Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~   作:北洋

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第6話 赤い衝撃 その4

【12時34分 関東山地周辺盆地 BETA密集地域】 

 

 見渡す限りを、異形の化け物が埋め尽くしている。

 

 盆地に密集するBETAのほぼ中央部に、キョウスケのターゲット ── 光線(レーザー)級の座標は存在していた。

 TDバランサー最大稼働状態のアルトアイゼンの速度に、追いすがれるBETAはいない。だが光線級を守るようにBETAは作る肉の壁を作り、妨害してきた。キョウスケは巧みに間隙を縫いながら、無駄な戦闘を避け、アルトアイゼンを標的目がけ疾駆させて行く。

 

(CPの通信が確かなら、MLRS(マルス)砲撃開始まで最短で20分……時間はあまりないな)

 

 ブリーフィングで通達された光線級の数は全部で5群。

 それぞれが100体以上の群れを形成し、人類側の支援砲撃を完全に無力化していた ── 逆に言えば、これらの群れさえ殲滅できれば形成を逆転できるのだ。

 キョウスケは直線距離で最短の光線級群へと、アルトアイゼンの進路を向けていた。

 光線級吶喊(レーザーヤークト)

 アルトアイゼン単機で完遂できる保障は当然ない。

 だが誰かがやらねば、MLRS部隊展開前にBETA包囲網は突破されてしまうだろう。戦況は人類の勝利、敗北、どちらでも転げてしまう、非常に微妙な琴線の上に立たされていると言っていい。

 たった一押し……それが決定打になり得るなら、躊躇う必要などキョウスケにはなかった。

 腹を決めたキョウスケは、フットペダルとスロットルを全開で引き絞る。

 ばく進するアルトアイゼン、それに呼応するように要撃(グラップラー)級が正面から突撃してきた。アルトアイゼンが握り締めた2丁の87式突撃砲が火を噴き、要撃級の体が千切れ飛び、残った部分が機体にぶつかり弾き飛ばされていく。

 しかし無尽蔵の勢いで、BETAは沸き、襲いかかってくる。

 

「数と勢いだけで、俺を止められると思うなよ……!」

 

 キョウスケはその化け物たちに明確な殺意を抱いていた。

 理由は分からない。ただ、頭に響いていた(・・)を振り払うようにキョウスケは操縦桿(スティック)を操作し、アルトアイゼンは水を得た魚のように戦場を駆け廻る ──……

 

 

 

 Muv-Luv Alternative~鋼鉄の孤狼~

 第6話 赤い衝撃 その4

 

 

 

 …… ── 彼我距離2000まで詰めた所で、87式突撃砲の残弾が警戒域に突入した。

 

(120mm徹甲弾は残弾なし、36mm徹甲弾は2丁とも残り200……だが敵陣の真っただ中で弾倉交換している暇はない……!)

 

 キョウスケは群がる要撃級と戦車級を蹴散らすために、突撃砲を極限まで消耗していた。可能な限りBETAとの接触は避けたかったが、直線的な機動のアルトアイゼンでは完全に避け切ることはできず、結果、突撃砲を撃ち散らかすしか方法はなかった。

 交換用弾倉は残ってたが、アルトアイゼンの両手は突撃砲で埋まっているため、2丁とも交換するには時間がかかる。弾幕が途切れれば、一瞬で、BETAの物量に押されてしまう。

 ならば、とキョウスケは攻めを選んだ。

 打ち切る覚悟で36mm弾を撃つ。BETAが弾け飛ぶ。真正面に壁として出てくる要撃級はプラズマホーンで切り裂き、投げ飛ばし、ある時は質量と速度を活かした体当たりで蹴散らしていく。密集地帯で突撃(デストロイヤー)級が少ないことが幸いして、アルトアイゼンの体当たりでも要撃級には十分通用した。

 しかし格闘攻撃は射撃に対して効率が圧倒的に悪い。

 結局、1分もしない内に36mm弾も底をついた。

 光線(レーザー)級集団との距離は残り1000 ── 全開で直進できれば、アルトアイゼンなら一瞬で詰めれる距離だった。問題は前方に展開している大型種たち ──

 

「押しとおる! やれるな、アルト……ッ!?」

 

── キョウスケは、目の前の光景に息を飲んだ。

 

 一斉に、BETAがアルトアイゼンに道を開けたのだ。

 まるでモーゼの十戒に登場する海中の道のように、BETAが割れ、道ができた。進路が開け、その先にいる光線級がアルトアイゼンの望遠カメラで確認できる。

 全高は2m程。光線級は人間のような下半身の上に、黒い巨大な2つ目が乗ったような風貌をしていた。正に異形と呼ぶに相応しく、下手に人間に似ている分余計に気味が悪い。

 

(……なんだ?)

 

 BETAの動きに違和感を感じる。

 だが道が拓けたという事実は、キョウスケにとっては好都合だった。

 

(この好機、逃す手はない……ッ!)

