Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~   作:北洋

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第1部 エピローグ 俺の名は

【???】

 

 思考がもやもやとしてまとまらない。

 体の芯もどこかあやふやでぼやけていて、キョウスケは、今、自分が夢の中にいる(・・・・・・)のだと自覚する。

 

 夢の中で、キョウスケは見覚えのない軍事施設の中にいた。

 生身ではない。愛機アルトアイゼンを駆り、施設の最奥へと突き進んだキョウスケはある男と対峙していた。

 

『狼というには、外道に過ぎるぞ、ベーオウルフ』

 

 男の声がキョウスケの心に深く浸透する。

 天然パーマのかかった赤い髪の毛、忘れたくても忘れられない、キョウスケにとっての宿敵 ── アクセル・アルマーがそこにいた。

 専用の特機ソウルゲインに乗った彼が、キョウスケとアルトアイゼンの前に立ち塞がっていた。その先には、見たこともない大がかりな転移装置があり、彼はそれを守っているようにも見える。

 

「アクセル・アルマァー!!」

 

 夢の中のキョウスケが叫ぶ。

 その目に理性の光は宿っていない。1匹の狼がそうするように、歯を食いしばり、鋭い眼光がアルセルの乗るソウルゲインに向けられていた。

 

『ベーオウルフ……いや、キョウスケ・ナンブ! 今の貴様に正義はない!』

「アクセル……! アクセルゥ!!」

 

 アクセルの言葉に夢の中のキョウスケは答えない。ただ名前を絶叫するだけ。

 その様子を見たキョウスケは疑問に思う。

 果たして、こんな記憶や経験を、自分はしたことがあっただろうか?

 アクセルとは敵として何度も拳を交えあった間柄だが、このような地下施設で、それも1対1で対峙したことはないと記憶していた。

 それに夢の中の自分の様子が尋常ではない。

 まるで狂人……いや、本当に人なのかと疑いたくもなる程に、異様な空気を夢の中のキョウスケは纏っていた。

 

『見るがいい!』

 

 アクセルの駆るソウルゲインが、夢の中のキョウスケを指さしてきた。いや違う。キョウスケの乗るアルトアイゼンの背後を指し示している。

 キョウスケは指された先を振り返った。

 人型の影らしきものが、無数に横たわっていたが、薄暗く良く見えない。徐々に目が慣れてくる。それに従って、横たわっているモノが自分の見覚えのあるモノたちだと、ようやく気付く。

 

(こ、これは……!?)

 

 横たわっていたのは、ヒリュウ改とハガネに属するロボットたち……ビルトビルガー、ビルトファルケン、SRXにズィーガーリオンと……キョウスケが見覚えのある機体はおよそ全て、そこに横たわっていた。

 それも機能不全に陥るまで、徹底的に破壊された姿でだ。

 

『それが、これまで、貴様が積み重ねてきたものだ! 自分の仲間を無残に八つ裂きにし、貴様は一体を何を望む!? 破壊の果てには破滅しか残らんぞ、キョウスケ・ナンブ!?』

 

 アクセルの言葉に、キョウスケはえもいわれぬ恐怖を覚えた。

 理由は分からない。

 理屈も分からない。

 ただ、圧倒的に自分が悪いのでは……と思えてしまう。

 それが思い込みなのか? それとも事実なのか? そんなことはどうでもいい。ただ怖かった。

 自分が、大切に思っていた仲間を殺したかもしれない……強迫観念に似た何かが頭の中に流れ込んでくる。

 

(俺は……?)

 

 手のひらが覚えていた。

 操縦桿(スティック)を動かし仲間を殺した瞬間を。

 背後に並ぶかつての仲間たちの機体が、立ち上がり、自分に向かって迫ってくる感覚を覚える。

 

【どうして、あんたがこんなことを!?】

【返して! アラドを返してよ!!】

【許さない! タスクの仇!!】

【我は悪を断つ剣なり! 貴様が悪に堕ちるのなら ──】

【キョウスケ ────】

 

 聞き慣れた声のたちの中に、彼が愛した女のモノも混じっていた。

 

【── しっかり ──── キョウスケ ──────】

 

 だが、遠い。

 それだけが遠い。

 なぜだろう? 霞が掛かった橋の先に顔も見えない待ち人を望んでいるような、意味の分からない距離感を覚えた。

 名前も思い出せない。

 それよりも、聞き慣れた声の憎悪がキョウスケの心を蝕んでいた。

 

【なんで殺した?】

【どうしてあの人なの?】

【お前が死ねばいいのに!!】

 

(や、止めてくれ……ッ!)

