Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~ 作:北洋
【???】
思考がもやもやとしてまとまらない。
体の芯もどこかあやふやでぼやけていて、キョウスケは、今、自分が
地獄。
死屍累々。
阿鼻叫喚。
一体どれだけ苦心すれば、目の前に広がっている光景を他人に克明に伝えられるだろうか?
それに伝えられた所で何の意味があるだろうか?
これは夢だ。
所詮は夢だ。
それでもキョウスケは、声を大にして叫びたかった。
地獄すらも生ぬるい ── キョウスケには間違いなくそう感じることのできる光景が、夢の中で広がっていると言う事を。
無限に広がる荒野に、無数の亡霊 ── ゲシュペンストの残骸が転がっている。それは昨晩の夢でみた、紅い水玉のタトゥーを入れていた男たちが乗り込んだ機体だった。
硝煙と、鉄と血と肉が焦げる匂いが立ち込めている。
だが、それだけなら良い。
そう、それだけだったならまだ良い。
キョウスケにとって耐えがたかった光景は、亡霊たちの死骸の山ではなく…………見慣れた仲間たちの死骸を直視することだった。
様々な機体が大破して転がっている。
ビルトビルガー……ビルトファルケン……ジガンスクードにダイゼンガー…………およそ、ハガネとヒリュウ改に所属していた全ての機体が無残な姿に変わり果て、キョウスケの目の前に横たわっている。
『な、なんでだ!? 何故、あんたがこんなことを!?』
その強さ故に最後まで残ってしまったマシンから、聞き覚えのある声が響いてきた。
四肢を捥がれ、フェイスシールドを破壊された鋼の巨神 ── SRXが、キョウスケの目の前に倒れている。聞こえてくるのはSRXメインパイロットのリュウセイ・ダテの声だった。
同乗しているはずのライディース・F・ブランシュタインとアヤ・コバヤシの声は聞こえない。
戦闘不能状態に陥っているSRXの前に、夢の中のキョウスケは立っていた。
アルトアイゼンを駆り、機人のオイルにまみれた右腕部のパイルバンカーを構えている。切っ先はSRXのコクピットに突き付けられていた。
(止めろ……)
所詮は夢だ。キョウスケの声は夢の中の自分には伝わらない。
殺した。
全員、殺した。
夢の中のキョウスケは仲間を全て、自分の手に掛け ──
全員だ。アラドもゼオラもタスクもゼンガーも、全員、全員……キョウスケが殺した。
「全ては静寂なる世界のために」
夢の中のキョウスケは意味の分からない事を口走りながら、コクピット内でトリガーにかけた指を引く。
撃鉄が下がり、切っ先が撃ち出され、SRXの胴体に巨大な風穴が空く。
数秒後、SRXは完全に沈黙し崩れ落ちた。
(止めてくれぇーー!!)
「喰い殺す、不完全なる生命は ──……
……── そこで夢は醒めた。
所詮は夢だ。
例え気味の悪いリアルさを伴っていたとしても、悪夢はいつか醒め、現実の生活を送るうちに薄れていく。
最悪な気分で目覚めたキョウスケだったが、今日は国連事務次官が横浜基地に訪問する日だったことを思い出し、気持ちを切り替え支度を始めるのだった。
●
【西暦2001年 11月28日(水) 9時15分 国連横浜基地 戦術機ハンガー】
午前9時という朝早い時間に、国連事務次官は横浜基地を来訪してきた。
「国連事務次官 ── 珠瀬 玄丞斎殿、当横浜基地にようこそいらっしゃいました」
「香月博士、こちらこそ急な視察になってしまい申し訳ありません。今日以外の日で都合がつかなかったものでしてな」
「構いませんわ、事務次官。さ、こちらが案内役を務めさせていただく神宮司 まりも軍曹ら2名です。事務次官の要望通り、例の部隊の教導官を務めている彼女たちを案内役に抜擢しましたわ」
夕呼が国連事務次官 ── 珠瀬 玄丞斎にまりもとキョウスケを紹介した。
これは昨晩聞いたことだが、珠瀬 玄丞斎は207訓練小隊の珠瀬 壬姫の父親であるらしい。タマのいる部隊の教育係に案内を頼みたいと玄丞斎直々の希望があり、まりもに白羽の矢が立ったという訳だ。
当然、案内は横浜基地を熟知しているまりもが行う。まりもの怪我はほぼ完治していたが、短期間ながら207訓練小隊の指導の補佐を行っていたという理由から、キョウスケも同伴することとなっていた。
「そうかね。では神宮司軍曹、案内をよろしく頼むよ」
