Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~ 作:北洋
【12時47分 関東山地周辺盆地 BETA密集地域】
アルトアイゼンの跳躍を合図に、背面にある計17個のスラスターが火を噴いた。
しかしその加速に、キョウスケは明確な違和感を覚える。
アルトアイゼンの右肩基部のTDバランサーの破損により、残る1つのバランサーで機体の重心偏差の調整を行っていることが原因だった。
戦闘速度を維持するために、オーバーヒート寸前の臨界運転を左側TDバランサーに強いらざるを得ない。長くは持たない。それを承知の上で、キョウスケは操縦桿を動かした。
モニター正面には2体の巨大なBETA ──
デカイ。それは鈍重ということ……これはどの世界でも通用する物理法則のようで、要塞級の動きは緩慢だった。しかし見た目に反して、下腹部と思われるパーツから伸びた触手だけは、機敏で予測不能な動きを見せてくる。
(バランサーをやられ……どのみち、微細な軌道調整は無理だ……! このまま突っ込む!)
フットペダルの踏込みに呼応して、フレキシブルスラスターの排炎が増した。
まるで高速で発射される巨大な質量弾 ── 猛スピードで直進するアルトアイゼンに、物怖じすることなく要塞級の触手は襲いかかる。
2体の放った触手先端にある衝角が、大きな接触音と共に胴体と右腕部に接触した。
コクピットが前後に激しく揺れる。モニター上でアラームメッセージが飛び交う。【損傷度約50%】【強酸液付着】【バランサー出力不安定】 ── 全てを承知した上で、キョウスケはペダルを踏み込むのを止めなかった。
「バンカー! 止められるものなら ──」
要塞級の衝角は、アルトアイゼンの強固な外装を破壊できず、その勢いによって弾き飛ばされた。
防御を捨てた突撃により、触手攻撃に間隙ができた。
要塞級の構造の中心点 ── 三胴構造の結合部にロックオンマーカーが、赤く刻み込まれる。
「── 止めてみろ!!」
バンカーの切っ先が結合部の肉に深々と突き刺さり、撃鉄が下り、炸薬によって撃ち出された。
肉が大きく抉れ、飛び散る体液がアルトアイゼンを汚した。
だがアルトアイゼンは止まらない。抉れた先の肉に再装填されたバンカーをさらに打ち立て、機体の全重量を押し付けていく。多く技術者たちに気が狂っていると揶揄されたこともある、圧倒的数のスラスターとその出力により、みちみちと右腕部が深く食い込み、とうとう、要塞級の巨体が地面から浮き上がった。
要塞級の自重とアルトアイゼンの出力により、さらに深くめり込んだバンカーが1発、2発、3発と撃ち込まれた。
轟音が響くたびに衝撃が要塞級の体内を駆け巡り、打ち切った頃には三胴構造の結合部に巨大な穴が空いていた。
【リボルビング・バンカー、弾倉交換】 ── アラームと、自重でバラバラになる要塞級の1体を尻目に、キョウスケはアルトアイゼンを着地させる。
「くっ……!」
制動をかけたが、加速の勢いを殺しきれない。上体が揺らいだアルトアイゼンは前のめりに倒れてしまった。
2基のTDバランサーで誤魔化されていた機体バランスの悪さが、徐々に浮き彫りになってきている。残る1基がオシャカになれば、戦闘機動に甚大な影響をもたらすのは火を見るより明らかだった。
キョウスケはアルトアイゼンを起き上がらせ、旋回させる。
残る1体の要塞級の触手が間髪入れずに飛んできたが、バンカーの切っ先で払い落とした。その際、衝角先端より強酸性の粘液が右腕部に浴びせられたが、表層から白煙が上がっている程度で駆動に問題はなさそうだった。
「デカブツが。一度切った手札が、そう何度も通用すると思うなよ!」
触手の2撃目が来る前に、リボルビング・バンカーの弾倉交換を完了する。弾切れのアラームは解除され、発射準備態勢は整った。
触手の攻撃をバンガーで薙ぎ払い、アルトアイゼンは再び加速体勢に入った。
「ブースト! あとはぶつけるのみ!!」
右腕部を振り上げ、フレキブルスラスターを展開。
メインブースターが火を噴き、あとは戦闘速度まで一気に加速するだけ。
そう、思った矢先 ──
「なっ……!」
── キョウスケの思いもよらぬ事態が発生した。
爆発音、そしてコクピット内に激振。直後、【リボルビング・バンカー使用不可】とのアラームが表示され、右腕部が操作に応じなくなったのだ。
ダメージを表すボディアイコン ── その右腕部が、大破を意味する赤に変色していた。
しかしBETAから右腕部への攻撃は受けていない。要塞級の触手を打ち払いはしたが、それはバンカーの切っ先で行い、右腕部へのダメージはなかったはず。強酸性の粘液が付着したままで表面こそ浸食されていたが、外観に大きな損傷は見られなかった。ダメージ過多の警告もなかった。
だが、キョウスケはふと、気づく。
(強酸性……粘液……そうか! 俺としたことが、迂闊な……!?)