 

 悪夢だ。

 どうせ同じ夢なら、もっと楽しい夢を見ていたい。

 なぜ、こんな辛い夢を見なければならないのか? 

 なぜ、自分が大切な仲間たちを殺さねばならないのか?

 自分がこれからどうすればいいのか……キョウスケには分からなかった……

 

『貴様はここで死ぬべきだ、ベーオウルフ!!』

 

 アクセルの声が、脳の奥の底の底まで突き刺さる。

 自分はどうすればいい?

 死ねばいいのか?

 一体、何が正解か、キョウスケには分からなった。

 

「俺は…………?」

 

 キョウスケの意識は、ただただ混濁していくばかりだった ──……

 

 

 

 Muv-Luv Alternative~鋼鉄の孤狼~

 第1部 エピローグ 俺の名は

 

 

 

【西暦2001年 11月28日(水) 15時36分 関東山地周辺 盆地跡】

 

 伊隅 みちるの乗る不知火・白銀が、いまだに硝煙渦巻き焦土と化した盆地跡を疾走していた。

 

 時刻は既に15時を回っている。MLRS砲撃開始から2時間以上が経過していた。

 MLRS砲撃開始をもって戦域から撤退した特殊部隊「A-01」だったが、香月 夕呼から下った新たな指令を達成するため、再び盆地跡へと足を踏み入れていた。

 

『アルトアイゼンの残骸を回収してきてほしいのよ。アレを帝国に渡すわけにはいかないから』

 

 直接命令を受けたみちるは、夕呼の言葉を思い返す。

 

『それにもう1つ気になることがあってね……』

「気になること、と言いますと……?」

『MLRS砲撃が始まった時、南部がいたはずの盆地中央地付近から妙な波動が検出されたの。

 最初は機械が爆撃による振動を拾っていると思ったけど、そうじゃない。重力波振動とも、もしかすると時空間振動の類とも取れる未知の波動だったわ。こんな波動を放出できる技術を今の人類は持っていない。多次元並列共振や位相空間結合などの超自然現象的な何かが、そこで起きていたと考えるのが妥当ね』

 

 正直、夕呼の言葉は難しくてみちるには理解できなかったが、自分がやるべき任務の内容は把握できた。

 

「では私たちは、南部中尉がいたポイントへ向かい、その場で何が起こっていたか調査し、アルトアイゼンの残骸を回収すればよろしいのですね?」

『そうよ。ついでに残っているBETAの掃討もよろしくね~』

 

 夕呼の命令を実行するため、みちるは「A-01」を連れて盆地跡へと再出撃した。

 目標地点付近に到着後、最少戦闘単位(エレメント)に別れてアルトアイゼンの捜索を開始する。元々突撃(デストロイヤー)級が少なかったこともあり、MLRS砲撃による掃討で、生き残っているBETAはごく少数だった。

 時折、まだ生きて蠢いている要撃(グラップラー)級などに87式突撃砲でトドメを刺しながら、速瀬 水月の不知火を僚機にみちるは探索を続ける。

 

『大尉』

「どうした、速瀬?」

『あいつの機体、果たして残骸が残っているんでしょうか……?』

 

 暗い表情で速瀬が質問してきた。

 最期の瞬間、アルトアイゼンのマーカーが確認されたのは、最も爆撃の激しかった盆地中央部だ。

 MLRSの飽和射撃が最も集中する地点にいては、重装甲が売りの第1世代戦術機【撃震】ですら破片も残らないだろう。速瀬の疑念は至極当然のものだと言えた。

 

「さぁな。だが博士が残骸を回収しろと言っているんだ。きっと、欠片の1つぐらいは残っているんだろうさ」

『……あの馬鹿。たった1人で光線級吶喊(レーザーヤークト)を仕掛けるなんて……!』

「…………だが、そのおかげで、多くの衛士の命が助かったのも事実だ」

 

