Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~ 作:北洋
【11時58分 関東山地周辺盆地】
作戦開始から既に一時間が経過し、ウルフ中隊の指揮官 ── ウルフ1は絶望的な気分を味わっていた。
それもそのはず。12機居た中隊の撃震部隊の内9機が既にBETAの餌食となり、残った3機も
ウルフ1も中隊指揮官としては新米であり、11月11日のBETA新潟上陸で、熟練の中隊指揮官を失い急遽抜擢された立場だった。
彼の指揮の元、多数のBETAを血祭りに上げることに成功したものの、敵の物量の前に圧倒され、包囲されて退路を断たれてしまっている。
『隊長! 隊長ッ! これ以上、敵の接近を防げません!!』
「持ちこたえろ、ウルフ11! 前隊長の言葉を思いだせ! 倒すべき敵を倒し、生き延びるんだ! 俺たちは生きて帰るんだ!」
『ざ、残弾ゼロ ──── グェ……ッ!』
「ウ、ウルフ11! おい、ウルフ11応答しろ!」
通信装置が、ウルフ1の背後で迎撃を続けていたウルフ11の悲鳴を拾った。
激震に射撃を繰り返させながら、ウルフ1は背後を確認する。
転倒した撃震に数匹の要撃級が群がり、モース硬度15以上を誇る前腕を叩きつけていた。さらに赤い蜘蛛のような外見をした戦車級が、ウルフ11の機体に取りつき、下腹部に備わった強力な顎で撃震の装甲を喰らっていく。
ウルフ11の乗る撃震のコクピットは、要撃級の一撃で完全に陥没していた。もう手遅れだ。
死肉に群がるハエのように戦車級が撃震に集まる。対照的に、要撃級はウルフ1率いる残りのウルフ中隊に向かってきた。
四面楚歌。絶体絶命。
そんな状況下で、ウルフ1の長年の相棒ウルフ9が通信を入れてきた。
『おい、ヒョーゴ! どうすんだよ、この状況! 俺、この作戦終わったら彼女と結婚する約束したんだぞ!?』
「うるせぇ知るか! 文句言う前に、引き金を引きやがれってんだ!!」
『そんなの、もうやってるっての ──── あッ、畜生! こっち来るな、この化け物めぇ!』
ウルフ9に向かっていた要撃級に加え、ウルフ11に攻撃していた個体が群がっていく。ウルフ9は120mm砲弾で数体を撃破したが、要撃級の数の前に接近を許してしまった
『う、うわああぁぁぁぁ ──── ッ!?』
「ウ、ウルフ9 ────」
2人の絶叫 ── しかしその瞬間、ウルフ1の視界に赤い影が飛び込んできた。
デカくて、速い、赤い影だ。
一瞬横切っただけだが、影は人型をしていた。
今にもウルフ9に前腕を振り下ろそうとする要撃級 ── 赤い影はその要撃級に襲いかかる。
赤い影 ── 戦術機と分かる人型の頭部から伸びた角が、白い電光を纏いながら、ウルフ9を殺そうとしていた要撃級の肉に深々と突き刺さっていた。
突き刺さった白光りした角が、肉を焼いているのか要撃級の体からは黒煙が上がっている。
その赤い戦術機は巨体をしらなせ、信じられない事に、突き刺した要撃級の巨体を空中高く放り上げる。直後、手に持っていた87式突撃砲で要撃級を
『こちらヴァルキリー0 ── 南部 響介中尉だ。ウルフ各機、無事か?』
赤い戦術機の衛士の声が聞こえる。
男の声だ。戦域情報を確認する余裕のなかったウルフ1は気づかなかったが、赤い戦術機以外にも4機の戦術機がウルフ中隊に接近してきていた。
隊長機らしい純白の不知火から通信が入ってきた。
『こちら国連横浜基地所属のヴァルキリーズ! 貴官らを援護する!』
「す、すまない! 恩にきる!!」
赤い戦術機と白い不知火に続けて、後衛用装備を施した3機の不知火が、火線をウルフ中隊に群がるBETAに集中させてきた。
遠距離からの誘導弾と120mm弾がBETAの体を微塵に引き裂いていく。
『各機、BETAを殲滅せよ! 同胞の命を、クソ虫どもに償わせろ!』
『『『「了解!!」』』』
増援の声にウルフ1は安堵の息をもらし、増援と共にBETAに36mm弾の雨を浴びせ始めるのだった ──……
Muv-Luv Alternative~鋼鉄の孤狼~
第6話 赤い衝撃 その3
