Muv-Luv Alternative ~鋼鉄の孤狼~   作:北洋

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第2部 家路 ~His place~
独白【香月 夕呼の場合】


【西暦2001年 12月1日(土) 国連横浜基地 B19 香月 夕呼の研究室】

 

 横浜基地の地下にある研究室にて、香月 夕呼は書類の山を前に眉をひそめていた。

 

 11月28日のBETAの横浜再上陸から早3日。

 3日という時間を費やして得られたデータが右手の書類には記されている。

 

(やはり、あの残骸、この世界の技術ではなかったわね)

 

 書類には数値が羅列され、サンプルとなったモノの写真が記載されていた。名前も書かれている。

 「SRX」「ダイゼンガー」「ビルトビルガー」「ビルトファルケン」「ズィーガリオン」 ── それが、残ったコンピューターからサルベージされた残骸たちの名称だった。

 BETA新潟再上陸の最終局面、突如として現れたこの残骸たちは、夕呼の密命により「A-01」が回収したものだ。それから3日、夕呼を始めとした技術者・研究員たちの手によるデータのサルベージ、及び残存パーツの解析が行われた。

 3日間に及ぶ解析の結果が、報告書として夕呼が持っている書類だった。

 

(サルベージされたデータの殆どが、現存する理論で説明できない代物ばかり……残っていたパーツもそう……まさにオーパーツの塊ね)

 

 サルベージされたデータで名称だけは判明した。しかしトロニウム、ゾル・オリハルコニウム、人工筋肉にDML、テスラドライブと夕呼の世界の技術では実現不可能 ── だが実現できれば技術水準が30年、あるいはそれ以上の躍進を果たすことが間違いなくできる筈だった。

 

(……現物はあっても、基礎となる理論が何1つ分からないんじゃね……ふん、南部のアルトアイゼンが『古い鉄(・・・)』呼ばわりされるのも納得の超技術だわ)

 

 夕呼は苦笑が浮かべて思った。1か月や2か月で解析することはまず不可能だ。しかしどんな謎も1つの切っ掛けから紐解くことはできるはずだ。夕呼は諦めていなかった。決して妥協を許さないことが、天才を名乗る必要最低限の条件だと思っていたからだ。

 資料の中の1枚に目を通す。

 紙には【駆動可能】と書かれており、【テスラドライブ】の名が記されていた。

 

(ビルトビルガーとか言う残骸のテスラドライブのみ、何故か無傷で残っていた。これは幸運だわ。アルトアイゼンにも同種の物が取り付けられている。実動データから基礎理論を逆算的に再構築すれば、テスラドライブの生産も夢物語ではないわ)

 

 重力制御に慣性制御、それが判明しているテスラドライブの主機能だ。実現すれば、戦術機は第三世代からもう1段階進化する。それだけでなく、構築された基礎理論からさらなる発展を遂げる事も夢ではない。

 残骸から得られる情報は、人類の劣勢を覆す希望に成り得るのだ。そういう意味では宝の山。夕呼は迷わず残ったテスラドライブを取り外し、不知火・白銀に移植(・・・・・・・・・)する作業を行わせていた。

 だが美味しい話には必ず裏があるものだ。夕呼は油断せずに懸念を1人で分析する。

 

(南部 響介)

 

 出会って間もない男の名を反芻した。

 

(あの男は前回のBETA新潟上陸時に発見された。この残骸たちは今回の上陸時……両者が出現した際に得られた波動データ、それらを照合した結果、同様の物だったことが判明した)

 

 夕呼はその波動を、仮に時空間振動と呼ぶことにした。

 故意に時空間に振動を起こす技術を、現時点で人類は持っていない。自然発生したと考えるのが妥当だろう。

 

(しかし、南部 響介は両方の現場にいた。時空間に干渉するナニかをあの男が持っているのなら、今やっている実験の役に立つのかもしれない……)

 