 南部 響介の無謀な独断専行 ── 光線級吶喊の影響で、少なくともMLRS砲撃開始の時刻が10分程早まっていた。

 たった10分だ。

 しかし、されど10分 ── BETAに物量で押され、しかし撤退を許されなかったあの状況でBETAを押しとどめるには、間違いなく多くの衛士の命を代償として払わなければならなかっただろう。

 正確な数は知らないが、その数は10や20は下らないのは間違いない。そう言った意味で、南部 響介は英雄と呼んでもいい男なのかもしれない。しかし同時に愚か者でもあった。

 

(……あの時、私はもっと強引に引き留めておくべきだったのかしら……? でもそれだとMLRS砲撃は遅れ、多くの部隊に致命的な打撃を被っていたかもしれない。全体的な結果だけ見れば、南部中尉の行動は正解だったと捉えることができる…………でも)

『でも、そのために自分が死んじゃ…………いえ、何でもありません。失礼しました、大尉』

 

 みちるの内心を、速瀬が吐露していた。

 生きて帰ってくれるのが最良だ。そこを疑う余地はない。しかし戦場で落とす命が、それこそ吐いて捨てる程いる現実を目の当たりにすれば、それがただの希望的観測でしかないことは骨身に染みて理解できる。

 だからこそ「A-01」の隊規にはこう記されているのだ。

 

「決して無駄死にはするな……か」

 

 分かってはいるが釈然としない。

 命という代価(チップ)を支払い、人類にどれだけの払い出しを得られるかが最も重要な事。納得をしているつもりだったが、部下が1人、また1人と消えていくたびに考えさせられる。

 自分たちは本当に正しいのだろうか、と。

 命は投げ捨てるモノではない? それとも人類のために捧げるもの? 自分の中の答えが相手にとっての正答である保証はどこにもなく、かと言って考えの相違を許してくれるほど世界には余裕がなかった。

 そう思うと、この世界は寂しい。

 どこかに、もっと豊かで、様々な価値観を認めてくれる……そんな世界があってもいいのにと、心の何処かでみちるは思っているのかもしれない。

 

『……大尉!』

「どうした、速瀬?」

『み、見てください! 何なんですか、コレは!?』

 

 速瀬が驚愕しているものが何なのか、みちるもすぐに理解することになった。

 盆地跡に広がっているのは硝煙とBETAの残骸、そして体液の硫黄臭だけだと思っていた。事実、そうだったし、戦術機の破片でまともに残っているものは存在しなかった。

 だが、その区画(エリア)は違った。

 まだ原型を留めた(・・・・・・)人型ロボットの残骸が多数転がっていた。

 

「これは……該当する戦術機のデータが存在しないわ。……一体、どういうこと?」

 

 みちるは不知火・白銀のデータバンクで照合したが、ロボットの残骸のに該当するデータは検出されない。

 

『大尉、あちらの巨大な戦術機はなんですか!? パーツは失われていますが、おそらく原型は40m以上ありそうですよ!?』

「私の記憶が確かなら、このような戦術機は存在しないはずだ。……何なんだ、こいつらは?」

 

 嫌な汗がみちるの頬を伝い落ちて行った。

 残骸となった人型ロボットたちを見て、見てはいけないものを見ているのでは、という錯覚に追いやられる。

 

 残骸は大きく2種類に分けられた。

 戦術機程度の大きさの機体と40m級の巨大な機体だ。

 戦術機クラスの残骸は全身傷だらけで、中には腕部や脚部を欠損している機体もあったが、総じてコクピットブロックがあると思われる胸部に巨大な風穴(・・・・・)が空いていた。巨大な鋏のような武器を持つ機体や、空を自在に飛べそうな羽を持つ機体、銃剣のついた拳銃のような武器を持つ機体……みちるにとって初見の機体ばかりだった。