【12時00分 関東山地周辺盆地】
キョウスケ・ナンブは、無尽蔵に群がるターゲットに対し、コクピット内でトリガーを引き続けていた。
87式突撃砲の36mm徹甲弾が着弾すると、小型の戦車級は爆竹のように爆ぜ、大型の要撃級は十数発で痙攣しながら崩れ落ちる。だが戦車級は兎も角、要撃級は頭を潰されても動き続ける昆虫のように、なおもアルトアイゼンへと前腕を振るおうとしてきた。
キョウスケは要撃級の細い腕部を36mm弾で撃ち抜く。すると前腕の爪の重さに耐えきれず、要撃級の腕はモゲて戦闘能力は失われた。
地面で蠢く要撃級を無視し、キョウスケはさらに周囲へと36mm弾をばら撒く。大小問わず、BETAが赤黒い血しぶきを上げながら弾け飛んでいった。
(思っていたよりは脆い……だが)
撃っても撃っても、作った死骸を乗り越え、次々とBETAの増援がやって来る。
大半は要撃級と戦車級。中には
およそ、BETAに戦略的な行動ができているとは思えなかった。巣を襲われた蜂か獲物に群がる蟻のように、数に物を言わせてこちらに突っ込んできているだけだ。しかし古来より物量は戦況を左右する大きな要因であり、絶対的に必要な要素でもあった。
「A-01」に向かって来ているBETAは、盆地に集められた内のほんの一部。ここで弾薬を使い切るようでは、BETAとの戦闘を継続することは不可能だ。
まるで津波の如き物量 ── BETAの軍勢を消し飛ばすのに、MLRSや爆撃などの広範囲攻撃が有効なのがよく分かる。脆くても数が多い以上、戦術機でBETAを全て潰していくのは非効率的だと、戦闘開始数分でキョウスケは理解できた。
つまりBETAには広範囲を攻撃できる兵器が最も有効なのだ。そういう意味で、接近戦に特化させた武装が多いアルトアイゼンは、BETA掃討にはあまり向いていないのかもしれない。
トリガーを引き絞り、BETAに血の噴水を上げさせながら、キョウスケはみちるに回線を開いた。
「伊隅大尉ッ、このままではキリがないぞ!」
『分かっている! あまり時間はかけられない! 不知火・白銀の兵装で一気に片づけるわ!』
「不知火・白銀の……そうか、あのレールガンか」
モニターの隅に後衛の不知火・白銀の姿が映っていた。
背部スラスターのウェポンベイに固定していた試作01式電磁投射砲が、補助腕で持ち上げられ、不知火・白銀の右腕に運ばれていく。
試作01式電磁投射砲は大口径弾と小口径弾の撃ち分けができる。
大口径弾は高威力だが連射が効かない。反対に小口径弾は毎分800発以上の速射が可能で、さらに射程は87式突撃砲よりかなり長い。
突撃級の少ないBETA密集地帯に叩き込めば、かなりの戦果が期待できる。みちるの意図を理解したキョウスケは、フットペダルを踏込みBETA集団へと突撃した。
「俺が敵を引き付ける! 大尉はその間に射撃体勢を整えてくれ!」
『了解した! ヴァルキリー4、ヴァルキリー9はヴァルキリー0を援護! ヴァルキリー11は当機の直援に当たれ!』
『『『了解』』』
ナンバー4と9 ── 風間 祷子と高原 ひかるの不知火が支援射撃を開始、11── 築地 多恵の不知火が不知火・白銀に張り付き、接近してくるBETAを87式支援突撃砲で退けていく。
アルトアイゼンは直近の要撃級にプラズマホーンを突き立て、投棄して他のBETAの体勢を崩すと、揉みくちゃになっているそこに36mmを叩き込んだ。要撃級は粉砕されたが、変わりは幾らでもいるようで、ぞろぞろと沸いて出てくる。
単身でBETA集団に突撃したアルトアイゼン ── BETAも脅威を感じたのか、近辺の個体が全て素早く転進し突撃してきた。
キョウスケはアルトアイゼンをバックステップで後退させながら、87式突撃砲を連射する。BETAは容易に爆ぜるが、視界を覆い隠す量の群れは一向に数が減る気配を見せない。
後退射撃を繰り返したが、BETAの物量の前にやがてアルトアイゼンは包囲され始めた。後衛の誘導弾でBETA一角に穴が空いても、すぐに他の個体がそこを埋めていく。
(数だけはアインスト並か、それ以上だな……面倒だ。クレイモアで纏めて吹き飛ばすか?)
