Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~   作:北洋

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第3話 邂逅、2人の異邦人 4

【西暦2001年 11月 21日 国連横浜基地 B19 廊下】 

 

 

 

 キョウスケは午後の時間のほとんどをまりもの講義の傾聴に費やし、戦術機とBETAに関する基礎的な知識を得た後、まりもと武たちに礼を言い教室を後にしていた。

 時刻はもうすぐ午後6時 ── 軍隊式に述べるなら、1800を迎えるまであと少しといった時間帯だ。

 予定があると言一度部屋に戻った武と別れた後、キョウスケは霞から預かったセキュリティパスを使い、横浜基地の地下19階まで下りてきていた。「Ⅳ」と書かれたパスカード……やはり相当なセキュリティレベルを有しているようで、地下へ地下へと進むに従い人気が消え、終いにはキョウスケ1人の足音がやけに響くようになっていた。

 昨日の記憶を頼りに夕呼の研究室を目指すキョウスケ。赤い文字で壁に書かれた「B19」という文字が、何個も何個も視界の隅を横切っていく。

 夕呼の研究室まであと少し。

 キョウスケは歩きながら、まりもの講義の内容を振り返っていた。

 

(BETAか……つくづく、俺も化け物と縁があるようだな)

 

 キョウスケの経験上、人間の敵のほとんどは人間だった。立場の違い、貧富の違い、正義の違い……様々な違いから人間同士は容易に諍い合う。だがそうでない稀有な敵も確かに存在した。

 それがアインスト。

 常識で説明できない化け物であり、キョウスケと浅からぬ因縁を持つ宿敵だった。

 アインストとの戦いが終わって転移してしまったこの世界。そこで待っている敵は人間ではなくBETAという名の人外だった。ただの偶然だ。そう笑ってかたずけて良いものか……どうしてもキョウスケの頭に僅かな疑念は残ってしまう。

 杞憂にすぎない。

 仮にBETAとアインストに関連性があるとしよう。並行世界におけるアインストがBETAだと学者よろしく仮説を立てたとしても、それで何が変わる訳でもない。キョウスケは思った。

 

(エクセレンの待つあの世界に帰る。それだけだ)

 

 情報が必要だ。そして事情を理解し、自分をバックアップしてくれる協力者が要る。

 香月 夕呼。何を考えているのか読めない女だ。しかし今のところ、彼女はキョウスケが元の世界に戻るための役に立ちそうな唯一の人間だった。

 そうこうする内に、キョウスケは夕呼の研究室の前に到着していた。時間は1800の約5分前。知り合いの某方向音痴のように、約束の時間に遅れるような真似をキョウスケはしない。

 

「南部 響介だ。入るぞ」

 

 スライドするドアを潜り、キョウスケは研究室の敷居を跨いだのだった。

 

 

 

      ●

 

 

 

【国連横浜基地 香月 夕呼の研究室】 

 

「あら、いらっしゃい」

 

 執務席に腰かけたまま、夕呼は見抜きもせずにキョウスケを迎え入れた。

 昨日とは違って霞の姿は見えず、広い研究室の中には夕呼が1人いるだけだ。人の代わりと言わんがばかりに、資料らしき紙きれが無数の山を作り、辞書ほどの分厚さの本がそこかしこに転がっていた。

 夕呼はコンピューターに向かい何かの作業をしていたが中止し、キョウスケの方を向いた。

 

「時間の5分前か。アイツと違って時間には随分と正確なのね」

「香月博士、俺は何の用で呼び出されたんだ?」

「あら、せっかちね? まぁいいわ、さっそく要件に移りましょ」

 

 夕呼は引き出しから何かを取り出し、デスクの上に置いた。

 キョウスケに手招きをし、置いた物を指さす。近づいてみるとキョウスケの顔写真が貼られたIDカードと、鷲の羽を模した階級章らしきバッチが目に留まった。

 

「まず最初の要件。アンタ、昨日気絶しちゃったから渡し損ねてたIDカードと、衛士の身分を証明するウィングマークよ。霞に持って行かせようかとも思ったんだけど、流石に無くされたりしても面倒だったからご足労願ったってわけ。他にも用があったしね」

「なるほど。所属は……特殊部隊『A-01』、コールサインは『ヴァルキリー0』か」

 

 コールサインは隊長が1、副隊長が2と言ったぐあいに与えられることが多い。

 昨日、夕呼は有事の際は伊隅の部隊に臨時編成すると言っていた。正規の隊員ではないから0なのかもしれない。あるいはこの世界の住人ではないが故につけられた番号の可能性もある。

