル世界でアルフィミィの顔にあり、今のまりもに浮かび上がり、大因子の記憶でベーオウルフに支配された自分に刻まれていた紅い水玉のタトゥー ──── 人外の証。

 それがキョウスケの右頬にだけ浮かび上がっていた。

 

 巨大で邪悪な影が背後から自分に手を伸ばしている……確かな実感と恐怖を胸に、キョウスケは鏡に映る自分の顔を眺める ──……

 

 

 ──……ガチリ、ガチリ……と狂った歯車の脈動がキョウスケの耳だけに聞こえるのだった……──

 




長い間、私の作品を閲覧・応援してくださった読者様方、本当にあちがとうございます。
本作はこれにて、いったん終わりとさせていただきます。

理由は、第一に作者の執筆意欲の低下に加え、第2に二次創作に愛着を持てなくなったこと、加えて執筆に労する疲労に対して得られる充実感の低下があげられます。

もし、今後執筆活動を再開するなら、二次ではなくオリジナルの作品で書いていくことになるとおもいます。
ではでは皆様、本作にここまでお付き合い頂き、本当にありがとうございました!!!







































以下、本来なら描く予定だったプロット。


第6部 マブラブ世界に戻ったキョウスケが白銀 武とともに、00ユニット化した純夏と幼児退行したまりもを、一緒に面倒を見て、それぞれの生き方を考える。

第7部 佐渡賀島ハイヴに進攻。
    精神レベルが成人レベルまで戻ったまりもが「不知火・白銀」を駆り、キョウスケと出陣。
    色々あってキョウスケらが窮地追い込まれ、主人公の中に眠る「ベーオウルフ」が一時的に覚醒し ── 一瞬で佐渡島ハイヴのブレイン級が破壊される。
    その後、白銀 武らA-01と対峙 ── 「友情」的ななにかで「キョウスケ」本来の人格が戻る。
    
第8部 横浜基地襲撃。
    キョウスケは生身で兵士級BETAを惨殺できるようになるが、自分の中に眠「ベーオウルフ」におびえるようになる。
    唯一の理解者は「まりも」……キョウスケは全ての戦いが終わったら、マブラヴの世界から消える(死ぬ)つもりと告げ、彼女と武たちとともにオリジナルハイヴに挑む。


最終章 参加メンバーはキョウスケ以外は生き残る……というか、「ベーオウルフ」化したキョウスケが重脳級を瞬殺し、その後キョウスケと「ベーオウルフ」が一騎打ちし……なんだかんだで、原作どおり世界は元に戻る……キョウスケの生死は不明だが、残っているハイヴが何者かによって破壊されているとの情報が、帰る前の武の耳には入っていた……







本当はここまで描きたかったけど疲れちゃいました。
ではでは、よければ、今後書いた作品にお付き合いくださいね!! 
2014/08/10
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