 

 光線級の意志の宿らぬ黒い瞳とキョウスケの視線が重なる。

 しかし空気を劈く警告音が耳に届いたのは、正にその直後だった。

 

 【レーザー被照射警告】

 

 警告内容がモニターに表示される。データリンクシステムと共にアルトアイゼンに導入された、対光線級用の被ロック判別機構が反応していた。

 照射源は言うまでもない。

 BETAが散開して、できた道の先に陣取る光線級だった。

 

(ち……ッ、数で押すだけじゃない! 連携行動も取れるのか、コイツらは!?)

 

 道が拓けたということは、射線が開けたことを意味していた。

 アルトアイゼンから光線級までの距離は残り約600……87式突撃砲は既に撃ちつくした。弾倉交換をしなければ、アルトアイゼンには内臓火器しか攻撃手段が残されていなかったが、そのどれもが光線級を有効射程に捉えてはいなかった。

 光線級は味方BETAを絶対に誤射しない ── 今から、BETAの密集地帯に逃げ込むのか?

 それとも、このまま突撃するのか。

 フットペダルの踏込みの強さが増す。それがキョウスケの答えだった。

 しかし ──

 

「── うッ!?」

 

 ── 光線級の黒い瞳がチカッと光ったと感じた瞬間、コクピットモニターが純白の閃光に包まれていた。

 視界が奪われると同時に、機体の振動が微かに増す。機体コンディションは出撃時と同じイエローのまま、致命的なダメージは受けていないが、両手の87式突撃砲の反応が消失していた。光線級の砲撃で爆散したらしい。

 光線級の妨害で、アルトアイゼンは視力を奪われながらも、ただ愚直に直進していた。

 何かに被弾するたびに奔る閃光……この感覚をキョウスケは良く知っていた。

 

「バリアか? 目がチカチカするぜ……」

 

 流石に、ここまで強烈な閃光は初体験だったが、元の世界での突撃任務時によく似たような状況に落ちいった思い出があった。

 アルトアイゼンにはビームコートが施されている。

 突撃、強襲任務を主とするアルトアイゼンは、侵攻を阻止しようとする敵の弾幕に曝され、必然的に被弾率が非常に高くなるため、機体の損耗率を減らすために対ビーム用の特殊蒸散コーティングが備わっていた。

 他にもABフィールドや特殊防御フィールドという方法もキョウスケの世界にはあったが、事前の処置だけで済み、主機出力を食わない防御手段であるビームコートは、まさにアルトアイゼンには打ってつけだった。

 おかげで、主機の生み出すエネルギーを全て突撃に回すことができるのだから。

 

(……だがコーティングは対ビーム用……何故、レーザーを弾く……? まぁ、いい……! 考えるのは後だ!)

 

 データ上、間違いなくアルトアイゼンのビームコートが光線級の照射に反応し、無効化していた。機体各部に被弾が数十か所。その全てを、特殊コーティングが弾き、反応した光でモニタは白く染まっていた。

 だがレーダーは光線級の位置を捉えている。

 レーザー照射受けてもアルトアイゼンの速度は衰えることを知らず、距離は500……400……300と詰まっていく。

 キョウスケは光線級集団が群れているはずの場所に、5連チェーンガンから徹甲弾をばら撒いた。

 数秒後、レーダー上の光線級の位置を通過し、アルトアイゼンを制動しターンさせる。モニターのホワイトアウトが回復するまでさらに数秒。その間、光線級からの照射は一切ない。

 モニターが回復した時、アルトアイゼンの足元には、肉片と化した光線級が転がっていた。

 

「よし、次だ……!」

 

 まだ原型を留めていた数体の光線級をチェーンガンで仕留める。残り4つの光線級集団の内、最も位置が近い物へ向けアルトアイゼンは跳び出した。

 道を開けていたBETAたちが、手のひらを返すようにアルトアイゼンに挙ってくる。アルトアイゼンは内蔵火器で道を切り開きながら、巧みに次の目標へとまい進していった ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

【12時41分 指揮所(CP)

 

 相変わらずCPは騒然としていたが、歓喜の声を上げるCP将校が中に混じっていた。それはヴァルキリー0 ── キョウスケの上げた戦果による所が大きかった。

 

「光線級集団、3つ壊滅! 残り2つです!」

「凄い……! なんだこの戦術機は!? 単機でBETA集団の中を駆けまわるなんて……信じられない!」

「……ッ!? 報告します! 盆地内のBETA集団の多くが転進、例の赤い戦術機に向かっています!」

「なんだと!?」

 

 CP内を飛び交う最新情報の嵐。

 他のCP将校と共同して、遥も戦域情報を収集、分析していくが、言葉の通り、今にも防衛線を突破しようとしていたBETA群の動きに変化が見られていた。

 最前衛となっているBETA群には目立った動きはないが、戦術機部隊と接触していないBETAのほとんどが、アルトアイゼンに向け進路を変えていた。それに応じて、BETA増援による戦術機部隊の防衛線の崩壊リスクが減少する。

 分析した結果、MLRS部隊展開終了まで、どの戦術機部隊も持ちこたえることができそうだった。知らず知らずのうちに、アルトアイゼンはBETAを引き付ける撒き餌のような役割を担っている。

 しかし多くのBETAが押し寄せれば押し寄せる程、それだけアルトアイゼンが離脱できる確率は限りなく0に近づいていく。それは遥も理解していた。

 

(このままでは南部中尉が……!)

