Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~   作:北洋

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第5話 開発、新OS その2

【???】

 

 思考がもやもやとしてまとまらない。

 体の芯もどこかあやふやでぼやけていて、キョウスケは、今、自分が夢の中にいる(・・・・・・)のだと自覚する。

 

「ナンブ大尉、ジ・・ジジジ、ジカンデす」

 

 軍服を着た男がキョウスケに話しかけてきた。

 時間とは一体何なのか? キョウスケには見当もつかない。

 夢の中とは分かっていたが、何の時間なのか、キョウスケは軍服の男に訊いた。

 軍服の男は、まるで獲物を目の前にした獣のように口を歪め、こう答えた。

 

「カ・・カカカカリノ・・ジジカンでス」

 

 夢はそこで醒める。

 奇妙な夢。

 だが所詮夢だ。

 キョウスケは布団を畳み、その日の支度を始めるのだった。

 

 

 

【西暦2001年 11月23日(金) 国連横浜基地】

 

 翌日は戦術機教練過程にある通常のプログラムを行うことになった。

 動作教習基本過程 ── 戦術機を動かすに必要な動作を前進や後退から短距離跳躍まで、教本に載っていた内容を履修するためのものだった。

 基本は大事だ。基本という土台なくして応用はありえない。

 しかし元の世界、元居た部隊で、基本はそこそこに大戦果を上げた天才級の化け物を何人か知っているキョウスケにとって、黙々と行われる基本過程を見ているだけというのは妙な違和感を覚える。

 士官学校で基礎をたたき込むのは当然のことだ。しかし何故かキョウスケは、自分が受けてきたはずの基本教習の記憶が思い出せなかった。最前線に立ち続けてきた影響だろうか? 血と硝煙にまみれた戦場の記憶に上書きされ、士官学校時代の記憶が思い出せないだけなのかもしない。

 

(基本は重要。問題はこの後だ)

 

 そういう思いを胸に2日目の訓練は特に口を出さず見守っていた。

 しかしそんなキョウスケを尻目に、武はシミュレーター訓練初日にて「動作教習応用課程D」という快挙(そうとう実践的な仮想訓練内容らしい)を、被撃墜数ゼロで成し遂げていた。

 周りの反応、まりもの反応をみるに相当凄いことなのだろう。

 記録上の快挙に周りの仲間たちは武を当然のようにもてはやす。

 しかし異世界から転移してきたキョウスケには一抹の疑問が残った。

 

(あの程度、初日にこなせねば戦場では生き残れないと思うが……まぁ、戦場ではないからいいのか)

 

 キョウスケは士官学校に教員として務めた経験はない。

 しかし武を始めとした士官候補生たち ── 207訓練小隊の指導方法は、あまりに甘いように思えてならなかった。

 

(基礎動作内容の習得は回数がモノを言う。高難度の要求を突き付け、尻を叩いた所で結果が付いてくるとは限らない……)

 

 武以外の207訓練小隊の面々は、武の機動動作パターンデータを参照し、各自勉強をしようと意気込んでいた。良い傾向だ。結果が付いてくるまで、もう数日かかると踏んだキョウスケは口出しすることを止めた。

 

(……横浜基地は前線ではないようだが、それは油断に繋がりかねないだろう。特に新人なら自身の技術上昇度を実感できる分、自分は強い、自分はできるという錯覚に陥りやすい)

 

 仮に並の練度だとしても、並の部隊内で上位の実力だからと調子づき鬼籍に入っていった敵を、キョウスケは幾らでも知っていた。 

 まだシミュレーター訓練が始まって2日目 ── 実働時間で10時間は超えていないだろう。

 

(早い内に今の自分の力の程度を実感させる機会を設けることも、必要な処置のように思えるな)

 

 キョウスケの考えとは関係なく、まりもから夕呼からの決定事項が伝えられる。

 武たちの乗機 ── 97式戦術歩行高等練習機「吹雪」と搬入が24日、つまり明日に完了するとの旨の伝達事項だった。

 適性試験からわずか2日。

 あまりの速い納品だとはキョウスケも感じたが、武が未来時間の体験を持っているなら彼と、その部隊を優遇するのは納得できた。

 シミュレーターではなく戦術機さえあれば、キョウスケの考える演習も実現しやすいというものだ。

 だが、

 

