Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~   作:北洋

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第4話 激突、犬と狼

【西暦2001年 11月21日 午後19時43分  国連横浜基地 戦術機射撃演習場】

 

 研究室を後にしたキョウスケたちは、各々準備を整えた後に戦術機用の射撃演習場へと足を運んでいた。

 

 古の闘技場(コロッセオ)を彷彿とさせる円環状の空間。実際のそれとは比較にならない広さを誇るそこは、ターゲットドローンを用いた戦術機の射撃訓練および、照準誤差の微調整や銃器の有効射程を計るため障害物は何もない。

 アルトアイゼンは平地になっている演習場の中央に陣取り、ランダムに出現するターゲットドローンに射撃を繰り返した。ちなみにターゲットドローンはクレー射撃の的のように壁から射出される物もあれば、立札のように地面から急に生えてくる射的の的型の物もあった。

 まず、キョウスケは87式突撃砲との互換性を調べるため、アルトに突撃砲の引き金を引かせていた。事前に夕呼が調整していたのか、アルトのOSは突撃砲を認識し、銃口から徹甲弾を吐き出していく。

 命中率は7割強。キョウスケが狙った所に飛んでいくのだが、微妙に弾道がズレることがあり、突撃砲とアルトアイゼン間の微調整が必要だとの結論に至った。

 

『次、74式近接戦闘長刀』

 

 指揮車から送られた夕呼の声にキョウスケは無言で頷く。

 雑用係とばかりに夕呼に運転手を命じられ武が持ってきた物資搬送用トレーラーから、キョウスケはアルトアイゼンの全高の半分はあろうかという太刀を持ち上げさせた。片刃で刃面は曲線を描いていているが、切断の衝撃に耐えるためか刃面はかなり分厚い。

 

(獅子王刀とはずいぶんイメージが違うな)

 

 元の世界に存在した機動兵器用の大型日本刀 ── 通称シシオウブレードとついつい見比べてしまうキョウスケ。万物を切断するシシオウブレードと比べ切れ味の程は……とアルトアイゼンに長刀を振るわせた。

 ターゲットドローンの代わりに地面から出現した鉄板を長刀は両断した。切れ味はまずまず。だがシシオウブレードと比較するには対象が脆すぎる……もっとも、互換性の確認を行っているため切れ味は二の次なのだが。

 アルトアイゼンはマニュピレーターに長刀をしっかり把持し、キョウスケの命ずるままに鉄板を次々と斬り捨てて行く。動作は問題なかった。

 

『じゃあ次、左腕5連チェーンガン』

「了解」

 

 夕呼の声に呼応するように、ターゲットドローンが壁から射出される。

 キョウスケは空を飛び交うドローンをすぐさまターゲッティングしトリガー。銃声と共にドローンが次々と砕け散る。

 続けて地面から顔を出す射的の的型のドローン、同様にアルトアイゼンは正確に撃ち抜いていく。的の距離は徐々に離され、有効射程を過ぎた頃に5連チェーンガンは的を外れた。

 

『有効射程は87式突撃砲より多少長い程度みたいね。威力の程は……やっぱり、ドローン程度じゃ計れないか』

『そりゃあ、当たれば割れる仕様ですから』

 

 夕呼と武の声が聞こえてきた。

 確かにこの射撃演習場での試験は、各種武装との互換性や射的距離を見るには十分だろう。87式突撃砲に使われている弾の口径は36mmとキョウスケは聞いている。ならば突撃砲で破壊できるドローンを、アルトアイゼンのチェーンガンが砕けぬ道理はない。

 要するに最低でも突撃砲程度の威力はある。この試験で威力に関してはそれしか分からないのだ。リボルビング・バンカーやアヴァランチ・クレイモアに関しても同様の事が言えた。

 指揮車の中から夕呼が言う。

 

『でも主だった武器の互換性は見れたわね。場所を変えましょう。ある場所に丁度いい標的を用意させてあるから』

「ちょっと待て。バンカーは兎も角、クレイモアの試射はしないのか?」

 

 接近戦で最も威力を発揮するとはいえ、アヴァランチ・クレイモアも立派な射撃兵装である。有効射程なら射撃演習場で見ることも可能なはずだった。

 モニター上の夕呼は眉をしかめて返答した。

 

『しないわ。そんな物騒な弾を散弾銃みたいにばら撒かれたら、ドローン以外に被害が沢山出るでしょ? 演習場を穴だらけにするつもり? それに弾も同じものを作れる保証はないし』

「それは、まぁそうだな」

 