 40m級の機体はさらに特徴的だった。

 1体は戦国時代の鎧衣武者のような趣味的な外見をしており、手には超巨大な両刃を握り締めていた。しかし両刃は中ほどから圧し折れており、左腕部が欠損していた。

 もう1体は巨大なゴーグルを被ったロボットで、カラフルな配色が施されている。ゴーグルは破壊され、その下に小さなロボットの頭部が見え隠れ手していた。

 両機ともコクピットブロックがあると思われる胸部に大穴(・・・・・)が開けられていた。

 そしてそれらの機体は全てかなり風化しており、破壊されてからかなりの年月が経過しているように見受けられる。

 

(……異様な光景ね)

 

 特殊機が作戦に参加するとは聞いていない。

 そもそも40mという巨大な戦術機を作るメリットは皆無に等しい。全高が高ければ高いほど、光線級にとっては絶好の的であり、尚且つ重量に対する機体強度の維持が困難な上、一般的なサイズの戦術機に比べ量産性の面で著しく劣ると分かっているからだ。

 だが、目の前には40m級が転がっている。

 戦場の常識では考えられない光景だった。

 しかし ──

 

(この感じ……確か前にも……?)

 

 ── みちるは既視感(デジャブ)を感じていた。

 それもごく最近感じたものに似ている。

 

(……確かあれは、前回のBETA新潟上陸の時の……?)

 

 彼 ── 南部 響介を見つけた時の状況に非常に良く似ていた。

 

『大尉! 発見しました、南部中尉です!』

「何ッ、本当か!?」

『は、はい! あそこです!』

 

 速瀬の指摘したポイントにカメラを向ける。

 

 

 悠然と、アルトアイゼンが大地に立っていた(・・・・・)

 

 

 メタリックレッドのカラーリングに巨大な肩部コンテナ、そして特徴的な頭部の1本角 ── 間違いなく、アルトアイゼンがそこに立っていた。

 

「そんな……馬鹿な……ッ!」

 

 みちるは愕然とする。

 アルトアイゼンは健在だ。それはいい。

 しかし機体には傷が1つも付いていなかった。

 その外観は新品同様の光沢(・・・・・・・)を放っている。

 BETAとの戦闘を無傷で乗り切ったと仮定しても、爆撃に巻き込まれ無事だったなどあり得るのだろうか。

 疑問が沸き上がり、それはみちるの中で疑念に変わる。

 

(……おかしい。試作01式電磁投射砲を受けた損傷はどうした? 確か、出撃時にはダメージはそのままだったはず……?)

 

 アルトアイゼンに、およそ、弾痕と思われるものは見当たらない。

 違和感が拭えない。

 目の前に立っているのは、本当にアルトアイゼンなのだろうか。

 みちるの内心を余所に、速瀬はアルトアイゼンに回線を開いて、

 

『この馬鹿ッ、無事だったなら一報ぐらい入れなさいよ!』

 

 不知火を接近させて行く。

 その時、アルトアイゼンの双眸に暗い光が灯ったようにみちるは感じた。

 アルトアイゼンの手がゆっくりと動く。見ようによっては、相手に握手を求めているようにも見えた。だが違う。直感の告げるまま、みちるは叫んでいた。

 

「速瀬! 駄目だ、南部から離れろ!!」

『えっ ──── ッ?』

 

 瞬間、アルトアイゼンの太い手が、速瀬の不知火の頭部を鷲掴みにした。

 金属が軋む音、破砕音が響いたかと思うと、不知火の頭部はざくろのように砕け、ねじ切られた。千切れた首からオイルが血のように噴きあがる。千切られた頭部は地面に叩きつけられ、踏みつぶされて粉々になった。

 

『な、南部中尉! 何を ──── ッ!?』

 

 速瀬の声を遮るように、アルトアイゼンは前蹴りで不知火を蹴り倒した。

 倒れた不知火を踏みつけ、右腕を掴むと力任せに引きちぎる。もぎ取った腕をさらに圧し折り投げ捨てると、アルトアイゼンは不知火の左腕に手を伸ばし始めた。

 

「止めろ! 止めるんだ、南部!」

 

 みちるは不知火・白銀の背部にマウントしていた、試作01式電磁投射砲を構え、回線を開き呼びかけた。

 返答はない。

 アルトアイゼンは速瀬の不知火の腕を掴み、力をかけ始めた。肩のジョイントが軋む嫌な音を、不知火・白銀の集音マイクが拾ってくる。

 