要塞級から分泌された強酸性の粘液が、
右腕部に残っていた強酸粘液が、弾倉交換に伴い、シリンダー内に侵入したとすれば……炸薬の薬莢は、アルトアイゼンの装甲とは違う。安上がりな、ごく有りふれた素材で作られている。
装甲は溶かせなくても薬莢が溶ければ、中の炸薬と反応し引火。通常1つずつ使用し、リボルビング・バンカーを撃ち出す炸薬が一斉に反応すれば、規定以上の衝撃が右腕
想定外の方向からの予想外の衝撃……結果、機能不全に陥っても不思議はなかった。
そして原因検索のために行った、このたった数秒のキョウスケの思考。
これもまた致命的だった。
「しまっ ──── ッ!!?」
要塞級の衝角が直撃し、加速前のアルトアイゼンは弾き飛ばされた。
地面に叩きつけられ、数度回転し、仰向けに倒れて止まる。衝角の命中した胸部装甲表面に傷はついていたが、その硬さのためか抜けてはいない。
常人なら脳震盪を起こしかねない衝撃だったが、アルトアイゼンに乗り続け、この手のものに慣れていたキョウスケは辛うじて意識を繋ぎとめていた。
急ぎ、アルトアイゼンを起立させようとする。
しかし、右腕部はやはり動かない。
重心が上部に極端に集中しているアルトアイゼンを、片腕だけで起き上がらせるのは骨だ。機体を回転させうつ伏せ状態にし、脚部の動きで起き上がることを検討する。
「っ!?」
しかしその時、もはや聞き飽きてしまった大音量がコクピットに響いた。キョウスケは周囲に警戒を促される。
落着地点が悪かったのか、レーダー中央のアルトアイゼンの周囲が、BETAのマーカーで赤く染まっていた。
BETAが密集しすぎて点が見えない。目を疑うような情報はそれだけではなく、装甲表面に小型種が取りついたことをデータが通達してきた。
赤い蜘蛛のようなBETA ──
「くっ! 離れろ!」
左腕部に取りついた戦車級を払いのけようと動かした。しかし相当な力で掴みかかっているのか、腕部を振るう程度ではへばり付いて剥がれない。
戦術機すら噛み砕く戦車級の大顎は、これまで多くの衛士を喰らってきたと聞いている。アルトアイゼンの装甲を易々と噛み砕くことはできないようだったが、そんな化け物に取りつかれて良い気分はしない。
「加速して、振り落してやる ── くっ!」
モニターに映り込んで来た大きな影を見て、キョウスケは息を飲んだ。
人が歯を食いしばったような尾を持ち、サソリのような外観を持つ大型種 ──
「っ……!」
振り下ろされた衝角が機体を震わせた。
繰り返し打ち下ろしてくる衝角を左腕部で防御する。コンソール上のボディアイコンの色が黄色から徐々に赤に近づいていく。
今度は視界が狭まった。カメラアイ上に戦車級が取りついたらしい。がりがり、と装甲を噛み削る音が気味悪く耳に届いてくる。装甲なら兎も角、関節部などの比較的脆い部分を攻撃されたら、と思うとゾッとした。
さらに群がってくる要撃級の数が増え、振動の頻度が増した。おそらく、今のアルトアイゼンを外から見れば、無数のBETAに飲み込まれ、その姿はまともに確認できないに違いない。
「調子にのるなよ……! この化け物どもが!」
キョウスケは対応策を考える。
アヴァランチ・クレイモア。
それが真っ先にキョウスケの脳裏に過った攻撃方法だったが、あいにく弾は切らせてしまっている。
5連チェーンガン。
防御に左腕を使ってしまっており、要撃級の度重なる打撃で砲塔が歪んでしまっている上弾切れだ。どの道、徹甲弾の連射でどうにかなる状況ではない。