 それは夕呼が白銀 武と始めた実験だ。始めたのは数日前。決して上手く行っているとは言い難い現状にあった。

 南部 響介が持っているかもしれない力。夕呼が望む能力を彼が持っていれば、実験の助けになる可能性はある。もちろん、それが仮定に仮定を重ねただけの希望的観測であることを、夕呼は重々承知していた。

 

(……でも)

 

 心配、気がかり、危惧の念……なんだっていい、ある種の危機感のようなものが夕呼の脳裏から離れてくれなかった。

 夕呼はデスクの上のパソコン画面に視線を移した。

 そこには、南部 響介のパイロットスーツに無断で細工をし、採取した戦闘中のバイタルデータがトレンドグラフで表示されていた。

 戦闘による交感神経の活発化で血圧や脈が上昇していており、誰にも起こる許容範囲内での変化が見て取れた……ただ1点を除いては。

 

 ある1点だけ、グラフの流れが異様だった。

 

 グラフの線が天を突くように上昇していた。数値を読み上げれば、血圧300以上、体温45度以上、しかし心拍数はフラット ── ゼロ……それはアルトアイゼンが爆撃に巻き込まれた直後の数値だった。

 しかしその値が持続する訳でもなく、パイロットスーツに仕込んだ装置が壊れたのか、そこでグラフは終了していた。

 

(あれだけのMLRS砲撃、ただ単にもモニターが破損したと考えるのが普通。でも何かしら? この嫌な予感は?)

 

 南部 響介に何か特殊な力があったと仮定して、彼1人に何ができるだろう? 所詮、人間1人だ。BETAだって1体では大したことは何もできない。人間1人に何ができるというのだろうか?

 懸念の材料はそれだけではない。

 まだ解析中の段階だったが、アルトアイゼンにも変化が見られていた。以前から解析不能だった装甲の構成物質の割合が、出撃前と比べて増えていた。具体的には3%から5%ほどの微増である。

 未知の物質。アルトアイゼンは異世界の機体だから……それで済むなら話は早い。

 しかし、それでいいのか? 

 夕呼の脳裏には疑問がわきあがり、不安は消えてくれない。まるで、世界を殺すがん細胞のようなナニカを自分が飼っているような……そんな錯覚すら覚えていた。

 いいのだろうか? 本当にこのままで? 悶々と頭の中で考えが錯綜する。

 

(……残骸からでもアルトアイゼン以上のテクノロジーは吸収できる。南部の絶対的な必要性は…………)

 

 加えて仮に白銀と同一存在であるなら彼の………と、夕呼はそこで考えることを止めた。

 実は研究室の中に、夕呼以外にもう1人いたからだ。

 夕呼の傍でウサミミ型のヘアバンドをした少女 ── 社 霞がちょこんと立っていた。

 どす黒く変色しかけた自分の思考を、夕呼は大きなため息に乗せて吐き捨てた。

 

「……博士、大丈夫ですか?」

「大丈夫よ社、心配してくれてありがとう」

 

 夕呼は笑顔を霞に返した。

 と、その時、研究室に訪問者を告げるチャイムが鳴る。

 呼んでいた男がどうやら到着したらしい。

 

「社、頼んだわよ」

「……はい、嘘を言っていたら……ですよね?」

「そうよ。肩を叩くなりして教えて頂戴。それだけでいいから」

「……分かりました」

 

 短い会話の後、夕呼は訪問者に入室の許可をだした。

 ロックが解除され、ドアがスライドして開放される。

 扉の先には、赤いジャケットを着た男が立っていた。

 

「いらっしゃい。待ってたわよ、南部 響介中尉」

 

 南部は敬礼し、研究室へと入ってきた。

 自分はこの男をどうするのだろう? どうしたいのだろう?

 内心、迷いがあることに苦笑を漏らしつつ、夕呼は用意しておいた椅子への着席を南部に促すのだった。

 

 

 

 

 

 Muv-Luv Alternative~鋼鉄の孤狼~

   第2部 家路 ~His place~

         To Be Continued ──……

         




原作にそってストーリーを進める予定なので、第2部では戦闘パートはありません。
また第一部に比べると短くなると思います。
亀更新ですが、よければお付き合いください。

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