「止めろと言っているのが聞こえないのか!?」

 

 みちるは安全装置を解除した電磁投射砲で、アルトアイゼンをロックオンした。弾種は速射の効く小口径弾。回避は難しく、尚且つアルトアイゼンを撃破せず行動不能にするには理想的だ。

 みちるはトリガーに指をかけ、応答を待った。

 本当は撃ちたくない。臨時編成されただけとは言え、南部 響介も「A-01」の一隊員なのだ。部下に手をかける事はしたくなかった。

 ロックされたことに反応したのか、アルトアイゼンの視線が不知火・白銀に向けられる。

 

「南部、これは警告だ。それ以上、速瀬に危害を加えるのなら、私は貴様を撃たなくてはならなくなる。馬鹿な事は止めて、アルトアイゼンを降りて出て来い」

『……………』

「どうした! 返答しないのであれば、こいつで貴様を無力化し、力づくでも連れ帰るぞ!?」

 

 電磁投射砲のジェネレーターがくぐもった駆動音を響かせ、弾頭発射に必要な電力が貯めこまれていく。

 南部 響介からの返答はない。

 ただ回線だけは開かれていて、響介の息遣いがみちるの耳に飛び込んでくる。ぼそぼそと、響介は呟いていた。

 

『……憎しみ合う……世界を……創造する……世界……破壊する……世界……』

「何を言っているの?」

『……喰い殺せ……不完全な生命……全て……』

「……まさか、戦争神経症(シェルショック)か?」

 

 みちるは首を振り、自分の考えを否定した。

 南部 響介は新兵ではない。自分を凌駕する技量を持つ衛士が、そう易々と戦争神経症に陥るとは考えにくい。

 しかし響介は支離滅裂な呟きを漏らし続け、

 

『全ては……静寂なる……世界の……ために…………』

「南部?」

 

 やがて声が途絶えた。

 同時に、引き千切ろうとしていた速瀬の不知火の腕を、アルトアイゼンが手放した。まだ繋がってはいたが、腕は力なく地面に落下し鈍い音を響かせる。

 アルトアイゼンが動きを止め、数秒の沈黙が流れた。

 

『……うっ……』

 

 響介のうめき声が聞こえる。

 

『……お、俺は一体……? 生きている、のか……?』

「南部、聞こえるか? 私の言葉が理解できるか?」

『……伊隅大尉? 何故ここに? 確か俺はMLRS砲撃に巻き込まれて ────

 

 

 

      ●

 

 

 

 ── 巻き込まれて……その後の記憶がない……? 何故、俺は生きている? 大尉が救助してくれたのか?」

 

 コクピットの中、霞がかった思考のまま、キョウスケは素直な疑問を通信相手の伊隅 みちるにぶつけたが、すぐにそれが、あり得ない考えだと気が付いた。

 猛烈なMLRS爆撃の中、キョウスケとアルトアイゼンの救出に赴ける戦術機は、おそらく存在しない。特殊な防御障壁を持っている機体がいれば話は別だが、この世界の技術でそれを実現することは難しいだろう。

 ヴァイスリッターを模して製造された不知火・白銀とて、耐久力は通常の白銀と大差ないはずだ。つまり、伊隅 みちるでは、爆撃の中からキョウスケを助けることはできないはずだった。

 

『それは違うな。我々は貴様を捜索にきたんだ』

「我々……?」

 

 その言葉に、マーカーが2つではなく3つあることに、今更気づく。

 

『南部、私の言葉が理解できるか? 理解できるなら、早々に速瀬を開放するんだ。アルトアイゼンを退がらせろ。奇妙な動きは見せるなよ、私もトリガーを引くたくはないからな』

 

 自分に向けられている銃口 ── 試作01式電磁投射砲に驚愕し、冷や水を浴びせられたように頭がハッキリしてきた。

 3つ目のマーカーは自身のモノに隣接、いや、真下に存在していた。

 カメラを向けると、無残な姿となった速瀬の不知火の姿が目に入る。

 頭部と右腕部がない。胴体部をアルトアイゼンに踏みつけられ、身動きが取れなくなっていた。

 アルトアイゼンを数歩下がらせる。

 速瀬の不知火は大破してしまっていた。

 