リボルビング・バンカー。
右腕部が機能不全に陥っており、弾が残っていても使用できない。
アルトアイゼンは内蔵火器の全てが使用不可の状況に追い込まれていた。ちなみにビームソードは最初の墜落時に紛失していた。
(エクセレン……こんな時、お前がいてくれたなら……)
単機特攻の限界を、打撃音とアラームが鳴り響くコクピット内で痛感しながらも、キョウスケはまだ諦めていなかった。
(こんな訳も分からない別世界で死んでやる訳にはいかん……エクセレンたちの元に帰る。そのために、俺は生き残らなければならない……! だからアルト! 俺にお前の力を貸してくれ!!)
まるでキョウスケの思いが伝わったかのように、アルトアイゼンの主機出力が高まっていき、生み出されたエネルギーが頭部にそびえ立つブレードに流れていく。
プラズマホーン。
角を思わせる、白熱化した頭部のブレードが、カメラアイに密集していた戦車級をじりじりと焼く。頭部にいた戦車級も何を思ったか、白熱化したブレードに次々と飛び込み、焼滅していく。
視界が開けたことはキョウスケにとって好都合。化け物が何を考えていようと知ったことではなかった。
「行くぞ……っ!」
キョウスケは高めた主機出力の全てを、プラズマホーンと背部の全スラスターに注ぎ込んだ。
地面に密着した状態から、スラスターは堰を切ったように爆炎を吐き出す。自身の吐き出した炎でスラスターが焼かれ、耐久値がつるべ落としの如く急減していく。
だがその甲斐あってか、まるで地面から弾き飛ばされるように、アルトアイゼンの巨体は浮きあがった。BETAを突き飛ばし、そのまま空中へ躍り出る。プラズマホーンで要撃級をなます切りにするおまけ付き、でだ。
しかし無茶な推力の獲得方法に、背面スラスターのほとんどの耐久度がレッドゾーンに突入していた。
「アルト、まだ行けるな!」
長年連れ添った相棒を信じ、キョウスケはスラスター出力を最大に上げた。フレキシブルスラスターも展開し、アルトアイゼンは戦闘速度に突入する。
しかし滞空し、戦域からの離脱を計るアルトアイゼンの眼前に、再び要塞級が立ち塞がった。
触手を伸ばし、先端の衝角をまっすぐアルトアイゼンに向けてきた。
「邪魔だッ!」
キョウスケの
衝角との擦れ違い様、アルトアイゼンは頭部を軽く振るい、プラズマホーンで要塞級の触手を斬り捨てた。衝角は空中で弧を描き、大地に突き刺さる。
「返しは痛いぞ……ッ!!」
伸びきった要塞級の触手は約50m。
その程度の距離、アルトアイゼンにとっては
瞬く間に、プラズマホーンは要塞級の三胴構造の結合部に斬り込み、するりと通り抜けた。完全に両断は出来なかった要塞級だったが、自重に耐えきれず背後で崩れ落ちるのが見えた。
キョウスケは気にも止めず、アルトアイゼンをそのまま加速し、戦域外を目指した。
一目散に飛翔するアルトアイゼン。
コクピット内では様々な計器のアラームが鳴り負響いている。
限界は近い。
(……だが、これでもう大丈夫だ。要塞級を避けながら飛べば、アルトに攻撃が届くBETAはもういない)
眼下を蠢くBETAを一瞥し、安堵の息を漏らすキョウスケ。
(今回の戦いはかなり厳しかった。いくらアルトとは言え、やはり単機では限界がある。アヴァランチ・クレイモアもチェーンガンも使い切ってしまった。バンカーも修復可能か分からない……これから、どうしたものか……ッ!?)