 

「衛士がずっと私の雑用してるのも変な話でしょ?」

 

 夕呼が訊いてきた。

 

「大丈夫よ、伊隅の了解は得てるから。コールサインが気に入らないなら別に『アサルト1』にしてもいいんじゃないかしら? その辺は伊隅とでも相談してちょうだい」

「了解した」

「あ、そうそう、アンタってさぁ元の世界での立場ってどの位だったの?」

 

 夕呼の唐突な問いにキョウスケが答える。

 

「ATXチームという部隊の隊長をしていて、階級は中尉だった」

「ふーん、そう。中尉ねぇ。じゃあこっちでの階級もそれにしときましょう。明日には階級章を用意させるわ」

 

 あっけらかんと決断を口にする夕呼。

 武の話だと夕呼は横浜基地の副指令らしい。確かに尉官を持っていれば行動はしやすくなるだろうが、いくらなんでも部下の階級を即断しすぎではないだろうか。

 キョウスケにとってはありがたい話なのだが、せめて適正を調べてからの方が良いような……しかし、キョウスケの考えを読んだように夕呼が言う。

 

「アンタはこの世界の人間じゃないんだから、不自然に思われないのが一番大事なのよ。アンタの居間の立場は私の直属部隊『A-01』の衛士にして、あの赤い新型戦術機のテストパイロットなのよ? アンタないかもしれないけど、衛士になるってことは、最低でも少尉以上の立場を手に入れるってことなんだから」

「そうなのか」

 

 キョウスケは、講義前のまりもが自分に敬語を使っていた理由に合点がいった。

 まりもがキョウスケを衛士だと思っているなら、軍曹である彼女より間違いなく階級は上と捉える筈だ。

 

「加えて赤い新型戦術機のテストパイロットやってるエリートってんなら、少尉より中尉か大尉くらいの方がハクも付くし説得力があるでしょう? そりゃあ少尉でテストパイロットしている人間もいるでしょうけど、嫌なら少尉でもいいのよ?」

「いや、中尉の方がありがたい。呼ばれ慣れてもいるしな」

「そう? まぁ、そういう訳だから、次からは立場相応の振る舞いをお願いね」

「分かった」

 

 とは言うものの、戦術機の操縦経験のないキョウスケには、後進の育成が少々やりづらかったりしそうだが。

 

「で、次の要件なんだけど」

 

 夕呼が続けて言う。

 

「この後なんだけど、アンタにはアルトアイゼンだっけ? あのロボットの実動データ取りを今日もやってもらうわ」

 

 夕呼の言葉に先日の模擬戦のことを思い出した。

 

 2対1、しかもアルトアイゼンの武装は制限され、一撃必壊の設定のペイント弾を使った四面楚歌もいいところの模擬戦だった。キョウスケは当然劣勢に追い込まれ、何とか辛勝したものの、模擬戦相手の不知火を半壊させてしまった。

 明らかにキョウスケに不利な模擬戦設定……理不尽だと言えばその通りだが、戦場でそんな甘えは通用しない。

 それにまりもの講義を受けた後のキョウスケには、あの設定も戦術機を運用する上では至極当然なものに思えていた。 

 戦術機には第1世代から第3世代まである。

 第1世代は装甲を重視した設計だったが、第2世代から機動力重視へと方針転換が見られ、第3世代も第2世代と似たコンセプトで作られた発展系という印象を受けた。

 重装甲化しても敵の攻撃を受ければ大部分は撃破される……そのような歴史的背景があったのは容易に想像できた。装甲強化で生き残れるのなら、装甲を捨て、機動性を獲得する必要性が少ないからだ。

 こちらの攻撃を当て、いかに敵の攻撃を受けないか ── これが戦術機運用思想の基本骨子になっているはずで、あの模擬戦の設定もそれに準じているはずだった。

 とはいえ、アルトアイゼンには絶対的に不利だったし、借金も背負わされた。散々な目にあったキョウスケには、あの模擬戦が面白くないものだったのは間違いない。

 正直に言えば、同じような模擬戦はもう御免だとキョウスケは思っていた。

 

「今からか? もう夜になるぞ?」

「しょうがないでしょー、私にだって都合ってものがあるんだから」

 

 夕呼はため息交じり言葉を吐き出した。

 

