Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~   作:北洋

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第3話 邂逅、2人の異邦人 2

【西暦2001年 11月21日 国連横浜基地 PX】

 

 横浜基地は広く、キョウスケは案の定迷い、食堂 ── (ポスト)(エクスチェンジ)に到着したのは出発から30分が経過した頃だった。

 

 時刻は既に正午前。

 食事時ということもあってか、PXは軍服の人間たちで溢れ返っていた。列を作って受け渡し口に並んでおり、手にはトレイが持たれている。割烹着を着た恰幅の良い女性が、受け渡し口で配膳しながら厨房に指示を飛ばし取り仕切っているのが分かる。

 並んでいる面々は、特に代金を払うことなく食事を受け取っていた。昨日の夕呼の話が本当なら、既にキョウスケも横浜基地の一員なので、列にならんで食事を受け取る権利は発生しているはずだ。

 物は試しと、キョウスケは列の最後尾に並んでみることにした。駄目ならその時はその時だ。数日水だけでも生きてはいけることを、軍役の長いキョウスケは経験上知っている。

 列に並びながらPX内の様子を確認した。

 PXにいる面々はハンカチなどを机に置き、それぞれが席の所有権を確保してから列に並んでいた。折角の昼食だ、仲間と語らいながら食事をしたいのだろう。その気持ちはキョウスケにもよく分かったが、なにぶん転移してまだ2日目で、友人と呼べる知り合いはまだいない。

 そうこうする内に順番が回ってきた。

 

「いらっしゃい、何にする!」

 

 配膳している恰幅のいい中年女性が元気よく訊いてきた。「京塚」と胸に名札が下げられている。

 

「何でもいい。おすすめを頼む」

「あいよ、じゃあ合成さば味噌煮定食でいいね!」

(合成?)

 

 聞き慣れない単語がキョウスケの耳をくすぐった。

 

「あら、アンタ、もしかして新入りかい?」

 

 「京塚」という名札を付けた女性は、キョウスケと目が合うと訊いてきた。白米をよそったお椀をトレイに置くと、さらに質問してくる。

 

「いつから来たんだい? この基地の人たちは皆ここで食事するからね、私には新入りがすぐに分かるんだよ」

「そうなのか。俺は昨日付けで横浜基地に配属になった南部 響介という。よろしく頼む」

「響介ってのかい。配属記念ってことで、合成さば味噌は特別大きいのにしといてあげるよ。しっかり食べて、人さまのためにしっかり働くんだよ!」

 

 京塚は手際よくサバ味噌とサラダを皿に盛りつけると、トレイに置き、豪快に笑顔を向けてきた。悪い人物ではなさそうだ。

 列も混んでいたため、キョウスケは京塚に礼を言い受け渡し口から離れることにした。

 横浜基地のスタッフ全員の食事を賄っているというだけあってか、PXはかなり広かった。しかし列に並んでいた時から思っていたことだが、何処の席にも私物が置かれていて席取りが施されている。

 昼時なのも手伝って、相席も不可能そうな位に人がPXには入っていた。腰を落ち着けられそうな場所が見当たらない。

 

「ん……?」

 

 いや、あった。

 他の席から少し距離を撮った場所に、長机が1つと空いている椅子が6が丸々残されていた。PXに集う他の面々は席取りした場所に直行するため、そのスペースを無視しているようにキョウスケには思えた。

 とにかく、騒然としたPXの中で席を確保できたのは運が良い。

 キョウスケは角の席に腰かけ食事を摂ることにした。

 メインディッシュの合成……とかいうサバ味噌に箸をつける。

 

「……うまく、はないな。何だ、これは?」

 

 もにゅもにゅ、ともぐちゃくちゃ、ともつかぬ柔らかい奇妙な食感。確かに魚の風味はしてタンパク質的な味わいもするが、味噌で煮込んで誤魔化されている感じが隠せない。箸で探してみて小骨の1本も見当たないのは、処理がしっかりされているからなのだろうか? 外見はサバの味噌煮だが、サバの味噌煮らしくない奇妙な食べ物だった。

 合成という言葉が鼻に突く。

 野菜嫌いの子どもに野菜を食べさせるための騙し料理のようなものか、とキョウスケは思いながら箸を動かし続けた。新兵時代に食べたクソマズいレーションに比べたら、随分とマシな味ではあった……比較するのも悲しい話だが。

 

「あれー、誰か座ってますよー」

「どうしたタマ? お、本当だ、珍しいじゃねえか」

 

