Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~   作:北洋

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第4話 激突、犬と狼 2

【西暦2001年 11月21日 20時56分 国連横浜基地近隣 廃墟ビル群】

 

 満月の夜。アフターバーナーの赤い炎が、薄闇のビル街を照らしながら切り裂いていく。

 

 リボルビング・バンカーの撃鉄を上げ、フットペダルを踏み込みながら、キョウスケはTDバランサーの駆動率を上げた。アルトアイゼンの重心偏移を改善するために使われているバランサーが、出力上昇することで本来の重力制御と感性制御能力を一時的に取り戻す。

 重力を打消し、機体を上空へと押し上げて余りあるアルトアイゼンの超推力をTDバランサーがさらに後押しする形で、直進力がもう1段階の高みへと到達した。

 狙いはレーダー直近の敵マーカー ── あまりの加速でモニターの画像が歪むが、夜間迷彩を施した撃震が銃口をこちらへ向けているのが分かった。常人ならGのため眼球に栄養する血流が押し出されブラックアウトする程の加速力、しかしキョウスケにははっきりと敵機が見えている。

 自動操縦(オートパイロット)のためか撃震の動きは鈍い。撃震の指先がトリガーを引くよりも速く、アルトアイゼンはその懐に潜り込んでいた。

 

「遅い!」

 

 リボルビング・バンカーを突き立て、撃震の重量を意に介さず直進し ── トリガー。

 轟音と共に撃震にできた巨大な風穴が、機体を上下に分断し、直後、爆散した。

 

「まず1つ!」

 

 TDバランサーの最大出力で慣性を軽減し、キョウスケは手足の振りを利用してアルトアイゼンを反転させた。

 すぐさまレーダーを見る。残り11個の赤い光点は初期の位置から動いており、猛スピードで移動したアルトアイゼンを追って数機が密集している箇所もあれば、はぐれて単機で動いている機影もあった。

 キョウスケは自機とはぐれ撃震との位置関係を瞬時に把握、再度加速し、最短距離を直進した。ある程度距離が空いていたため、はぐれ撃震の放つ36mm弾が前進するアルトアイゼンに飛礫となって降り注ぐ。

 

(ダメージチェック)

 

 視界の隅でコンソールのダメージコントローラーを確認、36mmの徹甲弾は装甲で弾かれ内部構造に達してはいない。

 おそらく、弾が通った軌跡が装甲表面に薄く残されているだろうが、87式突撃砲の小口径ではアルトアイゼンの装甲を抜くことはほぼ不可能だろう。

 だが120mm砲弾は別だ。当たり所が悪ければどうなるか分かったモノではないため、そうそう何度も当たってやるわけにはいかなかった。

 キョウスケは自動操縦されたはぐれ撃震が120mmを放つ前に、コンソールで5連チェーンガンを武装選択する。

 

「釣りだ、取っておけ!」

 

 ヴォォォォ、と唸りを上げて回転する5つの砲身から銃弾が吐き出され、厚いと思っていた撃震の装甲を撃ち抜いた。爆発こそしなかったものの、はぐれ撃震は黒煙を上げてビルの屋上に崩れ落ちた。

 

(予想よりは脆いな。射線を合わせられる前に頭数を減らす)

 

 アルトアイゼンの装甲が幾ら厚いとはいえ無敵という訳ではない。複数の撃震が120mm砲弾で弾幕を張ってくれば、さしものアルトアイゼンでも無傷という訳にはいかないはずだ。

 キョウスケは4機が密集しているポイントを発見した。跳躍ユニットを噴かせて素早くアルトアイゼンに接近を試みている。散開する恐れもあるが、今なら飽和射撃で全機を的にすることができる位置取りだった。

 

「クレイモア ──」

 

 キョウスケは臓物が下に引き寄せられる感覚を覚えながら、アルトアイゼンを上空へと急上昇させた。そして両肩部に備えられたコンテナのハッチを解放した。中には特製のベアリング弾をたんまり貯めこんだ、灰色の四角い銃口が顔を出している。