(まずは基本だな)

 

 結局キョウスケは、武たちの訓練風景を眺めながら、シミュレーターの操作を行うしかないのだった。

 

 

 

【西暦2001年 11月24日(土) 国連横浜基地】

 

 207訓練小隊の駆る戦術機機動と、その他の戦術機の挙動を見ていて、改めて気付いた事がキョウスケにはあった。

 

 前々から感じていたことだが、機体の動きに無駄があった。

 207訓練小隊のような経験不足からくるものではない。先日の戦闘で見たベテランであるはずの神宮司 まりもの動きでさえ、妙なタイムラグがあったように、長年の経験からキョウスケは感じていた。

 自分の世界の機体とは根本的に違う点が、この世界の戦術機にはあるような気がしてならない。

 

(転倒した)

 

 シミュレーター内容の表示されるモニターで、珠瀬 ── 武曰く「タマ」の乗る戦術機がバランスを崩し転倒した。

 人型機動兵器のバランス制御は、当たり前だが戦車なんかより非常に難しい。慣れない内は転倒することも珍しくない。だが戦術機は人より大きく転倒の際の衝撃も比にならない程大きいため、転んだ際には機体を守るために受け身で衝撃を逃がすことが非常に重要となってくる。

 しかし受け身体勢に入った時の戦術機の動きが不自然だった。

 受け身最優先。

 例え倒れながらでも突撃砲を放てば敵を100%撃破できる体勢でも、戦術機は100%完璧な受け身を取るのだ。

 

(なぜ、受け身よりも発砲を優先しない? いや、発砲しながら受け身を取れないのか? 機体とパイロットの安全が最優先……そう言ってしまえばそれまでだが……妙だ……なんというか、PTよりは柔軟さに欠ける)

 

 まるで、特定動作に入ると機体がパイロットの指示の受け付けなくなるような……そんな感覚。

 キョウスケは戦術機に搭乗したことがない。

 乗ったことのない物を推測で語るのも馬鹿のような話だが、パイロットではなく機体側に問題があるような気がして、キョウスケにはならなかった。

 キョウスケはまりもに進言することはしない。新人の機動を見ての批判など、技量不足の一言で片づけられるのが目に見えていたからだ。

 それに今日は武たち207訓練小隊の練習機 ── 97式戦術歩行高等練習機「吹雪」の納入される日だった。嫌がおうにも訓練意欲が刺激される日に、水を差すような真似はあまりしたくなかった。

 

「……おっ、やっぱ武御雷来てんだな……」

 

 207訓練小隊が自分たちに配備された「吹雪」に感激している中、武が呟いた言葉をキョウスケは聞き逃さなかった。

 武御雷 ── そう呼ばれてた機体は、アルトアイゼンとは違う異質な空気を纏ってハンガーに安置されていた。

 紫色の細身な機体だったが、目を惹かれる何かがそれには宿っている。それが何かは分からないが、武御雷は特別な存在のようにキョウスケには感じられた。

 

 その後、まりもと「吹雪」搬入後の雑務をこなすキョウスケ。

 その間に、横浜基地に駐留している近衛軍が少し揉めたとのことだった。

 もっとも、その日の残りの訓練時間は、207訓練小隊と「吹雪」のフィッティング作業に全て費やされることになったため、キョウスケが武からその話を聞いたのは、訓練が終了し香月 夕呼の研究室に向かう途中でのことだったのだが ──……

 

 

 

 

     ●

 

 

 

【11月24日(土) 20時23分 国連横浜基地 地下19階 香月 夕呼研究室】

 

「夕呼先生! お願いがあります!」

 