アルトアイゼンの前方には要撃級と戦車級が密集しており、距離もアヴァランチ・クレイモアの得意とする位置取りだった。最大級の殲滅効果を得られるのは間違いないだろう。
(だがこの数、本気で撃ち出せば弾が幾らあっても足りん……!)
『南部中尉! 待たせたな!』
コクピットにみちるの声が響いた。
モニター上で不知火・白銀を射撃体勢を取っているのが分かった。腰を落とし試作01式電磁投射砲の銃口を、アルトアイゼン周辺のBETA群に向けている。
実射試験で体験した電磁投射砲の威力と速射能力、逃げねばアルトアイゼンは確実に巻き込まれる。反転加速し、射線外に離脱すべきだった。
しかしBETAが接近しすぎており、背中を見せれば取りつかれる可能性が高い。
ならば、とキョウスケはコンソールを操作し、操縦桿とペダルを使ってアルトアイゼンに指示を出した。
「行きがけの駄賃だ! 取っておけ!!」
両肩部のコンテナハッチが開放され、チタン製ベアリング弾が前方広範囲にばら撒かれた。無数のベアリング弾が着弾と共に爆裂し、大小問わずBETAを微塵に砕く。前方十数mのBETAが全て消し飛んだ。
他の個体が接近するまでの一瞬の間に、アルトアイゼンは方向転換、加速しBETA群から距離を取る。
『ヴァルキリー1、フォックス1!!』
直後、みちるの声が響き、キョウスケの背後で耳を劈く激しい音が唸りを上げた。
アルトアイゼンを反転し、戦域を確認。試作01式電磁投射砲から放たれた小口径弾が、赤黒い血しぶきを林立させながらBETA密集地域を切り裂いていく。
小口径弾は疎らに存在する突撃級の装甲殻には弾かれていたが、それ以外のBETAには効果てきめんの様子で、撃てば撃つだけ死骸の山を大量生産していった。
およそ1分間、扇状に射線を展開し薙ぎ払った後、ウルフ中隊を襲撃していたBETA群はほぼ全滅していた。
『す、凄い……!』
『これが電磁投射砲の威力……!』
『あれだけいたBETAがあっという間に……』
「A-01」の少尉勢が驚嘆の声を上げていた。
キョウスケと違い電磁投射砲が初見の彼女たちは、突撃砲の比ではないその威力に目を丸くしていたが、今は驚くことに費やしている時間も惜しい時だ。
『ヴァルキリー1より各機! 当機はこれより電磁投射砲の弾倉およびバレル交換を行う! 各自、直援に当たりつつ残敵を掃討せよ!』
『『『「了解!」』』』
『ウルフ中隊各機は一度後退し、補給を!』
『了解! 貴官らの助力に感謝する!』
「A-01」は装甲殻に守られまだ生きている突撃級と、地を這いまわる戦車級の息の根を36mmで刈り取っていく。
ウルフ中隊は撤退し、数分で粗方の残敵掃討および電磁投射砲の整備が完了した。戦域情報を確認すると、BETA群に押されている戦術機部隊は他にも沢山いた。
『よし、ヴァルキリーズ各機! 友軍の援護を継続するぞ!』
みちるの命に小隊員が応え、直近の戦術機部隊に向かって匍匐飛行で向かうのだった。
●
【12時15分 関東山地周辺盆地郊外
「A-01」の勇猛に湧き上がることもなく、CPは戦域情報の収集と解析に追われていた。
「そんな……!?」