 FCS ── 火器(Fire)管制(Control)装置(System)が撃震4機をロックオン。

 当然敵機も120mmで応戦してきたが、意にも介さずキョウスケがアルトアイゼンを急降下させる。

 

「── 抜けられると思うなよ!」

 

 コンテナからベアリング弾が発射され、発射口から地表へと鋭角に拡散して降り注ぐ。4機の撃震は弾道に捉えられ、周囲の廃ビルごと装甲に微細な穴をあけた後、爆散し消滅した。

 キョウスケはアルトアイゼンを廃ビルの影に着地させ、関節各部などから機体内に貯めこんでしまった熱を放出する。

 

「残り6機か。リーダー機はどいつだ」

 

 残弾確認を行いながら、レーダー上の敵機の動きを観察する。戦闘機動中も含めレーダーの動きを思い出すと、5つのマーカーの常に後方に隠れようとしているマーカーが1つ……自機を守るため、他機を盾にしている機影がいた。

 

「こいつか。こいつだけは慎重にやらねばな」

 

 夕呼の話ではリーダー機にのみ衛士が乗っている筈だ。

 キョウスケが思っていた以上に戦術機は打たれ弱い。アルトアイゼンが特別なだけかもしれないが、重装甲の撃震ですらリボルビング・バンカーが直撃すれば大破した。第1世代より機動力重視で、装甲の薄い第3世代の不知火が直撃すれば間違いなく大破、死亡するだろう。

 その分命中させるのが困難になるかもしれない。だがらと言って、下手な個所に当てて相手を死傷させる訳にもいかなかった。

 夕呼が手配した以上、不知火に搭乗しているのは横浜基地の人間(・・・・・・・)だろう。いわば、同じ釜の飯を食うことになる身内 ── 仲間だ。実弾を使い実戦形式で何でもありとは言え、無暗にその命を奪うことはできない。機体に代えは効いても、パイロットの代えは存在しないからだ。

 

(狙うならセンサー類の詰まった頭部。破壊すれば、パイロットを傷つけずに戦闘続行は不可能になる)

 

 狙いを決めたキョウスケは、主脚走行で加速したのちブースターを使用してアルトアイゼンを飛翔させた。

 

 

   

      ●

 

 

 

【同時刻 指揮車内】

 

「凄く速い! 凄く強い! 凄いロボットだ!」

「ちょっと白銀。アンタ、少し五月蠅いわよ」

 

 指揮車内では、興奮気味に叫ぶ武を夕呼が諌めていた。

 暗視カメラで戦闘結果を記録しているモニターを、武はそれこそ食い入るように見つめている。

 

「でも先生、たった数分で撃震を6機ですよ! 6機! 俺も前の世界で相当戦術機に乗ってましたけど、あんなロボット ── いや、それを乗りこなすような衛士に出会ったことはないですよ! 既存の戦術機にないあの加速力、俺も操縦には自信があるけどあの機体に通用するかなぁ? バルジャーノン思い出すなぁ、一度乗ってみたいなぁ」

「はいはい、後で南部にでも頼んでみなさいよ。たくっ、子どもの玩具じゃないんだから……私の知ったことじゃないわ」

 

 ため息交じりに苦笑する夕呼に対し、武の饒舌は止まらない。

 

「でも先生、大丈夫なんですか?」

「ん? 何がよ?」

「いやだって、もう撃震が6機落とされてるんですよ? しかもモニターで確認できたけど、修理も不可能なぐらい見事に大破してます。いくら撃震って言っても、費用が馬鹿にならないんじゃ……」

 

 戦術機は高い。それは世界の一般常識だ。武の疑問も当然のものだった。

 

「あー、そんなこと」

 

 夕呼はあっけらかんと言った。

 

「大丈夫よ。あの部隊の撃震はね、退役まぢかで解体寸前の初期ロットをかき集めて使っているの。例えるなら廃品の再利用みたいな物だから、いくら破壊されても痛くも痒くもないわ」