 ノックと共に研究室に入ると、ここ数日の訓練でキョウスケが感じていたことを、武が夕呼に向かって訴えていた。

 武が夕呼に相談した内容は、戦術機の機動を制御するシステム ── OSに関することだった。

 訓練風景を見てキョウスケが感じていた違和感は、実際に操縦している武も同じように感じていたようだ。

 例えば機体の「受け身」。

 一度機体が「受け身」という動作シーケンスに入ってしまうと、終了するまでその他の行動を行えないことが問題だった。

 

(言わば、処理落ちといった所か)

 

 「受け身」は機体を守る動作であるため「しっかりと行わなければならない」。そのため「受け身」だけ硬直時間が顕著に長いのかもしれないが、その他の動作にも同様のことが言えれば、PTより動作の柔軟性が劣っていると感じたキョウスケの勘は正しかったことになる。

 武の説明を聞いた夕呼は答えた。

 

「操縦概念の転換と言う訳ね……」

「そうです! キャンセルとコンボ ── そんな機動が戦術機でもできるようにしたいんです!」

「……コンボ? もう少し詳しく説明してもらえるかしら?」

「つまりですね ──」

 

 自分の考えている操縦概念を、武が夕呼に雄弁に語っていく。

 話を聞くうちにキョウスケは思った。

 

(まるで、リュウセイがやっていたと言う「バーニングPT」のようだな。ゲームのようなコンボやキャンセルと言えば語弊もあるが、必要時のモーション中断や特定の連続的なモーションの構成……PTではそれらの動作は当たり前にできていた。PTと同じ人型である戦術機に同じ動作ができないとは思えないが……)

 

 PTと同じ挙動を可能にする条件は、強度云々は抜きにして戦術機という機体には揃っていると言えるだろう。なら問題はおそらく機体ではなく、ソフト面にある。あるいはハード面 ── OSをインストールしているコンピューターの性能引き上げも必要になるのかもしれない。

 

「ねぇ、南部」

 

 武の説明を一通り聞き終えた夕呼がキョウスケに声を掛けてきた。

 

「白銀の話を聞いて、アンタはどう思ったかしら? アルトアイゼンじゃなく、アンタの居た世界の一般的なPTは、白銀の言うような挙動ができていたの?」

「キャンセルやコンボか? できるぞ。

 コンボに関しても、教導隊の構築したモーションデータをコンバートすれば、機種が同じなら教導隊とまったく同じモーションで連続攻撃を再現できる。そのためのOSは既に世界中に普及していたしな」

 

 TC-OS ── 一般的に全てのPTに採用されているOSで、キョウスケのアルトアイゼンにもこのOSが搭載されていた。

 機体に登録したモーションパターンをコンピューターに蓄積し、パイロットが選択した行動をとるうえで最も適切なモーションパターンを人工知能が選び実行する。登録されるモーションパターンは「教導隊が構築したもの」と「パイロット各員が現場で構築したもの」の大きく2つに別れるが、それら膨大なデータの中から最適化された動作が選択されるため、ある程度の自律稼働が可能となり、マニュアル操作よりパイロットの負担が軽減される……という仕組みだ。

 基本的にモーションパターンは自動で選択されるが、パイロットが任意で特定のモーションを呼び出すことも可能だ。

 一例をあげるなら、教導隊の「カイ・キタムラ」の構築した「空中から蹴りで強襲、直後に背負い投げで敵を空中に投げ飛ばし、その後プラズマステークを叩き込む」という高難易度のモーションすら、データをコンバートしていればボタン1つで再現できる。

 モーションデータと同じ機種さえあれば、新兵だって「カイ・キタムラ」のウルトラCを真似だけは(・・・・・)できるのだ……ターゲットに命中するかどうかは乗り手の技量に左右されるが。

 

「戦場での環境や敵との距離は毎回違ってくると思うけど、どう対処していたのかしら? タイミングの取り方なんかも毎回変わってくると思うけど?」

「ある程度はコンピューターが自動処理してくれるし、教導隊が汎用パターンをある程度構築してくれている。ある程度は、な。それ以上は乗り手次第になってくる。

 加えてアルトのような特殊機は、基本的なモーションデータはあっても、それ以外の特殊な機動はパイロットがマニュアルで登録していく必要がある」

 