「まだ実射試験もしてないしね。87式突撃砲などの既存の兵器との互換性があるか、それも確認できてないわ。あと加速力とか、あの機体の純粋なスペックを測りたいし、そのために今から実験をしようと思ってるのよ」

「なんだ? もうとっくにやっているものだと思っていたぞ」

 

 実験 ── 特に武器の実射実験など、嬉々として行いそうな印象を夕呼に抱いていたキョウスケは少し驚いた。

 

「正規パイロットがいるんだから、そいつにやってもらった方がいいでしょ? まず操縦系統が違うし、何より扱い間違えたら、乗ってる衛士が負傷しそうな仕様の武器もあるし」

「まぁ、否定はせん」

 

 キョウスケは苦笑した。特にアヴァランチ・クレイモアを搭載しているコンテナは、発射時に引火でもしたらそれは目も当てられない惨事になるだろう。

 

「もう準備は始めて貰っているわ。最後の要件が済み次第、ハンガーに移動して実験場に移動する予定よ」

「最後の? まだ何かあるのか?」

「まぁね。たくっあのガキ、時間通りに来なさいって言っておいたのに。もう5分もオーバーしてじゃない」

 

 腕時計で時間を確認した夕呼がぼやいた。

 その時、まるでタイミングを見計らっていたかのように研究室の入り口が開く。

 霞あたりが夕呼を訪ねて来たか? そう思いながらキョウスケは後ろを振り返った。

 

「白銀?」

 

 入り口には白い学生服を着た見知った少年 ── 白銀 武が息を切らせて立っていた。

 

「すいません、夕呼先生! 少し遅れました!」

「そんな事言わなくても分かってるわよ。あんまり時間に遅れてると信用無くすから、次からは気を付けなさい」

「はい、以後注意しま ── って、南部さん? なんでここに?」

 

 武は驚きからか目を見開いていたが、キョウスケからしてみればそれはこちらの台詞である。

 確かに武は1800に予定があるとPXで呟いていた。その予定に間に合わすために、講義終了後使っていた教本を自室に急いで戻しに行っていたのは確かだ。

 しかしその予定が、キョウスケと同じ香月 夕呼からの呼び出しだったとは夢にも思わなかった。

 それに香月 夕呼の研究室は横浜基地のB19にあり、かなりのセキュリティレベルを有している。例え武が夕呼から呼び出されたと知っていても、ただの訓練兵が1人でこんな地下深くまで潜ってくるなど誰が考えるだろうか。

 付き添っている上官の姿は見当たらない。

 武は本当に1人だけでセキュリティを抜けて、研究室まで来た様子だった。

 だがその思いは武の方も同じ様子で、

 

「南部さん、夕呼先生の研究室で何してるんですか? 確かに呼び出されたと言ってましたけど、まさか地下19階まで来てるなんて……まりもちゃんだって、ここには通してもらえないはずですよ?」

「それはこちらの台詞だ」

「あら? アンタたち、もう顔合わせは済んでるの? なら、話が早いわ」

 

 夕呼は微笑を浮かべて続けた。

 

「南部、改めて紹介するわ。ソイツの名前は白銀 武、アンタと同じ並行世界から来た人間(・・・・・・・・・・)よ」

「なに?」

「俺と同じ? え? え? 夕呼先生、どういうことですか?」

 

 夕呼の告白にキョウスケは衝撃を受けた。

 自分以外に同じ立場の人間がこんな近くにいる。

 だが少し冷静になって考えれば推察はできずとも、納得できることではあった。

 夕呼はキョウスケが並行世界の人間だとすぐに受け入れた。それこそ拍子抜けするほどにあっさりと、だ。キョウスケのように並行世界や異世界、別次元からの侵略者と戦い続けた人間なら兎も角、普通の人間がその事実を受け入れるのには時間がかかるはず。

 しかしキョウスケにとってのアクセル・アルマーのように、前例が身近に存在すれば話は別だ。前例がいたこと ── それが夕呼の言っていた「その言葉を信じるに足る理由」だったのかもしれない。

 

(白銀 武……歴戦の猛者にはとても見えんが)

 

 ついつい武を自分やシャドウミラーと比較してしまうキョウスケ。長年最前線にいる自分やアクセル・アルマーやラミア・ラブレスに比べると、武は多少鍛えられ体つきが良いだけの悪く言えばただの子ども、良く言っても新兵程度にしか見えなかった。

 