「そうなんですか。でもこの実験、南部中尉の圧勝で終わりそうですね。あのロボットと南部中尉の勢いを退役まじかの撃震が ── それも自動操縦じゃ、止められる気がしません」

「それはどうかしら?」

 

 武の意見に夕呼が口を尖らした。

 

「あの部隊には不知火壱型丙がいるわ。それもこの香月 夕呼がスペシャルチューンした実験機よ。アルトアイゼンの実動データを集めるだけに、撃震11機を生贄にささげたんじゃ割に合わないもの、こちらの試作品(・・・)の実験もさせてもらわよ。

 それに白銀、アンタも分かってるでしょ? 最後に物を言うのは、機体のスペックじゃない。無論スペックが重要なのは言うまでもないこと、でもそれを操り、性能を引き出せるだけの技量や精神を衛士が持っているかがそれ以上に重要なのよ。

 今まさに八面六臂の動きを見せてるアルトアイゼンでも、長所を引き出せるパイロットがいなければ宝の持ち腐れだわ。それこそ、その名の通り『古い鉄(・・・)』に戻って倉庫番をさせられるのがオチね」

 

 リボルビング・バンカー、アヴァランチ・クレイモアと接近戦に偏重した武装、正気を疑う程の加速性能と装甲、しかしその代償として柔軟さと機敏さは他機に劣ってしまう ── 長所を活かせなければ、汎用性が失われしまっている分非常に扱いづらい……要するに、アルトアイゼンは非常に乗り手を選ぶ機体なのだ。

 話を終えた後の夕呼の口元には微笑が浮かべられていた。

 

「機体と衛士の組み合わせ、それこそが肝要なのよ」

「あ、その表情は自信ありと見ましたよ。不知火に乗っているのは相当ベテランの衛士ですね?」

「まぁね」

 

 続けて夕呼は武にこう言い放った。

 

「あれに乗っているのは、アンタも良く、知り私が最も信用している、横浜基地屈指の戦術機乗り ── かつて『狂犬(・・)』と呼ばれた女衛士よ」

 

 

 

      ●

 

 

 

【同時刻 戦争の犬達(ウォー・ドッグ)Side 不知火壱型丙コクピット内】

 

 神宮司 まりもは、網膜投影される戦域情報を冷静に分析していた。

 

 機体操縦権を一任されている11機の撃震の内、既に6機が落とされてしまっている。まりも使える駒は残り5機。しかしそのどれもが退役まぢかの中古品で、純粋な戦力としてみれば南部 響介の赤い戦術機にと渡り合うことは不可能だった。

 その証拠にものの数分で6機撃墜されてしまっている。

 

(南部中尉は強い、おそらく真正面からぶつかっては勝ち目はない……でも戦術機の性能差が全てじゃないわ)

 

 6機という高い代償は支払ったが、敵の主だった武装を見ることはできた。赤い戦術機 ── アルトアイゼン・リーゼというらしいが、アレと接近戦は禁物だとまりもは判断する。

 

(砲撃戦で相手の長所を殺し、そのまま戦闘不能に持っていく)

 

 どんな手を使っても構わない……夕呼はまりもにそう言った。

 先日、不利な状況下で伊隅 みちるを破った南部 響介を見ているまりもは、今日のこの戦闘のために、前もってできる限り自機に有利となる状況を準備したつもりだった。

 それが11機の自動操縦撃震部隊であり、夜という環境であり、全機に施した夜間迷彩でもあった。メタルレッドカラーのアルトアイゼンは月の光に照らされ、まりもには目視でも確認できる。だが逆は難しいだろう。

 そして、万全を期して用意したあのエリア(・・・・・)

 まりもは、躊躇せず使うべきだと結論した。

 

(私が南部中尉ならば、機体の突破能力を活かして早々にリーダー機の首を取る。それが最も効率的、そして正解。だからこそ裏をかきやすい)

 

 夜間迷彩を施したまりもの部隊は、南部 響介からは暗視モニターを使っても確認しにくく、各機の明確な差を見て取るのは難しいはずだ。要するにまりもの乗る不知火壱型丙がどれなのか、時間をかければ分かっても、目視でパッと判別はできない。