「A-01」のCP将校 ── 涼宮 遥中尉は、BETAの進軍情報を解析していたが、その結果に愕然と声を漏らした。
佐渡島を発した大規模BETA群は一貫して南下を続けていた。帝国首都がある仙台を目指す訳でもなく、ひたすらに南下するBETA……帝国、国連軍の迎撃により進撃ルートを変えてはいたが、計算ではじき出された当初の進撃ルート予測の最終地点に、遥は驚きを隠せない。
BETAの目的地は国連横浜基地 ── 遥たちのホームである。妨害され進撃ルートを逸らされても、尚、BETAが突撃していこうとする傾向が戦域情報から読み取れた。
「何故、BETAが横浜基地に……? いえ、それよりもこのままでは包囲網が突破されてしまう……」
データリンクでもたらされる情報は客観的であり、非情だった。
各基地からの戦術機集結が間に合っておらず、現在対処している戦術機連隊のほとんどが劣勢に追い込まれている。辛うじて防衛線は守られていたが、このままでは突破されるのも時間の問題だろう。
CP内もそれは理解しており、鉄火場顔負けの鬼気迫る雰囲気を呈していた。
「トロイエ大隊、ほぼ壊滅! ブレード中隊も残り2機! あぁ、エレーブ中隊から支援要請です!」
「駄目だ!
「で、でも! あぁ ── アルファ小隊、音信途絶! 壊滅したもよう! このままでは包囲網が抜かれます!」
「えぇーい、周辺部隊にカバー要請! 弾幕薄いぞ、何やってんの!?」
様々な部隊のCP将校の声が入り乱れている。
各将校の声の刺々しさは、それだけこちらの劣勢を現していると言っていい。
BETAの圧倒的な物量に、戦術機各部隊が徐々に飲み込まれつつあった。本来なら、支援砲撃を交え、戦術機部隊を援護するのがセオリーなのだが、今回は一挙殲滅を前提にMLRS部隊を展開しているため、下手に援護を行えなかった。
わずかな援護砲撃など、光線級のいる戦域では全て無力化されてしまうからだ。
無力化されると分かっている砲弾を無駄に撃つ余裕はない。加えて今回の作戦には、現状では、直近基地から出撃しているMLRS部隊しか参加できていない。もちろん、近隣基地からの増援も既に出発していたが、戦術機に比べ足の遅いMLRS部隊が作戦開始時刻に間に合うとは到底思えず、尚更無駄弾を撃つわけにはいかなかった。
一斉砲撃で、光線級の処理能力を超える砲撃が必要な時に、無暗に友軍を援護するだけの弾薬の余裕はないのだ。
全てを理解した上で、遥は戦域情報を注意深く観察していた。
(……あれ? 変だ……何故か、少しずつA小隊にBETA群が転進しているような……)
「A-01」A小隊は、試作01式電磁投射砲の制圧力を活かして、他部隊の担当するエリアに援護を行い、BETAを殲滅していた。
A小隊は既に2つのエリアのBETA群を無力化していたが、それ故か、彼女らに向かってBETA群が転進する傾向が見て取れた。
BETAは脅威となるモノを優先的に排除するように動く習性がある。
歩兵より戦車、戦車より戦術機……戦術機が入り乱れる戦域で、A小隊にBETAが向かっていくということは、それだけ脅威だとBETAが認識しているから……なのかもしれない。
だから、何だと言うのか?