 エリアル・クレイモアやランページ・ゴーストのモーションがその良い例だ。

 

「なるほどね。白銀の望む操縦概念の良い手本が、アルトアイゼンには搭載されている、って所かしら」

「じゃあ、俺のアイデアはすぐに実現できるってことですか!?」

 

 夕呼の呟きに武が反応した。

 

「白銀の意見の再現は可能ね。要は並列処理速度と操縦練度の問題ですもの。

 コンピューターを換装し自動処理能力を上げれば、タイミング補正やモーションの中断からの再行動入力なんかは、問題なく行えるようになるはずよ ── ただ」

「ただ! なんですか!?」

 

 武が大声を出した。

 

「なにか問題があるんですか!?」

「ああ、もぅ五月蠅いわねぇ。問題があるのはアンタの方じゃないわ、南部の言っていたOSのことよ」

「俺の? アルトのOSのことか?」

「そうよ。この世界でアンタの世界のOSを再現しようとした場合、ハード面の問題を克服できても、すぐに運用できない理由があるわ。何か分かる?」

 

 夕呼の質問にキョウスケはすぐ合点がいった。

 まずOSの数が足りない。

 そしてモーションデータの量も足りない。

 この2つが十分に揃わなければ、TC-OSの本領は発揮できない。特に撃震や不知火のような量産機は数が多く、全てに新OSを配給し終えるまでには相当時間がかかるだろう。

 さらにモーションデータの構築には莫大な時間を要する。有効なモーションデータ構築のためには、キョウスケの世界の教導隊のような部隊が必要になってくるだろう。

 

「OS、モーションデータ、なにより時間が足りないな。軍全体で運用を開始したければ、少なくとも1年以上はかかると踏んだ方がいいだろう」

「そうね。だから今回は白銀の意見を実践してみようと思うわ。もちろん、南部の意見も後に再現できるようにOSは調整するつもりよ」

「やった! 新OSの開発、夢じゃなさそうですね!」

 

 満面の笑みを浮かべ、武はガッツポーズを取るのだった。

 

 こうして、武の意見「キャンセルとコンボ」を実現させるためのOS作成が決定した。

 訓練後の時間を利用してシュミレーターでバグ取りをした後、武の乗機 ── 97式戦術歩行高等練習機「吹雪」にOSを搭載し、データ取りを行っていく手筈となる。

 キョウスケにもデータ取り過程を観察、問題点を指摘することに加え、必要時に仮想敵役としてデータ取りに参加する役目が与えられた。

 もっとも、その役が回ってくるのはバグ取りが終了してからになるため、まだ先になりそうだ。

 しばらくはまりもの補佐を続けていく毎日となる。

 

(OSが良い物に仕上がれば、それだけ戦死する兵の数は減るだろう。良い事づくめだ。やり甲斐はありそうだな)

 

 その後、少し夕呼と話があると言う武と別れ、自室へとキョウスケは戻るのだった ──……

 

 

 

 




その3に続きます。

調べて勉強したのですが「XM-3」と「TC-OS」の違いがいまいち分からないです。
だいたい同じ代物のように思えますが、あえて違いを出すために「TC-OS」の方に独自解釈(?)を設けています。

モーションデータ登録⇒呼び出し⇒モーション再現。
という流れは「XM-3」にもあると思います。
他人の構築したモーションデータをコンバート⇒呼び出し⇒他人のモーションを再現(スパロボの乗り換えシステムのイメージ)。
という流れが「TC-OS」にはできると考えて本編書いてます。……たぶん「XM-3」にもできるんでしょうね。イメージ的には「XM-3」が個人のデータを蓄積していく個人向けで、「TC-OS」が個人のデータ以外にも教導隊のデータが広く配布されている集団向け、なイメージを持っています。
両者はほとんど同じもののように思えますが、どうにもしっくり来ませんね。
勉強したつもりですが、明らかにおかしな点があった教えていただけると幸いです。多分、だいたい合っていると思いますけど。

-追記-
質問に回答いただき、OSに関する疑問はほぼ解決しました。
ご協力ありがとうございました。

早くBETAさんを書きたいです。

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