 となれば、相手は十中八九レーダーを頼りに仕掛けてくる。

 

(状況開始から常に1機の撃震を後方に回し、それを守るように部隊を展開してきた。相手から見れば、リーダー機を守るような動きに見えるはず。問題はそれに乗ってくるかどうかね)

 

 レーダーを目として使っているなら、ほぼ確実に後方の撃震に狙いを絞ってくるはずだった。賭けではあるが、十中八九成功するだろう言わば鉄板。

 

(分の悪い賭けをするつもりはないわ。餌は撒いた、さぁ南部中尉、乗ってきなさい)

 

 まりもは部隊を操作しながら、その機を待つ。

 しばらくしてアルトアイゼンのマーカーが動いた。

 まりもが紛れている4機の撃震の後方 ── リーダー機に見える撃震に向かい、アルトアイゼンが突っ込んでくる。

 まりもが経験したことが無い速度肉薄し、左腕の5連チェーンガンの弾をばら撒いてきた。回避行動をとらせるも、1機の撃震が徹甲弾の雨に捉えられて爆散する。

 5機の戦術機で作っていた壁 ── 穴が空いたそこを、アルトアイゼンが突破していく。狙いは明らかに後方の撃震だった。

 

「かかった! いくわよ!」

 

 まりもは素早く反転し廃墟ビルに着地、不知火に持っていた長物を構させた。

 香月 夕呼から託された試作兵器 ── 試作01式電磁投射砲。特製のバレルが展開され、巨大な徹甲弾が装填される。

 ばく進する赤いアルトアイゼンの背を、まりもはレティクル越しに捉えた ──……

 

 

 

 




<機体紹介>
 不知火壱型丙 香月 夕呼スペシャル

 不知火壱型丙をベースに、香月 夕呼が秘密裏に入手したXFJ計画のデータとアルトアイゼンのデータにあったある機体のデータを元に魔改造したテスト機体。キョウスケが転移してから眠っている間に夕呼が色々やってたいた。
 BETAとの戦闘に出すつもりは最初からないため、問題点であった稼働時間の短さは一切改善していない。加えて間接サーボモーターなどをアルトアイゼンの物を参考に改造しているため必要電力量が増加しさらに燃費は悪化している。しかし跳躍ユニットを高出力の「ジネラルエレクトロニクス製F-140エンジン」をアルトアイゼンのバーニアを参考に改造したものを搭載し、背部・肩部等にバーニアを増設したため機動力は大幅に上昇している。
 フレームや装甲もアルトアイゼンの物を参考に強度を増したものが用意されたが、交換・調整前に今回の戦闘で出番が回ってきたため従来のままである。
 テスト機として意味合いが非常に強く、今後につなげるためのデータ取りをするための機体ともいえる。

<武装>
 試作01式電磁投射砲
 日本帝国兵器廠に提供した99式電磁投射砲のブラックボックスのコネで、XFJ計画で得られた実射データを秘密裏に入手した香月 夕呼が、アルトアイゼンの装甲を参考に試作させた複合合金で作らせた電磁投射砲。
 上記の複合合金の恩恵で砲身強度が飛躍的に上昇し、99型に比べると小型・軽量化に成功しているがそれでも砲身はかなり巨大。強度が増した恩恵で、突撃砲同様に砲塔を2つ装備し、小口径弾と大口径弾を打ち分けることが可能になった。
 小口径弾は99式で使用していたものと同様の性能。
 大口径弾は180mm劣化ウラン貫通芯入り高速徹甲弾(HVAP弾)を使用。通常の120mm弾と違い初速を上げるためのロケット推進装置はない純粋な銃弾で、サイズの割には搭載数は大めの12発。
 01式試作電磁投射砲の開発には、アルトアイゼンのデータに存在したある機体が参考にされているとの噂がある。
 ちなみに今回の不知火壱型丙夕呼スペシャルは、単体装備時の機動力テストも兼ねて重装備を避け、これしか装備していない。

その3に続きます。

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