この戦域に居る以上、BETAに狙われずに済む場所などありはしない。
ただの勘違いだと……遥は自分に言い聞かせ、A小隊に命令を下す。
「こちらCP! アルファ小隊が壊滅した! A小隊はカバーに向かい、戦線を維持せよ!!」
『こちらヴァルキリー1、了解!!』
「A-01」隊長のみちるから返答があり、マップ上のアイコンが動いた。
画面上で、A小隊がアルファ小隊が担当していた区域へと向かう。
遥は自身の任務に専念することにした。
●
【12時23分 α小隊壊滅地点】
キョウスケが前衛を務め敵を引き付け、不知火・白銀が機動性で攪乱した後、電磁投射砲で仕留めるという戦法が功を奏し、BETA群は効果的に漸減できていた。
無論、殲滅できているのは大規模BETA群のホンの一角に過ぎない。
しかしBETAを倒せば倒すだけ、不知火・白銀の電磁投射砲の限界は近づいて来る。
たった1機の武装でBETAを全滅できるはずがない……それは分かっていたことだが、キョウスケの苛立ちは徐々につのってゆく。
(……MLRS砲撃はまだか……? このままでは、戦術機部隊の多くが餌食になるぞ……!?)
データリンクとオープン回線を通じて戦況がキョウスケに伝わってくる。
『ひやぁぁ ─── ァウ……!?』
『く、来るな!? 来るんじゃねぇよ!? か、かぁちゃ ─── ッ!?』
聞くに堪えない数多の断絶魔が耳に届く……中には、まだ幼い声も混じっていた。
キョウスケは作戦の目的は理解していた。
戦域に光線級がいる以上、奴らの処理能力を上回る砲撃を叩き込み、光線級を撃滅することが最善の選択肢なのは疑う余地もない。各基地からの戦術機増援が間に合っていない現在、尚更、それが一発逆転の手段になることもキョウスケは分かっていた。
だが、我慢できなかった。
おそらく、今朝の夢が原因だろう。見知った仲間たちを次々と手に掛けていく悪夢……、
(……助けることができるかもしれない命……俺は、今、それを見捨てているのではないのか?)
アルトアイゼンの本領は、絶対的火力を活かした正面突破だ。
狙うべき対象が明確なのならば、突撃を敢行して光線級を仕留める事こそが、アルトアイゼン・リーゼに求められる本来の姿の筈だった。圧倒的突撃からの全弾発射、そして補給のローテーション ── これが、アルトアイゼンを最大限に活かす最高の戦法なのは間違いない。
今、問題なのは、使った弾薬を補充する確かなアテがなく、非常に不確かということだった。
(……俺は、このままでいいのか……?)
本日3度目の試作01式電磁投射砲の斉射で、アルファ小隊の管轄地域を確保した「A-01」は、残敵を掃討しつつ電磁投射砲の整備を行っていた。
しかし電磁投射砲の交換弾倉とバレルにも限りがある。次撃てば実に4回目の斉射となる。予備として持ってきたパーツも次で最後だった。
(……電磁投射砲……次でこの対BETAの切り札も切り終わってしまう。かと言って補充に戻れば、おそらくその間に何処かの部隊が落ちるだろう……だが、87式突撃砲の火力ではBETAの物量に対して優位に立てはしない……クレイモアですら、数が絶対的に足りはしない)
こんな時、キョウスケが元いた世界の部隊はどうしただろう?
圧倒的火力と戦力による殲滅が容易に想像できたが、今、この世界にいるのはキョウスケとアルトアイゼン・リーゼだけだ。
キョウスケとアルトアイゼン ── 1人と1機にできる、最高にして最大の戦法はいつでもたった1つしかなかった。
(突撃、殲滅、離脱……この世界ではなんと言っていたかな?)
出撃前のみちるの言葉が蘇る。
「
アルトアイゼンと同じく、ドイツ語で表されたそれが、キョウスケにできる最大の反攻に思えてならなかった。
この戦域で、味方の戦術を封じているのは光線級の存在だ。
光線級BETAさえ、この戦域から消え去れば、後はMLRS部隊の飽和射撃で9割方のBETAが死に絶えるだろう。それは、たかが36mm弾で絶命するBETAたちを見て得た、キョウスケの実感だった。
問題は ── 光線級なのだ。
(……光線級……こいつらさえ仕留めれば、全てのカタがつく。戦車級と同じたかが小型種、俺とアルトなら、一点集中で仕留められないのか……?)