 

 「A-01」に情報伝達と指示を飛ばす内に、数分があっという間にすぎてしまう。

 戦域マップから4つ目(・・・)の光線級集団が消滅した。

 その直後だった。

 最上級のCP将校が、決定事項を発表したのは。

 

「よし! これよりAL弾頭ミサイルを発射! その後、展開終了しているMLRS部隊は砲撃を開始せよ!」

「了解! 各MLRS部隊に伝令します!」

「ッ……!? お、お待ちください! まだ戦域には我が隊の一員が残っています!」

 

 遥は最上級CP将校に意見を述べた。

 

「まだMLRS部隊の完全展開まで時間がかかります! また彼が囮になり、防衛線へのBETA増援も減少が予想されており、展開終了まで防衛線の維持は可能なはずです!」

「貴官の言う通りだ。だが戦域中の光線級集団が激減した今こそ、砲撃を開始する絶好のチャンスなのだ。現在展開完了しているMLRS部隊の火力でも、残り1つとなった光線級集団なら抑え込み、殲滅可能と判断した。

 早々に好戦級を無力化し、支援砲撃を開始することが今は最も重要だ」

「し、しかし……!」

 

 最上級CP将校の判断に、遥は言葉を失った。

 劣勢に追い込まれている友軍への支援砲撃は確かに急務だ。最優先させるでき内容であるのは間違いない。

 しかしそのために、最上級CP将校はキョウスケを切り捨てようとしている。既に4つの光線級集団を仕留めたキョウスケとアルトアイゼン……楽観的に考えれば、彼なら、このまま全ての光線級BETAを狩りつくしてくれるだろう。

 だがそれは遥の希望的観測に過ぎない。

 長いBETAとの闘争の歴史で、単機で光線級吶喊を成し遂げた者は一人もいないからだ。

 

(で、でもこのままでは……!)

 

 遥の考えを読んだかのように、最上級CP将校が言う。

 

「最後の光線級集団を、君の部隊の赤い戦術機が完遂するとしよう。しかし、それはいつだね? 1分後か? それとも2分後か? もしかしたら10分後かもしれない……その間に、どれだけの衛士がBETA共の餌食になるか、分からない君ではないだろう?

 だが今すぐ砲撃を開始すれば、その不確かな時間の間に犠牲になる衛士たちを救えるかもしれんのだ。

 それに、単機であれだけのBETAの中で孤立して、生還できるはずがあるまいよ。死ぬと分かっている者のために、生者を犠牲にするわけにはいかない」

「う……!?」

 

 遥は反論できなかった。遥も、既にBETAに囲まれ、さらに大量の増援が向かっている状況で……それでも、キョウスケが生きて戻ってくると……心の底から信じて切ることはできなかった。

 BETAの中で孤立した者は死ぬ。軍では常識だ。軍で最少戦闘単位(エレメント)での行動が義務付けられているのはそのためだ。

 それに遥が砲撃中止を具申し、それが受け入れられたとしよう。

 だがそれでキョウスケが生還しなければ、その間に死ぬ衛士は完全にただの無駄死にになってしまう。

 言葉が出ない。最上級CP将校の案は、実現可能で、より多くの衛士と兵を救うことのできるものだったからだ。

 

「君には、君なりにできることがあるのでないかね?」

 

 最上級CP将校の言葉に、遥かははっと息を飲んだ。

 

(作戦中止ができなくても、南部中尉に状況を連絡し、撤退指示を出すことはできるわ……)

 

 自分の役割はCP将校。

 部隊の目であり耳であり、頭である。

 危険が迫っていることを伝えるため、遥は回線を開こうと機材を操作した ── その時。

 

「光線級、AL弾を迎撃! 重金属雲、展開されます!」

「ッ……!?」

 

 MLRS部隊から発射されたミサイルが、地上からのレーザーで撃ち落とされる光景が目に飛び込んでくる。

 搭載されていたAL弾頭がレーザーに反応し、光学兵器を強力に偏光する金属粒子が空中に噴霧された。やがて金属粒子は雲のように広がり、光線級がいる付近を中心にもうもうと広がっていく。

 しかし重金属雲はレーザーを妨害するが、こちらの通信機能もマヒさせてしまうと言うデメリットが存在していた。

 遥は急いで回線を開き、キョウスケに呼びかけた。

 

「こちらCP! ヴァルキリー0、応答せよ!」

『──── ィ ────』

「応答せよ! これより、MLRS部隊による砲撃が開始される! 速やかに戦域を離脱せよ ──」

『──── もう ── いっ ───』

 

 無駄かもしれないと悟りつつ、遥はキョウスケに対して警告を続けた。

 

 

 

 

 

 




その5に続きます。
本当はもう少し書いて更新したかったですが、それなりの文量になったので更新しました。
しかしテンポが悪いなぁ(汗)。

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