アルトアイゼンのスピーカーが機体外に響く風切り音を拾った。
続けて、緊急離脱を推奨する警告がモニター上に表示される。それは機体の現在位置が、キョウスケの世界で言うMAPWの射程範囲内に収められたことを示すものだった。
空を見る。重金属雲を切り裂いて、無数のミサイル弾が飛来するのが見えた。
「
背面から叩きつけられるような衝撃。それは、アルトアイゼンにミサイル弾が直撃した、と悟るには十分すぎる情報だった。
程なくして、耐久度がレッドゾーンだったスラスターの反応が消える。
体勢を維持できなくなったアルトアイゼンは、地面に不時着し、無様に転げまわって倒れた。
「ぐ……ぅ……!」
視界が揺らぐ。何度目も分からない落下に、キョウスケの体も限界を迎えつつあった。
頭痛がする。
痛い。
割れるようだ。
ダメージチェックを行うと、姿勢制御用の小型スラスターのほとんどが機能不全に陥っていた。
TDバランサーも臨界稼働の影響が出ていた。キョウスケの操作に従うが、起き上がったアルトアイゼンは数秒持たずにバランスを崩し、倒れてしまう。メインブースターとフレキシブルスラスターは生きていたが、これでは飛ぶことができない。
ぐずぐずしている間に、視界はMLRS部隊の放ったミサイル弾で埋め尽くされていた。
飽和射撃。
BETAを根こそぎ焼き殺すための広範囲爆撃から、動けないアルトアイゼンが逃れる術は無かった。
ミサイル弾は一定の高度に達すると弾頭が分解し、中から小型の爆弾が地上にばら撒かれる。それこそ雨あられ、といった具合にだ。
爆発が連鎖し、BETAたちが次々と吹き飛ばされていく。
しかしそれはアルトアイゼンも例外ではない。
動けない機体に、矢継ぎ早な爆発の応酬。
「くっ……う、動けアルト……! がぁ……あ、頭が……!?」
アルトアイゼンは立ち上がれず、キョウスケの頭痛は酷くなる一方だ。
堅牢な装甲が徐々に失われていく。
最初にやられたのは、センサー類が詰まった頭部だ。モニターが暗転した。レーダーも死んだ。機体のパラメーターの表示機能だけが残され、集音機能も失われたのか、振動の大きさに反してMLRSの爆撃音が遠くなる。
頭が痛い。まるでハンマーか何かで頭を殴られている、そんな感覚。
次にやられたのはTDバランサー。
左肩側面のウィングの反応は消失、Tドットアレイも停止した。爆撃の圧力もあり、アルトアイゼンは横倒しになった。テスラドライブの恩恵も無くなり、もはや、完全に起き上がることができなくなる。
声が聞こえる。まるで直接脳に語りかけてくるような、奇妙な声。
── 喰らい尽くせ ──
(……こんな……所で…………)
頭痛が酷い。気分が悪い。もう、キョウスケは操縦桿を握ることもできなかった。
── 喰らい尽くせ 不完全な生命は 全て
全ては 静寂なる 世界のために ──
(すまない……エク、セレン…………)
愛する女の笑顔が脳裏に浮かぶ。
しかし直後、それはドス黒い闇に飲み込まれて消えた。
叫ぶこともできず、キョウスケの意識はそこで途絶えた ──……
そろそろ第1部も終わりです。