「並行世界の人間って……夕呼先生! 南部さんも、この世界の未来について知っているんですか!? 俺と同じ世界の出身なんですか!?」

「あーあー、もう五月蠅いッたらありゃしない。白銀、少し黙りなさい。叫ばなくっても説明してあげるわよ。アンタたちを引き合わせて、互いの状況を共有してもらうのが今日の最後の要件なんだから」

 

 ため息交じりに応える夕呼、それを尻目にキョウスケは武の言葉に違和感を覚えていた。

 武は未来と言った。

 キョウスケの世界にも「某ネコ型ロボット」よろしく、未来から転移してきた人間はいなかった。予知能力者なら身近に実例が居たので、武にも似たような能力を持っているのではと思えたが、どうにも武の言葉尻には鬼気迫るものが潜んでいる。

 予知ではない、まるで未来を実際に見てきたかのような……そう錯覚させる切迫した何かを武は持っていた。

 仕切り直しと、夕呼は一度咳払いをして続けた。

 

「南部、白銀はねアンタと同じ並行世界からの転移者 ── この世界にとっての異邦人よ。ただしアンタと違ってこの世界とほぼ同一と言っていい世界、その同一軸線上の未来から飛んできた、言わば時間跳躍者(タイムリーパー)と言っていい存在ね」

 

 本当に未来からやって来たとは驚きだが、並行世界の壁をぶち抜いて、この世界に迷い込んだキョウスケが言えることではない。

 

「断片的に抜け落ちてはいるみたいだけど、白銀はこの世界の未来の記憶を持っているわ。その未来ではある計画(・・・・)が発動されてしまい、地球人類は地球を棄て、新天地を求めて外宇宙へ旅立ったそうよ」

「……馬鹿な、BETAとやらに負けたというのか?」

「移民船の旅立ちと同時に一斉反抗作戦が発動されるのだけど、その結果がどうなるのかは神のみぞ知る……といった所かしら? もっともその反攻作戦はね、成功しても地球の半分以上が人の住めない環境になる可能性もあるの。だから白銀にはその計画が発動しないよう、未来の記憶を使って私に協力してもらっているという訳」

 

 キョウスケとその仲間たちは、数多の異星人や侵略者を撃退してきた。彼には俄かに信じがたい事実だったが、武の苦虫を噛み潰したような表情がそれが事実だと物語っていた。

 並行世界を渡り歩いたというギリアム・イェーガーの言葉が、キョウスケの脳裏に思い出される。

 無数に分岐した無限の可能性 ── それが並行世界。

 キョウスケたちが敗れ、地球が蹂躙されている世界もその中にはあるかもしれないし、あり得ない話だが、キョウスケ自信が世界を滅ぼす悪魔になっている世界だってあるかもしれない。

 武の居た世界も、無限の可能性の内の1つでしかない。

 しかし理解できることと納得できることは別な訳で……キョウスケだって敗北し地球を逃げ出す未来を知っていれば、それを防ぐために躍起になるだろう。

 夕呼は説明を続ける。

 

「この世界では、白銀の方に一日の長があるわ。南部、アンタが元の世界に帰る目途は今の所立っていない。すぐに戻れない以上、それまでの間はこの世界で生活をしていかなければならない。

 この世界で生きていく上で最低限必要な常識なんかは、白銀から学び取りなさい。いちいちレクチャーしてあげられる程、私は時間が余っている訳じゃないからね」

「了解した。言う通りにしよう」

「白銀」

「は、はい!」

 

 急に話を振られ、武は飛び上がるように返事をした。

 

「南部はここやアンタの世界の住人じゃないわ。でも彼は歴戦のパイロットよ。アンタなら、南部から何か学び取れることがあるかもしれない。彼の面倒を見ながら、色々と学びなさい」

「りょ、了解です!」

 

 敬礼を返す武に夕呼は満足げに頷くと、執務室の椅子から立ちあがった。

 

「じゃ行きましょうか。折角だから白銀も来なさいな」

「え? どこにですか?」

「南部の機体のデータ取りよ。どうせ夜は暇なんでしょ? 別世界の機体を見れば、抜け落ちた記憶を思い出すいい刺激になるかもしれないわよ」

「あ、行きます! 行かせてください!」

 

 早足であるく夕呼の後ろを武が付いて行く。

 アルトアイゼンの武装の実射試験 ── 果たして、どのような結果になるか? キョウスケは一抹の不安を覚えながらも、黙って2人の後に続くのだった。

 

 

 

 




第4話に続きます
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