「こ、これは……?」

『貴様がやったんだ。正直に答えろ。覚えているか?』

「いや……これを、俺が……?」

 

 みちるの言葉にまるで現実味(リアリティ)が感じられない。

 臨時編成とは言え、同じ部隊の先任である速瀬を、自分が攻撃する理由が思いつかなかった。

 何より、2基のTDバランサーを失ったアルトアイゼンでは、速瀬機を攻撃するどころか、立ち上がり動くことすらままならないはず ──── そこで生まれる、強烈な違和感。

 

── キョウスケはアルトアイゼンを数歩下がらせた ──

 

 何故(・・)下がれた(・・・・)

 違和感に続き、疑念が脳裏に渦巻く。

 

「……ダメージチェック」

 

 コンソールには機体の損傷度を表すボディアイコンが表示されている。

 キョウスケが気を失う前、アルトアイゼンは右側のTDバランサーと右腕部が大破していた。思い違いではなく、それは間違いない記憶として頭に残っている。使用不可を告げるため、黒と赤に染まっていたボディアイコンが網膜に焼き付いていた。

 だが、コンソールに表示されているボディアイコンの色は青だった。

 青 ── それは損傷度0%を意味する。

 右腕部、TDバランサーだけでなく、出撃前の実弾演習で試作01式電磁投射砲に受けた装甲の傷も消えていた(・・・・・)

 

(馬鹿な……!)

 

 あれだけの爆撃を受けた後だ。コンピューターの不具合かもしれない、そう思いアルトアイゼンの右腕部に指令を与える。アルトアイゼンはキョウスケの思うように、右腕部を動かし、マニュピレーター部分を開閉する。

 不具合なし。問題なし。それが問題だった。

 

『覚えていない、か。まぁ、いい。この件に関しては、あとで香月博士に報告させてもらう』

 

 事態を飲み込めないキョウスケに対し、みちるが言う。

 

『もう1つ質問がある』

「……なんだ? 俺も訳が分からんことだらけでな、生憎、答えられるとは思えんぞ」

『構わない。貴様が知っていれば御の字、という程度の質問だからな』

 

 銃口を下げ、みちるは不知火・白銀を動かした。

 不知火・白銀に背後を指ささせ、みちるはキョウスケに訊いた。

 

『あの奇妙な戦術機の残骸について、貴様は何か知っているか?』

「戦術機? いや……戦術機に関しては、俺より大尉の方が詳しいのではないか ────」

 

 カメラの捉えた映像を見て、キョウスケは言葉を失った。

 

 それは戦術機の残骸ではなかった

 外見は確かに良く似ている。人型の巨大ロボットだったが、戦術機とは種類が違った。

 パーソナルトルーパーとスーパーロボット ── 俗にPTと特機と呼ばれるロボットたちが、骸となって目の前に転がっている。そしてそれは、キョウスケにとって身近でよく見知った類のモノだった。

 

「……SRX……馬鹿な、なぜここにいる……ッ!?」

 

 誰にも聞こえぬ小さな声でキョウスケは唸っていた。

 SRX計画で生み出されたトリコロールカラーの巨大合体ロボ ── SRXがボロ雑巾のように変わり果てた姿で横たわっていた。特徴的なゴーグルが砕け、その下にR-1の顔が見え隠れしており、相当なダメージを負ったのか全身傷だらけだ。さらに致命的なのは、コクピットブロックがある胸部に大穴が空いていることだった。

 これが戦闘中に受けた傷なら、パイロットであるリュウセイ・ダテは十中八九生きてはいない。

 

(しかし、SRXが撃破されたことはないはず……それはダイゼンガーも同じだ)

 