 アヴァランチ・クレイモアに使っているのは、高性能火薬入りのチタン製特注ベアリング弾だ。敵機の装甲を貫通した後、内部で爆発し敵を破砕するのだが……チタン製のベアリング弾は作れても、内部に火薬を詰め込む技術や火薬の配合などはすぐに再現することは難しいだろう。

 何より、クレイモアのためだけに生産ラインを確保できるだろうか? 量産するなら広く出回っている銃弾の方が、コストも効率も使い勝手も良いに決まっている。虎の子のベアリング弾を試射で撃ち尽くすようなことは、キョウスケだってしたくなかった。

 

『その弾の威力はおいおい見ることにして、とりあえず移動しましょ』

『夕呼先生、どこへ行くんです?』

『例の廃墟ビル群よ。ダイヤモンドより硬い例のアレ(・・)、用意させてるから』

 

 アレとは何なのか、2人の会話を聞いてもキョウスケには皆目見当がつかなかった。少なくともターゲットドローンや、長刀で斬り捨てた鉄板よりは耐久力のある代物なのは間違いないだろう。

 モニター上の夕呼は口元に笑みを浮かべていた。

 何かを企んでいる。まだ丸1日程度の付き合いだが、キョウスケにはそんな気がしてならない。

 

(そいつは重畳(ちょうじょう)……の真逆のような気がしてならん、これがな)

 

 キョウスケの勘はよく外れる……ただしギャンブル限定で、だが。

 まるで不幸を引き寄せているような最近の星回りに、キョウスケは誰にも聞こえぬように小さくため息をついた。

 夕呼は指揮車を、武は運搬用トレーラーを、キョウスケをアルトアイゼンを動かして横浜基地近隣の廃墟ビル群に向かうのだった。

 

 

 

 Muv-Luv Alternative~鋼鉄の孤狼~

 第4話 激突、犬と狼

 

 

 

【西暦2001年 11月21日 午後20時23分 国連横浜基地近辺 廃墟ビル群】 

 

 

 運搬用トレーラーの速度に合わせたため、廃墟ビル群に到着したのは出発から30分程経過した頃だった。

 時刻は20時を回り、すっかり日は落ちてしまっている。人の住んでいないビル群は、昨日の昼の顔とは違う夜の顔をキョウスケに見せていた。人の作った光源が何一つなく、満月の光だけがビル群を照らしている。薄暗さが、まるで幽霊でも出そうなおどろおどろしさを演出していた。

 先日、キョウスケが破壊したビルの大穴は修繕されずに残っている。倒壊したビルもそのままだ。ライフラインが寸断した地域を演習場として利用しているだけで、修繕するつもりは毛頭ないのだろう。

 ビル群に到着してから、キョウスケは夕呼の指示に従いアルトアイゼンを進ませた。薄い闇の中、アルトアイゼンのメタリックレッドは月の光でよく映えている。

 主脚歩行でアルトアイゼンを進ませ、キョウスケは夕呼に指定されたポイントへと到着した。

 

「こちら南部。指定ポイントに到着した」

『了解。白銀』

『観察用モニター、暗視モードOKです。指揮車、安全域に退避完了。いつでも開始できますよ』

 

 指揮車のスピーカーが武の声を拾っていた。夕呼を手伝うためにトレーラーから乗り換えたようだ。

 

『回線はオープンで固定して。南部、聞こえるかしら』

「問題ない、感度良好だ」

『よろしい。では、アルトアイゼンの右腕固定武装の威力評価試験を行いましょう。あとついでだから、その他諸々の試験もここで行うわ』

「了解した。だが始める前に確認したい。この場所を選んだ理由だが……」

 

 キョウスケは夕呼の思惑を推測し、尋ねた。

 

『ここなら好きなだけ暴れられるでしょ? あぁ、どうせ借金のことでも気にしてるんでしょう? アンタはもう横浜基地のスタッフなんだから、大概のことは経費で落ちるわよ』

「当たり前だ」

『じゃあそんな小さい事気にせず、しっかいやんなさい。なんなら、アンタの機体の実動データを高値で買い取る、ってことにしてあげるから』

 

 ふふん、と微笑を浮かべる夕呼。どうにもこの女は信用ならん、キョウスケは眉尻が上がっているのを自覚しながらも、この件に関して深く考えることを止めた。

 内向したところで、キョウスケがやることに変わりはないからだ。プロとして、やるべきことをやる。ただそれだけだと、キョウスケはレバーを握り直した。

 

「で、俺はどうすればいいんだ?」

『その座標に標的を設置するよう言っておいたんだけど、何か見えないかしら?』

「……あるな。何だ、これは?」

 