「はっ、お任せください事務次官殿!」
「うんうん、タマの言っていた通り、しっかり者の美人さんだなぁ。そして隣の男性は ── ああ、例の
玄丞斎がワザとらしく咳払いをした。キョウスケイヤーは地獄耳。玄丞斎 ── いやタマパパが口走った単語を聞き逃したりはしない。
「まぁ、あれだ。若い身空で君も大変だねぇ。まっとうに働いていればいつか何とかなるから、間違っても賭け事なんかに手を出すんじゃないよ?」
「はっ、精進いたします!」
「では案内をよろしく頼むとするかな」
タマパパに敬礼と共に返答し、まりもと横浜基地内の案内を始めることになった。
しかし親子揃って借金持ち扱いされるとは、血は争えないということなのだろうか……というより、タマパパはどうやって情報を入手したのだろうか? 十中八九、
夕呼と別れ、まりもとタマパパが並んで歩き、キョウスケはその後を付いて行く。
閑話休題。
タマパパが最初に視察を望んだ場所は、意外にも戦術機ハンガーだった。
「うむ。しっかり整備されているのか、誤作動が起きそうにないか、安全なのか、その辺りを見てみようと思いましてな」
兵器である戦術機が安全な代物であるはずがない。
タマパパの言葉尻には、自分の娘が乗り込む機体はちゃんとした代物なのだろうな、という親心が隠れているような気がしてならない。もっとも、子どもの心配をしない親はいない。仮に戦術機を自転車や自動車に置き換えてみても、子どもの乗り物が安全か確認したくなるのが親の性というものだ。
(親バカ、ということにしておくか)
国連事務次官。雲の上の身分の人物でも自分と同じ人間なのだと、心に温かいモノを感じながらキョウスケは案内に追従する。
「事務次官、これが207訓練小隊の乗る97式戦術歩行高等練習機『吹雪』です」
「ほう、立派な物じゃないか」
吹雪が格納されているスペースに到着し、まりもの言葉にタマパパが満足気に頷いた。
「しかし君、これはちゃんと動くのかね?」
「勿論です。調整作業も終了し、近日中には市街地演習を開始する予定になっています」
「そうかね、まぁ、折角の新兵だ。怪我させて再起不能にだけはせぬようにな」
「はっ、心得ております!」
まりもが凛とした声で返答した。
タマパパは品定めするように吹雪を見つめながら、まりもに声を掛けてくる。
「ところで君、例の部隊であの子は上手くやっているのかね?」
「あの子……はっ、能力は申し分なく、特に狙撃に関しましては隊内に右に出る者がいない実力です」
「うんうん、そうだろうそうだろう。そりゃあ分隊長も任される訳だ」
分隊長? キョウスケはタマパパが勘違いしているように思えた。
207訓練小隊の分隊長は榊 千鶴だ。タマは小隊の一隊員に過ぎない。
勘違いしているのなら、事実をタマパパに伝えた方が良いだろう。
「珠瀬は分隊長では ────
── その時、キョウスケの声をかき消すように、大音量で警報が鳴り響いた。
耳を劈く高音の音波で、戦術機ハンガー内はざわめき、騒然となる。
警報に続いて、女性士官のアナウンスが入る。
『総員に通達。非常事態発生、当基地はこれより防衛基準態勢2に移行する。各員持ち場にて待機せよ。繰り返す、当基地はこれより防衛基準態勢2に移行する ──』
「何事かね、これは!?」
タマパパの声が荒ぶる。
直後、まりもの持っていた通信機に呼び出し音が鳴った。
「香月博士! これは一体何事ですか!?」
通信相手は夕呼のようだった。
警報が鳴り響く中、まりもは夕呼としばらく会話を続ける。
「え……!? そんな馬鹿な!? あれからまだ
「君、これは何事か説明したまえ!」
通信を終えたまりもにタマパパが噛み付いた。
「事務次官、詳細は司令部で香月博士がするそうです。案内します。どうぞこちらへ」
「う、うむ」
「南部中尉には香月博士からの伝言があります」
「ああ、言ってくれ」
険しい表情でまりもが言う。
「有事の時が来た。説明していた通り、ブリーフィングルームに向かい
「穏やかではないな。了解した、ブリーフィングルームへ向かう。軍曹は事務次官を頼む」
互いに頷きあうと、キョウスケはまりもと別れ、戦術機ハンガーを後にした。
目指すはブリーフィングルーム ── 伊隅 みちる率いる特殊部隊「A-01」の元へキョウスケは走るのだった ──……
第6話に続きます