 咀嚼を続けるキョウスケの耳に、一組の男女の声が聞こえてきた。

 顔を上げると、桃色の髪を両端で結った少女と、茶髪の少年がこちらを見ていた。2人とも軍事基地に似合わない白い学生服を着ている。間違いなく成人はしていないその2人には、白い学生服がとても良く似合っていた。

 その分、キョウスケは湧き上がってくる違和感を禁じ得なかったが。

 

「武さん、どうします? 席が足りないから、皆は座れないよ」

「別にいいんじゃねえの。委員長たちはまりもちゃんに呼ばれてるし、俺たちの誰かが先に食い終わっちゃえば大丈夫だろ?」

 

 タマと呼ばれた桃色の髪の少女に武と呼ばれた少年が答えた。それはそうだけど、とやや不満気味なタマをなだめた後、武はキョウスケの方に近づいてくる。

 

「すいませーん、隣、相席いいですか ── って、あれ?」

「構わんが、どうした?」

 

 武がキョウスケの顔を見て動きを止めた。

 しばらくじっと見つめた後、何か思い出したように頷き、机にトレイを置いてキョウスケの隣に座る。

 

「もしかして、昨日ハンガーで気絶してた人じゃないですか? 夕呼先生に言われて、俺、部屋まで確か運んだような気がするんですけど……」

「……そうだが。そうか、君がな。迷惑をかけたようですまない」

 

 朝起きたらベッドの上にいたキョウスケだったが、戦術機ハンガーから目覚めるまでの記憶がないので、夢遊病でもない限り誰かがベッドまで運んでくれたのは間違いない。

 

「武さん、その人と知り合いなんですか?」

「いや、昨日ちょっと話したじゃん。例の人」

「ああ、例の借き ── けほんけほん。れ、例の人ですかー」

 

 そこのちっこいの、ワザとらしく咳ごむな。借金と言いそうになったのは分かったぞ、とキョウスケは心の中で呟いた。

 

「例の人ではなく、南部 響介だ」

「南部さんですね。覚えました。そ、それにしても見慣れない服装してますねー」

 

 強引に話題をそらそうとするタマが、キョウスケ自前の赤いジャケットをさして言った。キョウスケにスタッフ用の制服はなだ配布されていない。自前の服を着る以上、目立つのは無理もない話だ。

 しかしそれは、キョウスケにとっても武やタマの制服に言えることだった。

 

「お前たちこそ、その学生のような恰好はなんなんだ? ここは軍事施設だと聞いているが」

「あ、知らないんすか。この制服は訓練生の制服で、座学なんかの時に着るようになってるんですよ」

「訓練兵? お前たちがか?」

 

 ええそうですよ、と当然のように答える武にキョウスケは少しばかりの驚きを覚える。

 キョウスケの世界でも少年兵は珍しい存在ではなかった。

 特にキョウスケのいた部隊では若いパイロットが多かった。だからと言って、キョウスケは少年兵の存在を良しと思っている訳ではない。相応の覚悟や理由があって戦場に立つ者を止めることはできないが、必要以上に戦争に関与させるのは如何なものかと思うことも多い。部隊に10代が多かったからこそ感じる葛藤だった。

 この少年たちも兵役に付く何らかの理由を持っているのだろう。なら引き留めるようなことをキョウスケはしない。キョウスケたちが大人がするべきことは、望まぬ者が戦場に駆り出される必要のない世界を作り出すことなのかもしれないと、ふと思ってしまう。

 

(訓練兵か……そういえば、昨日の軍曹は教導官だと言っていたな)

 

 模擬戦で審判役をしていた神宮司 まりも軍曹のことを思い出した。

 

「お前たち、もしかして神宮司軍曹の教え子か?」

「そうですよ。この後も、午後から戦術機に関する座学の予定です」

 

 武が答えた。

 

「南部さんは昨日何やってたんです? 夕呼先生がらみの仕事ですか?」

「まぁ、そんなところだ」

「うわ、大変ですね。あの人、人使いが荒いからなぁ」

 

 実感がこもった言葉で返す武。

 昨日の一件だけで、夕呼が人を顎で使いまくる人間だとはキョウスケも感じていた。無論、社会での立場が上がれば上がるだけ抱える仕事も多くなるから、下の人間に仕事を回すのは当然のことだが……彼女の場合は立場云々ではなく、元からの人間性のような気がしてならなかった。