『ヴァルキリー1より各機! BETAの攻勢に各部隊が押されている! 可能な限り、BETAを殲滅しろ!!』
『『『了解』』』
キョウスケはみちるの声に返事ができなかった。
光線級BETA……こいつらさえ、こいつらさえいなけば、戦術機部隊がここまで劣勢に追い込まれることはなかった。逆に言えば、光線級BETAさえいなければ、この戦闘で優位に立てるのだ。
光線級を仕留めれば、それこそ
……もっとも、光線級殲滅 ──
キョウスケの心の中に、熱い、狂気のような感情が沸き上がってきてくる。
「伊隅大尉、相談がある」
『どうした南部中尉。作戦行動中だぞ?』
みちるの台詞はもっともだったが、それを承知でキョウスケは言う。
「具申する……このままでは、BETAが突破するのは時間の問題。
『なっ!? 貴様、正気か!?』
モニター上で、みちるの表情が目に見えて歪んだ。
BETAとの実戦を通して、みちるの気持ちがキョウスケには理解できた。
試作01式電磁投射砲という切り札を持っていても、BETAの物量は脅威を感じる程に圧倒的なモノだ。光線級はそれらのBETAの最奥部に守られており、奴らを戦術機で狩るには、大量のBETAを切り崩して進まなければならない。
敵軍の密集する場所に突撃する ── いわば光線級吶喊は神風特攻……成功しても、帰ってこれない可能性が非常に高い、地獄への片道キップのようなリスクを孕んでいた。
だから、みちるが躊躇する気持ちは理解できる。しかもそれが、自分だけでなく、若い部下たちをも巻き込む行動であるなら尚更だ。
(伊隅 みちる……特殊部隊「A-01」を率いる隊長……こんな所で死なせる訳にはいかない。とはいえ、俺も死ぬ訳にはいかない……それに ──)
キョウスケの脳裏に今朝の夢が蘇る。
夢の中で、キョウスケは仲間たちを殺した。自分の手で、だ。
所詮は夢。しかしどうしようもなかったとは言え、自分の手が仲間の血で汚れていく感覚が面白いモノであるはずがなかった。
そうだ。夢だ。
所詮は夢……現実と夢を混同するなど馬鹿のする事だ。それでも、助けられる命なら助けたい ── 強迫観念にも近い、そんな感情をキョウスケは抱かずにはいられなかった。
(── 自分も死なず、仲間も殺させず、最大の効果を生み出す境界線……俺はいつもその線 ── 死線を見切ってきたはずだ……! 今回はあいつ等がいない、俺1人でそれをやる……ただそれだけのこと……!)
しかしキョウスケにも迷いはあった。
元の世界に生きて帰る、それがキョウスケ最大の目的だった。光線級吶喊を行わずに目的を達成できるなら、ここで動かないこともありかと思えてくれる。
そんなキョウスケの背中を押す遥の声が、CPからの通信で聞こえてきた。
『こちらCP! トロイエ大隊が全滅! 該当箇所をBETAが進軍 ── なお、進撃予測地点は国連横浜基地のもよう!!』
「伊隅大尉! MLRS全隊の展開は間に合わんッ、俺はやるぞ!」
キョウスケは大声で言い放った。
横浜基地が陥落すれば、キョウスケの寝床が無くなるだけでなく、香月 夕呼の命も危ない。現時点で、キョウスケを元の世界に戻せる可能性が最も高いのは、香月 夕呼なのだ。ここで失う訳にはいかなった。
『やめろ、南部中尉! 独断専行など許さんぞ!!』
「ならば、どうしろと言うんだ!? トロイエ大隊の全滅など氷山の一角だ! 支援砲撃のないままでは、防衛線は確実に突破される! 突破されては、MLRSによる飽和射撃も意味をなさん ── 小規模でも良いッ、一刻も早く有効な支援砲撃が必要だ!!」
『それでもだ! 貴様も軍人なら、作戦行動を乱すな馬鹿者!!』
「くっ……!」
理のあるみちるの言い分に、キョウスケは言葉を詰まらせる。