 巨大な鎧武者のような特機 ── ダイゼンガーの残骸も存在していた。ダイゼンガーの象徴と言える斬艦刀は中ほどから折られ、コクピットには同様の巨大な風穴。

 特機はこの2機だけだったが、PTの残骸はまだ転がっている。

 酷く損傷を受け大破していたが、キョウスケが見間違えるはずもない。みちるが戦術機の残骸と言ったそれは、アルトアイゼンとヴァイスリッターのコンセプトを引き継いだ兄弟機 ── ビルトビルガーとビルトファルケン、さらにリオンシリーズの専用カスタム機 ── ズィーガーリオンだった。

 そのどれもが風化し、錆びついている。少なくとも1年や2年ではなく、もっと長い年月が経過しているように見えた。

 まるで悪夢だ。

 ここ数日、キョウスケが頭を悩ませていた夢が、まるで現実に現れたかのような衝撃。

 

「どうなってる……!」

 

 キョウスケは声を荒げ、叫んでいた。

 

「一体、何が起こっているんだ……ッ!?」

 

 彼の独白は地獄と化した盆地跡に空しく吸い込まれ、消えて行った ──……

 

 

 

      ●

 

 

 

 

 結果から言うと、SRXたちの残骸は回収され、香月 夕呼の権限で極秘裏に国連横浜基地へと搬入された。

 

 損傷の自然回復を果たしたアルトアイゼンは地下格納庫に押し込まれ、精密調査を受けることになる。

 そしてキョスウケは、命令無視による独断専行と速瀬の不知火を破壊した罪により、3日間の営倉入りを命じられる。

 本来なら営倉入り程度で済むような罪ではないのが、光線級吶喊により光線級集団を殲滅した実績を鑑みて、数日間の営倉入りで事が済んだ。香月 夕呼が一枚噛んでいると見てほぼ間違いないだろう。

 

 何もない営倉では、時間の経過が非常に遅い。

 キョウスケは時間を潰すために、自分とアルトアイゼンについて振り返っていた。

 

(今に思えば……最初から不自然だったのだ)

 

 異世界に転移し、様々な出来事に流される内に忘れてしまっていた。

 今のアルトアイゼンの不自然さを、だ。

 インスペクター事件の最終決戦で、装備していなかった筈のビームソードをもっていたり。

 同決戦の時よりも出力が微増していたり、重量が軽くなっていたり。

 何より、あの決戦でアルトアイゼンが受けた傷が1つも残っていなかった事。それが不自然極まりない事態だった。

 

(あの時……俺は絶体絶命に追い込まれていた)

 

 最終決戦の時、並行世界から侵略してきた自分が乗っていた変異してしまったアルトアイゼン。その攻撃を受け、装甲は爆ぜ、アルトアイゼンはいつ爆散してもおかしくない程のダメージを被っていた(・・・・・・・・・・)

 そしてそのまま、並行世界の自分ともつれ合うようにして、大気圏へと突入していった。

 冷静に考えるなら、あの損傷での大気圏突入は自殺行為に等しい。

 しかし自分は異世界に転移し、アルトアイゼンの傷は完治していた。

 

(この世界の技術で修復されたものだと思っていた。だが違う。その証拠に、電磁投射砲で損傷した装甲の交換を、強度の低下を理由に行わなかった)

 

 推察に過ぎない。

 それも判断根拠に乏しいモノだ。

 キョウスケが感じている不自然さ、それを拭い去る言い訳を考えるには、知り得た情報が不十分すぎた。

 

(アルト……お前は本当にアルトなのか……? そして、俺は……?)

 

 遂に疑念は自分にまで向き始める。

 キョウスケは自分の手のひらを開いて、眺めた。

 血が通っている。温かい。営倉の冷たい空気が身に染みる。

 キョウスケは生きていた。

 そこに疑いの余地はない。

 人間としてこれまでも、そしても今もキョウスケは生きている。記憶もあり、感情もある。間違いなく、自分は自分なのだと感じる。

 しかし上手く言い表せない何かが、キョウスケの中で渦巻き、揺らめいているのもまた確かだった。もしかするとそれは価値観や、アインデンティティと呼ばれるモノなのかもしれない。

 

「……俺の名は……?」

 

 キョウスケは言えなかった。自分の名を。

 自信が揺らいでいるのかもしれない。

 そんな事では駄目だ。

 分かっている。だから自分に言い聞かせるように、キョウスケは言った。

 