 初対面のためか、あまり会話は弾まない。

 転移して2日目のキョウスケは、この世界で通じる共通の話題をほとんど持ち合わせていない。唯一、武たちと話ができそうな話題と言えば、やはり香月 夕呼か神宮司 まりもの話ぐらいしかなかった。

 気を遣わせてしまったのか、武がキョウスケに話かけてくる。

 

「夕呼先生はこの基地の副指令もやってるんですよ」

「ほぅ」

 

 武の発言にキョウスケは納得した。 

 B24という厳重なセキュリティの中に研究室を持つぐらいだ、相当な高級士官だとは踏んでいたが、まさか基地のトップ2だったとは。ならばあの傲岸不遜な態度も理解できる。キョウスケの軍人生活で関わった基地司令と呼ばれる人種には、ロクな人間がいないことが多かったからだ。

 一番印象深い出来事をあげるなら、欠陥品と分かっている試作機のテストパイロットを嫌がらせのために命じられ、あげく機体が空中分解してしまったことがあった……よく生きていたものだと、自分でも思う。夕呼はそこまで酷くはないと思いたいが、そのこともあって、キョウスケにとって基地司令という職はあまりいい印象を覚える人種ではなかった。

 

「でも、実質的には横浜基地で一番偉いみたいですよ」

「なぜだ?」

「えーと、これは噂なんですけど……なんでも基地司令の弱みを握っているって噂があるんです」

 

 武の言葉に対するキョウスケの問い、それにタマが小声で答えた。

 

「まぁ噂なんですけどねー、あはははー……」

「それより、南部さんは午後から何するんです?」

「俺か? …………」

「黙っちゃって、どうしたんですか?」

「いや、1800に予定はあるのだが、それまで体が空いていてな。どうしたものかと考えている」

 

 食事が終わってしまうと、約6時間の自由時間をキョウスケは得ることになる。

 だが、これだ、というやりたいことが決まっている訳でもなかった。

 戦術機ハンガーに向かいアルトアイゼンの調整をするのか、それとも横浜基地内を知るために巡ってみるのか、あるいは武たちの座学の風景を見学に行くのも戦術機の知識を得るため選択肢としてはありかもしれない。

 静かな所で考え事をしてから、何かをし始めてもいいかもしれない。自室に引き籠るのだけはごめんではあるが。

 武がキョウスケに言う。

 

「この基地かなり広いですから、見て回るだけでも結構時間つぶせますよ。でも1800に予定って奇遇っすね。俺も丁度その時間に予定が入っているんですよ」

「そうか、存外縁があるかもしれないな」

「そうですね ────」

「あー、武―!」

 

 武の言葉が、女の大きな声で遮られた。

 細身の緑色の髪の少女が、食事の受け渡し口に並ぶ列の最後尾から手を振っていた。武と同じ白い学生服を着ている。同様の服装をしている女子が3人、緑髪の少女と一緒に列に並んでいた。

 

「ねーねー、その人、誰―?」

 

 緑髪の少女が元気いっぱいに叫ぶ。

 

「ああ、この人は南部さんって言って昨日の例の ──」

「それより、僕、お腹すいちゃったよー! 武は何定食にしたの?」

「人の話聞けよ、コラ」

 

 緑髪の少女は京塚のいる受け渡し口に少しずつ進んで行った。他の女性たちもそれに続く。

 大きな眼鏡をした栗毛の女の子と、紫色の髪の毛を結い上げた女の子と黒髪の女の子だ。その3人は緑髪の少女に比べて女性的な体つきはしているが、学生服が似合っているので歳は同じ程度ではないかとキョウスケは感じる。

 合計で4人。キョウスケが座っている席の座席数は6つだった。武とタマ、そこにキョウスケを加えると人数は合計7人となり、1人が座れない計算になる。

 武と彼女たちは座学を共にする仲間だろう。自分がここで居ることで、武と彼女たちが一緒に食事ができないのはいささか心苦しい。

 武たちと話をしながら合成さば味噌煮定食も平らげてしまったことだし、キョウスケは席を開けるために退散することにした。

 

「俺はそろそろ退くとしよう。……えぇと」

「あ、白銀です。俺の名前は白銀 武って言います」

「そうか、白銀。縁があったら、また会おう」

 

 キョウスケは席を立ち、タマにも挨拶をすましトレイを返却口に持って行く。

 京塚にも礼を言ったのちPXを後にした。

 約束の時間 ── 1800まで何をするか、キョウスケは歩きながら考えることにしたのだった。

 

 

 




その3に続きます。

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