キョウスケとて、軍人の負うべき責務を理解していないわけではなかった。しかしこのまま作戦を継続しても、BETAの物量に押されるばかりなのは目に見えている。
かといって、MLRS部隊の展開が終了していない現時点では、中途半端な支援砲撃しか行えない。
みちるがCPにMLRS展開の度合いを確認していたが、準備完了まで最低20分は要し、AL弾頭弾の搭載も完了していないとの答えが返ってきた。
データリンク上で、友軍機の機影が徐々に消えていく。オープンチャンネルで救援を要請する部隊も多数おり、悲鳴にも似た声がキョウスケの耳に届けられた。
『クソッたれぇ! こちらチャーリー中隊! 支援砲撃はまだか ─── !?』
『こちらブラボー小隊! CP、早くしてくれ ─── ッ!!』
『こちらゴースト小隊 ── このままで、本当の幽霊になってしまう! 至急、増援をよろしく! 繰り返す ─── ッ!』
盆地でのBETA包囲網は徐々に崩されつつあった。特に損耗が酷いのは、南東の方角に展開している部隊だった。その方角の延長線上には ── 国連横浜基地が存在している。
「伊隅大尉! 俺に光線級吶喊の許可をくれ!」
堪らず、キョウスケは叫んでいた。
「
『貴様、気でも狂ったか!? 死ににいくようなものだぞ!?』
「この程度の修羅場は何度も潜ってきた! 俺は死なんッ、絶対にだ!!」
実感と熟練の経験値からか、キョウスケはその言葉を吼えていた。
死なない、絶対に。
生きて、エクセレンの元に帰る。
そのために、今は自分のできる最善を尽くし、生き延び、横浜基地も救う。それがキョウスケの下した判断だった。それに光線級吶喊 ── 要するに敵の要所を強襲して破壊する任務は、元の世界でキョウスケがよく行っていた
「俺たちならやれる! 許可をくれないと言うのなら、無理にでも押し通るまでだ!」
『待て! 命令違反は罰せられるぞ!?』
「生きて帰ったら、営倉にぶち込むなり好きにすればいい!!」
声を荒げると、キョウスケはアルトアイゼンの主機出力を上げ始めた。
脳裏に今朝の夢がフラッシュバックする。何もできず、仲間が蹂躙される様を見ているしかできなかった夢の中の自分。
だが夢と現実は違う。
できることがあるならやるべきだ。指をくわえて待っているのはもう御免だった。
それに。
頭の中で
── 喰い殺せ 不完全な生命は 全て ───
夢の中の自分が呟いていた言葉が、まるで山彦のように脳内で反響していた。
その声に苛立つ。
戦場で冷静さを失えば死ぬ。分かっている。それでも、キョウスケは苛立ちを完全に殺すことができなかった。せめてと、頭の隅の方に追いやる。
もう止まれなかった。
理由はないのかもしれない。
ただ無性に、BETAを八つ裂きにしたい気分に駆られた。コクピット内に、みちるの声が小さく聞こえてくる。
『── そんな分の悪い賭けは止めるんだ!!』
みちるの言葉に、キョウスケの体が灼熱する。まるで血が沸騰でもしているような感覚だった。
逆に思考は醒めていく。それでも尚、奇妙な苛立ちは頭の片隅に、まるでヘドロのようにこびり付いて剥がれなかった。
「……悪いが、分の悪い賭けは嫌いじゃないッ!」
みちるの制止を振り切り、アルトアイゼン・リーゼがグンッと弾け、加速して飛び出して行く。
TDバランサーを使用した最大戦速で、キョウスケはBETA集団内へと突入して行った ──……
その4に続きます。
《以下、蛇足》
ぶちギレキョウスケ、吶喊許可が下りるいい理由が考え付かなかったため、獣戦機隊的な展開になってしまった。夕呼からOKがすぐ降りるのも、ご都合展開な気がしてできませんでした。
難しく考えるとまたドツボに嵌りそうなので、この展開もあり方の一つかなと結論し、更新しました。
オリジナル展開考えるのって中々難しいですね。