「俺の名はキョウスケ・ナンブ……エクセレン、俺はお前のいない時を生きているぞ。……待っていてくれ。いつの日か、必ずお前の元に戻る」

 

 誰も聞いていない告白が、営倉の冷たいコンクリに響いて消えていった ──……

 

 

 

 

 

 

 3日という時間はあっという間に過ぎ去り、開放されたキョウスケは香月 夕呼に呼び出される。

 たった1人、キョウスケは夕呼の研究室へと足を運ぶのだった。

 

 

 

 

 

 

 




 第1部はこれにて終了です。
 お付き合いしていただいた読者さん方ありがとうございました。
 今後の予定は、しばらく他の作品(短編)を書いたあと、第2部の執筆に移りたいと思います(H25、2/19現在)
 次回の更新までしばらく間が空くと思いますが、よければ本作にお付き合いください。
 これより以下、次回予告等ありますので、よろしればどうぞ。



【第2部予告(某最低野郎ども風)】

 地獄から生還したキョウスケを待っていたのは、香月 夕呼の追及だった。
 疑惑に覆い隠され、自分の存在意義が徐々に揺らいでいく。
 退路はない。進むしかない。キョウスケは夕呼に言われるまま、とある実験に協力することになる。
 それは世界の壁を超えるための実験。
 果たして、それはキョウスケを救う希望の灯となりうるのか、それとも……?

 次回「家路」
 第2部もキョウスケと地獄に付き合ってもらう。



【番外 第1部終了時のアルトアイゼンの状態(スパロボ風)】

・主人公機
  機体名:アルトアイゼン・リーゼ(ver.Alternative)
 【機体性能(第1部終了時)】
  HP:6500/6500
  EN: 150/ 150
  装甲:     1750
  運動:      115
  照準:      155
  移動:        6
  適正:空B 陸A 海B 宇A 
  サイズ:M
  タイプ:陸

 【武器性能(威力・射程・残弾のみ表示)】
  ・5連チェーンガン
    威力2300 射程2-4 弾数 0/15(交換用弾丸:87式突撃砲弾が第一候補)
  ・プラズマホーン
    威力3000 射程1   弾数無制限
  ・リボルビング・バンカー
    威力3800 射程1-3 弾数 0/ 6(交換用弾倉:数個予備あり)
  ・アヴァランチ・クレイモア
    威力4500 射程1-4 弾数 0/12(補充用弾丸:現在の所補給の目途立たず)
  ・エリアル・クレイモア
    威力5100 射程1   弾数 0/ 1(使用にはこの武装の弾数および他実弾武装の2割を使用する)
  ・ランページ・ゴースト
    威力5825 射程1-5 ヴァイスリッター不在のため使用不可

  オプション装備
  ・ビームソード
    威力2000 射程1   弾数無制限→紛失
  ・87式突撃砲(36mm)
    威力1600 射程1-3 弾数30/30
  ・87式突撃砲(120mm)
    威力2600 射程2-6 弾数 6/ 6
 


【第1部後書き】
 1か月ほどで終わらせるつもりで書き始めた第1部でしたが、終わってみると2か月以上かかっていて、もう少しスピーディに執筆できたらいいなぁとか思っている北洋です。
 物語の内容的には、起承転結の「起」がやっと終わった。といった所でしょうか。
 読者のみなさんの応援もあり、なんとかここまで書いてこれました。本当に感謝しています。勉強させられることや考えさせらえることも多く、元々コメディ書きだったため、シリアスな展開を書くのに適応するのに時間がかかりましたw
 具体的に言うと、要所要所でパロネタを挟み込みたくなる病気が発症してしまいますw 大分頻度は減りましたが、原作の雰囲気をぶっ壊さないように気を付けて書いていきます。
 これから徐々に徐々にオリジナルな要素を取り込んで、物語を自分なりの「マブラブ」に変えていきたいと思います。実はこの作品、以前「にじファン」で連載していたスパロボ学院シリアス編という作品のリメイク的な意味合いが強いので、今後こそ最後まで描き切ってみたいと思っています。
 頑張って書くので、生暖かい目で気長にお付き合いしていただけると幸いです。

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