 アルトアイゼンの真ん前に奇妙な物体が転がっているのが見えた。

 何かの殻。

 そう表現するのが適切に思える。モニターに映っている質感から判断するに、クロサイの角のように生物の一部が硬質化してできた物体のように思える……が、それはあまりに巨大すぎた。

 全高十数m ── アルトアイゼンの胸部分ほどの高さがある。まだら模様が描かれているその甲羅には、槍の先端のように鋭く太い衝角が備わっていて酷く凶暴そうに見えた。

 キョウスケは察してしまう。

 似たように巨大でデタラメな存在を知っていたから。

 

「これは、まさかBETAの……?」

『あら、優等生ね。アンタの推察の通り、それはBETAの体の一部 ── 突撃(デストロイヤー)級BETAの装甲殻よ』

 

 教本に載っていた大型BETAの黒塗りのシルエットが、キョウスケの頭の中で装甲殻に重なって見えた。

 BETAは炭素系生命体だとキョウスケは聞いていたが、目の前の装甲殻に肉は付いていない。おそらく死骸から装甲殻だけを剥ぎ取ったものだろう。

 

『それは研究用の資料として保管されていたものよ。ちなみにその装甲殻の硬度はモース硬度15以上、分かり易く言えばダイヤモンド以上の硬度を持っているわ。それで右腕固定武装 ── リボルビング・バンカーの威力を試してみて』

「研究用? いいのか、そんなものを?」

 

 貴重な物なのでは、と思い訊くキョウスケに対し、

 

『いいのよ。BETAなんて、それこそ腐るほどいるし』

 

 夕呼は苦笑しながら答えた。

 腐る程いる。巨大な装甲殻を持つ化け物が珍しくもなく、我が物顔で地上を闊歩している様はゾッとするものがある。おそらく、壮観の一言では済まない地獄絵図になりそうだとキョウスケは感じた。

 しかしそのような光景は今まで何度も見てきていた。ダイアモンド以上の強度があるとは驚きだが、キョウスケが遭遇したアインストとて分析した結果を知らないだけで、似たような強度は誇っていたかもしれない。

 装甲殻を見てキョウスケは思う。

 

(アルトの力が通用するか、いい指標にはなりそうだが……)

 

 アインストにリボルビング・バンカーは通用した。

 例えカニのように装甲殻に覆われていても、炭素系生命である以上中身は柔らかい肉の筈だ。装甲さえ撃ち抜けば、BETAの息の根を止めることは可能なはずだった。

 

(……動かない的で試すと言うのもどうにもマヌケな話だな。生きているBETAを連れて来いとも言えんが、やはり相手は本物でなければな。これではただの茶番だ)

 

 キョウスケは夕呼に言った。

 

「分かった。これを撃ち抜けば満足なんだな?」

『そうよ。遠慮しなくていいから全力でいっちゃって』

「了解。良く見ていろ」

 

 キョウスケはコンソールに触れ、リボルビング・バンカーのセーフィティを解除した。同時に炸薬を搭載したシリンダーが回転し、着火用の撃鉄が上がる。普段ならここでモーションパターンを選択し、敵に突撃をかますのだが、今回の的は動かない装甲殻だ。

 キョウスケはマニュアルモードでアルトアイゼンを動かす。

 アルトアイゼンは右腕を振り上げ、装甲殻にバンカーの切っ先を叩きつけた。ギィン、と鋭い音と共に切っ先が装甲殻に食い込み、レバーを握るキョウスケの指に連動してバンカーの撃鉄が落ちる。

 瞬間、衝撃に空気が震えた。 

 火のついた炸薬の勢いが鉄針に無駄なく伝わり、撃ち出されたそれが装甲殻を貫通する。さらに衝撃が亀裂となって現れ、装甲殻は音を立てて砕け散った。

 その様を見た夕呼がキョウスケに拍手を送ってきた。

 

『お見事。杭打機なんて馬鹿げた武器だと思っていたけど、伊達で装備しているわけじゃないみたいね』

『すげぇ! 1発で粉々かよ! やっぱりパイルバンカーは男のロマン武器だぜ!』

 

 指揮車から賞賛と共に、あとはドリルがあれば完璧なのになぁ、と武が意味不明なことを口走ってくる。

 キョウスケとしては、動いていない的を撃ち抜いたところで何の感慨も沸かないのだが、リボルビング・バンカーが装甲殻に通用するという結果に不満は無かった。

 アヴァランチ・クレイモアと違い、バンカーに使っている炸薬は特殊なモノではない。機体に常備している炸薬のストックが尽きても、こちら側の世界で生産することは可能だろう。

 夕呼がキョウスケに向かって訊く。

 

『攻撃力の検査はこんなものでいいかしら?』

「そうだな。これ以上は時間の無駄だろう」

『あら、どうして?』

 

 夕呼の質問に、キョウスケは思っていた事をぶつけてみることにする。

 

「動いていない相手に当てた所で、それが実戦で使えるとは限らん。兵器の真価は戦場でこそ問われるものだ」

『あら、そう? 嬉しいわー、私たちって結構気があうかもしれないわね?』

 

 モニター越しに、夕呼が怪しさ満点の笑顔を向けてきた。

 キョウスケの背中に冷たい何かが奔る。

 

「何故そうなる?」

『ふふ、知りたい?』

「……いや、いい」

 

 聞いてはいけない。というか、聞きたくない。

 キョウスケは耳を塞ぎたい衝動に駆られたが、夕呼はお構いなしに喋りはじめる。

 

『そうよねー、兵器の真価は戦場でないと計れないわよねー。この後、機体の防御性能とか突破能力とか色々調べたかったんだけど、やっぱり戦場でないと調べれられないわよね?』

「…………」

『何かいいなさいよ?』

 

 何を口にしても結果は同じに思えた。

 この廃墟ビル跡に来たとき、夕呼が言っていた言葉を思い出したからだ。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

『ここなら好きなだけ暴れられるでしょ?』

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 つまり、そういうことだ。

 キョウスケはため息をつきながら答えた。

 

「……言ったところで無駄なのだろう?」

『あら、よく分かってるじゃない ──── あ~、もしもし、始めちゃってくれる?』

 

 画面越しで、夕呼が何者かに連絡を取っているのが分かる。

 キョウスケは腹を決めてレーダーを確認した。

 黒く何も映っていなかったレーダーに、点々と赤いマーカーが増えていく。1つ、2つ、3つ……合計で12個の赤い点が円環状にアルトアイゼンを取り囲んでいた。もちろん、識別信号は赤 ── 敵だ。

 

(レーダーがジャミングされていた? どうやったかは知らんが、舐めた真似をしてくれる)

 

 直後、コクピット内にロックオンアラームが鳴り響いた。

 夜のため暗く、敵機を視認するのが困難だったが、センサー類が直近のマーカーに狙われていることを報せてくれた。3時の方向。キョウスケはアルトアイゼンに防御体勢を取らせる。

 闇の中の敵が発射した砲弾がアルトアイゼンに命中した。昨日の模擬戦とは違い実弾(・・)だった。しかし被弾箇所は脆いセンサー部ではなく装甲だったため、揺れはしたがアルトアイゼンに大きなダメージはない。

 

『へぇ、120mm砲弾に耐えるのね。大したもんだわ』

「……香月博士、これは貴女の差し金か?」

『そうよ。アンタのお望みどおり、ここを戦場にしてあげたわ。敵は不知火壱型丙をリーダーとした自動操縦(オートパイロット)の撃震部隊 ── 戦争の犬達(ウォー・ドッグ)とでも呼びましょうか』

 

 実弾で狙われているなら、キョウスケの命も危険に曝されていることになる。銃弾を手札(カード)に、命という賭け賃(チップ)をやり取りする場 ── それが戦場だ。香月 夕呼が気まぐれで作り出した状況であったとしても、キョウスケにも死の可能性があり銃弾が飛び交うのなら、そこは確かに戦場とも言えるだろう。

 キョウスケは兵士、アルトアイゼンは兵器、戦場こそ彼らの居場所として相応しい。しかし、懸念がある。

 

「確認する。これも……昨日のような茶番ではないだろうな?」

『言ったでしょ。戦場にしたって。戦場で手加減は無用、もちろん兵器使用は自由。リーダー機を行動不能にすればアンタの勝ちよ』

 

 夕呼は真剣なまなざしでキョウスケを見つめる。

 

『だから見せてちょうだい、南部 響介とアルトアイゼンの本当の力 ── 真価を、ね』

「いいだろう」

 

 キョウスケはアルトアイゼンの主機出力を上げた。アルトアイゼンの咆哮のように、エンジンが唸りを上げながら回転数を増していく。

 レーダー上の12の光点は既に動き出していた。マーカーだけでは、どれがリーダー機か判別することは不可能だったが、そんなことはどうでもいい、とばかりにキョウスケはコントロールレバーを強く握りこんだ。

 

「どんな相手だろうと、ただ撃ち貫くのみ!」

 

 直近のマーカーに向け、アルトアイゼンは夜の闇の中へ飛び込んで行った ──……

 

 

 

 

 

 




その2に続きます。
アニメのマブラヴで無人機を有人機が操っていたけど、どういう仕組みで動かしているんでしょうか?

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